遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第70話 一層

 

  * * * *

 

 

 

 

「――緑茶だけど、いいかな? 飲めば落ち着くと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 目の前に差し出された湯呑を受け取り、俺は一口すする。気持ち冷えていた身体に、熱いお茶は染みわたるように広がっていった。

 

「おいしい」

 

 思わず口に出すと、入れてくれた当人は嬉しそうに破顔した。

 

「こう見えて、緑茶には自信があるんだ。じいちゃんが好きなんだけど、いっつも僕か母さんに入れさせるもんだから、気付いたら上手くなっちゃってさ」

「はあ……」

 

 何と返せばいいのかわからず曖昧な返事をすれば、向こうも今するべき話ではないと思ったのか苦笑して向かいの椅子に腰を下ろした。

 

 今俺がいるのは、亀のゲーム屋の奥――武藤家が生活する居住スペースだ。その中のリビング、普段ここで食事をとるのだろうテーブルを挟んで俺たちは座っている。

 それというのも、突然膝からくずおれた俺を心配し、少し休むように言ってくれたからだった。大丈夫だと返したのだが、それでも心から心配そうに見てくる視線に耐えきれず、休ませてもらうことにしたのである。

 そうして中に案内された俺は促されるまま座り、お茶を入れてくると言って台所に戻るその後ろ姿を見送った。途中、店番を交代してくれるよう母親に呼びかける声が聞こえた。

 おじいさんは留守なのかな。そんなことをぼうっと考える俺の前に湯呑が差し出され、今に至るというわけだ。

 ずず、ともう一口緑茶をすする。そして湯呑を置いた直後、目の前の男がゆっくりと口を開いた。

 

「僕は遊戯。武藤遊戯だよ」

「……はい、知ってます」

 

 自己紹介をしようというのだろう、俺の予想と違わぬ名前を告げた彼――武藤遊戯は、俺の返答に困ったような顔になった。

 

「うーん……変に有名になっちゃったからなぁ、僕……」

 

 俺の“知っている”とはそういう意味ではなかったのだが、遊戯……さんは、この世界での知名度のことだと思ったようだった。

 確かに武藤遊戯といえばキング・オブ・デュエリストとして名の知られた存在だろう。老若男女、広く知れ渡ったデュエリストのカリスマ的存在。その知名度たるや、芸能人に並ぶどころか後ろ姿も見えないほどに突き放してしまっているに違いない。

 

 ……まぁ、あくまで俺が知る設定通りならという話だが。

 少しずつ今いるこの場所が現実であると受け入れ始めている自分に、俺は小さく溜め息をついた。

 そんな俺を遊戯さんも見ていたのだろうか。優しげな笑みを浮かべて、今度は俺の名前を知ろうと促してくる。

 

「それで、君の名前は?」

「遠也です。皆本遠也」

 

 我ながら何の変哲もない、普通の名前。

 それゆえこれといった感慨もなく口にしたそれに、しかし遊戯さんは何故か驚いた表情になっていた。

 

「……なんです?」

「あ、うん。いや、なんでもないよ。あはは……」

 

 不可思議な反応に怪訝な目を向けてみれば、遊戯さんは誤魔化すように笑い声を上げた。

 どうも納得しがたい反応だったが、俺は何も言わず沈黙する。正直に言って、今の俺はそんなことを気にしていられる状況でもなかったからだ。

 

 こうして少し落ち着くことが出来たからこそ考えられることだが、やはり目の前にいる人間や周囲にあるモノ、風景は現実のものとしか思えなかった。

 全てがリアルすぎる上に感覚まで細かに感じることが出来ることから、夢とも考えづらい。ここまで現実を再現できるCGなど有るはずもないから、CGも論外。

 となれば、やはりこれは現実なのだろう。あの夢か何かと思っていた不思議な問答は、今この状況に陥ることを示唆していたのかもしれない。

 

 ――なんで、こうなったのだろう。

 

 俺の思考は、その考えで一杯だった。

 確かに俺は早くに親を亡くし、親戚の家で肩身の狭い思いをしていた。いつまで経ってもなくならない、腫れ物に触るかのような対応には辟易していたのは間違いがない。

 友人は少なかった。趣味を語り合える友人のみが俺の交友範囲であったが、しかし彼らと一緒にいる時は楽しかった。

 が、俺とは違い皆には多くの付き合いがあったのだ。俺だけに時間を割くわけにもいかない彼らにとって、俺は結局友人というよりは趣味の合うクラスメイト程度の認識だったのだろうと思う。

 

 なるほど、そう考えれば色々とあの生活に不満はあった。決して幸福ではなかったし、充実していたわけでもなかった。

 ……けれど、それでも“捨ててしまいたい”と思うほどのものでもなかった。

 もっと俺が積極的に改善していけば、きっと良い方向に環境は動いていただろう。それこそ今思えばというやつだが、しかしその可能性に思い当たった以上、もはや俺にあるのは未練のみである。

 もっと親戚に感謝して、頼ればよかった。もっと友人たちに踏み込んでいけばよかった。そうすれば、何かが変わっていたかもしれないことに、俺はたった今気付いたのである。

 

 そう、俺にとっての現実は向こうなのだ。こっちでは、ない。

 

 その思いを強くする。が、だからといって今の状況が変わるわけではない。

 俺は俯いて、ぐっとこみ上げる感情をこらえることしかできなかった。

 

 その時。

 

『――うーん、なんか大丈夫……そうじゃないね』

「え?」

 

 突然頭の上から降ってきた声に、俺ははっとなって顔を上げた。

 その反応に驚いたらしく、再び耳に届く『わっ』という声。その元へと視線を移していけば、そこにはつい先ほど外で見上げたばかりの女の子がふよふよと浮いてこっちを見ていた。

 それは元の世界で何度もアニメやカードとして見てきた姿。その知名度だけならば、遊戯王の中でも随一というアイドル的存在のモンスターだった。

 

「――ブラック……マジシャン・ガール?」

『ありゃ?』

 

 思わず声に出した名前に、目の前の少女は不思議そうに首を傾げた。視線を動かせば、同じく遊戯さんも驚いたような顔をしているのがわかった。

 俺の頭上にいたブラック・マジシャン・ガールは滑るように空中を移動すると、遊戯さんの横で静止する。

 そして、ブラック・マジシャン・ガールとは反対側の遊戯さんの横には、もう一体、新たな存在が突如現れていた。

 間違えるはずもない。遊戯さんのもう一つの人格というべき、通称闇遊戯が従えていたエースモンスターだ。

 

「今度はブラック・マジシャンかよ……」

「驚いたよ……君はカードの精霊が見えるのかい?」

 

 遊戯さんの言葉を聴き、俺はそういうことかと納得した。

 そういえば、遊戯王にはたびたびカードの精霊を見ることが出来るデュエリストという者が存在していた。

 それこそが遊戯王世界でデュエルモンスターズが他のカードゲームとは一線を画す一因であった。カードはただのカードではなく一個の生命体である、そうとも取れるその設定は現実世界でもカードを特別視するには十分なものだったと思う。

 そして遊戯さんもそんなカードの精霊を見ることが出来る人間の一人というわけだ。なぜかそこに俺も加わっているみたいだが。

 

 しかし俺は現実の世界でカードの精霊を見たことがない。ブラマジガールにブラマジ、この2枚も持っているし実際にデッキにも入っているが、それでも見たことがないのだ。

 ということは、この世界に来たことが俺が精霊を見ることが出来るようになった切っ掛けといえるだろう。どんどんここが異世界であるという事実を補強する要因が出てきて、俺は肩を落とした。

 それでも何とか「……見たのは、今が初めてです」と遊戯さんに返せば、遊戯さんも俺の憔悴っぷりを見て気を使ったのかそれ以上追及してくることはなかった。

 だが、そんな俺の様子は向こうに新たな疑問を抱かせたらしかった。

 

「……何かあったの? 僕でよければ、相談に乗るけど……」

 

 それは純粋な心配からくる言葉だったのだろう。

 さきほど倒れ込み、更には今いかにもな様子で落ち込んでいるのだ。気にするなという方が無理なのかもしれなかった。

 もっと自分は大丈夫だとアピールできていれば、こんな気を使わせることもなかったのだが……。そう考えると、感情をセーブできないあまりにも子供な自分に辟易してしまう。

 そして辟易としつつも、誰かに話して慰めてもらいたいという自分勝手な感情を抑えられない自分の浅ましさには驚くほかなかった。

 しかしそれでも、一人で抱える問題としてはあまりにこれは大きすぎる。だから、結局俺は自分の現状を遊戯さんに話すことを決めた。少しでも楽になりたいという、そんな勝手な感情に従う自分に自己嫌悪を感じながらも、俺は訥々と俺の置かれた状況を話し出すのだった。

