東方双神録   作:ぎんがぁ!

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活動報告通り、今話から金曜投稿に切り替わります。
ご注意を。

ではどうぞ!


第百七十二話 不可思議な犯人

地獄の底を、更に奥へ。

私は額に浮かぶ汗を拭いながら、ひたすら下へと飛んでいた。

 

っていうか、ここ"旧"地獄の筈よね? 紫も地獄の業火は噴いていないって言ってたのに、なんでここだけ火があるのよ。 あっついったらありゃしない。

 

『…なんでここには火が噴いているのかしら。 百歩譲って熱はあっても、火なんてとうに消えているはずなのだけれど…』

 

「まさかまだ活動してるなんて事は…流石にないわよね」

 

『双也を信じるなら、ね』

 

ふむ、どうやら紫も私と同じ事を考えていたらしい。

幸い、まだ蒸し焼きになる程の高熱ではないのが救いかしらね。

ま、考えても仕方ないか。紫でも分からないなら尚の事。

…それよりも

 

「…紫、この先に感じるコレ(・・)って……」

 

『そうね、それも不可解だわ』

 

 

たった一箇所に、妖力と大きな神力を感じるーー。

 

 

紫の言葉に、私は軽く頷いて返した。

 

妖力はきっと……というか確定でお空とやらの物だろう。

確かに特別強そうではないし、今更どうでもいいが、さとりの言い分も改めて納得できる。

問題なのは、神力の方。

 

「一箇所にだけ複数感じるなんて……まさか双也にぃみたいな現人神?」

 

『いえ、あり得ないわね。 そもそも現人神だって基本的な力は霊力よ。 双也が特別なだけ』

 

「じゃあ…何なのよ?」

 

霊力や妖力、神力は時折色んなものに例えられる。

"指紋"のように同じ物は存在しない、とかが良い例だ。

今回は、"影"に例えよう。

 

影というのは、一人一人が必ず持っているものであり、重なる事はあっても、完全一致する事は絶対にない。

何故か? 全く同じ場所に二人は存在出来ないから。

 

霊力や妖力もそう。

感覚の鋭い者ならば、隣り合っている二人の力を感じる時にも微妙な場所のズレを感じ取れる。

つまり、どれだけ近付いたとしても多少のズレはある筈なのだ。

 

それが、あの妖力と神力にはない。

完全一致してしまっているのだ。

 

不可解には思う反面、少しだけ思い当たる事がある。

答えなど分かりきってはいる様なものだが、一応紫にも聞いてみようか。

 

「……神降ろし(・・・・)、なんて事はないわよね」

 

『神降ろし、か…』

 

そう、神降ろしならば説明は着く。

人の身で神の存在を受け入れ、その身に降ろす。 その体の中では霊力と神力が混在していて、しかし受け入れた事で絶妙なバランスを保つ事ができ、そうする事で神の力を借りる事ができる。

そうすれば、霊力と神力は同時に同じ場所で存在できるのだ。

 

実際にこの身に降ろしたのだから知っている。 体験談という奴だ。

まぁ、普通の神降ろしではなかったけれど。

 

でも、それにもまだ問題がある。

それが"この仮説があり得ないと分かりきっている"理由で。

 

『妖怪が神降ろしなんて出来るはずはないと思うけれど…。

巫女や神主のように神事に通じている訳でもなし。 出来る道理がないわ』

 

「…そうよね。 分かってたわ」

 

『じゃあなんで訊いたの』

 

「確認に決まってるでしょ」

 

やっぱり。

これで神降ろしだという線は消えた。

そりゃ妖怪が神を降ろせたら変よね。 光と闇みたいなものなのだから。

 

だとすると…なんなのだろう?

