東方双神録   作:ぎんがぁ!

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相変わらずの約8000文字。

ではどうぞ。


第二百四話 暴食

 ――それは、見た事もない光景だった。

 

 目の前では、今異変の元凶、秦 こころがその身体から何かを放出して佇んでいる。意識があるのかどうかも分からない有様で、次の行動も全く予測できない状態だ。

 ――そう、“何か”。

 霊力でも妖力でも法力でもない。今まで霊夢達の感じた事のない異質なナニカが、こころの身体からほぼ可視状態で溢れ出ているのだ。

 力の放出は何度だって感じたことがあるし、見たこともある。濃密に圧縮された力は、まるで霧が水滴になるように目で捉えることができるようになるのだ。双也だって紫だって、なんなら霊夢だって出来ない事ではない。

 ――違う。危惧しているのはそんな事ではないのだ。

 

 問題なのは、その得体の知れないナニカが可視状態――つまり、濃密に圧縮され、膨大な量で溢れ出してしまっている事だ。

 目の前の空虚なこころを見て、霊夢の本能が言っていた。叫んでいたのだ。

 アレは生物――特に、自分達人間にとってとんでもなく害悪なものだ、と。

 確証はない。しかし、霊夢の勘が気魂しい警鐘を掻き鳴らしていた。アレは恐らく――場合によっては、西行妖レベルに危険なものだ。

 

「なんかヤバいわね、これ……」

 

 背に伝う冷たい汗を感じながら、小さく呟く。

 途轍もなく、でも何処か掴み所のない嫌な感じだ。

 刃を向けられている訳でも銃口が突きつけられている訳でも、況してやこころは戦闘態勢すらとっていないというのに感じる、このジリジリと気持ち悪い空気。

 忘れもしない、西行妖のような直接的な死の感覚ではないのに、身体の奥深くから冷たい恐怖が湧き上がってくるようだった。

 それが逆に、なにか取り返しのつかない事が起ころうとしている――そんな予感を加速させる。

 

「先手必勝――って言いたい所だけど、正直アレに突っ込んでいくと……」

 

「どうなるか、分かりませんね。彼女があそこからどんな行動に出るのかも未知数である以上、無闇に攻撃して隙を作ってしまうのは得策ではないと思います」

 

 霊夢の呟きを、白蓮が苦しげな声で引き継いだ。

 彼女の言葉通り、相手が何をしてくるか分からない――加えて、一撃喰らう事が致命的なミスとなるかもしれないこの状況に於いて、隙を晒すことは避けたかった。

 先程霊夢と神子に対してこころがそうしたように、攻撃後というのは隙が生まれやすい。そしてよりハイレベルな戦闘ほど、その一瞬の隙を突かれる確率は高くなる。先程はその隙を逆に利用してこころに大ダメージを負わせたのだが、それもおおよその力が測れていてこその戦法だ。

 当たり前で、ごく初歩的な事でありながら、現状に於いてこれを思考から欠く事は避けねばならない。

 

「ちっ……厄介ね。ならいっそ、一撃だけ死ぬ気で防御して――」

 

 様子を見るか、と言い切る直前。

 霊夢の言葉を、神子の驚愕を孕んだ声が断ち切った。

 

「何ですか……これは!?」

 

 言われて、周囲に意識を拡大する。

 相変わらずの暗い街並み。煌々と煌めく月。自分達以外に音を奏でる者のいない、静かで冷ややかな空気。

 何もないじゃないか――と思考を断ち切ろうとした直前、霊夢は気が付いた。

 

 もう真夜中。静まり返っている事からも分かるように、もう完全に妖怪達の時間帯。何なら妖怪ですら眠る者が存在する時間帯。

 そんなこの時間に――大勢の人間達が、道の脇でジッとこちらを見上げていた。

 そして、それだけではないのだ。

 

「みんな……生気がない……?」

 

 無表情、と言えば普通の事の様に聞こえるかもしれない。誰もが意識的に(・・・・)作ることのできる、ただ表情筋を動かしていないだけの、最も簡単な表情だろう、と。

 しかし、違う。それとは明らかに違う点を、霊夢は敏感に感じ取っていた。

 

