岩神に走った衝撃は、計り知れない激痛となって身体を駆け抜けた。右目が熱く熱を発し、まるで心臓のように鼓動を始める。そして、倒懸の最中に眼窩へ指が掛けられる。左手が顎に添えられると、男は力任せに岩神の身体を持ち上げた。
「ぎいやあああああああああ!!」
岩神の悲鳴は、黒板を爪で強く掻くような不快感を車内の二人に与え、はっ、とした時には、岩神の靴だけが見えている状態にまでなっていた。
新崎は、咄嗟に駆け寄り岩神の足にしがみつく。ここで岩神を連れ出される訳にはいかない。ボタボタと落ちる血と涙を浴びながら、その先にいるであろう敵を見上げ目を剥いた。新崎よりも若い男だった。岩神の右目に収まった指をフックに使う残虐的な行為を容易く行えるのは、人間としての道徳観を疑ってしまう。だから、新崎は戦車によじ登った死人の一人だろうと考えていた。
だが、目があった男は確実に生きた人間のそれだった。
男との間に一瞬の間が生まれ、岩神は力を振り絞り拳銃を振り上げた。
「ひゃっはあ!」
男は奇声と共に、振り上げられた手を左足で止めると、ハッチの縁に拳銃ごと挟み込んだ。冷静に状況を見詰める力がなければ、出来ない芸当だ。
岩神が再度、痛苦の絶叫を喉が裂けるほどに出す。だが、男が片足になるタイミングを新崎は見逃さなかった。一気に車内に引き寄せ、踏ん張りが効かなかった男の手から岩神の救出に成功するが、一つ誤算があった。
渡した拳銃が岩神の手になかったことだ。
まさか、と嫌な予感が走った刹那、新崎の頭上で短い破裂音が鳴り、岩神の右手の小指が弾けた。
「くそがあああああ!」
岩神の声を覆い隠すほどの咆哮にも怯まない男が引き金を絞る前に、新崎は拳銃を向けた。二発、三発と放たれた弾丸はショッパーズモールの天井に穴を空ける。男が身を引くと、新崎が叫んだ。
「いますぐ戦車を出せ!上にいるサイコ野郎を振り落とせ!」
あまりの出来事に呆然としていた大地は、新崎の怒鳴り声で我を取り戻した。恐怖で震える四肢に渇をいれてアクセルを踏み切る。動きだした戦車のキャタピラが群がっていた死人の集団を薙ぎ倒し、踏み砕いていく。戦車の上部から響き渡る発砲音が二発を越えた時、大地は半ばパニックに陥り、泣き声を交えながら声を張り上げた。
「くそ!くそおおおお!落ちろ!落ちろよ!ちくしょう!」
「落ち着け!面積のある戦車では、そう簡単には落とせない!店内に突っ込め!少しでも奴の体力を削れ!落としさえすれば、こっちの勝ちだ!」
うん……とりあえず、ごめんね岩神さん……