遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第75話 消失

 

 

十代 LP:2500

手札6 場・《E・HERO スパークマン》《ダーク・トークン》2体

 

ブロン LP:2000

手札2 場・《暗黒界の闘神 ラチナ》

 

 

 

 自分を殺すと言い切った十代。それに、ブロンは愉快気に笑う。

 そんなことが出来るはずがないと確信する傲慢なまでの余裕で、ブロンはその言葉を戯言として受け取った。

 

「やってみるがいい……出来るものならなぁ! 我は邪心経典の効果を発動! このカードと墓地の邪心教義の全てを除外することで、我は墓地の邪心教義の数×2――すなわちレベル10までのカラレスの供物となるモンスターを呼び出せる」

 

 レベル10まで。そう言ったが、しかし十代の場には下級モンスターが三体のみ。しかもそのうちの二体はこちらが生み出したトークンである。

 攻撃力も低い。ならば嬲ってやるのも一興か。そう己の嗜虐心を優先させたブロンは、一枚のカードをデッキからデュエルディスクへと移した。

 

「出でよ、カラレスが供物! 《暗黒界の魔神 レイン》!」

 

 ブロンの言葉と同時に、人間など優に見下ろせる巨体の悪魔が姿を現す。

 その身長もさることながら、その体躯は鋼のごとき筋肉で覆われており、その悪魔に相応しい見る者を恐怖に縛るような形相と相まって圧倒的な迫力を周囲に振りまいていた。

 その手に持った二又の矛はその巨体に迫るほど。魔神の名に恥じない威圧感を持ったモンスターである。

 

 

《暗黒界の魔神 レイン》 ATK/2500 DEF/1800

 

 

「《暗黒界の混沌王 カラレス》はレベル12の融合モンスター。フフ、まずはその下準備というわけだが……」

 

 ブロンは十代の場に視線を向ける。そして、意味ありげに口の端を持ち上げた。

 

「貴様の貧弱な場では、レベル7のレインでも十分すぎるなぁ。ククク」

「……御託はいい。早くターンを進めろ」

「言われずとも、やってやろう。我は《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する! 暗黒界の騎士 ズールを除外! カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ブロンのターンが終わり、十代のターンが始まる。

 その時には、マナはジム、オブライエンも自失状態からは何とか立ち直り、デュエルを見守ることが出来るようになっていた。

 しかし、彼らの目に映る今の十代は彼らが知る姿とはどこか違う。その目には爛々と輝く獰猛な光があり、飢えた獣のようなその瞳は十代に似つかわしくないと誰もが感じていた。

 だが、誰もそのことを言えなかった。それはデュエル中であったからでもあるし、それ以上に十代から異様なまでのプレッシャーを感じていたからだった。

 時が経つごとに増していくその重圧は彼らにさえ牙を剥いて負担をかけ、かけるべき声を失わせていた。

 

「俺のターン、ドロー! ダーク・トークン2体をリリース! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 十代のフィールドの召喚されるネオス。ネオスもまた、十代の異変には気が付いていた。

 フィールドに現れたネオスは、振り向いて十代に言葉をかける。

 

『十代、落ち着くんだ! 彼らの死は私とて胸が痛む。だが、憎しみに囚われてしまっては――』

「ごちゃごちゃ言うな! 俺は絶対に、奴を殺す!」

 

 ネオスの呼びかけも、功を奏さない。その隣に浮かぶハネクリボーの存在にも気が付かないまま、十代は手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「ネオスに装備魔法《エレメント・ソード》を装備! 装備モンスターが異なる属性のモンスターとバトルする時、攻撃力を800ポイントアップさせる!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3300

 

 

 ネオスの前に現れた剣の柄。本来刀身があるべき部分には刃の代わりに丸い宝玉が着けられている。ネオスは今はこのデュエルを終わらせるしかないと覚悟を決め、その柄を握りしめた。

 それによって宝玉部分が発光。光は柄から伸びる刀身となって形を為し、ネオスは光の剣を構えて切っ先をブロンの場に存在する魔神に向けた。

 

「更に魔法カード《ヒーロー・ダイス》を発動! 「E・HERO」1体を選択し、そのモンスターに出た目によって異なる効果を与える! 俺はスパークマンを選択する!」

 

 十代の場の中空に現れるサイコロ。それがひとりでに振られ、地面を転がる。不規則に動くサイコロ。そしてその動きが止まった時。上向きに表示されているサイコロの目は、「6」だった。

 

「6の目の効果! それにより、スパークマンは直接攻撃の能力を得る!」

「なに……!」

 

 ブロンの驚愕の声。しかしそれに構わず、十代はその手をフィールドにかざした。

 

「バトルだ! ネオスで魔神レインに攻撃!」

 

 一気に十代の場からブロンの場へと飛び込んだネオスが上段に振りかぶったエレメント・ソードを一思いに振り下ろす。

 魔神とはいえ、攻撃力はネオスのほうが上である。エレメント・ソードに切り裂かれ、魔神レインは爆発と共にその姿をフィールドから消した。

 

「ヌゥウッ……!」

 

 

ブロン LP:2000→1200

 

 

 ブロンのライフが減る。そして更に、十代の場には直接攻撃能力を持ったスパークマンが存在していた。

 

「続け、スパークマン! ブロンにダイレクトアタック! 《スパーク・フラッシュ》!」

 

 スパークマンがその右手を帯電させ、電撃を放つ。これが決まればブロンのライフは0となり、十代の勝利が確定する。

 しかし。

 

「それは通せんなぁ……! 速攻魔法《月の書》を発動! スパークマンを裏側守備表示にする!」

 

 ブロンのフィールドに現れた月の書、そのページが開かれて溢れ出した光がスパークマンを包み込んでカードの表示形式を変更する。

 裏側守備表示にされたことでフィールドからスパークマンの姿が消える。更にヒーロー・ダイスによる直接攻撃効果も消失した。

 決めきれなかったことに、十代は気に入らないとばかりにその眼光を更に鋭くする。

 

