それではどーぞー!
「不老不死……か…」
日が沈み、月が都を照らし始めた頃、私は縁側でボンヤリ月を眺めて昼間の出来事を考えていた。
「太子様、あなたは…不老不死に興味ありませんか?」
双也に手紙を書き、仕事を再開して少し経った頃に現れた霍青娥と名乗る女が言った言葉。
不老不死などある訳ない!…そう思ったけれど、青娥の言葉には私を惹きつける力があった。
「そんなものありはしない、と思うでしょう?実はあるのですよ。究極的に不老不死になる方法が」
「それは…?」
「道教、という宗教を信じ、修行することです」
「道教…?」
道教なんて宗教は聞いたことがない。私が知らない宗教、それはこの国には存在しないという事。つまり
「青娥、あなたはこの国の者ではありませんね? 都を取り仕切る私を引き入れて、この国でその道教とやらを広める。という算段ですか」
私の言葉に、青娥は笑みを深くして応えた。
「さすが太子様!話が早くて助かりますわ!
ええ、 確かに私がここへ来たのは道教を広める為です。私は大陸の生まれですが、そちらでは強者が多くてですね…」
「ならばハッキリしました。私があなたに手を貸す道理は無い。国を平和に治める為に仏教を広めている私が、別の宗教を信じる必要などありません」
私はハッキリそう言った。しかし、私に拒絶されたのにそれも計算通りと言うような顔をした青娥はこう言った。
「そうですね。太子様は仏教によって国を平和に導こうとしている。でも……
このままでは難しいのでは?」
青娥は狙っていたような笑みを浮かべた。それが何とも気味が悪く…。
私は青娥に理由を聞いた。
「……何故そう思います?」
「太子様ならば分かっているでしょう?仏教を信じきれていない者がいるからこそ、私利私欲の為に動く今朝の様な者達がいるのでは?」
「…………………」
青娥の理屈は的を射ていた。仏教を広めようと頑張っても、欲に駆られて行動する民達は沢山いる。これでは平和に治めることは……出来ない。
静寂は、青娥が破った。
「そこで道教です。道教の目的は全宇宙そのものを理解し、力とし、最終的には不老不死、仙人になる事です」
「……今で出来ないならば、仙人になって未来を治める事に勤めろ、と言うことですか」
「はい! 端的にはそう言う事ですわ!」
巧妙に青娥に乗せられている気はしたが、青娥の言うことにも一理はある。このまま仏教を広めても、国が平和になるとは限らない。ならば……
「……修行というのは…?」
「やっとその気になってくれましたか!修行というのは、道教の教えに基づいた方法ですわ。こちらはそれなりに時間がかかりますが、手っ取り早く仙人になる方法も実はあります。それは…」
私はこの時の言葉を思い出して気持ちが沈んでしまった。月明かりもいつもより暗いように見える。
私がそうしていると、横から声が聞こえた。
「神子、華ちゃ…娘探しの件、無事に終わったぞ」
私に声をかけたのは双也だった。華、と言いかけたのはきっと依頼の女の子の名前なのだろう。
妖怪絡みだと判断した為双也に頼んだが、怪我は無い様で安心した。
「そうですか。双也なら無事に達成すると思っていました」
「ああ。………どうしたんだ神子?」
「え?」
「何か……悩んでるのか?」
……少し驚いた。そんなに顔に出ていただろうか。それとも現人神のカンなのか。それはわからないが…双也になら話してもいいかもしれないと思った。
「まぁ…そうですね。悩んでいるのかも…しれません。……双也、少しお話があります」
「ん?なんだ?相談なら乗ってやるぞ」
双也は私の隣に座って言った。私は月を見上げながら双也に小さく言った。
「双也…私……仙人に……なろうと思うんです」
「仙人…なんでだ?」
双也は私に理由を求めた。声からは優しさが伝わってくる。
「私は今まで国を、都を平和にしようと努力し、仏教を広めてきました。でも…このまま頑張っても、己の欲の為に周りを気にしない様な民はいつまでも生まれる。これでは平和へ導けないと気付いたんです」
双也は静かに聞いてくれている。私は話を続けた。
「道教という宗教は最終的に仙人、不老不死になることができます。世を平和にするには時間がかかる。仙人になって未来に生きる民達を救おうと思うんです。でも…」
「でも…?」
「…その為の修行には同じくらいの時間がかかる。これでは意味がない。だから…私はもう一つの方法を選ぼうと思います」
私は少し言うのを躊躇った。それは人としての終わりを意味する方法だから。しかし双也は真剣に聞いてくれている。その目を見て、頼ろうと思った。
「それは……一度死に、未来で蘇る事です」
「…………………」
