東方双神録   作:ぎんがぁ!

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こころちゃん、私、大好きです。 以上。

ではどうぞ。


第百九十六話 違和感

 最近の人間の里は、少し様子がおかしい気がします。

 いえ、"里が"と言うよりも、住民の皆さんが何やら騒がしくしているのです。

 私ーーこの稗田 阿求や、上白沢 慧音先生はそんな事ないのですが、みなさん、各地で起こっている戦闘を見に人里を空けています。

 最低限の食事の準備などを済ませただけで、中には仕事を放ってまでして、まるで必死に楽しみを見出そうとでもしているかの様に。

 これは異常です。

 集団で陥っている分、狂気的な何かがこの里を包んでいる様な気すらしてきます。

 本当に、皆さんどうしたのでしょう?

 

「……また、異変が起こっているのかもしれないな」

 

「異変……やはり、そうなのでしょうか」

 

 隣に座って表情を険しくする慧音先生が、呟きました。

 私も薄々感じていた事です。

 幻想郷に起こる災害や、人為的な異常事態ーーならば、これも例に漏れず異変と言えましょう。

 何が目的なのかは分からないとしても。

 

「何が起こっているのでしょうか。

 皆さんが陥っている状態は、私も見た事がありません。

 異変だとして、犯人は何をしようとしているのでしょう?」

 

 人為的なものだとすれば、あまりにお粗末な現象だと言わざるを得ません。

 だって、人々に統一性は全く見られず、個々が思うままの場所を彷徨っているのです。

 この現象の必要性が分かりません。

 故に、目的が全く見えません。

 私の意見は尤もだと、慧音先生も頷いていました。

 人々が仕事をしなくなったのは確かに問題ですが、これが更に大きな影響を生むかどうかと言われると首を傾げざるを得ないのです。

 そんな現象の何処に、異変としての意味などあるのでしょう?

 

「はぁ……もう霊夢さん達は動いていますよね」

 

「当然だろう。 これだけ騒がしければ、この状況の話は嫌でも耳に入るさ。

 まぁ、いざとなれば双也がなんとかしてくれるだろうから、大した心配は要らないのかも知れないが」

 

 慧音先生はそう言い、一口お団子を頬張りました。

 そんなリラックスが出来るほど、彼を信頼していると言う事でしょう。

 私も少し落ち着いた方が良いのでしょうか。 どの道何が出来る訳でもありませんが。 取り敢えずお団子を……。あ、コレおいし。

 ここの店主さんがこの空気に当てられていなくてラッキーです。

 もう一つ、ぱくり。

 

「……そう言えば、さっきの子は何だったんでしょうねぇ?」

 

「ん? さっきの子というと……あの妖怪か?」

 

「はい」

 

 お団子を食べたからか、思考に余裕が出てきました。

 すると真っ先に思い浮かんだのが、先程私達に尋ねてきた一人の少女の事です。

 いや、少女と言っても妖怪ですけど。 お面が幾つか浮かんでいたので、"面霊気"というやつでしょう。

 可愛らしい子でしたが、尋ねてきた内容は不思議なものでした。

 

「あの子、"幻想郷で一番強い人"なんて訊いてどうするつもりなんでしょう?

 いや、答えてしまった後に今更なんですが」

 

「ふむ……考えられる事はなくもないが……考えたくはない事だな」

 

 ああ、言わんとしている事は分かります。 あの苦笑いは、きっと私と同じ事を考えている顔です。

 強い人が誰か、などと訊いて、次に彼女が起こすであろう行動は限りなく絞られてきます。

 

「う〜ん……確かに考えたくはないですね……。 教えた私達に罪悪感が……」

 

「……確かに。 しかも妖怪だからな、私達の考えが及ばない行動に出る可能性もある」

 

 うぅ……想像を始めるとどんどん悪い方に行ってしまっていけませんね。

 話題を切り替えたいところですが、生憎他に面白い話題もありません。

 