 

 

 

 自分は異世界から来た。

 要約すればそれだけになる話を、俺は元の世界での自分のことを含めて十分ほども使って遊戯さんに話し続けた。

 それだけ自分も混乱していたのだろうし、この状況には参っていたのだろうと改めて意識する。その間、相槌を打って静かに聞いてくれていた遊戯さん……それから横にいるブラマジガールとブラマジにも感謝の一言である。

 

 そうして全てを話し終わった時、遊戯さんの口から出たのは意外な一言だった。

 

「……どうにも大変な状況みたいだね。でも、この世界に来たばかりということは行く宛てなんかもないよね?」

「え? あ、まぁ……」

「それにこの世界の常識なんかも違う可能性があるのか……うーん……」

 

 何やら腕を組んで考え込み始めた遊戯さん。

 思わず呆気にとられていた俺だが、どうにか再起動を果たして口を開いた。

 

「いや……信じてくれるんですか? こんな話を?」

「え、嘘だったの?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

 

 けど、普通は信じたりはしないだろう。勢いで言ってしまった俺が言うのもなんだが、与太話と切って捨てられても文句の言いようがないほどに、俺の状況は出鱈目なのだ。

 いきなり信じてもらえるとは思っていなかっただけに、俺の方が動揺してしまう。

 しかし、そんな俺に遊戯さんは表情を少し崩して答えた。

 

「まぁ、僕も色々と普通じゃないことを経験してきているから。そういうことに対して、頭から有りえないって決めつけることはしないようにしているんだ」

「はぁ……なるほど」

「それに、君が嘘をついているとは思えなかったからね」

 

 何でもないようにそう言った遊戯さんは、よし、と手を軽く叩く。

 

「じゃあ、僕から君に提案するよ。ひとまずこの家で暮らしてみない?」

「……え?」

「一人ぐらいなら増えても大丈夫だよ。大会の賞金とか、実は意外とあったりしてね」

「い、いえそういうことではなく」

「うちの家族かな? じいちゃんも母さんも、きっと大丈夫だよ。むしろここで助けない方が怒られちゃうよ」

「そうでもなくて!」

 

 そのまま勢いで決まってしまいそうな遊戯さんの提案に、俺は強引に口を挟んだ。

 確かにその提案はありがたい。実際、行く宛ても先立つものもない俺はこの世界で生きていく事すらままならない状況にあるからだ。

 そして俺にとって遊戯さんは一方的だが見知った相手だ。まったく何の予備知識もない他人よりは、信用できる人間だと思う。

 だが、遊戯さんにとって俺は今日はじめて会った不審人物に過ぎない。そんな人間を、こうも簡単に受け入れていいのだろうか。助かるのは事実だが、しかしそこまで甘えてしまうのはどうなのかという思いもしていた。

 そんな俺の複雑な心境を、遊戯さんは察したらしい。というよりは、そういった反応を返されることを想定していたというべきか。苦笑して、言葉を続けた。

 

「別に僕にメリットがないわけでもないんだよ? たとえば君が持っているデッキ……君は異世界のデュエリストってことだろう?」

「まぁ……そうとも言えますが」

「他の世界のカードなんて、ワクワクするじゃないか! そういうものが見れるだけでも、僕にとっては大きなメリットだよ。ね、マハード」

『はい。私も異なる道を辿ったカードには興味があります』

 

 遊戯さんは隣のブラック・マジシャンの精霊――やはりと言うべきかマハードというらしい――に話を振れば、マハードは少し口の端に笑みを乗せて頷いた。

 この世界の常識はまだわかっていないが、しかしデュエル至上主義みたいな風潮で描かれていたことは覚えている。となれば、そういうこともある……のか? 断定はできないけど、それがこの世界の常識なのだとすれば、おかしいのは俺のほうなのかもしれない。

 向こうにもメリットがあるというのなら、この話……受けてもいいだろうか。実際に俺は明日のことも知れず困っているのだ。ここに住まわせてくれるというなら、これほど助かることはない。

 まだいくらかの疑問、遠慮、混乱もあるが……悩んだ末、結局俺は頭を下げることになった。

 

「よろしくお願いします」

 

 深々と頭を垂れた俺に、遊戯さんはにっこりと笑った。

 

「うん。こちらこそ、よろしくお願いするよ」

 

 そして遊戯さんは「じゃあまずは空いている部屋に行ってもらおうか。マナ、案内をお願いできる?」とマハードとは逆の位置にいるブラック・マジシャン・ガール――マナという名前のようだ――に呼びかける。

 どうも、古代エジプトのファラオであったアテム――かつての遊戯さんが持っていたもう一つの人格、その傍人であった魔術師マハードとその弟子であるマナの名がそのまま使われているようだった。

 まぁ、実際この二体は彼らの意思をそのまま持っているような感じの描写があったし、この世界でもそういうことなのだろう。

 『はーい』と陽気に答えたマナを見つつ俺がそんなことを思っていると、彼女は俺のほうに顔を向けて『それじゃ、私について来てね』と言ってゆっくり浮いたまま移動を始める。

 置いていかれないように俺はそれを追いかけようとするが、その前に一度遊戯さんのほうに振り返って感謝を込めたお辞儀をする。それに対して気にするなとばかりに笑って手を振った遊戯さんに改めてありがたさを感じながら、俺は今度こそマナの後を追って行ったのだった。

 

 

 *

 

 

 遠也とマナが去ったリビング。

 そこで、マハードはマスターである遊戯に問いかけた。

 

『……よかったのですか?』

「それは、マナに任せたこと? それとも遠也君を受け入れたこと?」

『両方、ですね』

「じゃあ、まずはマナに任せた理由かな。けどそれはマハード、君も聞いていただろう? あの男――パラドックスの言葉を」

『……ええ。よく覚えています』

 

 

 ――マナ、か。久しいな……。そういえば、かつてのお前の問いに答えていなかった。今、あの時の問いに答えよう。遠也は――私の友だ。奴のことを、任せたぞ……。

 

 

「あれがどういう意味なのかはよくわからないけど、あの時のパラドックスは憑き物が落ちたかのような顔だった。だから、その言葉を信じてみたいんだ」

『彼は私たちの中で、あえてマナの名を呼んでいた。だからですか』

「うん。あとは遠也君を受け入れた理由だけど、これも簡単さ。遠也君のことは十代君も、遊星君も信頼していたみたいだったしね。彼らが信じた人なら、僕も信じたい」

『そうですね。彼らほどの人が信頼していたのですから……』

 

 二人はそんな言葉を交わしつつ、遠也が去っていった家の奥を見つめた。

 そのやり取りを遠也が知ることはなかったが……かくして遠也はこの世界における第一歩を踏み出すこととなるのであった。

 

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 

 アカデミアから異世界へと向かった十代は、不意に目を覚ました。

 

「う……ここは……?」

 

 異世界へ飛ばされる際の衝撃で意識を失ってしまっていたらしいと気づき、はっとなって十代は周囲を見渡す。

 そこには、同じように意識を失って倒れている仲間たちがいる。全員が無事だったことにほっと安堵の息を吐いてから、十代は自分たちがいる場所に目を凝らした。

 人間の身長など優に超える巨大な岩が突き立つ、一面の荒野。いや、緑と呼べるものが一切ないことから、単に荒地とでも呼んだ方が正しいかもしれない。

 岩の大きさのためか、平坦な個所が極端に少なく感じる。もちろん見渡せる範囲の事であり、この場所を移動すればそんなことはないのかもしれないが、十代にそれを確認する予定はなかった。

 

 いったいここはどこなのか。十代は一瞬そう考え、しかしすぐに答えを導き出した。

 どう見たって、ついさっきまでいたアカデミアではない。ならば、答えは一つ。――異世界だ。

 

 それを確信した途端、喜びが胸に湧く。だが、それはすぐに義務感に取って代わられた。異世界にいるのならば、自分がやるべきことはただ一つ。遠也とヨハンを見つけ出すこと。

 そう強く思った十代は、早速二人を探すために動き出そうと立ち上がり――服を引っ張られる感覚に「ん?」と声を上げた。

 一体なんだと違和感の元を見れば、そこには自分の上着を掴んでいる明日香の姿がある。

 もちろん意識はないままなので、恐らくあのどこまでも落ちていくような感覚の時に知らず十代の服を掴んでしまっていたのだろう。

 だが、その無意識の行動は十代の逸る気持ちをすっと抑えた。

 

