東方双神録   作:ぎんがぁ!

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"それこそが天罰神"

ではどうぞ!


第百五十四話 切られた火蓋

幻想郷には、山が多数ある。

 

とは言っても、決して広くはない限られた空間内にある山だから大きさなどは高が知れているし、数も言うほど多くはない。

ただその中でも妖怪の山だけが突飛出て高い為、幻想郷で"どんな山がある?"などと訊かれれば、十中八九妖怪の山の事が話に出るのだ。

 

そういう意味では、"幻想郷には山が多くある"というより、一回り小さい"丘が(割と)多くある"と言った方が、正しいかもしれない。

 

そしてその幾つもある丘の一つーー幻想郷が広く見渡せる丘の一つに、空に立ち込める妖力の中心があった。

 

 

 

「………霊夢達はどうした?」

 

「……答える必要は無いわ。あなたが正気に戻ってくれると言うなら答えてあげるし、いくらでもあの子との時間を作ってあげるわよ」

 

「はっ、遠慮しよう。オレは別に、あいつとイチャイチャしたい訳じゃない」

 

そう言いながら、駆けつけた紫達に背を向けて幻想郷を眺めていた少年ーー神薙双也がゆっくりと振り返る。

 

 

 

 

ーーその姿に、紫は絶句した。

 

 

 

 

「あなた……まさか…」

 

「あぁこれか。どうやら、代償で侵食され(・・・・)てってる(・・・・)みたいだな、西行妖に」

 

振り返った双也は髪が半分、輝く様な白から暗い灰色へと変わり、その片目が濁った桜色に染まっていた。

 

紫には、その意味がすぐに理解出来た。

西行妖の力、双也の能力、その他の因果関係……それらを一瞬で加味し、導き出した答えは彼女にとって驚くべき事で……同時に、如何あっても理解出来ないだろうと、決め付けるに値する物だった。

 

「〜〜ッ 何故そこまで……自分を死に晒し(・・・・・・・)てまで(・・・)、何故皆を殺そうとするのッ!?」

 

その瞳に一粒涙を溜めて、紫は叫んだ。

 

双也は今、西行妖の力を操る事ができる。彼女が不思議に思ったそれの答えの鍵は、"双也の能力"だった。

 

彼の能力は、"繋がりを操る程度の能力"。

様々な物質や概念を、断ち切ったり結合させたりする事ができる。

 

ーーそう、結合できる。

 

つまり、二つのものを一つにする事ができる。

 

双也はこの結合の能力を使って、西行妖の(・・・・)妖力と自分自身を結合させている(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

封印が壊れて、ただ溢れ出しただけでは暴走するだけだ。無闇矢鱈に死を振りまき、制御なんて出来やしない。

操る為には、その力を自身のものとする他無いのだ。

 

しかしその妖力は、元は全く違うーーむしろ生物にとってこの上無く害悪な物だ。いくら結合させたとて、その能力自体を抑え込む事は出来ないし、むしろ自身にすら影響する。

それは、無限に近い時を生きることができるーーしかし終わりのある生を持つ彼にも、言えることだった。

 

 

故にーー双也すらたった今、寿命に向けて侵食されているのだ。

 

 

幻想郷の生物を皆殺しにする、その代償に。

他の者達とは、桁違いの速度で。

 

 

そうして必死の思いを叫ぶ紫に、双也はただポツリとーーいつかの異変の時のように、実に軽く呟く。

 

「何故ってそりゃーー

 

 

 

 

 

それがオレの成すべき事だからだ」

 

 

 

 

 

冷酷無情。残忍冷徹。

そんな言葉を、彼の一言から皆が連想した。

 

「さぁ、こうして駄弁りに来た訳じゃあないだろ? お前達にはあんまりこの妖力は効かないみたいだし……」

 

 

 

 

ーーオレが直々に、葬ってやる。

 

 

 

 

抜刀音が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁあっ! 切りがねぇぞっ!」

 

表情を歪めて叫ぶ悪態と同時に、彼女特有の星形弾幕が空を駆ける。

流星と見間違う様な弾幕は、目の前で人間達を襲う黒い怪物に向けて吸い込まれる様に飛びーーその身体を、貫いた。

 

「一体どれだけいるんだあの黒いのは……って、どうせあの雲から出てきてるんだろうなぁ…」

 