「はぁ……失敗だったかも知れませんね、素直に答えたのは」

 

「かも知れないな。 あんな訊き方をされれば想像も付くはずなのに、何も考えずに答えてしまった」

 

「……あの子が怪我したら、私達の所為ですかね……?」

 

「………………」

 

 ちょっと、無言は怖くなるからやめて欲しいんですけど。

 なんて、確かに本音ですが、口に出来よう筈もありません。 慧音先生もきっと私と同じような罪悪感に苛まれている最中でしょうから。

 にしても、やはり失敗でしたね。

 幻想郷に強い人達は沢山いますが、その中のトップとは遥かに差があります。

 それを分かっていた筈なのに、想像できた筈なのに。

 馬鹿正直に、"神薙 双也という現人神です"と言ってしまいました。

 

「何もなければ良いんですけどね……」

 

「……そう、だな」

 

 再び震え始めた心の臓を鎮めるために、私と慧音先生はもう一つ、口にお団子を放り込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで、結局訳も分からないまま戦闘になる、と。

 上空に創った結界に立ちながら、双也は何度目かも分からぬ溜め息を吐いた。

 今日この日、彼が何か決定した事柄などあっただろうか。 何から何まで、トラベレータ式に話を運ばれた気がする。

 この状況だって、そう。

 何だか分からぬ内に、双也はこころと名乗る妖怪の相手をすることになったのだ。

 それも、最強の座とか何とか、彼の全く頓着しない事柄を掛けて。

 

 いがみ合っていた三人は、相変わらずむすっとしながらも戦闘を見る気でいる。 魔理沙と紫も、どうやら止める気は無いらしい。

 そして当のこころはーー

 

「準備できた。 いつでも始められるよ」

 

 双也に相対して、青い薙刀を顕現させて構えていた。

 どうやらそうこうしている内に、もう双也の取れる行動は一つしかなくなってしまったらしい。

 ーー何となく、気に入らないな。 何から何まで勝手に決められてるのが。

 眉を顰めながらも、双也は少しばかり思考を開始した。

 

「(そうだな……色々と訊きたい事はあるんだけど、今訊いたところであんまり意味ないんだよな)」

 

 何故挑んできたのか。 何故最強の座などに拘るのか。

 訊きたい事と言えば簡単に思い浮かぶし、そういう話をする内に何やかんやで状況を有耶無耶に出来ないかとも考えたが、こころはもう戦う気満々だった。

 それは得策ではないだろう、と直ぐに双也は斬り捨てる。

 引き下がれないところまで、いつの間にか連れ込まれてしまったのだ、と。

 なら、どうしようか。

 

 双也の心に浮かぶのは、何となく燃え出した反抗心であった。

 ここまで何一つ決定権など持てずに、周りの決定でこの面倒な状況に持ち込まれてしまった。

 ーーなら、少しくらい反抗してやろうではないか。

 あいつらが戦闘を楽しみにしているというならば、楽しむ間も無く終わらせてやれば程良い抵抗を見せることができる。

 こころも、最強の座を狙うと抜かすならば、手加減などは望んでいないだろう。

 ーー丁度良い。 こころには悪いが、軽い憂さ晴らしと八つ当たりの的になってもらおう。

 双也の左手が、刀の鯉口を切った。

 

「良いぜ、いつでも来い。

 それなりに本気で、相手してやる」

 

「うん、そうする」

 

 浮かんでいたお面の一枚が、ふわりとこころの半顔を覆う。

 赤と白で狐を模したその仮面は、何処か彼女の雰囲気を鋭い物に塗り替えた。

 

「……いくよ」

 

 その、瞬間。

 こころは目にも止まらぬ速度で双也へ肉薄すると、無防備に立っている彼へと躊躇いなく薙刀を振り下ろした。

 彼女の無気力そうな表情からは想像も出来ないほどの速度と一撃である。

 並大抵の者ならばこれで勝負は付いているだろう。

 しかし、相手が誰であるのかを忘れてはいけない。

 

