遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第68話 終局

 

 十代によってどうにかデュエルゾンビが押し寄せるテニスコートを脱出した後、アカデミア地下の用水路付近にて彼らは一度足を止める。

 ここまでくれば大丈夫だろう、と僅かに弾んだ呼吸を整える一同の中、まったく歩いていないため一切呼吸が乱れていないマナが、レイの背中を軽くさすってやる。

 そうしていると、不意に万丈目が「そういえば、十代。お前、一体此処までどうやって来たんだ?」と疑問を投げかけた。

 それというのも十代は三幻魔を手に入れようとするマルタンを追って学園の外にいたはずであり、自分たちがテニスコートにいることなど知るはずがないからだ。しかも、外はデュエルゾンビだらけ。どの状況で何故この場に来れたのかが不思議だったのである。

 

「ああ、そのことか。それなら、全部このファラオのおかげだぜ」

 

 十代がその顔に笑みを乗せれば、応えるようにその足元で猫が鳴く。

 マルタンの後を追って地下洞窟に入った十代だったが、道を文字通りに塞いだデュエルゾンビの群れによる足止めは如何ともし難いものだった。その妨害を突破するだけでも大きな時間のロスとなり、結局最深部に辿り着いた時にはマルタンの姿はどこにもなかったのである。

 十代は当然間に合わなかったことに歯噛みしたが、同時にある疑問を抱いた。それは、この洞窟が一本道であるのに、帰ってくるマルタンに会わなかったという矛盾である。

 入口から最深部まで脇道はない。となれば、マルタンが洞窟から出るには元来た道を戻るしかなく、十代と鉢合わせになることは避けられないはずなのだ。

 

 しかし、実際にはそうなっていない。であるのに、マルタンの姿は見当たらなかった。

 

 つまり、マルタンは来た道を戻らずに外に出たということ。他に出口へと繋がる道があるということだった。

 その考えに至った十代は、早速最深部を調べ始め、それほど時間をかけずに細い地下道を発見する。そして先に進んでみれば、アカデミア内校長室へと繋がっており、学園内部への帰還を果たしたということだった。

 その後、校長室を出た直後にファラオが十代の側にやって来て、そのまま一人と一匹は皆の元へと戻るべく行動を始める。ファラオの鼻を頼りに。

 

「――で、テニスコートあたりまで来たんだけど、いつの間にかゾンビたちも集まって来ててさ。いくらなんでも一人でやるには無茶な人数だったから、地下からの侵入に切り替えたってわけさ」

 

 結果として、その選択は全員を救った。

 こういういざという時の運の強さというか未来を選び取るかのごとき能力は、どことなく遠也を思い起こさせる。マナは笑う十代を見てそんなことを思った。

 十代の話を聞き終え、今度はヨハンが自分たちの話を始める。レインボー・ドラゴンのカードやそれによって生まれる元の世界への帰還手段など。それを聴き、十代の顔も明るいものへと変わっていく。いよいよこの極限状態からの脱出方法が見つかったのだ。その気持ちは誰もがわかるものだった。

 話を聞き終え、十代は「それじゃ、ヨハンはレインボー・ドラゴンを見つけないといけないのか」と確認を取り、ヨハンは頷く。元の世界から送られたそれが、恐らくアカデミアの近くに落ちているはずなのだ。カードが入ったそのカプセルを回収しに行かなければならない。

 しかし、それさえ出来れば希望が見える。元の世界へ戻るという願ってやまなかった希望が。

 その希望が叶うことを夢見る皆の前で、十代は再び声を張った。

 

「元の世界に帰ろうぜ! 遠也、翔、マルタン……あいつらを助け出してな!」

 

 その言葉に、誰もが強く頷く。

 それを確認した後にマナが視線を横にずらすと、その先にいるパラドックスは彼らの様子に同調することもなく、ただ腕を組んで壁にもたれかかっていた。

 そして、その鋭い目で十代を見る。

 

「では、どうやって遠也を助ける」

 

 さりげなく翔とマルタンが入っていない。あの二人にパラドックスとの接点などなかったから、この人が気にしないのも当然といえば当然かもしれない。だが、友人であり顔見知りである二人を無視され、そのうえ遠也をかなり気にしているその姿に、マナはなんとも複雑な表情になる。

 

「どうやってって、それは……」

 

 そしてパラドックスの問いを受けて、十代は明らかに答えに窮していた。

 それは明確な手段については考えていなかったと言っているようなものであり、パラドックスの顔にも呆れの色が混じる。

 しかし、すぐに横にいたヨハンが「この騒ぎの元凶はマルタンだ。奴を叩く」と言い出し、万丈目や三沢も「もともと遠也を閉じ込めたのは奴だからな」「絶対とは言えないが、何らかの進展はあるだろう」と続いた。

 その答えにパラドックスも同じ意見を持っていたのか、首を縦に振ると再び壁に背を預けた。十代には視線を向けていない。

 それを見てマナは微かに嘆息する。どうもパラドックスは十代を単純な男だと判断して軽んじているようである。

 確かに本人が言うように十代は成績もあまり良くなく、その性質も考えることに向いているというわけではない。しかし、十代にはそんな欠点を上回るカリスマ性、明るさ、デュエルの腕がある。

 足りない部分は、いまヨハンたちが言葉を付け足したように誰かが助ければいいのだ。完璧な人間なんていない。だから助け合っていけばいい。自分たちは仲間なのだから。

 きっと、遠也ならそう言う。確信を持ってそんなことを考えていると、唐突に放送が流れる直前独特のノイズが狭い通路に響く。

 それに気づいたのは、マナだけではない。この限りなく閉鎖された場所でその音はよく響き、全員が一斉に顔つきを真剣なものにして音に耳立てていた。

 そして次に飛び込んできたのは、今この状況に自分たちを追いこんでいる張本人。加納マルタンのものだった。

 曰く、決着をつけよう。自分は外に用意した《砂上の楼閣》にて待つ。三十分内に現れない場合、君たちの友人、そしてデュエルゾンビとなった全員を始末する。

 友人――遠也と翔のことであろう。マナとて遠也が窮地に陥っているだろうとほぼ確信してはいたが、こうして言葉にされると思う以上に胸に来るものがあった。

 

 早く、助けたい。早く、いつものように顔を見て話をしたい。

 

 そんな気持ちが喉の奥から溢れそうになる。それを唇をぎゅっと噛んでこらえ、その手を強く握りこんだ。

 そんなマナの前で、十代たちはいよいよタイムリミットがないことを知り、互いにやるべきことを確認していく。

 ヨハンはレインボー・ドラゴンの回収。それ以外の者は外に出てマルタンへと辿り着くための道を作る。マルタンになぜか執着されているらしい十代を、砂上の楼閣へと連れていくために。

 他の者が行ったところで、マルタンはきっと納得しない。十代が行かなければ意味がないのだと誰もが何となく悟っていた。

 それはもちろん、本人もである。

 

「――よし、行くぜ皆!」

 

 だからこそ、その声には自分が何とかするんだという決意が感じられた。そして、それに「おう!」と返る声々。

 マナは当然、十代と共にマルタンの元へと向かう。恐らくはそこに遠也たちもいるはず。一体いま、遠也はどうしているのか。本当に無事なのか。マナは不安に肩を震わせる。

 それを押さえつけるようにマナは強く両手を組む。祈りを捧げるようなその手を胸に押し付けて、ただ切に願った。

 

