「休憩は充分だろ。さっきの音も気になるし、そろそろいこう」
重い空気を払うように浩太が言った。達也が残したであろう痕跡を発見した民家の周辺には、またしても異臭が流れ始めている。慣れすぎた臭いに感覚が狂っていたのだろう。それだけ意識がはっきりと前を向き始めたという意味でもある。
二階の子供部屋に四人はいた。一人として口を開かないまま、阿里沙が小さく頷く。それに合わせて浩太は立ち上がり、未だ仏頂面のまま窓枠に座っている彰一へ言う。
「彰一、達也のことを信じられないのは分かるけど、いい加減割りきってくれよ。一度、顔を合わせればお前も、きっと......」
「......それは俺が決めることだよな?」
ぐっ、と浩太は口を閉ざす。その様子に、唾でも吐き捨てそうな渋面を作ったのは彰一だった。窓枠から腰をあげた彰一は、浩太を見ずに続ける。
「浩太さん、あとで揉めるなんざ嫌だから先に言っとく。俺は、祐介と真一さんにここで見たことを全て話すつもりだ」
反論はさせない。彰一の目は浩太にそう語っていた。浩太は、しばらく間を空けてると踵を返した。
「......勝手にしろ」
背中を向け、階段を降りていく。二人に挟まれていた阿里沙が彰一へ振り返る。
「坂本君......行こう」
「阿里沙、お前はどう思ってるんだ?」
阿里沙が出した手を眺め、彰一が顔を上げる。その視線から逃げるように、阿里沙は目線を逸らした。
「......分かんないよ。ただ、さっきも言ったけど、一度会ってみなきゃ何も判断できないでしょ」
「それじゃあ......」
彰一の発言を食い気味に阿里沙は口を開く。
「遅いって言うのも分かる。けど、やっぱり、こんな時だからこそ、人を信じないといけないんじゃないかなって気持ちがある。だから......」
阿里沙は言葉を区切ると、手を繋いだままの加奈子を見下ろす。彰一も同じく目線を下げた。彰一が加奈子を、人を信じない為の言い訳に使っていることはない。それどころか仲間を思うあまりの反応だと理解している。だからこそ、一番、守るべき加奈子の存在を強調した。
「きっと、どっちもあたし達にとって間違ったことは言ってないんだと思う。それに、あたしは人を信じられない人間になりたくないし、人を信じない人間にもなりたくない......我儘だよね」
「ああ、我儘だな」
彰一の言い種に阿里沙は、くすり、と笑う。
「甘い考え方なんだろうなってのも分かってる。分かってるからこそ、今のあたしは、坂本君があたしに求めてる答えも分かってるし、言うこともできるよ。けど......それじゃあ、意味がないよね?」
彰一は痛い所を突かれたとばかりに眉をしかめた。阿里沙の主張は一貫して会って確かめろという意味だった。バツが悪くなったのか、彰一は阿里沙と加奈子の脇を通りすぎた。