 果たしてーーこころの刃は、深海色の結界刃に呆気なく受け止められていた。

 双也は未だ、ピクリとも動いていない。

 

「ふむ、速いな。 一撃も重い。 強者と言って差し支えない。 だがーー」

 

「………………ッ!」

 

 影になっていた双也の瞳が、こころを射抜いた。

 普段の柔和な瞳とは掛け離れた、凄まじい戦意に満ちた眼。

 瞳を動かしただけだと言うのに、至近距離でその"空気"を浴びたこころは、ぶわっと冷や汗が吹き出すのを感じた。

 ーーこの男……想像してたよりも遥かに強いっ!

 

「"最強"には、程遠いんじゃないか?」

 

 一閃。 ほぼ前触れなく発動した結界刃が、刹那の隙に空を裂く。

 霊力の集中に辛うじて反応したこころは、慌てたようにバックステップ。腹に刃を受けることはなかった。

 ーーしかし、それすらも双也の想定通りである。

 

「ッ、 結界ッ!?」

 

「背後には気を付けろってな」

 

 ステップによる間合いの確保は、予め仕掛けられていた結界によって阻害された。

 斬撃を避けられても、双也との間合いはほぼ離せていない。 彼女の驚愕の隙を、彼が逃すはずはなかった。

 

「特式八番『斥気衝』」

 

 慌てて体制を整えようとするこころの目の前にあったのは、中指を引き絞った双也の手。

 それが放たれたのは、視界に入れた直後である。

 何のことはない唯のデコピンに見えるそれはしかし、衝突と共に凄まじい衝撃を周囲に放ちながらこころの額を打ち抜き、彼女を弓なりに弾き飛ばした。

 とても鬼道の八番とは思えぬその衝撃は、一瞬の暴風となって周囲を襲う。

 

 斥気衝は、衝撃のみに特化した鬼道である。 ダメージは皆無だが、その弾き飛ばす力は途轍もなく強い。

 常人ならば首が千切れ飛んでもおかしくない衝撃を額に受け、体ごと吹き飛んだこころは、その無表情な顔で苦悶の声を漏らした。

 

 ーーしかし、立つ。

 諦めてはいなかった。

 

「……もう一度……!」

 

「ああ、そう来なくちゃ。 戦闘はここからだぜ」

 

 双也は未だ、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぁぁ、あいつも大変だよな。色々とさ」

 

 上空で繰り広げられる戦闘を仰ぎ見ながら、魔理沙はからっと呟いた。

 流石の魔理沙も、今日に限っては彼に同情していた。 その理由については最早語るまでもないだろう。

 憂さ晴らしなのか何なのか、彼女には知る由もないが、その視界に映る双也は何となく荒れているようにも見えた。

 何と言うのか、普段通りの拮抗した戦い方ではなく、圧倒的な実力差で押しつぶそうとしているような。 相対する相手の心をへし折ろうとでもしているかのような。

 ともかくーー魔理沙にとっては、見ていてあまり面白いものではなかった。

 

「……んでも、あの妖怪も結構やるなぁ。 見たことも聞いたこともない奴だが、強いな。

 そこんとこどう思うよ、妖怪の賢者さん?」

 

「……そうね。 確かに、並ではないと思うわ」

 

 秦 こころと名乗ったあの妖怪。 人間の魔理沙からして、彼女も見る限りは強者である。

 今ボロボロにやられているのは双也が強過ぎるからだと切り捨てるとして、あの初撃の他に彼女が放つ攻撃は、強者と呼ぶに相応しい威力を誇っていた。 それは、衝突の度に襲い来る突風が物語っている。

 