「……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「フ、ハハハ! いいぞ、怒りに歪んだその顔! 本能のままに傷つけあう、これがデュエルの醍醐味よ! 我のターン、ドロー!」

 

 哄笑を上げながらカードを引き、ブロンはそのカードをそのままデュエルディスクに読み込ませる。

 

「我は魔法カード《アカシックレコード》を発動! デッキからカードを2枚ドローし、その中にデュエル中使用したカードがあればそのカードを除外する! フフフ、共に新しいカードだ」

 

 そのため二枚のカードを全て手札に加え、これでブロンの手札は三枚。そしてその中から一枚のカードを抜き出してすぐに使用する。

 

「我は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札2枚を捨てる!」

 

 引いたカードを見てブロンの顔が喜悦に染まる。よほどいい手札であったことがわかるが、しかしそれでも十代は表情を動かすことなくブロンの動向をただ見据える。

 

「フハハハハ! 今手札から捨てた《暗黒界の武神 ゴルド》と《暗黒界の軍神 シルバ》の効果発動! 手札から捨てられたとき特殊召喚する!」

 

 

《暗黒界の武神 ゴルド》 ATK/2300 DEF/1400

《暗黒界の軍神 シルバ》 ATK/2300 DEF/1400

 

 

 闘神ラチナを挟むようにして並び立つ二体の悪魔。ともに魔神レインよりは小さいが、しかし人間の尺度から見れば遥かに大きい。二メートルを優に超す巨体は、光の反射によりそれぞれ鈍い金と銀の色を放つ。

 ラチナ、ゴルド、シルバ。三体の暗黒界上級神が並ぶ姿はまさに圧巻だった。

 

「更に魔法カード《死の床からの目覚め》を発動! お前に2枚ドローさせる代わりに、我は墓地の暗黒界の魔神 レインを手札に戻す!」

 

 死の床からの目覚めは、墓地のモンスターを種類を問わずに回収できるカードだ。自分の手札が減らない点が同系のカードである死者転生とは異なる。そのかわり、相手に二枚ものドローを許すデメリットがあるが……しかし。

 このターンに決めてしまえば問題はない。そう考え、ブロンは怪しく笑った。

 

「魔法カード《暗黒界路》を発動! デッキから「暗黒界」と名のつくモンスター1体を選択して手札に加え、その後手札のカード1枚を墓地に捨てる! 我は《暗黒界の導師 セルリ》を手札に加え、墓地に捨てる! セルリの効果発動! このカードが手札から捨てられた時、相手フィールド上に特殊召喚する!」

 

 

《暗黒界の導師 セルリ》 ATK/100 DEF/300

 

 

 十代のフィールドに攻撃表示で現れる、小柄な悪魔。杖を持ち法衣を着た姿は、なるほど導師と呼ぶにふさわしい姿だろう。

 だが。

 

「……それがどうした」

 

 自分のフィールドに特殊召喚することに何の意味があるのか。十代は一見無意味な行為に片眉を上げる。

 

「クク、慌てるな。セルリには更なる効果がある。この効果で特殊召喚に成功した時、相手はカードを1枚捨てる。そう、今セルリをコントロールしているお前から見た相手……つまり、我だ!」

 

 ブロンは手札のカード一枚を手に取り、十代に見えるように突き出す。そのカード名は当然のように先ほど手札に加えたモンスター、《暗黒界の魔神 レイン》だった。

 

「我は暗黒界の魔神 レインを手札から捨てる! そしてレインは相手のカード効果で墓地に捨てられた時、特殊召喚される! 再び現れよ、魔神レイン!」

 

 

《暗黒界の魔神 レイン》 ATK/2500 DEF/1800

 

 

 再び現れる暗黒界における最上級神の一角。このカードは他の上級神と違って自分の効果で捨てられても特殊召喚できない。相手のカード効果で捨てられなければならないのだ。

 特殊召喚するには扱いが難しいモンスター。しかしだからこそ、それに連動して発動する効果は想像を絶する。

 

「フハハハ! 魔神レインの効果発動! このカードが相手のカード効果によって捨てられ特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターまたは魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 プレイヤーに対して絶対的なアドバンテージをもたらすその効果。

 他のカードを例に出すなら、《サンダー・ボルト》と《ハーピィの羽箒》の効果をともに備えているようなものと言える。その二枚は共に強力すぎる効果を有する禁止カードの代名詞だ。そう言えば、その強力さは窺えるだろう。

 相手の効果により捨てられれば、そのどちらかの効果を好きに発動できるのだ。魔神の名に相応しい圧倒的な能力だった。

 

「まずいぞ……! 十代の場にいるモンスターが破壊されれば、残るは伏せカードが一枚だけ……!」

「But、奴の場には高レベルモンスターが四体もいる! 凌げなけりゃ、十代は……!」

 

 十代の場にはモンスターが二体いる。そのうちスパークマンは裏守備表示。そしてネオスはエレメント・ソードの効果により闇属性である暗黒界との戦闘では攻撃力が3300となっている。

 となれば、ブロンにとってネオスが最も邪魔であるのは疑いようがない。まず間違いなくモンスターを破壊してくるはず。

 そうなれば、果たして伏せカードが一枚だけで防ぎきれるのか……。

 オブライエンとジムの顔に焦りが浮かぶ。消えていった仲間たち、その中に十代までもが加わるのかと思うと二人は気が気ではなかった。

 そんな中、マナは手を組んで祈る。どうか、せめて十代だけは。これ以上私たちの友達を奪わないで、と。

 そして、ブロンが口を開いた。

 

「我はモンスターを選択! ネオスとスパークマンを破壊しろ! 《抹殺虹閃ヘルズレイ》!」

 

