皆さんで切ない気持ちになっていただけたらと思います。
ではどうぞ。
朝、俺は言い知れない不快感で目が覚めた。
耳鳴りや頭痛、胸から込み上げる強い吐き気。そして妙に首が痛かった。
「うぁ……気分悪い…」
そう言ったつもりだった。しかし
俺の耳がとらえた音は、空気が抜ける様なヒュー、ヒューという音だった。
「?………!!?」
反射的に手を離す。ガシャンと手から落ちたのは……
べっとりと血の付いた天御雷。
「っ!?…ガボッ…」
バチャバチャと、口から血を吐き出す。
痛みに耐えながら、能力で喉の切り傷を治療した。
「ぐっ…なんで俺はこんな事………!!」
なぜ俺自身に刃を突き付けてたのか分からず、少なからず混乱した。しかし冷静になって不快感の正体を解析すると、すぐに答えが見つかった。
「これは……妖力か!?」
とてつもない大きさの妖力。それが白玉楼に満ち満ちていた。俺ですら死に誘ったこの妖力には覚えがある。
俺がこんな状態ではあの三人は!?
「間に合ってくれ!!」
天御雷をもって廊下を駆ける。一番近くにあった紫の部屋の扉を勢いよく開いた。
バンッ「紫!!大丈----!!」
俺が入ると、紫はクナイを胸に突き刺す直前だった。
咄嗟に紫とクナイの間に手を差し入れて阻止する。
完全にクナイが刺さってしまったが、些細なことだ。
「つっ…おい紫!しっかりしろ!!」
乱暴に紫の肩を揺さぶる。少しすると、虚ろだった紫の目に光が戻ってきた。
「そう…や? 私…何を…」
「いいから来い!!話は後だ!!」
紫もかなり動揺していたが、説明している暇はない。後の二人が心配だ。紫の手を引いて廊下に出ると、ちょうど妖忌がこちらに来ていた。
「妖忌!!無事だったか!!」
「ええ、まぁ…」
そう答える妖忌の手からは血が滴っていた。どうやら刀を片方の手で止めて防いだらしい。さすが武人、危機には敏い。
後は幽々子だ!
紫、妖忌と共に幽々子の部屋に向かう。何かとても良くない予感がした。
「幽々子!!」
「幽々子様!!」
「…居ない?」
部屋の中には幽々子の姿はなかった。どころか、布団も畳まれて丁寧に片付けてある。
「血痕がないって事は、恐らくこの妖力には当てられてないな。でもどこに……」
「ね、ねぇ双也…アレ見て」
外の様子を見ていた紫が震えた声で言ってきた。
近付いて空を見上げると………無数の青白い玉が吸い寄せられる様に流れていた。
「アレは……もしかして魂か……?」
「霊力を感じます。恐らくはそうでしょうな…」
妖忌が同調する。確かに玉からは微量ながら霊力を感じた。つまり、今この白玉楼を中心にした広範囲で俺たちの様な現象が起こっていると言うことだ。正気を保てずに自らに牙を剥く、そして気付かないまま死を迎える。空を飛ぶ魂の数だけ、今もなお人が死に続けているという事。
…この妖力。消えた幽々子。吸い寄せられる魂。
……………最悪のパターンが浮かび上がった。
「二人とも、今すぐ西行妖の所に行くぞ。瞬歩で飛ばすから構えろ」
二人の返事は聞かず、無理矢理西行妖の元に飛ばした。
それくらい俺は焦っていたのだ。
最悪のパターン、それは生きている者にとっても
続いて俺も瞬歩で西行妖の元に飛ぶ。
そこでは二人が目を見開いて静止していた。
釣られて目をそこに移す。
俺の視界が捉えたのは、膨大な妖力を完全に解放した西行妖と
その根元で、胸元から血を流している幽々子の姿だった。
「幽々子…?……幽々子!!!」
叫び、瞬歩によって幽々子を俺たちの元に連れてきた。
脈を測る、しかし動いていない。
「嘘…だろ…?なぁ…起きてくれよ…幽々子!!」
ーー揺さぶる。反応は無い。
「冗談だよな…?いつもみたいな軽い冗談だろ!?」
ーー叫ぶ。目は開かない。
「皆でまたお茶会するんだろ!?幸せな日々はまた作れるって言ったじゃねぇか!!」
ーー願う。息は…止まったまま。
「なんで…なんでこんな……皆離れていくんだ…!」
「双也…」
幽々子の、大切な友達の表情がフラッシュバックする。
冗談を言って笑う幽々子。
たくさん食べて満足げな幽々子。
妖忌に叱られて不満げな幽々子。
……昔を思い出して、悲しい表情をした幽々子。
溢れる気持ちは、涙よりも別の真っ黒なモノとして湧き上がった。
「双也、悲しむのは後にしましょう。あの桜をどうにかしないと益々死人が増えるわ」
「………ああ」
そう言う紫の頰にも、大粒の涙が流れていた。
胸の内にあるのは青く深い悲しみと、赤く激しい憎悪。
それらが混ざって渦巻いて、今まで感じた事のない怒りとなった。ひたすらに強い殺意が身体中を駆け巡り、あの桜に向けられる。
アレさえなければ、幽々子は悲しまずに済んだ。辛い思いをせずに済んだ。…死なずに済んだんだ…!