 自分が行くまで、どうか無事でいて、と。

 

 ――その願いが叶うことはないと、知らないまま。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

皆本遠也 LP:4000

マルタン LP:4000

 

 

「俺の、ターン!」

 

 気を抜けば途端に崩れ落ちそうな膝に力を込めて、俺は勢いよくデッキからカードを引いた。

 翔とのデュエルに決着がついてから、既に半日は経っているだろう。そしてその半日近くをずっと寝ていたというのに、あまり回復していない身体に少しだけ苛立ちを覚える。

 寝ているというよりは気絶していただけだったのは確かだが、それでももう少し体力が戻っていてくれても罰は当たらないような気がする。

 それだけ九回ものデュエルは負担であったということなのだろうが……、とそこまで考えて溜め息をこぼす。

 思えばこの世界に来る直前辺りからデュエルばかりしているような気がする。それも、気を張り詰めた極限のものばかりを。そろそろ休みが欲しいと半ば切実に思い、俺は何だかやるせない気持ちになった。

 だが、そんな心配もこの時までだ。俺が元凶であるマルタンを――ユベルを倒してしまえば、何も問題はない。その後は、マナとせいぜいイチャつかせてもらおう。

 そんな自分の考えに苦笑する。まだマナと離れて一日と経っていないというのに、このザマだ。もうとっくに気づいているが、やはり俺にとってマナは無くてはならない半身のようなものらしかった。

 そしてその半身と思う存分触れ合うためには、目の前の存在が邪魔なのだ。俺達をこの世界へと導いた張本人。コイツを倒して、俺たちは元の世界に帰る。そして、何でもない日常を生きるのだ。ヨハンやジム、オブライエンを始めとした新しい仲間たちと共に。

 

「俺は、《カードガンナー》を召喚!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 

 赤や青といった原色で塗装されたオモチャのような戦車型ロボットが現れる。

 元の世界で、これまでと変わらない日々を過ごすために。そのために、俺は今ここでコイツに勝つ。

 浅く途切れがちな呼吸をどうにか押さえつけて、俺はマルタンと対峙する。

 

「カードガンナーの効果発動! デッキの上からカードを3枚まで墓地に送り、1枚につき500ポイント、エンドフェイズまで攻撃力を上げる! 3枚を墓地に!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《精神操作》《おろかな埋葬》の3枚。どうにかボルト・ヘッジホッグが落ちてくれたことに小さく安堵する。

 とはいえ、俺は既に召喚権を使っており、カードガンナーはチューナーではない。このターンでのこれ以上の行動は出来ないと判断し、俺はエンドフェイズに向けた行動に移る。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/1900→400

 

 

 同時にカードガンナーの攻撃力が元に戻り、それを確認してからマルタンは全く気負った様子も見せないまま自然体でカードを引いた。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを一瞥し、マルタンはすぐにそのカードをディスクに読み込ませる。

 

「僕は魔法カード《手札抹殺》を発動。互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後捨てた枚数分デッキからカードをドローする」

「なに……?」

 

 いきなりの手札抹殺。これでマルタンは5枚の手札交換となったわけだが、恐らく本来の目的は異なるだろう。手札抹殺は多くのカードを一気に墓地に落とせることが肝のカードだ。つまり、墓地を肥やす目的だったと考えた方がいい。

 ならば、一体何を墓地に送ったのか。俺は警戒を露わにして身構えた。

 

「ふふ、僕は永続魔法《トライアングル・フォース》を発動! このカードが発動した時、デッキから同名カード2枚を発動させることが出来る! デッキから2枚のトライアングル・フォースを発動!」

「永続魔法が、3枚だって……――まさか!?」

 

 ある可能性に思い当たって目を見張る俺の前で、マルタンはゆっくりとデッキから2枚の《トライアングル・フォース》を抜き出して俺に見せる。そしてそれをディスクに差し込むと、余裕を感じさせる緩慢な動作で俺と視線を合わせた。

 

「君にとっては懐かしいものだろうね……ふふ、ははは! フィールドの永続魔法カード3枚を墓地に送り、出でよ三幻魔の一角――《降雷皇ハモン》!」

 

 マルタンがその手を天に掲げてそう宣言した、その瞬間。フィールド上に存在した3枚の魔法カードはガラスが砕け散るように姿を消し、それが呼び水であったかのように曇天が頭上を覆い始める。

 俺はそれを呆然と見上げる。やがてその雲間から稲光が覗き、青白い閃光は黄色く生物的な肉体へと変化していく。

 頑強な甲殻に覆われた、有翼の悪魔。人間など丸呑みできそうな口に生え揃った牙を威嚇するように上下させ、雷音のような咆哮が俺の耳を貫いた。

 

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 

「やっぱり、三幻魔――!」

 

 かつて、デュエルアカデミアの理事長を務める影丸理事が、若さの回復と世界の掌握を夢見て行使した人の手には余るカード群。

 まごうことなき神である三幻神には及ぶべくもないが、それでも十分に世界に影響を与えることが可能な、恐ろしいカードである。

 十代と俺の二人がかりで三幻魔は倒され、封印されたはずだったが……マルタンが復活させたのだろう。いや、この場合はユベルがというべきだろうか。

 その魂胆を知ることは出来ないが、しかしろくでもない事を考えているのは確かだろう。なにせ、ハモンという大きな力の現出を前に、目の前のソイツはいかにも可笑しそうに笑っているのだから。

 真っ当な人間なら、恐ろしさが先立ってそんな表情はできまい。だから、心底楽しいとばかりに笑うことが出来ているあいつが、三幻魔を良いことに使おうと思っているなんて考えられない。

 俺はなんてことをしてくれたんだという非難の色を込めて、電光を纏うハモンの向こう側に立つマルタンを見る。その視線に、マルタンは笑みを深めるだけだった。

 

「さて、それじゃあバトルといこうか。ハモンよ、カードガンナーを蹴散らせ! 《失楽の霹靂》!」

 

 マルタンの指示によって両腕を振り上げ叫ぶハモン。それに応えるように天が揺らぎ、その中空から雷の束が俺のフィールド目掛けて崩れ落ちるように襲い掛かった。

 

「く……罠カード発動! 《ガード・ブロック》! 俺が受ける戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

「けど、カードガンナーは破壊される。そして、それによってハモンの効果が発動する!」

 

 どうにか俺の眼前に張られた障壁によってダメージを防ぐことは出来た。しかし守られたのはあくまで俺自身。カードガンナーまでその効果が及ぶことはなく、激しい爆発音と共に雷に焼かれたカードガンナーが消えていく。

 そしてこの瞬間、一筋の電撃が空から時間差で降ってきた。

 

「戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手に1000ポイントのダメージを与える。……ふふ、《地獄の贖罪》!」

 

 電撃は俺の直上まで迫っていた。

 

 ――くるッ!

