東方双神録   作:ぎんがぁ!

152 / 219
"全てを超える力"

ではどうそ


第百四十九話 Bit of hope

「………………」

 

紫の口から語られた、百年ほど前に起きた異変。

 

その話に、霊夢は喉が詰まる様な苦しさを覚えた。

 

博麗柊華……先々代の巫女であり、歴代で最も強かった人間。その事は、霊夢も昔、紫から聞いた事があった。

もう少し詳しく聞こうとしたけれど、悲しそうな表情ではぐらかされたのを覚えている。

 

……そして、柊華が双也と親しい仲だった事は、双也自身の口から直接聞いていた。

双也が彼女を大切に思っていた事も、殺してしまった事をずぅっと悔いていた事も。

 

なのに。

 

「そんなーーそんな事って…ないわよ…」

 

ずっと悔いていた。

ずっと傷を抱えていた。

ずっとずっとーー耐えていた。

 

双也の中で何が起こったのか…それは彼女には分からない。でも、それを望んでやる筈は絶対にないという事だけは、確信している。

 

双也がいったいどれほどの悲しみを背負っているのか。

霊夢はその、片鱗を見た気がした。

 

何処か暗くなってしまった空気。

それ相応に重い話だったのだから、それは当然なのだが…やはり、それを打ち破ってくれるのは、魔理沙であった。

 

「うーむ…双也の過去にそんな事があるとは…思ってもみなかったな…」

 

「…結局、その時の双也さんが、神格化した状態、って事ですよね? …よく百年近くも、それが出てきませんでしたね…」

 

 

妖夢の言葉に、ハッとした。

 

 

確かに、その通りである。

霊夢だって、その話を聞きはすれどーー聞いたのもつい最近だがーー実際に見た事はない。それは他の皆も同じであり、だからこそ、神格化するとどんな外見になるのかもーーどんな性格になるのかも知らなかった。

 

もしかすれば、もっと早くから今の様な状況になったかもしれない。

即ちーー双也が神格化して、暴走してしまう、と。

 

ーーなら、何故?

 

 

「それは……柊華のお陰、かしらね」

 

 

「……え?」

 

全員が、そう言った紫の方を向いた。

相変わらず、先々代の話をする時の、寂しそうな目をしている。

 

「柊華の最後の封印ーー死ぬ間際に、それを双也の心(・・・・)に施したの」

 

「……それは、神格化を防ぐため…ですか?」

 

「……そうね」

 

妖夢の問いに、紫は少しだけ目を細めた。

 

「柊華の最後の願い…恐らく、それは唯一の友人だった双也の安息だったんでしょう…だからこそ、神格化を防ぐ為に、封印したのよ」

 

あの時ーー柊華が双也の手の中で息を引き取る直前。柊華は、双也にある封印を施した。

それは言わずもがな、暴走する可能性のある神格化を防ぐ為の封印。

死ぬ間際であり、残り少なかった霊力を双也に流し込んで(・・・・・・・・・・・)、ただ一つ勘を頼りして、完璧な封印を施したのだ。

 

 

ーーそれならば、直接神格化した双也を封印すれば良かったのでは?

 

 

…単純な答えである。

それが出来なかったのは、一重に、力がどうしても足りていなかったから。

 

神格化した双也に対して、一度彼を敵に回せば、その力はどこまででも自分を超えていく。

天罰神としての揺るぎないその力を前にしてしまえば、どれだけ柊華が強くとも、どれだけ強力な技を放とうとも、彼の前には意味を成さない。

 

 

ーーだからこそ、双也の(・・・)心に封印を施した。

 

 

恐らくは、柊華自身だってその封印式は理解していなかっただろう。なにせ、全ての術式を勘に頼ってーー能力に頼り切りで組み上げたのだから。

 

しかし、そうでもしなければ決して封印は成し得なかった。

神格化した双也相手には絶望的だが、普段の双也だって途方もなく強い。現時点での倫理や理論を交えたところで、力の差が埋まる訳でもない。

 

ならせめて、まだ望みのある方へ。

 

柊華が能力を頼って組み上げた封印は、"双也の心専用"と言っても過言では無く、確かに、彼の心の一部の封印に成功したのだ。

 

「……でも、今回はそれが外れてしまった。きっかけーーというか、彼の中で何が起こったのかは、よく分からないけれど…」

 

そう言いながら、紫は少しだけ視線を早苗の方へと流した。

決して厳しい視線ではなかったが、それに気が付いた早苗はピクリと肩を揺らし、俯いた。

 

「……その封印っていうのも、百年近く前のものでしょう? きっとガタが来てたのよ。 今までだって、双也にぃが神格化するタイミングが全く無かった訳は無いはずよ。それを無理矢理押さえつけて、更に時間も経ってしまえば……ボロくなるのも当然よ」

 

"自分の所為だ"

そんな事を思っていそうな、暗い表情をした早苗を労り、霊夢はそんな事を言った。

神社を壊せ、なんて無理を言ってきた商売敵ではあるけれど、今はこんな状況である。加え、共に暮らしていたのだろう二柱をあんなズタズタにされ、きっと心は疲れ切っているはずだ。

 

霊夢の優しさを感じ取ったのか、早苗は少しだけ顔を上げ、目尻に溜まった涙を拭うのだった。

 

「……それで、妖怪の賢者」

 

「…何かしら」

 

