東方双神録   作:ぎんがぁ!

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お察しタイトル。

ではどうぞ!


第百六十七話 緑眼の橋姫

「ここが入り口…まさに地獄の門って感じね。真っ暗で」

 

現在地点は妖怪の山、その頂上。

温泉後の火照った体には、ここのひんやりした空気は心地良く感じる。

しかし"そうのんびりもしていられない"という今の状況が、心地良さに抜けてしまいそうな霊夢の気を再び引き締めた。

 

ふぅ、と短く息を吐き、地獄の門ーーもとい、山の頂上に空く大穴を見下ろす。

 

「………なんか、やだなぁ」

 

『嫌でも行くのよ』

 

「うぉわっ!? この陰陽玉喋るのっ!?」

 

突然、隣に浮く不気味な陰陽玉から声が放たれた。

独り言のつもりで言った言葉だったが、唐突に思いも寄らない反応をされて霊夢はビクリと体を震わせた。

そんな彼女の反応に、陰陽玉は呆れの溜め息を零す。

 

『はぁ…"陰陽玉"じゃないわ、私よ』

 

「…もしかして、紫?」

 

『それ以外に何があるの。 言ったでしょう、サポートするって。

能力を貸し出した程度ではサポートなんて言えないわ』

 

「ん…まぁ確かにそうね」

 

フム、と霊夢は納得した。

確かに、能力を貸し出すだけではサポートとは言わないかもしれない。

特に今回は、地底の事についてついさっき聞かされたばかりである。

スキマ能力が扱えるからといって、強力な鬼の巣窟に無知な霊夢を送り出すほど、紫も無慈悲ではないだろう。

何処か"ストン"とした納得を得、霊夢は一つ頷いた。

 

『さ、本当ならある筈の"天狗達との面倒事"もカットしてあげたんだから、さっさと行きましょう?』

 

「それはまぁ感謝してなくもないけど、サポートとか言い出すくらいなら自分で行けばいいじゃない」

 

と、半ば答えの出てしまっている質問を念の為してみる。

紫はそれに、半呼吸も置かずに返答した。

 

『私は万一の場合に備えて地上に居なければ行けないのよ。

それを抜きにしても"条約"に引っかかるから、どの道行けないのだけどね』

 

「じゃあなんで私は行ってもいいのよ」

 

『大義名分があるからよ。 例え何事も無かったとしても、こちらが疑念を抱くような行動をとった向こうに非がある。 博麗の巫女だからこその特権ね』

 

…つまりは、"何も無くても責任を押し付ける事ができるから、遠慮無く暴れられる"という事かーー。

計算高い紫の策に、霊夢は少しだけ"向こう側"への同情と呆れを感じた。

自分に面倒事が残らないのはいい事なのだが、その為に用いる紫の策がなんとも引き攣るエグさを持っている。

 

それでも、こうして自分の身の事も考えた上で乗り込もうとしている私は、やっぱり人間なんだなぁーー。

 

深淵へと続く大穴を見下ろし、霊夢はふと、そう思った。

 

『さぁ、行きましょう。 まずは地底の管理人、古明地(こめいじ)さとりの所へ向かうわよ』

 

「はいはい。行きますよーっと」

 

『"はい"は一回。 それと嫌そうな顔しないの』

 

「…分かってるわよ。 嫌っていうか、ちょっと苛立ってるだけ」

 

侵略なんて馬鹿な事考えてるなら、ちゃんと制裁を加えないとねーー。

 

霊夢はふわりと、真っ暗な大穴へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"力に溺れる"という言葉の意味を、火焔猫(かえんびょう)(りん)は目の前の友人を見て理解した。

 

その時ーーある強大な力を持った二柱の神が来るまで、自分達は何時ものように仕事をし、その合間で楽しく会話したりして過ごしていたのに。

 

"その時"が来て、神様に力を与えられた友人は、それを感じてこう言い放った。

 

 

『お燐っ! 私、地上を灼熱地獄に変えてくるよっ!』

 

 

お燐はただただ、唖然とした。

 

だって、当然だろう?

言い換えれば、共に遊んでいた一匹のウサギが突然"人間を皆殺しにしてくるよ!"と言ったようなものだ。

そりゃ、言われた側のウサギは唖然とするしかない。

何を言い始めたんだこの馬鹿ウサギはーーと、そう思うのが普通だ。

 

全く同じ理屈で、お燐もこう思った。

一体何を言い出すんだこの鳥頭はーーと。

確かに二人は妖怪だ。 でも、"たった"二人の妖怪だ。

方や火車、方や地獄鴉。 そりゃ人間相手には圧倒出来るだろう。

でも、地上には他の妖怪もわんさかといる。 言ってしまえば、二人の主人よりも遥かに強い妖怪だっているのだ。

 

どれだけ大きな力を得てもーーそれこそ、核融合なんてありえない力を得たのだとしても、きっと通用しない。 力をもらった程度でどうにかなる程甘い相手ではないだろう。

 

でもそれが、お燐の友人ーー霊烏路(れいうじ)(うつほ)には分からない。

だって彼女は、馬鹿だから。

 

