東方双神録   作:ぎんがぁ!

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んー、なんかとってつけた感がものすごい一話に…。
難しいですね、小説って。

では、どうぞ!


第百三十五話 孤独の炎

「さ…て、じゃあ帰るわ」

 

家の庭で、二人に向けて言う。

そう何日もここに居ると紫や永琳…あと霊夢もかな、あいつらが心配しそうだ。別れが辛くならない内に、ここを去ろう。

 

依姫はそれ程悲しそうな表情ではない。

まぁ、俺たちくらい長い付き合いだと、生きている事を確認出来ればそれで満足なのだ。きっと彼女も、そう言う事だろう。

 

対して豊姫は……少しだけ、むくれている。

なんだ…なんでそんな表情してるんだよ? 幽々子と似た性格してるから、こういう時何を考えてるのかよく分からない。

 

「…豊姫、なんでそんなにむくれてるんだ?」

 

「だって…せっかく知り合ったのにこんな早くお別れなんて、寂しいじゃない。 もう少し居ても良いのに…」

 

心なしか、彼女が不機嫌に見える。

"知り合った友達とすぐに別れる"。一応、そんな気持ちは理解できているつもりだ。だからこそ、そんな不快感を抱いている豊姫が不機嫌に見えるんだろう。

 

俺は、ポンと豊姫の頭に手を乗せた。

 

「…?」

 

「まぁ、お前の気持ちも分からなくはない。むしろ、だからこそ今行くんだよ。先延ばしにしたら、ずっとここに留まっちまいそうだからな」

 

「……………分かったわ」

 

まだ少し不機嫌そうだったが、ある程度は納得してくれたらしい豊姫から手を離し、俺は天御雷を抜いた。

 

「……またいつか、双也さん」

 

「ああ、元気でな。依姫、豊姫」

 

"月夜にも宜しく伝えといてくれ"

そう言い残して、俺は黒い裂け目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裂け目から出ると、そこは人里と博麗神社を繋ぐ獣道だった。

周囲からは虫の声がチチチチと聞こえ、肌寒い空気が身を包んでいる。

ーー雲一つない、綺麗な夜だった。

 

「あっれ…時間感覚が狂ってんのかな…昼間だと思ったけど…」

 

うーむ…今度月に行く時はその事にも注意しておこう。今は別に、昼でも夜でも関係ない。帰るべき場所に辿り着けた、それが大事だ。

 

ーーさて、我が家に帰ろう。

 

紫や霊夢への報告はーー怒られそうだけどーー後にして。

そう考え、魔法の森へと向かおうと足を向けた。

 

のだが。

 

「……? 火…? あそこは…竹林か」

 

真っ暗で静かな夜の風景に、チラと赤く揺らめくものが見えた。

この距離で見えるくらいでは、実際の大きさは相当なものだろう。

 

「(幸い、みんな寝静まってるみたいで騒ぎにはならなそうだな)」

 

……でも、気が付く奴も同様にいない。

なら、火事になる前に俺が消してこよう。正直、確実に迷っちまうあんな傍迷惑な竹林焼けてもいいと思ってるが、そうなるとあそこに住んでる輝夜たちやてゐも困ってしまうだろう。

水はまぁ…"水の性質"と何かを結合させりゃどうにかなるか。

 

「こんな夜中に火…いや、ありゃ炎か」

 

ーーもしかして。

 

頭に過ぎった予感をしまい込み、俺は急ぎその火の元へと向かった。

 

 

 

 

「うわ…こりゃまた」

 

辿り着いた場所は既に大部分が焼け焦げ、広い竹林にポッカリと穴が開いたようになっていた。

竹林がこのレベルで焼けているとなると、その炎は相当に強力なものだったのだろう。熱で焼けただけではこうはならない。

 

少しだけまだ燃えている部分があったので、地面に降り立ち、"空気と水の性質を結合"ーー自分でも原理が分からないがーーさせ、残り火を消した。

 

ーーさて。

 

「あとはコイツ(・・・)…か」

 

焼け焦げた地面の真ん中には、ボロボロになった少女が、死んでいた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? ここは…」

 

ある木造の建物の中。布団に寝かされていた少女は、静かに目を覚ました。

白く長い髪に真紅の瞳、リボンで髪を結んだその少女は、見慣れない天井に違和感を抱き、起き上がった。

 

「ん? お、目が覚めたか」

 

声のする方を振り向けば、そこには、台所と思われる場所で何やら家事をしている男の姿があった。

彼は、少女の意識がはっきりしている事を確認すると、お盆の上に水とお絞りを乗せて近寄ってきた。

 

「ほら、水」

 

「あ、ありがと…」

 

差し出された一杯の水を、少女は一気に飲み干した。

ただ、頭ははっきりしたが、それで少女の疑問が消えたりはしなかった。

ーーどうにも見覚えのある(・・・・・・・・・・)、この男は…?