 魔神レインが咆哮を上げ、その胸に埋め込まれた七色に輝く宝玉から虹色の光がさながらレーザーのごとく十代のフィールドに照射される。

 その威力は強力無比。裏側表示だったスパークマンは為す術なく破壊され、ネオスもまたエレメント・ソードと共に苦痛の声を上げてフィールドから消滅した。

 これで十代の場に残ったのは、伏せカードが一枚のみ。

 貧弱。ブロンは心の中で嘲笑う。

 

「これでお前を守るものは何もない……では――死ね!」

 

 優越感に満ちた笑みと共に、ブロンは高々と上げた手を一気に振り下ろした。

 

「暗黒界の魔神 レインでダイレクトアタック! 《魔神撃衝波》!」

 

 魔神レインが矛を器用に回転させ、自身の持つエネルギーをその先端へと集束させていく。そして矛を回していた腕に力を込めると、その剛力によって矛に加わった遠心力そのままに矛先を十代に向ける。

集ったエネルギーが、直線状に十代へと襲い掛かる。

 命すら刈り取るその光の前に身を晒す十代から目を逸らすことなく、マナは組みあわせた手にぐっと力を込めて一層強く祈った。

 

 ――遠也……生きているなら十代くんを……! あなたの親友を守って――!

 

 これ以上、どうか失わせないで。

 今更遅い願いだと知りつつも、せめて十代だけはと必死に願う。

 その願いは果たして通じたのか。定かではないが、しかし十代の身は魔神レインの攻撃に晒されることなく、いまだ無事に存在していた。

 

「――速攻魔法《速攻召喚》を発動! 手札から《ダンディライオン》を守備表示で召喚する!」

 

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 

 その声にマナは顔を上げて十代のフィールドを見る。そこには、遠也も同じく愛用し、何度も遠也を助けてきたモンスター《ダンディライオン》の姿があった。

 それがまるで遠也が十代を守ってくれたように感じて、マナは思わず視界が滲むほどに嬉しくなった。

 遠也は生きている。きっと、今も無事でいるはず。何の根拠もなかったが、そう信じることが出来るような気がした。

 

「まだ抵抗をするか……フフ、ならば魔神レインでダンディライオンを攻撃! くらぇッ!」

 

 ブロンが現れたダンディライオンに再度攻撃対象を選択し直し、魔神レインの放つ極光が小柄なぬいぐるみのごとき姿に迫る。

 攻守ともにそれに打ち勝つ道理はない。ダンディライオンは破壊され、十代の墓地に送られた。

 しかし、それこそがダンディライオンの真価を呼び起こす。

 

「ダンディライオンの効果発動! このカードが墓地に送られた時、レベル1の綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

 

《綿毛トークン》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 タンポポの綿毛にデフォルメされた顔が描かれたような、特徴的なトークン。ダンディライオンが墓地に送られた時、という条件で強制的に発動するその効果により、新たに十代の場には壁モンスターが用意された。

 その様を見て、なかなかどうしてとブロンはにやりと笑う。

 

「味な真似をしてくれる! 武神ゴルドと闘神ラチナで2体のトークンに攻撃! 《武神剛衝波》! 《闘神烈衝波》!」

 

 魔神レインに続き、武神ゴルドから金色の輝く波動が。闘神ラチナから白金色に染まった閃光が放たれ、二体の綿毛トークンを苦も無く破壊する。

 しかしトークンは共に守備表示。十代にダメージはなく、いまだそのライフは健在だ。

 だが、これでついに十代の場には本当に何も存在しなくなった。

 

「フフ、もはや貴様に残る攻撃を防ぐ手立てはあるまい! 軍神シルバで攻撃! 《軍神圧衝波》!」

 

 シルバの両手から迸る銀色の光線。それは遮るものがない十代のフィールドを通過し、そのまま十代自身へと直撃した。

 

「十代ッ!」

 

 そのあまりの威力に吹き飛ばされる。それを見ていたジムの口から咄嗟に呼ばれた名前に、しかし十代は反応を返すことなど出来るはずもなく地面を転がっていった。

 数メートル。砂地の上を無様に転がる姿に、二人のデュエルを眺める多くのモンスターたちから下卑た笑い声が漏れる。嘲笑と砂煙に包まれる中、十代はうつ伏せに倒れたままだった。

 

 

十代 LP:2500→200

 

 

「ターンエンドだ。……貴様のライフは残り200。せっかくの超融合だが、わざわざカラレスを召喚するまでもなさそうだ。実に残念……フフ、ハハハ!」

 

 こらえきれないとばかりに響く笑い声。最早勝利を確信しているのだろう。ブロンの声にはどこまでも緩みきった余裕を感じ取ることが出来た。

 ブロンのライフは1200。十代のライフは200。ともに下級モンスターの攻撃で吹き飛ぶ値ではあるが、しかしフィールドの状況に差がありすぎた。

 かたや上級モンスターが四体。かたやモンスターも伏せカードもなし。どちらが有利であるかは明々白々であり、であるからこそブロンは勝利を不動のものと信じて疑わなかった。

 

 ――今この瞬間までは。

 

 

「……この程度か」

「――なに?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉。

 風に乗って耳に届いたそれに怪訝な声を出せば、うつ伏せに倒れていた十代がいつの間にか膝立ちになっていた。

 片膝を立てて、十代は立ち上がる。顔は伏せたままだった。

 

「……こんな……もんじゃない」

 

 再びの言葉。しかしブロンは、その意味を推し量りかねた。

 

「……何を言っている」

 

 故に出てきた疑問の言葉。

 しかしそれは、十代の中に残されていた僅かな良心を消し飛ばすだけのものでしかなかった。

 

 

「――皆が受けた痛みは! 苦しみはッ! こんなもんじゃないって言ってるんだァッ!!」

 

 

「く……!?」

 

 顔を上げた十代。その鋭すぎる眼光に射抜かれて、気圧されたブロンが後ずさる。

 十代は一歩ずつ距離を詰め、再びデュエルの場に立った。

 

