感染   作:saijya

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始まりだよ


プロローグ

 福岡県北九州市八幡西区黒崎にあるアーケードカムズ通り、廃れた雰囲気を醸し出しているのは、昼間にも関わらずどこもかしこもシャッターを締め切っているからだろう。そんな人通りが殆どない中、その中心部でおぼつかない足取りのまま、パチンコ店から出てきた20代の男がいた。

白濁とした瞳、獣のような呻き声、それはかろうじて人間の姿を保っていた。保っているだけだ。

 喉元は抉られ、腹部には穴があき骨を露出させている。ダラリと下げられた右腕は薄皮一枚でかろうじて繋がっているだけで今にも落ちてしまいそうだ。

 獲物を探すように歯をカチカチと鳴らしていた時、顔の上半分がいきなり弾け、歩くように前のめりに倒れた。硝煙をあげた銃を構えたまま現れたのは軍服に身を包んだ若い男だった。

 銃のマガジンを落とし、新たな一本を入れ、油断なく死体に近づき靴先で確認するように3回軽く蹴るが、反応は示さなかった。吐息をひとつ挟み、男は死体のポケットを探り始める。煙草と携帯電話だ。

 銘柄は違うが、調度煙草を切らしていた所だった男は、思わぬ僥倖だと喜び一本だけ抜き取ると口に咥え、残りをポケットに入れ、携帯へと手を伸ばそうとしたが、アーケードの入口から幾重にも重なる影が伸びてきている事に気づき、携帯をタイル張りの地面に叩きつけるようにして捨て、振り返ることもなく走りだした。

 

「くそったれが!一体この世はどうなっちまったんだよ」

 

 そこまで広くはないアーケード内では大破した車や、車同士の正面衝突に挟まれた女性が、潰れたフロントに身体を貫かれたまま苦悶の表情で天井を見上げている光景が映る。

 必死に足を動かし、二つ目の十字路を抜けた。男にとっては慣れた道だった。どこをどう行けば良いのかなんて身体が覚えている。男は巨大なライオンの顔を模したオブジェを横目にまっすぐに伸びる道を睨みつけた。

 ここを越えれば大通りだ。そこならば誰かいるかもしれない。そんな期待を込めながら激しく肩を上下させていた。

 背後から聞こえた何十もの足音に突き動かされるように男が顔をあげ走り出そうとした瞬間だった。

 突然、自身の身体に衝撃が走り、男は横倒しになった。なにが起こったのかを理解する前に、右肩に激痛が走る。

 そして耳元で聞こえる獣声にも似た低い声、ようやく理解が追いついた男は恐怖と苦痛が入り混じった悲鳴をあげた。

 

「うわああああああああああああああ!」

 

 白く濁った眼球と目が合う。どうにか引き離すために伸ばした腕は、呆気なく捕らえられてしまい、手首に口元が伸びる。直前まで何かを食べていたように紅く染まった歯には固形物がそのまま残っていた。

 気にする素振りも見せず、男は手首を抉られた。あまりの痛みに叫泣を出そうとしたが、それは叶わなかった。 追いかけてきていた集団の先頭が倒れた男に襲い掛かり、喉元に喰らいついたからだ。

 それを皮切りに、男の身体に群がった死者達の歯が刃物のように男の全身に突き刺さっていく。

 

「むぐううううううううううううううう!」

 

 痛い!痛い!痛い!痛い!いたいいいいいいいいいいい!

 こんな時、どれだけ声を上げられれば楽になったのだろう。男の口内には大量の血液が溜まり、肺に残された空気が、ごぼごぼ、と音をたてさせていた。叫び声を上げられず、自由が利きづらくなった四肢をどうにかバタつかせていたが、とまる事の無い地獄のような痛みの最中、見開かれた眼球に映ったのは夥しい数の指。

 涙で熱を帯びた眼に異物が入り込んだ。

 

「うううううううううううううう……」

 

その本数が5本を越えると同時に、男は意識を手放した。

 

 




こんな感じです。

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