……今回だいぶ雑なのでご注意下さい(泣)
この調子の波、どうにかならないもんですかね……書く時間も減る一方だし……。
ではどうぞ。
暗い――ひたすらに真っ暗闇な空間の中。大気の動きも上下左右も、果ては時間の流れすらも分かり得ないここは、“次元の狭間”。
人間が辿り着くことなど輪廻転成を経てさえ不可能に等しいそこで、魔理沙は目の前を征く龍神――天宮 竜姫に付き歩いていた。
魔理沙のさらに後ろ――彼女に手を引かれて歩くのは、空っぽの人形と化した霊夢である。
繋いだその手を握り締め、魔理沙は“興味がない”とばかりに歩む竜姫を睨み付けた。
「(くそっ……何だってんだよ……! 一体誰が……)」
――誰が、何の為にこんな事をしたのか。魔理沙の疑問はただひたすらにこれだけだった。
自然現象で
その歯痒さ故の苛立ちが、怒りとなって表出する。魔理沙自身にも、歯止めが効かない。
「(今は……龍神様に付いて行くしかないって、事か……?)」
凜とした後ろ姿。しかし、その中に何処か焦燥を感じさせるその背中に、魔理沙はふと、彼女が博麗神社へと訪れた時の事を思い返した――。
声が鼓膜を揺らし、耳小骨で響かせてうずまき官が脳へ届ける。その電気信号が脳へ到達し、言葉を理解したその刹那に、魔理沙は竜姫に掴み掛かった。
避けも受け止めもせず、黙って襟を掴まれた彼女の意図は、魔理沙には分からない。
「やめろって……言ってんだろうが――ッ!!」
「事実じゃ。何故拒む」
「拒むに決まってんだろッ! あんたが言ったらまるで――」
「“本当の事みたいじゃないか”、か? だから事実じゃと言うておる。拒むも何もありはしない」
淡々と告げるその瞳には、微塵の感慨も映ってはいない。ただ本当に事実を告げただけだ、と。
本来は人の意思など少しだって鑑みない、神の本質たるところを体現したかのような態度だった。
言っている事は分かっている。全て正しい。反発する道理も根拠もありはしない。“事実”に対して、後に“他者が感じる感情”に意味など無いのだ。
ただ――感情で動く人間故に“納得が出来ない”。だからこそ魔理沙は、これ以上言葉を返すことが出来なかった。
「…………ッ」
「諦めるのじゃ。お主がどんな試行錯誤をしたとて、ソレを直す事はできん」
無意識に腕の力が抜けていく。遣る瀬無さ故の無力感が、だんだんと魔理沙の身体すらも蝕んでいた。
魔理沙の拘束から離れた竜姫は、彼女へ一瞥もくれずに横を通り過ぎる。
もう一度掴み掛かる気力は、もう無かった。
「……何が、起きてんだ」
「それを知って、どうするつもりじゃ?」
「どうするも何もねぇだろ……私は異変解決者だ。霊夢がこんなになっちまった今、私が動かずに誰が動くってんだよ……! 教えてくれ、誰かが裏にいるはずなんだッ!」
魔理沙の必死な訴えかけに、しかし竜姫は大した反応も示さない。その態度が何処か逸る気持ちに変わって、魔理沙は拳を握り締めた。
その、焦燥と憤怒を孕む視線に、竜姫は。
「――今、何故幻想郷が無事なのか……分かるかの?」
「……あぁ?」
空っぽの瞳で見上げる霊夢を、見下ろしながら。
「幻想郷は、巨大な結界に包まれて形を成しておる。現実と幻想を別つ結界……それを失えば、この世界は忽ちに崩壊する」
「………………」
それくらいのこと、魔理沙だって知っている。わざわざ偉大な龍神様にご高説を垂れて貰う程のことでもない。それは彼女も分かっているはずである。
しかし、彼女の雰囲気にあてられたか、それを直接口にする事は出来なかった。
今更何の話だよ――と。
そんな魔理沙の心を見透かしたのか、振り返った竜姫はやはり無関心な瞳で、言う。
「――私が、結界術で維持しているんじゃよ」
天井を……博麗神社を見上げて、
「博麗の巫女がこんな状態では、結界の維持が困難になる。そして時を経て結界の基点すらも脆くなっていた本殿では、私が後から手を加えることも困難じゃ。故に――神社を、初期の完全な状態に
幻想郷を包む大結界――博麗大結界は、博麗神社を基点として代々の博麗の巫女、そして八雲 紫が維持している。それも幻想郷住民の一般常識であり、誰もが知っている事。
分かっている。だからこそ、霊夢がこんな状態になって何故幻想郷が無事なのか疑問だったし、気が急いていた。
竜姫が代わりに維持している、というのも納得は出来る。しかし――
「上書き……?」
