この先にいけば、答えがある。透明のガラス越しには、人の影も形もない。
達也は、息を殺し、ゆっくりと扉をスライドさせていく。人が一人、ようやく入れる分だけ開き、足で自動扉を閉めた。
二階のエントランスホール、その中央にエスカレーターを見付けた。
「良いですか。死は恐れるものではない」
ふと、達也の両耳がそんな言葉を拾った。優しく、穏やかな声音は、一階の広間から聞こえてくる。
頭上にあった手摺と壁を使い、ようやく両目を覗かせることが出来る。
達也の身体は悲鳴をあげていた。頭痛が全身に広がっていくようだ。歯を食い縛り、腕の力だけで上半身をあげ、俯瞰した光景は、どうにも異質な空気が流れていた。総勢は二十名ほどだろうか。全員が白一色の服を纏い、大柄だが、身体の細い一人の男を見上げている。その右脇では小柄の男が右手に拳銃を垂らしたまま、睨みを利かす。安部と東だ。
そして、東とは反対に、小金井は何も持たずに、ただ時が流れていくことを望むように立っているだけだ。
これは一体なんだ、それが達也の第一声だった。カルトとは違い、傍聴者からは崇拝者に対する熱気は感じない。いや、崇拝などと高尚なものでもない。安部はこの場において、絶対者的な地位を確立しつつあるようだ。
その原因は、傍聴者の背後に並べられた死体だろう。外の暴徒がバリケードの側に寄っていた理由か分かった。
「死は誰でも迎えるものです。それを忌々しく言うのは間違いであり、滑稽だ。人は日々、一日を刻むごとに死に向かっています。自分のなかに自分だけが感じている匂いみたいなものを感じたことはありませんか?例えば......」
安部が間を空けると、すぐさま、東が拳銃を持ち上げた。白い塊が一斉に、ぎゅっ、と縮む。
中には、恐怖のあまり、どこかのネジが外れたのか笑いだす者もいた。
「ああ、良いですね。皆さん、あの者のように死を恐れてはなりませんよ。誰にでも訪れるものに恐怖する必要はない。大切なことは過程なのです。あなたがどれだけ世の中に貢献したか、どれだけ世界の為に尽くしたか
、どれだけ多くの命を救ったか、どれだけ多くの子供を導いたか、その過程なのです。外を徘徊する者は、生前の行いが悪かったから、神より使命を与えられ蘇った。しかし、皆さんは違う!こうして生きている!そう、私も含めた全員が神より選ばれた存在なのです!」
急に熱気を帯びた阿倍の口調は、語尾が強まり、主張のようになった。それとは対照的に、ロビーに集まっていた者達が安部に向ける視線は、ひどく冷めたものだった。一方的な主張の押し付け。それが出来るほど、達也から見ても安部からカリスマというものを感じなかった。どこか、ずれているのだ。しかし、底気味の悪さだけはずば抜けている。それも全て安部の隣にいる小柄な男によるものだろう。
不自然なまでに安部に従う男、この二人の共通点なんかあるのだろうか。
腹減った……w