遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第67話 表裏

 

 マルタンを追って三幻魔が封印されている地下洞窟に入っていった十代は、ただひたすらに走り続けた。十代には、必ず自分は追いつけるというか自信があったのだ。

 それというのも、まず十代とマルタンでは身長と体格ともに十代のほうに分があり、そのうえ運動神経ならばそう簡単に負けないと自負していたからである。

 ゆえに、全力で走り続ければ遠からぬうちに追いつけるはず。十代はそう判断したのである。

 そしてそれは実際にそうだった。今のペースを維持して走り続ければ、十代は余裕を持ってマルタンに追いつける。二人の間にはそれほどスピードの差があったのだ。実際に走る十代にその事実を知る術はないが、その推測は正しいものだったのだ。

 

 尤も、

 

「だぁ、もう! 俺は先を急いでるって言ってるだろうが!」

「でゅえるぅ~」

「でゅえるぅ……」

 

 それは何の妨害もなければの話だが。

 

 走る十代の前に現れたのは、人が二人並んで進むのがやっとの広さに対してぎゅうぎゅうに詰め込まれたデュエルゾンビたち。

 文字通りに立ち塞がった彼らは、どこから出てきたのかその膨大な数によって物理的に十代の足を止めることに成功していた。

 そしてその状況に十代は思わずぎりりと歯を擦り合わせた。そういえばここに辿り着くまでに全くデュエルゾンビに出遭わなかったことを思い出したのだ。

 そう、全くである。正面玄関そばからここまでただの一人も彼らに遭わないなど、今思えば異常以外の何物でもない。

 恐らくマルタンは元から追ってくる者を排除するためにデュエルゾンビたちを集めていたのだろう。そして今、先に進むマルタンを追う何者かを邪魔するために、配置されたデュエルゾンビたちはその命令を忠実に守っているというわけだった。

 ようやくマルタンの思惑に気が付いた十代は、デュエルゾンビと化した生徒たちに会わずに来れたとただ喜んでいたことを悔しく思う。もっと、楽にすぎたこれまでの道程を警戒するべきだったのだ。

 とはいえ、過ぎたことを今更言っても仕方がない。気持ちを切り替えて、十代は険しい顔で左腕のデュエルディスクを掲げた。

 

「悪いけど、一人ひとり相手なんてしてたらこっちがもたねぇ。無理やりにでも突破させてもらうぜ!」

 

 言って十代はデッキからカードを引く。それにつられるように道を塞ぐ彼らもカードを手に持った。

 そして薄暗い洞窟の中、互いのモンスターがぶつかりあう激音が響き渡った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一方、先を進むマルタンはこれまでの狭い通路が嘘のように開けた場所へと足を踏み入れることとなった。

 巨大な石柱がドーム状の石窟を支える天然のホールは、まるで待ち構えていたかのようにマルタンを迎え入れる。

 走るのを止めてゆっくりと歩き出したマルタンは、周囲に視線を走らせ、やがてホールの片隅に打ち捨てられているものを発見する。

 それはこの石器時代を思わせる洞窟には似つかわしくない機械。もっとも下の台座と思われる部分を含めたその多くは土に埋まってしまっている。

 土に汚れ、お世辞にも綺麗とは言い難い代物であったが、しかしマルタンはそれを見て暗い喜びをその表情に現した。その機械の中に収められているものこそ、マルタンが望むものであったからだ。

 早速それを手中に収めんとマルタンはそちらに足を向ける。

 そして、すぐにぴたりと止めて自分が来た通路へと振り返った。

 

「――十代かと思えば、君か。アモン・ガラム」

「………………」

 

 マルタンが微かな笑みを滲ませて言えば、その声に応えるように通路奥の暗がりから一人の男が姿を見せる。

 赤く逆立てた髪に、濃い緑の外套。眼鏡の奥から鋭い視線をマルタンへと向け、名を呼ばれたアモンがマルタンを見る。そして次にその足元に目を向け、その進む先に見える鉄製の物体を認めて目を見開いた。

 

「それは……! それの中に、三幻魔のカードが――」

「そうだよ。だけど、君がまさかここまで来るとはね。僕の人を見る目もなかなか……ふふ」

 

 そう言って不気味に笑うマルタンに、アモンは険しい表情になる。

 

