ではどうぞ!
「夢炮『夢想封印』ッ!」
周囲に浮かぶ八つの光珠から、七色に輝く砲撃が放たれる。
極限まで洗練されたであろうその技は、空を切り裂いて真っ直ぐ飛びーー立ち込める暗雲に、
「チッ…」
その様子を落下ながらに見た先代博麗の巫女、博麗霊那は、顔を顰めながら舌打ちし、地上に着地する。
その隣には、苦虫を噛み潰したような表情で空を見上げる蓬莱人、藤原妹紅が佇んでいた。
「ダメみたいだな、霊那」
「みたいですね、妹紅さん。あの雲、分厚いだけでなく妖力自体もとても強力……普通の技じゃ、呑み込まれてお終いです」
頬に冷や汗を垂らしながら、霊那は妹紅に返答した。
「どうする…私は寿命が無いから効かないが、里の人間達はどんどん倒れていってる…あんたも長くは保たないだろ?」
「そうですね……結界にも限度がありますから、もう少しすれば破れてしまいます」
「早いとこ打開策を見つけたいが…こうも私達の技が通用しないとな…」
「………………」
現在、人間の里には"死が充満している"。
というのは、西行妖の妖力を感じた事のある霊那の例え言葉なのだが、この状況を説明するならば、まさにピッタリの言葉だ。
妖力が空を覆い、その力が内側に満ちた事で、"特別それを避けられない者達"がとんでもないスピードで寿命に近付いているのだ。
まだ小さい子供達なら、少しの間ならば大丈夫ではあるが、大人はもちろん、お年寄りなどは次々と倒れて、今にも息を引き取りそうな状況だ。
里で唯一結界を扱う事の出来る霊那は、それで自身を守りつつ、駆け付けた妹紅と共にその原因である妖力の雲ーーいや、
里の人間達を結界で守る事も考えた。
だが、いくら里が小さいと言っても、その人数は四桁では収まらない。
一人守るのにも相当霊力を使うというのに、そんな量を霊那一人ではとても補えないのだ。
「くっ……こんな歯痒さを覚えたのは
「…泣き言言っても始まらない。今だってどんどん被害が増えていってるんだ。……行くぞ霊那!」
「…はいっ!」
二人の同時に飛び上がり、グングンと高度を上げる。
妹紅は炎を、霊那は薙刀を構えて、立ち込める死の雲に向けてーー
「夢刀『朧薙』!」
「不滅『フェニックスの尾』!!」
ーー解き放った、瞬間だった。
「ッ!! 危ないッ!!」ドンッ
「!?」
ドガァァアンッ!!
霊那を庇い、彼女を突き飛ばした妹紅は、死の雲から放たれた"黒い雷"に直撃した。
「妹紅さんッ!?ーーくっ!」
妹紅への一撃を皮切りに、黒雷は次々に降り注ぎ始めた。
それは霊那付近だけではなくーー確かに彼女の周囲の方が量は多かったがーー里中……いや、幻想郷中に降り注いでいる。
こんな状況の為、里の人間達は大多数が家の中に籠っている。時間の問題だとは思うが、黒雷が家を貫かない限り被害が増えたりはしないだろう。だが、家の中も危険だと判断して逃げ出し始めた人間達も少なからず存在する。人間の里は、最早大パニック状態だ。
ーー主に外にいるであろう妖怪達は、分からないが。
外に居ては良い的だ。そう考えた霊那は気休めながらに物陰に隠れ、妹紅を下ろした。
「妹紅さん! しっかりして…くだ、さ…」
ーー肌が冷たい。
「まさか…」
顎下の脈を取る。しかし、少しだって動いてはいない。
彼女は確かに、
「うそ…」
霊那は、その端正な顔を驚愕に染めた。
しかしそれは、妹紅が"死んでしまった事に"ではない。霊那だって、妹紅が不老不死である事は既に知っているのだ。なら、何に驚愕したか。
それは、幻想郷の中でも上位の実力を持つ妹紅が、"一撃で死んだ事に"である。
今も死の雲の中でゴロゴロと音を立てている黒雷は、落雷の瞬間でも、正直に言ってそれほど驚異的な物は感じられない。
スピードから迫力まで、なんなら自然災害の落雷の方が強力と言えるだろう。
ーーという事は。
「まさか…あの雷……」
喰らえば、即死する…?
