ホテルの駐車場に停まっていたプレオの窓を彰一が叩き割り、鍵を開けた。使用したバールを一度地面に置いて、運転席のシートに散らばったガラスの破片を掻き出すキーの差し込み口を、同様にバールで破壊する。中から引き摺りだしたのは、車のイグニッションキーシリンダーだ。
彰一は、ポケットからホテルで手に入れたマイナスドライバーを出し、一部を手際よく外していく。見張りをしていた祐介が、彰一の背中に言った。
「それ......誰に習ったんだよ」
「親父」
彰一が短い返事をしたっきり、二人は無言になる。彰一がやっているのは、一昔前に車の窃盗に使われた手法だった。最新の車には通用しない。シリンダーを弄る小さな音と雨音が、やけに大きく聞こえた。浩太と真一から伝えられた事実が、楔のように心と身体を固く繋げ、思考だけが宙を漂っていた。
黙々と作業を続けていた彰一は、マイナスドライバーを剥き出しになったシリンダーへ差し込んで作業を中断し立ち上がる。
「まあ、気になるよな。あんな話し聞いたらよ......」
彰一の淡白な声が、祐介には疑問だった。仲間や家族すらも奪った仇が、国や人を守る自衛隊の組織内部にいたという話しに、なんの懐疑も持たないのだろうか。少なくとも、祐介は大きな淀みを自覚している。確定していないからこそ、不安は膨れ上がっていく。
「お前は、なんとも思わなかったのかよ」
「そりゃ、なにも思わなかったとは言えねえけどよ。俺達には、あの二人が必要なことに違いはない。ここで下手に衝突して、妙な距離を作っちまえば、それこそ終わりだ。違うか?」
必要なことに違いはない。ここで下手に衝突して、妙な距離を作っちまえば
、それこそ終わりだ。違うか?」
そうだけどよ、と祐介が言葉を濁す。彰一は指を鳴らして、マイナスドライバーをシリンダーから抜いた。
駐車場の入り口から、雨に濡れた異常者が、こちらに向かっていたからだ。素早く人数を確認し、一人しかいないことを確かめると、軽く助走をつけ、蹴り倒し、額にドライバーの尖端を突き立てた。
「あの二人は、正直凄えと思う。ぶっちゃけ言わなきゃ良いだけの話だ。俺達が気付くかどうかなんて分かんねえんだからよ。けど、二人は俺達に教えてくれた。信頼関係を築くなんて、それだけで充分なんじゃねえの?」
浩太と真一は、話しが終わると同時に、俺達にも責任の一端はあると、四人に土下座をしていた。それほど、真摯に四人と向き合ってくれていたのだろう。代わりに生まれるかもしれない猜疑心に駆られた四人に、二人は傷つけられることすら覚悟していたのかもしれない。そんなマイナス面すら度外視してまで、二人は語ってくれていたのだろうか。
「彰一ってさ......なんか、凄いよな」
「はあ?意味分かんねえよ。いきなり、気持ち悪いなお前......」
シリンダーにマイナスドライバーを差し込み、作業を再開する。照れているのか、さきほどよりも、背中が小さく映った。
「いや、俺と同じ年齢なのに、なんか物事に対する見方が落ち着いてるなって......不良のくせに」
「そりゃ、皮肉のつもりか?」
彰一は、口に含むように笑った。慌てて祐介は首を振る。
「違うって!俺は、さっきの話しで表面しか見えてなかったからさ」
「祐介、本当に凄い奴ってのは、俺なんかじゃねえよ」
よーーし、きっともう呆れられてる。我慢できなかったんです……