 

 覚悟を決め、俺は腹の底に力を入れる。

 直後、目の前が赤く染まった。

 

「ぐ、ぁああぁああッ!!」

 

 

遠也 LP:4000→3000

 

 

 電撃が身体の中を走る不快な感触に身をよじる。痛みが絶えず脳の神経を刺激し、頭が割れそうだった。

 そして気づけば、俺は両膝をついていた。一体いつの間に、と疑問がよぎったが、それよりも俺にはまだするべきことがあるのだと思考を無理やり働かせる。

 

「は、かいされた……カードガンナーの効果……! デッキから、1枚、ドロー……っ!」

「ふふ、僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了する」

「その、エンドフェイズッ、罠発動! 《リミット・リバース》ッ! 攻撃力1000以下のっ、モンスター1体を……攻撃表示で特殊召喚! ……《カードガンナー》!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 

 再び俺の場に現れる戦車を象ったロボット。その姿を確認して、俺は奥歯を噛みしめると緩やかに立ち上がる。

 マルタンが呆れと感心の中間のような声を漏らして見ているのがわかった。上からこちらを見つめる、実に不愉快な視線だった。

 それに屈してなるものか、と気合を入れる。そして二本の足でしっかり地面を捉えた俺は、荒い息はそのままにデッキの上に指を添えた。

 

「おれの、ターンッ!」

 

 はぁっ、と大きく息を吐き出す。そして今度は肺一杯に空気を吸い込むと、痛みと疲労で震えが伝わらないよう意識したために通常時よりも低音となった声を張り上げた。

 

「カードガンナーの効果により、デッキからカードを3枚墓地に送り、攻撃力をアップ!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 

 今回墓地に落ちた3枚のカードは、《貪欲な壺》《ゾンビキャリア》《調律》の3枚。先程の3枚と併せても、それほどいい結果ではない。マナが近くにいなければ、やはりこれぐらいになるのかと内心で嘆息しながら思った。

 それでも精霊による加護がなくなったわけではない。このターンのドローで、高レベルシンクロの素材となれるモンスターが来てくれたのがその証拠だ。なら、何としてでも勝ってみせる。

 

「カードガンナーを守備表示に変更! リミット・リバースで蘇生したモンスターは守備表示になった時、破壊される。カードガンナーを破壊! そしてカードガンナーの効果により1枚ドロー!」

 

 手札の補充は万全。そしてカードガンナーが破壊されたこの瞬間、手札のモンスター効果が発動する。

 

「自分フィールド上のモンスターが破壊された時、このカードは特殊召喚できる! 来い、《異界の棘紫竜(きょくしりゅう)》!」

 

 

《異界の棘紫竜》 ATK/2200 DEF/1100

 

 

 その名が示すように紫色の表皮に無数の棘を生やしたドラゴンが、せり出した目玉をぎょろりと動かしてフィールドを睥睨する。

 爬虫類独特の縦に割れた瞳孔が敵であるマルタンを捉え、群青色に揺らめく実体のないたてがみが一気に逆立った。

 

「更にチューナーモンスター《ロード・シンクロン》を召喚! そして墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》の効果発動! チューナーが場にいる時、墓地から特殊召喚できる!」

 

 

《ロード・シンクロン》 ATK/1600 DEF/800

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 

 続けて共に機械族のモンスターが2体。前者は上半身こそ人型のロボットであるが、腰から下がロードローラーのタイヤ状になっている。いかにも道の名を冠するに相応しい出で立ちだと言えるだろう。

 後者はもはや俺のデッキにとっては欠かすことのできないモンスターだ。チューナーが自分フィールド上に存在する時に墓地から蘇る効果を持った、シンクロ素材として幾度となくお世話になった縁の下の力持ちである。

 これで俺のフィールドには、チューナー1体を含む3体のモンスターが揃った。

 

「ロード・シンクロンはロード・ウォリアーのシンクロ素材としない場合、そのレベルを2として扱う! レベル5異界の棘紫竜とレベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル2となったロード・シンクロンをチューニング!」

 

 合計のレベルは9。二つの光るリングを形作ったその中心を、残る2体は七つの星となって駆け抜けていく。

 

「集いし嵐が、全てを隠す霞となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吹き荒べ、《ミスト・ウォーム》!」

 

 目も眩むほどの閃光。それが止まぬうちからフィールド上にうっすらと漂い始めた真っ白な靄。くるぶしほどの高さだったものが膝ほどまで。次第に上昇していったそれがやがて全身の輪郭すら曖昧なものにさせるほどになると、その中に巨大な影が這うようにして現れた。

 

 

《ミスト・ウォーム》 ATK/2500 DEF/1500

 

 

 静かにのっそりとフィールドに佇むのは、ライトパープルに染まった長い体躯を揺らす怪物だ。ウォームWurm――翼を持たない巨大な蛇のごとき竜、そのままの姿である。

 このモンスターは、シンクロ素材に3体以上を必ず要求するという条件にしては攻撃力が低く設定されている。しかし、それはつまり攻撃力を補うだけの特殊能力を持っているということであった。

 

「ミスト・ウォームの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを3枚まで選択して手札に戻す! 降雷皇ハモンと伏せカードを、手札に戻してもらう!」

「へぇ、面白い効果だね」

 

 ミスト・ウォームの表面から溢れ出した霧がマルタンのフィールドをすっぽりと覆って隠してしまう。そして、気付けばそのカードはフィールドから消え去り、マルタンの手元へととんぼ返りをする羽目になっていた。

 それを見つめるマルタンの態度に大きな変化はなく、やはり余裕を崩すことは出来ない。そのことに思わず眉が寄るが、ならば焦らざるを得ないほどに追い詰めてやると気を持ち直した。

 

「バトル! ミスト・ウォームでダイレクトアタック! 《ヴェイルド・ミスト》!」

 

 

マルタン LP:4000→1500

 

 

 ミスト・ウォームが放った霧の濁流がマルタンを直撃し、そのライフを大きく削る。しかしそれでもマルタンは薄く笑うだけで何も言わず、それを不気味に思いつつ俺は行動を続けた。

 

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー」

 

 俺のエンド宣言後すぐにデッキからカードを手札に加える。

 果たしてどんな戦術で来るのか。注意深く見る俺の前でマルタンはまず1枚のカードを手に取った。

 

「《キラー・トマト》を守備表示で召喚。カードを3枚伏せ、ターンエンド」

 

 

《キラー・トマト》 ATK/1400 DEF/1100

 

 

 トマト版ジャックランタン。そう表現するのが最も適当であろうトマトのモンスターが、そのくりぬかれた口を器用に揺らしてケタケタと笑う。

 キラー・トマト。墓地に送られた時にデッキからモンスターを特殊召喚する効果を持つ、いわゆるリクルーターの代表格ともいえるカードである。更に3枚の伏せカード。ここは警戒に警戒を重ねて臨むのが常道なのだろうが……。

 と、そこまで考えたところで一瞬視界がぼやける。慌てて頭を振り、俺は思考を阻もうとした脳内の靄を振り払う。

 このところの連続したデュエルとエナジーの吸収によって、半日程度では到底回復できないダメージを俺の体は受けている。今だって、限界に近いのだ。

 警戒し続けてターンを長引かせるほどの余裕は、今の俺にはない。ならばここは、攻めることで活路を見出す。

 

「俺のターン!」

 

 

 手札は5枚。この中で、いま俺が取るべき行動は何かと考える。

 

「チューナーモンスター《ニトロ・シンクロン》を召喚! 更に手札の《モノ・シンクロン》を墓地に送り、《THE トリッキー》を特殊召喚! このカードは手札を1枚捨てることで手札から特殊召喚できる!」

 

 

《ニトロ・シンクロン》 ATK/300 DEF/100

《THE トリッキー》 ATK/2000 DEF/1200

 

 