「ブロン……! 俺の仲間を殺した貴様だけはッ……貴様だけはッ! ――絶対に許さねぇ!!」

 

 金色に輝く両の瞳。本来の虹彩とは異なる色を宿すそれが、刺し貫かんばかりにブロンの姿を捉えて離さない。

 憎悪に満ちたその眼と殺気に押され一度は後ろに下がったブロン。しかしそこは彼も暗黒界の住人。王としての意地も手伝い、どうにかその場に踏み留まった。

 

「は、ハハハ! 何を言うかと思えば。貴様のライフは僅かに200! しかもフィールドは空だ! そんな状態で何が出来ると――」

 

 しかし気圧されていたのは事実だった。

 つまりは半ば虚勢に近い。が、自分に大丈夫だと言い聞かせる意味も込めてブロンは十代に強気な態度を見せた。

 そんなブロンを見つめる十代の眼は炎のように激しい。金色の瞳に仇敵を映し、昏い憎悪の光が爛々と夜闇に浮かび上がっていた。

 

「――俺のターンッ!」

 

 十代の手札は六枚。激情に身を委ね、十代は殺気立った声で手札から一枚のカードを手に取った。

 

「魔法カード《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の「E・HERO」と名のつく通常モンスターを特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 再び現れる十代のエース。だが、それだけで十代の行動は終わらなかった。

 

「更に魔法カード《コンタクト・ソウル》! 俺のフィールドにネオスがいる時、デッキ・墓地・手札から「N(ネオスペーシアン)」1体を特殊召喚する! デッキから《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》を特殊召喚!」

 

 

《N・アクア・ドルフィン》 ATK/600 DEF/800

 

 

 ネオスペーシアンの中でも代表格。逞しい人間の肉体にイルカの頭部を持つアンバランスなモンスターだが、明るく爽やかな性格であり、ネオスと共に十代をこれまで精神的にも支えてきた心強い仲間である。

 しかしそんな彼の表情も今はどこか影が落ちている。隣に立つネオスと共に、どこまでも怒りによって行動する十代に懸念を抱いているようだった。

 しかし、十代は彼らに目を向けることもなく、ただ手札に目を落として更なるカードを選び取った。

 

「魔法カード《NEX(ネオスペーシアンエクステント)》をアクア・ドルフィンを対象に発動! アクア・ドルフィンを墓地に送り、進化した姿となって現れろ! 《N(ネオスペーシアン)・マリン・ドルフィン》!」

 

 アクア・ドルフィンの青い体が濃い紺に染まり、その顔つきもどこかシャープなものへと変化していく。

 そしてより一層発達した肉体が従来にはない力強さを感じさせる。さすがはアクア・ドルフィンの進化形態といえるだろう。

 

 

《N・マリン・ドルフィン》 ATK/900 DEF/1100

 

 

 マリン・ドルフィンの効果はアクア・ドルフィンとほぼ同じだ。ただ失敗した際にダメージを受けるデメリットがなくなっているだけである。

 共に優秀なハンデス効果。だが、十代の狙いはその効果ではなかった。

 

「いくぞッ! ネオスとマリン・ドルフィンでコンタクト融合!」

 

 二体が頷き合い、同時に中空へと飛び上がる。

 ネオスとマリン・ドルフィンの飛ぶ軌跡が交差し、二体は重なり合って一つとなる。それこそがコンタクト融合。素材となった二体をデッキに戻し、新たに生まれたのは鋭い背びれにも似た突起を持つ、海のように青い紺碧のHERO。

 

「出でよ、《E・HERO マリン・ネオス》!」

 

 アクア・ドルフィンとネオスの融合体である、アクア・ネオス。それよりも色の濃くなった青を身に纏い、より一層シャープな肉体を手に入れたネオスの新たな可能性。

 鍛え上げられ太さを増した両腕を組み、マリン・ネオスは力のこもった目で暗黒界の悪魔たちを見据えた。

 

 

《E・HERO マリン・ネオス》 ATK/2800 DEF/2300

 

 

「マリン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の手札1枚をランダムに選択して破壊する! 貴様の手札は1枚のみ! さぁ、超融合のカードを捨てろ!」

「く……!」

 

 マリン・ネオスが組んでいた腕を解き、その手から迸る超音波のごとき波動が放たれる。

 それは一枚のみのブロンの手札を直撃し、その手に握られていた《超融合》のカードが墓地へと送られた。

 これでブロンの頼りにする超融合は消えた。更にその手札は0だ。しかし、まだフィールドにはモンスターが並んでいる。

 

 ――まだだ、まだ足りない。

 

 十代はこの程度では自分の怒りは収まらないと示すかのように、更なる行動へと移っていった。

 

「手札から《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のスパークマンとアクア・ドルフィンを除外する! この2体を素材として現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 フィールドに氷乱の風が巻き起こり、墓地に存在する二体がその氷の渦の中へと消えていく。

 HEROと水属性。その特殊な融合素材によって召喚されるのは、十代のデッキにおけるエースの一体、氷を司るE・HEROであるアブソルートZero。

 結晶が舞い散る中、白銀のマントを翻して現れた氷のHEROが悠然とマリン・ネオスの隣に並んだ。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「更に墓地の魔法カード《NEX》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! 更に《E-エマージェンシーコール》! デッキから《E・HERO エッジマン》を手札に加える!」

 

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

 

 

 このカードは使い勝手のいい特殊召喚効果を持つ。更には直接攻撃能力や戦闘ダメージを0にする効果を持ち、使い方次第では非常に強力なモンスターとなる。

 続いてエマージェンシーコールで十代が手札に呼んだのは、融合体ではないE・HEROの中では最も元々の攻撃力が高いレベル7のE・HERO、エッジマン。

 そして十代の場には現在、マリン・ネオス、アブソルートZero、マジック・ストライカーが存在している。……何より十代はこのターン通常召喚を行っていない。

 金色の瞳をフィールドに向け、十代は声を上げた。

 

