遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第77話 覇王Ⅱ

 

 ――家族との団欒を楽しんでいた者、友と気の置けない語らいをしていた者、恋人と寄り添いあっていた者。

 それらを享受していた者は、その全てがいきなりこの過酷な世界に放り出されている。

 

 

 そこに精霊や人間という括りは関係がない。それこそ天災としか言いようのない事態に巻き込まれた彼らはしかし、嘆くだけで終わらなかった。

 無論だれもが悲しんだし、現状を恨んだ。何故自分がと声を大にした。しかし、それでも彼らは腐ることだけはなかったのだ。この弱肉強食の厳しい世界で、彼らは必死に生きようとしていた。

 たとえそれが必要に迫られての妥協の産物であっても、彼らは確かに未来に目を向けて生きていた。それは誇ってもいい事であっただろう。

 だが、そんな彼らを覇王軍は踏みにじった。容赦なく死をもたらし、彼らが築き上げた村々は無残にも崩され、壊された。

 それは物質的な破壊だけに留まらない。彼らが絶望を乗り越えて紡ぎあげた希望という心すら亡きものにする、まさしく外道極まりない行為であったのだ。

 

 ジムはその事実を旅の過程で知るごとに、覇王軍に対して義憤を募らせていた。覇王城への突入に積極的だったのはもちろん十代のことがあったからだが、そんな覇王への対抗心が微塵もなかったといえば嘘になる。

 覇王軍とは、そして覇王とは嫌悪すべき存在。ジムはその考えを当然のものと思っていたし、また正しいと思っていた。

 

 今、この時までは。

 

 

「何故だ、十代! 何故お前がこんなことをしている!」

 

 いっそ悲痛なまでに、ジムの声はかすれていた。それはあまりの衝撃と驚愕によって一気に口の中の水分がなくなってしまったからだった。

 残虐非道な覇王軍、その首魁――覇王。その正体が彼らの友である遊城十代であるなど、どうして予想することができようか。

 義に厚く、そして情に厚い友が一体どうして。その戸惑いを声に乗せて、ジムは叫ぶ。

 

「十代ッ!」

 

 だが、対する覇王の返答にはどこまでも抑揚がなく、感情というものが感じられなかった。

 

「……言ったはずだ。戦士ならば――」

 

 おもむろに左腕を持ち上げると、胸の前で構える。鎧に重なるように着けられているデュエルディスク。コンパクトに畳まれたそれが回転を始め、その遠心力によってカードを置くべきスペースが展開された。

 その左腕をゆっくりと下ろし、覇王はジムたちへと視線を向ける。

 

「戦いで示せ」

 

 臨戦態勢。ただそれだけだというのに、言いようのない迫力を三人は感じ取った。

 まるで覇王から風が巻き起こり、それが彼らに叩きつけられているかのような圧迫感。これがただの闘気なのだとすれば、いったい覇王の力とはどれほどのものなのか。

 知らず噴き出た汗が頬を伝った。

 

「三人で来い。それぐらいでちょうどいいだろう」

 

 彼らを完全に下に見た物言い。覇王の言い方に反感を覚えてその顔を見れば、その表情は変わらず動かぬままだった。

 それを見た時、ジムは悟らざるを得なかった。覇王は心から自分たちなど敵ではないと思っているのだ、と。

 そしてそれは彼が彼らが知る十代ではないと思い知るに十分な態度だった。他人を嘲るかのごとき言葉を、意図してのものではないとはいえ十代が言うはずがなかったからだ。

 

「……本気なのか、十代」

 

 返答はない。そして真っ直ぐにこちらを見据える金の視線は揺らがないままだった。

 ならば、本気なのだろう。十代は、本気で自分たちに求めている。

 命を懸けた戦いを、仲間に対して。

 

「十代くん……」

 

 ジムやオブライエンよりも長く一緒にいたマナの呟きにも反応がない。

 遠也やヨハンがここにいれば、とジムやオブライエンは思わずにはいられなかった。あの二人は十代にとっても親友と呼ぶべき間柄だ。自分たちがそれに劣るとは思わないが、それでも彼らならば十代に影響を与えられたのではないかと思える。

 だが、二人はいない。なら、自分たちでどうにかするしかなかった。

 

「Hey、マナ、オブライエン! どうやら、やるしかないみたいだぜ……!」

「だが、ジム! この世界でのデュエルは……!」

 

 オブライエンが懸念するのはそこだった。この世界では、デュエルに敗北した者は死ぬ。どちらかが死んでしまう戦いならば、それは安易に受けるべきではない。

 その心配は尤もだった。ジムは頷きつつも、一度空へと顔を向ける。天空に流れる青い彗星。それがやがて赤くなって自身へ向かうコースへと軌道を変える。

 その現象は自分だけにしか見えていないのだろうなと思いつつ、ジムは包帯が巻かれた右目に触れる。そしてすぐにその手を離すと、デュエルディスクを起動させた。

 