「明日香……、そうだったな。俺は一人じゃない、皆がいるんだ」

 

 異世界から戻り、自分を責めていた時。やって来た明日香から言われた言葉を、十代は思い出していた。

 自分は一人じゃない。仲間がいる。その言葉をもう一度心の中で繰り返し、十代は一人先走って進もうとしていた自分を叱咤した。皆が自分を仲間だと言ってくれるように、自分だって皆を仲間と思っている。そのことを改めて認識する。

 

 よし、と呟いて、十代は服を掴んでいた明日香の手をそっと外す。

 次いで、倒れる仲間たちに向かって口を開いた。

 

「みんな起きろぉ! 異世界に着いたぞぉー!」

 

 ――その後、起きてきた万丈目に「このスカポンタン! 敵がいて見つかったらどうする!」と頭を叩かれたのはご愛嬌だった。

 

 

 

 

「うーん……見れば見るほど不思議な光景だねぇ。亮もそう思うだろう?」

「ああ。アカデミアが飛ばされた世界とはまた異なると三沢は言っていたが……」

「ま、僕たちにとっては変わらないさ。異世界に来たのなんて、これが初めてなんだから」

 

 数珠つなぎになって歩く一行の後方。きょろきょろと周囲に視線を向けていた吹雪がすぐ後ろのカイザーに話を振れば、カイザーが答えて、その後ろにいるエドも話に乗ってくる。

 この三人はアカデミアが異世界に飛ばされた時にはいなかった三人だ。そのため、エドが言うように今回が初めての異世界となる。そのためか、他の面々に比べていささか外部への興味が強く出ているようだった。

 そんな彼らを、異世界経験組は苦笑いで見守っている。

 

 ――十代の声によって全員が目を覚ました、その後。

 最初はアカデミアが飛ばされた異世界ではないことに驚いた一同だったが、しかしだからといってじっとしていても始まらないと決断し、すぐに行動に移っていた。

 まずは三沢がこの世界がどのような世界なのか知る必要があると言い、それを聴いたオブライエンが一理あると首肯する。しかし遠也とヨハンのことが一番大事だと十代、マナ、翔などが主張した。

 もちろん三沢とオブライエンも二人のことを最優先に考えている。二人としては、まず基盤となる場所と知識を得るべきだという判断だっただけで、他意はなかった。

 そのため一時は調査をするという話に傾いたが、大人数とはいえ知らぬ地で別行動をとるのもどうかという懸念も出てきた。

 最終的には安全が第一であるということから、全員による移動でこの世界を探るという形で落ち着くこととなる。

 オブライエンと三沢を先頭に置き、簡単な調査をしながら進んでいく一行。吹雪たちの会話は、その途中でのことだったのだ。

 

「けど……本当になんにもないね、ここ。人っ子一人いないよ」

 

 少しだけ高く飛んだマナがそう言いつつ戻ってこれば、全員がどうにもおかしいと首を捻る。特にオブライエンと三沢が気になるらしく、そこから考察を広げる。

 

「まさか生命体のいない世界なのか……?」

「ありえなくはないが……地上にいないだけ、という可能性もある」

「Hum……となると、Under groundか?」

 

 二人の話を聞いたジムが、すぐそばに突き出していた柱のような岩を拳で軽く叩く。すると、返ってきた音が思いのほか軽く、ジムは包帯の巻かれていない目を丸くした。

 

「Wow! こいつはもしかしたら……」

 

 叫び、ジムは慎重に岩を調べていく。そうして少しずつ音が変わる場所を把握すると、今度は思い切り振りかぶって拳を叩きつけた。

 瞬間、周囲に響いたのは卵の殻が割れるかのような破砕音。それが示すように、ジムが殴りつけた岩の柱は砕け、下まで続く空洞となっている中身をさらけ出していた。

 

Jack pot(当たりだ)! ……どうやら、ここからが本番みたいだぜ」

 

 岩の中から顔を覗かせる暗い入口。おどろおどろしい印象を受けるその見た目に若干怯みつつ、彼らは順番に穴の中へと身を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 穴の下には広大な洞窟が広がっていた。

 注意深くその洞窟内に降り立ってみれば、その洞窟が何者かの手によって整備されたものであると彼らは一目で悟った。

 なぜなら、地面には線路が引かれており、壁には明るく光るランプが取り付けられていたからだ。決して自然にできるはずがない器具の存在を見てとり、否が応にも緊張感が高まる。

 道具があるということはすなわち、人間か精霊……あるいはまったく別の知的生命体が存在しているということの証左に他ならないからだった。

 その存在がこちらに友好的とは限らない。万が一のことを考えて誰もが警戒心に喝を入れたところで。

 

 ざり、と砂を踏む音が一行の背後から発せられた。

 

「っ、誰だ!」

 

 即座に気づいた十代、万丈目、カイザーらが一歩前に出てデュエルディスクを構える。マナもまたデュエルでどうにもならない時のために彼らの横に並ぶ。

 そうして音の発生源に目を向けていけば、ランプの光が生み出す影から一人の女性が姿を現す。

 浅黒い肌に盛り上がった筋肉が特徴的な、野性味あふれる大柄な体躯。

 それを見た途端、三沢が「ああっ!?」と大げさに声を上げた。

 

「タニヤっち! ……もとい、タニヤじゃないか!」

「その声は三沢っち! それに、遊城十代もいるのか!」

 

 驚きの声と共に十代らの前に出てきたのは、彼らにとって二年ぶりに見ることになる顔。アマゾネスのタニヤだった。

 タニヤは一年生の頃に、三幻魔復活を目論む理事長によって作られた“セブンスターズ”というデュエリスト集団の一員だった。その時、三幻魔復活を阻止するために動いていた十代たちはタニヤと相対したことがあるのである。

 特に三沢は一度タニヤに敗れて、更に言えば恋心を抱いていた。その後十代がタニヤに勝ち、タニヤの正体が人に変化した虎であったことを知ってその恋は終わりを告げたのだが……やはり、一度でも好きになった人には感じるものがあるのだろう。懐かしい互いの呼び名で呼び合うほどには。

 とはいえ、当時を知らないエド、剣山、ジム、オブライエンなどにはわからない話だ。怪訝な顔をしている彼らに翔や明日香が説明している姿を一瞥しつつ、十代は三沢と共にタニヤに向き合った。

 

「なぁ、タニヤ。ここってデュエルモンスターズの精霊の世界なんだよな?」

「ああ、そうだが……」

「なら、遠也とヨハン――えっと、この二人を知らないか?」

 

 十代はアカデミアの生徒手帳でもあるPDAを取り出すと、二人の写真画像を表示させてタニヤに見せる。

 それはかつて十代とヨハンがコブラの前でデュエルした日。その後、アカデミアの屋上でデッキを見せあっている時に撮ったものだった。

 十代は期待を込めてタニヤを見るが、しかし希望に反してその首は横に振られるだけだった。

 

「一人はかつてお前たちと一緒にいた男か。……すまないが、この世界で見た覚えはないな」

「そうか……」

 

 そう簡単にいくとは思っていなかったとはいえ、やはり期待はかけてしまうもの。わかっていても、望むものではない答えに十代の肩は落ちてしまう。

 その様子をすぐ横で見ていた三沢は慰めるようにその肩を軽く叩き、申し訳なさそうに十代を見るタニヤに向き直った。

 

「タニヤ。お前は確かアマゾネスに属しているはず。そしてアマゾネスとは密林に住む民族のことだ。そのお前が、どうしてこんな岩窟なんかに……」

 

 三沢は単純に疑問に思ったがゆえに質問だったのだろうが、それを受けたタニヤは表情を曇らせてしまう。

 これに三沢は慌てて言いにくいのならいいんだと言葉を続けようとしたが、その前にタニヤが口を開いていた。

 

「私にもよくわからないんだ。気が付けば、私はこの世界にいた。三沢の言う通り、私は元々アマゾネスが暮らすジャングルで生活していたのだがな。元の場所に戻りたいのはやまやまだが、この世界の現状を知ってしまってな……」

「……タニヤ、だったか。どういうことだ?」

 

 含みを持たせた言い方に、カイザーがその意味を尋ねる。

 それにタニヤは思案顔になると、「そうだな……この世界に来た以上、知っておいた方がいいだろう」と呟くと十代たちに背を向けて歩き出した。

 

「お、おい。タニヤ?」

「ついてこい、遊城十代たち。百聞は一見にしかずという。この世界の姿を見せてやる」

 

