東方双神録   作:ぎんがぁ!

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後半がちょっと急足でした……。

ではどうぞっ!


第百十話 "知らない他人"

「いやぁ危なかったな。一歩遅かったら手遅れだった」

 

目の前の男は、背を向けたまま呟いた。

小さい頃から見ていた、大きな背中。花の刺繍の入った黒い羽織。優しげなその声。全てが霊夢の知っているものだった。

だからこそ(・・・・・)、戸惑う。

 

 

何故、この人ーー神薙双也がこんな場所に居るのか。

 

 

彼女の中での双也という人物は、見た目がとても若々しい唯の兄貴分だ。それこそ、彼女が小さい時から側におり、神社に来ては寛いでいて…彼女が思春期に入り、一番初めに異性として認識した人物でもある。言うなれば、とても近くに居た、知り尽くした人物(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なのだ。

なのに。なぜ。

 

「双也にぃ! なんでこんな所にーー」

 

スッと、双也は手で彼女の言葉を遮った。

しかし、今の彼女にとってはそれも煩わしい事で、一瞬口籠もりながらも構わずに言おうとする。が。

それも彼の言葉によって遮られた。

 

「霊夢、刀に霊力を流す準備しとけ」

 

「え?」

 

「さっさとせき止めないと面倒だぞ」

 

なぜそんなことまで知ってる?

霊夢の頭に、当然の疑問が浮かび上がる。しかし、彼の言うことが最もだというのも同時に理解していた。

だから問い詰めるのは後にするとして。

霊夢は再び柄に触れた。

 

「■■■■■■■■ッ!! ■■■ッ!?」

 

再度、西行妖が声とも思えない叫びを上げ、弾幕を放った。その圧力に押され、蓋の修復を止めてまた縮こまろうとする霊夢。

その肩に、双也の手が置かれた。

 

「大丈夫、続けてろ」

 

彼の手のひらが、迫る弾幕へ掲げられる。

そして、一言。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

彼の手から現れた透明な結界。それは西行妖の弾幕を、いとも容易く防いでいた。結界にヒビが入る様子も、ガタつく様子も無い。魔理沙たちの方を見れば、彼女の方も同じような結界に守られ、まだ無事であった。

我が身と二人の無事にホッとする中、彼女はただただ驚愕していた。

当たり前だ。博麗の巫女として相当な実力を持っていると自負していた自らが防げない攻撃を、ただの人間と思っていた人が顔色一つ変えずに防いでいるのだから。

そしてーーただの人間と思っていた人が、底が見えない程の途方も無い霊力を放っているのだから。

 

「■■■■■■■ッ!!!」

 

「おうおう荒れてるな。…霊夢、早くしろよ」

 

「あ…うん…」

 

どこまでも余裕そうに自らを守り続けるその男(・・・)。混乱のあまり彼の背中を凝視していた霊夢は、生返事ながら答える。言われたまま、"蓋"の修復を始めた。

 

「■■■ッ!! ■■■■ッ!!!」

 

「いい加減大人しくしてもらおうかーー特式六十一番『光輪天牢』」

 

 

ーー西行妖の周囲に光の輪が現れ、無数の杭に胴体を貫かれる。

 

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

 

ーー太い鎖状の霊力が、光輪天牢の上から巻きつく。

 

 

「特式七十九番『八十一式黒曜縛』」

 

 

ーー黒い塊が周囲に八つ、別角度で更に九つ、そして中心に一つ放たれ、空間に繋ぎ止められる。

 

 

そのあまりに強固な拘束に、西行妖の攻撃は次第に弱まり…間も無く完全に消え失せた。

それでも双也を睨みつけたまま何事かを叫び続ける西行妖。それはまるで、かつての憎き相手に罵詈雑言を吐いているような醜い姿だった。

そんな西行妖を見、彼は冷めた目でポツリと呟いた。

 

「…どうやら、俺の事は憶えてるらしいな。…でも、今のお前じゃ相手にならねぇよ」

 

険しい視線を叩きつけながら、双也は再び手を掲げ……振り下ろす。

 

「幽々子から離れろっ! 西行妖!!」

 

 

 

ボワァッ!!