疲れた様な、苦々しい様な、そんな決して明るくない声で呟き、空を見上げる。

黒々と空を覆う雲は、今は日が出ている時刻のはずなのに、その太陽光を少しだって通してはいなかった。

 

その雲からは不吉な黒い雷が絶え間無く降り注ぎ、そこから現れた黒い木の怪物は休むこと無く人間をーーいや、人間に限らず妖怪も含めて襲いかかっている。

しかも生半可な攻撃じゃ倒しきれないという所が(たち)が悪い。

少し強いだけの人間では、歯が立たないどころか蹂躙されるだけだ。

 

何より厄介なのは、あの雲から放たれる死の瘴気。魔理沙自身、得意ではない上に超高度な"時空魔法"の一端を用いて防いではいるが、元々長く保つものではない。

"せめて結界が使えればなぁ"なんて思うくらい、切羽詰まった状況である。

 

「全く…こんなの、地獄絵図じゃねぇか…」

 

瘴気、雷、怪物。

一瞬で命を奪い去っていくそれらが蔓延したこの幻想郷。

彼女の他に、人間達を援護してくれる者達がいる事は気が付いていたが、その人数も多くはない。守り切れない部分があるという事は、既に犠牲者も相当数………。

 

悲鳴と嘆きと悲しみと。

そんな悲痛極まる叫びすら聞こえてくる眼下の光景に、呟いた魔理沙の一言は、みるみるうちに叫びや悲鳴に溶けていった。

 

「こんな事して、何になるってんだよ、双也……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開けた丘の上に、弾幕が走る。斬撃が走る。

 

飛ばされたクナイは呆気なく弾かれ、

薙刀の連撃は軽くいなされ、

真紅の槍は打ち砕かれ、

高出力のレーザーさえ容易く両断される。

 

幻想郷で最も強いと言っても過言ではない四人を相手に、双也はしかし、圧倒していた。

 

「四人掛かりでこの程度かぁ!?」

 

「くっ……!」

 

不思議な事では、決してないのだ。

双也は天罰神で、挑む四人は言わば咎人。そこには絶対的な力の差があり、その"差"は最早、この世界の秩序と言ってもいい。

 

全てを裁く権限と力。

それを持つ天罰神に、咎人は反抗することを許されない。

どんなに咎人が強力な能力を持っていようと、膂力を持っていようと、知慧を持っていようと、それを上回るのが天罰神であり、裁く者としての絶対条件。

その絶対条件を悉く満たす為にあるのが、"罪人を超越する程度の能力"なのだから。

 

「潔く…裁かれろッ!!」

 

「ざっけんじゃないわよッ!!」

 

叫び、弾く。

傘と刀で鍔迫り合いをしていた幽香は、明確な怒りでその力を振るい、双也を弾いた。

 

"体勢が崩れた!"

幽香は追撃とばかりに、隙間の殆ど無い妖力弾を飛ばし、その足に力を込めた。

ガゴッと地面の砕ける音がする。

その音を聞き流して前を見据えた幽香はしかし、踏み出すことができなかった。なぜならーー

 

 

双也は既に、彼女の腹を斬り抜いて背後にいたから。

 

 

事前に放たれた妖力弾は掠る事さえ無く、あろう事か一瞬で距離を詰めて反撃してきたのだ。

驚愕を孕ませた表情で振り返ろうとした幽香の腹に、双也は痛烈な回し蹴りを浴びせ、実に軽そうに吹き飛ばす。

 

が、ただで吹き飛ばされるのも勿体無い。

幽香はどうにか身体を捻り、軋む身体をそれでも無視して、双也へと弾幕の置き土産を残して吹き飛ばされた。

 

ズドドドドドッ!!

 

空気が爆ぜるような音が響き、双也を中心に土煙が立ち込める。

それでも足りないと、まだ終わらないだろうと、煙の中のシルエットに向けて、猛烈な速度で飛び掛かる影が二つあった。

 

「夢刀『閃天朧牙』ッ!!」

 

「夜符『バットレディスクランブル』ッ!!」

 

霊那とレミリア、二人は双也を間に挟む形で、両方向から大技を叩き込んだ。

霊那の霊力を纏った鋭い突きと、レミリアの妖力を纏った悪魔の爪が、彼を一気に引き裂かんと衝突し、激しい衝撃を生み出して炸裂する。

ただでさえ強力な技のぶつかり合いに、土煙に加えて激しく閃光が駆け抜けた。

 

その光、そして煙が晴れていくと。

 