 

「………会ってみれば、きっと分かるわね」

 

さっきから色々と後回しにしてしまっているが、どうにもならない事を考えるのは時間の無駄というもの。

それならば、さっさとお空とやらに会って説得するなり叩き潰すなりした方がよっぽど効率的だ。

今は目の前の事に集中しよう。

 

思考を止めて頭を切り替えてやると、急にむわっと外気を熱く感じた。

考え事に集中し過ぎて、周りの温度の上昇に気が付いていなかったようだ。

 

そして、不可思議な妖力と神力の接近にも。

 

「……あんたが、霊烏路 空ね」

 

目の前に現れたのは、大きな羽をはためかせる黒髪の少女。

それなりに大きい妖力と、めちゃくちゃに大きい神力を同時に放つ"不可思議"そのものだった。

 

さて、さっき"説得するなり"とか考えたが、よくよく考えると私って長々と話をするの好きじゃないのよね。

それならさっさと、宣戦布告をしてやろう。

 

「さぁ、とっととあんたを叩き潰して、こんな所から早く帰らせてもらうわ!」

 

少女ーーお空は私の言葉に対して不敵な笑みを作って見せる。

職業柄、そういう表情は見慣れている私だけれど、この子にだけはふと思うところがあった。

その表情が果たして余裕の表れなのか、それともお燐曰くのーー

 

 

 

 

「うん、ていうかあんた誰?」

 

 

 

 

ーー馬鹿、だからなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅいてててっ。 …かー、酒を呑むにも痛むとは、中々派手にやられたもんだね」

 

旧地獄街道、ある宿屋にて。

その店の中でも一際豪華に彩られた一室から、そんな声が聞こえてくる。

部屋の中から襖の外まで、たくさんの鬼達が詰め寄せるその中心には、声の主ーー星熊勇儀が、所々を包帯に包んで布団に座っていた。

 

その傍らにはいつもの如く、愛用の大きな杯と酒が置いてある。

 

「勇儀姐さん、怪我してんだから酒止めといた方が良いんでねぇですかい?」

 

「バァカ言ってんじゃないよ。 私から酒を取ったら生きていけないよ! 大体怪我なんてすぐ治るっつーの!」

 

「いやしかし…」

 

周囲の鬼達は、こうして怪我をした今でも酒を飲み続ける勇儀を宥めているのだった。

彼らだって酒は好きだ。 そりゃもう喧嘩の次くらいに好きである。

出来ればいつまでだって飲んでいたいくらい好きなのだが、怪我人が飲んだら悪影響こそあれ良い影響など無いだろう、という事は分かっていた。

 

自棄酒ーーという訳では無い事は確かだった。 むしろ彼女の気分は良いようである。

いや、そう言うよりは"気分が良いからこそガバガバ飲み続けている"と表した方が合っている。

それ程に勇儀は、遠慮というものがなかった。

 

「おぉい酒がなくなったぞ! 次の持って来いぃ!」

 

「(ああ、こりゃ止まんねぇな)」

 

惜しげもせず、布団の周りに酒瓶を並べまくる勇儀の姿に、集まった鬼一同は心底思い知るのだった。

 

ーーこの人から酒は取れねぇ。 あ、あと萃香さんからも。

 

意気揚々と酒を仰ぐ勇儀を前に、鬼達は小さく溜息を吐いたという。

 

 

 

ーーそんな折。

 

 

 

「て、てぇへんだてぇへんだ! 姐さんいるか!?」

 

鬼だかりを掻き分けて、一人の鬼が血相を変えて入ってきた。

呑み続ける勇儀に呆れ、既に粗方静まっていた一室にはその声がよく響いた。

 

杯を傾けていた勇儀もその声には反応し、口元を拭いながら入ってきた鬼を見据える。

 

「なんだい騒々しい。 今は気分が良いから、あんまり面倒事は持ち込んで欲しくないねぇ」

 

ほんの少しだけ苛つきの混ざった視線に晒されながらも、入ってきた鬼は勇儀の前に跪き、俯きながらも言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの時の……」

 

「ん? あの時?」

 

振り切ったように、鬼はバッと顔を上げた。

ーーが、次の言葉は吐き出されなかった。

何故なら……

 

 

 

 

「怪我人が酒なんて飲んじゃダメだろ。 幾らお前が頑丈でも、な」

 

 

 

 

窓際の桟に座る、その姿を見たから。

 

その声、その姿に、室内の鬼達は一斉にざわつき始めた。

かく言う勇儀ですら、その久しい声に目を見開き、驚愕している。

 

ゆっくりと振り向いてみれば……

 

「…そ、双也…なのかい…?」

 

懐かしい顔が、微笑んでいた。

 

 

 

 

「久しぶり、勇儀。 気が向いたから来てみた」

 

 

 

 




短いですけど、今話はこれでお終い。
何故か? キリが良かったからです。
はい、短過ぎてちょっと反省してます…。

ではでは。

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