 

 

 

幽々子から不気味な妖力が放出される。同時に、先程まで彼を睨みつけていた目も力を失い、フッと首をもたげた。

妖力が離れたのを確認した双也は、拘束を解いて幽々子のみを引き寄せ、抱き留めた。

 

「はぁ、こんな再会になるとはなぁ…」

 

眠る幽々子を見、そう呟く双也。まるで本当に眠っているだけの様な、穏やかな表情をしている。耳をすませば寝言が聞こえてきそうだ。

しかし、その一時の優しげな表情も一瞬限りで引き締め、双也は集まっていく妖力に目を向けた。

 

集められた西行妖の一部(・・)は、真っ黒な霧の様にモヤモヤとしており、その真ん中に一つ、気味の悪い目玉が付いていた。

妙にギョロギョロと忙しなく動いており、とても気持ち悪い。

 

「そ、双也にぃ! 修復終わったわよ!」

 

その時、霊夢の声が響いた。それは封印し直した事を知らせるモノ。つまり、妖力の回帰を防いだ事の証明である。

確かに、あの気味の悪い妖力が大きくなっていく様子は見受けられない。

それを聞いて一つ頷いた双也は、再び目を向け、言う。

 

「もう…俺の前に現れないでくれ。

 

 

 

 

ーー破道の九十六『一刀火葬』」

 

 

 

 

刹那、地面から刀の鋒を模した爆炎が噴き出した。

それを見つめる霊夢も、魔理沙も、咲夜も、あまりの熱量に手で顔を覆い、熱風に必死で耐えているのだった。

超高密度の霊力の塊であるそれは、今や双也の十分の一にも満たない西行妖の妖力を塵も残さず焼き焦がした。残り香すら残っていない。

ーー完全に、消滅したのだ。

 

西行妖(本体)に咲いている桜の花びらも、ユラユラとゆっくり散っていった。

 

 

 

 

 

 

「これで、異変解決だな」

 

火柱が消えるのを確認し、双也はポツリと呟いた。

抱き抱えた幽々子を比較的平らな所に降ろすと、当初の目的であった"忘れ物"を手に取るため、それに近寄った。

忘れ物ーー彼の愛刀、天御雷は千年以上経った今でも、蒼く美しい刀身を輝かせていた。昔と違うのは、その中に忌むべき力が封印されていることか。

その事に少しだけ悲しさに似たモノを感じながら、双也はその柄に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー瞬間、彼の身体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…」

 

その衝撃は、彼にとってはさほど痛くもない攻撃であったが、逆に少しだけ彼をイラつかせた。

何十年も待って、やっと取り戻したと思った矢先に邪魔が入ったのだ。面倒事が嫌いな彼ならば、その事にイラつきを覚えるのも当然だろう。ましてやそれが……

 

「……何すんだよ、霊夢」

 

「………………ッ」

 

妹分である、霊夢ならば。

 

はっきり言えば、今の霊夢にまともな判断力など無い。

後に春雪異変と呼ばれる今回の異変において、彼女の予想を超える事象が多発し過ぎたのだ。

今まで見たことも無いような"化け物"。

無敵と思っていた究極奥義の敗北。

そしてーーその化け物を圧倒した兄貴分。

 

先述の通り、霊夢にとっての双也は唯の兄貴分である。霊力など殆ど持っていないし、ましてや妖怪を相手にするなど考えられない唯の人間だ。偶に"どうやってこんな長い時間容姿を保ってるのかしら"と不思議に思ったことはあった。しかし霊夢はまだ子供だ。知り得る知識には限界がある。故に、"私が知らない事もあるのだろう"と軽く見逃していたのだ。

 

それが、どうだ。

 

人間であるはず(・・・・・・・)の人が、自分が敵わない(・・・・・・・)相手を圧倒していた(・・・・・・)

 

……信じられるはずは無い。

正確には、その二つの眼で実際に見たのだから、頭は理解しているだろう。しかし、心はそれに付いて行かなかった。

 

双也にぃって妖怪を倒せるんだ。

ーー人間なんじゃなかったの!?

 

双也にぃって実は凄い人なんだ。

ーーどうして戦えるの!? 私が足元にも及ばないのに!!

 

双也にぃには多分敵わないなぁ。

ーーそんなの認められない!!

 

双也にぃは私に隠し事してたんだね。

 

 

 

 

ーーじゃあ、私の知る双也にぃはなんだったのッ!?

 

 

 

 

彼女は、グルグルと答えの出ない渦の中を彷徨っていた。

数年間会わなかったとはいえ、昔から見ていてよく覚えている、双也の姿。

西行妖の攻撃を吹き飛ばした、強い双也の姿。

同じ、しかし異なる彼の姿がフラッシュバックし続けた結果、霊夢の中での双也という人物は、"良く知る兄貴分"から"全く知らない他人"へと変わってしまっていた。

 

"知らない他人"が、たった今封印した刀を引き抜こうとしている。

 

霊夢が邪魔をするのも当然だった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

「お、おい霊夢、大丈夫かよ?」

 

異変が解決したと判断した魔理沙たちが霊夢の元に降りてきて声をかける。混乱が表出しているのか、彼女の息はとても荒い。魔理沙の問いにも答えることはなかった。

 

「双也? あなた霊夢に何かしたの?」

 

彼女の異常を目の当たりにし、多少心配した咲夜が双也に尋ねた。彼は眉根を寄せ、"心配している"とも取れるような鋭い視線を霊夢に向けていた。

 

「心当たりは…あるな。俺が悪い」

 