「俺はマジック・ストライカーとアブソルートZeroをリリース! 《E・HERO エッジマン》をアドバンス召喚!」

 

 二体のモンスターが光の中に消え、その光を切り裂いて現れるのは黄金色に輝く体躯を持った雄々しきHERO。通常召喚可能なHEROとしては最高の攻撃力に貫通効果を併せ持つ強力なHEROが地を踏み鳴らして豪快に降り立った。

 

 

《E・HERO エッジマン》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 現れる脅威。だがブロンは今の十代の行動に、馬鹿にするかのように鼻を鳴らした。

 

「クク、攻撃力の差はわずか100か! それだけのためにわざわざ出した融合モンスターを生け贄にするなど……」

 

 非効率的このうえない。そう続けようとして、それはしかし十代の声に遮られる。

 

「この瞬間、アブソルートZeroの効果発動!」

 

 高らかに宣言し、十代はその手をフィールドに向ける。

 その手が示す先をブロンも見る。それは己のフィールド上。そこには光の反射によって煌めく細かな粒が空中を漂っているのが見て取れた。

 それはアブソルートZeroが残した力の欠片。存在するだけで周囲を超低温に冷やしてしまうその力は、仲間たちを助けるため彼が倒れた後にその真価を発揮する。

 

「このカードがフィールドを離れた時――相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する!」

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 魔神レインが持つ効果に通ずる、同じく圧倒的なアドバンテージをプレイヤーにもたらす強大な効果。

 相手フィールド上のモンスターのみを破壊し尽くすという、まさしく理不尽極まりないほどの効果。魔神レインによって十代に与えられたそれが、今はブロンに与えられようとしている。

 その大きく避けた口から呻き声が漏れる中、ブロンのフィールドに漂っていた冷気が、急速にモンスターたちへと集まっていく。

 

「貴様のモンスターなど……誰一人、生かしておくかァッ! ――《絶対零度(Absolute Zero)》!」

 

 瞬間、全身を氷に覆われる暗黒界の神たち。

 最大級の冷気は体の芯までをも冷やしきり、凍り付いた体が音を立てて崩れていく。

 砕け散る氷によって生まれた結晶の嵐がまるでダイヤモンドダストのように煌めいてフィールドの上を流れていく。その美しい光景を、ブロンは茫然とした顔で見つめていた。

 

「わ、我のフィールドが……」

 

 四体並んでいた暗黒界の神たちが、全滅。あと少しでカラレスの召喚も叶うところであったというのに、その計画の全てが氷となって崩れ落ちていく。

 己の目的ごと粉砕した氷が視界の中を飛ぶ。その様を、どこか現実感を得られないままブロンはただ見ていることしか出来なかった。

 そんなブロンの様子に、十代は喉の奥からこぼれそうな笑みを押し殺す。一泡吹かせてやったという愉悦が沸き起こったためだ。

 

「これで貴様のフィールドにカードは0、手札も0だ……」

 

 そう、これだ。こうしてやりたかった。

 ただ倒すだけでは生温い。奴が頼りにするモンスターも、奴の切り札も、手札から場に至る奴を守る可能性のある全てを破壊してやらなければ我慢ならなかった。

 今、それは叶った。

 それを実際に目で見て確認し、十代は嬉しそうに口の端を持ち上げる。

 

「何もできず、希望もなく。俺の仲間たちに懺悔しながら――死ね!!」

 

 酷薄さを隠そうともしない嗜虐性に満ちた顔。喜びの笑みはいつの間にか陰に潜み、その顔にあるのは憎悪と怒りの感情。

 その感情が命ずるままに、十代はブロンの命を刈り取る攻撃の指示を下した。

 

「ゆけ、マリン・ネオス! 《ハイパーラピッドストーム》ッ!!」

「ぐ、ァアッ!!」

 

 

ブロン LP:1200→0

 

 

 マリン・ネオスの放つ波動がブロンを直撃し、ブロンの体が大きく吹き飛ばされる。

 苦痛の声を上げる中、0を刻むブロンのライフ。

 デュエルの決着はついた。――しかし。

 

「まだだッ!! こんなものですませるか……! エッジマンで更に追撃! ダイレクトアタックだッ!!」

「ひ、ヒぃ……!」

 

 激しい痛みにより倒れ、デュエルにも負けたうえでの更なる攻撃。さしものブロンの口からも小さく悲鳴が漏れ、倒れた身体を動かして僅かに後ずさる。

 しかし瀕死の体での動きなどたかが知れている。迫るエッジマンから逃れるにはあまりにも虚しいその抵抗は意味を為さず、エッジマンによる攻撃が倒れ伏すブロンを叩き潰した。

 

「グ、グァァアアァアッ!!」

 

 絶叫を上げ、ブロンの命が潰える。

 その様を余すところなく見届けた十代だったが、ふと断末魔の声を上げたブロンが消えゆく腕をゆっくりと上げるのを見た。

 その腕は十代のほうに向く。

 指をさして十代を示し、ブロンは邪悪に笑う。

 

 ――フ、ハハ……負の感情に満ちた、いい眼だ……クク……。

 

 最後にそれだけの言葉を残して、エッジマンの拳の下でブロンはついに光となってこの世から消滅する。

 同時にエッジマンとマリン・ネオスもまたデュエルが終わっていることもあってその姿を消していった。

 

「はぁッ……はぁッ……!」

 

 十代の勝利。しかし、そのことに喝采の声を上げる者はおらず、讃える者もいない。

 激しい感情に支配されてデュエルを駆け抜けた疲労によるものか、十代は肩で息をしていた。その足元に、ブロンの元から一枚のカードが風に乗って流れてくる。

 

 ――《超融合》のカード……。

 

 それを拾い上げた十代は、仲間の命によって生まれたそのカードをどうしてくれようかと考えを巡らす。破り捨ててやろうか。そう思いもしたが……結局、十代はそのカードを懐にしまうだけだった。

