東方双神録   作:ぎんがぁ!

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序章もあと少し。

ではどうぞ!


第百四十三話 込み上げる感情

それ(・・)に気付いた時は、本当に焦りました。

 

朝起きて、上の神社の所為で少しピリピリしている空気にウンザリしながら、"今日も始まるのかぁ"なんて思ったりして。

 

いつも通りの支度をして、外に出て、山の美味しい空気を吸いながら気分良くその周辺を飛んでいたその時です。

 

 

ーー"身"覚えのある霊力を感じたのは。

 

 

もう千年以上昔の話です。それこそ、私がもっと位の低かった頃の話。

もっと私が単純で、

もっと私が臆病で、

もっと私が…弱かった頃の話。

 

忘れたくても、忘れられませんでした。身体が覚えてしまっていたのです。何せ、私の数少ないトラウマの一つなのですから。

 

当時でもそこそこは良い位でした。

部下もいたし、命令すれば動いてくれたし。

でもあの時は、それなりに多く居た私の部下は、流れ作業のように斬り伏せられて…私自身も応戦したけれど、全く歯が立たなくて。

 

恐怖だけしか、感じられませんでした。

どんな事を考えて、どんな奇策を講じても、あの人はそれを凌駕してしまう。あの能力と、反則の様なあの刀で全てを断ち切ってしまう。

みんな斬られて、殺されはしなかったけれど戦闘不能にまで追いやられて。

残るは私、一人だけ。

 

もう何も考えられない程に怖くて、震えるのを通り越してボーッとしていた気がします。

だから、その時に見たあの人の笑顔は何より恐ろしく見えました。

 

"絶対にこの人は敵に回したくない"

 

そう思わせるには十二分な程に、怖い笑顔でした。いえ、怖く見えたのです。

 

 

だから。だから。

 

 

気分良く飛んでいる最中にその霊力を感じ取った時は、本当に血の気が引いていく様でした。

 

ふらふらっとこの山にやってきて、つらつらっと天狗達に強く名前を刻みつけていった少年。

 

その見た目の若さからは余りに比例しない、余りの強さを持った、現人神。

 

 

ーー神薙双也。

 

 

今もたくさんの部下や同僚が彼を止めに行っているでしょう。でも結果は見え透いています。もう三度目ですから、予想なんて生温いものでもありません。

今はただ、"スペルカードルール"のお陰で決して殺されはしない事に安心でもしておきましょう。

それが無かったら、もしかすれば全員殺されているかもしれないのですし。彼の強さを目の当たりにすれば、きっと上手く逃げてくれるでしょう。

 

 

ただ。

 

 

ただ一つ、心配な事は。

 

 

あの娘がちゃんと、そう(・・)なってくれるか、です。

 

 

天狗としてのお役目に従順過ぎるあの娘。

お役目に実直過ぎて、命を軽く見ている節すらあるあの娘。余りにも、危過ぎます。

命を無くせば、意味が無いと言うのに。元も子もないというのに。あの娘は平気で命を懸ける。惜しむ事など決してない。

 

だから、駆けました。

 

何より早く、その場所へ辿り着くために。

友人が、もしかしたら死ぬかもしれないのというのに、恐怖など感じてはいられません。

ただただ、あの娘が、敵を抹殺せんとスペルカードルールすら放棄してしまわないか。

もしくは、あの娘の強情な態度に痺れを切らし、あの現人神がスペルカードルールを放棄してしまわないか。

 

 

ーーそれが、何よりの心配でした。

 

 

もしかしたら、私のそんな考えが、勝手に身体を動かしたのかもしれません。

 

目で見たものを頭が理解するよりも早く。

条件反射にほぼ等しく。

 

気が付けば、ボロボロの椛を背に、あの少年を睨みつけていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

突然弾かれ、元の場所を見てみれば、そこには懐かしい顔があった。

千年以上前に二回程会っただけだが、印象深いのは確かだ。何せ、この天御雷の試し斬りをしたのが、この少女率いる天狗の部隊だったのだから。

 

「文か。久しぶりだな」

 

「…………ご無沙汰してます、双也さん…」

 

睨みつける様な彼女の視線に、しかし怒りはあまり見て取れなかった。むしろ、どこかホッとしている様な、どこか力の篭っていない目線。

ああ、恐らく、文の心は俺に向いては居ないのだろう。多分、後ろの椛に向いている筈だ。

 

「あ…文、様……」

 

「黙ってなさい椛。ここからは私の役目です」

 

「っ…………」

 

少し強めの口調で言い放った文は、視線を動かさなかった。常に俺を射抜いて、警戒している様だ。

 

ーーしかし、警戒していると分かっていても、次の文の言葉は、俺を驚かせるには十分な力を持っていた。

 

「双也さん……

 

 

 

 

 

この娘を、許してあげてはくれませんか?」

 

 

 

 

 

その目から、警戒の色が消えた。

 

「……何言ってんだ?」

 

「この娘があなたを襲った事は承知しています。その上で、双也さんに、この娘を斬る権利がある事も承知しています。でも…この娘は、私の大切な友人なんです…っ!」

 