表情を崩さぬまま、小声で言った。

双也自身も、霊夢がこうも混乱している理由に感づいていた。そして自らの言動を辿り、霊夢にそう思わせてしまった事を少なからず悔いていた。

 

「…双也(・・)、アンタが何を企んでるのかは知らないけど、この封印に手を出すなら容赦しないわよ…!」

 

「! ……」

 

もう"にぃ"すら付けてくれなくなったか…。

霊夢の変化に寂しさを覚える双也。霊夢に妹の様に接してきた彼からすれば、双也にぃという愛称は心地良いものだった。それが、失われた。

双也にとって、それは寂しさというより空虚さを浮き上がらせていた。

しかしーーそれはそれ、である。

 

「悪いけど、霊夢。今回ばかりは邪魔されたくないんだ」

 

「そう……ならここでーーッ!?」

 

その刹那、双也は既に霊夢の背後を取っていた。

そしてその手は、刀の柄へ。

 

「ッ!!」

 

咄嗟に、霊夢は大弊を横に薙いだ。もちろん、突然現れた双也に向けてである。霊力の籠りやすい作りをしているその大弊は、少しそれを込めるだけで相当な威力を発揮する。それは相手が妖怪でなくとも変わらない事だ。

少しだけでいいものを、霊夢は混乱していることから大量の霊力を込めて振るう。

しかしーー双也相手には通用しなかった。

 

「くっ…」

 

彼は片手で軽く、受け止めていたのである。

口元から苦しげな声を上げる霊夢に対し、双也はしかし攻撃しなかった。理由など分かりきっている。霊夢(妹分)を傷付けたくないからだ。

しかし、そんな事を欠片も考えていない霊夢には大きな隙でしか無かった。

続けて、彼の居る空間へ弾幕を放つ。

 

弾幕の着弾音がけたたましく轟く。それを間近で見ていた魔理沙と咲夜も、それぞれ耳を塞いだり手で埃を掻き分けたりと対処していた。

そして双也は……

 

「………落ち着けよ、霊夢」

 

再び元の場所へと舞い戻っていた。

その手には、蒼い刀身の刀とその鞘が。

そして平然と言葉をかけてくる双也に、霊夢は更に苛立ちを募らせた。

 

「…うるさいっ!!」

 

叫び、構える。

"封印を抜き去った知らない奴"を叩き伏せる為に。

怒りや苛立ち、混乱、それらを全て綯い交ぜに。

 

「神霊『夢想封印』ッ!!!」

 

ーー解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢刀(むとう)朧薙(おぼろなぎ)』」

 

 

が、それは容易く断ち切られた。

何処から振るわれたのかすら分からない。しかし、確かに両断されている。

 

霊夢はこの技を知っていた。

得物の大きさは変わらないのに、断ち斬れる範囲のみ伸ばして両断する、ムチャクチャな技。

 

「………霊夢、何をしているのですか?」

 

母、霊那の技である。

 

妖夢を下し、双也の後を追った霊那は、到着した所で霊夢が双也に攻撃するところを見て、剣撃で邪魔したのだった。

双也の隣に降り立った霊那は、普段よりも少しばかり鋭い視線を我が子へと突き立てた。

 

そんな視線を向けられた霊夢だが、彼女は母が現れた事に驚くどころか、怒鳴り上げた。

 

「お母さんっ! なんで邪魔するの!? ソイツ(・・・)は封印した刀を持ち去ったのよっ!?」

 

「!!」

 

彼女の言葉の変貌に、霊那はいち早く気がついた。

そして、その事に最も関係のある双也へ振り向く。

ーー彼は無言で頷いた。

 

「そういう…事ですか…」

 

事の顛末を察した霊那は霊夢に向き直り、先ほどの鋭い視線とは打って変わって心配するような表情をした。

双也が霊夢に隠していた事の内容を知る霊那の瞳には、それを受け止めきれていない我が子の姿が酷く弱々しく映っていた。

 

あの子にも気持ちの整理が必要ですね…。

そう考えた霊那は、隣で少し俯いている双也を促した。

 

「行きましょう、双也さん」

 

「…ああ」

 

小さく頷き、取り戻した天御雷で空を切る。すると、その部分にだけ黒い空間が開いた。双也、続いて霊那が入っていく。

 

「待ちなさいっ!!」

 

「霊夢」

 

黒い空間を潜る直前、霊那は振り向き、優しい声音で言った。

 

「あなたの中の双也さんを、決して忘れてはいけませんよ。でなければ……"兄妹"が仲良く過ごす時間はもう戻ってこなくなってしまうでしょう」

 

ーー兄を、信じなさい。

 

黒い空間が、閉じた。

 

残されたのは、混乱での荒い息が治り始めた霊夢と、その後ろ姿を不安そうに見つめる二人だけだった。

 

 

 

 

 




今回の章…凄い長くなりそうです…。

ではでは。

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