カイザー亮とデュエルをすることになり、人目の少ない場所に移動した俺とカイザー。
だというのに……。
「……なんでいるの?」
その言葉に対して、即座に答えが返される。
「私は偶然あなたたちを見かけたからよ。十代にはメールしたけど」
「へへ、明日香から聞いたぜ! カイザーってのはこの学園最強のデュエリストなんだろ? そのカイザーと遠也のデュエルを、見逃すわけにはいかないぜ! 教えてくれた明日香には感謝だな!」
「僕は、その時その場にいたから、一緒に」
「俺もなんだな」
「十代たちに途中で会って、誘われたから」
「同じくですわ」
明日香、十代、翔、隼人、ジュンコ、ももえ。それぞれがこの場にいる理由を話す。それによれば、大半がほぼ偶発的に俺たちのデュエルを知り、この場に来たということになる。
なるほどね。
「つまり、明日香が悪いのか」
「なんでそうなるのよ!?」
「お前が十代にメールしたからじゃん。まぁ、ギャラリーがいつもの面子だけだから、いいけどさ」
俺が人目を避けたかった理由は、ブルーの人間に見られてまた何か言われるのを避けるためである。
そう考えれば、今いるメンバーは特に問題ない。わざわざ吹聴して回るような人間はいないからな。よくつるむだけあって、そういう信用は抜群である。
「……悪かったわ。あなたの事情は知っているけど、私と十代ぐらいならいいかと思ったのよ。ちょっと、予定より多くなってしまったけど……」
「いいって、このメンツなら。それより、三沢は?」
「ん? 会わなかったから誘ってないぜ。よくわかんないけど、人は少ないほうがいいんだろ?」
「うん、まぁ……そうだな」
会っていたらこの場にもいたのに、三沢だけハブられる形になってしまったのか。なんか申し訳ないが、ここは運がなかったと思って諦めてもらおう。
……さて。気になっていたこの場にコイツらがいる理由もわかったことだし。これで気兼ねはなくなった。
俺はギャラリーに向けていた視線を、対戦相手となるカイザーへと移した。
「……もういいのか?」
律儀に待ってくれていたカイザー。いい人だ。
「はい。待たせてすみません」
「いや、いい。元々頼んでいるのはこちらだからな。こうしてデュエルできるだけで、ありがたい」
そう言って、カイザーはふっとニヒルに笑う。性格も良く、クールとは。このイケメン、かなり高性能である。
しかし、カイザーの言葉はちと妙だ。俺はそんなに中々デュエルできないほどレアなキャラではない。頼まれれば、受けていたはずだ。入学してからこっち、だいぶ時間があったのだから、その機会はあったはず。
そのことについて問うと、カイザーは苦笑した。
「俺を慕ってくれる生徒がな、なかなか時間を作らせてくれなかったんだ。無視するわけにもいかないからな」
つまり、カイザーの取り巻き連中がひっつきまわり、カイザーの自由時間を侵害したため、俺に会いに行く時間を作れなかった、と。
なるほど、学園最強というのも大変だな。カイザーも苦労しているようである。
「なるほど。じゃ、その分まで今回はたっぷりデュエルをしましょう!」
「ああ、そうしてもらえると助かる。新たな戦術、シンクロ召喚の力、楽しみにしている」
「では」
「ああ」
互いにディスクを構え、視線を絡ませる。
「「デュエル!」」
皆本遠也 LP:4000
丸藤亮 LP:4000
「先攻は俺のようだな。ドロー!」
カイザーの先攻でデュエルが始まる。
ドローフェイズ、カイザーは引いたカードを確認すると、それをそのままディスクに置いた。
「俺は手札から《融合》を発動! 手札のサイバー・ドラゴン2体を融合! 現れろ《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」
《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2100
……ふっ。十代と何度もデュエルしてきた俺は、もうこの程度では驚かないさ。初期手札に融合素材と融合が揃っているだって? あるある。よくあることさ。
半分諦めの境地に至っている俺と違い、ギャラリーは賑やかである。
「そんな、いきなり融合!?」
「本気ですわね」
「それも亮のエース、サイバー・ツイン・ドラゴン……!」
「お兄さん……やっぱり凄い!」
「さすがカイザー! 俺もデュエルしてぇ!」
「遠也、頑張るんだな!」
誰が何を言ったのか、すぐにわかるところはいいことだ。それにしても、応援してくれてるのが隼人だけとか。他の皆さんはカイザーに気を取られていらっしゃる。
けど、気持ちはわかる。よく先攻ターンでこんな重いモンスター出せると思うもんな、ホント。十代といい、正規融合を初手から行うのが普通だからなぁ。一体どうなってるんだか、まったく。
『むむ……凄い。でも、遠也だって負けてないもん。頑張ってね、遠也!』
「お、おう」
俺の横で、いつもより気合の入った応援をしてくれているマナ。っていうか、さっきから妙に距離感近くないですか、キミ。今も寄り添うぐらいの距離なんですけど。
それがちょっとばかり気になるが、別段嫌なわけでもない。というわけで、気にしないことにして、カイザーの一挙手一投足に意識を向ける。
「俺は更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
カイザーがエンド宣言をし、こちらに目線を寄こす。その目が、お前の力を見せてみろ、と言っている気がした。
ここは、それに応えるのが男というもの。幸い、手札にはその材料が揃っている。これなら、いけるだろう。
「俺のターン、ドロー!」
カードを1枚引き、俺はカイザーの視線に笑みを浮かべて返す。それに、カイザーもまた小さく笑みを浮かべた。
「いくぞ! 俺は手札からモンスターを墓地に送り、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そして、《チューニング・サポーター》を召喚!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300
2体のモンスターが並び、カイザーはそのステータスに僅かに眉を寄せた。
「レベルの割に攻撃力が低い……それが噂のチューナーモンスターか」
その言葉に、俺はにやりと笑った。
「ステータスが低いなら、力を合わせればいい。――俺は、チューニング・サポーターをレベル2として扱い、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」
シンクロ召喚おなじみのエフェクト。5つの輝く輪を、2つの星が潜り抜ける。レベルの合計は7だ。
「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」
現れるのは緑の体躯に、厳つい顔をした鬼のようなモンスター。ことバトルという面では、俺の持つモンスターの中でも屈指の力を持つモンスターである。
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800
「それがシンクロ召喚か。ステータスが低くとも、強力なモンスターへと姿を変える。なるほど、これまでにない画期的な手法だ」
感心したように呟くカイザーだが、こいつの効果を知ってたらそんな顔は出来ないだろうな。
「チューニング・サポーターがシンクロ素材になったため、効果によりカードを1枚ドロー。更に俺は《おろかな埋葬》を発動。デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る」
この俺の行動に、後ろで十代と翔、隼人の三人が「おっ」「あっ」「だな」と声を上げる。俺のデュエルをよく見ている三人だからな。当然こいつの効果も把握している。
