東方双神録   作:ぎんがぁ!

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大変お待たせしましたぁっ!!

なんだかスランプ気味なんですかね。今更こんな時期に。
ここまで来たらまた投稿間隔変更とかはしたくないので、頑張っていこうと思ってます。

では苦心の二百十話、どうぞ。


第二百十話 記憶と想い

 ――一体、どういう事だ?

 藍はふらふらと定まらない思考の中で、ひたすらにそれを繰り返していた。

 

 龍神――天宮 竜姫は、この世界の神の座に座る最高位の神。紫が幻想郷を創った時に、彼女の頼みを聞き入れてこの世界の主神となった。言わば協力関係にあると言っても良い。

 

 それがまさか……こんな時に敵対するとは。

 

 今朝、紫の異変に気が付いてすぐに藍は行動を開始した。思い付く限りの刺激を虚ろな紫に与え、駄目ならば次へ、また駄目ならば更に次へ。

 あらゆる手を尽くし、試行錯誤し、それでも得られなかった紫の“目覚め”。

 何も出来ずに絶望していたその時に現れた龍神に、藍はどれ程救われた気持ちになったか。

 

 自分らしくないことは分かっている。大妖怪たる九尾の狐が神に縋るなど、木っ端妖怪にさえ鼻で笑われるだろう。

 一向に構わない、と思ったのだ。それで紫が――敬愛して止まぬ主が目覚めるのならば。

 

 既知をさえも覆す、驚天動地を超えて尚言葉足りぬ力の持ち主。知力資力考力武力、何を取っても遥か高みにいる存在――それが藍にとっての紫である。崇拝するに足る人物なのだ。そんな彼女を取り戻すのに、周囲の言葉などどうでも良いし関係ない。外耳道を通して鼓膜を揺らすことさえ体力の無駄。神に縋る程度の事を躊躇う余地はない。

 ――それが、何故敵対してしまっている?

 敵対して、そして――。

 

「ッ!!」

 

 ハッ、と。

 意識を完全に取り戻した藍は身体を起こそうとして、身体中に走る激痛に顔を顰めた。

 何本か骨が折れている。内臓にも損傷があるかも知れない。妖怪にとってその程度の傷は大した問題ではないが、藍は傷の一つに触れて更に顔を顰めた。

 ――やはり、神力による攻撃。それも超高密度の、濁り気の欠片も存在しない澄み切った神力だ。藍にとっては……妖怪にとってはそれが致命的である。

 竜姫にとってはほんの牽制の一撃だったろう。だからこそ藍は未だに命を繋いでいるわけだが……その神力は確実に、彼女の身体を蝕んでいた。

 ――だが、そんな事でここに倒れているわけにもいかない。

 藍は鋭く痛む身体をゆっくり起こし、ふらふらと脚を進めた。

 そうして藍は――それ(・・)を目にした。目に、してしまった。

 

 

 

 ――血みどろで倒れ伏す、敬愛すべき主の姿を。

 

 

 

「ゆ、かり……さま?」

 

 そんな、まさか。

 はは、いやいや御冗談を。お巫山戯が過ぎますよ紫さま。

 だって、あなたが膝をつくなんて事ある訳がない。だからあれはきっと、能力を使って瀕死を装っているに違いない。そして竜姫が近寄ってきたところで必殺の一撃を御見舞いする気に決まっている。

 そうさ、だから心配はいらない。いつものように、敵が紫の掌で弄ばれる様を見下すように眺めてれば良いだけだ。

 そう、いつものように。

 腕でも組みながら踏ん反り返って。

 眺めていれば良いのだ。

 眺めてれば……良い、だけ――……。

 

 

 

「ゆかりさまぁぁああッッ!!」

 

 

 

 脚を一歩踏み出す。地を踏み砕いたそれは、身体の芯を自ら揺るがすような一歩だったにも関わらず、身体を真っ直ぐ前に打ち出して目の前のモノを悉く屠り去ろうと、凄まじい衝撃を生み出した。

