クロスアンジュ天使と竜の輪舞 ~黒百合~   作:誤字脱字

24 / 37
文字数一万越え……ながっ!?

……今週でクロスアンジュ最終回です
鰤男がタスクと戦っているシーンにふきました

このssも完結できるように頑張ります!
……あと半分ぐらいかな?





第二十話 神と呼ばれる者

「流石に独房からは解放されているだろう」

「ん?アンジュの事かい?……脱走だからね?流石に一日では出れないよ」

「………アンジュではないけどな」

 

人が行きかう昼下がりの神聖ミスルギ皇国首都、〈暁ノ御柱〉を眺める事の出来る小さな喫茶店にて俺とタスクは優雅にティータイムをしゃれ込んでいた……野郎二人でお茶など正気の沙汰ではないが、他に誘う相手が他にいないので我慢しよう

 

妙に乾く喉を提供された珈琲で潤しながら俺は話し始める

 

「……港の方はどうだった?」

「戦艦が5隻、今日早朝に3m級の兵器を大量に搬入している所は確認した。……そっちは?」

「検疫官と近衛兵に召集が掛っていた。ジュリオ一世専属の部隊結成と掲げていたが……あれは特殊部隊の人員確保だろう。……前の一件を利用して人を集めている」

「そう、なのか」

 

前々からその様な臭いを感じていたが、前の一件を気に臭いが隠しきれない程、感じられるようになっていたのを俺達は感じ、調査に打って出たが、タスクと俺の調査して来た情報を合わせるに間違いなくミスルギ皇国は軍備を整えている

 

「戦艦は恐らくもっと増えるだろうね?……でもミスルギは軍備を整えて何処に進軍するつもりなんだろう?……最近、ミスルギと関係を拗らせた国はないよ」

「……皇帝が変わった事により、外交に摩擦が出来た、とは考えにくい。いまのミスルギは事実上、他国のおかげで成り立っている。…潰すならとっくに潰している」

 

だよね、と返すタスクの曖昧な返事を耳に入れながらも恐らく俺達は、同じ答えに行き付いているだろう。……国に対する進軍でなければ残る脅威は、ドラゴン

しかし、ドラゴンを相手にするのであれば一国ではなく他国も協力して連合を組み進軍する筈なのだが、他国に軍備を整えている動きは見られない

一国だけでは攻めきれないとわかっているのに何故だ?何か強力な兵器を開発したのか?それとも無謀な戦いへ出るだけの愚策なのか?

 

正直、皇帝がジュリオに変わってからはミスルギ皇国の行動が読みやすくなっていたと思っていたが今回は全く読めない………危ない橋を渡る事になるが情報を得る為には仕方がない、か

 

俺は懐から煙管を取り出し火を入れ、肺一杯に煙を吸い込み……吐きだした

 

「………リィザ・ランドッグは知っているか?」

 

俺が出した名前の人物をタスクは顎に手を添えながら思い出し、心当たりがあると言った感じで顔を上げた

 

「……確かミスルギ皇国の近衛長官、ジュリオ一世の腹心だった気がするけど」

「そうだ。……今夜、彼女と接触する」

「……え!?」

 

俺の言葉にタスクは声を上げて驚いてしまい、周りの客の視線を集めてしまっていた

俺としては、それ程驚く内容ではないので、周りの客に頭を下げながら小声でタスクに話しかける

 

「…驚く事ではないだろ?侵入調査など」

「そうだけど……いま騒ぎを起こすのは不味い事は判っているよね?」

「リスクは承知している。しかし今はリスクを払ったとしても情報が欲しい。」

「確かに情報は欲しいけど……何も近衛長官、ジュリオ一世の腹心じゃなくてもいいんじゃないか?………末端の官僚でも情報は集められるよ」

 

確かに態々立場の高いモノでなくても実行部隊の一人を軽く叩けば情報を得る事は出来るであろう。しかし、俺にはリィザ・ランドッグから確かな情報が得られる確信があった

 

「お前は気絶していたが、アンジュは逃亡する間際にジュリオ一世に向ってナイフを投げつけた」

「え?……はは、アンジュらしいや」

「その時に彼女も傍にいたのだが……彼女はジュリオ一世を守ろうとはしなかった」

 