「……この空間の位置する次元を弄って、完成当初の頃の次元と座標を合わせた。つまりは、まごう事なき新品に成り代わったんじゃよ」
“新品に成り代わった”。その言葉によって、脳内で点と点が繋がった。
竜姫が結界に干渉するには、基点として十二分だった“新品の神社”が必要であり、ここに来た時に生活のニオイが全くと言っていいほどに無かったのは、“この神社に初代の巫女が住み始めて間もなかったから”だ。
彼女がそうして行動していなければ幻想郷は今頃どうなっていたか――想像するだけ恐ろしい。
だが、同時に魔理沙は疑問に突き当たった。
話の理解は出来た。なるほど竜姫が行動を起こさなければ、幻想郷はただでは済まなかったわけだ。
ただ――
それを、今話す意味とは? と。
「――分からぬか?」
ハッとして、顔を上げる。
竜姫の冷やく鋭い視線に、貫かれた。
「今この時この瞬間――この事変に於いて、お主が出来ることなぞ何もない、と言うておる。霊夢を元に戻す事も、解決も」
――何も出来ない。
叩き付けられたその
確かに、魔理沙には霊夢を元に戻す方法は分からない。結界に関しても、彼女は全くの専門外である。何も出来ない――いや、何も出来なかった。
だから、竜姫は“邪魔だから引っ込んでいろ”と、言外に言っているのだ。
気持ちだけでは意味がない、と。
「それにの――」
竜姫は魔理沙から視線を外すと、振り返る勢いで腕を振るった。
その一閃で切り裂かれたのは、所謂“次元”と呼ばれるもの。それは彼女の“次元を統べる程度の能力”によって開けられた、空間の孔だった。
「こんな“もの”異変でも何でもない。ただの――
そう語る竜姫の表情は、背中越しで伺えない。何処か悲愴や後悔を感じさせる冷たい声音に、魔理沙は何も言い出す事が出来なかった。
竜姫は視線だけをこちらに向け、
「……よくよく考えれば、お主は“あやつ”のご近所という奴じゃったの。……ならば、いる意味は無きにしも非ず、か」
「……なに?」
「霧雨 魔理沙よ。私の言うことは変わらぬ。この先、お主に出来ることなぞ何もない。それは事実じゃ」
魔理沙に改めて放たれたのは、やはり拒絶と無関心の言葉。しかし、真っ直ぐに彼女の瞳を射抜く視線は、ほんの少しだけ光が宿っているように見えた。
それは竜姫が彼女に僅かでも価値を見出したからか、それとも無力感から生じる錯覚か。
「じゃが……何が起きたのかどうしても知りたいのなら、それは構わん。邪魔さえしないのならば――付いてくるのじゃ。霊夢を連れて、の」
道は示した、とばかりにそう言い残すと、竜姫はふわりと踵を返し次元の孔に姿を消した。
残されたのは静かな神社、虚ろな霊夢、口を開けたままの次元の孔。そして……迷う魔理沙自身。
「くそ……なんだってんだよ……!」
未だ嘗て、これほど無力感に喘いだ事は無かった。異変だって何だって、この世界では弾幕ごっこの強さがモノを言うからだ。その為に魔法も技術も努力してきた。
だが――突き付けられた現実が、ここにきてその努力を踏み躙ってきたのだ。
分からない事だらけだ。竜姫の行動の意味も、これから何をするつもりなのかも分からない以上、付いて行った結果時間を無駄にする可能性も否定はできない。
彼女は“何が起きているのか知りたければ来い”と言った。決して“霊夢を元に戻したければ来い”とは言っていない。現状に於いて、魔理沙の最優先は霊夢である。親友をこのままにはしておけない。
「(……いや――だからこそ、か)」
霊夢を放ってはおけない。それは魔理沙の中では確定事項だ。例え自分が彼女を救う直接的な要因にはなれなくとも、戻ってくれさえすればそれでいい。大事なのはあくまで安否。評価や感謝ではないのだ。
ならば、今起こせる行動を起こさなければ。ここで悩んで燻っているより、示された道を歩むのが定石である。
魔理沙は、座ったまま動かない霊夢の手を引き、立ち上がらせた。
「いくぞ霊夢。悩んでるよりも、何が起こってるのかを知った方が、お前を元に戻す近道になるかもしれない」
反応はない。霊夢は手を引いた魔理沙を、何も映さない瞳で眺めているだけだ。
打てば響くように反応してくれていた親友が、こうも無反応を示す――それは確かに寂しくもあるが、今はそれを戻す為にこそ頑張らなければ、と。
立ち上がらせて、振り向く。そこには暗い孔が鎮座していた。
――もしや、その孔が未だ消えないのも霊夢を自分で連れて行かなかったのも、全て魔理沙がどう行動するか分かっていたからなのでは?