 

 認めたくない。でもそれ以上に、目の前の光景が事実なのだと、他でもない藍自身が認めていた。

 分かっている。我が主はわざわざ瀕死を演出したりなどしない。その程度不意打ちをするくらいなら、もっと遥かに上等複雑理解不可能な不意打ちを成し遂げるに決まっている。

 それに、今の彼女にそれほどまともな思考が出来ているとはとても思えないのだ。

 あの眼を思い出す。淡紫色の美しい瞳が、まるで墨汁で満たしたかのように濁り切っていた、あの瞳を。

 

 ――違う! 今そんな事は重要ではない!

 

 今すべき事は主の敗北を悼む事ではなく、あの憎っくき神をこの世から消し去る事。

 紫を殺した竜姫を、この手で殺す事!

 

「ぁぁぁぁああああああッ!!!」

 

 もはや、理性が残っているかすら定かではなかった。込み上げてくる怒りと悲しみが溶け合うまでに混ざり切り、際限無く膨張して溢れてくる。それを止める方法を、藍は知らない。

 溢れ出る感情に任せて叫び咆哮し、力の限り周囲を破壊し尽くしたとてきっと収まりはしないだろう。

 紫の喪失とは、藍にとってそういうものなのだ。

 蔑まれたっていい。見下されたっていい。極めて高い知能を持っていながら、そんな野狐の如く振舞うことを、どれだけ哀れまれたっていい。

 例え野生に帰って(退化して)でも、あの神を殺し尽くす事のみ成し遂げられればいい。

 それだけが、今考えるべき最も重要な事!

 

「よくも……よくもォッ!!」

 

 殺す。

 殺す殺す殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死んでも殺す絶対に殺す殺してやる。

 

 ちらと見遣った竜姫の瞳が。

 あまりに無感動で、透明だった故に。

 

「あまみやァ……たつきィイッ!!」

 

「おい待て、藍ッ!!」

 

 魔理沙の制止を聞き流し――否、耳に入れながらも理解出来ず、藍は踏み抜いた脚を基点に砲弾の如く飛び出した。

 ありったけの妖力を込め、拳を血の滲むほどに握り潰し、視界には倒れた紫と透明な瞳をした竜姫だけを映して。

 

 ――そして、届かずに。

 

「――……ッ! は、あ゛ッ!?」

 

 背中に衝撃。自分の口から漏れたとも思えぬ濁った呻きと共に、赤くどろりとした鉄の味が溢れ出す。

 今度は完全に内臓が潰れた。感覚では骨も断ち切られている。腹が大きく抉り斬られて、肉片と共に赤黒い血が湧き出ていた。

 痛い。今すぐにでも気絶してそのまま死ねる程に痛い。

 

 ――でも、それがなんだ。

 死ぬならせめて、あの女を道連れに。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

「待てって! 今起き上がったら……」

 

「うるさい! ――ッ、ぐ、がぼ……ッ」

 

「お、おいっ!?」

 

 せり上がってきた耐え難い苦痛に、藍は膝をついて血を吐き出した。

 横であたふたしているのは、見やる余裕もないが魔理沙だろうか。

 ……それ以外にはない。そんな事も分からなくなっているのか、私は。

 少しだけ冷えた頭で、藍はふとそんなことを思う。そして改めて、“まぁそれでもいい”と思った。

 

 知性を身に付け終に九尾となった。それは間違いなく至上の喜びだったし、妖怪として頂点の一角に加わった明確な証。

 だが、それを役立てるべき主がいないのであれば、そんなもの必要ない。

 獲物を殺し喰らう為の力があれば、生きるくらいはできるのだから。

 だから、野生だっていい。何も分からなくなったっていい。紫の仇さえ惨たらしく殺せれば、藍とってそれ以外はどうでもいいのだ。

 

「邪魔をするなと……言ったはずじゃが」

 

 心底苛立った瞳で。

 刺すような視線を、叩きつけながら。

 

「殺すッ!!」

 

「待てっつってんだろッ!」

 