「ジムッ!」

「オブライエン、俺は十代の命を奪うためにデュエルをするんじゃない」

 

 明確にデュエルする意思を見せたジムに、オブライエンが焦ったようにその名を呼ぶ。

 オブライエンも、もう仲間の命を失うようなことは御免なのだ。だからこそ、これだけ必死になっている。

 そんなオブライエンの気持ちを汲み取りつつも、しかしこれは必要なことなのだとジムは確信している。だから、デュエルディスクを着けた腕をジムは覇王に突き付けた。

 

「十代、俺はお前を必ず取り戻す! それが俺の使命だからだ! ――友よ!」

 

 覇王からの反応はない。だが、それは予想していたことだ。ジムに動揺はなかった。

 しかし、オブライエンは訝しげにジムを見ていた。

 

「使命だと? ジム、それはどういう……」

「Sorry、オブライエン。今は時間がない。またいつ覇王軍が来るかもわからないんだ。その質問には――」

 

 言いつつ、ジムはデッキからカードを五枚引く。

 

「あとで答えるぜ」

 

 既にデュエル開始の宣言をすれば戦いが始まる状態。

 そんなジムにオブライエンは嘆息しつつ、彼もまた自身のデュエルディスクを展開してデッキからカードを五枚引く。

 この状況に納得したわけではない。だが、ジムのことをオブライエンは信頼している。そのジムがこうする以上、何か意味があるのだろう。ならば自分はそれを信じるだけ。オブライエンはジムの隣に並んで立った。

 

「Thanks、オブライエン」

「気にするな、俺も十代を助けたいだけだ」

 

 これで、二人。残すは……。

 

「……二人とも、思い切りがよすぎるよ」

 

 マナはどこか呆れたように言葉を漏らした。

 覇王の正体が十代であると知った時の衝撃は自分と同じはずなのに、二人はすっかりデュエルで十代を取り戻すつもりでいる。自分はまだその衝撃が抜け切れていないというのにだ。

 その即断即決ぶりを見ると、なんだか色々と考えてしまう自分のほうが馬鹿みたいだった。

 

 けれど。

 

「……戦うしかないんだよね」

 

 マナもまたデュエルディスクを装備して起動させる。独自のものである二人のそれとは違い、マナのデュエルディスクはアカデミアの支給品だ。今はもうこの中ではマナしか使う者がいないデュエルディスク。

 そのディスクにデッキを差し込み、マナもまた手札となるカードを五枚引いた。

 その手に握られたのは、遠也から受け取ったカードたち。もともとは遠也のものだった魔法使い族デッキ。それを譲られた時のことを思い出し、マナはそっと目を閉じた。

 

 ――お願い、遠也。私たちに十代くんを助けるための力を貸して。

 

 気休めかもしれない。しかし、マナはただ願うだけでも勇気づけられるような気がした。どこかできっと生きているだろう遠也。きっと、十代が覇王でいることを知ったら遠也は悲しむだろう。

 だから、ここで自分が……自分たちが十代を助けてみせる。

 そう決意を固めて目を開き、ジムとオブライエンに目配せをする。

 それを受けた二人は頷く。そして三人は一斉に覇王へと向き直った。

 

「……ゆくぞ。このデュエルでは変則ルールを用いる。互いのライフは各々4000。最初のターンは全員バトルフェイズを行えない。ターンはお前たち三人が続けて行う。ただし先攻はもらう」

 

 三人の準備が整ったことを見てとった覇王が、淡々と告げる。

 しかしその告げられたルールは驚愕に値するものだった。このデュエルのターンは覇王、ジム、オブライエン、マナの順で進む。それはつまり覇王の次のターンが来るまでに三人のターンを挟むということである。

 圧倒的までに不利な展開。それがわからないわけではないだろうに、覇王の表情には一切の動揺は見られなかった。

 自分から言い出したということもあり、そこまで己の強さに覇王は自信があるのだろう。そしてその自信は溢れ出る風格となって覇王を纏っている。そういった点にあるいは覇王軍はカリスマを見出しているのかもしれなかった。

 そしてその風格は圧力となって敵対者に牙を剥く。叩きつけられる威圧感に三人は意識せずとも竦みそうになる。しかしそんな体を叱咤して、彼らは心だけは負けてなるものかと真っ向から立ち向かうのだった。

 必ず十代を助け出す。共通して抱くその思いを吐き出すようにして、四人の開始宣言が重なった。

 

 

 ――デュエルッ!!