双也は黙っているが、驚いた感じではない。私の表情から読み取っていたのだろうか。
「ですが…怖いんです。蘇り、仙人になるためとはいえ、死ぬのが……とても怖い。死んだら、どうなってしまうのか分からない…。蘇るまでに何があるのか、分からない。….ずっと、暗闇なのかも、しれない…」
私はいつの間にか涙を流していた。話すたびに、その量は増えていく。それを止める事も出来ない。
双也は優しく私を抱きしめ、背中をポンポンと叩いてくれた。
「……ま---、…---の---よ…」
「……え?」
胸を貸してくれている双也から、小さく、本当に小さくだが途切れ途切れに聞こえた。だが、私が思考を巡らせる前に双也が口を開いた。
「神子、お前が決めたことならそうすればいいと思う。でも後悔だけは絶対にするな。過去には戻れない。やり直すことはできない。それでも仙人になるって言うなら…死ぬのが怖いなら、落ち着くまでこのままでいてやる」
双也の言葉を聞いた途端、川が氾濫したように涙が溢れてきた。私はそのまま双也の胸に顔を埋め、泣いた。
「ふふ、太子様も意外と純情ですわね」
私が泣いているうち、そう声が響いた瞬間、ヒュガガッと音がした。私が顔を上げると、私を片手に抱いたまま刀を抜刀した双也と、何度も斬られた様な襖を背に、少し焦った顔をして立っている青娥がいた。
「悪い神子、少し離れる」
「そ、双也…!」
双也はそう言って手を離し、立ち上がった。
そして双也の髪がだんだん白くなっていくのを目にした。
「俺がたった一つ許せないのはなぁ…お前だよ、霍青娥」
「あら、なぜあなたが私の名を?」
「そんな事は今どうでもいい。忘れてたよ、この時代にはお前が居たってな」
双也が何を言っているのか分からない。双也と青娥は初対面の筈。なのに
「っ!? 何…!?」
「神子、その事は今考えるな」
顔を上げると、双也が私に手のひらをかざしていた。双也の…能力!?
双也は再び青娥に話し始めた。
「神子の話を聞いてやっと気付いたよ。今回の依頼、女の子をあそこに連れて行ったのはお前だろ?」
「あらあら、バレていたのね」
「…ふざけんな!」
双也が再び刀を振るうと、今度は青娥の服の所々と頰が斬れた。青娥の頰から血が伝っていく。
「何をしたか分かってんのか?妖怪の山は人間にとって極めて危険な場所。俺を遠ざける為だけにそんな所にわざわざ人間の子を置き去りにして…命を軽く見ているとしか思えない」
「!?」
私は驚いた。全部青娥が仕組んだことだったなんて…。
双也はまだ話を続ける。
「大方、なるべく早く仙人にする為に、神子には蘇りの方法に誘導する様な会話の仕方でもしたんだろ?
………お前、人の命を何だと思ってんだ?」
ちらっとだが、風になびいた髪の隙間から双也の目が見えた。その目は今まで見たことがないような激しい殺気を込め、強く輝いていた。
「ふふ、既に不老不死である私からすれば、人の命なんて消えても早いか遅いかの違いですわ。早めに死んだからと言って何も変わらない。ただ、太子様には仙人になる価値がある、と言っているだけです」
「……命の重みに違いなんて無い。でも、罪を犯せば相応の報いを受けるだけ。軽ければ拳骨、重ければ死…。お前の罪は、命を軽んじ、他人の繋がりを切る事に何も感じないその薄情さ。…神子のためにも、一回死ぬヤツの気持ちを味わってみるか?」
双也は持っていた刀をゆっくり振り上げた。それにはだんだんと霊力ではない別の力が集まっていくのを感じた。
こんな力が打ち下ろされたら青娥が…
私は気づいたら双也の前に立っていた。
「そこをどけ神子。コイツにはちゃんと罰を下してやらないと気が済まない」
「ダメです。そんな力を振り下ろせば青娥は死んでしまう。天罰神とはいえ、人間でもあるあなたが人を殺してはいけない…!」
「!」
体は震えていたが、私は強く双也を睨んで言った。
すると双也は目を見開いて刀を下ろした。同時に集まった力も分散し、髪の色も戻っていく。
「…今回は神子に免じて許してやる。実際は誰も死んではいないし。だが青娥、警告だ。もし神子が仙人になることが出来なかったら、それはお前の所為で死んだ事になる。その時は、今度こそ罰を下してやる。……忘れるなよ」
双也はそう言うとパッと消えてしまった。おそらく家に帰ったのだろう。私は力が抜けて座り込んでしまった。
月明かりが照らす縁側には、私と青娥だけが残されていた。
「俺は、人間。……でも、神としての俺って………?」
終わり方…変ですね。ゴメンなさい。
分からない部分があった時は質問して下さい。今回ばかりは展開がおかしいかもしれないと思っているので。
ではでは。