それを受けて、こいつの効果を思い出したのか、明日香たちもあっ、と声を上げた。
カイザーはそんな外野の反応に首をかしげているが、すぐにその理由を知ることになる。
「ニトロ・ウォリアーでサイバー・ツイン・ドラゴンに攻撃!」
「なに? 攻撃力は同じ……相打ち狙いか?」
カイザーがそう予想して言うが、残念ながらそうではない。
「ニトロ・ウォリアーの効果発動! 魔法カードを使ったターン、1度だけこのカードの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする!」
「なに!?」
《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800
ニトロ・ウォリアーの攻撃力がサイバー・ツイン・ドラゴンを上回り、戦闘破壊可能となる。ニトロ・ウォリアーの身体にエネルギーがみなぎり、それがそのまま力となる。
「いけ、ニトロ・ウォリアー! 《ダイナマイト・ナックル》!」
ニトロ・ウォリアーの拳が勢いよくサイバー・ツイン・ドラゴンの銀色に輝く機械の身体に叩きつけられ、ほどなく大爆発を起こして爆散する。
そしてその余波がカイザーを襲い、そのライフポイントを削っていった。
亮 LP:4000→3000
「くっ……やるな。いきなりサイバー・ツイン・ドラゴンがやられるとは思わなかった」
「ふっふっふ。これが、シンクロモンスターの力ですよ」
そして、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は元の2800に戻るっと。
さて、自信満々にカイザーに言った俺だが、実はかなり不安だった。
カイザーが伏せたあのカードがもし《リミッター解除》だった場合、やられていたのはこっちだからだ。
エンドフェイズに破壊されるとはいえ、次のターンはカイザーだ。モンスターを召喚して速攻されて、終了となる可能性もあったのだ。
だから、ある意味賭けだったと言える。まぁ、違ったから良かったが。
「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」
俺がエンド宣言をすると、後ろで十代たちが声を上げ始めた。元気だな、みんな。
「すげぇ! 遠也がカイザーから先制したぜ!」
と、十代は素直に喜んでくれているが、その他の面子は驚きのほうが大きいらしい。
「まさかカイザーのライフを先に削るなんて」とジュンコとかももえ辺りが特に驚いている。
そして、翔は今朝のデュエルを思い出したのか、「ワンキル怖いっす」と虚ろな目で言っていて、それを隼人が慰めていた。
そんな中、明日香だけは厳しい顔をしている。
「いいえ、亮はカイザーとまで呼ばれる実力者よ。このままとはいかないはずだわ」
さすがは明日香。俺もそう思う。
学園最強のデュエリストが、この程度で揺らぐはずもない。それに、カイザーと十代の引きの強さはチートレベルだったと記憶している。
なら、油断できるはずもない。次のターンで、恐らく何かをしてくるはず……。
「俺のターン、ドロー!」
カイザーがカードを引き、そして手札に加える。
一体何をしてくるのか。俺は固唾をのんでその動向を見つめた。
「俺は《強欲な壺》を発動し、デッキからカードを2枚ドローする。そして、相手フィールドにモンスターがいて、自分のフィールドにモンスターがいない時、このカードは手札から特殊召喚できる。《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」
《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600
「更にリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地の《サイバー・ドラゴン》を蘇生する! そして手札から《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚! このカードはフィールドに存在する場合、サイバー・ドラゴンとしても扱う!」
《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600
「更に《融合》を発動! フィールドのサイバー・ドラゴン2体とサイバー・ドラゴンとして扱うプロト・サイバードラゴンで融合召喚! 来い、《サイバー・エンド・ドラゴン》!」
《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800
サイバー・ドラゴンのように機械で作られた銀色の巨体。その頭は3つあり、鋭い眼光はこちらを威圧してやまない。両翼と胸に青く輝く宝玉が、銀色の中で美しく輝いている。
カイザー丸藤亮の切り札、サイバー・エンド・ドラゴンのおでましだった。
――……えぇー……。
「あ、あの状況から1ターンで……」
「す、すげぇ……」
ギャラリーもあまりといえばあまりな展開に、思わず声を失っている。
気持ちはわかる。俺も今まさにそんな気持ちだから。
先攻ターンにサイバー・ツイン、2ターン目にサイバー・エンド。しかも、どちらも正規召喚。どうやったらそんな神業が出来るというんだろう。いや、今まさに見せられましたけども。
『う、うわぁ……』
あれだけ勢いこんでいたマナも、この状況にはさすがに勢いが失せていた。無理もない。俺だって、なぁにこれぇ、って思ってる。
「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでニトロ・ウォリアーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」
その指示を受け、サイバー・エンド・ドラゴンのそれぞれの口に光が収束していく。
そして、三つ首から同時に放たれた圧倒的なまでのエネルギーの奔流は一つに重なり、輝く光の渦となってニトロ・ウォリアーを一瞬で飲み込んだ。
もちろんニトロ・ウォリアーに対抗できるはずもなく。ニトロ・ウォリアーは哀れ一撃で粉砕された。すまん、ニトロ・ウォリアー。
遠也 LP:4000→2800
「俺はこれでターンエンドだ」
カイザーがエンド宣言をし、ターンが俺に移る。
しかし……あれだな。カイザーのフィールドを見て、俺は思う。
サイバー・エンド・ドラゴン。GX版青眼の究極竜とも言われただけのことはある。その威容は見る者を圧倒し、戦意を失わせるには十分な迫力を持っていた。
正直、攻撃力4000のモンスターが出てきたところで、ある意味でそれよりひどい状況が普通だった経験を持つ俺は、それだけでは特に感想はない。まぁ、よく正規召喚でいきなりこんなの出せるなとは思うが。
だが、攻撃力3000が最高ライン、ビートダウンが大勢を占めるこの世界の環境の人間には、きっと俺以上にコイツは恐ろしく感じるに違いない。
なにしろ攻撃力だけを見れば神と同格だ。通常の手段で倒すのが難しいのは間違いないのだから。
が、倒す手段がないわけではない。しかし、今の手札ではどうしようもない。全ては、これからのドロー次第ってことか……。
「俺のターン、ドロー!」
最善ではないが……これなら凌げる。
ここはどうにか食らいついて行くしかないな。
「俺は《ゼロ・ガードナー》を守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてターンエンド」
《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0
俺がターンエンド宣言をすると、後ろで翔が大声を上げた。
「ダメだ、遠也くん! それじゃあ、負けちゃうっす!」
その声に、隣にいた十代が反応する。怪訝な顔で、翔に問いかけた。