 

 

覇王 LP:4000

ジム LP:4000

オブライエン LP:4000

マナ LP:4000

 

 

「……ドロー」

 

 宣言通り、デュエルは覇王から始まる。

 静かにカードを引いた覇王は、そのカードを一瞥するとそのままディスクに差し込む。

 

「カードを1枚伏せる。ターンエンド」

 

 呆気ないほどに動きもなく終わるファーストターン。

 その威圧感とは裏腹に静かすぎる立ち上がりに、ジムたち三人の心には戸惑いが生まれていた。

 

「カードを伏せただけだと……? 確かにこのデュエル、1ターン目は誰も攻撃はできないが……」

 

 ジムが意図が読めないとばかりに訝しげに言う。それはもちろんオブライエンとマナにとっても同じであり、ジムの気持ちはそのまま彼らの気持ちでもあった。

 

「だが、俺たちが勝って十代を取り戻すには好都合だ、ジム」

「うん、油断はできないけどね」

 

 しかし疑念ばかり抱いていても仕方がないのも事実だった。ここは前向きに捉えるべきだと二人は言い、ジムもまたそんな二人の言葉に大きく頷いた。

 今は十代を取り戻すことに専念すべきなのだ。もしこれが作戦であろうと慢心であろうと、付け込めるならば付け込むだけである。

 

「いくぞ、十代! 俺のターン!」

 

 勢いよくカードを引いたジムは、そのカードを手札に入れて六枚の可能性に目を移す。

 そしてやがてその中から一枚を選び手に取った。

 

「俺は《フリント・クラッガー》を守備表示で召喚!」

 

 

《フリント・クラッガー》 ATK/800 DEF/400

 

 

 カタカタと乾いた音を鳴らしながら現れるのは、恐竜の骨格標本をそのまま動かしたようなモンスターだった。動くたびに鳴る独特の音を響かせながら、フリント・クラッガーは体を丸めて守備の態勢を取った。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 ジムのターンが終わり、次のターンプレイヤーは対戦者である覇王ではなくオブライエンである。

 バトルロイヤルですらなく、三対一というある意味卑怯ですらあるこの構図。しかし十代の事がある今、それで躊躇するオブライエンではなかった。

 ふいに金色の眼と視線が合う。そこから感じる得も言われぬ感覚にぐっと息を詰まらせながら、オブライエンはデッキトップに指をかける。

 

「……俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたオブライエンは手札にさっと目を通すと、そのうちの一枚を選び取った。

 

「俺は《ヴォルカニック・エッジ》を召喚! ヴォルカニック・エッジの効果! このカードの攻撃権を放棄することで、1ターンに1度、相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 

《ヴォルカニック・エッジ》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 恐竜を思わせる二足歩行の爬虫類型モンスターだが、れっきとした炎族である。それはその身から僅かに漏れる炎が証明しているだろう。

 エッジの名の通りに全身を刃のような鋭さの甲殻で覆ったヴォルカニック・エッジが、その口から炎を吐き出す。それは一直線に覇王へと向かい、そのライフを削った。

 

 

覇王 LP:4000→3500

 

 

 しかしそれでも覇王には一切の動きがなく、また放たれている威圧感にも変化がない。

 ライフこそ減っているものの、まだまだ余裕ということなのだろう。そう判断したオブライエンは、次のターンにどう出てくるかが勝負の肝であると感じざるを得なかった。

 知らず頬を伝っていた汗を拭う。油断はできないと自分に言い聞かせながら、一つ息を吐く。

 

「……俺はこれでターンを終了する!」

 

 オブライエンのターンが終わる。そして次に訪れるのが、マナのターンだった。

 その細い指がデッキの上に乗る。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 高い声に、いつもの明るさはなりを潜めている。

 その声に込められているのは何が何でも十代を取り戻すという決意だった。彼女にとって、十代は一年生の頃からの付き合いだ。友人としても、十代はかなり近しい位置にいるとマナは思っていた。

 それに何より、十代は遠也の親友だった。なら遠也がいない今、自分が助けなくてどうするというのか。

 

「私は《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! そして速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! 私の場に魔法使い族がいる時、私のモンスター1体をリリースして手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 そこまで言葉を紡ぎ、マナは静かに呼吸をした。そして、小さな声で呟く。

 

 ――お師匠様、私に力を……。

 

 このデッキに入っているのがたとえ彼女の師であるマハード本人ではなくとも、その存在に勇気をもらうことは出来る。

 

 ――その力の一端でもいい。この不肖の弟子に友達を助けることが出来る力をください。

 

 最も尊敬し敬愛する魔導の師に願いを捧げつつ、マナはデッキから一枚のカードを手に取った。

 

「魔導を極めし、最上級魔術師! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 空間に現れた棺に納められたジェスター・コンフィ。その棺が再び開かれた時、その名から現れたのは艶めく黒衣に紫の長髪が映える一人のマジシャンだった。

 細い杖を片手に持ち、その身から溢れる魔力が自身を照らす。杖をくるりと一回転させて、彼はそれを覇王に突きつけた。

 魔法使い族の代名詞ともいうべきモンスター、ブラック・マジシャン。通常モンスターながら最強の一角に数えられる魔術師が、マナのフィールド上にて滞空した。

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

「……まさか、この目でブラック・マジシャンを見る日が来るとは」

「さすがはブラック・マジシャン・ガールの精霊というところか……」

 