俺の言葉にタスクは顔を引き締め、当りを警戒しながら俺の言葉に耳を傾ける

 

「仮にも近衛を名乗る長官が主である皇帝を守らなかった。……彼女にとって皇帝より自分の命を重視している様に見えた」

「でもそれは……恐怖で動けなかったとかじゃないか?仮にも自分の命がかかわる事だし」

「ないな。今のスメラギ皇国の国民はジュリオ一世に狂醉している。……彼が死ねと言えば喜んで死ぬだろう。現に近衛兵希望者が後を絶たない。」

「……じゃぁ、パニックになっていて動けなかった、とかは?」

「それもない。……ジュリオ一世が傷を負った後の彼女の対処は的確だった。パニックに陥った奴が直ぐに指示を出せる筈がない」

 

ジュリオに護衛と衛生兵を手配する手腕、逃亡する俺達を追跡させる手並み……どれをとってもパニックが起きた人間が出来るモノんではない

 

「…なら彼女は?」

「スパイ、もしくはジュリオ一世を利用しようとしている第三者の可能性がある」

「……まさかミスルギ皇国を狙っている奴がいるなんて」

 

タスクは大きく、息を零しながら珈琲を口に付けた

目新しい情報に流されて忘れているようだが、ミスルギ皇国を狙う国などこの世界には存在しないと先程、結論が出た事をタスクは忘れている。まぁ、、それは仕方がない事だろうけどな……俺と同等の情報を集められていないタスクでは想像もつかない集団だし

 

「……結果は明日、ここで話そう」

「わかったよ。俺は他に情報がないか探ってみる」

 

互いに頷き合いながらタスクは珈琲を、俺は煙を大きく吐きだした

緊迫していた空気は消え、俺達が醸し出す雰囲気は周りの客と遜色が無く柔らかいモノへと変わっていった

 

「それにしてもこんな人通りの多い場所で計画を練るとは思わなかったよ?これがアキト流のスタイルなのかい?」

 

柔らかくなったのは客だけでは無かった様でタスクも気を緩めながら俺に笑いながら話しかけてきた。……いつ如何なる時にでも緊張の糸の一本は残しておかないと臨時の時に対処出来なくなると言うのに……全部切ったな、こいつ

 

「……人気のない場所で計画を練って発見された場合、有無を問わずに尋問を受ける事になる。…少しでもリスクを減らすなら最初から表に出た方が怪しまれない」

「……こっちの方が怪しまれるとおもうけど」

 

確かに町中で物騒な話をすれば人の気を引いてしまうがものだが、だからこそ、その方が自然に感じるのだ

 

「誰が考える?世間を脅かすテロリストが大通りに面した喫茶店で策を練っていると?……現に聞き耳を立てている者はいない。おそらくゲームや小説の中の話だと思っているのだろう」

「……なんだか不思議だ。誰も不思議に思わないって」

「国民柄も関係していると思うが……想像が出来ないのだろう。命を狩り取る死神が自分達と同じ日常の中に溶け込んでいる事を……さて、行くか」

 

片手を挙げて店員と挨拶を交わし喫茶店を出ると俺達は直ぐに二手に分かれた

タスクは港の方へ、俺は勿論ミスルギ皇家の皇居へと歩みを進めたのであった

 

 

 

クロスアンジュ天使と竜の輪舞 ~黒百合~

 

第二十話 神と呼ばれる者

 

 

 

 

タスクと別れた俺は、直ぐに皇居に忍び込む事はせずに一旦準備を整える事にした

今回狙う相手は特殊な生物だと言う認識をしているからだ。銃器や刃物は勿論、体の匂いを消す特殊な香水、人に使えば永遠に目覚める事がない大型動物用の麻酔薬……一度、同型と接触したとは言え生身の戦闘は今回が初めてとなる……これ程、準備しても不安材料が残るが後はアイツ(トカゲ女)のネームバリューと運に任せよう

 

