ではどーぞ!
長い長い冬が過ぎ去り、春の香りが爆発したように桜が舞い散る、薄紅色の博麗神社。
広場には落ち葉こそ落ちていないものの、絶えず舞い散る桜の花弁によって桜色に染め上げられている。
花見の名所だと言っても過言ではない景色を生み出していながら、やはり神社に酒や弁当を広げる者は存在しなかった。
春雪異変。冬が長引いて春が訪れないというその異変が解決された、その翌日である。
神社内部にある居住スペースの居間には、博麗神社の巫女、博麗霊夢がボーッと座っていた。
ちゃぶ台の上に置かれたお茶は、既に湯気を上げていない。
「…………………」
霊夢はもう何十分も、この状態のまま動いていないのであった。
朝早くに起きて、日が昇る前に広場の掃除を済ませ、朝食を作って食べた後、ずっとこのままである。その間も常に彼女は上の空だった。
理由など、考えるまでもない。
異変の最後にあった、あの出来事である。
霊夢の頭の中は、ここ数十分その事のみを考えていた。
双也に出会ったのは、四歳か五歳の頃。母に連れられて行った慧音の家で出会った、年の離れたお兄さんだった。
"双也にぃ"という愛称が定着したのもこの時だ。
彼が博麗神社に訪れたり、慧音の家で会った時にはいつも遊んでもらっていた。慧音の家には勉強の為に通っていたので、勉強を教えてもらう事もあった。彼の優しい顔は今でも記憶に焼きついている。
勉強も大方習い終わり、神社で過ごす事が多くなると、彼は毎日のように神社に訪れていた。そしてよく通る風を感じながら寛いでいるのだった。
その寝顔を見て眠くなり、つい隣で寝落ちしてしまった事がある。起きた後には散々と彼にからかわれたものだ。
そして十歳頃。神社を我が物顔で満喫している彼を見てなんだかイライラし、自分でも理不尽だと思いながらも彼を追い出した。これが"思春期"というやつなのだと後で知った。
それから数年は、音信不通。
彼の家は知らないので、訪ねる事も出来ない。その時は少し、追い出した事を後悔した。
(この双也は…
自分の光の中に佇む、明るくて明瞭な彼。
(あの双也は
真っ暗で何も分からない場所に立つ、暗くて不可解な彼。
白と黒。それは彼女が持つイメージの一つである。
小さい頃から接してきて、"なんでも知っている"と断言しても良い程に隅々まで知っている、自分の目に明瞭な彼。
そして、認められないほどに強く、自分が知らない事ばかりを曝け出す、自分の目に不可解な彼。
正反対である筈の色がピッタリと当てはまってしまう程に、彼女の中の双也は百八十度その性格を反転させてしまっていた。
すなわちーー"全てを知る知人"から、"全く知らない他人"へと。
「霊夢」
知らない誰かになってしまった双也の事を考えると、霊夢の視線は自然と手元に落ちてしまうのだった。その目にはもちろん、自分の手などは映っていないのだが。
「おい霊夢」
彼が今までこの事を隠していたのなら、それはいつからなのだろうか。
最近? ーー私の知らないところで? それは隠し事とは言わない。
神社から追い出した頃?ーー場面的には当てはまる。だが、たかだか数年であれほど霊力が大きくなることなどない。
私が一人暮らしになってから?ーー表情に現れやすい彼なら隠し事など見抜けそうなものだが。
ならばーー
ーー出会った時から…?
「おい霊夢っ! 聞こえてないのかっ!?」パチンッ!