 二人の反応は武藤遊戯の伝説、そしてブラック・マジシャンの希少性を考えれば当たり前のことだった。

 一年生の頃から遠也を見ている仲間たちにとってはそうでもないが、ジムとオブライエンは遠也がマナに魔法使い族デッキを譲った後に知り合った仲間だ。マナがあまりデュエルしないこともあって見る機会はなく、今回が二人にとって初見となるのだった。

 そんな二人の横で、マナは自身のデッキのエースに信頼の光が込められた目を向ける。最初のターンは攻撃が出来ない。ならば、これ以上出来ることは何もなかった。

 

「私はこれでターンエンドだよ!」

 

 あとは自分のカードたちを信じるのみ。そう心の内で呟きながら、マナはターンの終了を宣言する。

 これで全員の1ターン目が終わった。つまり、ここからはバトルフェイズに入ることが可能になったということである。

 そして、次のターンは覇王。一体どんな手で来るのか、そしてその攻撃に耐えることが出来るのか。そういった不安が彼らを苛む。

 覇王から放たれる圧力は確実に彼らの心から余裕を削っていっていた。そしてそれほどまでの覇気を纏う男だからこそ、警戒が緩むことはない。

 E・HEROが持つ力、爆発力を彼らはよく知っている。なまじ知っているからこそどんな手で来るのか考えてしまう。三人は雑念を振り払いつつ、固唾を呑んで覇王の行動を見守った。

 

「……ドロー」

 

 最初のターンの時と同じく、静かに覇王がカードを引く。

 そして――そのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せる。ターンエンド」

「な、なんだと!?」

 

 覇王が取った行動に、オブライエンが信じられないとばかりに声を上げた。

 オブライエンだけではなく、ジムとマナも目を剥いて驚きを露わにしている。まさかこのターンもモンスターを出してこないとは思わなかったのだ。

 同様に驚く三人。しかしその中でもオブライエンの動揺は顕著だった。

 

「壁モンスターも出さず、ターンエンドだと!? わかっているのか!? このターンから俺たちはバトルフェイズを行えるということを!」

「………………」

 

 オブライエンは今の行動がどれだけ考えが足りないものであるかを言い募るが、覇王は黙して答えない。

 それが一層オブライエンの感情を刺激する。

 

「何とか言ったらどうなんだ、十代ッ!」

「よせ、オブライエン」

「ジム……だが!」

 

 オブライエンの前に腕を出して制止するも、オブライエンは気炎を吐き続ける。ジムはオブライエンの肩を叩いて強く言葉を続けた。

 

「落ち着くんだ! 普段のお前なら、もっとCoolでいられたはずだ。覇王の気勢に呑まれるとは、らしくないぜ!」

「ぐ……まさか、この俺が覇王に恐れを抱いていると……?」

 

 オブライエンは自分の手を見下ろす。小刻みに揺れるそれは間違いなく恐怖の証。知らぬ間に覇王が放つ闘気に気圧されているのだと悟り、愕然となる。自分の強さに自信を持つオブライエンにとって、誰かに怯えるなど考えもしないことだったからだ。

 だが、それはオブライエンだからこそ起き得た現象だった。常に戦場に身を置いてきたオブライエンにとって、相手の力を正確に測る能力は必須だった。それゆえ、オブライエンは相対したとき覇王に自分は敵わないと感覚的に悟ったのだろう。

 それをオブライエンは自覚する。しかし、それは認めたくない事実だった。何と情けないと心の中で自分を叱り付け、拳を強く握る。友を助けると言いつつ強大な敵を前に震える自分がいかにも矮小に思えて、オブライエンは悔しげに固く目をつぶった。

 だがふと、拳に温かみを感じたことにオブライエンは驚いた。一体どうしたことかと目を開ければ、そこには己の拳を手のひらで包むジムとマナの姿があった。

 

「ジム、マナ……」

 

 目を見開くオブライエンに、二人は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「オブライエン、恐れることはない。俺たちは一人じゃない」

「そうだよ。私たちは仲間でしょ? なら、三人で立ち向かえばいいじゃない、ね?」

 

 オブライエンはそう自分を励ましてくれる二人を見た。どちらの目にも込められているのは、自身に対する信頼。それを感じ取り、オブライエンはこんな時でありながら喜びを心に感じていた。

 これだ、と思ったのだ。これこそが自分の信念。大切な友、己の仲間たち。そうだ、この友たちのためにもここで奮起せずにいつするというのか。

 この二人だけじゃない。今はいない皆のためにも、自分は十代と遠也、ヨハンを助け出す。仲間のために。そのためには、立ち止まってなどいられない。

 

 今一度自身の中に蘇る決意、友への思い。それは染みわたるように心の中へと広がっていく。

 いつの間にか止まっていた震え。そしてオブライエンは一度目を閉じる。数瞬の後、次にその瞼が開かれた時には、その目にあるのは怯えではなく闘志だった。

 その表情の違いを目の当たりにし、二人はオブライエンと繋いでいた手をゆっくりと離した。

 

「ありがとう、ジム、マナ。俺はもう大丈夫だ」

 