「マルタン! いや、名も知らぬ何者かよ! 僕が知りたいことはただ一つ! お前が、ガラム財閥にとって害となるか否かだけだ!」

「なるほどね。じゃあ、もし僕がガラム財閥にとって害になるなら?」

「当然、今ここで僕が叩き潰す……!」

 

 アモンがそう言えば、マルタンは面白いことを聞いたとばかりに声を上げて笑う。アモンは馬鹿にされたと感じるも、苛立ちはその強固な意志で押さえつけて油断なくマルタンを見る。

 そしてそんなアモンを、やはりマルタンは愉快気に見ていた。

 

「君のそのガラム財閥のために自分の全てを投げ捨てる強い意志、感服するよ。いや、正確には君の弟のため、かな」

「っ貴様……!」

「だけど、残念だ。その強い意志は疑いを抱くことない絶対の存在として君の中に確立されている。そう、まるで神のように。――けど、それは本当に君の望みなのか?」

 

 瞬間、アモンの心は激しく乱れた。

 

「何が、言いたい……!」

 

 しかしアモンは己の動揺を悟られぬよう、強い声を発した。しかしそれと同時に何故自分は動揺したのかと考えてしまう。

 自分は弟のために己の全てを捧げると誓った。その誓いに、一片の曇りもない。何故なら、それこそが自分を拾って育ててくれたガラム家への恩返しであり、一時は殺したいと思うほどの憎しみを持った弟への贖罪となるからだ。

 そうだ、だから何も問題はない。アモンは改めてその思いを強くする。ガラム家への恩、そして弟への贖罪、なにより自分を慕う弟のために兄である自分が尽くすのは、当たり前のことなはず。だから、自分はそのために――。

 

「だけどそこに、君自身が願うナニカはあるのかな?」

 

 その言葉に、はっと顔をあげるアモン。

 ガラム家への恩、弟への贖罪、兄が弟のために動く。それは全て、義理であり、罪滅ぼしであり、そして常識的にそうするものであるとアモンが考えているからだった。

 決して、アモンが心の底からこうしたいと願ったわけではなかったのである。

 それに気づいて愕然とするアモンに、マルタンはその異形と化した左腕を掲げた。

 

「デュエルをしよう、アモン。僕に勝ったら、三幻魔のカードを君に譲ってもいい。あれほどの力がある物なら、まだ見ぬ君自身の願いも叶うかもね」

 

 徐々にデュエルディスクの形へと変化していくマルタンの腕。それを見つつ、アモンはその魅力的な提案に抗えない自分がいることに気が付いていた。

 このデュエルは、マルタンの……その中にいる何者かが一体どういう存在であるのかの調査である。

 己の心にそう理由をつけ、アモンはデュエルディスクを展開する。しかしその表情には、彼自身が知らずとも強大な力に対する欲望の色を覗かせた笑みが浮かび上がっていた。

 そしてそれを見てとったマルタンも、アモンの心の奥底に眠っていた心の闇が表出しかかっていることを察し、笑みを浮かべる。

 そうして互いに向き合った二人は、同時にデッキから5枚のカードを手に持った。

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 互いの開始宣言によって始まった世界越しのデュエルに、ヨハンとカイザーはそれぞれ不敵な笑みを浮かべて臨んでいた。

 カイザーはアカデミア時代に同年代最強と噂され、プロとしても音に聞こえた実力者。そのカイザーとこうして相まみえることが出来る。そのことに、切迫した状況に置かれながらもヨハンは喜びを感じていた。

 一方カイザーも、世界で唯一の《宝玉獣》使いであるヨハンとのデュエルに沸き立つ心を抑えられなかった。まだ見ぬカード、戦術。それらと戦うことは、数々のデュエルをこなしてきたプロであるカイザーにとっても興味が尽きない事である。

 十代、遠也、エド、万丈目をはじめとした自身の後輩たち。更にこのヨハンに、ジムにオブライエンにアモン。後者四人の実力をカイザーは知らないが、自らを後ろから追ってくる足音に、先輩として何としてでも応えてやろうと息まく。

 