 魔理沙の問いに、紫も頷いていた。

 最強の妖怪たる彼女からしても、こころは並大抵の妖怪ではない。 その強さが紫に届くかどうかは別問題として。

 余談だが、魔理沙が敢えて紫に尋ねたのは、彼女がこころの強さを図る一種の基準であるからだけではなく、単純に、他に尋ねる相手がいないからだ。

 魔理沙の親友である霊夢ーー加えてその他の宗教家二人は、戦闘を見上げながらもピリピリと雰囲気だけで牽制し合っているのだ。

 わざわざそんな中に、自ら飛び込むほど魔理沙の肝は据わっていない。 そういう喧嘩なら他所で勝手にやってくれ、と。

 

 ともあれ、今回の戦闘は、魔理沙からしてあまり気持ちのいいものではないように感じた。

 イライラしているのは分かるが、八つ当たりというのもどうなのか。

 魔理沙は心の隅で理解を示しながらも、その表情を複雑に歪めた。

 だが、他にする事もないので、結局戦闘は見る羽目になる。

 複雑な表情のまま見上げると、そろそろこころの方も限界に近付いているように見えた。

 ーーするとふと、魔理沙は何か違和感を感じた。

 

「(…………? 何だ……なんか、変だ)」

 

 埃に触れる程度の違和感である。

 彼女を意識の中心に捉えたとしても、意識を集中させなければ気が付かないほどの僅かな違和感。

 しかし、それは確かにあった。

 魔理沙が今まで出会ってきた妖怪達の、どの雰囲気とも違う。 殺気だとか迫力だとか、そういう話でもない。

 ーーそう、もっと。 もっと何処か根深いところに感じる違和感である。

 何処、と挙げる事はできないが何かが、違う。

 それは確信だった。

 

「……珍しい。 あなたは探知にそれ程優れてはいないように思っていたけれど」

 

「なんだ、お前も気が付いてたのか紫。 ……つーかなんだその言い方。 私が鈍感だって言いたいのか?」

 

「我を通す性格だとは思っていたわ」

 

 それ、自己中心的ってことかっ!?

 拳を震わせて睨む魔理沙を、紫は涼しい顔で受け流す。 紫にとって魔理沙は、霊夢に次いで実にからかい甲斐のある人間なのだ。

 紫に怒る事が無意味だと悟った魔理沙は、ふっと拳から力を抜き、その大きな帽子をかぶり直した。

 さっきから頻りに飛んで来る突風の所為で、いつの間にかズレてしまっていた。

 

「はぁ……。 つっても、もうそろそろ決着だろうよ。 全く、面白味のない戦いだったぜ」

 

「……まぁ、それには多少賛成するわね」

 

 呟く紫には横目で視線を送り、しかしすぐに上空へと戻す。

 相も変わらずつまんねぇ戦闘だなぁ、と魔理沙は僅かに肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦闘が唯の八つ当たりである事は、誰よりも双也自身が理解していた。

 大なり小なり気分を損ねたすぐ後に、切迫した戦闘を素直に楽しめるほど双也に心の余裕はない。

 だからこそ憂さ晴らしを、と始めたこころとの戦いは、果たして双也の優勢を保っていた。

 いや、優勢というのも程度が低いだろうか。

 こころの力を遥かに超えた量の霊力を解放した双也相手には、最早彼女は全く手も足も出なかった。

 未だ双也が動いたのはーー否、こころが"動かせた"のは一、二歩程度である。

 瞬間的に襲い来る無数の刃を、確かにこころは上手く捌いていた。 反撃もしている。 しかし、まだ足りない。

 ボロボロの身体を動かして、こころはもう一度薙刀を構えた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「………………」

 

 変わらず無表情、しかしその眼でしっかりと睨み付けてくるこころを見据え、双也は訝しげに少しだけ首を傾げた。

 

「(……なんだろう、この感じ。

 それに、始めよりも力が上がっているーー?)」

 