皇居に続く茂みを抜け、公邸へと忍び込む。……完全に警備を『マナ』の力に任せ、兵士の巡回が少なくなっている皇居など、何の苦も無く忍び込む事ができた。

前の一件があったと言うのに警備の人員を割くとは随分と油断しているようだ

 

『マナの力』の警備とは、『マナ』を糸状に張り巡らせ侵入者が警備範囲を横切った場合、術者にダイレクトで侵入者の存在を知らせる様になっている。目に見えない、匂いもない、警備の手は少なくて済む、と利点しか感じなく思えるが、所詮は『マナの力』

 

通る際に同質同量の『マナ』で全身を多い、糸に含まれる『マナ』と同等の力で反射してやれば『マナの糸』は切れる事無く、術者に気づかずに侵入出来るのだ

 

これは、博士が作り上げた『マナ理論』に基づいて編み出した方法であり一般には知れ渡っていない。そもそも前提に『マナ』を正しく理解していないと出来ない方法であり、『マナ』とは何たるかを理解していない普通の人には思いつかない方法だ

 

しかし、俺は『マナの力』とは『アウラの力』である事を曲りなりにも理解している

 

博士の創り上げた研究結果と俺が経験した知識を合わせれば死角はなく、公邸の警備など笊と化し事前に目標の部屋を調べておいたので迷う事無く部屋に辿り着いた俺は……ゆっくりと部屋のドアを開けた

 

ドアの隙間から見える目標は、上着を脱ぎシャツに手を掛けている所であった

……狙った訳ではないが、着替えの場面に立ち会うとは………こんな所(覗きしてるところ)、ヒルダに知られてしまったら俺は間違いなく『血』を流す事になるな?

 

ヒルダが俺に向い拳を振り上げてくるのを想像し身震いしてしまったが、今が好機に違いない!……これ以上、ヒルダを怒らせる材料を増やさない為にも俺はタイミングを見計らい一気に室内へと侵入した

 

「なッ!「……動くな」ッ!」

 

気配を完全に消していたとは言え残り2mの所で気づく目標は流石は人外だと思ってしまうが、目標の体勢は最悪。……いくら人外とは言え、ズボンを脱ぐ最中に襲い掛かられたら反応出来てもズボンが引っ掛かって対処する事はできない

俺は、抵抗できぬ彼女を押し倒し首元にナイフを突きつけた

 

「……俺の質問だけ答えろ」

 

ナイフの腹で目標の首を叩きながら小さく問いかける

喉が大きく唸り唾を飲み込んだ事を確認する

この状況で唾を飲むと言う行動は焦りを表現している事が多い。…要するに暫くの間は応援の心配はしなくて大丈夫と言う事だ

 

時間に制限が無い事を知った俺は、首元に添えたナイフを揺らしながら目標の人物であるリィザ・ランドッグに問い翳す

 

「ジュリオ一世は何も考えている……答えろ」

「……」

「黙秘、か……貴様は、自分の立場を理解しているのか?」

「………、ッ!」

 

時間に制限がないとは言え何時までもこうしている訳にもいかない……俺は彼女の首を薄く斬り付け口を開かせることにしたが、彼女は一向に口を開こうとはせず、床に赤い染みを無駄に作るだけで終わった

 

リィザ・ランドックの態度に俺は内心タメ息が出る思いだった

どうもこの手の輩は自分の命よりも仲間の安全を取る思考をする奴が多い。アイツ(トカゲ女)もそうであったが、あっちの世界の住人は頑固者が多いのか?死んだら元も功も無いだろうに

 

仕方なく俺は、ワザとナイフを握る手を緩め、隙を作り彼女の心を揺さぶる事にした

 

「ジュリオの身を犯した毒を知っているな?……アレは俺が作った」

「……」

「毒は、とある物質を用いた神経毒だ。少量でも死に追いやる事が出来る程の……だが、ジュリオは3日たった今でも生きている。……なぜだろうな?」

 

自身の主を苦しめたであろう毒の話が出たと言うのに彼女は全く反応を示してこない

その態度だけでジュリオに忠誠を誓っていないと教えているようなモノだと言うのに、どうやらコイツはアイツ(トカゲ女)と違い頭の回転が悪いようだ

 

「アレの解毒方法は2つある。1つ、血清を作る……しかし、一から作る必要があり時間が足りない。2つ、『毒』を浄化する。……用いた物質は浄化する事で解毒が出来る。しかし、この物質とは『ドラゴニウム』とッ!」

 

釣れた!

