感染   作:saijya

138 / 432
第10話

 東の足音が聞こえ、同時に小金井が下がり、ついに背中に自動扉の固い鉄柱が当たる。東は更に口角を引き上げて言った。

 

「なあ、俺はネクロフィリアとアクトモロフィリアの嗜好は別物だって思うんだけどよ......お前はどうだ?死体好きの小金井さんよお......」

 

 世間から見れば、倒錯した人物に変わりはない。小金井はそんな言葉を呑み込んだ。逃げ場はないのなら自分を偽る必要などない、もう充分だろう。

 

「......いつからだ?いつから、気づいていた?」

 

 ニイイ、と唇を歪ませた東は、一際、甲高い声の後に続ける。

 

「ひゃっははは!いつから?いつからだと!最初からに決まってんだろうが!いやぁ、安部さんがお前を仲間だって言うもんだから苦労したぜえ......こっちはお前の面の皮を剥がしたくてしょうがなかったってのにお!」

 

 小金井は、下唇を噛み締めた。上機嫌、悦に入る、そんな文字がぴったりと当てはまるような癪に触る笑い声が木霊する。

 

「安部さんに理解してもらう為に、あの自衛官まで連れ帰ってよお!小金井、テメエがこのモールで俺達の仲間のフリをして近づいた時点で孤立しちまうのは必然だろうが!なら、テメエは外部の奴に頼るしかなくなるよなあ!あの自衛官にお前が頼ることなんて分かりきってんだよ!え?何の為に、自衛官を預けたか聞きたいの?ねえ、聞きたいの?」

 

 達也は、あまりの苛立ちに握り締めた拳が震えた。当事者の小金井の怒りはどれほどなのだろうか。バキン、と歯が砕ける音が聞こえてきそうだ。人を逆撫でする煽り方は、性格の歪みからくるものだろう。小金井の顔を覗き込むような仕草をする。それでも、小金井は東から視線を外さなかったが、止めとばかりに、東は笑い声を消してから頭を右手の指先で二度叩いた。

 

「良いか?これが、人間の使い方ってやつだよ......小金井さんよお、俺と張り合いたいなら、もっと頭と演技力を高めてからにしてくれませんかねぇ?」

 

 かっ、と小金井の両目が見開き、ナイフを引き抜いた。達也が制止をかけようとした寸前に東が鋭く叫んだ。

 

「安部さん!」

 

 しまった、反射的に二人は一階にいる安部を見てしまう。だが、安部は何もしていなかった。事の成行を静かに眺めているだけだ。

 二人が東から目線を外した、その僅か数秒、東には有り余る数秒が訪れた。一気に距離を詰め、ナイフを持った右手と顔面を鷲掴み、勢いを殺さず、小金井の後頭部を自動扉のガラス面に衝突させる。連絡通路に鮮やかな朱色が散り、滴り落ちた血液に、暴徒達が雄叫びをあげた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。