「......彰一、靴の底を見せろ」
言われた通り、彰一は右足を上げる。随分と薄くなった足跡を浩太が見比べた後、彰一が浩太の靴底を確認すると、足形が一致した。
「......ビンゴ、加奈子のお手柄だ」
浩太は立ち上がり、他に足跡がないかを探す指示を出し、途中、手摺についた血痕を発見し急いで一階まで降りる。残りは、リビングだけだ。
......あそこに入るのか。
死者はいないだろうが、それでも気が引けてしまう。だが、ここまでの確認の中で収穫はあった。あの足跡は、二階にしかなかったのだ。臆測にすぎないが、足跡の主は一階のリビングから二階へ上がり、なんらかの事情で人間を階段から突き落とした。なんのためにと問われれば、生きる為にだろう。
阿里沙と加奈子を待たせ、浩太と彰一は、深呼吸をする。噎せそうになるが、これは我慢するしかない。なにせ、ここから先は、その臭いの中心になるのだから、心理的に呼吸をしたくなかった。念のために、二人は武器を構えて同時にリビングに飛び込み、身体の至る所を解体された死体が目に入る。
破られた白衣の一部が、固まった血で乳房に張り付いている。原型は残っていないが、恐らくは女性だろう。無理矢理、捻木られた頭部から抜かれた眼球は、神経でようやく繋がっているが、半分になり、乾いた涙の跡が頬に残っている。開かれた腹部の臓器は、根刮ぎ引き裂かれており、四肢は引きちぎられていた。腕はソファーに、足は台所のシンクに放置されている。あまりに酷い有り様に、彰一は堪えきれずトイレに駆け込んだ。これほどの損傷は、そう目撃することはないだろう。
浩太は、目に涙を浮かべながら、死体に両手を合わせ、リビングの探索を始めた。案の定、大量の足跡に紛れ、台所に数ヵ所、リビングのテーブルや床にも見付けることが出来た。
ここには、浩太と同じ自衛官の誰かが潜んでいた。その確信をもった浩太は、リビングを出る前に女性の死体を一瞥する。場所から察するに、自衛官は達也である可能性は高いが、この女性を突き落とし、死者に喰わせたのは達也なのだろうか。
「浩太さん!」
浩太の思考を断ちきったのは、彰一の声だった。玄関前に集まっていた三人は、彰一の手にした淡い光を放つ銀色のプレートを珍しそうに眺めている。
「階段に落ちてたのを加奈子ちゃんが......」
「見せてくれ!」
阿里沙の言葉を遮り、浩太は焦りからプレートを乱暴に取り上げると、付着した血を袖で拭い、彫られた文字を見て腰を落とした。
『TATUYA KOGA』
生年月日や血液型まで達也と一致する。
そして、家屋の状態から無事だとは到底、思えなかった。達也の死体は死者により運ばれ、外のどこかで解体されてしまったのか。足が震え、力が入らず、立ち上がることすら難しい。血にまみれたドッグタグが示すのは、自衛官にとって只一つの事実だけだ。
ああ……あげるの忘れてた……