 オブライエンは力強くそう言うと、真っ直ぐに覇王を見据えてデュエルディスクを構える。

 その姿を見て互いに頷き合うと、ジムとマナもまた覇王に相対する。再び横一列に並んだ三人に、覇王が向ける視線はどこまでも冷たい。

 それを受けても、もはやオブライエンが気圧されることはない。一人ではないという安心感と仲間への信頼がそうさせていた。

 そして改めて覇王と向き合いながら、オブライエンは「だが」と口を開く。

 

「やはり妙だ。なぜ十代はモンスターを出さない。十代のデッキ――E・HEROの本領は融合だが、何も手札融合にこだわる必要もないはずだ」

 

 落ち着いた声でオブライエンが二人に話しかける。それに対してジムもマナも明確な答えを返すことができず、その顔には困惑がある。二人も覇王の不気味な立ち上がりには違和感を覚えているのだ。

 なんらかの考えがあってのことなのは間違いがないだろう。しかし、それがまったく読めない。その得体の知れなさが彼らの警戒心を更に強固にするが、しかしその中においてジムだけが異なる感情を抱いていた。

 

「そうNegativeに考えるもんじゃないぜ、二人とも。考えようによっては、これは好都合だ。ここで一気に覇王を倒し、十代を取り戻す!」

「だがジム。この世界ではデュエルに敗北することは死を意味する。ただ勝つだけでは、十代を助けることは出来ないぞ」

 

 勢い込むジムにオブライエンが待ったをかける。そしてそのオブライエンが示した事実に、マナもこくりと頷いて懸念を露わにした。

 そう、この異世界ではライフポイントがゼロになることは死を意味する。そんな中で覇王となった十代を倒したとしても、その十代本人が死んでしまっては意味がない。

 ゆえに手詰まり。勝つことも負けることもできず、そもそも勝てるかどうかすら怪しい相手にどうすればいいのか。方針さえ定まらない二人に、ジムは毅然とした態度で一歩前に出た。

 

「No problem。……今こそ、俺に課せられた使命を果たす時だ!」

「使命だと? さっきもお前はそう言っていたが……」

 

 訝しげなオブライエンの声。それに、ジムは答えずに空を見た。

 つられるように、オブライエンとマナも空を見る。青く光る彗星が、尾を引きながら空を横切っている。いつもの通り、この異世界では当たり前のような光景。

 しかし、ジムは二人にとって驚くべき言葉を口にした。

 

「――あの彗星は、空を横切ってはいない。彗星は、俺に向かって落ちてきているんだ」

「なに?」

 

 突拍子もない発言に、オブライエンが思わず懐疑の声を漏らせば、同じような印象を受けたのだろうマナも声を上げた。

 

「ジムくん、一体どういうこと?」

 

 驚きと不可解さと。そんな意味を込めた目で見つめてくる二人に、ジムは小さく笑みを向ける。そして背中のカレンを一撫ですると、その表情を険しいものにして覇王に顔を向けた。

 

「――いずれ大切な友を救う時が訪れることを、俺は知っていた。この右眼が、そのための力だ!」

 

 言って、ジムは右眼に巻かれた包帯を一気に取る。

 これまで常に包帯を巻き、その下を見た者は誰もいなかった。恐らくは失明しており、ひどい怪我の痕があるのだろうと誰もが察していたジムの右眼。

 しかし、そこにあったのは凄惨な傷痕ではなかった。そしてその右眼に、オブライエンとマナは大きく目を見開く。

 何故なら、右の眼窩に埋まっていたのは眼球ではなく、金属の台座に乗った丸い宝玉だったのだ。

 

 ――幼い頃、密猟者の罠にかかりそうだったカレンを助けた時にジムは右目を失った。

 しかし代わりにジムはこの眼を手に入れたのだ。意識を失っていた自分にこの眼を埋め込んだのは、誰とも知れぬ老人。今となっては彼が何者であったのかなどジムには知る由もない。

 だが、彼は言ったのだ。その眼は友を助ける力、いずれ大切な友を救う時が訪れる。その時、その眼が力となるだろうと。

 大切な友……十代。すなわち、今がその時だった。

 

「これこそが俺に授けられた力! ――“オリハルコンの(まなこ)”! 十代! お前を救う力だ!」

 

 ジムがその指を覇王に向けて宣言するも、覇王の表情には依然として動きがない。大いに驚愕した二人とは違ってまったく動揺がないということは、ジムのそれなど何の脅威にもならないと考えていることの証左だろう。

 しかし、ジムはそれが大きな間違いであるとわかっていた。

 確かにこの眼に今は力などない。しかし、この眼はあの彗星によってその真価を発揮するのだ。

 ジムは空を仰ぐ。そして彗星に向かって大きく手を広げた。

 

「彗星よ! 俺に向かって落ちて来い! そしてこの眼に宿り、俺に友を……十代を救う力を!」

 