 たとえこれが皆の生贄によって生まれたものだとしても。これを破り捨てることは、皆の命を無駄にしてしまう。これは皆の命そのものなのだから。

 そう思うと、どうしても十代には超融合のカードを破り捨てることなど出来なかったのだった。

そんな十代の姿を、マナとジム、オブライエンの三人が気遣わしげに見ていた。しかしすぐに三人は頷き合い、十代の下へと歩み寄っていく。ブロンが負けて消滅したことでざわめくモンスターたちの視線に晒される中、一人立つ十代の肩にジムは手を置いた。

 

「……十代」

 

 振り返った十代の眼は元の色彩に戻っている。もっともブロンとのデュエルを十代の背中越しに見ていた彼らは、その瞳が先程まで金色に染まっていたことに気付くことは出来なかった。

 ジムの横にマナとオブライエンも並ぶ。

 三人の仲間たち。五人もの仲間が……友が命を落としたことを改めて感じて、十代の顔が歪む。更に遠也とヨハンまでも……。

 悲しみと苦しみが十代の心を襲う。だが、せめてもの仇は討った。怒りと憎しみに塗れた心を僅かに疼かせ、十代は昏く虚しい達成感を覚えていた。

 荒かった呼吸が落ち着いていく。そして十代はジムたちへと振り返った。

 

「……行こう。ここにはもう、いたくない……」

「十代くん……」

 

 能面のように感情がなくなった表情と、平坦な声。それがあまりにも大きな悲しみと辛さに遭い、心が壊れてしまうことを防ぐための自衛によるものだとマナは悟る。

 感情を限りなく薄くし、感じる心そのものを凍らせてしまうことで、十代はこの大きすぎる悲しみから目を逸らしている。だが、それは逃げではない。そうしなければ心が壊れてしまうほどに、十代の精神はギリギリのところにきているのだ。

 それがわかるから、三人は何も言うことが出来なかった。友を失った悲しみは彼らだって同じだ。しかし、自分のデュエルによってその事態が引き起こされた十代の心は、察するに余りある。

 

 しかし、今の憔悴しきった十代の姿はあまりにも……。

 

 マナは泣きそうになる自分を胸の内で叱咤した。ここで自分が泣いてもどうにもならない。今自分に出来ることは、十代の友として、仲間として、彼を支えてあげることだった。

 幽鬼のごとく覚束ない一歩を踏み出した十代。その体を、マナはそっと支えた。今ここに遠也はいない。なら、今は自分で出来ることをやっていくしかない。

 皆が死んでしまったことは、今でも大きな痛みとなって心を蝕んでいる。けれど、十代もジムもオブライエンも、それにタニヤのところに残った三沢、カイザー、エドもいるのだ。

 遠也とヨハンだって、きっと生きている。だから、今は何としても自分たちは生きなければならないのだ。彼らともう一度会った時に、今の自分たち以上の辛さを皆に与えないために。

 そして、未だに安否のわからない遠也とヨハンの二人を無事に見つけ出すために。

 そんな決意と共にマナは十代と共に出入り口に向かって歩く。やがてジムとオブライエンが並び、力仕事は男の仕事だぜ、と笑みを見せて十代の体を支える役をマナと代わる。

 その笑みが強がりであることは誰の目にも明らかだったが、今はその強がりでも必要なことだった。マナは素直に感謝して二人に役目を譲り、ここに来るときと同じように先行して偵察に当たる役割を担うことにした。

 その間も一言も発さない十代に心配の気持ちを募らせながら、三人は静かに暗黒界の砦を後にする。ブロンという指導者を失い混乱が続くモンスターたちは、彼らに手を出す余裕もなくただ去る姿を見つめるだけだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 外で待機していた音速ダックにまたがり、四人は借り受けていた音速ダックを返すため、そして十代を休ませるためにフリードたちのところへ戻ろうとしていた。

乗り手がいなくなってしまった音速ダックたちは、仲間意識でもあるのか何もせずともついて来ている。また今の状態で一人乗せるのは危険ということで、十代はジムと相乗りをしていた。

 そうして細い道を作り出している岩の渓谷を抜けた先。そこで、これまで口を閉ざしていた十代が声を発した。

 

「……止まってくれ」

「What?」

 

 突然の停止の願い。

 それを不思議に思いつつも、ジムは言われるがままに音速ダックを一度止めた。

 それに気が付いたオブライエンも足を止め、先行して飛んでいたマナも引き返してきてジムの元へと集まってきた。

 

「どうした、ジム」

「何かあったの?」

 

 二人の言葉に、ジムは後ろにまたがる十代に目を向けた。

 

「いや、十代が……」

 

 言い切る前に、十代が音速ダックの上から腕を進行方向とは九十度異なる真横に向けて、指を指した。

 つられて三人が視線を向ければ、そこにはやはり荒野が続いている。いや、いささか遠くはあるが、川のようなものも見ることが出来た。

 それを確認した三人を見ぬまま、十代は虚ろな目で呟く。

 

「……皆の墓を作りたいんだ。あそこなら水があるし、そんなに離れていないと思って……」

 

 皆が死んだ場所から。

 言わずとも伝わったニュアンスに、三人は痛みをこらえるような顔になる。皆がいなくなったのはつい先ほどの事だ。忘れるにはあまりにも時間が短く、その痛みは彼らの中に強く根付いている。

 だが、彼らとしても皆のお墓を作ることに否はなかった。彼らは死んだのだ。それを認めざるを得ないことに葛藤はあるが、しかしだからといって彼らの死を何もせずに放り投げてしまうことには抵抗があった。

 フリードたちのところに戻って落ち着いてからとも思っていたが、今回もっとも心に傷を受けた十代が今がいいと言っているのだ。三人はそれに従うことにした。

 帰り道の軌道を外れ、四人は川に向かって音速ダックを走らせる。その間、彼らの間に言葉はない。歓談するような気分でもなく、亡くなった友たちを悼みながらの道中となった。

