「僕が初めて、貴方にお会いした時、インタビューの中でこう言ってましたよね?まだ、出会った事のない誰かを助けたいと!知らぬ間に仕掛けられた兵器で片足を失った子供に、もう一度、歩く喜びを教えたいと!失う必要のない命が失われていくのを見たくないと!」
「......ええ、確かに言ったわよ。だけど、そのあたしの理想を崩したのは、アンタ達じゃないか!」
「なら、もう一度その理想を抱いて頂きます。いまこうしているだけでも、九州地方では何人の死者が出ているか分かりません......貴方の力が必要なんです!お願いします!僕に、貴方の力を借して下さい!」
頭を下げた田辺を見下ろし、九重は周辺住民からの注目を浴びていることに気付いた。奇異の目に晒されるのは、世間の怖さを知っている九重としても良い事ではない。しかし、目の前にいる男は、すんなりと帰るようには見えない。ようやく手に入れた僅かな平穏すら奪われてしまうかもしれない。九重は、苦艱しつつ短く言った。
「......入りな」
田辺は、顔をあげるが、九重の瞳は、許した訳ではないという確かな熱を田辺に伝えた。
充分だ、これからが勝負所だ。
少々、卑怯な手段で心が痛むが、浜岡の事を考えると、あまり時間をかけられない。玄関を閉じると同時に、九重は田辺の胸ぐらを掴みあげた。
「本当に......この世界で誰か一人を生き地獄に落とせるなら、迷わず、アンタを叩き込んでやりたい気分だよ!」
「......そうでしょうね。不躾な訪問だとは思います。しかし、僕は、どうしても今回の件で貴方と話しがしたかった......」
九重は、田辺が手から提げていた土産を引ったくるように奪うと、一度、奥に戻る。話しをすることを了承はしてくれたようだった。ワンルームの間取り、冷蔵庫を閉める音がして、乱暴な足取りで玄関に戻ってきた九重は、針を含んだ物言いで突き刺すように言う。
「条件が三つある。一つは、あたしの事を大々的に取り上げること。二つ目は、あたしの研究は嘘ではなかったと発表すること。三つ目は、以上を一面記事にすること」
「はい、わかりました」
田辺が、しっかりと頷いたのを確認してから、九重はポケットに忍ばせていた携帯の録音機能を切った。入れ替わりのように、田辺がボイスレコーダーを取り出す。
「では、今回の九州地方感染事件で死者が甦るという点について、九重さんはどのようにお考えですか?」
「あり得ない。死者が甦る事例は、過去にも何件か報告されているが、どれも決まった条件下での出来事だ。いきなり数万人の死者が一斉に......なんて夢でも見てるんじゃないかと思ったよ」
九重は、きっぱりと切り落とす。科学者からしてみれば、そんな神秘に近い現象は認められなくて当然だろう。極端な言い方をすれば、あらゆる魔法のような事象を科学で覆すことが、科学者を名乗る者達の矜持だ。
人を助けるのは、いつだって同じ人間、それを体現している良い例だと頭の片隅で思いながら、田辺は続けて訊いた。
「今回の事件は、人が人を襲い、食べるという大変痛ましい内容となっているようですが、これについては?」
九重(ここのえ)です