感染   作:saijya

114 / 432
第7話

 更に強く眉間に銃口を押し付けた男は続ける。

 

「テメエにある権利は、口を動かすことだけだっての!次に舐めた態度とりやがったらどうなるか分かってんだろうな?続けるぞ、仲間はいるのか?」

 

 必然的に頭を押され、暴徒達は歓声の雄叫びをあげた。非現実的な状況は、こうも簡単に命を脅かす。それとも、これは、あの女医を手にかけた罰なのだろうか。あの時、達也が偶然とはいえ、女医が潜んでいた家に行かなければ、あの女医はいきていたかもしれない。だとしたら、人を一人、死においやったことになる。

 こんな危険な人間を、野放しにすれば、もっとあの女医のような最後を遂げる人間が増えるのは、間違いないだろう。その矛先は、今、かけがえない仲間にまで向かおうとしている。

 

「いない......みんな死んだ......」

 

 息も絶え絶えに、達也はそう振り絞った。直後、両足の腿に手摺の感触がした。あと少しで、達也は暴徒の海へと落下していく。全ては、達也の胸元を握る男にかかっている。

 しばらくして、男が口を開いた。

 

「武器の貯蔵はあるか?食い物は?」

 

 達也は首を振った。東の目が一気に細くなる。

 

「なあ、自衛官よお?嘘は自分を滅ぼすぞ?」

 

「嘘だと思うなら、ここで殺せよ......ほら、やるなら今しかねえぞ?」

 

「......もしかして、俺が殺せないとでも思ってんのか?」

 

「いいや、お前は躊躇わずにやれるだろうな」

 

 男は不満そうには舌を鳴らす。さっきまで死んだようだった自衛官の眼光に、気に入らない光が宿り始めていた。

 自分に芯がある人間だ。奴と同じ目をしている。こいつはどれだけ自分が傷付こうとも意にも介さない。男の思考に乱れを来すのは、いつもあの記者だ。

 

「なあ、自衛官......なんのつもりか知らねえが、これ以上、俺を挑発するなよ?俺はテメエみたいな奴が嫌いなんだよ」

 

「奇遇だな......俺もお前が嫌いだよ」

 

 男が奥歯を食い縛り、達也を引き上げた。

 

 へたりこみ、首を抑えて噎せる達也を見下ろしながら、男は髪を掴み顔を近づけた。

 

「よーーく分かったよ自衛官......お前は、ただじゃ殺さねえ......死んだ方がマシだと思わせてやるよ」

 

 鋭くも粘りのある声に向け、達也は唾を吐き付けた。男は頬に付着した唾液を拭うと、唇の端を引き上げる。

 

「良い度胸じゃねえか......」

 

 男は、達也の顔面を鷲掴みにし、そのまま、後頭部を背中の落下防止パネルに打ち付ける。成人男性が蹴りをかまそうと微動だにしない強化プラスチックが粉々に砕け、下にいる暴徒達へ降り注いだ。

 気が遠くなりそうな衝撃に吐き気を覚える。

 

「もう一発いっとくか?あ?」

 

 今日だけで、どれだけ頭部にダメージを受けただろう。脳が限界を迎える警鐘のように、頭の中で音が鳴っていた。

 身体に力が入らない。勢いをつける為に頭を髪ごと引かれる。

 

「安心しろよ、まだ、殺さねえから......打ち所が悪かったら知らねえけどな」

 

「あっ......が......はぁ......」

 

 腕の筋肉が肥大する。達也は眼界の端で、それを捉えた。

 

「そこまでにして下さいよ、東さん」

 

 東と呼ばれた男の手が止まった。揺れる視界に入ってきたのは、全身を白で固めた長身の細い男だ。

 いや、それよりも、東という名前に聞き覚えがある。

 

「なんだよ、安部さんよお......まだ、聞き出しちゃいねえぞ」

 

「聞き出す前に、殺すつもりでしょう?まだ、彼に死なれては困ります」

 

 しばらく、二人は無言だったが、やがて、東が達也を解放した。その場に横たわった達也は、首だけをどうにか動かし、東の顔を観察する。

 ......思い出した。確か、十人以上を殺害した指名手配犯だ。最近、逮捕された筈の凶悪犯が、何故こんな所にいるんだ。決まっている、誰かが拘留中だった東を逃がしたのだ。だとすれば、東の態度からして、この安部と呼ばれた長身の男しか考えられない。

 ぐらつき、鈍った思考力では、ここまでが考察の限度だった。頭蓋骨にまで響く鐘の音が次第に早くなっていく。酔っ払ったように、脳をグルグルと掻き回される。

 

「小金井、こいつはお前に任せる」

 

「......なにしても良いのかな?」

 

「いけません。出来るだけ生かして下さい」

 

「......分かった。努力するよ」

 

 東とは違う声がした。三人の中では、立場は下にあるようだ。

 

「気を付けろよ自衛官よお......こいつは俺以上にヤベエ奴だからよ!」

 

 東の高笑いが木霊する中、達也の意識は深いところに落ちていった。

 




少し時間できたので更新しました
元の頻度に戻るまでは、もうしばらくお待ちください
すいません!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。