 そのまま歩みを再開したタニヤに、一同はいったん顔を見合わせる。

 どうするべきか、と誰もが考えたからだ。ここは精霊界であり、自分たちの常識が通じない可能性が高い。そんな土地で、警戒もなくついていっていいものかと危惧をしているのだ。

 罠やトラブルなどが待ち受けていると考えるのは、そこまで悲観的な考えでもない。そのため慎重を期すべきだという考えをよぎらせた彼らだったが……しかしその思考は真っ先に十代がタニヤのほうに歩を進めたことで強制的に終わりを迎えた。

 

「おい、十代!」

「万丈目、タニヤは三幻魔の時でさえ正々堂々としたデュエルをしたんだ。そんなデュエリストを俺は疑えないぜ!」

 

 次いで、三沢も十代に続いた。

 

「俺もだ。あのタニヤが姑息な手で俺たちに危害を加えるとは考えにくい。ここは情報を得るという意味でもタニヤに頼るほかない」

「……三沢君の場合、他意がありそうっす」

「た、他意なんてない!」

 

 翔の呟きに勢い込んで否定してきた三沢の頬は若干赤い。そんなやり取りに毒気を抜かれたのか、全員がやれやれと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 確かに、自分たちのほうが少し臆病になっていたのかもしれない。時には十代たちのように信じる気持ちで動くことが必要なこともあるだろう、と思い直す。

 それに、十代や三沢という仲間が信じた相手なのだ。ならば、自分たちも信じてみよう。

 そう結論を出すと、二人に続いて彼らも歩き出す。十代、三沢と共にタニヤを追って皆は動き始めるのだった。

 

 そうしてすぐにタニヤに追いついた一同は、タニヤが目指す目的地に向かうまでの間に、タニヤからこの世界に来た時の話などを聞いていた。

 タニヤ曰く、セブンスターズの後は自分の世界に戻っていたらしいのだが、つい先日その世界で突然異変が起こったらしい。恐らくはユベルによる無理な次元の操作が原因だろう。歪みに吸い込まれたタニヤは、気付けばこの世界にいたのだという。

 

「そして、この世界に流れ着いた私は……奴らに捕らえられたのだ」

「奴ら、とは?」

 

 苦渋の顔で言うタニヤにエドが疑問を返したその時、長かった洞窟がついに終わりを告げる。

 洞窟の先で十代らを迎えたのは、天然とは思えないほどの広大な空間だった。岩窟の内部を丸くくりぬいたような空洞は野球ドームのように広く、そして五十階建てのビルがすっぽりと入る程に天井までの距離があった。

 いくつか地面から突き出した石柱はまさしくそんなビルのように、いくつかの窓らしきものが取り付けられている。恐らくは、あれが居住区ということだろう。

 そして地下であるというのに恐ろしく明るいことにも驚かざるを得まい。天井には大きく円を描くように電灯らしき白光が確認でき、空洞の中央にそびえる天井とを繋ぐ柱には剥き出しの機械を見ることが出来る。

 場所こそ地下の洞窟だが、しっかりと機械文明も存在しているようだ。実に不可思議な光景ではあるが、異世界に常識を語っても仕方がない。そういうものだと受け入れるしかないと誰も口に出さずとも理解していた。

 十代らが現在いるのは、そんな空洞の端だ。ただしその高さは天井と地上の中間ほどである。中央柱へと行くための空中通路……渡り廊下のような場所に、これまで歩いてきた洞窟は繋がっていたらしい。

 

「お前たち、下を見ろ」

 

 その広大な空間を見回している彼らに、タニヤの声が届く。

 その言葉に従って通路の上から下を見た十代たちは、そこに広がっていた光景に言葉を失った。

 遥か数十メートル下に見えるのは、何体ものモンスターたち。はにわ、プチテンシなど、デュエルモンスターズを知る者なら、一度は目にしたことがあるカードばかりだった。

 彼らは通常モンスターかつ低レベルであり、比例してステータスも低い。今更にすぎる事実だが、しかしその事実はこの異世界においては彼らに絶望的な立場を強いていた。

 

 ――ほら、働け! 何をサボってやがる!

 

 そんな怒声が響き、地面に倒れ込んだはにわの近くに鞭が勢いよく叩きつけられる。それに怯えた声を上げて身を竦ませるはにわの姿は、本来何の関係もない十代たちをして非道な行いに憤りを覚えさせるほどだった。

 鞭を振るった存在……詳細なカード名を覚えている者こそいなかったが、特徴的な嘴や翼から、その種族を想像することは出来る。

 

 鳥獣族――。タニヤによれば、この世界にはタニヤのように他の世界から飛ばされてきた存在が多くおり、その大部分が低レベルのモンスターばかりらしい。彼ら鳥獣族モンスターは、自分たちよりレベルが低いモンスターをまるで奴隷のように酷使し、日々労働を強いているのだという。

 実際、階下では多くの低レベルモンスターが岩を乗せた手押し車を動かしていたり、発電用と思われる巨大な歯車を回していたりと、働き続けている。

 鳥獣族モンスターは、鞭を片手にそれを見ているだけだ。そして時折、思い出したように鞭を振るい、難癖に近い物言いで彼らに罰を加える。そこには、まさしく地獄のような光景があった。

 

「こんなこと……許されないドン!」

「ダイノボーイの言う通りだな。あまりに目に余るぜ」

 

 剣山とジムが、怒りのあまりに声を震わせて言えば、タニヤは神妙に頷いた。

 

「ああ。だから、私は仲間を作り反抗勢力を作り上げた。あとは私が合図をすれば奴らに反旗を翻す手筈になっている」

 

 タニヤはそう言うと、十代たちに対して頭を下げた。

 

「だが、まともに戦えるのは私一人しかいないのだ。あとは陽動さえ出来ればこの状況を変えられるのに、人手が足りない。……頼む、どうか力を貸してくれないか!」

 

 タニヤの真摯な言葉に、十代たちは顔を見合わせる。

 そして一切の迷いなく、全員の声が重なった。

 

 ――当然!

 

 義憤と使命感に燃えた瞳を見渡し、タニヤはここで彼らに遭えたのは運命だったと神に感謝した。そして再度頭を下げて、十代たちの真っ直ぐな決断に対して「ありがとう」と心からの言葉を捧げるのだった。

 

 

 

 

 “兵は拙速を尊ぶ”とは、孫子が説いた兵法の一つである。その意味は「必ず成功させるために時間をかけるよりも、多少甘い所があっても素早く動いて勝利を得る方が大切である」というものだ。

 早く行動を起こせば、そのぶん相手が準備または対応を吟味する時間は減り、結果的にこちらに有利に働くというわけだ。

 この考えに則り、十代たちはタニヤと大まかな作戦を決めるとすぐに行動に移った。

 

 作戦は短時間で練られたものだけあって単純だ。まずは鳥獣族――鳥は暗闇の中で視界を十分に確保できないという特性を利用する。具体的には、一部の人間でこの空洞全体を照らす天井部分の照明機械を停止させるのだ。

 それによって暗闇となれば、状況は断然こちらに有利になる。とはいえ、まともにぶつかれば低級モンスターとあちらでは、向こうの力が勝っているのは明白だ。なので、残ったメンバーが彼らに助太刀して鳥獣族の支配から脱却させる。

 あとは臨機応変に、というのが今回の作戦である。

 

 杜撰と言われれば反論しようがないのは間違いない。しかし、長々と時間をかけても鳥獣族から彼らが受ける苦しみが長引くだけであるし、また十代たちにも目的がある以上あまり長居をするわけにもいかない。

 その結果が今回の作戦となるわけだった。

 そして決めるべきことが決まり、彼らは早速行動を起こした。

 

 まずは第一段階。照明を落とす役割だが、こちらは十代、オブライエン、マナ、タニヤの四人が向かうこととなった。

 少人数なのは、あちらが鳥獣族を打倒するための実働班なのに対して、こちらはその下準備を整える工作班だからである。攻撃力が求められていない以上、その人数も自然と少なくなる。

 メンバーにもそれぞれ役割がある。オブライエンはその豊富な知識と技術、タニヤは土地勘、マナは空を飛べることから天井の照明まで一直線に向かえるし、十代は身体能力とデュエルの腕が良いことから応用力があると判断されての選別だ。

 二班に一時別れることから、互いにやるべきことを確認し合う。それが終わると、十代ら四人は一気に中央柱を目指して走り出した。

 

 通路上には誰もおらず、柱までは労せず辿り着くことが出来た。これならば思ったよりスムーズに進むかもしれないという思いがよぎるが、しかしすぐにそれが楽観であったと悟ることになる。