ふとした憶測が脳裏を過る。掌の上? 上等じゃないか。御丁寧に用意してくれたのだから、それを踏み台にしてしまえばいい。
魔理沙は一つ頬を叩いて気合いを入れると、黒い孔――その先を睨み付ける。
「――行くぞ」
霊夢の手を引き、魔理沙は意を決して、次元の孔へと足を踏み入れた。
――ずっと、考えていた。
何が始まりだったか、間違ってはいないか、何故こうなったのか。そして……これからどうすればいいのか。
たくさんの人間や妖怪、時に神をも見てきた。生き生きとしている者あれば、暗々と顔を俯かせる者もまた存在した。そんな彼らと今まで少しずつ関わって来たけれど、結局最後はいつも同じで、死別とか死別とか死別とか――……。
そうして繰り返して来た長い人生。そういう星の下に生まれ直したのだと、受け入れようと考え始めたのははて、いつだったか。
赤黒く、炎の橙赤色が明滅する壊れた空を見上げて、ふと思う。
その果てが、ここで為すべき事なのだ――と。
得物を握り締め、前を見据える。そこにあったのは、相対する不敵な笑みだった。
鋒を突き付けて、言い放つ。
「さぁ――
孔を抜けて出て来たのは、ある森の中だった。
魔法の森ではない。長年住み続けて来たあの森とは、空気が既に違う。
変わらぬ無表情で孔から現れた竜姫に続き、魔理沙と霊夢は少し遅れて孔から出た。
「……ここ、何処だ? 魔法の森じゃあないな」
「お主は来たことがないのか。――いや、それもそうか。望んで人間を入れるほど寛容的ではないからの、あやつも」
「?」
小首を傾げる魔理沙に、竜姫は一瞥だけしてまた歩み始めた。
周囲の空気に若干の違和感を感じつつ、魔理沙は霊夢の手を引きながらその後に続く。
やがて、目の前に一軒の屋敷が見えて来た。旅館――という程ではないものの、それなりに大きな家である。少なくとも、五人程暮らしてもまだ余裕はありそうだ。
門らしき二つの柱の中心を抜け、竜姫は我が家のように脚を進めていく。
「――失礼するぞ」
やがて辿り着いた一つの部屋。竜姫は一言だけそう言うと、静かに襖を開けた。背後に付いていた魔理沙は、その拍子に部屋の中を覗くことが出来た。
そして――驚愕。
「……やはり、か」
「まさか……
空間に満ちていたのは、“無音”。
部屋には二人存在するというのに、その空間では何もかもが動くという事をせず、ただじっと固まって動かずにいる。明らかに異様な雰囲気が満ちていた。
その中でゆっくりと“石像”が――動かなかった狐の頭が、こちらを向いた。
「あ、貴女様は……」
「八雲 藍」
振り向いた藍の表情は、疲れ切り絶望し切り、それでも何も出来ずにいる彼女の惨めさが浮き出ているようだった。
彼女が――九尾の狐がこれ程までになるとは、やはり……。
「紫は、朝からこうかの?」
「……は、はい――……ッ」
か細く、そして噛み殺したような声で一言告げる藍の横を、竜姫はするりと通り過ぎて行った。その脚はやはり、縁側で座っているだけの、紫へと。
「ゆ、紫様、は……どうしたの、でしょう……? 昨日はあんなに、元気でおられたのに……」
「藍……」
泣き出しそうな……いや、声は震えている。既に涙をポロポロと落とす彼女に、如何な魔理沙でも声をかけずにはいられなかった。声をかけずにはいられず――しかし、不用意に触れることも出来ない。
今の彼女は、ヒビの入った硝子細工だ。不用意に触れれば、忽ち崩れてしまう壊れかけの硝子細工。
成瀬なさが込み上げてきて、拳を握り締める。
その時――。
「呆気ないもの、じゃな」
竜姫の、何の感情も含まない声が。