そう思い至った刹那、霊那は強く腕を掴まれた。
「ッ! 妹紅さん! 生き返ってーー」
「言ってる場合か! 上見ろッ!」
「ッ!!」
咄嗟に見上げる。すると、バチバチと音を立てる黒雷が、二人の真上で放たれた瞬間だった。
"避けられない"
霊那の頭にも、妹紅の頭にも、全く同じ言葉が浮かび上がった。
いくら速くないと言っても、それは自然災害の落雷と比べてだ。落雷というだけあり、一般には十分速いと言える速度である。
反応が出来れば避けられるが、逆に、反応が遅れれば避けられない。
霊那は、反応が遅れた。
「ッ…」
しかし、二人を襲ったのは衝撃でなく、
「全くもう…
「師匠っ!」
落ちた先。そこには、霊那にとって育ての親であり師匠である、八雲紫の姿があった。
「あれくらい結界で防げば良いでしょう? 何を学んできたのかしら」
「う、すみませーー」
「んな事言ってる場合か! なんか出てきてるぞ!」
妹紅の忠告を聞き、紫は不敵な笑みを崩さずに前を見据える。すると、彼女達三人の目の前には、黒雷の他に、そこから出てきたであろう"黒い木の怪物"が佇んでいた。
怪物は間髪入れず、その細い枝のような腕をビュンッと振るって仕掛けてくる。その先の尖った腕の攻撃は、細さには似つかわしくない強かさが見てとれ、貫ぬかれればタダでは済まないと、明確に語っている。
その鋭い先端が、紫を貫かんと迫ったーー刹那。
「斬れぬ物など、あんまりな〜いッ!!」
ザザザンッ!
そんな言葉とともに、鋭い刺突は見事に斬り飛ばされた。刎ね飛ばされた枝は、まるで黒い粒が舞うように、はらはらと宙へ舞っては消えていく。
「ナイスよ妖夢。触れたら即死する様だけど上手くいったわね」
「ッ!? 先に言ってくださいよそういう事はっ!!」
「半分死んでるのに?」
「半分生きてるからですっ!」
どこかからかう様な紫の言葉に、現れた剣士ーー魂魄妖夢は、心外とばかりに文句を叫ぶ。
そんな問答を繰り広げる二人の前では、木の怪物が既に攻撃態勢を整えていた。
「幻符『殺人ドール』」
しかし、突如飛来した大量のナイフが、嵐の様に怪物へと殺到し、その禍々しい身体を蜂の巣にしていく。
それでも消え切らなかった怪物はーー
「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」
真紅の槍の一撃によって、粉々に砕かれるのだった。
その破片は切り飛ばされた枝同様、黒い粒となって空へと帰っていく。
それを見届けながら彼女達の側に降り立った二人ーー十六夜咲夜とレミリア・スカーレットは、緊急事態にも関わらずにどこかおちゃらけた雰囲気を醸す紫と妖夢に、それぞれ言葉を掛けた。
「気を抜かないでください二人共。ふざけている場合ではないんですから」
「ここに来るまで里を見回してみたけど、あちこちであの黒いのが現れて人間達を襲ってるわ。魔理沙はそっちの援護に回ってるみたいね」
そう言いながらレミリアが移した視線の先では、星型の弾幕の流れ弾や、マスタースパークと思われる極太のレーザーが放たれていた。
幻想郷の全ての生命が危機に晒されていると分かり、流石の魔理沙も焦っているのだろう。少し荒さの目立つ攻撃である。
「………なるべく頭数は増やしたいところだけど、黒い木を倒さないと被害が増えるばかり……本末転倒よね」
レミリアの言葉に、皆一概に頷く。
その提案を良しと考えた紫は、その視線を、霊那へと移した。
「霊那、聞いてくれるかしら」
「…はい」
「今から私達は、この異変を起こした張本人……双也のところへ向かうわ」
「…え? 双也さん……ですか?」
目を見開いて驚愕する彼女に、紫は語りかける。
「ええ。今の双也は、おかしくなってしまっている。西行妖の力すら使って、この世界の生き物全てを殺そうとしているのよ」
「………これを……双也さん、が…?」
"とても信じられない"
霊那の瞳から、紫はそんな気持ちを感じ取った。
死に誘う雲は今も黒々と空を覆い、
触れれば死んでしまう雷は絶え間なく降り注ぎ、
目の前のものを悉く殺そうとする木の怪物は今も里をーー幻想郷を徘徊している。