 赤いニトロボンベに顔と手足が生えた小柄なモンスター。更にその横にはクエスチョンマークを顔に貼りつけたピエロが並ぶ。

 レベルの合計は7となり、ニトロ・シンクロンを使用するレベル7といえば召喚するモンスターは決まっている。

 

「レベル5のTHE トリッキーにレベル2のニトロ・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 炎のように立ち上った光の中、いっそ乱暴なほどに拳を振るって飛び出してくる全身を緑に彩られた屈強な肉体。ニトロと名がつくだけあって、背部に存在する機構からは蒸気が噴き出してフィールドを若干の熱気に包む。

 盛り上がった筋肉が頼もしい強面の戦士が、悠然とミスト・ウォームの横に並んだ。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》ATK/2800 DEF/1800

 

 

「ここでニトロ・シンクロンの効果発動! ニトロ・シンクロンが「ニトロ」と名のつくシンクロモンスターの素材として墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする! 更に《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、手札の闇属性《アンノウン・シンクロン》を除外する!」

 

 通常魔法カード闇の誘惑による手札交換を行い、これで準備は完了した。ならば、あとは相手に攻撃を叩きこむだけだ。

 

「バトル! ミスト・ウォームでキラー・トマトに攻撃! 《ヴェイルド・ミスト》!」

「破壊されたキラー・トマトの効果。このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。僕は攻撃力0の《ファントム・オブ・カオス》を選択するよ」

 

 汽船の汽笛にも似た咆哮と共に吐き出された濃霧によって、キラー・トマトはその姿をすっぽりとその中に隠して倒れてしまう。が、キラー・トマトはリクルーター。破壊されてからが本領である。

 その証拠に、倒された直後、キラー・トマトが存在していた場所には異様な渦が生まれていた。最初は小さな歪みでしかなかったそれは、やがて這い出るように大きさを増していき、最後には人間一人を余裕で飲み込めるほどの大きさの黒い渦へと変貌した。

 

 

《ファントム・オブ・カオス》 ATK/0 DEF/0

 

 

 モンスターというには全く生物感がしない異質な姿。しかもその攻撃力は0でしかない。しかしこのモンスターは元の世界ではそれなりに名が知られたカードであったため、こいつが持つ厄介な効果を俺は知っている。

 とはいえ、いくら厄介な効果であろうと起動効果に過ぎない。ならば相手にターンが渡る前、ここで決着をつける。

 

「これで、終わりだ……! ニトロ・ウォリアーでファントム・オブ・カオスに攻撃! そしてこのダメージステップの間、魔法カードを使ったことによりニトロ・ウォリアーの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 

 闇の誘惑。それを使用したことにより、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は飛躍的にアップする。たとえ攻撃力増減の罠があったとしても、これならば十分にマルタンのライフを削り取ることが出来るはず。

 

「《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 そんな確信を持って繰り出されたニトロ・ウォリアーの拳は、しかしファントム・オブ・カオスを貫く直前で淡いブルーのバリアに阻まれた。

 

「リバースカードを2枚オープン! 永続罠《アストラルバリア》と《スピリットバリア》! アストラルバリアにより、僕のモンスターへの攻撃はライフへの直接攻撃となる。そしてスピリットバリアにより、僕の場にモンスターが存在する限り僕はダメージを受けない」

 

 アストラルバリアとスピリットバリア。組み合わせれば、どんな攻撃だろうとシャットアウトする頑強な攻撃ロック。どちらかを除去できればその均衡を崩すことは出来るが、既に最後のモンスターでのバトルステップを終えた今、たとえそれが出来たとしてもこのターンで決着をつけることは出来ない。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/3800→2800

 

 

 ニトロ・ウォリアーの攻撃力が元に戻る。そして手札を確認すれば、これ以上俺に出来ることは何もなかった。

 

「……っカードを1枚伏せ、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー」

 

 唇を噛みつつ俺がエンド宣言をすれば、マルタンはすかさずターンを開始する。

 そして今や明らかに肩で息をしている俺に、わざとらしい笑顔を向けた。

 

「ふふ、苦しそうだね。この異世界で、三幻魔の一撃はかなり効いたみたいだ」

「ぐ……!」

 

 悔しいが、その通りだった。

 現在俺のライフは3000ポイント。削られたのは、僅かに1000ポイントだ。しかし、ここは精霊が実体化する異世界。そのダメージもその全てとはいかなくともある程度は現実のものになるのだ。

 だが、これが他のモンスターからの攻撃ならこれほど消耗はしなかっただろう。三幻魔からの一撃であるから、1000ポイントという値でも大きく体力を削られているのだ。

 あまりこちらの状態を悟らせたくないが為に強い語調を意識して保ってきたが、限界に近づく身体は嘘をつくことが出来なかった。荒くなる呼吸にしっかり気づかれてしまっていた。

 しかし、それでもまだ負けたというわけじゃない。奥歯にぐっと力を込めて睨み返せば、マルタンは不敵な笑みを浮かべて手札に視線を落とした。

 

「僕は魔法カード《流転の宝札》を発動。デッキから2枚ドローし、ターン終了時に手札1枚を墓地に送る」

 

 宝札シリーズか。

 流転の宝札は、ターン終了時に手札1枚を墓地に送らなければ、3000ポイントのダメージを受けるデメリットがある。しかし、それを考慮しても2枚のドローは大きすぎる。

 案の定というべきか、新たに加わった手札2枚を見て、マルタンはその笑みを一層深くした。

 

「その苦しみから、すぐに解放してあげるよ。せめてもの情けとしてね。――永続罠発動、《ポールポジション》! フィールドで最も攻撃力が高いモンスターを選択し、そのモンスターは以後魔法カードの効果を受けなくなる。攻撃力が一番高いのは、当然君のニトロ・ウォリアーだ」

 

 マルタンが発動させたカードから白い光が溢れ、まるでヴェールで包むかのようにニトロ・ウォリアーを覆っていく。

 これで以後、ニトロ・ウォリアーは魔法カードの効果を受けることは出来ない。捉えようによっては利点にもなる効果である。

 

「どういう、つもりだ……いや、罠カードが3枚……!」

 

 そしてそれを特殊召喚条件としたモンスターが、三幻魔には存在する。

 鈍い思考の頭がそれを理解して叫んだ途端、マルタンは我が意を得たとばかりに声を上げた。

 

「そういうこと。僕はアストラルバリア、スピリットバリア、ポールポジションの3枚の永続罠を墓地に送り――《神炎皇ウリア》を特殊召喚!」

 

 直後、砂上の楼閣を襲う振動。疲れを強く見せる身体はそれに耐えられず、俺は思わず膝をつく。

 自然伏せそうになった顔を気力で上げてマルタンのフィールドを見れば、そこには地の底から這い出るように飛び出した赤いドラゴンの姿があった。

 マグマを思わせる真紅。首が痛くなるほど見上げた先にある頭部は、低い唸り声をこぼして、眼下の俺を射殺さんばかりに眼を細める。

 長い胴をゆっくりと折りたたんでようやくその全容をフィールド上に収めたそのドラゴンは、昂ぶる衝動そのままに雄叫びを轟かせ、大地を再び震えさせた。

 

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0 DEF/0

 

 

「ウリアの攻撃力は墓地にある罠カードの数で決まる。いま僕の墓地には5枚の罠カード。つまり、攻撃力は5000だ!」

 

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→5000

 

 