「なんでだよ? 壁になるモンスターが出せたんだ。悪いことじゃないはずだぜ」
「ううん、アニキ。サイバー・エンド・ドラゴンには、それじゃダメなんだ」
「十代、サイバー・エンド・ドラゴンには……貫通効果があるのよ」
翔に続き、明日香がそう説明する。
すると、状況を理解した十代が驚きと共に俺を見る。
「遠也が出したゼロ・ガードナーの守備力は0……ってことは、ダイレクトアタックと同じってことか!?」
現在の状況を理解した面々が、俺たちのフィールドに目を向ける。
あちらには攻撃力4000で貫通持ちのモンスター。そして俺の場には守備力0のモンスター。単純な計算だ。みんなには俺が負ける未来が見えているに違いなかった。
「俺のターン、ドロー」
カイザーがドローし、そのカードを手札に加えた後。カイザーはゆっくりとその視線を俺に向けた。
「シンクロ召喚、素晴らしいものだった。これでデュエルはまた一つ変わるだろう。そして、このデュエルを受けてくれた君に敬意を表し、全力を尽くそう」
そして、カイザーは高らかに宣言する。
「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでゼロ・ガードナーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」
再びサイバー・エンド・ドラゴンから放たれる巨大な光の波動。それがゼロ・ガードナーに届くか、という瞬間。みんなの俺の負けを確信したかのような諦めの声が聞こえた、その瞬間。
俺はその光の奔流に向かって、真っ向から叫んだ。
「ゼロ・ガードナーの効果発動!」
「この状況で、何を……」
カイザーの驚きの声に被せ、俺はさらに言葉を続ける。
「このカードを生贄に捧げ発動! このターン、自分のモンスターは戦闘で破壊されず、相手モンスターとの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0となる!」
効果の発動を宣言すると、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃はゼロ・ガードナーが提げていた巨大な0の形をしたオブジェに防がれて、こちらには届かない。
もちろん、俺のライフポイントには何の変動もない。
「誘発即時効果により、自身が攻撃対象になって生贄にした場合でも戦闘ダメージは0になる」
これが生きた和睦の使者と呼ばれる所以である。召喚権を使用するというデメリットはあるものの、その効果は和睦の使者と完全な相互互換。効果そのものは非常に優秀なモンスターなのだ。
そして俺が生き残ったことを知ると、十代たちのほうからホッと安堵のため息が漏れていた。やはり、これで終わりだと思っていたらしい。
「お、おどかすなよ遠也! そんなモンスターがいたなんて、聞いてないぜ!」
「悪い悪い。こいつは、昨日調整した時に試しに入れた奴なんだ。だから、お前が知らないのも当然だぞ」
基本、俺が持っているカードは遊星が使ったカードが多く、OCG化されているものは殆ど持っている。
ファンデッキ作るために、集め回ったからなぁ。こうして普段入れないカードを突っ込んで、このカードを使った時を思い出してデュエルするのが小さな楽しみだったりもするのだ。
心臓に悪い、と十代と同じように文句を言ってくる皆に軽く謝り、俺は再びカイザーと向かい合う。
そして、にっと笑った。
「カイザー。このデュエルは、まだ終わらないぜ」
凌いでみせた俺に、カイザーは僅かに瞠目していたが、すぐにその表情が楽しげなものに変わる。
さっきまでのどこか超然とした態度ではない。自信を感じさせる点は変わらないが、雰囲気が異なっていた。
例えるなら、十代を相手にしているような感覚だろうか。……そう、デュエルを心から楽しんでいる、そう感じさせる雰囲気だった。
「……やるな、皆本遠也。このデュエル、やはり申し出てよかった」
「そう思ってくれたなら、光栄だよ」
肩をすくめてそう言えば、カイザーは再び笑った。
「ふっ……俺は手札から魔法カード《タイムカプセル》を発動する。デッキからカードを1枚除外し、2ターン後のスタンバイフェイズにタイムカプセルを破壊。そのカードを手札に加える。ターンエンドだ」
「おっと、そのエンドフェイズにリバースカードをオープン。《サイクロン》を発動させてもらう。タイムカプセルを破壊する!」
「ならば俺はそれにチェーンしてリバースカードオープン! カウンター罠、《マジック・ドレイン》! サイクロンを破壊する! この時、相手は手札から魔法カード1枚を捨てることでこの効果を無効に出来るが……」
「いや、その破壊は通す」
ちぇ、あの伏せカードマジック・ドレインかよ。そんなカード入れてたんだなカイザー。
それにあの手札、モンスターじゃなかったのか。まぁ、全力を出すと言って召喚権を使わなかった時点で、そうだとは思っていたが。
さて、あのタイムカプセルで除外したカードは何なのか。順当にいけば《パワー・ボンド》かアニメオリジナルカードの《異次元からの宝札》か。前者は既に場にサイバー・エンドがいるから優先度は下がっている。後者は、手札が少ないことから可能性は高い。
他にも死者蘇生という可能性もあるしなぁ……ま、考えてもわからないか。
「俺のターン、ドロー!」
……来たか。こいつを使えば、このデッキの中で唯一カイザーに対して圧倒的なアドバンテージを得られるモンスターが呼び出せる。
シンクロモンスターの中でも単純だが強力な効果を持つカード。そのくせ素材指定なしというモンスター。こいつが制限に全く引っ掛からない時点で、あっちの世界の環境の凄さがわかる気がする。
けど、こいつを使うのは気が引ける。なぜなら、どう言ったところでこいつはメタカードみたいなもんなのだ。十代とのデュエルでだって使ったことはない。だって、戦闘が一気に単調になってしまう。
それはカイザーにも言える。特にカイザーのデッキは属性縛りが結構あったはず。サイバー流の使い手だし。それに、このカードはこの時代に本来は存在していないカードだ。だからこそ、躊躇われるが……。
「どうした、皆本。長考か?」
長い間黙っていたからだろう、カイザーがそう問いかけてくる。
だが、こんなこと言うわけにはいくまい。まさか、このカードは未来のカードだからちょっと効果がアレなんだよ、なんて。
「いや、その……」
だから、思わず口ごもる。カイザーとのデュエルは迫力があって、これまでとは違った楽しさがある。だからこそ、もっと続けたい。しかし、勝ちたいのも事実だ。そうなると、こいつを使うのが一番いい。
無論、いきなり勝敗に結び付くほどのカードではないが、それでも優位には立てるだろう。どうしたものか……。
うんうん唸っていると、カイザーが再び口を開いた。
「なにを悩んでいるのかは俺には分からない。だが、どうやら打つ手がないというわけではないようだな」
「うっ」
図星をさされ、思わず呻く。
だが、カイザーはそんな俺を気にせず更に続ける。
「ならば、俺たちデュエリストに出来ることは1つしかない。ただ全力を尽くすことだ。持てる力を余すことなく相手にぶつけ、勝敗を競う。相手の力を認めるからこそ、全力を尽くして戦う。それが、リスペクトするということだ」
「カイザー……」
俺の後ろで全員がカイザーの言葉に感銘を受けている。
特に翔は、深くその言葉を心に刻んだようだ。自信がイマイチ足りないあいつには、きっと殊更特別に聞こえたのだろう。
そして、それは俺も同じだった。
この時代にまだない筈だったシンクロモンスター。そして、未来のカード群。それらを持っているからといって、俺は我知らず驕っていたのかもしれない。
このモンスターを出してもいいものか。必死なら、そんなことを考えない。ただ出来る限りの力を以ってぶつかっていったはずなのだ。