目的も分からない神から力を貰って、調子に乗っているのが丸分かりだ。

まぁ確かに、その力の源となって彼女に取り憑いている(降ろされている)神様は格好良かったし、感じる力も怖いくらいに強かったけど、結局それは、空の力ではない。

彼女が調子に乗るのは、少しだけ筋違いというもの。

 

ーーでも、確かに力は強くなった。

 

一匹の地獄鴉として仕事をしていた頃より何倍も、何十倍も。

だから、その力が彼女自身の力ではないとしても、それを扱う彼女自身の目的は正直…笑い話にもなっていない。

 

だからお燐は、地上に合図を送った。

 

聞けば地上には、妖怪退治を生業とする巫女がいるそうな。

合図に気が付いて、調子に乗る空にキツいお灸を据えてくれれば、お燐としては万々歳だった。

 

あわよくば、同時に地上で暮らしているという"罰を与える神様"にも気が付いてもらえればーー。

 

まぁそれは、欲張りかにゃ〜。

お燐はすぐに思考を切り捨てた。

合図として使った怨霊は大量だった。

間欠泉と一緒に放ったので巫女が気が付かない訳はないだろう。

後は、待つだけ。

 

むしろ心配なのは、あの空の状態をどうやって主に隠し通すかだった。

その主は二人にとって育ての親も同然だ。 だから怒られるのは嫌だ。

お燐は、言えばきっと怒られると分かっていたのだ。

そして空がどう"処分"されてしまうのかが、とても心配だった。

 

だから、隠す。

巫女が解決してくれるまで。

 

今日もいつものように、お燐は主に挨拶をするべく彼女の部屋へと向かう。

ただその足取りは、何処か重そうなものにも見えた。

 

全く、世話の焼ける親友だねーー。

 

目の前の扉を開ける前に息を吐き、心で身構える。

彼女の前では、微塵も空の事を考えてはならない。

考えたら最後、一瞬でバレてしまう。

お燐は気を引き締め、普段の笑顔を仮面に変えて、扉を開け放った。

 

「おはようございます、さとり様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと底が見えてきた…」

 

『普通に降りると長いわね。 私はスキマが使えるから知らなかったわ』

 

「太るぞ妖怪」

 

『う…』

 

軽口を交わしながら、長かった大穴の底へと降り立つ。

霊夢の視界の先には、不思議な事にチラチラと灯りが見て取れた。

 

「…底は案外明るいのね。 道中は暗過ぎて土蜘蛛とか潜んでたもんだけど」

 

『地底世界よ? 元は地上にいた妖怪が集まっている場所。 灯り無しにどうやって生活するのよ』

 

「そこはまぁ…鬼特有の気合いとか?」

 

『まさか。鬼だって生き物よ。 精神論が通用するのは化け物みたいな生命力を持っている存在だけ。 鬼の中にだって脆弱な個体はいるわ』

 

「ふーん…」

 

紫の話を横に聞きながら、先へと進んでいく。

地底世界というだけあって、見上げる霊夢の視界の先は暗闇だけだった。

これじゃあ昼夜の感覚が狂ってしまう。 挨拶する時とかどうするのだろう?

歩みを進める霊夢は、真っ暗な空を見てふと、そんな何でもない感想を抱くのだった。

 

街の喧騒が微かに聞こえてくるくらいまで近付くと、霊夢は前方に橋がある事に気が付いた。

 

「なんでこんな所に橋が? 暗くてよく見えないけど、谷でもあるのかしら?」

 

『あるわよ、谷。 元々は地獄の業火が噴き出していた部分ね』

 

「……実際に見るとなんか生々しいわね。 本当にここが灼熱地獄だったって考えると…」

 

『そう思うのが普通でしょう。 何せここは、あなた達人間が死んでなお罪を責められ続ける場所なのだから』

 

「…………さっさと解決して、ここを出ましょうか」

 

霊夢は、自分が地獄跡に来た、という事実に少しだけ気分を悪くした。

さっさと出ないといつか吐くかも…。

そんな先の事を頭の隅で考えながら、霊夢は歩む速度を少し上げた。

 

そして、丁度橋に足を踏み入れた直後の事。

そんな彼女の耳に、何処かどんよりとした暗い声が入ってきた。

 

 

 

「妬ましい…妬ましいわ…」

 

 

 

「っ! ……な、なに?」

 

突然聞こえた不気味な声に、霊夢はピクリと肩を震わせた。

恐る恐るといった具合にそちらを見ると、そこにはーー緑色の目を光らせる少女がいた。

 

……こちらを覗くように身を隠して。

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

「……えっと…紫、あの子すごく怖いんだけど」

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

『んー…あれは橋姫ね。 放っておいていいと思うわ』

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

「そ、そう…。 じゃあ…行きましょうか…」

 

触らぬ神に祟りなし。

霊夢はあの少女に関わる事を遠慮した。

だって、こちらをじっと見つめながらずっとブツブツと何事かを呟いているのだ。

どう見たって関わったら面倒な相手だと思うだろう。

 

 

だが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「妬ましいわ…! 私に気付いていながら無視しようとするそのスルースキルも…!