 再び殴り掛かろうとした藍の肩を、魔理沙が咄嗟に掴んで止めた。

 何故止める。邪魔だ。お前も殺されたいのか。

 怒りに任せて、竜姫に向けていた拳を魔理沙へと振り向かせる。

 まずはこいつを殺してからでないと、また邪魔される。ならば彼女を殺すのに何の躊躇いもない。紫の弔いに比べれば、魔理沙(ニンゲン)の命などこの星に比べた砂粒のようなもの。

 藍は何時に無く鋭く冷たい激情と殺意を込め――消し飛ばそうと、して。

 

「――ッ!?」

 

 どくん、と。

 藍は確かな鼓動を感じた。――否、心臓の鼓動ではない。言うなれば“妖力の再燃”。先程まで感じなかった妖力の鼓動を、藍は確かに感じたのだ。

 これは――紛れもなく、紫の妖力。

 

「……だから、待てって言ってんだよ」

 

 妖力の存在は、そのものの存命を表す。

 烈火の怒りは、次第に熱い雫となって瞳から溢れ出した。だって、だって、それならば。

 滲む視界で、藍は確かに見た。

 横たわる主人の身体が、僅かに動いたのを。

 

「龍神様は紫を殺してなんかないぜ。血があんなに出てるのは、ただ切り傷が多いからだ。ずっと龍神様は――紫の身体の、表面しか斬ってない」

 

 次第に起き上がる紫は、相変わらず虚ろな目をしていた。身体から大量の血が抜け、ふらりふらりと揺れるその様はいっそ幽鬼のようだった。

 でも、確かに生きている。その手を伸ばして、何かを――求めるようにして。

 

「ずっとああだ。いくら斬られようとあの手だけはずっとああして向けてるんだ。……霊夢も、な」

 

 ああ、確かに向けている。紫も霊夢も、その空っぽな瞳で何かを見つめて、竜姫に手を伸ばしている。

 確かに不思議だ。意識を失っている彼女達が何を思って――否、無意識に求めているのか、その手の先を見据えるだけではよくは分からない。

 でも、今はそんなこと――……。

 

「お、おい藍!?」

 

 突然に力が抜け、藍はその場にぐしゃりと倒れた。抵抗はない。抵抗する気力も残っていなかった。或いは、紫の無事を知って一気に気が抜けたか。

 恐らくは後者だろうな、なんて考えながら、藍はボヤける視界でゆらり揺れる紫を見た。

 

 ――ああ、紫様。よくぞご無事で。

 その手で何を掴もうとなさっているのかは、この無能な式には分かりません。しかし、あなたがそれを望むとあらば、私は全てを肯定しましょう。

 あなたの手に、掴めぬものなど何もない。

 その手で、望むもの全てを捕まえる。それが、あなたという大妖怪だ。

 

 

 

「ご武運、を――……」

 

 

 

 そうして、藍はふつと気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――竜姫には一つだけ、理解出来ぬが(・・・・・・)故に(・・)信じているものがあった。

 

 竜姫の力は次元を超える。

 それは彼女自身が、他の存在と文字通り次元を異にした存在であることの証明である。

 その力で次元(全て)を知り、その力で次元(全て)を絡繰り、そしてその力で次元(全て)を超える。その果てに生まれた全知全能に限りなく近い神――それが天宮 竜姫という存在である。

 

 次元の渦に数多存在する無数の命。竜姫はあらゆるそれをその眼で見て、漏れなく理解してきた。

 天地に起こる自然現象も然り。

 あらゆる存在の行動の裏に潜む真実を常に見透かし、その先に起こり得る事象をも推測・観測して終に理解し。竜巻や大地震、火山の大噴火に至るまで、その大元の原因とそれに影響される全ての事象を観察し切る。

 彼女の眼の中には、全ての理解があった。

 

 

 

 ただ――そう、たった一つ“絆”というものを除いて。

 

 

 

「……立ったな。そうでなければならん」

 