カイザーの言うとおりだ。……俺はもうデュエリストとしてこの世界で生きると決めた。なら、どんな時でも全力でぶつかっていかなければ、デュエリストの名が廃る。この世界で、そう生きると決めたなら、そのために全力を注ぐべきなのだ。
「マナ、カイザーをボコボコにするぜ」
『う、うん。いいの?』
俺がさっきまで妙に悩んでいたのを横で見ていたからだろう、マナはどこか躊躇いがちに俺の顔を見る。
それに、俺は頷いた。
「なんか、ふっきれた。俺はデュエリストだ。そう生きていくと決めた以上、全力全開でやってやるさ」
結局、一年経ってもまだまだ俺は未練だらけだったってわけだ。それも悪くないが、その気持ちをデュエルに持ち込むべきではなかった。
デュエルでは常に全力で。脇目も振らずに駆け抜けていけば、それでいい。単純なことだ。気づかせてくれたカイザーには感謝だな。
そんな意志を持った俺の表情を見て、マナは俺の心は読めないにしろ何かを察したのか嬉しそうに頷いた。
『うんっ。じゃあ、やっちゃって、遠也!』
「あいよ。……いくぜ、カイザー!」
「ふっ、来い!」
笑みを浮かべて、カイザーは受け止めようと泰然と立つ。
俺はそれに対して手札から1枚のカードを引き抜き、ディスクにセットした。
「俺はチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚!」
《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500
へこんだオレンジの鉄帽子、丸い眼鏡に、小柄な機械仕掛けの身体。
おなじみのチューナーモンスター、ジャンク・シンクロンが俺のフィールドに現れる。
「更に、ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
背中からいくつものボルトを生やした、ボルト・ヘッジホッグが墓地から蘇り、フィールドに立つ。
これで、レベルの合計は5。それを見たギャラリーが、予想を語る。そういう話が出るのは、俺が何度もシンクロ召喚をしているところを見た人間ばかりだからだろう。
「レベル5ってことは、《ジャンク・ウォリアー》か?」
「《TG ハイパー・ライブラリアン》という可能性もありますわよ?」
「けど、どちらにせよサイバー・エンド・ドラゴンは倒せないんだな」
十代、ももえの言葉に隼人が突っ込み、二人は揃って確かに、と呻いた。そんな後方の様子に気持ちを少し和ませながら、俺はカイザーに向けて告げる。
「遠慮はしないぜ、カイザー! 俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」
2体のモンスターが飛び立ち、それぞれ光の輪と星にその身を変え、シンクロ召喚が行われる。
「――集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ!」
一際強く光が溢れ、徐々にその中からモンスターの姿が現れる。
「シンクロ召喚! 殲滅せよ、《
現れたのは、その全てを科学技術で製造された四足のロボット。白銀の装甲で覆われた全身、身体を支える足の先全てで金色に輝く鋭い爪。頭部には同じく金色の装甲が、眼球代わりとなる青く丸いレンズを囲っている。
装甲に覆われ、腹部にかけて黒と赤で彩られたその姿は、どこか不気味さを感じさせる。
物言わぬ機動兵器。それがこのカタストルという存在であった。
《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200
「新しいレベル5のシンクロモンスターですって!?」
「すげぇ。こんなモンスター見たことないぜ!」
明日香と十代が声を上げ、後に続いて他の面々もこの初披露のモンスターに、驚きをあらわにする。
俺が今融合デッキに入れているレベル5のシンクロモンスターは、こいつを含めての3体だ。これでレベル5のシンクロモンスターは全て召喚されたことになる。
「新たなシンクロ召喚か。だが、そのモンスターではサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力には到底届かないぞ」
新たなシンクロモンスターに興奮していたギャラリーは、カイザーの至極まっとうな言葉に「あ」と動きを止める。
「そういえばそうなんだな! 新しいモンスターに興奮して忘れてたけど、それじゃ負けちゃうんだな!」
隼人が叫び、周囲も俺にどうするのかと視線で問いかけてくる。
だが、その答えは決まっている。
「それはどうかな」
「どういうことだ?」
「答えはこうさ。バトルだ! カタストルでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃!」
俺の攻撃宣言を受け、自爆するつもりか、とカイザーは困惑と驚愕に目を見開く。
それに対してにやりと笑って、俺は口を開いた。
「この瞬間、A・O・J カタストルの効果発動! このモンスターが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行わず、そのモンスターを破壊する!」
「な、なんだと!?」
カタストルが機械的な金属音を響かせながらサイバー・エンド・ドラゴンに接近し、その鋭く強固な爪を振り上げてサイバー・エンド・ドラゴンに突き刺す。
その瞬間、カタストルの爪から黒い闇色のエネルギーが現れ、それがじわりとサイバー・エンド・ドラゴンの体内に注ぎ込まれていく。
サイバー・エンド・ドラゴンはその攻撃に苦悶の咆哮を上げ抵抗したが、やがて消滅してしまった。
「サイバー・エンド・ドラゴンが……」
「たった一撃で破壊されるなんて……」
明日香とジュンコの二人がその光景を呆然と見つめ、思わずというような気のない口調で呟きが漏れた。他の面子も、驚きをあらわにしている。
その中でも特に明日香は、相当に驚いているのが見て取れる。確か明日香は兄経由でカイザーとも親交が深かったはず。そうだとすれば、カイザーの強さもよく知っているはずだ。その切り札があっさり破壊されたのだから、驚くのも無理はないのかもしれない。
攻撃力4000、貫通効果持ちの特大モンスターにして、アカデミア最強であるカイザーの切り札。それがこんな方法で破壊されたとあれば、やはり驚愕すべきものなのだろう。
「闇属性以外のモンスターを問答無用で破壊かよ……。俺のデッキとは相性最悪だぜ」
十代がため息交じりに呟く。まぁ、十代が持ってる闇属性のHEROは攻撃力がこいつより下だからな。
十代の場合、サンダー・ジャイアントのような破壊効果を使って除去するしかない。まず戦闘では除去できないだろう。
「相性……そうだ! お兄さんのデッキは……!」
翔のはっとしたような言葉に、明日香も我に返って思考を働かせる。
「サイバー・ドラゴンを主軸とするサイバー流のデッキ……! その属性は、殆どが光属性だわ!」
明日香が叫び、その事実を認識したみんながカイザーを見る。
そこには、サイバー・エンド・ドラゴンを破壊され、目を見張っているカイザーが立っていた。
そう、サイバー流はサイバー・ドラゴンを主体としている。そして、サイバー・ドラゴンの派生モンスターはその全てが光属性なのだ。それを主力としているカイザーにとって、このカードは天敵となる。
これ1枚で、上手くすればサイバー・ドラゴンデッキは止まってしまうのだ。キメラテックがあるなら話は別だが……カイザーが持っていないなら、単純に戦闘で破壊するのは相当に困難になる。除去カードを使うしかないからな。
それを理解したのだろう、翔はうー、と小さく唸って俺を見た。
「ずるいっすよ遠也くん! そのモンスターの効果、強すぎるよ!」
痛いところを突っ込まれ、思わず一歩下がる俺。