 アストラルバリア、スピリットバリア、ポールポジション、そして恐らくは手札抹殺の時に2枚、何がしかの罠カードを墓地に送っていたのだろう。

 攻撃力5000――現状ではとても敵わない攻撃力の出現に、一筋の汗が頬を伝う。

 

「ポールポジションが墓地に送られたことで、更なる効果が発動! このカードがフィールドを離れた時、その時点で最も攻撃力が高かったモンスター1体を破壊する! ニトロ・ウォリアーを破壊!」

 

 ウリアの召喚条件として墓地に送られた以上、当然ポールポジションが参照するのはウリアが召喚される以前のフィールドだ。そしてその時点で一番攻撃力が高かったのは俺のニトロ・ウォリアー。

 ニトロ・ウォリアーを包んでいた魔法の効果を防ぐ白いヴェールは、今や逆にその身体を締め上げる役割を担って、ニトロ・ウォリアーを破壊してしまう。

 

「そしてウリアの効果発動! 相手の場に伏せられている魔法・罠カード1枚を破壊する! 《トラップ・ディストラクション》!」

「《攻撃の無力化》が……!」

 

 ウリアがその大きな口を開いて空気を振動させる波動を放てば、俺の場に伏せられていたカードの1枚が為す術もなく破壊される。

 相手の攻撃を防ぎ、バトルフェイズを強制終了させる優秀なカウンター罠。ニトロ・ウォリアーという攻撃の要に加えて防御の要まで破壊され、いいようにされているこの現状に呻くことしかできない。

 

「そして僕は《ファントム・オブ・カオス》の効果を発動! 墓地のモンスターを除外することで、このターンの間、そのカード名と攻撃力、効果を得る。僕が指定するのは……《幻魔皇ラビエル》!」

「なっ!? ラビエルだと!?」

 

 一度としてフィールドに出ていない三幻魔の王。そのモンスターが何故墓地にいるのかなど、その答えは間違いなく先ほどのウリアの攻撃力上昇と同じだろう。

 手札抹殺。またしてもそれが有効に働いたということだ。

 

「これによってファントム・オブ・カオスのカード名は「幻魔皇ラビエル」となり、同じ効果と攻撃力を得る!」

 

 形を持たない渦でしかなかったファントム・オブ・カオスがゆっくりとその形態を変えていく。力の奔流でしかなかったそれが定形を得ていく様は、どこか粘土で模型を作る過程とよく似ている。

 気が付けば気味の悪い歪みでしかなかった姿はどこにもなく、そこには最後の三幻魔であるラビエルの姿を模した悪魔がそこにいた。

 本来青であるはずの体表は黒と灰色の中間といえるだろうカラーに固定され、ウリアと共に巨大な体躯でこちらを見下ろしている。

 

 

《ファントム・オブ・カオス》→《『幻魔皇ラビエル』》 ATK/0→4000

 

 

「く……」

 

 まぎれもない三幻魔のプレッシャー。かつて俺の隣で共に戦ってくれた十代は、今はいない。たった一人で三幻魔に向き合うその重圧――屈しそうになる心を、俺は必死で繋ぎとめていた。

 

「ただしファントム・オブ・カオスは戦闘で相手プレイヤーにダメージを与えることは出来ない。ふふ、安心した?」

 

 挑発するようなマルタンの声に、内心で知っていると答える。

 カード名と効果、更に攻撃力までコピーするという強力な効果であるのに、必要なのは対象が墓地にあることだけ。そのうえプレイヤーにダメージを通すことすら可能なのだとしたら、それはあまりにも強すぎるだろう。

 だからこそ、そのデメリットは当然というべきだ。しかし、それも今の俺にとっては気休めにしかならない。なにせ相手には他に攻撃力5000のウリアが控えているのだから。

 そしてそれをわかっているから、マルタンはわざわざ言葉にして俺に聞かせたのだろう。たかが気休めに縋らざるを得ない俺を嘲笑うために。

 それを理解して不快気に眉を寄せる俺に、マルタンは満足げに笑った。

 

「くく……それじゃあバトルだ! 『幻魔皇ラビエル』でミスト・ウォームに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「……ッ!」

 

 『幻魔皇ラビエル』の拳がミスト・ウォームを上から押しつぶし、圧潰させる。ミスト・ウォームとて十分に巨大なモンスターだが、それでもラビエルの前では脅威足り得ないということだろう。

 ファントム・オブ・カオスのデメリットによって俺にダメージこそないものの、これで俺のモンスターゾーンには1体のモンスターも残っていない。無防備な状態をさらけ出すこととなってしまった。

 

「これで君を守るものは何もない」

 

 静かに、しかし愉悦を含んだ声が俺の耳朶を叩く。そしてそれは反論のしようもない、どこまでも確かな現実だった。

 

「バイバイ、皆本遠也。――神炎皇ウリアでダイレクトアタック! 《ハイパー・ブレイズ》!」

 

 ウリアが口を開き、一瞬首をしならせて勢いをつけると、開いた口から白熱の火炎が一条の閃光となって放たれる。

 攻撃力5000による直接攻撃。喰らえば当然ひとたまりもないが、俺のフィールドに盾となってくれるモンスターはいない。

 なら、ここで負けるのか? そんな思考が頭をよぎり、勝利の笑みを浮かべるマルタンを視界に収める。

 きっと俺の身体ごと焼き尽くすであろう灼熱の一撃。それに俺が敗れる様を想像して口元を歪ませるアイツに、想像通りの展開を提供することになる。

 それは、嫌だった。意地でも、あんな奴に負けてなるものかと気を奮い立たせる。

 それに、俺にはまだまだ残したものが多すぎる。十代たちともっと馬鹿をやりたいし、楽しくデュエルをしたい。もっと皆と笑い合う未来を生きていきたい。

 

 そして、何より……!

 

 ――マナだけ残して、死んでやるわけにはいかないだろうが!

 

 

「リバースカード、オープンッ! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地のモンスター1体を攻撃表示で復活させる! 頼む、《ニトロ・ウォリアー》ッ!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 

 俺の呼びかけに応え、墓地から光に包まれて飛び出してくる深緑の戦士。その逞しい腕を構えて大地を踏みしめる姿からは、俺を傷つけさせまいとする優しさが感じられた。

 もちろん、そんなのは俺の勘違いかもしれない。しかしそれでも、確かにそれは彼からの信頼の形のように俺には感じられたのだった。

 

「なら、攻撃対象をニトロ・ウォリアーに変更するだけだよ。《ハイパー・ブレイズ》!」

 

 若干予定を狂わされたのが気に障ったのか、マルタンの声には棘がある。

 ウリアの口から放たれた閃光はマルタンの指示に従ってニトロ・ウォリアーに狙いを定め、その身を灼熱の光が蒸発させていく。

 ニトロ・ウォリアーは仁王立ちとなって俺の前に立ち塞がってくれたが、やがてその威力の大部分を殺してくれたところでついに倒されてしまう。

 そして残った余剰エネルギーが今度こそ過たず俺の身体に襲い掛かった。

 

「――ッ! ぐぁああぁああッ!!」

 

 

遠也 LP:3000→800

 

 