 そうして辿り着いた川のほとり。そこで四人は地面に降りて早速作業を始めた。

 化石発掘を行うことから土作業に経験のあるジムが中心となり、土を近くにある岩場の陰に盛っていく。そうして出来た五つの小さな土の山。加えてさらに山を作ろうとしたジムに、マナは「待って」と声をかけた。

 

「What? どうしたんだ、マナ」

「……たぶんジムくんが作ろうとしてくれたのは遠也とヨハンくんの分だと思うけど、それは作らないでほしいの」

 

 ジムは反射的に何故と問いそうになって、直前で口を噤んだ。

 遠也とヨハンは明日香たちとは違って明確に目の前でその死を見たわけではない。あくまでブロンがそう言っていただけに過ぎないのだ。

 だから、二人はまだ生きている可能性がある。マナはその可能性を信じたいのだと気づいたからだった。

 

「……OK。オブライエン、何か墓石の代わりになるものはないか」

「皆から預かっていた予備のデュエルディスクがある。……デュエリストならば、これのほうがいいだろう」

「サンクス」

 

 オブライエンの手からデュエルディスクを受け取り、ジムはそれを一つ一つ盛られた山に刺していく。墓標となるそれを突き刺すたびに痛む心をこらえながら、ジムは五つ目のデュエルディスクを手に持った。

 

「……待ってくれ、ジム」

「十代?」

 

 突然声をかけられ、ジムは十代を見る。

 十代は相変わらず力のない瞳をしていたが、しかしその声にはなぜか逆らい難いものが感じられた。

 

「最後の一つは、俺にやらせてくれ……頼む」

「あ、ああ。わかったよ」

 

 ジムはデュエルディスクを十代に渡す。

 受け取った十代は五つのお墓の中で唯一まだ墓標が建てられていない土の前に立って、静かに目を閉じた。

 

「――明日香……」

 

 こぼれるのは、十代にとって恐らくは初めてだろう気持ちを抱いた相手だった。

 一年生の頃からずっと一緒に行動して、いつの間にか自分にとって一番親しい異性となっていた少女。時に激しく、時に優しく。仲間を思う気持ちは人一倍強い奴だったと過去を思い起こす。

 自分が遠也とヨハンを犠牲にしてしまい落ち込んでいた時も、明日香は自分のために怒ってくれた。あの時明日香がいなければ、きっと自分は立ち直れはしなかっただろうと思う。

 二年生の時、斎王に洗脳された明日香を見た時。「明日香らしくない」と嫌に思った。今思うと、あの時から自分が気付いていなかっただけで明日香の事を特別な感情で見ていたのかもしれないと思う。

 けれど、今更気が付いてもどうしようもない事だってある。既に明日香は死んだ。その事実が十代の心にのしかかる。

 何も告げることが出来ないまま。もはや取り返しのつかない現実の中で、十代は今生きている。そこに万丈目、剣山、吹雪、翔、ヨハン、遠也はいない。当然のように、明日香も。

 そのことが――悲しかった。

 

 十代は無言でデュエルディスクを土に刺す。墓標となり、五人の墓としてついに完成されたそれの前で、ジム、オブライエン、マナが黙祷を捧げる。マナの目元にうっすら光るものから目を逸らし、十代もまた皆を思って目を閉じた。

 そうして幾らの時間が流れただろう。数分にも感じられる時間、彼らはそうして祈りを捧げていた。

 やがてジム、オブライエンが目を開き、マナもまた目を開いて辛い現実と向き合い生きていかなければいけないのだと覚悟を決める。

 しかしそんな中、十代だけはいまだに目を閉じていた。しかし急かすような真似は誰もしない。ただ静かに十代の背中を見つめている。いつまでもここで皆といたい気持ちは嫌でも理解できたからだった。

 それゆえ、彼らは黙って十代を待っていた。その時。

 

「……ごめん、三人とも。少しの間、一人にしてくれないか」

 

 十代が、震える声でそう言った。

 泣いているのかどうかは背中からは確認できない。けれどもしそうなら、泣いている姿を他人に見られたくない時もある。

 ジムとオブライエン、マナは素直にそれに頷いた。「じゃあ、少し離れているね」そうマナが告げれば、十代は小さく頷いた。

 それを見てから、三人は十代の姿が見えない音速ダックたちを止めた辺りまで戻った。一分もかからない距離だ。墓を岩場の陰に作ったこともあり、ここからでは十代の姿は見えない。

 誰にも邪魔されず自分の心と向き合い、それで少しでも十代に気力が戻ってくれたらいい。常の明るい十代のことを思い出し、彼らはそう願うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ジムとオブライエン、マナがいなくなった五人の墓の前で一人、十代は目を閉じて考える。どうしてこうなってしまったのかを。

 自分がユベルを宇宙に飛ばしてしまったのがいけなかったのか。ユベルが他人を傷つけていくのを見過ごせばよかったのか。仲間を作ってしまったのがいけなかったのか。皆と一緒にいたいと願ったのが駄目だったのか。

 遠也、明日香。自分が辛い時、助けてくれた二人はいない。俺は一体どうすればいいんだろう。仲間を助けるために仲間を失って……俺は本当はどうしたらよかったんだろう。

 何が正しかったのか、もはやわからない。完全に己のよりどころを失ってしまった十代は――気が付けば、暗い闇の中に立っていた。

 心の中の、そこは深い深い場所だった。天井も床も壁もない、ただ黒い闇に塗りつぶされた奇妙な空間。空間の隙間を埋めるように、いくつもの無地のカードのようなものが浮かんでいるのが尚更奇異に映る。そのカードの群れは、鏡と言っても過言ではない滑らかさで十代の姿を映していた。