本当に全ての者を死に追いやろうとしているという事は、この惨状から嫌という程に伝わってくる。でもそれが双也の仕業だという事に、霊那の心はついていかなかった。
瞳が揺れ動き、気持ちが定まっていないであろう霊那に、紫は優しく…しかし決意に満ちた声で語りかけた。
「いい、霊那? 私は、どんな手を使ってでも双也を止める。彼が望んでこんな事をする訳がないもの。例え望んでいたとしても…双也の手を、こんな事で汚させたりはしない……その為には、あなたの力もきっと必要なの。………分かるわね」
「……………………」
霊那は見開いた瞳をそのままに、真っ直ぐ紫の瞳を見つめ返した。
紫の真剣な眼差しに、霊那もひしと、彼女の決意の強さと、双也を信じる心の強さを感じ取る。
「…………そうですね。私も、双也さんが望んでこんな事をするとは思えません。誰よりも失う痛みを知っているはずの双也さんが、こんな事……出来るはずがないんです」
ーー私にも、手伝わせてください。
紫は微笑み、頷いた。
差し出された彼女の手を借り、ゆっくり立ち上がると、霊那は落ちてしまっていた愛用の薙刀を拾い、ドンッと地面に突き立てた。
「…さて、そうしたら……」
紫は、気合を入れ直す霊那を見届けた後、その視線を皆へと移した。
彼女らの視線は、言葉を発した紫をへと、しっかりと集まっている。
「妖夢、咲夜……あと妹紅だったかしら? あなた達には、ここに残ってあの木の怪物の相手を頼むわ。……双也の能力は掛かっていないようだし、まだやりようはある筈よ」
全員で行っては、人間達が死ぬばかり。双也を相手にするにあたって、人数は多ければ多い程良いが、人間達を守れなければ意味が無い。
紫の人選は的確で、それに反論する者は誰もいなかった。
ただーー本当にこのメンツだけで良いだろうか?
さすがの紫も、その懸念だけは消えなかった。
…………その直後。
「あらあら、そんな物騒なメンバーでどこに行くつもりかしら、妖怪の賢者さん?」
突然響いたその声に、問いかけられた紫は皮肉交じりに呟いた。
「…どの口が物騒だなんて言っているのかしら。あなた程物騒な妖怪を私は知らないわ、風見幽香」
ストッと、彼女らの側に降り立ったのは、普段太陽の畑で静かにしているーーしかし侵入者には容赦の無い無慈悲な大妖怪、風見幽香だった。
ーーしかし、振り返った紫は、普段とは違う彼女の雰囲気に、少しばかり戸惑った。
「……あなた、何故そんなに
普段の彼女は、自分…もしくは花達に危害が加えられない限り、極静かに暮らしている。
花の水やりや土弄り、紅茶を飲んだりと実に優雅だ。
だが今の彼女はーー何時に無く不機嫌な表情を顔に貼り付け、その強大な妖力を荒々しく迸らせていた。
「……言わせないで頂戴。私はこの底知れない怒りをこの異変の犯人にぶつけるって決めたのよ。あなたに当たってる余裕は無いの…!」
「っ……」
その尋常ではない怒りっぷりに、紫は目の端をピクリと揺らした。
そして一つ、彼女の怒りの度合いから理由を導き出した。
"大方、あの花達が枯れてしまったのでしょうね…"
ドス黒い雲を見て、思う。
あの雲が死を充満させているとしたら、それは太陽の畑に広がっている花達にも少なからず影響を与えているだろう。
植物だって生き物だ。その生き物を悉く殺されていたのだとしたら、幽香が怒るのも当然だ。いや、"怒る"というのも生温い。"怒り狂っている"のだろう。
「あなた達も、あの妖力の中心に向かうのかしら?」
「ええ。恐らく、あそこに異変の犯人
ーー双也がいるわ」
「っ!…………へぇ」
幽香の表情が、ニヤリと歪んだ。
「私は行くわ。あなた達、邪魔だけはするんじゃないわよ」
ズドンッ!
幽香はそんな衝撃が走る程強く踏み込み、真っ直ぐ妖力の下へと飛んでいった。
敵に回れば恐ろしくて仕方ない彼女も、今は味方と見て良いだろう。
その事に少しだけ頼り甲斐を感じ、紫を始め、数人が微笑む。
「さぁ、私たちも行きましょう。………覚悟、しておきなさいな」
プゥンと、霊那とレミリア、そして紫の真下にスキマが開く。
それは言わば、決戦への門。
双也という絶対的な強者の下に、友人の下に。
三人は決意を固め、そのスキマの先を睨んだ。
そろそろ、"東方死纏郷"ってサブタイトルの意味、分かって戴けたでしょうか?
ではでは。