「紫、俺があの桜を抑える。その間に妖忌と一緒に封印する方法を探せ」
「でも媒体は----」
「やるしかない。あの桜だけは…絶対に封印する」
怒りが逆に、俺の思考を冷静にしていく。殺意しか感じないのに、皮肉な事だ。
霊力を完全開放する。同時に駆け出して向かってくる鋭い枝を斬り落としていった。
(妖力の量では向こうが上。でも枝の力はそこまででもない。……まだ捌ける!)
上、横、斜め…次々迫る枝を無限流を用いて捌き、斬り落とす。攻撃は激しい、でも負けるわけにはいかない。
「うぉぉおおおお!!!」
一気に近付き西行妖を斬りつける。浅くは無かった。そして左手で刀を返して再び斬りつけようとした。が、
「!? がぁっ!!」
斬りつけた木の幹から、大量の妖力が噴き出した。まるで巨大な鈍器を叩きつけた様な衝撃をもろに食らってしまった。
「ちぃっ! ウゼェ桜だなぁ!!」
枝による刺突は波のように押し寄せてくる。木の幹からは、度々重い妖力弾も飛んできた。次第に捌けなくなってくる。
「っ! しまっ----」
遂に追いつかなくなり、鋭い枝に囲まれた。逃げ道は無い。そう思った刹那、静かに宣言する声を聞いた。
ーー未来永劫斬
風を斬る音と枝が斬り飛ばされる音が響く。四方八方で俺を狙っていた枝は余す事なく斬り刻まれていた。
「…助かった、妖忌」
「いえ。助太刀致しますぞ双也殿」
俺の目の前には二振りの刀を構えた妖忌が立っていた。未だ感じた事の無い強い気配を纏っている。どうやら妖忌の本気モードらしい。
「紫はどうした?」
「…封印式に関して、ワシは紫様ほど詳しくありません。助けにはならないと判断しました」
「…なるほど」
妖忌と一緒に考えろとは言ったけど、どうやら紫の超高度な頭脳の助けにはならなかったらしい。まぁ正直、思ったよりもコイツの相手キツかったから、妖忌の助けは本当にありがたい。
「…来るぞ妖忌!」
「行きますぞ!!」
同時に駆け出した。迫って来る弾と枝を必死で捌く。時々危なくなった時には妖忌が斬り落としてくれた。俺も妖忌を助けようと思ったが、彼は見事な剣舞で枝を斬り落とし、危なくなる事が無かった。
……やはり剣術では妖忌に敵わないかも知れない。
「破道の三十一『赤火砲』!!」
「迷津滋航斬!!」
俺は鬼道、妖忌は剣技を混じえて嵐の様な攻撃を防ぐ。いくら斬り落とそうと、斬った端から再生して攻撃してくる為俺たちは防戦一方だった。
と、気を抜いた瞬間
目の前に鋭い枝の先が迫っていた。
(ヤバい…!)