「神に比類する能力を持った大妖怪――しかし、無理矢理穿たれた孔には抗えぬ、という事か。……少しばかり期待もしていたのじゃがな」
「な、何を――」
その言葉に何を感じ取ったのか、藍は不安げな瞳で竜姫を見遣る。
彼女はちらりと魔理沙、そして藍を見ると、目を伏せて、
「少し、こやつを借りるぞ」
瞬間、二人の背後に黒い孔が出現し、それぞれをばくっと飲み込んだ。秒を刻むよりも疾い出来事、二人には全く反応出来なかった。
――次元の孔だ。先程魔理沙たちが通ってきた、黒い孔と同質のもの。ということは、何処かに転移したと考えるのが妥当だろうか。
「紫様――ッ!」
その直後、二人は押し潰されそうなほど巨大な力の脈動を感じ取った。大き過ぎて、魔理沙にはその発生源は探知出来ないが、紫に及ばぬまでも大妖怪である藍には特定出来るようである。
「藍! 場所分かるよな!?」
「ああ。行くぞ!」
藍は紫の式である。式は主に尽くす為にその力を補正として取り入れる他、部分的に能力も使用可能となる。
藍は自分と魔理沙達の前にスキマを開くと、目配せで“入れ”と言ってきた。
躊躇う余地はない。流れからして、この力は恐らく竜姫の放つ神力だろう。強大過ぎて別物のように感じるが、圧力は今までに感じたことのない程巨大なモノで、事態が逼迫している事を示しめいた。
霊夢と二人、スキマに飛び込んでひた走る。辿り着いた先では――。
竜姫が、紫の首筋に刀を突きつけていた。
「――紫様ッ!!」
反射的に、藍が竜姫目掛けて弾幕を放つ。それは弾幕勝負に用いるような甘いモノではなく、完全な殺傷用の弾丸だった。
空を裂き、尾を引くほどの速度で飛空した弾頭はしかし、竜姫の指に構えられた
そして苛立ちの篭った瞳で、
「……邪魔をするでない」
――一瞬。
竜姫が残像すら残らない速度で腕を振るうと、隣にいた藍が爆裂音を響かせて後方へと吹き飛んだ。
木々を何本も折り倒し、血を吐いて気絶したのは何十メートルも後ろ。
魔理沙は息を呑んで、しかし竜姫から放たれる重圧に声も出せず。
「(何だ……何なんだよ!?)」
分からない。
分からない分からない分からない!
竜姫が何をしようとしているのかが、何にも分からない!
彼女は“何が起きているのか知りたければ来い”、と言った。そうして連れてこられたのが八雲 紫の住処で、でも彼女は今の霊夢と同じような状態で。その紫を連れ出したと思えば、刀を突きつけて殺そうとしている?
分からない。分かる訳がない。一体、竜姫の目的は――ッ!?
「習慣、というのは中々身体から抜けきらないものでの。性格やそこから派生する癖なども、身体が覚えてしまえば無意識にでも出来てしまうものじゃ」
弛まぬ圧力に悶えながらも、魔理沙が凝視する先で。
竜姫はその刀――
「数多の戦いを潜り抜けてその度に敵を打ち滅ぼし、遂には楽園を築き上げて久しく――その死線を超える感覚、
そして――一閃。
目にも留まらぬ速度で振りかぶり、竜姫は同等の勢いで刀を振り抜いた。
高さは丁度首の辺り。当たれば即座に首が飛んで、血飛沫の雨を降らせるであろうその一閃は。
しかし……首の肉を断ち斬ることはなく。
――他でもない
「……それが出来るなら安心じゃ」
最早、魔理沙がどうこうと口を挟める状況ではない。紫に何故刀を向けたのか、首を刎ねようとしたのか、それは当然分からない。
しかし――そう呟いた竜姫の小さな笑みに。
このより先に、その意味がある気がして。
「さぁ、八雲 紫――お主が、全てを取り戻すのじゃ!」
虚ろな瞳で構える紫に、竜姫は強く、言い放った。
質問があれば遠慮なく。
ではでは。