 だが彗星に変化はない。変わらず空にあり続ける青い星に、彼らの表情は怪訝の色を強くする。

 だが、それはオリハルコンの眼を持っていないからこそだった。

 オリハルコンの眼には、しっかりと見えていた。青から次第に色合いを変え、ジムに向かって落ちてきている赤い星が。

 ジムはそれを拒まない。オリハルコンの眼にだけ見える星の力。それがついにジムへと直撃した――その時。

 ジムの体を中心に荒れ狂う赤い風。その風に思わず目を細める彼らは、ジムを見てその右目の変化に驚きを示す。その右目の宝玉は先程までとは違い、真紅の輝きを放っていたのだ。

 

「――俺のターン、ドロー!」

 

 その輝きを宿したまま、ジムは己のターンを開始する。

 オリハルコンの眼がもたらす光の中、その手をフィールドにかざした。

 

「俺は《フリント・クラッガー》の効果を発動! このカードを墓地へ送り、相手に500ポイントのダメージを与える!」

「………………」

 

 

覇王 LP:3500→3000

 

 

 フリント・クラッガーが崩れ去り、構成していた骨の一部が覇王へと向かい直撃する。ダメージを受けたはずだが、覇王は体勢を崩すことなく佇んでいる。

 余裕の態勢。それを前にしつつ、しかしジムに焦りはない。

 今はただ出来ることをするだけだった。

 

「そして手札のモンスターカード《メタモルポット》を墓地へ送り、魔法カード《標本の閲覧》を発動! 十代、お前は俺が宣言した種族とレベルのモンスターをデッキか手札から墓地へ送らなければならない! 俺が宣言するのは、レベル4の戦士族だ!」

「……デッキから、《E・HERO クレイマン》を墓地へ送る」

 

 クレイマンのカードを覇王が墓地へ送ったのを確認し、ジムはこれで準備は整ったと口端を持ち上げると、手札の一枚に指をかける。

 

「いくぞ! 魔法カード《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! 俺の墓地の岩石族《フリント・クラッガー》と、十代の墓地の戦士族《E・HERO クレイマン》を除外して融合召喚!」

 

 ジムにとっての十八番とも言うべき戦術。自分の墓地のモンスターと相手の墓地のモンスターを素材にするという独特の融合カードである《化石融合-フォッシル・フュージョン》。

 その力がいかんなく発揮され、除外された二体の融合素材モンスターの力を宿したモンスターが今ジムのフィールドにて形を為す。

 

「来い、《新生代化石騎士 スカルポーン》!」

 

 

《新生代化石騎士 スカルポーン》 ATK/2000 DEF/500

 

 

 騎士とはいっても、その外見は辛うじて人型に見えるだけであり、色濃く化石となっていた恐竜の名残を見ることが出来る。

 極端な猫背、前傾姿勢のそれは獣の攻撃態勢とも見て取れる。しかしその骨だけの体に纏った岩のごとき全身鎧の存在から、知性を持っていることが窺える。その右手に備わった骨の槍もそのイメージを助長している。

 騎士というよりは兵士。ポーンの名に違わぬ姿といえるそのモンスターは、カタと骨を鳴らして覇王へと右腕を振り上げた。

 

「スカルポーンで十代にダイレクトアタック! ゆけ、《ポーンスラッシュ》!」

 

 腕を振り上げたまま一気に接近していくスカルポーン。覇王の場にモンスターはおらず、その進撃を遮るものは存在しない。

 そして覇王の目前へと辿り着いたスカルポーンは、躊躇う素振りもなくその槍を容赦なく叩きつけた。

 

「……ぐ……」

 

 

覇王 LP:3000→1000

 

 

「よし、大きなダメージを与えた!」

 

 攻撃力2000ポイントがそのままライフから引かれ、それを見たオブライエンが感情を込めて拳を握りこむ。

 そしてジムもまた感情を高ぶらせ、その手は自然と握り拳を作っていた。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ! 十代、俺は必ずお前を連れ戻してみせる! 俺たちの元へ!」

 

 強く握った拳を顔の前に掲げ、ジムは力強く宣言する。しかしやはり覇王の反応はない。いつも明るく活発だった十代とは比べ物にならない覇王の静けさ。

 己の声は十代に届いていないのか。覇王という分厚い壁が、十代の本心へと届くべき声を妨げているのかもしれない。

 だが、諦めるわけにはいかなかった。友を助ける。それこそがジムの願いであり、使命なのだから。

 決意を込めて空を仰ぐ。そして大きな声で叫んだ。

 

「オリハルコンの眼よ! 俺の声を届けてくれ! 十代の……真の心に!」

 

 ジムがそう呼びかけると、それに応えるかのようにオリハルコンの眼が輝きを強める。

 

「なんだ、この光は……?」

 

 赤い輝きはやがて極光と呼んで差し支えないほどの眩しさを放つ。その輝きの前には、さしもの覇王も困惑の声を隠しきれなかった。

 段々と強くなっていく光。その光量に目を開けていられなくなったマナ、オブライエン、覇王は瞼を閉じざるを得ず、やがてその光の中へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 マナとオブライエンが目を開けると、そこは漆黒の空間だった。

