「親父、やっぱりここは……」
「祐介、バットをかせ」
祐介の声を遮り、父親は声を低くして手を差し出した。逡巡しながら祐介はバットを手渡すと握りを確かめる。意を決したように顔を上げた。
「待ってろ、行って来る」
「親父!」
祐介の制止を振り切り、ゆっくりと扉を開くと、異常者が出す唸り声がよりはっきりと聞こえ、祐介の背中を冷たい汗が伝った。ズチャリ、ズチャリ、という何かが絡まるような音が不気味さを引き立てる。粘つく様な空気だ。
剣道の有段者である父親はバットを頭上に高く掲げ、喉を鳴らし、にじり寄るようにふくみ足で歩みを進める。音をたてるな、気づくな、こっちを向くな、そう願いを込めながら半歩、半歩と小さく前進した。
間合いに入るまで、あと僅か、ゆらゆらと揺れていた異常者は自らの血液で足を滑らせ大きく動き、突発的な事態に反射的に叫んでしまった。反応しない訳もなく、異常者はその白濁とした眼球を父親に向けた。
「親父!逃げろ!」
祐介はドアを開き逃げ道を確保した。だが、もう既に遅い。ここで父親が踵を返し自宅に逃げ込もうと異常者は玄関に張り付いてしまうだろう。父親に飛び掛ろうと足首が動いた瞬間、父親は剣道と同じ要領でバットを渾身の力で振り下ろした。
グチャ、という重く沈むような響きと、その発生源から飛び散った赤い塊とドロドロとした液体、白い壁が一瞬にして彩られた。
倒れた先にいるもう一人も、怒号のような唸りをあげ駆け出してくる。父親はバットの先端で異常者の腹を突き、態勢を崩し、もう一度バットで異常者の頭部を潰した。
極度の緊張から、荒い息を繰り返していた父親は、すうと深く息を吸い込む。
「……来い、二人とも。行こう」
祐介と母親は互いに頷き、玄関から出た。目の前の障害は排除した。それでも慎重になってしまうのは、この淀んだような空気に警戒心が高くなっているのだろう。玄関から五枚の扉を横目で確認していた時、祐介は気づいた。
ドアの下から流れてきている紅い液体、その量がじんわりと広がっている。更には軋むような音が内側から鳴っている。察した祐介が悲鳴のように叫んだ。
「お袋!急げ!早くここを……」
祐介の言葉はそれ以上は続かなかった。騒然たる音と共に異常者が三人ドアを突き破って廊下へと投げ出されてきたように雪崩れ込んできたからだ。倒れた扉は母親の片足を巻き込んでしまっている。そこに三人分の体重まで圧し掛かっていた。咄嗟に引き抜いて走り出せる状態ではない。
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