「ひゃっ!?」
突然目の前に起きた柏手の音に、霊夢は肩を震わせて驚いた。それにつられて、湯飲みは軽く掴んでいた手によってひっくり返り、溢れたお茶は盛大に霊夢の膝を濡らした。
その様子を見て、拍手をした人物ーー霧雨魔理沙は溜息を吐きながら彼女に言葉を零す。
「あ〜何ってんだよ霊夢。畳って滲みやすいんだから気ぃ付けないとダメだぜ?」
「誰のせいだと思ってんのよっ! 適当なこと言ってるとシバくわよ!?」
自分に非はないとでも言うように言葉を放つ魔理沙に、怒れる霊夢は反論として怒鳴り上げた。
広がっていたスカートのお陰で畳には掛かっていないものの、その身代わりとなった彼女のスカートはお漏らしでもした後のようにグチャグチャになってしまっていた。
全面的に魔理沙に非があるのに、自分が注意されるとは何事か。魔理沙が霊夢に"シバく"宣告をされるのも当然である。
「そもそもアンタどこから入ってきたのよ! まだ朝早かったから玄関の鍵は閉めておいた筈だけどっ!?」
「玄関使ってないからな。そこの縁側からフツーに入ってきたぜ」
そう言って彼女が指差した先には、朝日が当たるように障子を全開にしておいた縁側が。
縁側から人の家に入る事を果たして"普通"というのだろうか。
そんな疑問が彼女の頭をよぎるが、窃盗が日常化している魔理沙には言ってもどうせ聞きゃしない、と結論付け、すぐさま思考を頭から追い出すのだった。
スカートの着替えだけ済ませて霊夢が居間に戻ると、魔理沙は勝手に注いだお茶を啜りながら寛いでいた。
ちゃっかり引き出しにしまっておいた煎餅も机に出している。
それを目の当たりにした霊夢は、若干顔を引きつらせながらも"いつもの事か"と切り捨て、彼女の隣に座った。
「にしても珍しいな。お前が私の侵入に気がつかないなんて。気になる男でもできたか?」
「どうしてそんな発想になるのかしら? 嘘でも"恋する乙女"を自称したいならそういうのは控えなさい」
「ちぇっ、双也にも似たような事言われたぜ。反論の余地無く言い負けたけどな」
ピクッ
"双也"という単語に、霊夢の肩が僅かに跳ねた。
その様子を見逃さなかった魔理沙は、静かに計ったような視線を彼女に向け、口の端を釣り上げた。
「なんだ霊夢、やっぱり双也の事か?」
「…だったら何よ」
「別に〜? まぁあの時のお前の混乱ぷりったら凄かったからなぁ」
バリッと煎餅をかじり、魔理沙は畳に寝っ転がった。
行儀の悪い彼女には何も言わず、霊夢は俯いたまま彼女に尋ねた。
「……ねぇ、魔理沙」
「あん?」
「アンタは…双也の事知ってたの? さっき、双也にも同じ事言われたって…」
弱々しく問いかける霊夢を目だけで見やり、長い話を予想したのか、魔理沙は頭の後ろで腕を組みながら答えるのだった。
「ああ。アイツと会ったのは紅霧異変の時だな」
「その時の双也は……どんなだった?」
その問いは、魔理沙にとっては要領の得ないものだった。
当然である。霊夢が今悩んでいるのは彼の"両面性"による事であり、魔理沙は彼の一面しか見ていないのだから。
しかし、思い悩んだ親友の問いを、分からないからといって無碍にする彼女ではない。
戦った時のことを思い出しながら、語る。
「どんなも何も…酷い有様だったぜ。アイツはスペルも使ってないのに、スターダストレヴァリエは防がれるしマスタースパークは両断されるし。ホント、手も足も出ないってこういう事かって実感したぜ」
「!………そう…」
なら魔理沙が会ったのは"黒い双也"か…。
彼女の言葉を聞き、霊夢は瞬間的に思った。
そして、考える。
ーー私以外には黒いなら、そちらが彼の本性なのだろうか。
ーーやっぱり彼は知らない人だったのだろうか。
ーーもしや私は……こんなにも長く側にいながら、彼を何も理解していなかったのだろうか。
考えれば考えるほど、あれだけ家族同然に思っていた人が他人になっていく。離れていく。
彼女は無意識に深く俯き、胸の内から込み上げてくるものを必死で抑えていた。
そんな霊夢の暗い気持ちを知ってか知らずかーー
「あーもう焦れったいっ!! らしくねぇぞ霊夢っ!!」
ーー苛立った魔理沙は立ち上がって怒鳴るのだった。
そして霊夢の手を掴み、外へ引っ張り出す。
注ぎ直したお茶は再び零れ、今度はしっかりと畳を染めた。
「あぁお茶がっ! 何すんのよ魔理沙!」
一難去ってまた一難。今度こそ畳に降りかかったお茶を見、霊夢は手を引く魔理沙を睨みつけた。
しかし当の彼女は、そんな事は欠片も気に留めず、霊夢を外に引きずり出しながら叫んだ。
「ウジウジ焦れったいんだよお前!
「!」
その言葉は、霊夢の心に降り積もった暗い雪を溶かしていった。
そうだ。 心を読めるわけではないのだから、人の本性を考えたって答えは出ない。他人が考えたところで全て理解できるほど、人というのは易しくないのだ。
当たり前の事なのに。
今までだって、思ったままに行動してきたのに。
ーー確かに、私らしくなかった。
「……そうね。ちょっと、思いつめすぎたのかも」
「そうだぜ! お前の頭の中はいつも春なんだから、らしくもない冬の陰りなんて似合わないぜ!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
あれやこれやと、言い合う二人ーー特に霊夢ーーは暗い表情から一変、憑き物が取れた様に笑みを浮かべていた。
それは、ここ博麗神社に訪れれば大抵見る事の出来る"いつもの風景"である。
「分からないなら聞いてくりゃ良い」
「それで気に入らなかったら……」
「「ぶん殴る!」」
そう、分からないなら知ろうとする。それが気に入らないならぶん殴って、何で隠してたんだ! と言ってやればいい。兄妹同然の仲だ、それくらいしても良いだろう。
お互い、微笑みをたたえて拳をコツンと打ち付け、二人は魔法の森へと急いだ。
(あ、結界も修復しなきゃ……まぁ後ででいいか)
最後らへんが雑でした……
ではでは。