ではどうぞー!
冥界の、西行妖のその根元。
異変解決者として立ち上がった三人は、皆同じ方向を向いて立ち止まっていた。
その頰には、一筋汗が流れていく。
「コレは…なんかヤバそうね」
「へっ…こんなおかしな異変とは思ってなかったぜ。あの桜、一体なんなんだ?」
「さぁ…分からないけど、とんでもなく悪いモノなのは明確ーーッ!!」
"ソレ"には、霊夢だけが反応できた。
博麗の巫女として、才能に関しては歴代トップレベルのモノを持つ霊夢だけが、その才能と生まれつきよく当たる勘の元に、一番早く気づく事が出来たのだ。
"ソレ"に長く触れ合ってきたから、というのもある。博麗の巫女という役職上、"ソレ"に関わらずに生きていく事など不可能だ。むしろ、それを拒んでしまえば博麗の巫女としての立場など消え失せる。加えて、八雲紫にもこっ酷く"お仕置き"される事だろう。
内心面倒だと思いながらも、なんだかんだでその役職を続けてきた霊夢が一番早く"ソレ"に気が付くのも、まぁ当たり前というところだ。
"ソレ"ーーつまり、
「二人共ッ!! 避けなさいッ!!」
「は?ーーがはっ!!?」
刹那、魔理沙が何かに被弾し、苦痛の声を上げて吹き飛ばされた。
霊夢も突然の事で反応しきれず、自分の前に結界を張って警告するので手いっぱいだったのだ。
吹き飛ばされた魔理沙に、心配の声をあげる暇もなく、霊夢の張った結界には、今までとは桁違いの威力を誇る弾幕が衝突していた。次第に、結界にもヒビが入っていく。
「何よっ……この威力はぁっ!」
思わず声を荒げた。
いつも余裕を残して戦う霊夢とは思えない、切羽詰まった声だった。
ここに魔理沙が居たなら、驚いてギョッとしている事だろう。
霊夢は結界で弾幕を防ぎながら、その身体で感じていた。
様子のおかしくなった幽々子から感じる、途方もない妖力を。
大妖怪とも時折手を合わせる霊夢が、感じた事のないほどの強大な力である。それはその弾幕の速度に、量に、威力に、刻々と浮き出ていた。
ーー結界が保つのも、もう僅か。
「霊夢っ!」
振り返りはしない。そんな余裕は霊夢には無かった。
しかし、声でその主は分かる
ーー咲夜だった。
「あんた無事だったのね! 異変解決初心者の癖して中々やるわね!」
「時間を止めて隙間を縫っていたわ。この弾幕を避けるのは骨が折れそうだったからね」
咲夜の顔にも、汗は浮かんでいた。
結界で防御する事も出来ない咲夜では、この状況に危機感を覚えるのも当然だろう。むしろ、覚えない方がそれはそれでおかしいのだが。
手の甲で額の汗を拭いながら、今も必死で防御し続ける霊夢に話しかける。
「どうするの霊夢。アレ、どうにかなるかしら?」
「どうにかするしかないでしょっ。私たちしかここには居ないんだから!」
そう、霊夢なりに強気の言葉を放った。
しかし、当の霊夢としては思っていたよりも弱々しく、情けない声であった。
彼女自身も、"アレを止められるか"と訊かれれば、自信を持って頷く事は決して出来ない。それ程までに、アレは化け物じみた力を持っていた。真っ向から挑んで、勝てる可能性など殆ど無いだろう。こちらは三人もいて、圧倒されているのだから。
どうにかするしかない、と。
どうにかする、と。
それは博麗の巫女のプライドというより、彼女自身の覚悟に近かった。
どうにかしない限り、私達はきっと無事では済まない。
でも逃げてしまえば、取り返しのつかない事になる予感がする。
ならばーー。
かつてない危機感に、霊夢の頭脳が冴え渡る。
「咲夜! もうすぐ結界も壊される! 合図するから、その後の援護頼めるっ!?」
「魔理沙はどうするの!」
焦燥を浮かべて叫ぶ咲夜に、霊夢は背を向けながらも口の端を釣り上げた。
「大丈夫。あんな攻撃で落ちるほど、私の親友は甘くないのよ」
霊夢は知っている。いつだって落ち着かなくて、おしゃべりで、反論すれば屁理屈で返してくる私の親友は、一発で落とされるほどの弱者ではないと。
彼女が積んできた努力も、霊夢は知っている。
私に食らいつこうと成長し続ける彼女も、霊夢は知っている。
彼女の呆れるほどの根性も、霊夢は知っている。
だから言える。
アイツはこんな事では諦めない、と。
霊夢の言葉は、咲夜にとっては信憑性の無い事だったけれど、不思議と信じられる力が篭っていた。焦燥に駆られた顔も、次第に冷静さを取り戻し始めていた。
「…そう。分かったわ。なら、援護は任せなさい」
「ええ!」
弾幕は未だ激しい。
嵐の時の雨粒と間違うような量の小弾幕に、時折衝撃波のように放たれる大弾幕。加えて四方八方に飛び交うレーザー。
"メチャクチャ"という言葉が相応しい敵を目の前に、霊夢は、覚悟を決めた。
「行くわよ、咲夜」
ーー3
「ええ」
ーー2
「必ずアレを……」
ーー1