訴えかけるその目に、戦う意思は無い。

もちろん俺にも、最早戦う意思は無かった。

もともと椛を斬ろうとしたのは、あくまで行動不能にする為だ。向こうから戦いをやめてくれるというのなら、それに越したことはない。

 

………まぁ正直に言えば、椛には少し死に(・・・・)かけてもらって(・・・・・・・)、命の重みを知ってもらいたい気持ちもあったが。

 

俺はゆっくり、刀を下ろした。

 

「…なに、そいつが余りに戦おうとするもんだから、少し動けなくしてやろうと思っただけさ」

 

「じゃあ…許して、くれるんですね?」

 

「許すも何も、怒ってない。ーーいや、少し怒りかけたけど、殺そうとしてたわけじゃないんだ。安心しろ、文」

 

文はホッと、目に見て分かるほどに胸を撫で下ろした。

俺も、戦闘を続けないで済むことに少し安堵していた。殺すのはもちろん、傷付けるのも、好きな訳では決してないのだ。

 

ーーしかし、戦う事を止めた俺達の他に一人、納得していないらしい者がいた。

 

 

 

「何、を…言って、るんです、か…っ!?」

 

 

 

必死に訴えかけるその声に、再びどこか、空気がピリッとした。

 

「文様…! 私達は、天狗ですよ!? 侵入者、は…倒さねば、なりません…!」

 

「…椛、お役目は、命あってこそ遂行できる物です。お役目のために命を捨てるなんて、おかしい事なんですよ?」

 

「おかしくなんて、ありません…っ! 天狗のお役目は、命を懸けて、遂行すべきです!」

 

「椛…」

 

文の説得にも耳を貸さない。挙句、ボロボロの体で剣を取ろうとし、まだ戦う気でいる。

……もう本当に怒りが込み上げてきた。こんなにも命というものを軽くーーいや、軽蔑するヤツは初めてだ。

 

"いっそ本当に死ぬ寸前まで追い込んでみるか"

 

どこか暗い感情が、湧き上がってきた。

昔なら考えられないくらいに暗くて、非情な考えだった。

殺すのは苦手の筈なのに、怒りが込み上げると平気で傷付けそうになる。平気で殺しそうになる。

 

……やっぱり、あまりに生き過ぎて、何処かおかしくなったのかな。

 

何処か、自分から人間としての正常な思考が欠けてきている事に哀愁すら覚える。でも、変わってしまったのなら、戻す事は困難だ。一億年も掛けて変わってしまった俺ならば、尚のこと難しい。

 

でも。

 

でもせめて、まだ正常思考が残っているならーー殺すのに躊躇いを感じていられるなら、人間らしく居たい。

 

だから、今回は文の気持ちに免じて、殺すのは我慢しよう。

 

「まだ、終わっ…てーーッ!?」

 

剣を振りかぶり、ヨロヨロと向かってきた椛の腕を掴み、健を切る。折れてしまった剣は、ガシャリと河原に落ちた。

 

「ぐぅ…っ!」

 

「……眠れ」

 

苦痛に表情を歪ませる椛の顎をクイッと持ち上げ、ジッと視線を合わせる。

 

ーー白伏

 

「ぅ…ぁ…」

 

意識を失った椛は、ガクリと身体を沈ませた。

 

「…文、こいつの世話頼む」

 

「……はい。…あの、ありがとうございました。殺さないでくれて…」

 

「…ん」

 

文は素直に頭を下げてきた。

どうやら、椛の危うさは彼女も心配していたらしい。これで椛が懲りてくれるとも思えないが、いい薬になった事を願うばかりだ。

 

「……上の神社へ、行くんですか?」

 

ふと、椛を担ぎ上げた文が問いかけてきた。

にとりも逃げ帰ってしまったし、もう行こうと背中を向けていた俺は、振り返って答える。

 

「ああ。気になることがあってな」

 

「…でしたら、この娘を許してくれたお礼に、少しだけ忠告しておきます」

 

「…忠告?」

 

文の目に真剣さが戻った。

 

「あの神社には、位の高い神が二柱居ます。加えて、あなたと同じ現人神も一人。……気を付けてください。あなたは怖いですが、死んで欲しい訳でもないんです」

 

「………分かった、忠告ありがとな。あと、もう俺を襲わないでくれって他の天狗に伝えてくれ」

 

「…はい」

 

彼女の忠告を胸に留め、そう言い残して河原を飛び立った。このまま行くと嵐には会えなさそうだが、優先すべきはその神社だ。

 

位の高い神が…二人。

思い当たる懐かしい顔が二つ、頭を過ぎった。

 

もう何千年も前の事。本当に古い友人である二人。

そしてーーもう一人の現人神。

 

「(まさか…本当にあいつらか…?)」

 

不安、疑念、そして嬉しさ。

様々な感情が渦巻いていく中、俺は残り四分の一ほどになった妖怪の山を登って行った。

 

 

 

 

 

怒りと共に込み上げた殺意は、俺の心にはもう既に、影も形も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 




サクッと終わらせるつもりが、少し重い話になってしまった件。

ではでは。

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