「......これは酷いな。なんか、めぼしいものはあった?」
「いや、何もない。とりあえず、武器の用意だけはしっかりな」
「リビングは......やめとくか......」
彰一はリビングへ繋がる廊下を辿って言葉を切ると包丁の刃先で二階を指した。声を出さずに、浩太が首肯し、先を歩きだす。壁や段差、手摺に至るまで飛び散った朱色は、時間の経過からか黒に変色を始めている。
ギシリ......
僅かな軋みさえ、四人の耳は正確には捉えていた。
二階には、扉が二つあり、一つが開け放たれている。子供部屋のようだ。開いた窓から入る風がサワサワと浩太の髪を撫でる。
「......俺は向こうを調べてくる。良いか?くれぐれも慎重にな」
「ああ、分かってるよ。そっちも気を付けろよ」
彰一と阿里沙、加奈子を残し、浩太は閉ざされた扉へ近付いていく。固唾を飲んで見守る彰一は、浩太がドアノブを回して開くまでは油断が出来ないとばかりに滲む手汗を拭わなかった。耳の横で構えたナイフを頭よりも高く上げつつ浩太がドアノブを握り、一呼吸おいてから一気に扉を開くと同時にナイフを降り下ろした。
しかし、刃は空を切り、勢い余って膝をつく。部屋は採光する為の窓以外は一切が閉ざされている。中には誰もいなかった。ふう、と安堵の息を吐いた彰一が、ようやく手汗を拭って言った。
「ビビらすなよ。なんかいたのかと思った......」
姿はないが、転がるように入った部屋から声が返ってくる。
「悪かったな!ここは、寝室みたいだ!みた所、めぼしいものはないな。いや、これは......」
「どうした?」
部屋から出てきた浩太の手には、長方形の箱がある。怪訝そうな彰一をよそに、上蓋を開くと中には棒状の紙を丸めたものが数本残っている。煙草だ。
「......掘り出しものだろ?」
ニヤリ、と悪戯な笑みを浮かべた浩太は、箱を揺すり、半分ほど飛び出した一本を彰一に向け、苦笑混じりに彰一は抜いてくわえる。
「良いのかよ?仮にも公務員だろ?」
「とか言いつつ、しっかりくわえてるのは誰だよ」
浩太は、ポケットからライターを取りだし火を点けると、彰一に渡す。慣れた手付きで煙草を吹かし始めた彰一に浩太が笑う。
「やっぱり、吸ってたんだな」
「......今更、咎めるとか無しだからな?」
浩太は、はっ、と鼻で一笑すると意地の悪い笑みを浮かべる。
「誰に教わったんだ?」
彰一は、ゆっくりと煙を吐くと灰を床に落としてから短く言った。
「......親父」