 人は、例え無表情でも何かしらの感情を含んでいる。

 例えば、下らない会話を聞いて返答を拒む時――そこには“呆れ”がある。

 例えば、大切な物を失くして茫然としている時――そこには“悲しみ”がある。

 表情は感情を外に伝える手段の一つであり、それが無いからと言って感情がない訳ではない。必ず何かしらの感情があって初めて、表情を変えるのだから。

 

 それが、無い(・・)

 無表情は無表情でも、霊夢はその瞳の中に映る感情を、誰一人からも感じ取ることができなかった。

 それは単純にして明確な、異常である。それこそ、真夜中に人間達がぞろぞろと外へ出てくる事以上に。

 人間達の表情は、明らかに“人間がしていい表情”ではなかった。

 

「一体……何が起きてんのよッ!?」

 

 堪らず叫んだ霊夢に、神子と白蓮の二人は無言を貫く。

 全く以ってその通りだ。返す言葉が見つからない。そしてそれに答えるだけの確信が、今の二人にはなかった。

 そして、それ故に、この状態にどう対処すべきなのかも見当がつかない。

 勿論こころを倒せば――最悪消し去れば(・・・・・)どうにかなるのかも知れない。元凶が彼女なのだから、十分に可能性はある。

 しかし、それはある種危険な選択でもあった。

 

 彼女は得体の知れない巨大な力を発している。先に言ったように先手を取れない上、確実に強くなっているであろう彼女を相手取るのは骨が折れる。かと言って、事態が刻一刻と進行する現状に於いて、時間は掛けられない。

 加え、直前、彼女は“自分を倒しても意味はない”と言った。それを鵜呑みにするつもりはないし、疑ってかかるべきなのは百も承知だが、結局それも真実は分からない。本当かも知れないし、嘘かも知れない。それを見極められるほど、三人はこころの事を知らないのだ。

 時間を掛けて倒したけれど異変は解決しませんでした、では済まされない。

 

 話し合う余裕も時間も残されてはいない。既に事は起こっているのだ。一度退いて体制を立て直す、などという戦略は、意味を成さないどころかただの悪手。このまま進行を許せばどうなるのかは分からない。最悪、幻想郷の生きとし生けるものすべてから感情が消え去り、この楽園が廃人の掃き溜めと化す可能性もある。

 しのごの言ってはいられない。しかし、手立てがない。

 ――それでも時は、止まってくれない訳であり。

 

「…………ッ!?」

 

 初めに気が付いたのは、神子だった。

 意識は外さず、しかし拡大して周囲とこころに気を配っていた三人のうち二人――霊夢と白蓮は、ふっと過ぎった神子の息を呑む様子に鋭く反応する。

 しかしそれを問う前に、二人も続いて気が付いた。切羽詰まる状況により鋭利な針と化した感覚が、敏感に感じ取ったのだ。

 ――人間達から、こころの放つものと同(・・・・・・・・・・)質のものが溢れ出して(・・・・・・・・・・)、収束している。

 

 ――まさか、まさかまさか。

 彼女は。こころは。

 人々の感情という力を(・・・・・・・・・・)喰らっている(・・・・・・)のかッ!?

 

 神子には、心当たりがあった。

 彼女は人の欲を見ることができる。そして欲とは、その大元を感情とする一種の産物。それを見ることができる神子は、――元々人の機微には敏かったが――常人よりも何倍も感情の動きに敏感だった。

 思い出す。そして、納得が出来た。

 以前思考の端に引っかかった違和感――つまり、人々があまりにも淡白に、心の動きが無くなったことに。

 その違和感に確信を得た時点で、この異変の中心にこころという妖怪がいることには気が付いていたが、それがどう絡み廻って、人々から心の動きが無くなるのか分からなかった。

 しかし、今確信した。理解した。

 今こころが纏っている得体の知れない力は恐らく――なんらかの感情(・・・・・・・)の一つ。

 そしてそれがどういう訳か大きくなり過ぎた影響でバランスを失い、遂には周りの(・・・)感情すらも呑み込み始めているのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)――と。

 

 それならば、より悠長にはしていられない。

 感情は人の力。心の力。人間が有するモノの中で最も強い、そして時に妖怪すら凌駕する“意志の力”だ。

 それを喰らっているのなら、時間を掛ければ掛けるほど、こころの力に手が付けられなくなる。

 動き出しを待っている余裕など欠片もない。今この瞬間に動き出さねば、やがてこの世界の行き着く先は破滅である。それほどの力と影響力が、今のこころにはあるのだ。

 