案の上、リィザ・ランドックは緩めていた手を目掛けて翼を広げナイフを弾き飛ばした

当然、彼女の上にいた俺の視野は、大きな生物の翼で覆い隠される。そして首元目掛けて鞭のようなモノが伸びてくるのを感じた俺は、彼女の上から飛び離れる

 

「……油断した貴様の負けだ。我らの為に死ね!」

 

俺から距離を取る彼女の背中には大きな翼、臀部からは先端が尖った尻尾が伸びており、今一度大きく翼を広げた彼女は、もう一度、尻尾を俺の首目掛けて伸ばしてくる

大抵の人間であれば予想外な攻撃に首を取られてしまうのだろうが、生憎と俺は初めてではない!

 

「フッ!」

「ッ!?っきゃ!?」

 

俺は伸びてきた尻尾を腕に巻き付け逆に引っ張り寄せ、強引に接近すると彼女の腹部に当身、体制を崩す彼女を今度は背中から押し倒し再びナイフを首に当てた

 

「やはり潜んでいたか……目的は『アウラ』か?」

「な、なぜその名を!」

 

リィザ・ランドックは、自分が置かれている立場など関係ないとばかりに再び襲いかかろうとする。その視線は先程とは比べモノにならない程に鋭く、隙あれば命を奪いに行く、例え自分の命が散ろうとも……と決死の覚悟が窺えたが……彼女がアイツ(トカゲ女)と同じ目的ならば先に誤解を解いておいた方が得策だ。俺は彼女の警戒心を解く為にナイフをさげるのと同時に解放した

 

開放された彼女は直ぐに体制を整え、警戒しながら俺を睨みつけてくる

まぁ、二度も組み倒されたら警戒されて当然か…

 

「警戒するな…とは言わないが話を聞け。……俺は、知り合いから『アウラ』について教えて貰った」

「……知り合い」

 

正直、アイツ(トカゲ女)の立場が低いモノであれば信頼性は低くなるが、〈龍神器〉と呼ばれる専用機の操縦士を任されているくらいだ、立場ある人間の筈だ

 

「サラマンディーネだ」

「ッ!姫様を知っているのか!」

 

ビンゴ……しかし……

 

「……スパイであるなら感情を直ぐに出すな。少しの油断が身を滅ぼすぞ」

「ッ……すまない」

 

眼を伏せながら謝ってくる彼女であるが、彼女の中から疑惑が消えた訳ではなく、逆にサラマンディーネと俺の関係について深く考えている様に見てとれた

………警戒心は取れていないが、俺が敵ではないとわかって貰えただけマシ、か

 

「俺の目的は世界を壊す事。この過程で『アウラ』を助ける為、助力するとサラマンディーネと協定を結んでいる」

「そんなことが……」

 

俺自身の評価がどのようにアウラの民へ伝わっているのかは知らないが、彼女の反応を見るに一般には知らされていない上層部だけの……下手したらサラマンディーネ個人の協力者として伝えられている可能性があるな

 

「合点がいった所で教えろ。ジュリオは…いや、エンブリヲは何をするつもりだ」

 

一瞬、表情を歪め考えをまとめる為に、俯くが直ぐに顔を上げ口を開いた

……個人的に言わせて貰えるのであれば、名前一つあげただけで警戒心を全て無くすのはどうかと思うぞ?………まぁ、時間の短縮になり嬉しいが……

 

「……目的はまだわかりませんが、奴やジュリオは〈アルゼナル〉に出向くつもりです」

「なんだと!?」

 

彼女が侵攻すると口にした場所に俺は、驚きの声を上げてしまった

俺の推測ではドラゴンの世界への短期的な偵察をする為に進軍すると思っていた分、驚きは大きい。

 

