感染   作:saijya

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第5話

 祐介の表情を読み取った真一は、肩をすくねた。

 

「そんなもんなんだよ。余裕がある奴はな......当事者の気持ちなんざ知らないだろ?けど、やっぱり、当事者には余裕が欠ける。俺や、浩太、彰一に阿里沙ちゃんや加奈子ちゃんもそうだ」

 

 加奈子は声を失い、阿里沙は拠り所を奪われ、彰一は出会った当初、死者に有り余る憎しみを抱いていたように見えた。余裕というのは、笑うことが出来るという意味だ。確かに、この事件が起きてから、笑うことが少なくなったが、潜んでいたホテルでは、祐介を含めた全員が素直に笑っていた。事件後、最初に笑ったのはいつだったろう。祐介は、二階への階段がある方向に首を回す。

 

「お前ら四人は、こんな場所からも生き残れた。それはさ、お前みたいな奴がいたからじゃねえか?」

 

「......俺みたいな奴?」

 

 真一は頷いた。

 

「どんな状況になろうと、ちゃんとした人間として生きようとする意思を持ってる奴だよ。そんな奴だけが、諦めかけた人の背中を押してやることが出来るんだぜ」

 

 祐介は、真一の言葉で頭の中にある引き金を引かれたような感覚を覚える。そうだ、みんなで目標を持ったとき、祐介は笑いを堪えてしまうほど笑っていた。

 

「そんな奴が一人いれば、俺達も普通の人間でいられる。逆を言えば、お前みたいに優しい奴がいなきゃ俺達はすぐに獣みたいになっちまうぜ......だからさ、祐介......お前はそのままでいてくれよ。俺達がどんだけ人として歪んでも、戻れるように......ああ、もう、なんつうか、わかんねえぜ......浩太ならこんな時に上手く言えるんだろうけど......」

 

 真一は、一歩だけ進み、祐介の胸を軽く小突いてから言った。

 

「俺達には、お前みたいな奴が必要なんだよ。だがよ、仲間がピンチの時は、頼んだぜ?」

 

「......ありがとうございます、真一さん」

 

 決まりが悪そうに、真一は俯く。そんな姿に祐介は小さく微笑んだ。誰かにそう言ってもらえるのは、必ず心の負担を減らしてくれる。

 人間として人間らしく生きていく。

 生まれもった性格も必要だろうが、祐介の中で、その感情や思いは、真一によって大切なものへと変わることができた。

 

                 ※※※ ※※※

 

 一台の軽自動車、プレオが穴生のドームの植え込み前に停車した。周囲を確認した浩太が フロントガラスを指差すと、車はゆっくりと慎重に走り出す。

 スーパー前の大通りを抜けた車は、そのまま新設された病院を横目に穴生の住宅街へと入った。




もうすぐ年末……か

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