 観戦していた紫と魔理沙ですら気が付いた違和感に、相対する双也が気が付かない訳がなかった。 それこそ、二人よりも濃密にその気配を感じる。

 加え、既に満身創痍であるはずなのに、こころの力が未だ上昇傾向にあるのだ。

 それは単純な威力に限らず、速度や反応などといった身体能力にまで及んで。

 普通ではない。 "並の妖怪でない"というよりも、双也からしてこころは"異常な妖怪"とも言えた。

 ーーこれ以上長引くのは良くないかも知れない。

 再度、刀を握り直す。

 そしてその切っ先で狙い澄ます様に、ゆっくりと構えた。

 

「……分かった、全力で行く」

 

 その空気によって双也の意思を悟り、こころも薙刀を握る手に力を込めた。

 その高ぶりに答えるかの様に、こころの周囲には薄っすらと大量の仮面が姿を現す。

 人間の感情を司ると言われる六十六の仮面。 彼女が普段浮かべているのは三枚だけであるが、その他数多の仮面をも浮かび上がらせた彼女の姿は、何処か凄みすら放っていた。

 

 力を込めるこころを見据え、しかしその凄みに気圧される事はなく、双也の視線は静かに真っ直ぐこころを射抜いていた。

 

 ーーそうして真摯に向き合っていたからこそ、彼は気が付けたのかも知れない。

 彼女が浮かび上がらせた感情の面の数々……その中の一つに、"違和感"を凝縮した様な物があったことに。

 

 しかし、今は取り敢えず戦闘を終えることが大切だ。

 その仮面に少なからず驚きはしたものの、その思考はすぐに元に戻った。

 

「ーー大霊剣『万象結界刃』……八刀顕現」

 

 静かな宣言の下、双也の周囲に現れたのは刀身約六尺七寸に及ぶ八振りの大太刀。 普段は使っても一振りであるその刀を八振りーーそれが、言わば彼の"本気度"を現している様だった。

 その全ての切っ先はこころに向けられ、切れてしまいそうな程の殺気を向けている。

 

「……来い」

 

「……うん」

 

 一瞬だった。

 初撃を明らかに超えた速度ーー言わば瞬間移動の如く前に飛び出したこころと、いつの間にか全ての刀を振り抜いた姿で立つ双也が、交差してすれ違った。

 衝突があったのは、放たれた暴風で確認できる。しかし、眼では捉えられない。 何処が如何ぶつかり、どちらがどちらを斬り抜いたのかーー観戦する五人には見分けが付かなかった。

 

 かくして、刃の欠片が零れ落ちる。

 それをきっかけにして、刃全体にヒビが入り、音を鳴らして、砕け散った。

 砕け散る自らの刃と僅かな腹の痛みを認めてーーこころは、敗北を悟った。

 

「負け、ちゃった……かぁ……」

 

 急激に意識が遠退き、こころの体はがくっと崩れ落ちていく。

 まだまだ最強には程遠いらしい、と頭の片隅で考えながら、彼女はふっと意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様ね」

 

「ホントだよ……」

 

 気絶したこころの体を抱えて地に降り立つと、双也は紫からそんな言葉を掛けられた。

 ああもう、この如何しようもない感じはどうにかできないだろうか。

 憂さ晴らしにはなったが、今度は本当にこころに申し訳なくなってきた。

 苛ついていたからとは言え、関係のない彼女になんと酷いことをしたのか。

 次から次へと襲い来る心労を考えて、双也は深い溜め息を吐いた。

 

「まぁ勝ったんだからいいじゃないか。 私がやってたら負けてたかもな」

 

「それは……そうかもな。 こいつは大分強かった」

 

 ーーと言ったら、魔理沙は怒るだろうか。

 あの違和感について確信を得るために放った言葉だったが、彼女は仕方なさそうに笑うだけだった。

 という事は、魔理沙もきっと俺と同じ様に違和感を感じたのだろう。 彼女が気が付いたなら、恐らく紫も。

 霊夢達は知らない。 今は関わりたくない。

 

「それで双也、その子を如何するつもりかしら?」

 