 

「…あんた…私と何処かで会った?」

 

少女の問いに、男は少しだけ不思議そうな顔をすると、少し微笑んで、こう言った。

 

「ふぅ…俺の事忘れたのか? "妹紅"」

 

「? なんで私の名前ーーッ!!」

 

"妹紅"。

その単語(・・)に、少女ーー藤原妹紅は急速に記憶を呼び起こした。

人間のまま不老不死となり、狂ったような千余年の中で忘れてしまった記憶。

ーー今の彼女の、名付け親。

 

「…そ、双…也…?」

 

「せーかい。思い出したか?」

 

「………うん」

 

男ーー双也は、急速な記憶のフラッシュバックで痛めた妹紅の頭を、ポンポン優しく撫でた。

やがて痛みを耐え切った彼女を確認すると、双也はちゃんとその場に腰を下ろし、話しかけた。

 

「本当に久しぶりだな妹紅。森で別れて以来だから……まぁ千年は経ってるな」

 

「…うん、千三百年くらいじゃないかな。双也もここに来てたんだ」

 

「ああ、色々あったけどな。今はここに住んでる」

 

「ふーん…」

 

双也が未だに生きている事に対して、案外妹紅に驚きはなかった。彼が能力を使ったところを見たことがあるから、というのもあるだろうが、何より、自身が不老不死などという存在になっている事を自覚しているから、というのが大きいのだろう。

ーー望んでやった事では、あったが。

 

少しの間続いた静寂。

しかしそれは、妹紅にとって衝撃的な、双也の言葉によって破られた。

 

「……輝夜と、勝負したみたいだな」

 

「ッ!!? なんでそれ…!?」

 

妹紅は、ここへ来て初めて感情らしい感情を露わにした。

今までの、何処か生気の無い表情とは打って変わり、怒りにも近いと思える驚愕を見せた。

 

対して、そんな迫力のある表情を向けられたのにも関わらず、双也は何処か、悔やんでいるような表情をしていた。

 

「昨日の夜、お前が死んでいるのを見たからな。お前がそんなになるまで勝負する相手といえば、輝夜くらいしかいないだろ」

 

「…輝夜の事、なんで知ってる?」

 

「………………」

 

問いには、答えない。ただただ、俯くばかりだ。

しかし妹紅も、彼を問い詰めるようなことはしなかった。なんとなく、理由めいたものが頭に浮かんでいたし、彼が後悔や罪悪感を抱いている事は明白だったからだ。

 

暫くして、絞り出すような双也の声が、響いた。

 

「…恨んでくれても良い。お前がどんな気持ちだったかは知っていたのに……俺が、お前をこんな人生に導いたみたいなもんだ」

 

「……一つ、訊いていいか?」

 

双也は黙ったまま首を縦に振った。

 

「………私にとっての輝夜は、憎い相手。憎くて憎くて、人間を辞めちゃうくらいには恨んでる」

 

平穏を壊され、家族を壊され、その果てに人生を壊された。

妹紅にとって輝夜とは、間接的ではあれど、自らの全てを破壊した恨み尽きぬ存在。

双也もそれは、重々承知の上である。

 

彼は黙って、言葉を聞く。

 

「…なら、双也にとっての輝夜は?」

 

彼はまだ、俯くばかり。

 

「昨日あいつと殺し合いをした時…いや、もっと前からか…あいつ、地上に残った事を喜んでるみたいだった。……お前が悔やんでるって事は、あいつが地上に残る手伝いをしたのは双也だって事だろ?」

 

 

 

 

 

ーーあいつは、双也にとってそうするに値する存在なのか?

