では、どぞ!
「理解したかの。双也がどんな想いで前世を終えたのか」
竜姫の言葉が、皆の胸を射抜いた。
そしてその一人一人が、そうした双也の生い立ちに想いを馳せた。
ーーとても…辛かったでしょうね…。
庭師は。
ーーつまらない人生、か。分かってやれない事も……いや、無理だな…。
魔女は。
ーー双也にぃ……。
巫女は。
それぞれがそれぞれの事を思い、しかしそれらはほぼ、"彼の過去に同情する"という形で纏まっていた。
ただーー
「…あの、それなら何で、私は双也さんと出会っていないんですか?」
二人目の現人神だけは、違った。
その表情に彼への同情が無いわけではない。ただーーなまじ自分の話すら出てきてしまった為に、疑問の方が強く出たのだろう。
問われた竜姫の表情は、薄く曇っていた。
「……それが、私の過ち…じゃよ」
"紫ならば、予想はついているだろう?"
竜姫はそう言葉を区切ると、紫へと目配せをした。
対する紫は、頷く事も返事をする事もせず、ジッと竜姫を見つめ返す。
フッと視線を戻すと、竜姫はその唇を重そうに、ゆっくりと開いた。
「…この世界はの、あやつにとっては、
「…パラレル、ワールド…?」
早苗は、竜姫の言葉を小さく反復した。その表情は、困惑の意を強く表している。
「パラレルワールドって言ったら…平行世界、もしもの世界…だったかしら?」
「その通りじゃ」
レミリアの言葉を一言肯定する竜姫。
その目を細めながら、言葉を続けていく。
「私の能力は、"次元を統べる程度の能力"。あらゆる次元を掌握し、
「…何故そんな事を?」
「タイムパラドックスを防ぐという意味合いもあったが…主には、"今までの関係を全て断ち切り、改めて新しい人生を歩んで欲しかったから"じゃ」
"じゃが、それが間違いじゃった"
そう付け足すと、竜姫は周囲からでも聞こえる程の歯軋りをした。
前髪で影にはなっているものの、その表情はおそらく、後悔に満ち満ちているのだろう事は、容易に想像できる。
ーー竜姫は、双也の事を息子のように思っている。
その能力によって、双也の元の世界をも統べているーーあくまで違う世界なので名前だけは少し弄っていたがーー竜姫にとって、それはある意味、彼をこの世界へと
転生とはそもそも、死んで肉体から離れた魂を、新しい記憶と身体に入れて現世へ送り出す事である。
例外の転生者として、記憶を引き継いだ状態で転生した双也でも、なるべくならば、その掟とも言える理に則らなければならない。
そういう意味で、竜姫は敢えて、その能力の元に双也を別次元へと飛ばした。
記憶は引き継いでも、過去の生はそれとして、新しい生もまたそれとして、"この世界"を楽しんでもらいたい、と。
しかし、この時の竜姫は、双也が早苗に依存している事を知らなかった。
全く関係の無い世界だったならば、問題は無かったろう。
双也だって、死んでしまったからには割り切っていた。早苗から貰えるだけの温かさを既に貰っていた双也は、"自分が早苗の前から消えてしまったのならば、最早どうしようもできない"と考え、ある意味心を独立させる事が出来ていた。
ーーだが、彼が転生した世界には、稲穂が存在した。
見た目も性格も雰囲気も、全てが早苗と良く似た、正真正銘、早苗の先祖。
そこで、"もしかしたら早苗に会えるかもしれない"と
それを糧にして生きながらえてきた部分も確かにある。そのお陰で救われた事すらある。しかし、その結末に心が砕けてしまうのでは意味が無い。
"このままではマズい"
双也の前世を理解した竜姫は瞬時に思った。
この世界には、双也という存在は元々居ない。ならば、早苗と出会っても、彼女は双也の事を知るはずがない。
…果たして、双也の心はそれに耐えられるだろうか。
最高神と言われる竜姫にとって、答えを出すのは実に容易だった。
ならば、双也を転生させた責任として、私があやつを救ってやる他ない。
それが過ちを犯した自らの、双也への償いであり、誓いとなった。
「…私はあやつに、平和に生きて欲しかった。できる事ならば、双也と早苗を会わせたくはなかった。……じゃが、こうなった以上は、あやつを救う事に専念する」
竜姫の言葉は、強い強い決意に満ちていた。
"ああ、本気なんだ"と、皆に思わせるには、十二分の力が篭っていた。
「……ええ、やってやろうじゃないの。双也にぃをあんな状態にしておくわけにはいかないわ」
「そうだぜ! あいつにはまだ借りがあるし、それを返す時が来たってもんだぜ!」
「私達姉妹を救ってくれたのだから、今度は私達が救う番ね」
「はい、お嬢様」
「きっと救ってみせます! ね、紫様!」
「…そうね」
皆がそうして意気込む中、紫だけは、少しばかり冷ややかな空気を纏っていた。暗い空気ーーとは少し違う、どこか不安の漂う空気である。
"そんなに上手くいくのだろうか"
そんな、紫らしくもない弱気な気持ち。
ただ、その場の空気を読めないほど沈んでいる訳ではない。
せっかくいいムードになってきたこの場を白けさせない為に、紫は竜姫に一つ、質問をした。
「それで、龍神様…双也を救う方法とは…?」
すると、竜姫はキョトンとしたように目を見開き、すぐに目を細めて、少しの憤りすら篭ったような視線を紫に向けた。
「……お主は…
「…え?」
「お主が最も、あやつの近くに居たのだろう?」
「…………?」
全く心当たりの無さそうな紫に、竜姫は更に言葉を投げかけようと歩み出す。
ーーその直後、竜姫の瞳が、大きく散大した。
「チッ…間に合わんかったか…」
ゴオッ!
