くそースランプ抜け出さないと……。
では苦心の百十三話…どぞっ!!
ーーなんでこんな所に…。
訪れた巫女は。
ーー何でこう鉢合わせるんだよ。や、紫が仕組んだのか。
対する現人神は。
よっ、と片手を上げて挨拶する魔理沙と、扇子で口元を隠す紫を置いてけぼりに、双也と霊夢は互いを見つめていた。
少しの睨みを含んでいたそれをスッと移し、霊夢の視線は紫を射抜いた。
「……紫、結界治すの頼みに来たわよ」
「あら、私に用だったのね。てっきり双也に用があるのかと思ったわ」
分かってるくせに…。
双也は密かにそう思う。なにせ、紫は扇子で隠れていても分かるほどに口元を歪ませていたのだから。
それに気が付いているのか、霊夢は眉をピクリと跳ねさせ、答える。
「元々はそうだったわよ。でも、家に行ったらそこの馬鹿兄貴は留守だったから先にこっちに来たのよ」
霊夢と魔理沙が魔法の森の奥地にある双也宅へ訪れると、中には誰も居はしなかった。畳まれた布団、少しの食器、その他の小物が置いてあるのみであった。それはそうだ。その頃双也は、幽々子たちとの会話に花を咲かせている頃だったのだから。
しばらく待とう、という案も魔理沙が提案したのだが、霊夢には"結界の修復"という大仕事が残っていた。
その為、居ないのでは仕方ないという事で、先に紫の元へ仕事を頼みに来たのだ。
その結果ーー
「まさか、二人一緒に居るとは思ってなかったけどね」
「まさか俺も、こんな所でお前に会うとは思ってなかったな」
双也の横目は、表情の崩れない紫の姿を写していた。
実際、双也と霊夢(+魔理沙)がこうして鉢合わせたのも、計算深い紫の企みによるものである。
今日一日の対象の行動を予測演算し、その上で鉢合わせるように誘導する。そんな超高度な計算は、妖怪ほどの…いや、紫程の頭脳が無ければ到底出来ないことだ。
恐らくこの会話も、彼女には予測済みだった筈である。
「この馬鹿兄貴とも話があるから、さっさと結界治して貰いたいんだけど」
さっさと終わらせて、双也から真実を聞き出そう。
当初の目的であった彼を見つけ、霊夢の頭の中はその事に染まっていた。
魔理沙に"らしくない"と言わしめる程に彼女を混乱させた内容の答え。
彼女が急くのも無理はない。
「ん〜…そうねぇ」
ーーだからこそ、次の言葉には
「じゃあ、
ーーただただ、不意を突かれたように驚くのみだった。
「「…………は?」」
「プッ」
重なった驚嘆、そして吹き出す声。
紫の発言に、三人はそれぞれの反応を表す。
初めに反論したのは霊夢だった。
「ちょ、ちょっと! 勝ったら修復するって何よ! 仕事にそんなの持ち込むつもり!?」
「ここは常識の向こう側の世界。どんな事柄も常識で測ってはいけない。それは霊夢、あなたが一番分かっているのではなくて?」
「ぐ…」
的確な紫の指摘には霊夢も言葉を詰まらせた。
非常識が常であるこの幻想郷に、常識など存在しない。常識と非常識を隔てる博麗大結界を管理する者として、彼女が一番に分かっていなければいけないのはまさにその事だった。紫の言い分は尤もである。
…多少屁理屈が混ざっている気も、しなくはなかったのだが。
霊夢と同じく、紫の言葉に驚嘆していた双也は、素っ頓狂な声こそ上げたものの、あくまで冷静に一言だけ呟いた。
「…お前、何企んでるんだよ」
「すぐに分かるわ」
短くそう答えた紫は、相変わらず表情を崩さない。
含みのある物言いはいつもの事であったが、長年付き合ってきた双也でも彼女のこういうところは多少苦手なのだった。
そして二人とは別に、笑いをこらえて吹き出した魔理沙は。
「くくく…紫のヤツ、お前の悩み知ってて言ってるよなアレ」
「……あいつには何処までも筒抜けだと思うと非常に不愉快だけど……まぁ、そうでしょうね」
眉根を寄せて言う霊夢に、愉快そうに笑う魔理沙は彼女の肩にポンと手を乗せ、言う。
「ま、良いじゃんか。どうせ双也の事は殴るつもりだったんだろ? 一石二鳥だぜ」
「……………」