 ゆらりと立ち上がった紫を見て、竜姫は僅かに呟いた。そして手に持つ刀を向け、意識がそれに向いていること(・・・・・・・・・・・・・)を確認すると、また一つ、不敵に笑う。

 

「そうじゃ、求めるのじゃ。お主の求める答えは、その先にある」

 

 その手で求めるものは。

 自分自身を救うためには。

 竜姫は刀身に付いた血を一振り払うと、改めて鋒を紫に突き付ける。

 そしてそのまま――物理限界をさえ嘲笑う(次元を異にした)速度で斬りかかった。

 深く斬るつもりはない。殺そうと思えばすぐにでも殺せるのは確かだが、それは竜姫の目的とは大きくかけ離れている。

 あくまで、その身体に刻み付けるため。

 その感覚と刺激を、身体で感じさせるため。

 

「ふっ……!」

 

「………………っ」

 

 空を裂いて振るう蒼色の刃は、しかし紫の強力な結界によって阻まれて止まる。竜姫はそれに驚いた様子もなく、もう片手に構えていた三振りの刀(竜の爪)を斬り上げた。

 次の瞬間映ったのは、ばくりと開いたスキマ。

 

「……退避して爆破、か」

 

 その声を掻き消すように、スキマの内部から無数のお札が飛来する。表情も変えずに佇む竜姫を、爆風が包み込んだ。

 

「………………」

 

 絶対的な力を前に、弱者が必死に食らいつく。竜姫はこの状況に、何処か既視感を覚えていた。

 否、“覚えていた”には語弊がある。なにせ、思い当たることは一つしかないのだ。

 ――妖雲異変。

 あの少年が起こした、悲しい異変だ。

 

 あの時、あの異変が解決できたのは決して当然の結果ではない。

 竜姫自身が皆に提示した案自体が推測に近いもの、霊夢と早苗の神降ろしに至っては、文字通り奇跡に近かった。

 

 確かに竜姫は、二人が神降ろしを行えるように力を貸した。しかし、結局の所必要なのは当人達の実力と精神力である。

 神降ろし――人に在らざるモノをその身に移し、その力を使役する業。

 どれだけ優れていようと、人間である限りそれは上限無く至難の業だ。

 竜姫が二人に与えたのは、あくまで神降ろしを行う“資格”の一つ。成功するかどうかは、二人次第。

 

 

 

 ――では、何故竜姫は、神降ろしが成功するのだと確信できていたのか。

 

 

 

「……稚拙じゃの」

 

 小さく呟き、無造作に竜の爪を一閃。閃いた斬撃は飛来したレーザー(・・・・)を断ち切りながら飛翔し、照射源であるスキマをも斬り裂いた。

 ――舞い上がる土煙に紛れる、無数のスキマ。

 それらが次々と輝くと、一斉に超高出力レーザーが空間を埋め尽くした。

 

「――“空疾凪衝(からときなぎのつき)”」

 

 瞬間、宣言が言霊のようにして響くと、耳を劈く爆音とともに周囲にヒビが走った(・・・・・・・・・)

 周囲の空間全てが、一枚のガラスを銃弾で穿ったようにヒビに侵され、スキマもレーザーも土煙も、何もかもが停止し砕け散る。

 後に残ったのは、ただ凪いで静閑とした空間。

 

 仕掛けた紫は、息を上げて佇んでいた。

 

「……そのままでは、“奇跡”は起こらんぞ」

 

「………………」

 

 相も変わらずに無言を貫く紫に、竜姫は静かに告げる。

 そのままでは、いくら攻撃しようとこの戦闘は終わらない。竜姫は紫のどんな攻撃も防ぐことができ、紫は竜姫の攻撃を避けきれない。そして竜姫に、紫を殺す気はないのだから。

 終わるとすればそれは――。

 

「手を伸ばすだけでは何も掴めん。それに触れて、自らの意思で握らなければ、ただ指の隙間から滑り落ちていくだけじゃ。――触れる機会は、さんざあったはずじゃがの」

 