竜姫の言葉の直後、地響きのような重い音が響き渡り、全員のやる気に満ちた会話を一瞬で断ち切った。
そして、その音と共に、
「何…これ…」
「空が……雲に覆われてる?」
見上げた空は、まだ日の出ている時間だというのにも関わらず、ドス黒い雲に覆われて真っ暗になっていた。一部の隙間にすら、太陽の光が差していない。
同じくそんな空を見上げていた紫は、頬に一筋汗を垂らしながら、その瞳を大きく見開いて言った。
「違う…あれは…西行妖の力…!…失念していたわ…どうやって操っているのか分からないけれど…西行妖の力で、無理矢理封印を砕いたのね…!」
紫のその言葉に、魔理沙、咲夜の表情に驚きが走った。対して霊夢は、その眉間に皺を寄せながらも、驚いた様子は無い。守谷神社で対峙した際に、ある程度予想は出来ていたのだ。即ちーー今の双也が、西行妖をも操っている、と。
「まさか…双也は…」
「うむ。西行妖の妖力を使って、一度に皆を殺そうとしているの」
咲夜の言葉を引き継ぐ形で、竜姫がそう肯定した。
「じゃが、まだ少しなら時間はある。西行妖の力は見ての通り拡散しているのじゃ。即ち、一瞬で死ぬような事は無い。寿命が削り取られていくように、だんだんと死に近づいて行くはずじゃ」
"危険な事に変わりは無いが…"
そう付け足すと、竜姫は鋭い視線を皆に向け、言い放った。
「ひとまず、妖怪達はまだ大丈夫なはずじゃ。問題なのは人間達…お主ら、すぐに人里へ向かうのじゃ!」
「言われなくてもだぜ!」
「いくわよ咲夜!」
「はい、お嬢様!」
「私達も行きましょう、妖夢」
「はい!」
五人はそれぞれ、連れ立って飛び立ったーー紫と妖夢はスキマを使ったーー。
それに釣られ、霊夢も少しばかり恐怖に震えた早苗を促し、神社の庭へと飛び出る。
「ほら、行くわよ早苗」
「わ、私は…」
「………………もう」
パァンッ
震える早苗の目の前で、霊夢は唐突に柏手をした。
「……ほら、怖くなくなったでしょ」
「……!」
「昔お母さんに教えてらったのよ。誰か怖がってたらこうしろってね」
霊夢の迫力ある柏手は、早苗から震えと恐怖を一気に吹き飛ばした。
加え、視界に映る霊夢の優しげな微笑みが、早苗の心に戦う決意を溢れさせる。
ーー心は、決まった。
「すみませんでした、霊夢さん」
「ん、いいのよ。こんな時だし」
軽く言葉を交わし、そうして二人は飛び立つーー
「悪いが、お主らには残ってもらう」
ーー筈だった。
その声に二人が振り向くと、神社に一人佇む竜姫が、片手で"こっちへ来い"と合図していた。
「あの、龍神様?」
「一体何よ、こんな急いでる時に」
戻ってくるなり、そんな文句を飛ばす二人。
竜姫だって、二人の焦る気持ちも理解はしていた。だが、
「何、お主らには
「…何故私達に?」
「…お主らにしか、出来んからじゃ」
そう語る竜姫の視線は鋭いながらも、口元は薄く微笑んでいた。
「"目には目を、歯に歯を"。そしてあやつの、"泣きっ面に蜂"じゃ」
質問があれば御遠慮なく。ぶっちゃけそれが一番心配なので。
実は、ちょっと竜姫の能力が無理矢理すぎた気がしなくも……。
ではでは。