 もっとも遠也に関しては、後輩ではあっても戦績では勝ち越されており、追ってきているかといわれればそうではない。

 むしろ、自分こそが追う立場であるとカイザーは考える。それは、光の結社事件の際に破滅の光に付け込まれた自分を苦々しく思うからこその考えでもあった。

 あの時、自分を助けてくれたのは遠也である。なのに、どの口がそんな彼を追う者だなどと言えるであろうか。少なくとも、堂々とそんなことを言えるほどカイザーは厚顔ではなかった。

 自分にはまだ力が足りない。だからこそ、カイザーは更に上を求める。後輩の超えるべき壁であるために。そして、一方的に誰かに助けられるような男にならないために。

 そのために、カイザーは研鑽を積んできた。そして今、その成果を見せる時が来たのである。

 エドにこの話を持ちかけられたとき、カイザーは弟である翔が巻き込まれていることもあってすぐに承諾した。加えて多くの後輩たちに恩師、更に十代や遠也に明日香といった仲間たちもいるのだ。放っておけるわけがなかった。

 しかし、このデュエルを引き受けた理由はそれだけではない。カイザーにはあと一つ、譲ることのできない理由があったのだ。それは一種の恩返しともいえるもの。

 

(遠也……あの時の借りを返そう。お前を、お前たちを、必ずこちらの世界に戻してみせる!)

 

 それは、破滅の光に乗っ取られた自分を命がけで助けてくれたという恩。今こそそれを返す時。その強い意志を瞳に込めて、カイザーは映像の向こうでカードを引くヨハンを見つめた。

 

 

ヨハン・アンデルセン LP:4000

丸藤亮 LP:4000

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、ヨハンは手札の全てを見渡す。そしてそのうちの1枚を見て僅かに笑むと、それを手に取ってそのままディスクにセットした。

 

「俺は《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》を守備表示で召喚!」

『ルビー!』

 

 

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 

 淡い紫に染まった小さな身体を揺らし、名が示すように赤く輝く目をきりっと吊り上げたルビーがヨハンのフィールドで尻尾を巻きこむようにして丸くなった。

 守備表示、ということだろう。しかしルビーはやる気に溢れているようで、振り返ってヨハンを見る目がどこか責めているようでもあった。

 それを感じ取り、ヨハンは苦笑する。

 

「更に俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そしてヨハンは「悪いな、ルビー」と小さく謝る。それに気を良くしたのか小さな頭で鷹揚に頷いたルビーは、その視線を相対するカイザーに移す。

 映像の向こうで、カイザーはデッキに指をかけたところだった。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そしてカイザーも同じく己の手札を睥睨する。そして取るべき戦術を決めたのだろう、不敵に笑う口が開かれ、いかにも楽しそうな声音が世界を越えてヨハンたちへと届けられた。

 

「いくぞ、ヨハン! 俺は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、手札を2枚捨てる! そしてこのカードは相手の場にモンスターが存在し俺の場にモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できる!」

 

 その効果の説明に、ヨハンは「きたか」と小さく呟いて身構える。

 そしてそれは、この場にいる他の面々にとっても同じことだった。相手のフィールドに依存するものの、非常に容易な特殊召喚条件。それゆえ後攻有利の代名詞とでもいうべきカイザーのエース。

 それを近くで見てきた馴染みの面子の内、万丈目が「早速来るか」と声を漏らせば、明日香がそれに「ええ」と返す。

 その直後、カイザーの場に現れたのは機械仕掛けのドラゴンが一頭。

 

「出でよ、《サイバー・ドラゴン》!」

 

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 

 光と共にフィールドに姿を現したのは、三メートルはあろうかという白銀の機械竜。金属が擦れ合うような甲高い鳴き声を轟かせ、カイザーの相棒がその姿を現した。

 攻撃力2100という値は下級アタッカーほぼ全てを上回ると言ってもいい打点である。召喚権を残したままこのモンスターが出てくる、それこそがサイバー流の基本にして極意であると言えるだろう。

 下級アタッカーをほぼ確実に上回るということは、相手が出したモンスターを先に潰して展開を阻害できるということだ。ゆえに強力。

 しかし、カイザーたる者がそれだけで終わるはずがない。誰もがそう思い、そしてそれはどこまでも正しい考えであった。

 

「更に《オーバーロード・フュージョン》を発動! 自分フィールド上と墓地から素材となるモンスターを除外し、闇属性・機械族の融合モンスターを融合召喚する! 俺は場のサイバー・ドラゴンと墓地のもう1体の《サイバー・ドラゴン》、《サイバー・ヴァリー》を除外!」

 

 墓地のサイバー・ドラゴン、更にサイバー・ヴァリーが一瞬だけフィールドに現れ、場に存在したサイバー・ドラゴンと共に消えていく。

 そして、すぐにカイザーのフィールドに地響きが轟き始める。

 

「現れろ……《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!」

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/? DEF/?