いや、俺もこいつを出すのはどうかなーとは思ったんだよ? ただ、色々とカイザーの言葉で吹っ切れたっていうか、全力を出す以上コイツを使ってもいいかな、と思ったっていうか……。
そう内心で言い訳するも、それが翔に届くはずもなく。翔は、ずるいっす! と言っている。いや、なんかゴメン。
しかし、そんな翔に諌める声が掛けられた。
「……翔、それは違う」
「え?」
翔はその言葉を受けて、俺に向けていた視線をその声の主――カイザーへと向ける。
カイザーはその視線を真っ直ぐ受け止め、翔の顔を正面から見つめた。
「皆本は、俺の全力を出してデュエルするという意思に応えてくれただけだ。カードの効果は確かに強力だろう。だが、皆本は反則を犯したわけではない。これが、皆本の全力だというだけのことだ。ならば、そこにズルなどない。あるのは、互いの全てをかけることで相手とわかちあうリスペクトの気持ちだけだ」
「相手とリスペクトしあう気持ち……」
カイザーの言葉に、翔は勢いをなくして噛みしめるように声に出す。
「翔、お前にはそれが足りない。弱いから卑屈になるのではない。強いから驕るのではない。たとえどうであっても、全力で相手に対すること。それが、相手を尊重するということなのだ」
「お兄さん……」
翔が、なんだか決意を込めた目でカイザーを見ている。そして、それにカイザーはふっと満足げに笑った。
……え、どうなってるのこれ。
「待たせたな、皆本」
そうカイザーが言う。いや、むしろまだ俺のターンなんで待たせてるのは俺なんですが……。
「お前のおかげで、翔に一つ教えてやることが出来た。こんな機会でもなければ、恐らく出来なかっただろう。感謝する」
「ど、どうも」
なんて言えばいいのさこれ。
「お前の全力、受けて立つ。このデュエル、負けられん」
そう言ってこちらを強く見据えるカイザーに、俺も応える。
このゴタゴタはとりあえず置いておこう。今はただ、このデュエルに集中するのみだ。
「俺だって、負けるつもりはない。俺はこれでターンエンドだ!」
「俺のターン、ドロー!」
さぁ、どうくるカイザー。カタストルを破壊するのは、容易じゃないぜ。
「俺は《サイバー・ヴァリー》を守備表示で召喚! ターンエンド!」
《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0
サイバー・ヴァリーか……。また何とも厄介なモンスターを出してくれたもんだ。
「俺のターン、ドロー!」
ふむ、そう来たか。これならまだ希望は繋がる。
「俺は魔法カード《闇の誘惑》を発動! カードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスターを除外する。俺は手札から《クリッター》を除外する。そして《調律》を発動! デッキトップのカードを墓地に送り、ジャンク・シンクロンを手札に加え、召喚! 更にチューナーが場にいるため、《ボルト・ヘッジホッグ》を自身の効果により蘇生する!」
《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
再び俺の場にモンスターが揃う。そのレベルの合計は5だ。
「くるか……」
カイザーの呟きに応えるように、俺は口を開く。
「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」
空中に飛び立った二体のモンスターが、やがて光に包まれ一つになる。
「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG ハイパー・ライブラリアン》!」
《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800
未来的な出で立ちをした司書が現れ、カタストルと共に相手のフィールドに向かい合った。
「バトルだ! 俺はカタストルでサイバー・ヴァリーに攻撃!」
「この瞬間、サイバー・ヴァリーの効果発動! 攻撃対象となったこのカードを除外し、カードを1枚ドロー。そして、バトルフェイズを終了させる!」
やっぱり、その効果を使うか。バトルフェイズが終了し、メインフェイズ2となる。しかし、今の俺に出来ることはこれ以上何もない。
「ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
カイザーがドローし、手札に加えた後。フィールドに置かれていたタイムカプセルに罅が入る。
「このスタンバイフェイズ、タイムカプセルに入れられていたカードが手札に加わる。《異次元からの宝札》を手札に加え、除外されていたこのカードが手札に加わったことによりお互いに2枚ドローする!」
俺の手札が2枚に。カイザーの手札が一気に4枚にまで回復する。これだけ引いた以上、何かキーカードを引いた可能性が高そうだ。
「俺は手札からプロト・サイバー・ドラゴンを召喚! 更に魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動する! このカードは、サイバー・ドラゴンが自分の場に表側表示で存在する時に発動できる。このターン、サイバー・ドラゴンの攻撃権を放棄する代わりに、相手の場のカード1枚を破壊する! プロト・サイバー・ドラゴンは場にいる限りサイバー・ドラゴンとしても扱う。俺が選ぶのは、A・O・J カタストル!」
「くっ……!」
プロト・サイバー・ドラゴンから放たれる光の砲撃が、カタストルを飲みこみ消滅させる。
やっぱり引いていたか、除去カード。カイザーほどの実力者なら、絶対に引いていると思っていた。カタストルが破壊されたのは痛いな……。
「更にカードを1枚伏せ、魔法カード《天よりの宝札》を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」
ここで原作最強のドローカードかよ! 俺の手札も6枚になるとはいえ、このカードを使うということは、勝負をかけに来たか。
「俺は《死者蘇生》を発動し、墓地からサイバー・エンド・ドラゴンを復活させる! 更に《二重召喚》を発動し、もう1体のプロト・サイバー・ドラゴンを召喚! そして《パワー・ボンド》を発動! サイバー・ドラゴンとして扱う場のプロト・サイバー・ドラゴン2体を融合し、再び現れろ、サイバー・ツイン・ドラゴン! この時、パワー・ボンドの効果によりサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は元々の攻撃力分アップする!」
《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800
《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800→5600 DEF/2100
三つ首の巨大な竜、そして双頭の一回り小さな竜。それでも、それぞれ俺なんかちっぽけに見えるほどに巨大な身体だ。そんな大きさのドラゴンにギロリと睨みつけられて、マナはさっと俺の後ろに隠れた。
その怒涛の召喚劇、そして2体のモンスターがそれぞれワンキル圏内の攻撃力ということに、さすがに俺の顔もひきつる。
全力を尽くすと言ったカイザーの言葉は本気だったと証明しているかのようだ。これ、普通ならトラウマになるんじゃないだろうか。
だがしかし、カイザーは容赦しない。間違いなくこれで決めにかかる。パワー・ボンドを使ったのがその証拠だ。
「バトル! サイバー・ツイン・ドラゴンでハイパー・ライブラリアンに攻撃!」
サイバー・ツイン・ドラゴンの二つの口からエネルギーがビームのように一直線に襲いかかる。
これが通れば、俺のライフはゼロになる。だが、まだ終わらせん!