 彼女の眼が、その言葉がそのままの意味ではないという事を明らかにしていた。

 その"異常な妖怪"を如何扱うべきなのか。

 実は、双也はその答えを既に決めていたのだった。

 

「その事なんだけどな……こころは、俺が面倒を見ようと思う」

 

「「「…………ええっ!?(はぁっ!?)」」」

 

 と叫んだのは、当然いがみ合っていた宗教家達である。

 三人は睨みを効かせることも忘れ、双也に勢い良く詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと双也にぃっ!? 私を手伝ってくれるって約束は!?」

 

「約束なんてしてねーだろ、何でっち上げてんだ」

 

「双也さん! その子の面倒を見るよりも先にする事があるのでは!?!?」

 

「異変の事はお前らに任せるさ。 俺は宗教家でも何でもない」

 

「そ、双也! その子と私、どっちが大切ですか!」

 

「その聞き方はやめろ。 誤解されるから」

 

 追求をするりと抜けられても、三人の瞳に抛棄(ほうき)の意思は宿っていなかった。

 未だ詰め寄って来る三人の勢いに、一つ溜め息が漏れる。

 三人共、俺に手伝いを乞うほど弱くはないだろうに。 何をそんなに必死になってるんだか。いや、勝利を確実にするためにやってるのかも。

 ふとそんな事を思い、同時に"こころを理由にすれば切り抜けられそうだな"と画策していた。

 勿論、これは結果論である。

 こころの面倒を見る事が今は最重要であり、その結果として三人のうち誰かを手伝う事は出来なくなるのだ。

 今日この時、双也が唯一我を通した瞬間だった。

 

「ともかく、俺はお前らを手伝えない。 それより、こいつのことに関してやらなきゃならない事があるんだ」

 

「……本当はそれも訊きたいところですが、あまり踏み込むのも良くありませんよね……」

 

「……分かりました。 双也がそう言うなら……」

 

 白蓮と神子が、不満気な表情ながらも一歩引いた。

 敢えて、ありがとうとは言わない。断った事に対して、双也には口惜しさは欠片も無いのだ。

 ただーー霊夢は未だ、むすっとしていた。

 

「……霊夢」

 

「……あぁもう、分かったわよ。 双也にぃを困らせたくないし……」

 

 ぷいっとそっぽを向くも、霊夢は渋々引き下がった。

 あわよくば、久しぶりに兄と異変解決もしてみたかったがーーと小さな呟きが聞こえたのは、きっと双也の聞き間違いではないだろう。

 長年の付き合いだ、霊夢の考えも多少は読める。

 双也は仕方なさそうに笑うと、霊夢の頭をポンポンと撫でた。

 

「ーーさて、そう言う事ならもう解散としましょう。 意味もなくここに止まるくらいなら、さっさと異変解決に向けて頑張って下さいな、宗教家さん達?」

 

 会話の隙を縫うように放たれた紫の言葉で、一先ず全員が解散した。

 宗教家三人は、ここで争う事もなくそれぞれの目指す場所へと去っていく。 魔理沙は、異変だと理解しつつも盛り上がりに乗じるつもりらしく、彼女もまた何処かへと去って行った。

 双也宅の前に残されたのは、紫、双也、そして気絶したままのこころのみである。

 

「……さ、取り敢えず中に戻ろう。 こいつを寝かせる所も必要だしな」

 

「そうね。 面倒を見ると言うなら、やはり手伝いは必要かしら?」

 

「……ふふ。 よろしく頼むよ、紫」

 

 幻想郷には、未だ人々の歓声が響き渡る。 狂ったように騒ぐ民衆は、また愉しむに相応しい戦いを求めて彷徨っていた。

 幻想郷は、未だ異変の真っ只中にある。

 

 

 

 




Wikiによれば、二次創作物のこころちゃんはひた向きな良い子が多い傾向にあるそうですね。
うちの彼女もその流れになった方が良いのかな……?

ではでは。

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