 十代らの視線の先に、巡回をしている者がいたのだ。

 鳥獣族モンスターの《バードマン》である。慌てて柱の陰に隠れて様子を窺う。

 こちらに気付いてこそいないようだったが、しかし一定の場所から動かないために陰から出て行けばすぐに気付かれてしまうだろう。

 厄介なのは、頭上にも注意を払っていることだ。これではマナが飛ぶこともままならない。

 嫌な位置にいるものだ。思わず、渋い顔になる四人だった。

 

「どうする、十代」

「一応、陰からこっそり飛んで上に行こうか?」

「いや、それはダメだ。奴は腐っても鳥獣族。風の流れが変われば、気付かれるかもしれん」

 

 マナの提案をタニヤが否定し、そっかぁ、とマナは再び渋面になる。

 オブライエンも物音ひとつ立てずに動く自信はない。ならば、どうするべきか。咄嗟にいい考えが浮かばず思索に没頭していると、不意に。

 じゃあ俺が行く、という十代の声が小さく響いた。

 

「俺がデュエルで注意を逸らしておくから、あの照明を頼んだぜ」

「だが、十代」

「大丈夫だって。えっと、ほら、適材適所ってやつだよ。機械なんて俺は詳しくないからさ。俺は俺の得意なことで頑張るぜ」

 

 デュエルディスクを右手で撫でると、十代は歯を見せて笑う。そして、柱の陰から飛び出した。

 その後ろ姿にタニヤの声がかけられる。

 

「待て、十代! デュエルをしてはいけない! この世界のデュエルは――!」

 

 しかし、その言葉を言い終わる前に、十代は既にバードマンと向き合っていた。

 

「おい!」

「……ん? 何者だ。ここは低レベルの住人が来ていい場所ではないぞ!」

 

 振り返ったバードマンは、デュエルディスクを構える十代に訝しげな顔になる。尤もその顔は上半分が仮面で覆われているため、せいぜい動いたのは口元ぐらいであった。

 嘲りを含んだ叱責に、しかし十代は答えない。ただデュエルディスクを着けた左腕をバードマンに突き付け、一つだけ質問を口にする。

 

「お前ら、なんであんなひどいことをするんだ!」

「ひどいこと? ああ、あの低レベルモンスターどものことか」

 

 十代が言いたいことを察し、一度だけ階下に視線を落としてからバードマンはその口を三日月形に釣り上げた。

 

「この世界はレベルの高さが全てだ。レベルが高いほど、強い。強いから、低レベルの弱い連中を支配する。そのどこがおかしい」

 

 まるで当たり前のことを言うかのような口調。

 それを受けて、十代は話し合いの道を諦めた。価値観が違うと実感したためだ。ならば、残る手段は一つのみ。

 

「デュエルだ、バードマン! 俺が勝ったら、もうこんな真似はやめるんだ!」

 

 十代がそう言えば、バードマンは一瞬呆けた顔になる。

 そして次の瞬間には笑い声をあげ、それが収まる頃には怒りの表情となって十代を睨みつけた。

 

「随分と甘いことを言う! お前も戦士を名乗るのなら、命を懸けろ!」

「なに……!?」

 

 デュエルディスクを構えながら言われた言葉に、十代は動揺を露わにする。

 だが、そんな十代を余所にバードマンは先に「デュエル!」と掛け声を発し、十代も慌ててそれに続いた。

 

 

遊城十代 LP:4000

バードマン LP:4000

 

 

 しかし、たった今言われた言葉が十代は気になっていた。命を懸けろ、とはどういう意味なのか。単に、それほどの覚悟を持ってデュエルをしろということならば、十代はいつもデュエルには真摯に向き合ってきている。

 それならば今更言われるまでもないと思ったが、しかしその考えは背後から聞こえたタニヤの声によって霧散した。

 

「よすんだ十代! この世界でのデュエルは、お前たちの世界のものとは違う! ライフポイント4000はそのまま命の値……0になれば、本当に死ぬことになる!」

「な……!?」

 

 タニヤから告げられた事実に言葉を失う。

 ライフが0になることは、イコール死。到底十代の常識からは考えられない話だ。だが、そんなデュエルに心当たりはあった。十代も、何度か経験がある。

 

「闇のゲーム……!」

 

 敗者は死ぬ。その点で言えば、両者は似たようなものだろう。

 思わず躊躇いを見せた十代に、バードマンは嘲笑を放った。

 

「腰が引けているぞ! デュエルとは、死をも厭わぬ勇敢な戦士による戦い! その程度の覚悟ならば、戦士として戦う資格などお前には無い! しかし、一度成立したデュエルを止める術はない。……ならばこの俺が、引導を渡してやる!」

「待て、十代! 戦略的撤退という言葉もある。相手に乗せられ、目的を見失うな! 二人を助けるためにも、お前は死ぬわけにはいかないだろう!」

 

 バードマンの言葉に続き、オブライエンが十代に呼びかける。

 その言葉は、なるほど納得できるもので、十代も確かにその通りだと思ったほどだった。

 十代にとっての最優先事項は遠也とヨハンの救出だ。それを為す前に自分は死ぬわけにはいかない。その点は、十代としても譲れないところだった。

 ならば、オブライエンの言う通り、ここはデュエルを中断して引き下がるのが正しいのだろう。それぐらいの判断は、十代とてすることが出来た。

 

 しかし。

 

「――悪いな、オブライエン。俺は、このデュエルを続ける」

「十代!」

「俺だって、目的を忘れたわけじゃない。けどさ……俺は、思うんだ。ここに遠也たちがいたら、なんて言うかなって」

 

 なにを、とオブライエンとタニヤは思う。だが、隣のマナは十代が言わんとしていることを理解したようで、諦めたように溜め息をついていた。

 そんな彼らの前で、十代は言う。

 

「こんな真似をしている奴を前に、遠也なら絶対に逃げない! ヨハンだって、必ず止める! なら、その親友である俺が逃げるわけにはいかないぜ! 目的のために、目の前の悪いことを見逃したなんて知れたら、あいつらに怒られちまうぜ!」

 

 小さく笑い、それに、と十代は続けた。

 

「俺はデュエリストだ! あっちが戦士の誇りを見せた以上、俺もデュエリストとして受けてやりたいしな!」

 

 もちろん、結果がどちらかの死であることは十代にとっても大いに躊躇う点だ。今でも、その気持ちは心の中に沈殿している。

 だが、それを理由にこのデュエルを勝手に降りることは、あそこまでの覚悟を持って戦いに臨む相手の誇りを汚すことになる。デュエリストとしてというより、一人の男として、十代はその選択を選ぶこともしたくなかったのだった。

 その結果出てきた言葉。それを聞き、バードマンは嘲りの表情をやめて微かな笑みを浮かべる。

 誇りを口にし、それに相手が応える。戦士としての……いや、男としての趣がわかっている相手と戦えることに、バードマンもまた十代に対する認識を変えたのだ。

 

「その意気や良し! 少しは楽しめそうだな……俺の先攻、ドロー!」

 

 バードマンがついにターンを開始したのを見て、マナは天を仰いだ。そんなところまで遠也に影響されなくても……と愚痴をこぼす。しかしすぐに、遠也がいなくても同じだったかもしれないと思い直した。

 もともと、遠也と十代がデュエル馬鹿でありよく似ていることは仲間内では知られたことである。更に今は同じような嗜好のヨハンもいる。なら、こういう展開になるのもむべなるかなだ。

 とはいえ、これは命が懸かったデュエル。正直に言えば無理はしてほしくなかったが、既に始まっている以上は仕方がない。

 あとは見守るしかない。そう力なく言うタニヤの言葉にオブライエンとマナは頷き、十代とバードマンの戦いを見つめるのだった。

 

「俺は魔法カード《サモン・ストーム》を発動! ライフポイントを800支払うことで、手札からレベル4以下の風属性モンスター1体を特殊召喚する! レベル4の《暴風小僧》を特殊召喚!」

 

 

バードマン LP:4000→3200

 

《暴風小僧》 ATK/1500 DEF/1600

 

 

 バードマンのフィールドに吹き荒れる竜巻の中から、一人の少年が現れる。その手に小さな風を手慰みのように生み出していることから、風を操る力を持っているということなのだろう。

 

「更に暴風小僧をリリース! このカードは1体で2体分のリリースとすることが出来る! 現れろ大いなる風の化身、《神鳥シムルグ》!」

 

 先ほどよりも勢いが強い突風。目を開けていることすら難しい風の中に暴風小僧が姿を消すと、やがて大きく翼を広げて現れたのは淡い緑の羽毛を黄金で出来た数々の装飾品で彩る巨大な鳥のモンスターだ。

 

 