「リバースカードオープン! 速攻魔法《収縮》! サイバー・ツイン・ドラゴンの元々の攻撃力をエンドフェイズまで半分にする!」
「なに!?」
《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/5600→1400
サイバー・ツイン・ドラゴンから放たれたビームが細くなり、ライブラリアンに直撃する。
攻撃力は収縮によりライブラリアンより下がっている。ツイン・ドラゴンの攻撃はただの自爆特攻となり、カイザーのライフポイントを削る結果となって終わった。
亮 LP:3000→2000
「だが、まだサイバー・エンドがいる。ライブラリアンに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」
「くっ……!」
ライブラリアンが破壊され、俺のライフが削られる。
遠也 LP:2800→1200
「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」
カイザーのライフを削ったのはいいが……こっちも食らって、結局下回ってるとか。
まぁ、サイバー・ツイン・ドラゴンを通していたら負けていたんだ。この程度で済んだなら恩の字だろう。
しかし、あのパワー・ボンドはアニメ効果のほうだったんだな。アニメだと、融合召喚されたモンスターがエンドフェイズまで残っている時だけダメージを受けるという効果だったはずだ。
OCGでは例え場から離れてもダメージを受けるので、この時点でカイザーは負けている。
まぁ、OCG効果だとしたらこの場で使ってないよな。負けちゃうんだし。アニメ効果だからこそか、今使ったのは。
「俺のターン、ドロー!」
手札は7枚、選択肢は多い。
だがだからといって油断はできない。全力で行くぜ。
「俺は《調律》を発動! デッキからクイック・シンクロンを手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。そして、モンスターカードを1枚墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! 更にチューニング・サポーターを通常召喚する! 更にコストとして墓地に送られたボルト・ヘッジホッグの効果発動! 場にチューナーがいる時、特殊召喚できる!」
《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400
《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300
《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800
「レベル1のチューニング・サポーターとレベル2のボルト・ヘッジホッグに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」
《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500
「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・デストロイヤーの効果発動! チューナー以外の素材としたモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊できる! 素材となったのは2体、よって2枚まで破壊できる! 俺はサイバー・エンド・ドラゴンと左の伏せカードを選択する! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《タイダル・エナジー》!」
ジャンク・デストロイヤーから轟音と共に現れた光の波動が、雷のようになって2枚のカードを直撃する。サイバー・エンド・ドラゴンはしばし咆哮を上げて抵抗していたが、やがて破壊されて消えていった。
そして破壊した伏せカードは、《ダメージ・ポラリライザー》か。うん、微妙。
けどまぁ、これでカイザーの場にモンスターはいない。これが決まれば、俺の勝ちだ。
「いくぞ、カイザー! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」
「甘いぞ、皆本! リバースカードオープン! 《聖なるバリア -ミラーフォース-》! ジャンク・デストロイヤーを破壊する!」
「げっ!」
カイザーが発動したミラフォは、カイザー自身を守るように薄い半透明の膜を形成する。そして、ジャンク・デストロイヤーの拳はそのバリアーに跳ね返され、自身がダメージを受けることとなって自壊してしまった。
あちゃー。まさかそんなカード伏せてたなんてな。真ん中のカード選んどけばよかった。
まぁ、済んだことは仕方がない。それより、場にモンスターがいないことのほうが問題だ。
幸い、手札は豊富で《くず鉄のかかし》と《ガード・ブロック》が来ている。今はこれで耐えるしかないな。
「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」
エンド宣言をすると、不意にカイザーは口元に笑みを浮かべた。
「楽しいな、皆本。やはり、デュエルはこうでなくては」
「ああ。こんなデュエルができて、俺も楽しいぜ」
お互いに笑みを交わし、そして再びデュエルへと戻る。
互いに全力を出しているのがわかる。それだけのことが、これだけ楽しいデュエルに繋がる。
次は一体どんな手をつかってくるのか。そのことに胸を躍らせながら、俺はカイザーがドローする姿を見据えるのだった。
「凄い……どっちも一進一退の攻防だ」
翔が二人のデュエルを見て、思わず感嘆の声を漏らした。
カイザーとまで呼ばれるほどに強い兄を、あと一歩まで追い込んでいる遠也。そして、遠也に対して圧倒的な力を見せつつ、決してあと一歩は譲らないカイザー。
目を奪われるとはこのことだろうか。翔は二人の全力を賭けたデュエルから目が離せなかった。
「ああ。遠也もさすがだぜ。……どうも手加減されてたってのは悔しいけど、あのカタストルって奴もいつか攻略してやりてぇなぁ」
カタストルを、十代は一度も見たことがない。それは、あの効果を見る限り遠也自身が十代とのデュエルで使用するのを避けていたと見るべきだろう。
確かに、十代のデッキにあのカードに対抗する手段は少ない。だが、遠也にそんなことを思わせてしまっていることが、十代は悔しかった。
一番よくデュエルをする仲間。親友だと思うからこそ、十代は遠也をいつか本気にさせてやりたかった。
「亮をあそこまで追い込むなんて、並みじゃないわ。新カードのテスターに選ばれたというのは、伊達じゃないということね」
明日香が感心したように頷き、二人の姿を見つめる。互いに全力を尽くし、それぞれ真剣に、だがどこか楽しそうにデュエルしている。その姿が、一人のデュエリストとして少し羨ましくも感じる。
「いったい、どっちが勝つのかしら……」
「わかりませんわ、ここまでくると……」
「遠也もカイザーも、凄すぎてもうわからないんだな」
ジュンコ、ももえ、隼人もそれぞれの思いでこのデュエルを見つめる。
全員がそれぞれの気持ちで二人を見つめる中、このデュエルにもいよいよ終焉が訪れようとしていた。
「俺のターン、ドロー!」
カイザーはカードを引き、僅かに眉を動かすと、一度静かに目を伏せる。
そして、手札から一枚のカードを手に取り、宣言した。
「《融合》を発動! そして速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動! ライフポイントを半分払い、機械族の融合モンスターを融合召喚する時に必要なモンスター全てをこのカードを生贄に捧げる事で代用できる! 現れろ、《サイバー・エンド・ドラゴン》!」
亮 LP:2000→1000
カイザーの言葉に従い、次元の狭間をくぐり抜けて1体のドラゴンが現れる。
せっかく倒したってのに、また出てくるのかよ。カイザーが最強ってのは、冗談でも何でもないってのがよくわかるなこりゃ。
《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800
「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンで直接攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」
「なんの! 罠発動《くず鉄のかかし》! 攻撃を1度だけ無効にし、このカードは再びセットされる!」
「……これでも決められないか。俺はターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
引いたカードを確認する。そしてその瞬間、俺は思わず笑みを浮かべる。
自分の勝利を確信したからだ。
サイバー・エンドが現れようと、何も問題はない。なぜなら、俺が今引いたカードは《死者蘇生》。これでカタストルを復活させればサイバー・エンドは脅威ではなくなるからだ。
あの伏せカードが気にならないと言えば嘘になるが、この状況で使われなかった以上、逆転の一手というわけではないのだろう。
いずれにせよ、俺は全力を出すだけだ。でなければ、カイザーが言ったように相手にも失礼だろう。
「俺は《死者蘇生》を発動! 墓地の《A・O・J カタストル》を復活させる!」
《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200
「そしてジャンク・シンクロンを召喚! そして効果で墓地からシンクロン・エクスプローラーを復活させる!」
《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500
《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700
このシンクロン・エクスプローラーもまた、コストで墓地に行ったモンスターである。
そして、2体のレベルの合計は5だ。全力を出すと言った以上、出来ることは全てやる!
「レベル2シンクロン・エクスプローラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」
光を放ち、一つになっていくモンスターたち。その結集させた力が、このデュエルを制する拳となる。
「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ!」
そして現れるのは、シンクロ召喚の代名詞。
「シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」
《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300
青く輝く鉄の身体、赤く光るガラスの瞳。しかし、その姿は何よりも頼もしいジャンクで作られた戦士。
フィールドに立ったその後ろ姿に、俺は力強さを感じて笑みを浮かべた。
このデュエル、これで決める!
