感染   作:saijya

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第3話

 0重罪にならない殺人は、幾つかある。例えば、電車での事故だ。これだけならば、意味がわからないかもしれないが、こう説明を加えるとどうだろうか。

 ある足の悪い老婆が、踏み切りを渡ろうとしている時に、背中に向けてこう叫んでみる。

 

 おばあちゃん、危ない!

 

 その声に反応した老婆は、後ろを振り返り、結果、電車のブレーキが間に合わなかった。声を掛けた方の人間は、警察に捕まり、事情聴取を受けるが、善意からだった。決して、悪気はなかったのだ。純粋に心配をしたのだ。そう供述する。すると、どうだ。世間からの批判は恐らく、その家族の老婆へ向かうだろう。痴呆や足の悪い老人を放置して、あまつさえ、事故に合わせるなど、何事だ。声を掛けた方は、多少の風当たりはあるだろうが、それも僅かだろう。何故なら、善意からきた行いだからだ。

 他にも、目が見えない者にも同じことが言える。危険が迫っている時に、同じ様に声を掛けたらどうだろう。危険にぶつかる可能性は、単純に五十パーセントになるのではないか。

 命を落としたとしても、やはり、善意からきた一言だったといえば、老人の時と同様の結末を迎えるのではないだろうか。

 では、この場合はどうなるのだろうか。

 安部は、身を潜めたまま、繰り広げられた惨劇を、対岸の火事のように感じていた。決して、自身が罪悪感を覚えることのない事件であり、関係のない出来事、つまりは、他人事だった。彼らは、天罰を与えられたのだ。天罰、それは神の怒りである。神を怒らせたからこその惨状が、この結果だ。

 

「くっくっ......くひっ、くひっ、くひひひひひひひひひ」

 

 込み上げてくる笑いを止められなかった。

 神に愛されているからこそ、自分は生き残る為に思考する余裕を与えられたのだろう。そして、奴等は、愚かにも私の策に掛かり、そうなった。それも、こんな安っぽい罠にだ。

 やはり、私は神の選別を受けたのだ、そう考えると嬉しくて堪らなかった。

ざまあみろ、神の使いに背くからそうなるのだ。これは、必然なのだ。善意から救済してやろうとしていた私に、なんの罪はなく、どれだけ恨み言を言われようと意にも介さない。

 

「良いか?人殺しってのは殺害人数じゃなく、思考の問題なんだよ。なんでかって?そりゃ、殺人が許される時代ってのが間違いなくあったからだ!数が殺人を聖化する時代があったからだ!安部さん、アンタの言うように、この世界ってのは、狂ってんだよ!イカれてんだよ!特殊性癖、感情の欠落、異常信仰者、そんな異常者が蔓延る環境が人を狂わせんだ!これからどんどん増えてくだろうぜ、そんな奴等がよ!」

 

 以前、東が安部に言った言葉だ。そう、この世界は狂っている。狂っているのならば、正すのは一体誰だ。善意から殺人を行える者は、絶対に違う。享楽的に世界に害をなす者も違う。この世界の明暗を全て味わった者だ。それは、誰だ。それこそが私だ。




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