 

 

 いくつかの穴が開いた巨大な胴体部分。その穴からサイバー・ドラゴンに似た造りをした竜の首が三本、顔を覗かせる。

 サイバー・ドラゴンよりはいくらか黒が混じった鋼の竜。その姿に、昔のカイザーを知る者ほど首を傾げる。しかし、そんな彼らの疑問など置き去りにし、カイザーの行動は更に続く。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力・守備力は素材としたモンスターの数×800ポイント! よってその攻撃力は2400! 更にキメラテック・オーバー・ドラゴンは素材となったモンスターの数だけ相手モンスターに攻撃を行うことが出来る!」

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/?→2400 DEF/?→2400

 

 

「な、なんだって!?」

 

 ヨハンがあまりのことに目を見張る。

 素材となったのは、サイバー・ドラゴン2体とサイバー・ヴァリー1体。つまり合計で3体。となれば、キメラテック・オーバー・ドラゴンは計3回モンスターに攻撃することが出来るというわけだ。

 凄まじいまでの殲滅力。その強力な効果に、ヨハンのフィールドにて丸くなっているルビーも怯んだように身を震わせた。

 

「更に《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚! このカードはフィールド上に存在する限り、そのカード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う!」

 

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

 

 更に、とカイザーは続ける。

 

「速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動! コストとしてライフを半分払うことで、俺は機械族融合モンスターを融合召喚する時の素材を全て墓地で賄うことが出来る!」

 

 

亮 LP:4000→2000

 

 

「そして《融合》を発動! フィールド上の「サイバー・ドラゴン」として扱うプロト・サイバー・ドラゴンと、墓地に存在する2体のサイバー・ドラゴンを除外! ――出でよ……我が魂! 《サイバー・エンド・ドラゴン》ッ!」

 

 カイザーが声の限りにその名を叫び、応えるように現れるのは白銀の身体に陽光を反射させて輝く鋼の三つ首竜。

 サイバー流の切り札であり、カイザーが最も信頼する最強のモンスター。攻撃力4000という単体火力としては最上級の威力を秘めた超大型モンスターの登場であった。

 

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 

「す……すげぇッ……!」

 

 映像越しにも伝わってくる迫力、威圧感。それに武者震いに包まれる身体を叱咤して、ヨハンはただただ感嘆の声を漏らした。

 手札5枚を使い切るパワフルな戦術。それによって生み出された大型モンスター2体。油断すれば、一瞬で蹂躙されるであろうそれはもはや暴力に近い。

 しかし、そんな暴力を使いこなし、見事に顕現させたカイザーのタクティクス。ヨハンはただただそんな相手と戦える幸運に喜びを感じていた。

 後ろで見ている多くも、改めてカイザーの凄さを見せつけられたといった様子である。信じられない、と三沢は驚きの声を上げる。

 

「1ターンで攻撃力4000貫通効果持ちのサイバー・エンド! しかも攻撃力2400で3回攻撃が出来るキメラテック・オーバー・ドラゴンまで! カイザー、その腕に陰りなしか。いや、むしろ強くなっている……!」

「Unbelievable! これが、カイザーと呼ばれた男の実力か!」

 

 三沢と同じくジムもまたそのパワータクティクスに興奮した声を上げる。それはオブライエンも同じようで、戦士の血が騒ぐのか好戦的な目でカイザーを見つめていた。

 そんな中、まずはレイが「おかしいなぁ」と声を上げ、それにマナが「どうしたの?」と問いかける。

 

「ねぇマナさん。亮先輩、あんなカード使ってたかな?」

「そういえば……。ううん、少なくとも私は見たことがないよ。遠也とのデュエルでも見たことなかったし……」

 