魔理沙は、霊夢の口の端が僅かに釣り上がるのを見た。それを肯定の意思と受け取った彼女も、ニィッと笑う。
戦う意思は合致していた。
「おい双也ぁ! 私も混ぜてもらうぜ! お前にリベンジしてやるよ!」
「…はぁ…魔理沙もやるのか…」
明らかなやる気を出している魔理沙を見、双也は先程の紫の言い方にイラつきを感じながら溜息を吐いた。
彼の中での"何の得もない戦い"は、何時になっても面倒事なのである。
…始まってしまえば、いつの間にか楽しんでしまっていることには彼自身気が付いていない。
「ふふ、まぁ妥当な判断ね。
「…私達?」
気になる単語が、双也の耳を通り抜けた。
私達? はて、さっきは自分と霊夢が戦うと言っていたはずでは? 突然の食い違いに多少なりとも首を捻る双也。
彼の疑問も仕組まれたのか、それともただの偶然か、その真実は闇の中ーーならぬ、スキマの中である。
唯一それを知る紫は、開いていた扇子をパチンと閉じ、
「ちょっ…!」
「うぇっ!?」
突然の浮遊感に、解決者二人組は驚愕の表情を浮かべ、
「またコレかよ…」
「久しぶりねぇ♪」
慣れた一人は呆れを零す。
彼らの身体は、突然現れた紫のスキマに、吸い込まれるように落ちていくのだった。
「スキマから出たら戦闘開始よ。準備しておきなさい」
唯一、"仕掛人"の言葉のみを残して。
「おい紫、どういう事だ」
腕を組んだまま難しい表情をし、本日何度目かになる疑問を投げつける。幾つかの問いが綯い交ぜになった、しかしその全てを問う究極に簡潔な尋ね方だ。
そんな彼の前にスゥと姿を現したのは、当然ながら紫であった。
「ええ、今度こそ答えましょう」
手に持つ扇子を開き、先程のように口元を隠す。
まだ何か企んでるのか…?
双也の思いはもう呆れに近かった。
余談ではあるが、今現在彼らは
耐性無い霊夢達ならどうなっていることか…。
"落下物"の事など微塵も気に掛けない賢者である。
閑話休題。
少しだけ目を泳がせて言葉を選んでいた紫は、フッと目を双也に戻し、語り始めた。
「勿論幻想郷の為、と言ったわね」
「ああ」
短く答える。彼女が言ったことは確かに覚えていた。
「単刀直入に言うわ。双也ーースペルカードを作りなさい」
「……………は?」
スペルカード。
現博麗の巫女、博麗霊夢の定めた決闘ルールに則った技を記した札である。
全ての人妖が使っているわけではないが、言葉自体はこの幻想郷に知らない者は居ない。
勿論双也も知っていた。ーーというより、スペルカードなら一枚は持っている。
紅霧異変の際作成した
"アステロイド『
一枚あれば十分じゃね?
詰まる所、双也はそう思っていたのだ。
頭の上にハテナを浮かべる彼に、紫は続けて言う。
「霊夢の作ったスペルカードルール……どういうものかは知ってるかしら?」
「それくらい知ってるさ。"人も神も妖怪も対等に戦うためのルール"だろ?」
「ええ。ではその理由は?」
「……理由?」
少しだけ目を細め、頭を回転させる。
長年蓄えられた知識を統合すれば、彼にとって答えを導くことはそう難しい事ではない。
数秒も掛からないうちに、彼は口を開いた。
「…………力の差、か」
「ご名答」
続けて言う。
「単純な殺し合いで、人間が妖怪や神に討ち勝つ事なんてほぼ無いと言っても過言ではないわ。人間と妖怪が共存するこの世界は、そんな中でバランスを保たなければならない。…まぁ、博麗の巫女だけは例外だけれど」
幻想郷には、世界のバランスを保つための掟に近いモノが存在する。
それは"人は妖怪を畏れ、妖怪は人に退治される"というモノだ。
人は妖怪が生きる為に彼らを恐れ、
妖怪は人が生きる為に退治される。
お互いが譲歩し合うという理想の掟である。
しかし、これには致命的な欠点が存在する。
ーーそれこそが"力の差"。
「妖怪だって生き物だ。掟だからといってわざわざ殺される事を良しとするわけもない。抵抗する妖怪相手に、人間は無力すぎる」