 想像を絶する痛みと熱。俺はたまらず膝から崩れ落ちて荒い息をこぼす。腕に着けていたデス・ベルトすら今の衝撃で破壊され、吹き飛んでしまったほどだ。

 とてもじゃないが、堪えきれるものじゃない。しかし、どうにか耐えることが出来たのは、ニトロ・ウォリアーをがギリギリまで攻撃を弱めてくれていたからだった。

 ありがとう、と寸でのところで俺の命を救ってくれたニトロ・ウォリアーに感謝を捧げ、俺は地に膝をつけたまま微かに笑みを浮かべた。

 

「……粘るね、なかなか。カードを1枚伏せて、ターンエンド。流転の宝札の効果で、手札の《降雷皇ハモン》を墓地に送るよ」

 

 呆れにも似た色を乗せた声。マルタンはひどく鬱陶しそうに俺を見てエンドフェイズの処理を行った。

 

 

《『幻魔皇ラビエル』》→《ファントム・オブ・カオス》 ATK/4000→0

 

 

 エンド宣言をしたことで、幻魔皇ラビエルを模していたファントム・オブ・カオスの姿が崩れ、元の形無き力の渦へと逆再生のごとく戻っていく。

 ファントム・オブ・カオスの効果は1ターンの間しか持続しない。これでマルタンは攻撃力0のモンスターを攻撃表示で残すこととなったわけだ。

 これこそがファントム・オブ・カオスの最大の弱点だ。返しのターンに弱い、というあからさまな弱み。ならば、あの伏せられたカードはほぼ間違いなくその弱点をカバーするものだと予想できる。

 しかし、それがどうしたというのか。それを突破しなければ勝てない以上、俺はそれをやり遂げなければならない。

 あの伏せカードが何であろうと、関係はない。あらゆる可能性を突き破り、俺はこのデュエルに勝利する!

 

「俺、の――!?」

 

 立ち上がり、カードを引こうとしたところで膝から力が抜け落ちる。

 傾いた身体をどうにか片足で支えて、もう一度足に力を込めた。

 

「はァ、く……俺の、ターンッ!」

 

 そしてデッキから引いたカードは、このデッキのエンジンともいうべきチューナーモンスターだった。

 

「きて、くれたか……ありがとう……」

 

 応えてくれたデッキに、俺に力を貸してくれるカードに心からの謝意を述べて、俺はそのカードをそのままフィールドに召喚した。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地からレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 橙色に統一された装甲とヘルメットが三等身の身体全体を覆い、間接から覗く機械の腕を伸縮させる。眼鏡をかけて白いマフラーをたなびかせたお馴染みのチューナーが、両腕を広げてポーズを決めた。

 続いて場に現れたのは、中華鍋を頭からかぶった二等身の機械族。手札抹殺の際に墓地に送っていたカードである。黄色いマフラーを着用したその姿は、どこかジャンク・シンクロンに通じるものがあった。

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したことにより、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 

 黒い防寒具に身を包み、その手にボウガンを持った異色の戦士。墓地からモンスターを特殊召喚できた時に自身を特殊召喚できるという非常に優秀な効果を持つ。

 これでフィールドにチューナーを含めて3体が揃ったわけだが、まだ終わりではない。ぼやける視界の中、俺は手札最後の1枚を手に取った。

 

「魔法カード……《アイアンコール》! 俺の場に機械族がいる時、墓地のレベル4以下の機械族モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! ただしそのモンスターはエンドフェイズに破壊される! ……レベル1のチューナー《モノ・シンクロン》を、特殊召喚!」

 

 俺の場には機械族のチューニング・サポーターがいる。よって、アイアンコールの発動条件は満たしている。

 そうして現れるのは、イエローとグリーンを基本カラーとした小さなロボット型モンスター。その両手に指はなく、平べったいそこはスタンプになっており、数字の1が彫り込まれていた。

 

 

《モノ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 

「モノ・シンクロンをシンクロ素材とする時、他の素材モンスターは戦士族または機械族でなければならず、そのレベルは1となる! ……この効果はモンスター効果として扱わないため、アイアンコールによって無効化されない! ぐ……俺、は……戦士族のドッペル・ウォリアーをレベル1として、レベル1のモノ・シンクロンをチューニングッ!」

 

 身体がふらつき、瞼が落ちそうになる。それを無理やり押さえつけて、モノ・シンクロンが数字の1というスタンプを押したドッペル・ウォリアーと、モノ・シンクロン自身に手を向ける。

 互いのレベルは現在1。合計レベルが2となるシンクロモンスターといえば、チューナーとしての特性も併せ持つシンクロンに名を連ねる1体。

 

「集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力……、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

 F1カーを象ったシンクロモンスターにしてチューナーという数少ないモンスター。赤、黄、緑、青といった原色に近いカラーリングを施されたフォーミュラ・シンクロンが守備表示を示すように腕を交差させて防御態勢を取った。

 

「フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする! そして……ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材となって墓地に送られたことで、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚!」

 

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 

 ドッペル・ウォリアーを小型化して二つに分けたようなモンスタートークン。レベル、ステータス共にちょうど半分になっていることから、分身というのはあながち間違った表現ではないのかもしれない。

 ドッペル・トークンは共に攻撃表示で特殊召喚される。ならば次のターンまで残しておくのは得策ではない。だからこそ、俺はすぐにシンクロ素材として活用する。

 

「レベル1ドッペル・トークン2体と、レベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 疾風の使者に鋼の願いが集う時、その願いは鉄壁の盾となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 現れよ、《ジャンク・ガードナー》!」

 

 眩いシンクロ召喚のエフェクトによる光を、暗緑色の鎧が反射させて煌めかせる。全身を同色の装甲で覆い尽くし両腕に大きな盾を装備した姿は、まさに防御の戦士と呼ぶにふさわしい。

 装甲がついていない銀色の腕部分を曲げて両腕の盾を前に突き出す構えを取り、ジャンク・ガードナーは守りの姿勢で静かに佇む。

 

 

《ジャンク・ガードナー》 ATK/1400 DEF/2600

 

 

「ハァ……ッ、チューニング・サポーターの効果で1枚ドローッ!」

 

 更に手札にカードを加える。今引いたのは、速攻魔法《禁じられた聖槍》。これで、更に行動の幅が増えた。

 しかし変わらず相手の場には攻撃力5000を誇るウリアがいる。容易には倒すことが出来ない攻撃力であるのは疑いようがない事実だ。

 だが、その事実をジャンク・ガードナーが覆す。

 

「ジャンク・ガードナーの……効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体の表示形式を変更する! 神炎皇ウリアを、守備表示に!」

 

 俺の指示によって、ジャンク・ガードナーが構えていた両腕の盾をぶつけあってガチンと音を鳴らすと、その両盾を一気に地面に突き刺した。

 すると振動が地面を伝わり、やがてその振動は地中から響く波動となってウリアに襲い掛かる。

 それによってウリアはたまらず守備態勢を取り、その高い攻撃力はこの時に限り意味を為さないものへと変化した。

 そして、ウリアにはある弱点がある。それは、墓地の罠カードの数で増加するのはあくまで攻撃力のみであるということだ。守備力は召喚に成功した時からずっと0のままだったのである。

 そして今、守備表示になったウリアはその低守備力をさらけ出している。相手の場には、攻撃力0のファントム・オブ・カオスと守備力0の神炎皇ウリア。これだけならば、充分に相手を倒すことが出来るだろう。

 しかし、あの伏せカード。それだけがネックだ。あれがもしこちらに破壊をもたらすカードならば、一転ピンチはこちらになる。

 この場において、そんな油断は致命的だ。だから、俺は全力でマルタンに勝ちに行く。

 