《神鳥シムルグ》 ATK/2700 DEF/1000

 

 

 レベル7の最上級モンスター、神鳥シムルグ。甲高い声で鳴いたその見上げるほど大きな鳥に、十代は警戒を強めてバードマンを見た。

 

「更に永続魔法《レベル・タックス》を発動! 互いのプレイヤーはレベル5以上のモンスターの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、その攻撃力分のライフポイントを支払う! ふふ、これでお前は低レベルなモンスターで何とかするしかないわけだ!」

 

 上級モンスターは2000以上、最上級ともなれば2500以上。例外はあれど、レベルが上がるにつれてその元々の攻撃力が上がっていくのは自然なことだ。そして、デッキにおける切り札とはそういった高攻撃力のモンスターに委ねられることが多い。

 ゆえに、そういった切り札をいかに早く出せるかがデュエルにおける要点の一つともいえるわけだが、バードマンが発動させた永続魔法はその要点を抑えることを妨害するものだ。

 先述したように切り札と呼べるモンスターの攻撃力が一定のラインより上である以上、レベル・タックスの効果により失うライフも多くなる。考えなしに召喚することは出来なくなったわけだ。

 それを悟り、十代は自身の手札に存在するエース――《E・HERO ネオス》を複雑な表情で見た。

 

「……けど、ライフはまだ4000もある。一度ぐらいなら召喚は可能だ!」

 

 たとえばネオスならライフが1500は残る計算になる。決して安全圏ではないが、しかし低すぎる値でもない。

 ならば取れる手はある。そう反論した十代に、バードマンはしかし余裕の笑みを崩さなかった。

 

「それはどうかな! 俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド! そしてこのエンドフェイズ、神鳥シムルグの効果発動! 互いのプレイヤーは互いのエンドフェイズごとに1000ポイントのダメージを受ける!」

「なんだって!?」

「このダメージはフィールドに存在する魔法・罠カード1枚につき500ポイントずつ軽減できる。俺の場には2枚の魔法・罠カードがある。だが、お前にはない!」

 

 神鳥シムルグに備わる恐ろしい能力。エンドフェイズごとに1000のダメージということは、何もしなければ4ターン後にデュエルが決着するということを示している。

 魔法・罠カードが2枚以上場にあれば防ぐことは出来るが、今は先攻の1ターン目だ。十代に防ぐ術はなかった。

 思わず苦い顔になった十代の前で、シムルグは大きく翼を広げた。

 

「喰らうがいい……《ゴッド・トルネード》!」

 

 広げた翼を一気に折りたたみ、それだけで目も開けていられないような強風が十代に襲い掛かる。

 風自体はバードマンにも影響していたが、場に存在する2枚の魔法・罠カードが盾となってその脅威を防いでいた。

 結果、その豪風に晒されるのは十代だけとなった。

 

「うぁああッ!」

 

 

十代 LP:4000→3000

 

 

「十代くん!」

 

 思わず膝をついた十代に、マナの気遣わしげな声がかけられる。それに一度振り返って笑みを返すと、十代は足に力を入れて立ち上がった。

 これで十代のライフは3000ポイント。上級以上のモンスターが持つ攻撃力を考えれば、レベル・タックスによってその召喚は先程以上に難しくなったと言える。

 なにせライフを1000以下の危険域に持っていかなければ召喚できなくなったのだ。それを誰よりも理解しているバードマンがにやりと笑う。

 

「さぁ、お前のターンだ!」

「く、俺のターン、ドロー!」

 

 手札に存在している自身のエース。しかし、リリース要員もなく召喚はできない上に出した瞬間自分のライフは500というギリギリの数字になってしまう。

 となれば、ネオスに頼らない戦術を取るほかない。僅かな逡巡の後にそう決めると、十代は手札のカードたちを見渡して、その中の一枚を手に取った。

 

「俺は《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚! 俺の場に他のカードがないため、デッキからカードを2枚ドロー! カードを3枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 全身を薄い青で統一した些か恰幅のいい水のHEROが、十代のフィールドでゆっくり膝をついて守備態勢を取る。

 更にターンの終了を宣言したことでシムルグの効果が発動。互いにダメージを与えるべく突風を起こすが、バードマンと十代ともに魔法・罠カードが二枚以上場にあるため、風はただフィールドに吹くだけにとどまった。

 ターンが移り、バードマンのターン。カードを引く前に十代の場を確認した彼は、レベル4かつステータスもそれほど高くないバブルマンの姿に、己の優勢を確信したようだった。

 

「ふふ、そうだろうな。お前は低レベルモンスターで凌ぐしかない! 高レベルモンスターに、低レベルの者が勝てる道理はない! せいぜい足掻くがいい!」

「………………」

 

 十代は何も答えず、無言でバードマンに先を促した。

 その反応のなさに若干眉を顰めながらも、バードマンはデュエルを進めるべくそのデッキに指をかける。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、バードマンは一つ頷いた。

 

「俺は《トルネード・バード》を召喚!」

 

 

《トルネード・バード》 ATK/1100 DEF/1000

 

 

 神鳥シムルグの大きさに迫る巨鳥。赤い羽根を散らしながらシムルグの横に並ぶ。

 

「更に魔法カード《翼の恩返し》を発動! ライフを600払い、自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体につきデッキから1枚カードをドローする! 合計で2枚ドロー!」

 

 

バードマン LP:3200→2600

 

 

 ただし翼の恩返しで手札に加えたカードは、このターン使用することは出来ない。

 だが、そんなことは大きな問題ではないとばかりに、バードマンは腕を振って十代に人差し指を突きつけた。

 

「バトルだ! 神鳥シムルグでバブルマンに攻撃! 更にトルネード・バードでダイレクトアタック!」

「く……ぐぅああッ!」

 

 

十代 LP:3000→1900

 

 

 シムルグによる暴風がバブルマンを破壊し、更にトルネード・バードが起こした竜巻が十代をまるまるその中に収めてダメージを与える。

 これで十代のライフは2000を切ることとなり、ネオスを呼び出したとしてもその時点でライフが0になることとなった。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド! そしてこの瞬間、神鳥シムルグの効果が発動する! ……が、互いに魔法・罠カードが2枚以上存在するためダメージは無しだ」

 

 神鳥シムルグが翼をはためかせ突風を作り出すが、互いの魔法・罠カードが盾となってプレイヤーには届かない。

 しかしダメージを防ぐことこそできたが、状況は十代に不利だった。

 バードマンの場には、最上級である神鳥シムルグに下級とはいえモンスターがもう一体。そのうえ十代の上級モンスター召喚を封じるレベル・タックスに、伏せカードが三枚もあるのだ。

 対して十代の場にモンスターはおらず、伏せられたカードが三枚あるだけである。たとえ伏せカードがあろうと、あちらには既に最上級モンスターすら存在しているのだ。どちらが優勢かなど、一目瞭然だった。

 

「クク……そら、お前のターンだ! もっとも、低レベルのモンスターしか使えないお前に勝ち目はないがなぁ!」

「――俺のターン!」

 

 十代もまた、自身が現状不利であることは承知していた。しかし、だからといって弱気になるということもなかった。

 このデュエルは死に繋がる。それは、確かに恐ろしい。だが、それよりも十代は友達を助けられない事のほうが苦しいし、己の全てと言っても過言ではないデュエルを死に怯える自分の弱さで汚してしまうことの方が辛かった。

 だから、十代は力強くカードを引く。そんな弱さなど吹き飛ばすように。そして、死を招くと知りつつもこのデュエルを受け、更に対戦相手である自分にも誇りを求めてきたバードマン。その潔さに応えるために。

 その純粋な思いは、いつだって十代のデュエルを支えてきた。

 それは、この時も同じである。

 

 デッキからドローしたカードを確認する。そして、一瞬固まった。

 僅かな驚きを含んだその表情は、しかしすぐに柔らかく変化していく。

 十代はそのカードを手札に加えると、真っ直ぐにバードマンへと視線を合わせた。

 追い詰められているはずであるのに全く怯えも不安も感じられない瞳に、思わずバードマンはたじろぐ。

 

「お前、俺よりも遠也と戦ったほうが良かったかもな」

「……誰だ、それは」

 

 唐突な十代からの言葉。その中に含まれる知らぬ名に疑問を返せば、十代は胸を張って答えた。

 

「俺の親友で、ライバルで、仲間だ! そして低レベルのモンスターも力を合わせれば大きな力になることを実践した奴さ! その姿を知っているから、俺は低レベルだろうとなんだろうと、充分以上に戦えることを知っているんだ!」

 

