感染   作:saijya

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第5話

 ドアが開き二人はロビーに出た。眼界に異常者は写っていないが、どこから現れるか分からない。

 祐介は慎み深く一歩目を踏んだ。父親の車まではそう離れてはいない。まず、祐介はエレベーター出入口の右、全部屋の郵便受けがある通路を覗いた。奥へ伸びるタイル張りの道は調度死角になっている。

 そこには、血溜まりの上に男性が横たわっていた。どこからか逃げてきて行き着いたこの場所で行き止まりになり、異常者の餌食になったのだろう。投げ捨てられた両手は、疎らに指が残っているが、掌の半分以上が白いビラビラとしたものを覗かせている。頭部も一部が割られて頭蓋骨が剥き出しになっていた。挙げ句、中身を引き出されている。誰がどう見てもそれは惨殺された死体だ。

 祐介は、父親の言葉を思い出す。やつらは死んで蘇っている。この男性も動きだすのではないか、 と嫌な予感が脳裏を過った。

 

「親父、すぐに離れよう……また襲われるかもしれない……」

 

「分かってる……行こう」

 

 顎先から汗が一粒落ちる感触まで察知できる程に神経を尖らせた祐介は、バットを握りなおし、先に僅か三段の短い階段を降り周囲を警戒した。幸いにも異常者の影はない。目配せで父親にも下りるよう促す。プレハブ造りの駐輪場が並び、駐車場はその先だ。マンションに住む住人が使用する駐車場には、毎日百台は停められているのだが、今日に限っては半数にも満たない。つまり、ここに残った車の持ち主は犠牲になったということだろう。

 祐介は、悲しくて堪らなくなった。

 

「手をかそうか?」

 

「いや、大丈夫だ。それよりも周囲を警戒してくれ。バットだけでは心もとないからな」

 

「……分かってる」

 

 気丈に振る舞う父親から目線を外し、祐介は駐車場を視界に収めた。周囲に人影はない。強くバットを握り直し、マンションを見上げると、バタバタとした足音が何重にも重なって聞こえてくる。祐介は、ぎょっ、として目を剥いた。異常者の群れが階段を駆け降りてきている。

 

「親父!奴等だ!」

 

 悠長に数えていれば、すぐに取り囲まれる程の人数だ。祐介は、生まれて初めて自分の顔から血の気が引いていく感覚を確かに感じた。父親の手を取り、祐介は走り出した。異常者達はまだ三階だ。全力で走れば、車に乗り込むことはできるだろう。

 駐輪場を抜けた位置で一度、降り仰げば、異常者達の姿はない。すでに一階へ到達している。

 すぐ背後に迫る哮りの声に、全身の毛が総毛立った。部活で鍛えた肺活量は極度の緊張から、かつてないほどに消耗してしまっている。走りながら、父親は車のロックを遠隔で解除し、二人が車のドアを閉めると、同時に異常者の一人が運転席側のドアガラスへ顔面を打ちつけてきた。

 鼻の位置を中心に血糊がつき、皹が入ったドアガラスを異常者は恨めしそうに両手で殴打し始める。祐介は、恐怖のあまり、喉が裂けそうなほどの悲鳴をあげていた。


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