「墓地に存在する……《ゾンビキャリア》の、効果発動! 手札1枚を、デッキトップに戻すことで……このカードを墓地から特殊召喚するッ! 蘇れ、《ゾンビキャリア》!」

 

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 

 丸々と太った胴に、異様に長く分厚い腕。紫の表皮といういかにもゾンビらしい自然ではありえない皮膚を爛れさせ、既に眼球のない眼窩には不気味な光が明滅する。

 レベル2のアンデット族チューナー。その特殊召喚に成功したことを受け、俺は更なるシンクロ召喚に行動を移す。

 チリチリと瞼の裏に光が瞬く。それが意識を繋ぎとめるパイプが発する危険信号だと、俺は理解していた。

 もう今にも倒れてしまいそうな身体と、回線が途切れそうな意識を歯を食いしばることで支えながら、俺は絞り出すようにして声を張り上げる。

 

「レベル6ジャンク・ガードナーに! レベル2の、ゾンビキャリアをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ……!」

 

 震える指先がエクストラデッキから1枚のカードを抜き出す。力で叩きつけるというよりは重力に従ってディスクにカードを置き、俺は虚勢にも似た叫びをあげた。

 

「飛翔せよッ……――《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

 もはや無理やりにでも声を出さなければ、己を保つことさえできない。そんな俺自身の状態にもどかしさを抑えられない。

 そんな中、光芒を散らして羽ばたくスターダストの姿は、俺に一種の安堵感をもたらした。こいつがいれば、きっと大丈夫。そう思わせる信頼の証。それを肌で感じ取って、俺は現れた白銀のドラゴンに僅かに気を緩ませたことで生まれた笑みを向ける。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 俺の場にはスターダストと、フォーミュラ・シンクロン。あの伏せカードが破壊系のものであったとしても、スターダストならば防ぎきる。しかし、そうなるとスターダストはフィールドを離れ、フィニッシュを決めることは出来なくなってしまう。

 ならば、破壊を無効にし、かつフィールドに残るモンスターが必要だ。たとえ伏せカードが攻撃無効系の罠であったとしても、返しのターンで攻撃を防ぐことすら可能にする、このデッキの切り札。

 それを召喚することで、勝利への方程式は着実に完成に近づく。

 

「い、くぞ……!」

 

 素材は既にフィールドに揃っている。あとは、最後の指示を下すだけ。それだけだ。それだけでいい。

 

「レベル8、シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2……シンクロチューナー……」

 

 声が途切れる。

 おかしい。あとわずかでこのデュエルに決着をつけられるというのに、こんなところでなぜ声が出なくなってしまうのだろう。

 

「……《フォーミュラ・シンクロン》、を……――」

 

 頬に感じるのは、ざらざらとした不思議な感触。うっすらと目を開けてみれば、視界いっぱいに広がる砂の海。砂上の楼閣の地面に倒れ込んだのだと頭が理解するまでに、数秒かかる。そして、なにより自分がいつの間にか目を閉じていたことにも驚いた。

 しかし、それどころではない。まだデュエルは途中だったのだ。ここで戦いを放り出すわけにはいかない。俺とて、いっぱしのデュエリストなのだ。

 その意地が、身体を持ち上げようと試みる。しかし、俺の身体はピクリとも動かなかった。

 

 脳裏に、仲間たちの姿がよぎった。十代、翔、剣山、万丈目、明日香、レイ、三沢、ヨハン、ジム、オブライエン……。クロノス先生にナポレオン教頭、鮎川先生など、この世界で苦を共にしてきた仲間たち。

 そして、パラドックス。未来に絶望し俺を殺そうとしてきたものの、数日ですっかり気を許すようになってしまった男。未来を変えると宣言してみせた以上、俺はここで死ぬわけにはいかない。その意志が、僅かに身体を押す。

 

 ――マナ……。

 

 しかし、動いたのはその数センチだけ。僅かに伸びた手がエクストラデッキを収めたデッキケースに近づいたところで、俺の身体はそれ以上動くことを拒絶する。

 

 ……また、無茶なことをしたと怒られそうだな。

 

 心配性な恋人の嘆息する姿を思い浮かべ、俺は微苦笑を浮かべる。

 同時に、俺の意識は完全な闇に包まれた。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 目の前で倒れた遠也に、マルタンは一つ溜め息をついた。

 それは手間を取らされたことへの苛立ちを吐き出すかのようであり、予想外に喰らいついてきた現状から解放された安堵のようにも感じられる。

 無論、後者であったとしてもその事実をマルタンが認めることはない。彼にとっていま重要なのは、遠也がついに潰れてくれたということ。時間的にもそろそろ三十分であり、暇つぶしとしてはなかなかいい時間だったと言えるだろう。

 マルタンは神炎皇ウリアとファントム・オブ・カオスのカード、そして伏せていた永続罠《カオス・フォーム》をデッキに回収し、デュエルディスク化していた左腕も元に戻す。

 そして砂上の楼閣の対面にて倒れる遠也の元へと歩を進めた。デュエルをするために必要なスペースが間にあるとはいえ、その距離はせいぜい十メートルあるかないかだ。すぐに倒れ伏す遠也の元に辿り着いたマルタンは、その二の腕を掴むと力任せに引き上げて、苦しげに呻く遠也の顔を覗き込む。

 

「十代の隣にいるのは、僕だけでいい」

 

 凶笑。そしてマルタンが腕を一振りすると、やがてその背後に小さな穴が開く。

 空間に作られたその穴は見る見るうちに広がっていき、ついには人間一人ならば十分に通れるほどの大きさへと拡張した。

 その向こうに広がるのは、先が見えない漆黒の世界。そこはこの次元とも、元の世界の次元とも違う何処かへと繋がる、異次元への扉である。

 マルタンは、もはや自分の手を汚すことすら面倒くさがった。この男のために労力を割くこと自体、気に障る行為であるためだった。

 そのため、この方法を思いついたのだ。ならば、次元の狭間にでも捨ててしまえばいい、と。

 それを実行しようとこの穴を作り出し、あとはこの男を放り込むだけ。そこまできたところで、マルタンは砂上の楼閣を駆けあがってくる何者かの存在に気付いた。

 この状況、この時間。ならば、ここに来るのは一人しかいない。マルタンはそれまでの狂った表情が嘘であるかのように喜びの笑みを浮かべる。愛しい愛しい十代。彼がここにやって来る。そう思うと、胸が高鳴った。

 なら、やはり歓迎しなければ。そう考えた時、マルタンは最高の歓迎を思いついた。十代に痛みという名の愛を与える、最高の方法を。

 自分が受けた痛みの少しでも感じてくれれば、こんなに嬉しいことはない。陶然とした様子でそうなった時の情景を想像するマルタン。その眼前に、ついに地上から続く階段を登りきった二人が姿を現した。

 十代の隣にいる存在に、マルタンは鼻白む。しかし、それ以上にこの場所に辿り着いた二人は目の前に現状に驚愕していた。

 

「な、遠也!?」

「遠也ッ!」

 

 一人は十代。マルタンに腕を掴まれ、引きずられた状態の親友の姿に、驚きの声を上げる。

 そしてもう一人はマナ。ハモンの雷、ウリアの炎。それによってボロボロとなった姿で意識を失っている遠也に、切迫した声を出す。どこか悲鳴混じりのそれに、マルタンは鼻を鳴らした。

