どうにも、こう何度も検査をされると、あまり良い気はしない。一通り終了した後に、ようやく田辺はノートを受け取った。恐らく、文章にも目は通されることだろう。
浜岡は、余計な口出しはせずに、田辺がノートにペンを走らせる姿を眺めつつ、斎藤を盗み見た。プライベートでも付き合いがある分、斎藤の鋭敏な観察力は、よく知っていた。国による報道規制を無視して、田辺が集めた九州地方感染事件の情報を国家機関内で受け取ろうというのだから、注意は怠れない。どうやって、田辺は浜岡に伝えるつもりなのだろうか。
田辺が一枚の用紙に書き終え、二枚目にページを捲った所で、斎藤が再び田辺の傍らに立つ警官に目配せを送った。
「田辺さん、内容を拝見させてもらっても?」
「......ええ、構いませんよ」
田辺が手渡した用紙を眉に唾を塗るように一読した警官の手から、浜岡へ渡される。視線を下げた浜岡は、その内容に、さっ、と目を通す。
取材対象者
礒部彩弥乃
大毅直太
高宮直也
加藤綾子
加護よしこ
東高成
村木はすえ
青山初枝
芳我玲香
板橋区○○町5ー5
江戸川区○○町4ー1
荒川区○○4ー1
清瀬市○○2ー1
渋谷区○○2ー5
青梅市○○町6ー2
杉並区○○2ー2
大田区○○4ー3
江東区○○9ー4
やがて、浜岡は、ふう、と一息吐いてから目線をあげる。
「田辺君、前々から言っていると思うが、こういうのは50音に並べてくれると有り難いんだよねぇ」
「ああ、すみません......忘れていました」
田辺は察した。どうやら、浜岡はメッセージに気付いたようだ。続けざまに、田辺は別紙に書いておいて番号を渡して言った。
「一名だけ連絡を先にいれて下さい。芳我玲香という女性です。これが番号です」
「了解。この人だけで間違いないんだね?」
田辺の首肯を確認し、浜岡は踵を返す。斎藤が身体をずらして道をあけると、一礼してから隣を通り抜けた。
扉の前で、思い出したように浜岡が振り返る。
「ああ、田辺君は、もう少しここに居てくれないかな。司法解剖の結果が出たら解放してくれるそうだからさ。くれぐれも無茶をして警察の方々に迷惑をかけないように」
同意を求めるように、浜岡は斎藤を一瞥した。
「......結果は二、三時間で分かる。それまでの辛抱だ」
田辺は落ち着いた様子で、パイプ椅子に座りなおした。
「ええ、ちゃんと分かっています。浜岡さん、あとはお願いします」
手にした用紙を振りながら、取り調べ室を後にした浜岡は、車に戻ると、田辺から受け取った連絡先を膝に広げて文章を解読していく。そして、浮かび上がった文字を見て、莞爾とは程遠い笑みを浮かべる。
「こんな分かりやすいものを......まあ、彼も急いでいたのだろうねえ......」
浜岡は、携帯電話を取り出し、渡された二枚目の用紙に書かれた番号を打ち込み、数度続いたコールが消えると、受話器越しに口を開いた。
「もしもし、私、田辺の上司で浜岡と申すものですが、今、お時間を頂いてよろしいでしょうか?」