感染   作:saijya

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第5話

 東がいなければ、モール内にいる住民をまとめる自信がなかった。東がいるからこそ、目立った変化はなく、逆に安部がいるから、東にさした影響も出ていない。一ピースだけでも外れれば、精巧なジグソーパズルを傾けるように容易くバランスが崩れてしまう。

 安部は、目的の為にも、居城を守義務がある。

 

「東さんは、あの自衛官を良く理解しているようですね」

 

 東が、安部を射殺ような眼で見上げる。限界まで吊り上げられた目尻は、ピクピクと短い痙攣を繰り返していた。

 安部は、東について一点だけ気付いたことがあった。この殺人鬼は、他者からの理解というものに異常に執着している。だが、安部を理解すると口にしていながら、自ら目の前にいる他者を理解しようとはしていないように思える。 

 東の人間的欠落は、そこにあるのではないかと安部は考えた。

 友達や恋人を作るには、まずは他者に興味を示すことから始まり、やがては互いに理解しあってから関係が築かれる。それは、学校や社会、周囲のコミュニケーション、親からの愛情、様々な形をとりながら、学んでいくものだ。しかし、逆を言えば、そのどれかが欠ければ、それは歪んだままになってしまう。思考と行動の行き違い、理解と興味の隔離、理解の押し付け、それらに曖昧な境界線が引かれているのだろう。

早い話し、人の心に触れるなら、心臓を鷲掴みにでもしてやれば良いと思っている。

育ちの差なのか、環境のせいだったのか。

 他者に自らを理解させたい。そこに、肝心の他者が入る余地がなかった。自分の思い通りにならず、駄々をこねる子供と同じだ。

 テレビで最初に小倉北警察署に連行されてきた東を画面越しに見た時、東は厚手の袋を被らされていた。それと、皮肉なピースサインが印象に残っている。あれも、他者に東という人間を見せつける為の無意識なアピールだったのではないだろうか。

どこにでもあるコミュニケーションの問題の究極が東という男だ。

 だからこそ、安部は、他者を見ようとしない東の神経を逆撫でするようなことを言ったのだ。

 

「......あ?今、なんつった?」

 

 東は、ゆっくりと安部の正面に移動し眉を狭めた。小さい体躯に似つかわない眼光に、安部は気圧されるも、しっかりと東と目を合わせて息を吸い込んだ。

 

「東さん、あなたの隣にいるのは、誰ですか?」

 

「……何言ってんだよ、あんた」

 

 顔一杯に疑問符を貼り付けた東は、大儀そうに首を振る。安部が言っている意味を計りかねているようだ。


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