 その身に受けた刃の傷が。

 この刀――天御雷もどき(・・・・・・)で振るう一閃の全てが。

 

「私はお前達(・・・)を信じているのじゃ。私が唯一理解の出来ぬ力――あらゆる障害をも超越し乗り越えるその力を、のう」

 

 竜姫が、霊夢と早苗を信じることができた理由。それは、二人の想いの強さを知っていたから。

 霊夢は少年を兄と慕い、その帰還を心から願った。早苗は少年の心を労わり、心に寄り添い、そのお人好しな性格で責任をも背負おうとした。どちらもやはり、少年を心から想ってのこと。

 その意思の力――言わば、“絆の力”を。

 誰よりも少年と強く繋がった、この大妖怪に。

 だが――。

 

「……足りぬか」

 

「………………」

 

 虚ろな紫を見、竜姫は思った。

 確かに、紫がこのままでは戦闘は終わらない。しかし、竜姫がこのままでも、きっと埒が明かないだろう、と。

 彼女に与える刺激には、今までの斬撃はきっと弱過ぎるのだ。もっと――そう、彼女の“記憶の核にすらなり得る記憶”に、刺激を与えなければ。

 

「(やってみるかの)」

 

「…………っ」

 

 そう思った直後、紫は無数のスキマを展開。先程と同様に光輝させ始めた。

 あの“座標”では“空疾凪衝”は使えない。空間を座標に見立ててそのものを砕いてしまうあの技をここで使えば、紫をも巻き込んで砕いてしまう。それはいけない。

 怪しく光るスキマの妖力は、撃ち出されると同時に紫の前方へと収束。極太レーザーとして、竜姫に肉薄した。

 

「“六蹊風別(むつのみちかぜのわかち)”」

 

 収束したレーザーは竜姫へと飛来すると、その直前で何かに衝突し、爆発するように拡散した。

 ――それは、次元の壁。

 二次元の存在が三次元の存在に干渉できぬように、今この瞬間に別の次元へと存(・・・・・・・・・・・・・)在を切り替えた(・・・・・・・)竜姫を前に、紫のレーザーは何の効果も与えられない。

 

「まずは――ここじゃ」

 

 レーザーを事も無げに防いだ竜姫は、瞬時に紫の目の前へ転移。

 丁度しゃがんだ辺りの高さから、“紫の首元へと刀を振るい――寸前で、ピタリと止めた”。

 

 ――これは、“出会いの記憶”。

 

 紫の瞳が、僅かに揺れた。

 

 上空から、落ちてきた車輪のついた鉄の塊――廃電車が落ちてくる。その側面に付き従うは、道路に建てられているはずの標識。

 飛び退く紫を視界の端に、竜姫は竜の爪と天御雷の両刀で乱舞した。

 流星の如く降り注ぐ標識を斬り分けて、廃電車を終に両断。

 巻き上がる土煙を切り裂いて、竜姫は飛び退いた紫へと再度肉薄。“そのまま通り過ぎ際に、天御雷で腹を一閃した”。

 

 ――これは、“絶望の記憶”

 

 紫の口から、僅かに呻きが漏れた。

 

「(最後……)」

 

 通り過ぎた竜姫は、そう思いながら後方から迫る弾幕をちらと見遣った。

 並みの大妖怪では一撃で消し飛ぶであろう妖力弾が、視界を埋め尽くすほど大量に。

 竜姫はそこで急停止をかけ、振り向き際に竜の爪を振り上げた。

 刀跡は巨大な斬撃となり、空間に無骨な亀裂を入れる。その衝撃波が弾幕をある程度打ち消すも、紫の弾幕はそれだけでは止まらない。

 しかし竜姫はそれに驚く事もなく、紫に向かって勢い良く駆け出した。

 

「――“天刃魅塵顎(あめはみちりのあぎと)”……ッ!」

 