「霊夢、白蓮ッ! 今すぐこころを――……」

 

 そう、忠告し掛けて。

 神子は言い知れない不快感に声を詰まらせ、そのまま動けなくなった。

 酷い寒気がする。身体が震える事すら許されない程の、身体の――いや、心の芯(・・・)から冷え切るような異常な寒気だ。

 彼女の前方に佇む霊夢も、白蓮も、同じようにピクリとも動かず、ただその大きな瞳を見開いて、対するこころを凝視し返して(・・・・)いた。

 

 ――見つめられている。

 遂に顔を上げたこころに。その深淵のような黒い感情に。

 溢れ出していた黒い力は周囲に撒き散るのをやめ、虚ろな彼女の眼前で濃密に収束し、だんだんと形を持ち始めた。

 人の頭骨を思わせる白い下地。そこにズブリと窪んだ穴が、切り長な目穴を形作る。中央に溜まった力が次第に下地の右側へと広がる様に流れていき、ふつと消えた後には、放射状に広がる血色の模様が現れる。

 

 不気味極まるお面が、こころの顔に張り付く様に顕現した。

 

「――ッ」

 

 それは、感じたことのない感覚。

 現れたお面に、そこから微かに覗く虚ろな瞳に。

 睨まれている訳でもなく、むしろその視線は“無関心”が最も当てはまる程に空っぽなのに、身体の内側を抉られるような不快感がある。

 思わず鳩尾の辺りをギュッと握り、大きく呼吸をする代わりに、乾いてねばつき始めた唾液を吞み下すと、ごくり――と思った以上に固い音が出た。

 

 ――と、次の瞬間。

 

 すぐ近くで、唐突に鈍い音が響いた。そして同時に耳を掠めた、か細く息を吐き出す音。

 反射的にそちらを向けば――、

 

「なに――ッ!?」

 

 そして再度、反射的に体を動かし、神子と霊夢は咄嗟にその場を飛び退いた。次の瞬間視界に飛び込んできたのは、先程の場を斬り裂いた(・・・・・)無数の斬撃。

 ――薙刀を振り抜いた、こころの姿だった。

 

「(そんな――馬鹿なッ!?)」

 

 再び、神速で視界から消えるこころを意識を振り絞って探しながら、刹那の隙間に神子は内心で大きく叫んだ。

 あり得ない。どれだけ意志の力が強かろうと、こんな――“他人の意識を置き去りにするほどの速度”など出せるはずがない。大妖怪にはまだ遠い彼女が、あろう事か物理限界をすら無視しているではないか。

 これ程までの速度で、速度と共に比例してより強力となる“空気の壁”を突き破れる者は、神子が知る限りでは双也以外に存在しない。

 当然、神子にもできない事だ。

 

「(空間転移ッ!? いや、面霊気の能力をどう応用した所で、空間転移などできる訳がない!)」

 

 あるいはあの面の力か――。

 そこまでコンマ零一秒以内に結論を出して、神子は辛うじてこころの居場所、気配を察した。

 刹那で白蓮を吹き飛ばし、即座に動いたこころが次に現れたのは……背後。

 つまり、次の標的は、神子自身だ。

 

「ッ!」

 

 振り向いては間に合わない。視線を合わせる事すら無駄な行為。こころの欲を見抜く事で行動を先読みする事はできず、防御する術がない。七星剣を背に回したとしても、恐らくは好都合とばかりに突き折ってくるだろう。

 背後から感じる、殺意ですらない何か(・・・・・・・・・)

 迫り来る力を前に時間を緩慢に感じる中で、神子はただひたすら、間近で迸る“感情の力”に恐怖した。

 いや、気持ちを強く持たなければ。感情を食らうならば、それ以上の強固な精神で迎撃するべきだ。

 しかし、これは――と思ったその刹那、神子の上空から、無数の光が降り注ぐ。

 

「油断ッ、してんなァッ!」

 

 直感か、上空から霊夢の放った弾幕は、すれすれで神子には被弾せず、見事にこころの攻撃のみを遮ってみせた。

 しかし神子は次いで、より鋭敏になった感覚で予測する。

 こころが消えた先は、どう考えても――。

 

「霊夢ッ!」

 

「分かってる!」

 

