感染   作:saijya

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第13話

 小金井のダメージと東の興奮状態を鑑みて、達也は時間を稼ぐことを優先した。その選択は、高いリスクを伴うが、今はまだ動けている達也が担うべき役割だった。

 小金井が動けるようになるまでは、達也はこの場所を離れる訳にはいかない。東の注意を小金井から逸らすために連絡通路の先で唸りながら腰をあげた東へ言った。

 

「東......だっけ?小金井をいきなり狙うなんざ、俺がいる限りさせるはずないだろ?こいつを殺したいなら、まずは俺を殺してみろよ、このホモ野郎」

 

 ちょい、と指を曲げる。蛇足のように口の端をあげて余裕をアピールすることも忘れない。

 

「......上等だよこの糞が......殺してやるよ......殺してやるよおおお!」

 

「テメエにだけは、糞とか言われたねえんだよ!」

 

 二人は同時に駆け出し、達也が連絡通路へと右足を踏み出した瞬間、一階から轟音が鳴り響いた。門司港レトロで聞いたミサイルの着弾音、それ以上の爆音と地響き、まるで台風が上陸したかのような爆風。

 砂ぼこりが晴れていく。強大な爆発と館内に籠る鳴動は、東と達也から聴力と光を数分、そして、二人が衝突する筈だった連絡通路を中央から破壊していた。

 訳がわからなかった。達也は、吹き飛ばされた館内で、あまりの耳鳴りの酷さに顔をしかめ、四つん這いで連絡通路を見た。

 崩れた連絡通路の先に、倒れたままの東がいる。衝撃は互いを後方へ飛ばたのだろう。

 一体、何が起きたんだ。

 達也の思考を遮ったのは、地面を削りとるようなキャタピラの回転音をだった。重たい駆動音に弾かれるように、達也は連絡通路の手摺へ走り、一階を俯瞰する。周囲に群がる暴徒を無遠慮に踏み潰しながら進む侵入者は、車体を真っ赤に染めた74式戦車だ。砲塔から薄く上がる白い煙により、爆発の犯人が判明した。着弾地点にいた暴徒達は、悉く身体を爆風に晒されてしまったのか、その数を減らしている。105ミリもあるライフル弾を撃ち込まれれば、当然だろう。

 次に浮かんだ達也の疑問は、あの戦車には誰が乗っているのかだった。小倉の駐屯地では、多数の犠牲が出た。それを打破する切っ掛けを与えてくれたのは誰だ。

 

「......大地!大地だろ!」

 

 達也の声は、一階から聞こえた金切声に遮られた。

 耳をつんざく悲鳴は、次々と各所であがり始める。二階にまで凶悪な被害を及ぼす大砲が着弾したのだ。どれだけ頑強にバリケードを作っていたとしても耐えられる筈がない。

 戦車に群れていた多数の暴徒も、声に反応したのか、次々にモール内に「ある」新鮮な肉を求めて走り出す。木霊する数多の悲鳴、悲痛、啼泣、嘆声、そして、響いた銃声。小金井により訪れるはずだった仮初めの平和は、僅か数秒の内に、瞬き程度の須臾の間に、悲惨な現実へと姿を変えた。

 

「こ、が、ね、いぃぃぃぃぃ!」

 

 崩れた連絡通路の奥から、東が再び叫び、二人は目を向ける。額から流れた血が床に滴り落ちたが、気にしている素振りは微塵もない。ただ、小金井への怒りを募らせ続けている。

 対して、小金井が送った返事は、左手の中指をたてただけの簡単なものだった。

 FUCK YOU!(くたばれ!)

 万国共通のハンドサインだ。


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