「先日行われた首脳会議でジュリオは、エンブリヲからラグナメイルとピレスロイドを預かってきました。彼らはそれを使って〈アルゼナル〉を制圧するつもりです」

「…ラグナメイルは名の響き的にはパラメイルと同じ様な機動兵器だと推測できるが、ピレスロイドとは港にあった対人兵器の事か?」

「はい、アレは〈ノーマ〉を無力化する役割とは別にパラメイルの操縦者を捕獲する兵器でもあります」

「捕獲だと?抹殺ではなく、パラメイルの操縦者は捕獲して捕虜にするつもりなのか?」

「……理由は知らない。ですが、抹殺するのは抵抗する者のみだと聞いています」

 

ドラゴン側にそれと言った動きが見られない中で、対ドラゴン組織である〈アルゼナル〉を事実上の解体にさせる理由はあるのか?いや、逆にこちら側の準備が整ったから〈アルゼナル〉の利用価値が無くなり解散すると言った所かもしれん。しかし操縦者を捕虜にする意味はあるのか?

 

首を振りながら意識を切り替える。

肝心な所は判らず仕舞いで大きな情報を得る事が出来なかったが、近々〈アルゼナル〉が襲撃される事がわかっただけ儲けモノか……

 

「……〈アルゼナル〉襲撃の際には俺も近くで様子を窺おう。…邪魔して悪かった」

 

これ以上の情報は彼女から得る事は出来ないと考え、窓へ向かい歩みを進めたが、脳裏にサラマンディーネの存在が浮かび上がり、振り返って翼で破いてしまった服を気にするリィザに声をかけた

 

「リィザ・ランドッグ。……お前も〈アルゼナル〉へ?」

「ん?……あぁ、私はまだジュリオと共に。……上手くいけばエンブリヲの情報が得られるかもしれませんし」

 

確かに世界を構成する国のトップについて行けばエンブリヲの情報を得る事が出来るかも知れないが……同時に命を落とす事に繋がる

 

「やめておけ。貴様は今すぐにでも旧世界へ帰るべきだ」

「……え?」

 

俺の忠告に対し彼女は、眉間に皺を寄せて困惑した面持ちで俺を見つめてくる

確かにスパイを任されたからには、何かしらの情報を掴む使命がある。少しでも有益な情報を掴み自国へ報告する使命が……しかし、命を落としてしまったら元も功も無い

 

「ジュリオ自身が出陣する事が決定打だ。……彼は出撃したら帰って来ない、今が引き際と言う事だ……正直、俺はエンブリヲを知らない。神様、とは聞いているが一個人が神を名乗れるほどの力を持っているとは考えにくい。だが、神を名乗る存在ならこちらの手が割れている可能性が高い。……奴が現れる可能性がある戦場に行く事は逆に捉えられる可能性が出てくると言う事だ」

 

一息、おいて俺はそれにと口にする

 

「神ってものは何時だって人の命を軽く見ている。それに地位や肩書など意味を成さない。……ここで一国の皇帝を戦場へ出す意味は、もはやジュリオは用済みだと見切られた証拠だ」

 

デミウルダスが自分を信仰する信者を擁護することなく殺したのも、生贄として選ばれた俺に指名を与えたのも理由はない。ただの神の気まぐれに過ぎないのだ

 

大きくタメ息をこぼし、懐にしまってある煙管を取り出し火を入れた

これからまだ『マナ』で警備された公邸の中を忍び帰ると言うのに喫煙するのは如何なモノかと思うかもしれないが、時にはリラックスするのも必要であろう。……場所が敵陣であったとしても

 

「……なぜ、私にその事を?」

「……サラマンディーネと協定を結んでいる。一方的な利害は避けたいのでな?」

「ふふふ、お優しいのですね?」

「優しくは無いさ……ただ神様と名乗る者が嫌いなだけさ」

「その呼び方は止めてくれないかな?どうもチープで好まない」

「「ッ!?」」

 

聞こえる筈のない第三者の声に、俺達は窓際へと瞬時に移動した。

室内は月明かりだけが差し込んでいるだけで、明るいとは言え難いが、確かにこの部屋には俺達以外の存在が入り込んでいる

 