「そういう事よ。今までは代々博麗の巫女が"調節者"として退治していたんだけれど、今代である霊夢が、そういうところを鑑みて提案したの」
退治されない妖怪が存在するという事は、人間と妖怪のバランスが保てなくなるという事。今代の博麗の巫女である霊夢も、調節者として役不足な訳では決してないが、手が回りきらないことがあるのも事実。ましてやサボりがちな彼女ではその影響が顕著なのだ。
そんな折、彼女がふと思いついたのがーー
ーー手が回らないなら、人数増やせば良いじゃない。
という考えだった。
人間<妖怪なら、人間=妖怪にしてやればいい。力技で勝てるのが博麗の巫女だけならば、どんな者でも妖怪を退治できるようなルールを設けて、退治できる人間を増やせばいいのだ、と。
妖怪の代表ーー投票して決めたわけではないがーーである紫との話し合いの結果、そうして生まれたのがスペルカードルールである。
人も神も妖怪も対等に戦うためのルール。…パズルのラストピースがはまる様に、幻想郷にぴったりなルールだ。
面倒な仕事せずに済むし♪ …そんな思惑も裏にあったことは誰も知らない。
「……………」
スペルカードルールの成り立ちを、理解した双也ではあるが、なぜかその顔は難しいまま。
眉根を寄せたまま、彼は再び口を開いた。
「………それがなんで、俺がスペルカードを作る事に繋がるんだ?」
純粋な問い。
彼の頭の中では、スペルカードルールの成り立ちと自身がスペルカードを作る事はどうしても繋がらなかったのだ。
確かに、一見何も関係の無いようには見えるが……。
そんな双也に、紫は溜息を吐いた。
「……双也、あなたこの間死にかけたわよね?」
「…………ああ」
パチンッと扇子を閉じる。彼から見えやすくなった眼からは、いささか憤りが放たれていた。
「スペルカードルールは、人間と妖怪との争いを"殺し合い"から遠ざけるためのモノなのよ? って言うことはあなた…」
ギクリ。
紫にはそんな音が聞こえた気がした。
気が付いたらしい双也の目は横へ流れている。
「い、いや…アレは仕方なかったんだよ。む、向こうがさ、殺す気で来てたから…」
「霊夢は、そんな相手にも無理矢理スペルカードルールを適応させたわよ」
「…………………」
彼女の返答に対して、双也には反論の余地がなかった。
他の人が成功させているのであれば、自分が出来ない理由にする事は出来ない。完全に双也の敗北である。
「全く…あなたみたいな最強クラスの存在がそんな事では、みんなルールを使わなくなってしまうじゃない。そんな状態になったら幻想郷が壊れてしまうわ」
「はい…すいません…」
言い訳は諦め、わざとらしく怒る紫に双也は一言謝ることしかできなかった。いや、当たり前の事なのだが。
「はぁ…分かったよ。作るよスペルカード。要は霊夢との戦闘中に編み出せって事だろ? いいよ、思いつくモンは沢山あるから。なんも困らないから」
若干ふてくされ気味に双也は言った。
確かに、簡潔にはそういう事である。霊夢との戦闘の中で作ることで、双也自身に合ったものを作ることが出来るのだ。別に戦闘中でなくとも作ることはできるが…いろいろと考え過ぎて、結果その人に合わないモノが出来ることも多いのだ。そこは、紫なりの配慮なのだろう。強引すぎるのは別として。
ブツブツと何か小言を呟く双也に、紫は今まで何処となく呆れと少しの怒りが現れていた表情を一変した。
それはーー彼女が本当に相手を想う時の優しげな顔。
「それに…ね、双也。これはあなたの為でもあるのよ」
「俺のため?」
「ええ」
問いかける双也の頰に、紫の手が触れる。
「……何かを殺すのが…怖いのでしょう?」
「!」
一瞬目を見開いた双也は、すぐに俯いてしまった。
しかし…紫には、僅かに嚙みしめる力を強めた彼の唇が見えていた。
「あなたの力は強大過ぎるわ。このままで戦えば、きっと死人を出してしまう。少しでも本気を出せば、大抵の存在は一瞬で消えてしまうわ」
双也は普段、力を極限まで押さえ込んでいる。それこそ、霊力に敏いはずの霊夢が気が付かないほどに。数字で表すなら…1/10000ほどだろうか。