天御雷で斬る時間も、結界刃を発生させる余裕も無かった。
痛みを覚悟して目を瞑る。
………しかし痛みは襲ってこない。ゆっくり目を開けて見回すと、両隣に妖忌と紫がいた。
「間一髪だったわね……」
紫は冷や汗を頰に垂らして言った。枝が刺さる直前にスキマで助けてくれたらしい。
そう考えながら西行妖の方に目を移すと…………大量の枝がすぐそこまで迫ってきていた。
「っ!! 『断空』!!」
反射的に断空を放つ。枝はそれに全て止められた。ギリギリと音を立てているので長くは持たないかも知れない。
その様子を確認してから、紫は俺たちに話しかけてきた。
「二人とも大丈夫?」
「まぁ…。ちょっとキツいけど…」
「同じく。それより紫様、封印式の方は…」
妖忌がそう聞くと、紫は苦虫を噛み潰したような表情で言った。
「………ごめんなさい、まだ見つかってないわ。あの強大な桜をどうやって封印すればいいのか…」
そういう紫は泣き出しそうな顔をした。それだけこれが難しいという事。俺も頭を悩ませる。すると意外に妙案が浮かんだ。
「……紫、
その問いに、紫は悩ましそうに頷いた。
「なら、
「……大丈夫ですか双也殿?」
妖忌が心配そうな表情で聞いてくる。正直大丈夫じゃない。でも…
「やるしかないだろ。ここで封印しないと犠牲はどんどん増える。幽々子も浮かばれない。そんなのは…嫌なんだ」
俺の言葉に、紫も妖忌も同調したように頷いた。
さて、ここからが正念場だ。
「もうすぐ断空が破られる。その瞬間に瞬歩で根元まで行くぞ」
ギシギシと断空の障壁が軋み、遂に割れた。ガシャァァアンという音の中、俺たち三人は西行妖の根元に辿り着いた。
「妖忌!!枝を防いでくれ!!」
「御意!!」
そう言いながら、天御雷を根に突き刺した。同時に"妖力を西行妖本体から切り離した"
「紫!!」
「ええ!!」
そう言うと、紫はスキマを展開させた。そこからは…幽々子の遺体が落ちてきた。
(そうか……思い出した。西行妖は、幽々子の遺体を鍵にして封印されるんだ…)
次々と式が組まれていく幽々子の遺体。なんだかとても切ない気持ちになったが、今はそんな事は言ってられない。
"切り離された妖力を天御雷に繋げた"。
「これで刀の中に封じ込まれるはず……!!?」
妖力は確かに集まっていく。しかしその総量が思っていたよりも大きかった。このままでは押さえ込み切れない。
(くそっ!!どうすれば………!)
焦る頭の中、打開策を必死に探す。すると不意に、友人の言葉と渡された物を思い出した。
ーーいざという時に斬れ。きっと役に立つ。
「…頼むぜ創顕!!」
天御雷を一度引き抜き、同時に御守りを出して軽く放り投げた。落ちてくる時を見計らって……御守りごと西行妖に突き刺した。
瞬間、御守りから莫大な神力が溢れ出し、天御雷を包み込んだ。
神力の光は刀身に吸い込まれ、完全に見えなくなった。ただ……天御雷が放つ霊力が爆発的に上昇していた。
「…考えるのは後だな、今は……全力で抑え込む!!」
再び妖力を集める。今度は凄まじい勢いで刀の中に入りきり、ありったけの霊力でもって強固な蓋をした。
…………封印完了だ。
「双也!こっちも封印し終わったわよ!!」
「双也殿!!」
二人が駆け寄ってくる。紫は大量の汗をかき、肩で息をしている。妖忌は息こそあまり上がってはいないが、身体中にたくさんの切り傷ができていた。
「はぁ……終わった…んだよな」
「ええ。これで幽々子も安らかに眠れるわ…」
そう言った紫は、ダムが決壊したように涙を流し始めた。叫ぶのを我慢してはいるが、唇は震えていた。
封印された西行妖の広場には、ここで死んでいった人達を弔うかのように、たくさんの桜の花びらが舞っていた。
「俺も…もう、疲れた…な……」
急に意識が遠退く。視界がグラついて、身体に軽い衝撃が走った。どうやら倒れてしまったらしい。まぁ、命の源である霊力使い果たしたからな。このまま行ったらきっと……死ぬだろうな。
「双也!? しっかりして!!お願いだから!!」
「双也殿!! 諦めてはいけませんぞ!!」
二人が叫んでいる。とても必死で、覇気が伝わってくる。
でももう、疲れたんだ。どうせ間に合わない。
紫の頰に流れる涙を、親指で拭ってやりながら言う。
「紫…必ず、また帰って…来るから…絶対に、壊れたりしないで…くれよ…?」
「……や!!い……!ひ…り……ない…!!」
何か叫んでいる。意識も声も、何もかもが遠くて理解できない。自分の声すらまともに聞こえない。言葉はちゃんと伝わっただろうか?
唯一、顔にポタポタと落ちる何かの熱だけが感じられた。
ああ、あの時と同じだ。
昔々、この物語が始まるきっかけとなった出来事。
最も強く記憶に残る、一番最後の感覚。
(二度目…か…)
どことなく、紫と重なったアイツを思い出しながら、俺は暗闇に意識を手放した。
桜の舞い散るある日の屋敷。最後の命を贄として、惨劇は終わりを告げた。
……………。
次回から新章。予想はつくかと思いますがね。
一つ、霊力や妖力の量に関する表現について捕捉します。
この物語の中での"全霊力を消費"と言うのは、"生命維持に異常をきたさないギリギリのラインで消費"と言う意味です。
例えるなら、戦闘中に大技を使う。
↓
「やべぇ霊力もう残ってないぜ」
↓
実は生命維持に必要な分だけは残ってる。
…ということになります。
ですから、今回双也くんが死んでしまったのは、"生命維持に異常をきたすレベルまで霊力を放出したから"ということになります。
無理矢理な理論だとも思っていますが、深く考えずにそのまま飲み込んでくだされば幸いです。
ではでは。