 天井もなければ床もなく、壁すらもないそこはどこまでも続く闇の世界。更にその空宙には何枚もの鏡が浮かび、異様な雰囲気に一層の不気味さを与えている。

 

「ここは……?」

「わからん。ジムのオリハルコンの眼が光ったことは覚えているが……」

 

 二人は戸惑いの色を滲ませながら周囲を見回す。

 するとすぐ目の前に、見慣れたウェスタンスタイルの背中を見つけた。

 

「ジムくん!」

「ジム! ここはいった――!?」

 

 駆け寄った二人は、思わず息を呑んだ。

 何故ならジムの背中に隠れて見えなかった体の向こう。ジムの視線の先に、彼らがたった今まで対峙していた友が蹲っていたからだ。

 

「十代!?」

 

 金色に染まった瞳に光はなく、身に纏う空気は陰鬱で生気がない。しかしそこにいるのは間違いなく、オシリスレッドの制服に身を包んだ彼らの友、遊城十代だった。

 思わず駆け寄ろうとするオブライエンだったが、それをジムは腕を横に伸ばして遮った。

 

「ジム、何を……」

「マナ、オブライエン。ここは十代の心の中だ。……まずは十代の声を聞いてみるんだ」

 

 沈痛な面持ちのジム。その言葉に従って十代に注意を向けてみれば、確かにその口は細かく動いており、何事かを呟いているのがわかる。

 二人はその声に耳を傾けた。

 

 ――俺のせいだ……。

 ――みんな……みんな、いなくなっちまった……。

 ――俺が、異世界にみんなを連れてきたから……。

 ――みんな死んだ……。

 ――……明日香も……俺が……。

 ――俺の、せいで……。

 

 それは懺悔であり、呪詛であり、自分自身を刺し貫く言葉の槍だった。放たれた言葉は自分の心を傷つける。誰も裁かないからこそ、自分で自分を罰し続けている。

 どこまでも自分に責を求めて蹲る十代の姿は、痛々しいという言葉ですら陳腐に思えてしまうほどの絶望に包まれていた。

 深く虚ろな瞳に力はなく、ただ同じ自責の言葉を呟き続ける十代には正気というものが感じられなかった。

 その姿を見た三人は思わず目を逸らしたくなった。誰よりも明るく前向きで、気持ちのいい笑顔で皆を引っ張っていた十代。その姿は今どこにもない。普段の十代を知るがゆえにその落差の異常性がわかる彼らは、信じたくない思いでいっぱいだった。

 だが、実際に十代は今こうして壊れかけの精神で身を丸めている。あの十代がこうまでなってしまう、その理由。それは一つしかない。

 

「十代……お前は、そこまで皆のことを……」

 

 ジムは十代がこうなった原因が、仲間たちへの深い友情ゆえだと悟ってやるせない気持ちになる。

 彼らへの思いが強く深すぎたために、十代の心は彼らを失った事実に耐えきることが出来なかったのだ。感嘆に値する友情。だが、それは今や十代にとって責め苦でしかないのかもしれない。

 そう思うと、たまらなく悲しくなるジムだった。

 

「十代くん……! 十代くんのせいじゃないよ! 私がついてきたのは、他でもない私が決めたことだもん!」

「そうだ、十代! 俺は俺の意思で異世界に行くと決めたんだ! 皆もそうだ! 決してお前のせいではない! 十代!」

 

 マナとオブライエンが必死に呼びかけるが、まるでその声が聞こえていないかのように十代は何の反応も示さずに同じ言葉を延々と繰り返している。

 自分たちの言葉がまるで効果がないとわかり、二人の顔にも悲しみが溢れる。しかし、ジムはそのことを奇妙に感じていた。十代との距離は数メートルもない。だというのに、この距離で声が聞こえないということがあるものだろうか。

 思わずそんな疑問が脳裏をよぎった――その時。

 

 

『力だ。力こそがこの世界の絶対的なルール』

 

 

 十代の声。しかしその声は低く、どこまでも平坦だった。まぎれもない覇王の声、それが空間に響き、ジムとマナ、オブライエンは周囲を警戒し、俯いていた十代は僅かに顔を上向かせた。

 

「み、見ろ!」

 

 オブライエンが宙に浮かぶ無数の鏡に指を向ける。

 数えることが馬鹿らしくなるほどに膨大な数の鏡。光を反射させて周囲の闇を映していたその鏡に、次々と人型が映し出されていく。

 漆黒の鎧に仮面をかぶった男……そう、覇王だった。

 

『力があれば、守ることが出来た。力があれば、命を奪い合う必要もなかった。圧倒的な力があれば、脅威は全て取り除かれる。そう、力こそが全てだ』

 

 まるでそれが普遍の真理であるかのように覇王は断定する。そして、十代はそんな覇王の言葉にゆっくりと立ち上がった。

 