ふと、ずっと考え込んでいる様なそぶりをしていたレミリアが、唐突に紫に話しかけた。

 

「その歴代最強と言われた巫女の事は分かったわ……でも、そんな人間がーーいえ、彼女が、最強の妖怪とまで言われるあなたと組んで、それでも勝てないなんて………なにか、理由があるのでしょう?」

 

レミリアの視線と紫の視線が繋がる。 紫は決して予想外という様な表情はしておらず、むしろ"やはりこうなるか"といった様な、そんな目をしていた。

 

「……その通りよ」

 

軽く頷き、話し出す。

 

「双也の能力は知っての通り……でも、神格化した双也には、更に二つの能力が発現するのよーーそれこそが、私達が双也に敵わなかった理由」

 

 

ーー罪人を超越する程度の能力。

 

 

紫から語られたその能力の凄まじさに、この場にいる全員が目を見開いた。

天罰神としては妥当ーーそう思いはすれど、相手の全てのステータスを強制的に超える能力だなんて、反則にも程がある。

 

「…でも、要は双也に罪人だと認識されなければ良いのでしょう?」

 

その言葉は、眉根を寄せた咲夜の口から放たれた。

 

"双也に罪人とされなければ発動しないだけ、まだマシか"

咲夜の言葉に、そんな考えが皆の頭に過ぎった。

反則だとは思う反面、咲夜を含め、この場の多くはほんの少しばかりは心を落ち着かせていたのだ。

しかしーー霊夢だけは、違った。

 

「……罪、人…?」

 

彼女の頭の中に浮かび上がる情景は、つい先刻…神格化した双也と対峙したその、直後。

 

 

 

ーーお前の罪は(・・・・・)生きてる事だ(・・・・・・)

 

 

 

その言葉が、強く強く頭に焼き付いていた。

 

「そんな…まさか、今双也にぃは……」

 

 

 

生きている者全てを罪人だと認識している…?

 

 

 

霊夢は無意識に、表情を蒼白に染めた。

その様子を見て、彼女が考えた事の全てを察した紫は、暗い表情のまま、小さく頷いた。

 

「……霊夢の考えは、正しいわ。…あの異変の時の事を考えても、今の双也は恐らく…生きている事自体を罪だと認識している。つまりーー

 

 

 

 

 

ーー生きている限り(・・・・・・・)、双也には勝てないのよ」

 

 

 

 

 

"論理的には…ね"

付け足されたそんな言葉は、なんの気休めにもなりはしなかった。

 

だって、それならどうやって彼を止めろと言うのか。

 

止めなければならないと言うのは、皆が分かっている。

彼が生きている者全てを罪人だと認識しているならば、尚更止めるべきだ。放っておけば間違いなく、この世界の生きとし生けるもの全てが皆殺しにされてしまう。もしかすれば、この幻想郷自体を破壊して、外界にすら進出してしまうかも知れない。

ーーそれだけは、避けなければ。

 

「そんなの…どうやって止めれば良いんですか…?」

 

説得する?

ーー話はきっと通じないだろう。

 

何処か遠くへ転送する?

ーーそれでは解決にならない。そもそもそれが出来るか分からない。

 

ならば……戦う?

 

 

 

ーー勝ち目は、無い。

 

 

 

妖夢の消え入りそうな声に、皆の胸が締め付けられた。

現実を受け入れるのが嫌で嫌で仕方なくて。でもどうする事も出来なくて。

 

胸の痛みか、遣る瀬無さか、魔理沙はきつく握り締めた拳をガンッと畳に叩きつけた。

 

「何だよ…殺すの、嫌いなんじゃなかったのかよ…あいつは一体何考えてんだっ!!」

 

「っ……」

 

あれだけ優しかった双也。

あれだけ楽しそうだった双也。

あれだけ笑っていた双也。

 

そんな彼の表情が、霊夢の中でガラガラと崩れていく。

その事に耐えられなくて、自然と涙が溜まっていった。でもそれでも泣くまいと我慢するうち、代わりに強い歯軋りの音が鳴った。

 

「……もう、私達の知っている双也では…ないのかも知れないわね…」

 

ポツリと、紫はそんな言葉を落とした。

静寂の中に落とされた言葉は、水面に波紋が広がるように部屋に響き、反応はしなかったけれど、皆の心に重しを落すようだった。

 

ーーそんな、暗く冷たい空気の中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その通りじゃ、妖怪の賢者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー見知らぬ声が響いた。

 

その声に驚いた面々は、パッとそちらーー博麗神社の庭の方へと視線を向けた。

 

そこに佇んでいたのは、この場の誰よりも幼く見える、黒髪の少女。

膝裏近くまで伸びた艶やかな髪を先の方で紐に纏め、その水色を基調とした着物と袴に、鱗のような模様が施されている。

 

「しかし、お前ほどの頭脳があれば、答えなど容易に導き出せそうなものだがのぉ」

 

見覚えの無いその少女に、皆が不信の目を光らせる。

ただーー声をかけられた紫だけは、違った反応を見せていた。

 

「な、何故…あなた様がここに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー龍神様(・・・)…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女ーー龍神は、その端正な口元をニヤリと歪めた。

 

 

 

「久しぶりじゃな、八雲紫。幻想郷の危機に、この龍神ーー天宮竜姫(あまみやたつき)が参ったぞ!」

 

 

 

 




遂に登場。

ではでは。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。