「……何者だ」

「逢引する男女がいる部屋に忍び込むのは品が無いと思ったのだが……呼ばれたので失礼させて貰ったよ?私はエンブリヲ。そうだな…この世界の〈調律者〉とでも呼んでくれ」

「エン、ブリヲッ……」

 

差し込む光の角度が変わり、声の主を照らしだす

金色に輝く長髪に長身な男……エンブリヲと名乗る男は部屋に供えられていた椅子に座り、優雅にお茶を飲みながら此方を見つめていた

 

「…では〈調律者〉とやらに聞きたい」

「ん、なにかね?」

 

俺はホルダーに収められた銃を引き抜き、エンブリヲに構えながら奴に問いただす

黒幕自らこの場に出て来た事は好機。奴の目的を洗い浚い吐かせあわよくは、殺害する事も視野に入れる。幸い、2対1の布陣であり、相手は銃などいった武器を持っていない。最悪、捨て身の攻撃を仕掛けても俺の背に隠れるリィザが奴にトドメを刺してくれる。

絶対的にこちらが有利、だと言うのに―――

 

「……貴様は何を企んでいる?」

「私は世界の平和しか考えてはいないさ。常に正しく平和である世界を」

 

……奴に勝てるビジョンが浮かばなかった。むしろ、俺の生存本能と呼ぶべきモノが全力でエンブリヲから逃げろと訴えかけて来ている

現に奴は、気を緩めていたとは言え俺に気配を悟られずにこの部屋に侵入した。なにより人間より五感が鋭いはずのリィザに特殊な道具を使わず接近するなど以ての外だ

 

「……俺が隙を作る。貴様は逃げろ」

「ッ!?」

「奴は得体の知れない技を使う……密偵は終わりだ、サラマンディーネと合流しろ!」

 

俺の提案に驚きを露わにするリィザであるが、時は一刻を争う

彼女の返答を待たずに俺はエンブリヲに向けていた銃口を奴の真上に下がったシャンデリアに向けて発砲した

 

弾丸はシャンデリアを吊るしていた鎖を砕き、支えを失ったシャンデリアは、重力に従い今尚お茶を楽しんでいるエンブリヲ目掛け落下した

装飾のガラスが割れる音や椅子を砕く破壊音が鳴り渡り、人が集まってくるのが予想されるが今はエンブリヲから逃げる事が優先される!

 

「いけ!」

「ッ!」

 

俺の言葉を聞いて弾かれるようにリィザは窓ガラスを割りながら外へと飛び出した

落下地点から視線を外し割られた窓を見ると翼を羽ばたかせながら離脱を計る彼女の後姿を窺える――――取りあえず第一目標は達成された。次は――

 

「ふむ、初対面に対しこの扱いとは流石は世間を賑せているテロリストだ」

「ッ!?」

 

振り返り際に声がする方向へナイフを振り抜いた。ナイフからは確かな手応えを感じ視線を戻した先には俺が振り抜いたナイフがエンブリヲの喉を切り裂いているのが確認できたが―――

 

「ふふ、恐怖を感じているのだね?なぜ生きているのかと?」

「っ!?」

 

声が聞こえる先に目を向けると先程の殺り取りなど無かったかのようにエンブリヲは存命し、首を切り裂いた筈のエンブリヲは消えていた

 

「人に恐怖を与える君が恐怖を抱くとは皮肉なモノだ。あぁ、勘違いしてないで貰いたい。私は感謝しているのだよ……ただ平和に暮らしているだけの人間に刺激を与えてくれた……とても好ましいことだよ」

 

本当に俺がしている行動に感謝していると礼を述べるように両手を広げながら喜びを表すエンブリヲに得体の知れない悪寒を感じてしまう

コイツは、平和を望んでいると口にしながら俺の行動を肯定しているのだ

 

「君は、なぜ〈アルゼナル〉のパラメイルパイロットを捕獲するのかを疑問に思っていたね?」

「……神様は何でもお見通しか?」

「『調律者』と言って欲しいね、『黒百合の悪魔』………私はね?新しい世界を支えるのは賢い女性だと思うのだよ。『力』に頼らず自身の『力』で生きて来た女性だと」

「『力』に頼らない………『ノーマ』がこれからの世界を創るとでも言うのか?差別の対象であり、憎悪の引き受け役になっていた彼女達が?……正気を疑うぞ」

「凡人には理解できない事さ。……今度は私の質問に答えてもらうよ……君は何者だい?」

 