「今度こそ最後だ、カイザー! まずカタストルでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃!」
カタストルにとって、光属性であるサイバー・エンドは敵にはならない。問題なく破壊されると俺が確信していると、ふっとカイザーの口元が緩んだ。
「皆本。一つ聞くが、その効果はダメージステップ開始時に発動するもののようだが、どうだ?」
「そうだけど……」
カイザーの唐突な質問に、俺は怪訝に思いながらも答える。
確かに、カタストルの効果はダメージステップの開始時に発動する効果だ。しかし、それが今何の関係があるというのだろうか。
しかし、俺の答えを聞いたカイザーは不敵に笑った。
「俺も、ただで負けるわけにはいかないんでな。――リバースカードオープン!」
「なに!?」
まさか、攻撃反応型のトラップ!? いや、カウンタートラップの何かだろうか? ここで耐えられると少々マズい。
いや、だがまだチャンスがなくなるわけじゃない。
まだライフのアドバンテージはあるし、モンスターも2体残っている。ミラフォは既に潰しているし、全滅するということもないだろう。
ならば、次のターンに繋がろうとも、必ず勝ってみせる。
カイザーの声にそう考える俺だが、しかし――現実はその斜め上を行っていた。
「罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!」
「け、決戦融合!?」
決戦なんてどう聞いても不穏なカードだな、おい!? いったいどういう効果……なんつーカード発動させてんだー!?
俺はディスクで確認したそのカードの効果に、心底から驚愕の声を上げた。しかしそんな俺にかまうことなく、更にカイザーは言葉を続ける。
「このカードは攻撃宣言時に発動できる! この効果により、互いのプレイヤーはバトルを行うモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける!」
カタストルの攻撃とサイバー・エンド・ドラゴンの迎撃がぶつかりあい、それは一瞬拮抗した後エネルギーを生み出す。そしてそのエネルギーは大きな爆発を起こした。
その爆発は収まるところを知らないほどに荒れ狂い、やがて互いのプレイヤーまでをも巻き込み、フィールド全体に大きな衝撃を撒き散らすことになった。
その余波は容赦なく俺たちにも襲いかかる。ソリッドビジョンとは思えない迫力を持った激震が迫り、直後、俺たちの身に降りかかった。
「「ぐあぁああッ!」」
衝撃波は一気に俺たちのライフポイントを削り、2体を合わせた攻撃力――6200のダメージをそれぞれに与えたところで、フィールドは静寂を取り戻す。
引き分け、という結末だけを残して。
遠也 LP:1200→0
亮 LP:1000→0
おいおい、こんなのありかよ……。
あまりといえばあまりな結果に、俺は呆然としたまま心の中でそう呟くことしか出来なかった。
『うわー、引き分けなんて久しぶりに見たよ』
俺の後ろにいたマナが、感嘆の声と共に顔を出す。
確かに、デュエルモンスターズにおいて引き分けという事態はそうそうない。
互いに強制ドローする効果でデッキ枚数が足りずドローできない時や、《自爆スイッチ》とか《破壊輪》などでライフが互いに0になった時、そして今回のように《決戦融合-ファイナル・フュージョン》や《ラストバトル!》といった効果によって引き分けとなる時。思いつく限りではそんなところか。
しかし、《自爆スイッチ》はあまり実際のデュエルで使われることはないし、《ラストバトル!》を始めとする多くのカードは禁止カードだ。OCGにおいて、引き分けという事態は本当に珍しい。
だからこそ、予想外だった。カイザーがあんなカードをデッキに入れていたなんて。OCG化されていないカードだから、余計にわからなかった。
まさか、引き分けとはなぁ。
っていうか、そんな展開的に重要そうなカードをこんなところで使わないでくれよ……。
俺は意気込んでいただけに、この結末に思わずがっくりと項垂れるのだった。
「おーい、遠也ぁー!」
デュエルが終わり、項垂れる俺と佇むカイザー。そこに十代を先頭にこのデュエルを見守っていた面々が走り寄って来る。
十代は笑顔。しかし、その他の奴らは揃って驚いた表情のままであり、こんな終わり方を想像もしていなかったということが容易に読み取れる。みんな安心してくれ、俺もだから。
だがしかし、そんなことを全く思わないのが十代クオリティ。十代はひたすら笑顔で俺に駆け寄ると、項垂れている俺の肩をバシバシと叩いた。
「すっげぇぜ遠也! あのカイザーに勝っちまうなんて!」
「勝ってないって。引き分け引き分け」
すかさず訂正する。有利だったのは認めるが、結果は結果だ。尤も、あのあと逆転されていた可能性もあったわけだけども。
「あ、そうか。けど、引き分けでもすげぇよ! これで遠也はこのアカデミアで1番ってことだろ? くー、俺も負けてられないぜ!」
そう言って身を震わせる十代。こいつは本当にデュエル脳だなぁ、とその様子を生温かく見守る。俺もデュエルは好きだが、こいつは輪をかけてこれだ。ま、この世界ではこれぐらいのほうが楽しめていいのかもしれない。
いや、さすがにここまでだと困るか。一緒にしたら明日香とかに心外だとか何か言われそうな気がする。
「驚いたわ、まさか亮と引き分けるなんてね……」
その明日香が、興奮している十代の横から声をかけてくる。その声音に信じられないという響きがこもっているのは、やはりそれだけカイザーという存在は大きな存在だったのだろう。
まぁ、攻撃力4000とか8000とか5600の連続攻撃とかされたら、そりゃ普通は勝てない存在だと思うようになるわな。
「勝てたらよかったんだけど。何事も上手くいかないな」
俺が姿勢を正し、ため息をつきつつそう言うと、明日香は呆れたように肩をすくめた。
「あのカイザーと引き分けて、そんなことを言うのはきっとあなたぐらいよ」
そうかねぇ。勝つ気でデュエルしているんだからそう思うのは当たり前だと思うんだけどな。
そう言葉を返せば、明日香は「あなたらしいわ」と笑った。それにつられて、俺も笑顔を返す。そして、マナは何故か俺の背中をつねった。おい、やめろ。
「皆本」
と、そこに件のカイザーがやって来る。俺は話していた明日香から離れ、カイザーの前に立った。
そして、俺は先んじて右手を差し出す。
「いいデュエルだったぜ、カイザー」
笑ってそう言えば、カイザーもすぐにふっと相好を崩した。
「ああ。俺もデュエルできてよかった。ありがとう」
そうしてガッチリ握手を交わす。デュエルを通じて芽生える絆。実にいいね。友達になるの、凄く簡単。名前を呼ぶよりデュエルしようぜ!
ふむ、そう考えるとデュエルもある意味OHANASHIと言えなくもないな。魔砲少女的に考えて。
「あれだけ緊迫感のあるデュエルは久しぶりだった。引き分けという結末にも、満足している」
どこか清々しい表情でそう言うカイザー。……ふむ、と言うと?