「……そうだ。俺にもっと力があれば、皆を守ることができた。明日香を死なせることもなかった。――誰も逆らう気すら起こらない、圧倒的な力。それがあれば……」

 

 いつの間にか十代の手には一枚のカードが握られていた。魔法カード《超融合》。仲間たちの命を捧げることによって生まれ落ちた絶対的な力の象徴。

 それに目を落とす十代の目には、先ほどまでにはなかった光があった。昏く鈍い光を宿す瞳を細めて、十代の口端が持ち上がる。

 似つかわしくない笑み。その姿を見て、たまらずジムは声を上げた。

 

「惑わされるな、十代! 確かに力は必要かもしれない! しかし、覇王が言う力はただの暴力だ!」

 

 懇願するような声で、訴えかける。その声にオブライエンとマナも続いた。

 

「そうだ、十代! それは他人を虐げる力でしかない!」

「十代くん、君が望んだのは皆を守るための力でしょ! なら、その力は違うよ! 十代くんの望むものじゃない!」

 

 十代は確かに力を望んだかもしれない。しかし、それは守りたいからだ。断じて、敵を討ち滅ぼすためじゃない。敵を倒せば守れる、成程そうかもしれない。しかし、前提となる目的が「敵を倒すため」であるか「皆を守るため」であるかには大きな差がある。

 覇王が言うのは前者であり、十代が願ったのは後者である。そこは決して履き違えてはいけないところだった。

 だから三人は声を大にして言う。それは間違っている。お前が本当に願うことはそうじゃないだろうと。

 オブライエンとマナの声に更に続き、ジムが大きく叫んだ。

 

「目を覚ませ、十代! ――My friend!」

 

 だがその瞬間、再び赤い輝きが闇の中に広がっていき、全員が咄嗟に目を閉じる。

 そして再びその目を開いた時には周囲の景色は元に戻っていた。虚ろな目をした十代はどこにもおらず、鏡が浮かぶ闇も見当たらない。

 あるのは覇王城の中の一本道。溶岩の上にかかる道の上で向かい合う三人と覇王だけだった。

 三人が覇王を見る。その表情には一切の揺らぎがない。しかし、その内ではきっと十代がああして自分を責め続けているのだろう。オリハルコンの眼が見せてくれた十代の心の中……そこに秘められていた十代の姿がそのことを彼らに教えてくれていた。

 

「十代……。お前は、あの覇王の言葉に縋らなければ自分を保てないほどに打ちのめされていたんだな……」

 

 ジムの顔に悔しさが滲む。

 その思いをもっと理解してやれていたなら。そうすれば、十代は覇王になることもなかったのではないか。そう思うと友を止めてやれなかった自分が不甲斐なく、そして悔しくてたまらなかった。

 

「十代……お前の心を覆う闇は俺たちの想像以上に厚く大きいようだ……」

 

 三人の呼びかけにも応えなかった姿をジムは見ている。そしてなにより、今こうして覇王となって向き合っている現実が、十代の心の傷の深さを物語っていた。

 本来の性格では到底できるはずもない残虐行為にまで手を出し、それに痛痒を感じないまでに麻痺した心。それほどまでに十代はいま傷ついている。

 もしかしたら、それを癒すことなど自分たちには出来ないかもしれない。一瞬、そう思う。しかしそれは、本当にほんの一瞬の逡巡でしかなかった。

 

「だが……! だが俺は、俺たちは、必ずお前を救い出してみせる!」

 

 ジムはそう言うと隣に立つオブライエンとマナに目を向けた。

 二人は当然とばかりに大きく頷いて口を開いた。

 

「十代! 支えが欲しいなら、俺たちがいくらでも支える! お前は一人じゃない!」

「一緒にいるよ、いつだって! 辛くても、苦しくても……一人で抱え込まないで! だって、私たちは――友達じゃない!」

 

 声が枯れてもいい、どうか十代に届いてくれと願って放たれた言葉は、しかし覇王には何の感慨も与えていないようだった。

 それに、やはり駄目なのかと弱気が顔を覗かせそうになる。しかしジムは一歩も引かずに覇王を見据えた。

 

「十代ッ! もはやどんな言葉もお前には届かないというのなら……!」

 

 デュエルディスクをジムは掲げる。それにはっとして、オブライエンとマナもまたデュエルディスクを掲げて、三人はそれを一斉に覇王へと向けた。

 

「俺たちの思いを! 願いを! デュエルでその身に刻み込むまで!」

 

 そしてその言葉に、オブライエンとマナも頷いて応える。

 三人は改めて誓う。自身以外の二人に、仲間たちに。そして……十代に。

 必ず助け出してみせるという固い意志を心に、十代を取り戻すためのデュエルが今――再開された。

 

 

 

 




覇王とのデュエルは変則ルールとなります。

互いのライフは4000。ターン順は、覇王→ジム→オブライエン→マナ→覇王。
つまり、いわゆる「アポリアルール」です。

要するに覇王様がめちゃくちゃ不利なターン順になっております。

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