 身体から高密度の神力が噴き出す。

 高速で駆ける竜姫はその神力を纏い、段々と尾を引いて形を成していく。

 現れたのは、眩く白光する巨龍だった。

 大顎を開き、眼だけは血のように赤く光らせ、猛然と空を駆るその姿は、妖怪にとっては致死性であるにも関わらずもはや神々しい。

 現れた白龍は弾幕など物ともせず――というより衝突する前に蒸発すらさせながらその大顎を、その牙を、紫へと突き立てる。

 そして――

 

 

 

「思い出すのじゃ、八雲 紫ぃッ!」

 

 

 

 竜姫は敢えて、“天御雷を肩口へと突き刺した”。

 

 収束した神力は一瞬のうちに消え去り、轟音の後に残ったのは手を額に当てた紫と、彼女の肩を天御雷で貫いた竜姫のみ。

 

「これが……“誓いの記憶”じゃっ! お主が受け入れたあやつの痛みを……今ここで、思い出せ!」

 

「…………っ」

 

 竜姫は、再度刃を肩口へと押し込んだ。らしくもなく手を震わせながら、更に更にと押し込んでいく。

 彼が――双也が紫をこうして刺した時。紫がそれを受け入れると言った時。双也だけではなく、竜姫自身も救われた気持ちになったのを覚えている。

 どれだけ彼が苦しんでいたのかを竜姫は誰よりも知っている。誰よりも長くこの目で見てきた。ずっとずっと罪悪感に囚われながら、それでも救おうと見守ってきた。それを、紫が救ったのだ。

 双也に寄り添うという形で。罪悪感は残るものの、その行為は確かに竜姫を慰めたのだ。

 

 だから、このままでいいはずがない。

 受け入れると言った紫が、一時でも双也を忘れていいはずがないのだ。

 例え、“こう”なるのを承知で双也が行動したのだとしても。

 

 この一撃でダメならば、もう竜姫にはどうする事もできない。

 紫に記憶を取り戻させる方法が、もう思いつかなかった。今幻想郷全土で起こっている記憶の欠落は、それ程までに深く強力な概念によるものなのだ。

 だから、あとは“意志の力”に任せるしかない。

 どうにも出来ない状況をどうにかする力。陳腐な言い方ではあるが、それは竜姫ですら理解出来ない強大な力である。

 双也と紫の絆を信じて。

 失った記憶を取り戻し、更にその先で――。

 

 竜姫はその状態のまま、じっと紫を見つめた。

 記憶の蘇る瞬間を見逃さぬよう、何かの反応を期待して。

 しかし――、

 

「………………ダメ、か」

 

 少なからずの落胆の色を瞳に映し、竜姫は小さく呟いた。

 無理もない。意志の力はたった一つの希望だったのだ。それが折れ、全ての手段を失ってしまったのでは、落胆する意外にあるまい。

 竜姫は小さく歯軋りをした。

 何故こんなにも、上手くいかないものなのか。どれだけ双也に辛い思いをさせなければならないのか、と。

 死ぬか生きるかの境を彷徨う(・・・・・・・・・・・・・)彼に、帰る場所も作ってやれないとは――と。

 

 無力を感じ、竜姫は遂に手に力が入らなくなってしまった。手が下がり、従って刀身もずるりと紫の方から抜け落ちる。

 呻きがあったということは、無意識でもやはりこれは痛いのだろうか。

 そんなことを思って――ふと、竜姫は腕が垂れ下がらない事に気がついた。

 

 指に熱い感触がある。刀身から垂れてきた血が指を伝い、ポタリポタリと地に落ちている。これは、刀身が未だ肩に刺さっていないとあり得ない。

 竜姫はゆっくりと顔を上げ、己の腕、鍔、血の付いた刀身と見ていき――最後に、刃を掴む紫の手を見た。

 

「龍神……様?」

 

 瞳に光を灯した八雲 紫は、ほんの小さく、そう零した。

 

 

 

 




竜姫の双也への想いが爆発した感じのお話ですね。
はい、時間がかかった割に雑でございます。本当に申し訳ない。

……次から本気出す。

ではでは。

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