――カイザー曰く、学園最強という名前の大きさゆえか、せっかくデュエルしてもそれだけで満足する生徒が多いということらしい。つまり「勝つ」ことが目的ではなく「カイザーとデュエル」することを目的としている嫌いがある、と。
それゆえ、負けても当たり前と考えている輩も多いらしく、カイザーとしてはデュエルの緊張感がなく少々困っていたらしい。たまに勝とうと意気込んで来る者もいるが、実力が及ばず健闘も難しいという始末。それでも後者のほうがずっとマシとはカイザーの談。
そんな中で、自分をここまで追い込み、引き分けにせざるを得ないほどに迫った俺が現れた。カイザーはこのデュエルで久しく忘れていた勝負への緊張感を取り戻すことが出来た、と嬉しげに語った。
同時に、新たなライバルが現れたことも嬉しいと言っていたが。うーん、カイザーという名前を持つことも楽じゃないってことか。
「皆本。君さえよければ、これからもデュエルをしてくれないか? なかなかこういう相手に恵まれなくてな……」
話を聞いた後では、確かにとその言葉には同意する。そんな状況では、納得のいく対戦相手、まして実力が拮抗した者などそう見つかるものではないだろう。
そんなカイザーに同情するわけではないが、俺としても特に断る理由はない。
「もちろん、オーケーだ。これからもよろしく頼むよ、カイザー」
「ああ、ありがとう」
――さて。こうしてデュエルが終わり、ひと段落がついたところで。
俺たちはそれぞれ帰ることになった。が、ここで小さな問題が起こる。
またあの寮に戻るのか、と考えて少し憂鬱になる俺とマナ。そんな俺の様子を見た明日香が、やっぱりまだ解決していないのね、と口にしたことが周囲の興味を促した。
何のこと? と目で訴えてくるこの場にいる全員に、俺は仕方なく事情を説明した。
すると、十代は呆れ、翔と隼人は、やっぱりと頷き、ジュンコとももえは以前の自分を思い出したのか、うっと胸を押さえていた。
今のところ解決策がない、と話して全員が一緒に考えてくれるのだが……やはり良い案は出てこない。
まぁ、明日香にも聞いたうえでのことだから、そんなに期待はしていなかった。力になれなくて悪い、という彼らに「いいって」と苦笑を返し、俺はブルー寮に足を向ける。
ちょっと憂鬱だが、耐えられないほどじゃないし、一生続くわけでもない。ただ問題なのは、マナが我慢できるかどうかだな……。
横で若干ご機嫌斜めになりつつある相棒の姿を認め、俺はため息をついた。
と、その時。
「……事情はわかった」
お?
「なら、俺に考えがある」
そんな頼もしい言葉が、カイザーの口から聞こえてきたのだった。
*
数日後。
俺の周囲はそれはもう平穏になっていた。
悪口も収まり、面と向かって舌打ちする奴もいなくなり、格段に過ごしやすくなった。
陰口なんかは今でも続いているみたいだが……まぁ、それはどうしようもないだろう。表立って言われなくなっただけマシである。
それどころかむしろ、俺のことを畏怖の目で見る者もいるぐらいだ。マナは喜ぶどころか、その手の平の返しっぷりに呆れ顔だったが、それでも疎まれている空気はだいぶ薄らいだので文句はないらしい。
いや、最初はどうなる事かと思ったけど、何とかなって良かった良かった。
これも、カイザーのおかげだね。
「やー、ホント助かったよ。ありがと、カイザー」
「大したことをしたわけじゃない。それに、事実をそのまま話しただけだ」
一流ホテルのように広々としたブルー寮の食堂、というかホール。そこで俺はカイザーと一緒に飯を食いながら雑談に興じていた。
ちなみにこの寮の夕食はフルコースという贅沢極まりないものだが、俺は頼みこんで一般的な定食のようなものを作ってもらっている。
フルコースはもちろん美味しかったのだが……毎日だと飽きるし重たいのだ。そのため、中には俺のように食事を変えてほしいと言ってくる者もいるらしい。
それにきちんと対応して要望通りのものを作ってくれるあたり、フルコースではなくなっても贅沢は贅沢なのかもしれないが。
対してカイザーは普通に出された夕食を食べている。まぁ、今日はというだけでカイザーもシェフに要望を出していることもあるから、別段何か言うほどのことでもないのだが。
「しかし、数日前からは信じられないな。カイザーと毎日メシを食うことになるなんてさ」
「ふっ、それは俺もだ」
言って、互いに笑う。今ではブルー寮で一番仲のいい同性の友人だ。変われば変わるものである。それもこれも、数日前カイザーの提案した解決策が上手くいったおかげだ。
――そう、あのデュエルの後。カイザーがとった手段は簡単なものだった。俺とのデュエルの結末を話す。それだけだった。
つまり、「皆本遠也とのデュエルは引き分けだった」とカイザー自身が口にしたのだ。
カイザーはブルー寮男子全体から慕われている。それは、プライドが強いブルー生にとって、最強の名を冠するカイザーを擁していることが自慢だからである。
つまり、カイザーはブルーの中でも特別な存在であり、そのカイザーと同じ寮にいることが、彼らにとってのステータスともなっているのだ。
そのカイザーが、新参の俺と引き分けた。その情報は、ブルー生の間に驚愕を伴い瞬く間に広まっていった。
カイザーはその噂を積極的に肯定し、いかに俺が強かったか、いかに自分が苦戦したかを事実に則って話して聞かせる。
その結果、ブルー生は俺をカイザーと渡り合う強さを持つデュエリストだと認識を改めた。いくら彼らでも、自分たちより格上であるカイザーの言葉を批判することは出来なかったのだ。
そして、その俺はその日以降よくカイザーと食事を共にしたりし、寮内ではほとんどの時間を一緒に過ごすようになった。これも、カイザーの案なのだが。
それを見たブルー生は俺がカイザーと非常に親しくなったと考え、表立って批判することをパタリとやめたのだ。この寮最強の実力者であるカイザーを敵に回してはたまらない、ということである。
付け加えると、女性人気も高いカイザーと敵対して、女子に嫌われるのが嫌だったという理由もあるだろう。
とまぁ、そんなわけで。冷遇されていた俺は、一転してブルーの実力者として数えられることとなったのだった。
今では普通に話しかけてくる奴も徐々にだが出てきている。一度受け入れる箇所を見つけてしまえば、あとはそれぞれ自分の中で適当に折り合いをつけてしまう。そうなれば、嫌い続けることは難しい、というわけだ。
うーん、ホントに良く出来た案だよ。おかげで面倒なことに頭を悩ませなくてよくなったし、万々歳だわ。
『……うー、でもこの人のお世話になったのが、なんか納得いかない』
だが、マナは口先を尖らせてちょっと複雑そうだ。
もちろんカイザーには感謝しているし、その人柄が善良であることもマナはわかっている。ただ、あの時に言葉を遮られてしまったことが、なんとなく尾を引いているらしかった。
だがまぁ、それもそのうち気にならなくなるだろう。今だって、別にカイザーのことを嫌っているわけではないのだから。
「ま、なんにせよ。過ごしやすくなって良かったよ」
「何よりだな」
ちなみに俺がカイザーとタメ口を聞いているのは、特に理由はない。デュエル中、途中からいつの間にかタメ口になっていたらしく、それがそのままになっているだけだ。
カイザーも別に構わないと言ってくれたから、直すこともしていない。
「あとで、またデュエルでもする?」
「ああ。望むところだ」
俺の提案に、カイザーが嬉しそうに笑う。
十代もそうだけど、カイザーも大概デュエル馬鹿だよなぁ。
カイザーと友達づきあいを始めてから、まだ短い。だが、その間に俺のカイザーに対する印象は、クールになった十代、という本人にしてみれば甚だ不本意かもしれない評価となっていたりするのだった。