感染   作:saijya

122 / 432
第4話

「遺恨がないとは言えないけど......でも、それは二人にじゃない。二人が話してくれた隊長になんだ。まあ、俺はそんなふうには考えられなかったけどさ......彰一が教えてくれたんだ」

 

 浩太と真一が同時に彰一へ首を回し、当の本人は気恥ずかしそうにそっぽを向き、その様子に真一が、随分とぎりが悪そうだと笑う。

 浩太が阿里沙に目線だけで語りかけると、一呼吸分、間をおいて言った。

 

「あたしも同じ気持ちだよ。なにより、助けてくれた人を恨むなんて事はしない。あの時は、いろいろあって言えなかったけど......助けてくれてありがとう」

 

 阿里沙の感謝に続き、加奈子の丸い頭を垂れた。言葉は発っせなくても、ありがとう、という気持ちを伝える方法はいくらでもある。二人には、確かに伝わった。目頭が熱を持ち始めるのを感じ、真一が四人に背中を見せると、途端に笑い声が室内を包んだ。事件が発生してから、初めての明るい雰囲気だ。部屋の中央に置かれた刃物が無粋なものに思える。

 だが、響いてしまった笑い声は、別の者まで引き付けてしまう。長居は出来ない。表情を引き締めた浩太が一同を見回し、全員が頷く。

 

「じゃあ、今後の動きを説明する。意見があれば、すぐに手を挙げてくれ」

 

              ※※※ ※※※

 

「......東さん、何故、小金井さんに自衛官を任せたのですか?」

 

 中間市内にあるショッパーズモール二階エントランスから、使徒の動きを監察していた安部が、隣に座り煙草を吹かす男に問いかけた。東は、ガラス張りの壁に背中を預けたまま、盛大に煙を吐き出す。立ち上る紫煙に安部は顔をしかめる。

 

「東さんは、彼を信用してはいないと思っていたのですが」

 

「......信用なんざしてねえよ。ただ、良いもんが手に入ったからな」

 

 火が点いたままの煙草を、握り潰した東を見下ろす形の安部が疑問を投げる。

 

「しかし、自衛官が持っている情報を聞き出すには、やはり、東さんが直接......」

 

「あいつは話さねえよ。多分、歯を全部、引き抜かれようともな」

 

 指で弾いた吸殻は、綺麗な弧を描きながら、無機質な通路に音もなく落ちた。日常からかけ離れた世界では、そんな他愛ない一連すら瞼に焼き付く

 外を徘徊していた一人の使徒が二人に気付いたのか、垂れ下がった蜘蛛の糸でも掴むように両手を挙げた。

 

「世界に鉄槌を落とす為だけに現れた奴等のように、ただ突き進むだけの猪野郎なら、話は別だがな......ああいう奴に時間を割くのは無駄なことだ」

 

 安部は頭を傾げる。答えになっていないからだ。東の明らかな苛立ちが目立ち始めたのは、自衛官とのやりとりからだ。あの時、東が何を言われたのか知らないが、この男をここまで乱すということがどれだけ難しいかを、安部は短い付き合いながら理解している。

 東は、普段の振舞いからは想像出来ないほどに、相手の思考や行動を先読みし、冷静を保ち、突発的に何かが起ころうとも、監察して隙を見抜く。

 小倉で出会ったトラックもそうだ。使徒の群れに出会したトラックが、新砂津橋を通ることを直ぐ様に予測し、進路を変更した。結果、苦渋を舐めさせられたものの、安部一人だったら、あのトラックには追い付かなかっただろう。自衛官から銃を突きつけられた時も、東が狂ったような素振りを見せたのは、最後だけだった。

 数多の経験からくる監察眼と、躊躇いなど微塵も匂わせない冷徹さ、そして、冷静さ。これらが東の強力な武器だ。その内の一つを奪われている。

 それは、安部にとっても都合が悪い。




気温下がりすぎだろ……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。