 

 

 

 

双也はようやく、ゆっくりと顔を上げた。

その目は真っ直ぐに妹紅を射抜き、その答えは既に決している、と暗に語っていた。

 

「…ああ。あいつは、大切な友達なんだ。困ってるところを、見て見ぬ振りなんてしたくない」

 

「……そっか、友だち…か」

 

口の中で転がす様に、妹紅は"友達"という言葉を反復した。

友達ーーそう呼べる奴は、今まで自分の周りにいただろうか。

 

「不老不死になって…最初の三百年はさ、身を隠していかないと自分にも周りにも迷惑がかかっちゃう毎日でさ。

次の三百年は、見つけた妖怪をひたすら殺し続けて、必死で自分を保って…。

三度目の三百年は、何にもやる気が出なくなって、ただただなんの意味もない時間を過ごして…。

そしてこの三百年…やっと輝夜を見つけて、復讐を始められたと思ったら、あいつも不老不死になってて……ホント、あいつの所為で私の人生は狂うところまで狂ったよ。……ホントに……殺してやりたい」

 

「………………」

 

「でも……それでも……双也にとってのあいつは、助ける価値のある"友達"…だったんだな。………なら、私がお前を恨むのは筋違いってもんなんだと思う」

 

"そりゃショックではあったけど"

そうはにかみ、妹紅は笑った。少し無理をしたような笑みではあったが、確かにそれで、双也の気持ちを軽くではあるが拭い去られた。

 

「恨んじゃいないさ。私が勝手に望んで、勝手に始めた事だから。むしろ、もう一度輝夜に巡り会えたのは双也のお陰と言ってもいい。気にしないでくれ」

 

「………………」

 

妹紅は、お盆に乗っているお絞りを解いてササっと顔を拭くと、立ち上がった。

怪我の痛みなど無いもののようにーーいや、実際無いのだろう。死んだら、元の体に蘇る。身体が変わってしまう事を悉く拒絶するーーそういう身体なのだから。

 

「腹は…減らないんだったな。もう行くのか?」

 

「うん。一応私も家があるし。ここに長居するのも悪いだろ?」

 

「別にそんな事はないけど……まぁ、お前がそう言うのならそれでいいか」

 

暗い空気が、少しばかりの明るさを取り戻す。

実際会話が明るいものへ変わったのもあるが、妹紅はもう一つ、自身で理由を察していた。

 

「(久しぶりに、"懐かしいと思える"奴に…会えた)」

 

不老不死となって幾星霜。常に孤独と一緒に過ごしてきた妹紅の心は、既に干からびてしまって、しわくちゃになっている。

だが、実に千三百年ぶり。人間だった頃の自分を知る、数少ない存在に出会えた事が、孤独を慣れてしまった彼女の心に響いた。

 

「(孤独に慣れるのは…まだ早いのかもな)」

 

少しだけ、乾いた心に潤いを得たような気持ちを感じながら、妹紅は双也の家の玄関を出た。

 

最早古びた我が家へ。飛び立とうとした折、双也の声に引き止められた。

 

「妹紅」

 

「ん?」

 

「……また何時でも来ていいからな。寂しい時は、誰かを頼れ」

 

「………分かった、ありがと双也。じゃあな!」

 

飛び立つ妹紅の背中に、双也は手を振って見送った。

 

また、輝夜と出会えば殺し合いを始めるのだろう。

それでどちらが死ぬのかは分からないが、どちらかは必ず死ぬ。

双也だって、本当はそんな事して欲しくはない。人同士が争って殺しあうなど、彼からすればどうしようもなく下らない。

 

でも、今の妹紅には何か目標が必要なのだと、彼は考えていた。

不老不死となって、きっと相当に辛い目にあっただろう。それで生きる意味を見失いかけた事もある筈だ。

薬を飲む前に忠告はした彼だったが、それで本当に理解していたかは怪しいところ。

そんな状態で千三百年。人間には長い数字だ。

 

「(でも、今約束した。なら、あいつを信じよう)」

 

生きる意味を見失いかけ、どうしようもなく寂しくなった時に"誰かを頼る事"さえできれば。

人の温かさを思い出すことができれば、きっと、殺し合いで自分を支えるなんて悲しい事をしなくて済むようになる筈。それを信じるしかない。

 

「……あいつも、俺の友達の一人だしな」

 

最早彼女に聞こえる事は無い呟き。

彼女が救われる事をひしと願い、彼は我が家へ戻っていった。

 

 

 

 

 




あれ、なんか最終回っぽい雰囲気が出てる…?
最終回じゃないですよ? まだ三分の一くらいお話が残ってますからね!

ではでは。

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