 欠片ほどの疑いも感じられない、そのことを信じきっている語調。だが、それはレベルによる格差を実践し、また日々感じていたバードマンにしていれば認め難いものであった。

 

「馬鹿なことを……! 所詮この世界はレベルの高さがモノを言うと、何故わからん! レベルの低い者がレベルの高い者に勝つなど出来るわけがないのだッ!」

 

 それが当然であるというよりは、そんなことがあってはならないとでも言いたげな言葉。どこかムキになっているようなバードマンに、十代はこのターンのドローで引いたカードを手札から抜き出した。

 

「そんなこと、やってみなければわからないぜ! 俺は手札から《E・HERO エアーマン》を召喚!」

 

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 

「そしてエアーマンの効果発動! 召喚成功時、デッキから「HERO」1体を手札に加える! 俺は《E・HERO スパークマン》を手札に加えるぜ!」

 

 エアーマンが優秀である所以は、召喚するだけでアドバンテージを得られることにある。

 今回はデッキからカードを手札に加えているので、手札消費なしでボードアドバンテージがプラス1。またもう一つの効果である場に存在する自身以外のHEROの数だけ魔法・罠を破壊する効果も十分にアドバンテージを稼ぐことが出来る効果だ。

 その優秀さにより、十代もデッキに採用している。が、十代にとっては遠也とのトレードによって手に入れたカードであるという点が重要だった。

 元は遠也のカード。そのカードがここぞという時に来てくれる。その頼もしさを感じつつ、十代は再び手札の一枚を手に取るとディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード《HERO'Sボンド》を発動! 俺のフィールド上にHEROがいる時、手札からレベル4以下のE・HERO2体を特殊召喚する! 来い、《E・HERO スパークマン》! 《E・HERO フェザーマン》!」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 片や紫電を纏いながら、片や背中の翼で風を揺らしながら現れた、十代のデッキの代表格。数あるE・HEROの仲間たちの中でも使用率が高い、もはや十代のデッキではお馴染みともいえるモンスターたちだった。

 これで十代の場に存在するモンスターはエアーマン、スパークマン、フェザーマンの三体となった。だがしかし、十代の行動は更に続いていく。

 

「そして手札から《R-ライトジャスティス》を発動! 俺のフィールドに存在するE・HEROの数だけ相手の魔法・罠カードを破壊する! 俺のフィールドのHEROは3体! よって3枚破壊するぜ!」

「なにッ! そうか、それでレベル・タックスを破壊して上級モンスターを呼び出すつもりか……!」

 

 上級、最上級の中にはシムルグに打ち勝つ可能性のあるモンスターもいるだろう。ならば、十代の狙いはそこにあるはず。

 そう考えたバードマンが思わず思考を口に出す。ここで十代が高レベルモンスターを出してくることを確信したバードマンが悔しげに言うが、それに対する十代の答えはバードマンの想定外のものだった。

 

「いいや……俺が破壊するのは、レベル・タックスじゃない! 3枚の伏せカードだ!」

「ッ馬鹿な!? レベル・タックスを破壊すれば高レベルモンスターを出せるんだぞ!?」

 

 十代の言葉に、バードマンは信じられないとばかりに声を荒げる。

 バードマンにしてみれば、十代の取った手はみすみす勝ち筋を逃すようなものだ。高レベルのモンスターを出さないなら、勝つことは出来ない。彼にとって十代のそれは、完全に理解不能の領域であったのだ。

 だが、そんなバードマンの動揺とは裏腹に当の十代は笑みすら浮かべていた。不敵な、という枕詞がつくだろうその表情で、十代はバードマンに高らかに告げる。

 

「言ったろ、やってみなければわからないってな! 低レベルだろうと勝てるってことを、証明してやるぜ!」

 

 それは、このデュエルに勝つというだけではない。バードマンの持つ思想すら打ち壊してみせるという宣言だった。

 

「ぬかせ……! ならばこの瞬間、罠発動! 《ゴッドバードアタック》! 自分フィールド上の鳥獣族、トルネード・バードをリリースし、相手の場のカード2枚を破壊する! 俺が選択するのは、エアーマンとスパークマンだ!」

 

 そうまで言われて黙っているほど、バードマンも大人しくはない。

 十代が放ったR-ライトジャスティスに対し、バードマンは即座に鳥獣族が持つ強さの一端を担う強力な汎用罠カード――ゴッドバードアタックを発動させる。

 カードの種類を問わず二枚を破壊し2:2交換を成立させる通常罠。更に今回は十代の除去にチェーン発動しているので、バードマンは一枚のアドバンテージを得ていることになる。まさしく鳥獣族にとっては万能除去といえるだろう。

 

「くくく、これでお前のふざけた言葉も意味のないものに……」

 

 そんな強力なカードだからこそ、バードマンは自信を見せて笑う。

 しかし、すぐに気付く。ゴッドバードアタック発動とほぼ時を同じくして十代の伏せカードの一枚が起き上がっていることに。

 

「カウンター罠《フェザー・ウィンド》! フェザーマンが俺の場にいる時、魔法・罠カードの発動を無効にして破壊する!」

「なっ……!?」

 

 驚きの声も束の間、上空に飛び上がったフェザーマンが起こす強風によってその声はすぐにかき消された。

 風に混じるフェザーマンの緑の羽根は凶器となって、発動したゴッドバードアタックを切り裂いて破壊していく。やがてカードを破壊し終えて墓地に送ると、フェザーマンは上空から再び十代のフィールド上へと降り立った。

 その後ろで、十代は手の甲を使って軽く額の汗を拭う。

 

「あっぶねぇ……伏せといてよかったぜ……」

 

 その物言いに、バードマンは唇を噛んだ。

 

「だが……だがそれでも! 低レベルモンスターに負ける道理はない!」

「それはどうかな! デュエルモンスターズに、無駄なカードなんて一つもないんだぜ! 俺は伏せてあった装備魔法《スパークガン》をスパークマンに装備する!」

 

 十代がデュエルディスクを操作すれば、伏せられていたカードの一枚が表側表示に変更され、カードから現れた黒鉄の無骨なレーザーガンがスパークマンの右手に握られた。

 これはスパークマン専用の装備カード。汎用性を犠牲にしたがゆえに、その効果は非常に強力なものである。

 

「スパークガンの効果発動! このカードを装備したスパークマンは、三回までモンスターの表示形式を変更できる! 神鳥シムルグを守備表示に変更!」

「なんだと!?」

 

 スパークマンがシムルグに銃の照準を合わせ、引き金を引くと一筋の光線がシムルグに直撃する。

 見た目に反して殺傷力を持たない一撃は、シムルグに何の痛痒も与えない。しかしスパークマンの力によって強力な電磁波を帯びた光は、シムルグから一時自由を奪い去り、強制的に守備表示へと移行させるのだった。

 

「確かに神鳥シムルグは最上級だけあって攻撃力も高いし、効果も強力だ。けど、完璧なモンスターなんていない! 高い攻撃力と比べて守備力が1000しかないシムルグのようにな!」

「ぐ……」

 

 シムルグの大きな弱点。そこを見事に突かれ、バードマンが呻く。

 ライトジャスティスによってバードマンの伏せカードは既に破壊されており、残っているのはレベル・タックスのみ。唯一のモンスターであるシムルグも守備力1000での守備表示となっている。

 ならば、十代が次に起こす行動は決まりきっていた。

 

「バトルだ! スパークマンで神鳥シムルグに攻撃! 《スパーク・フラッシュ》!」

「ぐぅッ……!」

 

 右手に持っていたスパークガンを左手に持ち替え、右手から渾身の電撃をシムルグに放つ。

 スパークマンの一撃は容赦なくシムルグに突き刺さり、シムルグは断末魔の声を残してバードマンのフィールドから姿を消していった。

 これでバードマンへの道を阻む壁は全て取り払われた。そして、十代は言う。

 

「高レベルのモンスターも確かに大事だ。けど、だからって低レベルモンスターが弱いわけじゃない! 最上級モンスターを破って、勝つことも出来るんだ!」

 

 バブルマン、エアーマン、スパークマン、フェザーマン。このデュエルで十代を支えたモンスターは、全てレベル4以下。下級モンスターだ。

 しかし今、その下級モンスターの力が最上級を破り、ライフポイントを削り切ろうとしている。レベルの高低に貴賤はない。その考えを証明するために、十代は残る二体に指示を出した。

 

「これで終わりだ! フェザーマンとエアーマンでダイレクトアタック! 《エアロ・フェザー・ショット》!」

「ぐッ……ぁあああッ!」

 