 よくよく見れば、その鏡に映っているのは十代だけではなかった。剣山、万丈目、吹雪、翔、そして明日香。失った仲間たちの姿がそれぞれ映り、そして消えていく。

 そして十代の手には《超融合》のカードがあった。仲間たちの命を糧に生まれた忌むべきカード。……それでいて皆の命そのものといえるカード。

 複雑な表情でそれに目を落とす十代。その耳に、響く声があった。

 

『ふふ、超融合のカードか……』

「……誰だ?」

 

 誰何の声にも力がない。

 そしてその張りのない声に、どこからか言葉が返ってくる。

 

『遊城十代。この世界は、力こそがルール。力がなければ何もできず、守れない』

「……それは……」

 

 そうかもしれない、と十代は思った。

 もっと力があれば、そもそも明日香をさらわれなかったのではないか。もっと力があれば、ブロンを即座に倒して皆の命を散らせることもなかったのではないか。もっと力があれば、遠也やヨハンを犠牲にすることなくユベルと決着をつけられたのではないか。

 そう、もっと力があれば……。

 次第に十代の中で明確な形を得ていく一つの真理。それに伴い、十代の目の前で黒い影のようなものが徐々に人型を形作っていく。

 

『力に善悪はない。が、善ばかりで出来ることはあまりに少ない』

 

 人型はやがて男性の形となり、十代とよく似た背格好になっていく。

 黒い異形は口のあたりを歪ませて言葉を続ける。

 

『悪を倒すためならば、悪にでもなる。争いをなくすためには、争わねばならない。そうしてこの弱肉強食の世界を、力により支配するのだ。そしてその力は今、お前の手の中にある』

 

 はっとして十代はその手に持つカード――《超融合》を見た。そして、再び顔を上げて声の主と向かい合う。

 静かに、しかし力強く語られていく言葉。その言葉が自身の心に染み込んでいっていることを、十代は何となく感じていた。

 

「お前は、一体……」

 

 先ほどの誰何とは違う。今度は明確に、目の前の存在が何者であるのかを知りたいという欲求によって生まれた問い。

 それに応える黒い異形の出で立ちは、十代そのものであった姿から刺々しく攻撃的な鎧を着こんだ姿へと変貌していた。

 そして、ついにその名が明かされる。

 

『我が名は――“覇王”。この世界を支配する者』

 

 厳かささえ感じる声。その響きを、十代は繰り返す。

 

「覇王……」

 

 その名を聞き、十代は覇王と名乗った存在に手を伸ばしていた。まるでそうすることが当然であるかのように、その行動は疑いもなく十代の中で実行に移される。

 十代の眼が金色に染まる。

 そして――。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「なぁ二人とも。さすがに遅くないか」

 

 ジムはオブライエンとマナの二人にそう問いかける。

 音速ダックと共に一人になりたいと言った十代が帰ってくるのを待っていた二人だったが、ジムの言葉に振り返ると揃って首を縦に振った。

 

「そうだね。いっぱい思うことはあるだろうけど……」

「しかし、ここはまだ安全圏ではない。……十代には悪いが、そろそろ発たねばいけないだろうな」

 

 二人とも十代を急かすようなことになってしまうことに抵抗があるのだろう。それはジムも同じだったが、しかしいつまでもここにいるわけにはいかなかった。野生のモンスターに襲われる可能性もあるのだ。

 人の死に、今の十代や自分たちは敏感になっている。だからこそ、出来るだけそうした危険は遠ざけたかった。

 

「迎えに行こう。ここには、また気持ちが落ち着いてから来ることも出来る」

「ああ」

「うん……そうだね」

 

 やはり気が進まないのだろう、三人の声にはどこか苦渋の色がある。

 しかしこのままここにいることが最善ではない以上、彼らはここを離れなければいけなかった。しかし十代の気持ちもわかる。だからこそ、五人の墓まで再び向かう彼らの足は重たくなっていた。

 しかし今は非常時であり、仕方がない。そうどうにか気持ちを納得させて彼らは岩場の陰に作った墓を見る。

 

 ……だが、そこに十代の姿はなかった。

 

 

「あれ?」

「……十代はどこにいるんだ?」

 

 マナとジムが疑問を口にし、オブライエンが墓の前まで行ってその周囲を探る。

 しかし、どこにも見慣れた赤いジャケットを見つけることは出来なかった。

 

「駄目だ、見当たらないぞ!」

 

 オブライエンの言葉に、ジムとマナは十代までもを失うことになるのかと、さっと心が冷え込んだ。

 そして二人も近くを探すが、十代の姿はどこにもない。マナは空から探すが、しかしそれでも見つかることはなかった。

 離れていたのは数分、十分にもならないはずだ。それだけの時間で、空を飛べるマナにも見つからない距離へ徒歩で移動したとは考えづらかったが……。

 しかし現実に十代の姿はどこにもない。その考えづらい事態が起こったのだと認めるしかなかった。

 一体、十代はどこに行ってしまったのか。三人はそれからも五人の墓を中心に捜索を続けたが、結局十代を見つけることは叶わなかった。

 次第に空は暗くなり、見渡せる範囲も短くなっていく。夜になり、捜索自体が困難になっていく。そうなっては、十代の捜索を一時止めるしかなかった。ここで無理をしてジムやオブライエンまで倒れる、あるいはモンスターに襲われてはたまらないからだ。

 マナにも迎撃できない大物が出てくる可能性もある。そのため、彼らは後ろ髪を引かれながらも一時撤退するしかなかった。

 

 

 

 ――翌日。

 音速ダックを返した後に、フリードらも十代の捜索に協力してくれたが結局十代は見つからなかった。

 一体、どこに行ってしまったのか。

 マナたちは次々といなくなっていく仲間たちに、騒ぐ心を抑えられなかった。

 空に浮かぶ箒星。その輝きを見上げながら、照らされたその表情は誰もが苦しげに歪められていた。

 

 

 

 

 


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