 あれ? とレイとマナは揃って首を傾げる。そんな二人を苦笑して見ていた明日香は、二人に聞こえるように口を開いた。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴン……その属性は闇。亮は光属性にこだわっているところがあったから、これまでは使ってこなかったのね。けど、今はそれをデッキに入れている。……亮は、本気だわ。全力で、相手に応えようとしている」

 

 サイバー流のカードは基本的に光属性機械族。そのことに誇りを持っていたかつてのカイザーならば、決して選択しなかったであろうモンスター。

 しかし、今はそれを躊躇なく使用している。一体どんな心境の変化があったのか、それは付き合いの長い明日香にもわからないことだった。

 

「へへ、さすがだぜ、カイザー。手を抜かれて喜ぶデュエリストはいないもんな。たとえそれがどれだけ圧倒的でも、常に全力で相手を倒す。それこそが、相手への敬意にもつながるってことか。リスペクトデュエル……なんとなくわかった気がするぜ」

「ありがとう、ヨハン。そうだ、手を抜かれて喜ぶデュエリストなどいない。ゆえに、俺は誰であろうと持てる全てを懸けてデュエルに臨む!」

 

 無邪気に喜びの気持ちを向けてくるヨハンに、カイザーもまた軽く微笑んで偽らざる自分の気持ちを打ち明ける。

 かつては相手も楽しんでデュエルが出来るようにとあえて相手の様子を見ることもあったカイザー。それこそが相手のことを尊重するデュエルであると信じた。

 今まではそれでもよかった。何故なら、相手もカイザーとデュエルするだけで満足していたから。そんな記念デュエルなんてものが生まれるほどにカイザーの力は隔絶していた。この時のカイザーに求められていたのは、皆の憧れの存在であること。ならば、その在り方は間違ってはいなかったのだろう。

 しかし、そんな演出をしていては負ける相手と出会ったことで、カイザーは変わり始めた。

 

 皆本遠也。全力で挑み、自分と引き分けた相手。

 あの時は余裕などなかった。やらなければやられる。そんな緊張感の中にあったのだから。しかし、それは同時にとても楽しい時間でもあったのだった。

 それから遠也とは何度も戦い、勝ち負けを繰り返した。遠也とのデュエルでは、様子を見る余裕は常になかった。隙を見せれば、僅か1ターンで強力なモンスターが並ぶこともあったのだ。そんな余裕があるはずがない。

 しかしカイザーにも1ターンで巻き返す手段はいくらでもあった。サイバー流ならば、それは容易に可能なことである。

 ゆえに遠也も様子を見ることなどしない。常に全力で遠也とカイザーは向き合ってきた。そのため、開始直後に決着がつくなんてこともざらだった。しかしそれでも、それだけ自分に本気で相対してくれたのだと思うと清々しい気持ちになれたものだった。

 

 そうして全力を出し合うデュエルの中、ふとカイザーは気づいた。相手の力を見るかのような場面を作らずとも、自分は今楽しくデュエルが出来ているじゃないか、と。

 1ターンで勝敗が決まった時でさえ、全力で自分に応えてくれたのだという満足感さえあった。今までの自分が考えていたリスペクトデュエルでは、1ターンで相手を叩き潰すだけなど言語道断である。しかし、自分は満足している。何故なのか。カイザーは疑問に思った。

 そしてその疑問を、直接遠也に聞いてみたのだ。その時の呆れたような物言いを、カイザーは今でも覚えている。

 

「お前、難しいこと考えるなぁ。相手が全力を尽くす。ならこっちも全力を尽くす。それだけだろ?」

 

 シンプルじゃん、なに悩んでんの?

 最後にそう付け足され、カチンときてもう一戦したのはいい思い出だ。

 その時、カイザーは気づいたのだ。いつの間にか自分はチャンピオンにでもなった気でいたのだと。自分は既に頂点に到達しており、後輩を指導することこそが義務であると思い込んでいたのである。

 なんという思い上がりか。カイザーは当時を振り返ると顔から火が出る思いになる。

 自分など、まだまだ道半ばの若輩に過ぎない。デュエルの道とは、それほどまでに奥が深く険しいものだ。理解していたはずのことを、真に理解してはいなかったのだと思い知った。