 エアーマンが突風を作り出し、そこにフェザーマンの羽根が混ざる。二体の協力による合体攻撃はバードマンを過たず打ちつけ、合計2800にもなるダイレクトアタックを受けたバードマンは、そのまま吹き飛ばされて背中から地面に倒れ込むことになるのだった。

 

 

バードマン LP:2600→0

 

 

「バードマン!」

 

 倒れ込んだバードマンに、十代は勝利の余韻に浸ることもせず走り寄った。このデュエルが生死を懸けたものであったことを、当然ではあるが忘れてはいなかったからだ。

 デュエリストとして、そして自分の目的のため、十代はこのデュエルを真剣に戦ったが、果たして本当にそれで良かったのか。

 倒れ込むバードマンを見ていると、そんな疑問を感じずにはいられなかった。

 知らず複雑な表情になっていた十代を、倒れ込んでいたバードマンが見上げて小さく口元を緩めた。

 

「……ふ、ふふ……どうした、何故そんな顔をする」

「何故って……」

「お前は戦士として、俺の誇りに応えてくれた。俺は戦士として戦い、敗れたのだ。後悔はない。そしてお前は、誇りある戦いに勝ったのだ。俺のためにも、誇ってくれ」

 

 地面に身を横たえたまま、バードマンはそう言って微かに笑う。

 勝者が勝利を受け入れなければ、負けた者が報われない。いささか婉曲的ではあったが、十代はバードマンが言いたいことを正確に理解していた。

 だから、十代はああと頷いた。そしてぐっと歯を食いしばって、己が下した敵を見下ろす。その視線に嘲りの色はなく、ただこの戦いの時間を共有した相手を讃える色だけがそこにはあった。

 それを十二分に察し、バードマンは小さく首肯した。

 

「……この世界は、レベルによる支配が続いている。俺も所詮はレベル4。下級モンスターだ。……自分より低いレベルの者を虐げることでしか、いつの間にかプライドを守れなくなっていた……」

「バードマン……」

 

 自嘲の笑みすら見せて言ったバードマンは、すぐにその表情を真剣なものに改めて十代に手を伸ばした。

 

「若き戦士よ……。このレベルによる支配を、なくしてくれ……俺のような奴を出さないために……!」

「お前……」

「もし叶うのなら、この世界に新たな秩序を……。レベルによる差がない……新たな世界を……覇王となり、作ってくれ……たの、む……」

「バードマンッ!」

 

 縋るように差し出された手を、十代はしっかりとつかむ。

 そのことで自分の思いを受け取ってもらえたと思ったのか、バードマンは安心したように笑うと輝く光の粒子となってその身を散らせていった。

 そこに、倒れ込む戦士の姿はもうどこにもない。肉体すら残らない精霊の最期。その無情と、それを自分が為したのだという重みが十代の肩にのしかかった。

 しかし直後、その肩は軽く叩かれる。

 振り返れば、そこにはいつの間にか十代の側にまで来ていたマナ、オブライエン、タニヤの姿があった。

 彼らの瞳は、自分を気遣う優しさに満ちている。それを感じ、十代は仲間がいてくれることのありがたさを改めて感じたような気がしていた。

 バードマンには、きっとこんな仲間がいなかったのかもしれない。もしいたなら、きっとレベルによる支配を失くすべく戦う戦士となっていたのかも。そう思うと、少しだけやるせなくなった。

 だが、十代の目的はここで終わっていいものではない。目を閉じてバードマンに対して静かに祈りを捧げると、十代は仲間たちと向き合った。

 

「いこう、みんな」

 

 その言葉に、三人は頷く。

 直後、オブライエンを連れてマナが天井の照明機械まで飛んでいく。そういった工作にも長けたオブライエンだけあって、機械はすぐに機能を停止。照明は落ち、広大な空洞は一瞬で闇に包まれることとなった。

 そして始まる虐げられる側だった者たちの反乱。闇に乗じて夜に弱い鳥獣族を襲い始めた彼らの中には、それに加勢する仲間たちの姿もある。鳥獣族たちを次々と捕らえていく姿を、タニヤは感慨深そうに見つめていた。

 それら一連の行動を見つめながら、十代はバードマンが言っていた言葉を思い出していた。

 

「覇王、か……」

 

 この世界にレベルによる支配をなくすために、バードマンがなれと言ったもの。出来ればその願いを叶えてやりたいが、しかし自分にそんなことが出来るとは思えない。なにより、遠也とヨハンを見つければ自分はこの世界を去るのだ。安請け合いは出来なかった。

 心の中で、バードマンに謝る。だが代わりに、自分がやるべきことは必ずやり遂げる。その決意を現すかのように、十代は拳を強く握りこんだ。

 

 

 *

 

 

 この一帯を支配していた鳥獣族が倒されたことで、タニヤは次の階層への扉も解放されたと十代たちに告げた。

 この世界はどうも、さながらビルのように一階一階昇っていく断層的な構造になっているようなのだ。

 これまでは鳥獣族が次の階層に向かう扉を占拠していたので、彼らはこの階層から逃げることもままならなかった。しかし、扉を守る者がいなくなった今、彼らはついに階層を昇る権利を得たのだ。

 もっとも、彼らが次の階層に行きたかったのは鳥獣族の支配から逃れるためだ。既に鳥獣族が倒された今、わざわざ住みなれない違う階層に行きたがる者はいない。

 だから、階層と階層を繋ぐ扉を開けたのは彼らではなく、遠也とヨハンという仲間の行方を探し続ける十代たちだった。タニヤの先導により扉を開けた十代たちは、石造りの無骨な階段と、その先に聳える二つ目の扉を見上げるのだった。

 

「あの扉を開けば、次の階層に行ける。お前たちには本当に世話になった。ありがとう」

 

 タニヤが笑顔で全員の顔を見渡してお礼を言う。そんなタニヤに、仲間たちはそれぞれ励ましの言葉をかけた。

 これまで支配されていたとはいえ、それはそれで一つの生活として成り立っていた面もあったのだ。それが急になくなった以上、暫くは新しい秩序と生活の構築に追われることとなるだろう。そこに苦労があるのは想像に容易い。それを思っての言葉だった。

 それらに再びありがとうとタニヤが返し、さあいよいよ先に進もうと全員の意識が段上の扉に向けられる。

 そんな中、十代らの輪から抜けてタニヤの横に並ぶ男の姿があった。

 

「すまん、みんな。俺はここに残る」

「三沢!?」

 

 突然残留の意思を示した三沢に、十代だけではなく全員に驚きが伝わっていく。

 翔などは「まさかタニヤの傍にいたいんじゃ……」と過去の例を持ち出して三沢に問いかけるが、三沢は僅かに動揺しながらもきっぱりと「違う」と否定した。

 

「ここには、他の世界から来た者が大勢いる。彼らに話を聞き、この世界の秘密を解き明かしたいんだ。それは俺たちが帰還するために重要な情報になるだろう」

 

 忘れがちだが、十代たちはほぼ一方通行の扉を無理やり開いてこの世界に来ている。帰る手段など、少なくとも現時点では存在していないのだ。

 しかしここには同じく世界を移動した者が大勢いる。その中には、帰還のためのヒントがあるかもしれない。それを考え、三沢は異世界や量子力学に通じる自分が残るのがベストだと判断したのだ。

 それを聴き、誰もが納得する。三沢の考えは、彼らとしても無視できないものだったからだ。

 帰還のことを考えれば、その手段を講じる役割である三沢の存在は重要なものだ。だからだろう、更に二人が三沢の隣に並んだ。

 

「ならば俺もここに残ろう」

「僕らなら、二人でも十分彼らを守れるだろうしね」

「カイザー! それにエドも!」

 

 この中でも屈指の実力者である二人ならば、確かにたった二人といえども十分な戦力と言えるだろう。

 遠也たちを捜索する以上こちらの人手が多いに越したことはない。ならば、実力が高い者が少数抜ける方が効率がいいのは確かだった。

 

 ここで一時的に集団を抜けることになる三人に、ぞれぞれが言葉をかける。彼らからも力強く「必ず後から追いかける」という言葉を受けて、十代たちは階段を登っていく。

 この次の階層がどんな世界になっているのか。まだ見ぬ世界にも、なにがしかの困難が待っているだろうことは彼らも覚悟していた。

 しかし、そんな困難の中を押し切ってでも必ず仲間を取り戻す。そんな十代の決意が全員に伝わり、一行は真剣な面持ちで足を進めた。

 そしてついに階段を登りきり、扉の前に立つ。

 

 ――待ってろよ、遠也、ヨハン!

 

 この先に二人がいることを信じて、十代はゆっくりと扉を開いていった。

 

 

 

 


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