先程とは全く違う全てを見通す様な視線が俺を突き刺さった

 

「この世に生まれたホムンクルスでありながら君からは古き人類の臭いも感じさせる。交える事のない二つの匂いが合わさった君は何者なのかな?」

「……俺は貴様の敵だ」

「それがありえないと言うのだよ。この世界に男として生まれながら創造主である私に抵抗し更には牙を剥く!……珍しいケースだ」

 

奴の人を人と見ない眼が、まるで実験動物を見る様な眼が、俺の本能を刺激する……コイツは排除しなくてはいけない存在だと!

俺は、再び銃を構えエンブリヲに向ける。……ただ殺すだけでは意味がない。また得体の知れない技を使われて復活する。なら殺さずに眠らせれば……

 

「…ならどうする?俺を殺すか?」

 

今度は、只の銃弾ではなく強力な麻酔段を装填した銃を奴に向ける。しかし、エンブリヲは気にも止めないとばかりに『マナ』を操作し始めた

 

「殺しはしないさ。ただ……昔、行った実験の続きをしようかと思っただけさ」

「……実験だと?」

 

エンブリヲが行った事は一般人でも出来る『マナ』を操作し映像を浮かび上がらせる何気ない事だが、映像が流れ出した瞬間…………俺の感情を爆発させた

 

「世界の為の実験さ。……遺伝子を弄り人工的に『マナ』を使える人間にした『ノーマ』の母から産まれた『子』は、その性質を遺伝させる事が出来るか?と言うね………そう君の育て親のような」

「ッ!!!ェエンブリィヲォォぉォォォォオ!」

 

映し出された映像は、俺を実子の様に愛を持って育ててくれた博士が、複数の男に強姦されている映像であった

感情に身を従わせエンブリヲの脳天にナイフを突き刺す。電気が流れたかの様に一瞬、ビクリと痙攣を起こした奴は血吹雪を上げながらベッドへと倒れる。しかし俺は突き刺す手を止める事はなかった

骨を砕き、脳味噌を蹂躙する。奴の返り血で全身を赤く染めようと構わずに刺し続けた

もはや奴の頭は原型がなくなるまでグチャグチャに―――只の肉片に変わるまで刺し続けた。そう――――

 

「ふふ、君にも感情に呑まれる事があるとは驚きだ。……しかしこの行動が命取りになる」

「なにをッ!ッ!? 」

 

―――エンブリヲに止められるまで

俺の肩に手を置き、不敵な笑みを浮かべるエンブリヲが何を言っているのか理解できないでいたが、直ぐに理解する事になった

 

「ッ!?ズェアッツァァァァァァァァァァァァアァァッ!」

 

奴はただ俺の肩を掴んだだけの筈だった。……しかし、俺を襲った痛みは肩を砕き肉を抉り取る痛みに匹敵した

予想もしない激痛に俺はベッドの上から転げ落ちる

 

「君の精神には、何故か遠隔のアクセスが利かないようだが……所詮は私の手で生まれたホムンクルスの子。直接触れていればアクセスなど動作もない」

 

精神?アクセス?言っている事が理解できないが、本当に肩を潰された訳ではない

肩を押さえる自身の手からはいつもと変わらない自身の肩の感触がある。本当に潰された訳ではないと自身に言い聞かせ痛みに震える足に力を入れて立ち上がり銃を構えた

 

「お、おれに…何をした!エンブリヲォ!」

「これは……驚いた。痛覚を10倍にしたと言うのにまだ立ち上がるか。……君は本当に優秀なモルモットになり」

 

俺は、エンブリヲが話し終える前に引き金を引いた

額の銃痕からは血が噴き出し、体ごと頭を吹き飛ばすが……次の瞬間には、何事も無かったかのように立ち上がりエンブリヲは、俺の意識を刈り取ったのであった

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。