 

 

「ぐっ…ううっ…!」

 

「う、そっ!?」

 

 

 

二人の攻撃は、あまりにも呆気なく受け止められていた。

 

防御結界とか、相殺とかならまだ良かったろう。強力な技には強力な技で対抗する。どんな戦いにだって通用する、定理とも言える戦法。それならば、霊那にもレミリアにも、防がれたなりの理由に納得ができる。

しかしあろう事か、双也はレミリアの攻撃を柄で、霊那の攻撃を素手(・・・)で受け止めていた。

 

何処までも余裕で。何処までも嘲って。

 

「……良い技だとは思うけど…緩い」

 

そう放たれた言葉に、二人は戦慄した。分かってはいた事であり、覚悟もしていた事だったけれど。

改めて戦慄した。

 

"理不尽なまでの強さ"

 

その言葉の何たるかを、目の前で見せつけられた気分だった。

片や先代博麗の巫女、片や上位妖怪の吸血鬼。

それが、この様。

それが、この差。

 

挫けそうになるほどの衝撃に反応が遅れ、二人は旋風のような結界刃で斬りつけられ、吹き飛ばされた。

 

ーーと、その瞬間。

 

双也を中心に、結界が張り巡らされた。

一枚、二枚、三枚…双也の瞬きの瞬間に、それぞれが相当な力を込めて張られた結界が、計四枚で彼を包囲する。

 

「喰らいなさい! 境符『四重結界』ッ!!」

 

紫の宣言と共に、結界の内側が眩い光に満たされる。

攻撃の強力な調節を効かせた結界は、ごうごうと地響きの様な音を鳴らし、やがてーー光の炸裂によって、爆音を響かせた。

まるで爆弾を落としたかの様な土煙が立ち昇る。その爆心地であった丘の地面はクレーターの様に抉れており、紫の技がどれだけ高威力なのかーーひいては、彼女がどれだけ本気なのかを刻々と表していた。

 

しかしーー。

 

 

 

 

「こんな技じゃあ何にも効かないなッ!! これがお前らの全力なのか!? ガッカリだ!」

 

 

 

 

「っ……あれでもダメなの…」

 

それは、実に無情な声音をしていた。

最強の妖怪たる八雲紫の大技。誰が見ても、あの威力はまともではない。それこそ化け物の所業だ。

 

"あれを自分が食らったとして、どうなるか"

もちろん粉微塵になるだろう。

皆がそう考えた。それだけ大きな威力を持っていたし、あれに耐え切れる者などごくごく僅かだろう事は容易に想像できる。

 

ーーしかし、だからこそ、双也を畏怖してしまう。

 

あれ程の技を食らって笑っていられるなど、最早"自分たちよりも強い"なんて言葉では括り切れない。

双也との格の違いに絶望の陰りが見え隠れする。

彼が強いのは知っていた、それでもこれは……。

やりきれない気持ちになり、双也へと声をあげたのは、霊那だった。

 

「双也さん! こんな事やめて下さいっ! こんな事本当は望んでいないのでしょう!?」

 

「嫌だ、やめない。生きる者すべてに罰を与えるまで、オレは止まらない」

 

「なんでそんな事言うんですかっ!? 双也さんは、みんなを殺そうだなんて望める人ではありません!! よく知っています!」

 

何時だって笑っていた双也。母との事に気を病んで、痛む心を抱えて謝ってきた双也。

霊那はそんな彼の姿を思い浮かべた。双也はそんな、残忍な人間ではない。心温かな、優しい人間である、と。

 

しかし。

 

 

「お前に何が分かる…!」

 

 

双也は鋭く、霊那を睨んだ。

 

 

「望んでるさ。オレも、俺もな。だってオレは、俺の為にやってるんだから」

 

 

「………………?」

 

"何を言っている?"

三人(・・)の表情には、そんな言葉が滲み出ていた。双也は一人であり、今戦っているのも一人であり、幻想郷にこんな異変を起こしたのもまた、一人だ。なのに彼は、まるで他人の様な口を利く。その事が、どうしようもなく解さなかった。

ーーそう、ただ、紫だけを除いて。

 

 

「さぁ続けようぜ。尤もここからは…一方的な"処刑"でしかないけどな」

 

 

幻想郷に、更なる影が落ちる様だった。

 

 

 

 

 




そろそろ、双也の事も予想できるくらいにヒント出ましたかねー。

ではでは。

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