 刹那、振り上げた視界に映ったのは、結界で防御しながらも地面へ吹き飛ばされる霊夢。そしてやはり、こころの姿だった。

 

 ――逃さないッ

 霊夢の事は確かに心配だが、結界に僅かなヒビを入れながらも防御出来ていた。博麗の巫女はその程度では落とせない。

 ならば自分が行うべきは、こころへの牽制。神速で動き回る彼女が一瞬動きを止めるこの瞬間を、逃してはいけない。

 神子は一瞬で七星剣を鞘に収めると、霊力を込めてもう一度抜き放った。

 込められた霊力は刀身の中で圧縮され、光を放ち、そしてそれ自体が質量を持って刃と化す。

 神速に対する光速。放つのと同時に思い切り踏み込んだ神子は、神速に及ばないまでも出来る限りの速度で更に上空へと駆け上がる。

 神子には、しっかりと見えていた。

 ここで牽制するのは自分だけではなく――こころの更に上にも、既に構えている人物がいる事を。

 

「「せやぁぁああッ!」」

 

 容易く光刃に対処されるも、それを先駆けとして下から神子が、上空から白蓮が迫る。

 強力な霊力を込めた七星剣と、大魔法使いの名に恥じぬ膨大な魔力を纏った拳。最早加減などする余裕もない――故に、全力で力を叩きつけようとするその迫力は、並の大妖怪では震え上がって硬直してしまう程のもの。

 

 果たしてそれは――事も無げに、止められた。

 

 神子の刃を薙刀で受け、白蓮の拳は手首を鷲掴んでいなし、物の見事に威力を殺された。

 驚きはない。しかし、代わりに苦悶の声が漏れた。倒すまでいかない事は分かってはいたが、ここまで容易く対処されては立つ瀬がない。

 そして――二人が接近して来た好機を、こころが逃すはずはなかった。

 

 そこから神子の刃を弾きながら、白蓮を地面へと凄まじい速度で投げ飛ばすと、こころはその勢いと共に刀身に黒い力を纏わせた。

 ――底知れない威力を秘めているのが、一瞬見ただけでも分かる。

 底冷えするような空気は違わず、その色はまるで何もかもを喰らい尽くして染め上げようとする意志の表れに思えた。

 まともに喰らえば、どうなるのか想像ができない。

 両断される可能性もあれば、そのまま感情を喰らい尽くされる可能性もある。或いは力に押し負けて身体が全て消し飛ぶかも知れない。

 どちらにしろ、()のない斬撃。致死の一撃。

 そして神子には――体勢を崩されたままの神子には、それを防ぐ術が、ない。

 

 次の瞬間――、

 

「ぐぅッ!!」

 

 凄まじい衝撃が、神子を襲った。

 まるで鋼鉄の壁を有らん限りの力で叩きつけられたような。最早斬撃ではなく、それは面としての打撃だった。

 視界が一瞬暗転し、頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような不快感が神子の意識を蹂躙する。平衡感覚を一瞬で打ち壊され、何処へどう吹き飛んでいるのかすら分からない。

 あまりに強い衝撃に体勢を立て直す事も出来ない神子は、そのまま衝撃に従って吹き飛び――地面に叩きつけられるすんでの所で、奇跡的にも滑り込んだ霊夢と白蓮によって、地面に転がりながらも受け止められた。

 

「っ、だから余所見してんなって言ってんじゃないの!」

 

「大丈夫ですか……神子さん?」

 

 それぞれに言葉を掛けてくる二人も、既にあちこちに擦り傷を作ってボロボロの状態だった。

 

 ――こころがあの状態になって、たった数度の打ち合いしかしていない。

 客観的に見ても、こちらは大妖怪を相手にしたとしても軽く捻り潰せる戦力だ。まさに幻想郷でもトップクラスの戦力と言っていい。

 なのに、それをこうも圧倒するこころとは――?

 物理限界すら超えているかも知れない速度。感情を抉り取ろうとするべく振るわれる黒い刃。深淵を体現したような虚ろで冷たい瞳。

 刻一刻と増していく彼女の力――もはや、危惧していた“手のつけられない領域”にまで達しているというのか。そしてたった今も、精神の比較的弱い人間達から感情を喰らって、力を増しているのか。

 だとすれば、もうこちらに手立ては――。

 

 ――?