 瞬間、マナが杖を構えてマルタンに肉薄する。しかし、それを予想しないわけもなく、マルタンの前にはオレンジ色の障壁が張られ、マナはその壁に弾かれて近づくことも出来なかった。

 

「この……っ! 遠也を離して!」

 

 今度は魔力を練り込み、魔法による攻撃を放つ。しかしそれもマルタンに届くことはなく、目前のバリアによって霧散した。

 それを何でもない事のように見届けたマルタンは、「離して、だって?」とマナの最後の言葉を繰り返すと、背後の黒い穴を一瞥する。

 それを見て、一瞬で嫌な予感に心を冷やしこまれたのは十代とマナだ。何故なら、怖気が走るほどにその黒い穴から恐ろしい何かを感じ取ったからである。特に魔術に明るいマナは、あの黒い穴が何か取り返しのつかないものであると感覚的に悟っていた。

 即座に「やめろ」と制止の声をかけようとする。

 しかし一歩、マルタンのほうが早かった。

 

「じゃあ、離してあげるよ」

 

 遠也の腕を掴んでいた手を思いっきり振り抜き、背後を向いたところでぱっと開かれる。

 慣性の法則に従い、遠也の身体は漆黒の穴に呑みこまれていく。それを呆然と見ていることしかできない二人に、マルタンは口元の笑みを隠そうともしない。

 

 その時、不意に遠也の目が僅かに開かれた。一瞬瞳が動き、状況をすぐに察する。そして十代とマナ、二人の視線とぶつかり合うと……。

 

 ――わ、るい……。

 

 それだけの言葉を残して、遠也は漆黒の中に消えていき――見えなくなった。

 直後、霞のように穴は消え去り、遠也がいた痕跡も同時に消滅する。

 

 最終決戦の場。似つかわしくない沈黙が、周囲を包み込んだ。

 

 

「……ぁ――」

 

 

 やがて、ぽつりとこぼれたのは、かすれた声。

 それは、すぐにより大きく、より激しく、より強くなって零れ落ちる。

 

 

「――ぁああぁあッ!」

 

 

 その声はマナの口から出たものだった。

 嗚咽とも怒号ともとれる咆哮。同時に、あらん限りの魔力をかき集め、特大の魔術を起動させる。

 紫電を纏い、さながら小さな太陽のようになった黒い魔力の球体は、溢れるエネルギーがコロナを作り出すほどに極大の危険物と化す。

 それを躊躇いなくマルタンの障壁に向けてマナは解き放つ。文字通りの全身全霊を傾けたその一撃は、僅かな拮抗の末についにその障壁を破壊しつくした。

 

 が、その拮抗による数瞬はマルタンに行動を起こす十分な時間を与えていた。

 

「君は邪魔だ。大人しくしていてもらうよ」

 

 マナの目の前。いつの間にか出現していたマルタンは、異形の左腕からエネルギー弾を生み出し、それをマナへと叩きこむ。

 至近距離、魔力を使い切ったマナは無抵抗でそれを受け、地面にどさりと倒れ込んだ。

 

「お、おい、マナ!?」

「安心しなよ、十代。気絶しただけさ」

 

 慌てて駆け寄る十代に、マルタンは平静な口調でそう答える。

 それに、十代は抑えきれない怒りを湛えた目でマルタンを鋭く睨みつけた。

 

「なんだよ……なんだってこんなことをするんだよ! 遠也も、マナも! お前に何をしたっていうんだよ! マルタンッ!」

 

 喉が潰れるのではないかというほどの、強い叫び。目の前で親友が消え、そしてその恋人を傷つけられた。どうしようもない怒りがこみあげる。

 怒りによって肩が震える。そんなことが本当にあるものなのだと、十代は激しい怒りの中で知る。

 そしてその十代の詰問に、マルタンはそれこそ愚問だとばかりに答えてみせた。

 

「“加納マルタン”には、何もしていないさ。けど、“僕”にとっては皆本遠也はすごく邪魔だったんだよ、十代」

「わけわかんねぇことを……!」

 

 加納マルタンと自分が別のモノであるかのような言い方。それを十代はただの言い訳だと捉えた。

 再び激昂する十代に、マルタンは悲しそうに首を横に振った。

 

「十代、何をそんなに怒っているんだい。僕は君に教えられた愛を実践しているだけだというのに」

「何を――」

「あの時、君の手で僕は宇宙に飛ばされた。その後どうにか帰ってこれたけど、地球に戻る時は苦しかったし、痛かったよ。……ねぇ、十代。それが君の愛なんだろう? 痛みが、苦しみが、君から僕への愛の深さなんだ」

 

 陶酔したように言うマルタンに、十代は絶句する。

 自分の手で宇宙に飛ばした。そんな存在に、十代は心当たりがあったのだ。

 

 ――幼い頃、十代のフェイバリットカードはHEROではなかった。その当時の十代は今ほどデュエルが強くなく、負け続け。フェイバリットカードはレベル10という最上級であることから出しにくく、そして効果も扱いづらいものだった。

 そのため、十代はデュエルに勝つことが出来ず悔しさを感じる日々が続く。

 そんな時、徐々に十代の周囲で異常が起こり始める。十代と対戦した者がことごとく不幸な事故に見舞われて負傷するなどといった事態が相次いだのだ。これの原因を、十代はそのフェイバリットカードのせいだと悟った。

 精霊の声を聴く力を持っていた十代には、そのことがわかったのだ。

 そのため、十代は海馬コーポレーションが主催したイベントにそのカードを送った。曰く、宇宙のエネルギーを取り込んだカードを作るという、その企画。

 それによって、宇宙で正義のエネルギーを受けて心を入れ替えてくれることを十代は願ったのだ。

 

 その事実を知る者は、数少ない。そしてマルタンは確実にその一人ではなく、更に自分が体験してきたかのように語る存在とくれば、そのかつてのフェイバリットカード自身に他ならない。

 

 すなわち。

 

 

「……ゆ、べる……? お前、《ユベル》なのか……?」

 

 

 呆然と呼ばれたその名前に、マルタンは花咲くような笑みを浮かべる。

 

「さぁ、十代。デュエルをしよう。僕の愛を、君に刻みつけてあげるよ」

 

 デュエルディスクを構え、デッキからカードを引くマルタン――ユベルに、十代は暫く動くことが出来なかった。

 やがて緩慢な動きでデュエルディスクを展開し、カードを引く。

 

 なぜユベルが。どうして。こんな。

 

 様々な思いが胸中をよぎり、十代の思考を奪っていく。しかしある一つの可能性に思い当たった時、それまでの雑念が一気に消え去り、思考がその可能性に向かって固定された。

 

 このデュエルに勝てば、遠也は戻ってくるかもしれない。

 

 それに思い至り、十代は散り散りだった思考をデュエルの勝利へと傾けさせる。更にこのデュエルの中で、後から来るだろうヨハンがレインボー・ドラゴンを召喚すれば、全員が元の世界に帰ることも夢ではない。

 なら、今はそれを信じてこのデュエルに勝つしかない。

 様々な疑問。ユベルが親友を奪った動揺。それら全てに今は蓋をして、十代はデュエルの勝利を目指す。

 これに勝った時は、きっと全てが元に戻っている。そんな希望に縋るようにして。

 

 この世界最後のデュエルが行われた。

 

 

 

 

 


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