「入るよ」
返事を聞く前に、扉を開いた彰一に、真一は舌打ちをした。木製の椅子が一脚砕けているのを横目で視認した彰一は、論難を加えられる前に、さっさと入室を済ませる。さきほど、浩太に殴られた頬は、うっすらと、赤みを帯びていた。
「そこ、冷やした方が良いんじゃないか?」
「言われなくてもわかってる。タオルがあったから、濡らしてたとこだ」
真一が、洗面所でタオルをとり、ベッドに横たわるまで、彰一は黙っていた。言動の端々に焦燥が窺える。
他の者はどうか分からないが、彰一にとって馴染み深いものだった。他者に向ける怒りとは、少し違う感情だ。
切り出すように、彰一が言った。
「真一さん、アンタ、分かってんだろ?今の自分がどんだけカッコ悪いか」
真一は、顔を背けた。おかしいとは思っていた。あれだけ、周囲に敵意を剥き出しにした男が、一発殴られた位で引き下がる訳がない。むしろ、逆上して襲いかかってくる。そういった行動が見受けられなかったのは、非が自分にあると認めている人間の特徴だ。
あまつさえ、頭を冷やす、とまで口にした。
「よく分かるんだよ。俺もそうだった。自分が悪いって頭では理解してても、その怒りを誰かや物にぶつけなきゃ、壊れちまいそうで、自分を抑えられなくなる」
「......うるせえよ」
「大人になるにつれて、抑え込みが上手くいくようになる。けど、やっぱり、人間なんだよな」
「うるせえって言ってんだろうが!黙れ!そんな事は、分かってんだよ!」
「なら、もう少し岡島さんのことを信じてやれよ!餓鬼みてえに、我が儘繰を繰り返しやがって!納得いかねえからって人や物に憤りをぶつける奴を信用できねえんだよ!」
勢いよく上半身を跳ね上げた真一に馬乗りになり、彰一は叫んだ。
「俺の仲間だって死んだ!祐介の親父も俺達を庇って犠牲になった!加奈子と阿里沙だって両親を目の前で殺されてんだよ!まだ、そいつが生きてると信じるなら、岡島さんの言う通り、アンタが信じてやらないでどうすんだよ!」
真一は、歯茎から血を流すほど、奥歯を噛み締めた。
「俺が一番、情けないってことは誰よりも分かってんだ!俺も一緒に、あの時、駆け出しておくべきだった!トラックから走り去る達也を見捨てたのは......俺なんだ......」
真一から力が抜けていき、枕に頭を沈めて、右腕で両目を隠す。自責の念に耐えきれず、和らげる為に当り散らすしかなかった。
あの時、浩太と同じ立場だとして、同じような結果にならなかったと尋ねられれば、真一は素直に頷くことは出来ない。ただ、暴徒の集団を前に、達也のような行動をとれず、ただ、見送るだけしか出来なかったことに、罪悪感を抱えてしまった。
晴らすためにとろうとした行動は、集団を危険に晒す行為だ。自分の事しか頭に無い人間を信用できない、そう言われて当然だ。
真一……