 いや、待て。

 これ程の実力差があって、何故こちらは擦り傷(・・・)程度で済んでいる?

 

 白蓮は初めに一撃――つまりこころの速さを知る前の、完全な不意を突かれて吹き飛ばされた。本来なら擦り傷で済むような一撃ではないはず。

 霊夢は次――弾幕を放った後の隙を、防御はしていたが正面から喰らった。あれ程の威力なら、結界など容易く砕いても何らおかしくはない。同じく、擦り傷で済むはずはない。

 決め手は神子自身――彼女自身が感じたように、先程の一撃は両断されてもおかしくはなく、仮に生きていても感情をごっそりと抉られる可能性があった。だが、どうだ。現に神子の身体は繋がっているし、感情もしっかりとしている。強いて言えば、地面を転がった時の擦り傷(・・・・・・・・・・・・)しか外傷はなく――。

 

「……まさか」

 

 顔を上げ、こころを見遣る。

 月を背に佇む姿は美しくもあったが、滲み出す黒い力がそれ以上に恐怖を煽る。自分達を相手に圧倒し切るその力はまさに“上位大妖怪”のそれだ。

 それを凝視し――気が付いた。

 

「あれは……お札?」

 

 こころの胸の辺り。彼女自身の濃密な気配に隠れて、一枚のお札が浮かんでいた。

 ここからではどんな術式なのかは分からないが、意識を集中してみれば、一つだけ分かる。

 

「……双也にぃの霊力ね」

 

「ええ。間違いなく、双也が使役しているお札です」

 

 神子と同様に気が付いたらしい霊夢に同調し、更なる確信を得る。

 恐らくは、あれがこころの攻撃をある程度防いでいるのだろう。防いでいるか、もしくはこちらがお札と斬撃の“余波”で吹き飛んでいるかだ。

 余波程度であれ程の衝撃を伴うというのは戦慄に足る事実だがしかし、“そう”なってくると話は変わってくる。

 

「なら、これは双也さん自身が想定していた状況である、という事ですか」

 

 白蓮の問いに、無言を以って肯定を示す。

 そう、“そういう事”ならば。

 双也がこの状況を想定してこころにあの札を持たせ、実際にこうなった場合は攻撃を遮るようにプログラムしたとすれば。

 彼は、恐らく――。

 

 ――と、そんな思考の時間を長々と与える程こころも気が長い訳ではなく。

 こころの力の増大に、三人は聡く身構える。

 恐らく、また。あの神速の斬撃も伴って肉薄してくるはず。そして幾らお札が防御するといっても、あれは何度も受けていい衝撃では断じてない。

 少なくとも、迎え撃つ姿勢と心構えは整えておかなければならない。

 かくして――こころが動いたのは、その刹那ほど後の事。

 

 分かってはいても速過ぎる。“意識すら置いていく速度を努めて意識する”など、文字に起こせば矛盾だらけな事に気が付けたのは、目の前に危機が迫っている故の走馬灯現象からか。

 一瞬で距離を詰めたこころは、横薙ぎを振り被った姿勢で目の前に現れた。避けられない。構えは出来ていても、間に合う速度じゃあない。

 そのまま石ころのように吹き飛ばされる――そう思ったその直後である。

 

 

 

 ――唐突に、こころの姿が消えた。

 

 

 

 え? と声を漏らす間隙もない。

 続いて三人の視界に映ったのは、一瞬の雷鳴(・・)だった。天から雷電の傘を被せたかのように、上空から地上へそれが閃めくと、凄まじい速度で上空から何かが墜落し、地面に激突する爆音と共に轟々と砂塵を吹き上げた。

 

 理解の全く追いつかない三人の前にはためいたのは、白いドレスの裾と扇子。

 

「ふむ、見事に上手くいったわね」

 

 そして上空から、彼岸花の刺繍をひらりと舞わせて降りてくる。黒塗りの鞘が、月光に反射して光っていた。

 

「ああ、タイミングぴったりだ。流石」

 

 

 

 現れたのは――言わずもがな。

 

 

 

「お疲れ様、三人共」

 

「あとは任せて、休んどけ」

 

 

 

 そう言って、双也と紫は、不敵に笑った。

 

 

 

 




後半が少しだけ雑だった気が………。
もう少しリハビリが必要ですね。

ではでは。

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