感染   作:saijya

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第10話

「......どうしました?」

 

 石神は銃口を大地から離さずに訊いた。怒りからだろうか、肩で息を繰り返す新崎は、一度だけ深い息を吐き出し、悪態をついた。

 

「......戻るぞ」

 

「はい?」

 

 我が耳を疑った石神の頓狂を、苛立たしそうに睨み付けた新崎は、二度も言わせるな、と低く呟いて砲手席に腰を落とした。石神は、この一件に協力すれば、多額の報酬と命の保証までされているのだ。予定ではこのまま福岡空港まで行き、新崎への依頼主が所有するヘリコプターで高跳びするはずだった。それを、古賀まで来て、皿倉山近辺に戻るというのだから、納得出来るはずもなく、石神は食って掛かる。

 

「ふざけるな!ようやく、ここまで来て帰るだと!一体、どういうつもりだ!」

 

「ふざけているのはお前だ。お前に報酬を払うのは誰だ?お前の命を保証しているのは誰だ?全て俺だろうが!お前はただ犬のように俺の言うことに従っていれば良い!」

 

 新崎の言い草に、頭の中で何かが切れた石神は、89式小銃の銃口を大地の頭に強く押し付ける。

 

「坂下......このまま進むんだ。頭を吹き飛ばされたくはないだろ」

 

「だ......だけど......」

 

 大地は息を呑んで細い声を出した。反論は意味を成さないとばかりに、大地の耳はトリガーを僅かに引く軋みを拾う。

 突如、鋭い刃物が石神の喉仏に添えられた。あまりの早業は、唾で喉を鳴らす暇もなかったほどだ。ナイフの持ち主である新崎が、刃の腹を少しだけ右に動かす。

 

「無駄なんだよ石神......ヘリの着陸は北九州空港に変更された。行っても誰も来やしない」

 

 熱く、ひやりとしたナイフの感触が伝わり、両手をあげつつ、石神は言った。

 

「......とりあえず、ナイフを離してもらえませんか?右手の銃は天井を向いてる。坂下を射殺したりはしませんから」

 

「......信用ならんな。それなら銃をこちらに渡せ」

 

 すっ、と下げた右手から乱暴に89式小銃を奪い、すぐに応射に入れるように新崎は腰の位置で構え、二人には振り返ることも許さずに続ける。

 

「関門橋で生き残りがいることが確認された。そいつらを殺さない限り、俺達へ救助は出せないんだとさ......石神、これだけは覚えておけ。お前も俺も、こんな事件に関わってしまった限り、もうこの九州では、とことんまで行くしかないんだよ。依頼主がそいつらを発見して殺せというなら従うしかない」

 

 言った本人も得心がいかないことが分かる熱が口調に込められていた。だが、それよりも大地は新崎の言葉にあった一文に反応した。

 

「ちょっと待てよ隊長......今、アンタ、この事件に関わったって言ったのか?」

 

 新崎は不敵に鼻を鳴らし、悪びれたような態度もなく不遜に返す。

 

「だったらどうした?それを聞いたお前は、この状況で俺に何か出来るのか?」

 

 89式小銃を持ち上げらる。圧倒的な体格に、経験、その上、武器までもが相手に渡っている。岩下のような虎の威を借る狐ならば、まだ見込みがあるが、新崎相手に大地が勝てる要素は砂粒ほどもない。まさに、蛇に睨まれた蛙のように大地は口を詰むんだ。

満足そうに唇をあげた新崎は、さっきは言い過ぎたと石神へ一言入れると、ホルスターから拳銃を抜いてから89式小銃を石神へ返した。単発銃の脅威を知っているからの行動だろう。戦場で逃げた部下の背中をいつでも撃てるようにしておくという名目上、上官だけが持てる拳銃だが、現状、その名目は成り立たない。

 前を見て戦車を操縦する大地の背中は、文字通り、新崎へと晒されているからだ。同じことを石神にも言える。

 道路を削るようなけたたましい音と共に、74式戦車はキャタピラの爪痕を残しながら鞍手方面へと戻り始めた。




次回より第13部「際会」に入ります
うーーん、130近いな……
そりゃ、150000字いくよねえ……w

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