パルパルパルパル…」

 

「うっ…」

 

話しかけられた…!

霊夢は内心で"しまった!"と頭を抱えた。

だって、話しかけられたら反応するしかないではないか。

霊夢自身、あからさまに人を無視するほど落ちぶれたつもりはない。

なので話しかけられる前に通り過ぎたかった、というのが彼女の本音である。

何せ、見た感じ非常に面倒くさそうなんだもの。

 

だが、時既に遅し。

少女にそんなつもりはなかっただろうが、霊夢は見事に逃げ道を潰された。

引き攣りそうになる顔を必死に笑わせて、未だこちらを覗き続ける少女へと振り返った。

 

「えっと…何か用かしら…?」

 

「"何か用"…? あなた本気で言ってる? その能天気さも妬ましいわね」

 

「………………」

 

ああ、コレ完全に当たり引いたわ。

確実に面倒なヤツだわ。

心中でそう呟いた霊夢は、無意識の内に目の端をひくつかせていた。

 

「ここが何処だか分かってるの? あなたが何者かは知らないけど、この先へ行くのはオススメしないわよ」

 

「あ…えっと、忠告してくれてるのかしら?」

 

「それ以外にどう聞こえるの? 本当に能天気なヤツね、妬ましいわ」

 

「(…………ああ、あれ口癖なのか)」

 

"妬ましい"とは如何やら、本当にそう思っているわけではなくーー本当に思っている可能性もあるがーー彼女の口癖の様だ。

それにしては頻度が多いなとは思いながらも、霊夢は未だに少しだけあった恐怖感をわずかに拭った。

理由が分かれば問題ない。

一番怖いのは、自分が何に嫉妬されているのか分からない事である。

 

 

ーーともあれ。

 

 

「………悪いけど、引き返すわけにもいかないのよ」

 

霊夢は、キリッとした目付きで少女を軽く睨み返した。

ここで足止めを食らっている時間はない。

ある意味では、たった今この時にも幻想郷は危機に晒されているようなものなのだ。

異変時の博麗の巫女の意思とは、恐らくどんなものよりも大きく(したた)かである。

 

「こっちは用事があってここに来たの。 通らせてもらうわよ、橋姫さん」

 

再び歩き出す。

相変わらず道は暗いし、橋の下は覗き込むのも憚られる程深い谷。

たが街の灯りはもう直ぐそこだ。 霊夢が進むのに何らの躊躇いもなかった。

 

 

ーーそう、少女が目の前に立ちはだかるまでは。

 

 

「…言ってるでしょう? こっちは用事があって急いでるの。

あんたの訳わかんない嫉妬に付き合うのはまっぴら御免なのよ」

 

「強気な所も妬ましいけど、その無謀さは妬ましくないわ。

この先は鬼の巣窟。人間程度じゃ軽く捻り殺されてお終いよ」

 

「知ってるわ。 鬼の巣窟になってる事も、鬼がどれだけ強いのかも。

でもそれは、私が引き返す理由にはならないの。 …博麗の巫女を嘗めないで」

 

スッと、霊夢は大幣とお札を構える。

所謂戦闘態勢。 霊夢は既に、押し通る気満々であった。

 

そして少女は、何処か得心行ったという感じに一つ頷いていた。

 

「ああ、あなたが博麗の巫女ーー博麗霊夢か。 弾幕ごっことかいうお遊びを広めたがってた"お子ちゃま"の」

 

「誰がお子ちゃまよっ!」

 

「お子ちゃまじゃないの。 決闘をそんなお遊びにしようなんて考えるのは、痛みと怖さを知らない子供のする事よ」

 

少女は少しずつ宙に上がっていく。

その目はますます不気味に光り、その身体からは妖力が迸り始めていた。

 

「私は水橋パルスィ。 あなたの言った通り、橋姫よ。

私はね、ここを通るヤツ結構選ぶのよ。 弱いヤツを通すと、向こうの街を占めてる鬼にあーだこーだ言われるからね。面倒くさいったらありゃしないのよ」

 

心底面倒臭そうな表情で少女ーーパルスィが言い捨てる。

きっと本当に面倒なのだろう。 霊夢だって萃香という鬼の相手をしてきて幾度となく思った事である。

絡み方がウゼェ、と。

 

ただ、それはそれである。

霊夢にとって、パルスィの言い分などは如何でもいい。

共感はするが、それで進むのを諦めたりしない。

霊夢は敢えて、パルスィに不敵な笑みを向けた。

 

「……あら、私は強いわよ? 伊達に妖怪退治してないもの」

 

「それは今から、私が確かめてあげる。

この際あなたの用事とかは如何でもいいのよ。問題なのはあなたの強さだけ。私が認められるくらいあなたが強かったらーー」

 

 

 

ーーそれはもう、妬ましい限りね。

 

 

 

その言葉をきっかけに、橋上の弾幕勝負が始まった。

 

 

 

 

 




書く事ホントにないです最近……。

ではでは。

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