「黙らせるッ!!」
ーー0
結界が破壊されるけたたましい音と共に、二人は前に飛び出した。迫ってくる弾幕もそれ相応に早く見える。
当たればタダではすまないであろう弾幕の嵐に、二人も同じように恐怖は感じていた。だが、それはそれぞれが決めた覚悟が押さえつけてくれる。二人の覚悟は見事に恐怖に打ち勝っていた。
霊夢は焦りの表情を見せず、ただただ大きな霊力を練り上げ始めていた。
霊力を練るのに集中している霊夢は、今とても無防備だ。
嵐の中に無防備な人が入り込むとどうなるかなど、想像するのは簡単だろう。
雨粒は、ただ彼女を打ち砕かんと迫る。
ーーが。
カチリ
その為の援護である。
咲夜は自らに迫る弾幕を避けながら、霊夢に迫る弾幕にも目を配っていた。
そして彼女に迫る物があれば、時を止めて処理するか、霊夢自身を移動させて強制的に避けさせる。
咲夜の身体にかかる負担は大きいものだ。能力だって無限に使えるかと言われればそうでもない。必ず限界は存在する。
しかし、ここで無理しなければどこでするというのか。これはもう生死をかけた戦いに等しい。相手がこちらに向けているのは紛れも無い殺気で、向こうが考えているのは…"殺す"。それだけである。
もはやコレは、弾幕勝負などという"遊び"ではないのだ。
幽々子の元まであと少しというところ。援護を行う咲夜にも限界が訪れていた。嵐の如く迫る弾幕を能力の連続使用によって避けていれば、これ程短時間で限界を迎えるのも当然の事だろう。
しかし、幽々子の弾幕は容赦と言うものを知らない。
限界を迎え、咲夜の援護を満足に受けられない霊夢へと、これでもかと強烈な弾幕が飛来する。
ーーその刹那、二人の目の前に閃光が走った。
咲夜にとっては"見た事がある"。
霊夢にとっては"馴染み深い"。
霊夢の信じた唯一の"親友"、その代名詞である。
「行けっ! 霊夢ぅっ!!」
ボロボロの姿の魔理沙が放ったマスタースパークは、霊夢と幽々子の間に存在した弾幕を消し飛ばした。
ーー千載一遇のチャンスである。
彼女へと目配せだけ行い、霊夢は練り上げた霊力を解放した。それは、元々大きな霊力を持つ彼女が改めて繊細に練り直した、とても強力なものである。それを用いて弾幕を放てば、そこらの妖怪などいとも簡単に消し飛ばす事が出来るだろう。
"赤子の手を捻るより簡単"。それ程のものである。
その強大な霊力を込め、構えた。
「喰らいなさいッ!!」
最早、霊夢を阻むものは存在しない。
あるのは幽々子の放つ途方もない妖力、それにぶつかる霊夢の霊力だけだ。
ーーこれで終わらせる
霊夢はそれだけを考えていた。目の前の強大な敵に対し、他の思考などは邪魔にしかならない。彼女の視界には、最早幽々子しか映っていなかった。背景すらも無意味なものと切り捨てる。
目の前に力無く佇む幽々子ーーいや、彼女に取り憑く"西行妖"。それだけを見つめ、それを叩き潰す事だけを考えーー
ーー霊夢は、放った。
「『夢想天生』ッ!!」
練り上げられた霊力は、"億"に及ぶかと言うほど無数の札に宿り、"西行妖"を叩き伏せるべく迫った。
彼女達は理解していなかった。
西行妖ーーそれがどれ程の"化け物"であるか。
遠い昔、この桜の木が、どんな事象を巻き起こしたのか。
今まで、自らの物差しの範囲内でしか妖怪を見た事がなかった彼女らからすれば、例え心の内で薄々分かっていようとも、この桜の木を理解する事が出来ないのも当然である。
仮に、この場にかつて西行妖と戦った者の一人ーー八雲紫が居たとすれば、彼女は必ずこう考えるだろう。
ーーこの程度の筈がない。
と。
当時でも他と隔絶した力を持っていた三人が、
当時の彼らと比べても、戦力的、実力的に圧倒的に劣る霊夢達が、弾幕を防御できる? 消し飛ばせる?
……そんな筈はない。
ならば……考えられる事は一つだけ。
「嘘……でしょ…!?」
今の西行妖の力は、
正確には、少しずつ力を取り戻しつつあるが、全快と言うには程遠いのだ。
霊夢の技は、西行妖から放たれた妖力によって、容易く吹き飛ばされた。
西行妖は、まるで微動だにしていない。
「あ、あああ……」
本気で放った。
二つ型がある内の、特に攻撃的な型の本気の技。
どこまでも集中し、どこまでも丁寧に、どこまでも力強く発動させた、究極奥義。
それが、いとも簡単に砕かれた。
そのあまりのショックに、霊夢は西行妖の前に佇んだまま動けなくなっていた。
彼女の名を叫ぶ二人の声も、まるで届いていない。
西行妖は彼女の姿をただ静かに見つめ、さも何も思ってないように…いや、何よりも無情に、再び、弾幕を放つ。
今の霊夢に、避ける
中盤くらいから霊夢達がこのまま勝つと思った人、素直に言ってください( ̄▽ ̄)
あ、あと今回の夢想天生は心気楼varです。
ではでは。