浜岡は車を走らせつつ、バックミラーを一瞥した。やはり、尾行が着いている。二台後ろを走っている軽自動車は、常に浜岡と付かず離れずの距離を保っていた。
運転手にも検討がついていた。交差点を左に曲がり、スピードを落として左のバックミラーを注視する。二台目の運転席に座る人物が曲がる寸前に一瞬でも顔を確認出来ないかと試してみたのだが、助手席の男が邪魔にはなってしまうが上手くいったようだ。
浜岡は、すぐ後ろを走る車にクラクションを鳴らされ、ようやくスピードを上げた。軽自動車に座っていたのは、紛れもなく斎藤だった。
計算通りだ。鋭敏な感覚をもつ斎藤ならば、間違いなく違和感を覚えるに決まっている。そうなるように浜岡は然り気無く仕掛けを施していた。
わざわざ、斎藤の前で渡された用紙を読んだあとに、「この人だけで間違いないんだね?」と確認をとったのだ。
まるで、他にもいるのではないか、という含みを持たせた。
日常では大して問題があるとは思えないが、それが、まだ容疑者である男から渡されたとなれば話は別だ。何かしらの証拠に成りうるものを処分されるのではないか、そう勘の良い斎藤なら勘繰るだろう、という憶測はどうやら正解だったようだ。
薄ら笑いを浮かべた浜岡は、案内人のように、あえて着けさせ続け、走らせること数十分後に、多数の高級マンションが屹立する一等地に到着する。その内の一つ、六階建てのマンションの前に車を停めた。
浜岡は、マンションのロビーに身を隠し、鏡張りになった壁から外を窺う。少し離れた路地から軽自動車の頭が覗いている。視認を終えた浜岡は、エレベーター横に設置されたインターホンを鳴らし、住民の少女と一言交わし合うが、オートロックを解錠されていない。
浜岡は、そこで足を止めて振り返った。
「......やっときましたねえ、斎藤さん」
ロビーの入口に立っていた斎藤は、襟元を乱している。浜岡がマンションに入る前に止めなくては、どうしようもなく、慌てて走ってきたのだろう。斎藤は、乱れた呼吸を整えることもなく口を開いた。
「ここに誰がいる?田辺がお前に渡した内容の中には、こんなマンションは入っていなかったぞ」
そう、田辺の用紙に記載されていた数々の住所に、こんな高級感漂う絢爛なマンションが並ぶ一等地は無かった。良くて中流の、もっと言えば、九重が住んでいた近隣のような古い匂いが残る住宅街だ。加えれば、ただの繁華街も入っている。
斎藤が、部下に一件一件調べさせることもあるだろうが、それでは浜岡を追えなくなる。ならば、その手間を省くために別行動を取るであろうことまでも推測通りだった。 それは、こんなマンションは入ってなかったと口にしたことから分かる。田辺のメッセージで貴重な駒を引き寄せられたことに浜岡は喉を揺らした。
「何がおかしいんだ?」
「ああ、いえ......すいません......少し面白い話を思い出して......」
斎藤が眉を寄せたのを見て、浜岡は顔を伏せる。
「日本人というのは深読みが好きな人種なのだ、という話しを知っていますか?」
第13部 はっじまるよーー!!