そんな彼が、スペルカードルールを適応しないまま戦い続ければ、いとも簡単に死人が出てしまう。
春雪異変の際、彼が霊夢に反撃しなかったのも、万が一開放度合いを間違えて殺してしまわないためである。
その事に関しては、双也も重々承知していた。
「スペルカードルールを使えば…まぁそれでもあなたは最強クラスでしょう。でも、その大きな力で何かを殺す事はなくなるわ。なんて言っても、"弾幕ごっこ"と呼ばれるくらいに緩い遊びだもの」
柊華の一件より、双也が誰かを殺す事に関して以前よりも敏感になっている事に、紫は当然気が付いていた。
だからこそ、殺さない為のゲームであるスペルカードルールを彼に適応させようとしているのだ。
共に古い友人である双也に、優しい紫がそこまでしない理由が無い。
彼女という妖怪は、人をからかうのは好きでも苦しむ姿を見るのは辛く感じているのだ。
それは幻想郷への愛故か、それともそこに生きる存在への愛故か。
「………分かった。殺す事が絶対に無いなら…参加させてもらうよ、スペルカードルール」
「…ええ」
心が決まった二人の遥か下には、眩い光ーースキマの出口ーーが見えてきていた。
〜霊夢side〜
「………なぁ」
「何?」
「長くねぇか?」
突然の問いに、問いかけられた霊夢は首を傾げた。
主語が無くて分からない。全く大雑把である。
「何が?」
「何がってお前…この気持ち悪りぃ空間だよ!」
怒鳴る彼女の声に、霊夢は少しだけ眉を顰めるのだった。
「紫のスキマは何時だってこんなもんよ。……縦に落とされたのは初めてだったけど…」
最後の方は、小声である。
双也程でないにしろ、霊夢だってそれなりには紫と面識がある。博麗の巫女ならば当然の事だ。
しかし…その中で、彼女のスキマ落としに合う者はそれ程多くない。大体スキマ落としが使われるのは、彼女がその人をからかおうとしている時や…敵対している者の不意を突く時だからである。重い役職な為、生真面目な者が多い博麗の巫女には、あまり使われなかったという訳である。
因みに、かつて柊華はコレを食らったことがあったが、霊那は一度だって食らったことはない…どころか存在すら知らない。
「全く…困ったもんよね。落とされた直後はどうなるかと思ったわ」
「あははは! お前なんかスカートが派手に捲れて白いパンツが丸みeーー」
ガツンッ「うるさいわよっ!」
反射的に振り下ろした大幣は、帽子があるにも関わらず魔理沙の頭を的確に捉えた。頭を抑えて震える魔理沙に、霊夢は更に怒鳴る。
「大体! それならあんただってそうじゃない! 自分の事でいっぱいで見てなかったけどあんたのスカートも派手にめくれたんじゃないの!?」
ついでに帽子もっ! と、付け加えてビシッと指をさした。
若干目尻に涙の溜まった魔理沙は、顔を上げて答える。
「へっ、私はドロワーズ履いてるからスカート捲れたって問題ないぜ! 帽子も抑えるだけでいいしなっ!」
涙目でドヤ顔をする彼女に、いつもの勢いは感じられなかった。というより、そんな顔をしている間も大幣の当たった部分をさすっている始末である。なんとなく罪悪感に似た物も湧き上がってくる霊夢であった。
「…まぁなんにせよ、双也を問い詰められるんだから良いじゃんか。お前の得意分野で」
雰囲気を断ち切るように魔理沙は言った。
そう、これで謎ばかりの双也を知ることができる。霊夢には、今は他のどんなことよりもそれが大切であった。
彼と戦うついでに紫もオマケでついてきたのだが。まぁそれはただの人数合わせであろう。別段不思議ではない。
「ま、やるだけやってやるだけね。あいつを殴る勢いで、ね」
握る拳に力が入る。
霊夢にしては非常に珍しくーー彼女はやる気に満ち満ちていた。
「さぁ、行くわよ!」
「おうよ!」
タイミングよく現れたスキマの出口を、二人は勢いよく通り抜けた。
次回、戦闘開始です…。この戦闘に果たして何話使うのだろうか……自分が一番分からない…。
ではでは。