 だからこそ、カイザーは変わった。常に全力を尽くし、それこそが相手に敬意を表することに繋がると悟ったがゆえに。

 それゆえの、今。全力で目の前のデュエリストに応えるために、カイザーは持てる力を出し切る。かつてはポリシーに反するとして抜いていたカードも使い、相手の本気に本気でぶつかるために。

 

「――ゆけ、サイバー・エンド・ドラゴン! ルビー・カーバンクルに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 カイザーが力強く指示を出せば、サイバー・エンドは忠実にそれに従った。

 三つの口が次々に開かれ、そこに集約されたエネルギーが一束の奔流となってヨハンのフィールドに襲い掛かる。

 サイバー・エンド・ドラゴンには、相手の守備力を攻撃力が超えていた時、その分の戦闘ダメージを与える効果がある。これを通せば、大ダメージは免れないうえ、ヨハンの負けは濃厚となる。

 ゆえに、ヨハンのフィールドの伏せカードが起き上がったのは当然のことだった。

 

「速攻魔法《宝玉の閃光》! 手札から「宝玉獣」1体を魔法・罠ゾーンに置き、宝玉獣1体との戦闘で発生するダメージを0にする! 宝玉となって出でよ、《アンバー・マンモス》!」

 

 キィン、と高い音と共にヨハンのフィールドに大きな琥珀が現れる。そしてその琥珀とルビーの尻尾についた紅玉が輝きを放つと、それは障壁となってヨハンへ向かうはずだったダメージを防ぎ切った。

 

「なるほど。だが、モンスターへのダメージを防ぐことは出来ない。ルビー・カーバンクルは破壊される!」

 

 カイザーの言うように、サイバー・エンドの攻撃を無理に受け止めるだけでルビーには無謀なことだったのだろう。よろめいたルビーはそのまま倒れ、その身体は宝石となって後方へと下がった。

 

「すまない、ルビー……! だが宝玉獣は破壊されても俺の側に居続ける! 宝玉と化して、魔法・罠ゾーンに残るんだ!」

 

 ヨハンのフィールドにて美しい2つの宝玉となって残るそれらを見て、カイザーは興味深そうに頷いた。

 

「それが宝玉獣か……。しかし、それだけでは続く攻撃は防げんぞ! ゆけ、キメラテック・オーバー・ドラゴン! ダイレクトアタック!」

「うわぁああッ!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴンの頭の一つが鎌首をもたげ、その口から放たれた攻撃がヨハンに直撃する。

 

 

ヨハン LP:4000→1600

 

 

 大幅に減ったヨハンのライフポイント。しかし、カイザーとしては自分のミスもあって喜ぶことは出来なかった。

 先ほど、守備表示であったルビーに対して貫通効果を持つサイバー・エンドで攻撃したが、そこはキメラテック・オーバー・ドラゴンで攻撃すべきだったと気づいたのだ。

 宝玉の閃光は場に戦闘を行う宝玉獣がいることが必須条件。キメラテックでルビーを除去してからサイバー・エンドで攻撃していれば、既にヨハンに勝てていたのだ。

 もっとも、それは伏せカードが宝玉の閃光であったとわかる今だから言えること。伏せカードが何か判別できなかった状態では仕方がない部分もあるが……。

 まぁ、過ぎてしまったことだ。気にしても今後に支障が出るだけだとカイザーは気を取り直し、手札に残った最後の1枚をディスクへと差し込んだ。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 エンド宣言を聞き、即座にヨハンが行動に移る。

 

「よし! 出でよ、《宝玉獣 サファイア・ペガサス》!」

 

 ヨハンがカードをディスクに置くと、やがてそのフィールド上に一頭の白馬が姿を現す。

 その背には天使のものかと見まごうほどの美しい翼をもち、額からは輝く蒼玉の角が生える。カツカツと蹄を鳴らして白馬が映像の向こうで対する機械竜に目を向ければ、すぐに首を一振りしてヨハンへと振り返った。

 

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

『なるほど。強敵のようだな、ヨハン』

 

 言葉の割に落ち着いた声。それにヨハンは頼もしさを感じて僅かに肩から力を抜いた。

 

「ああ、間違いなく今までの中でも最強クラスだ。頼んだぜ、サファイア・ペガサス!」

『おう!』

 

 威勢のいい返事を聞き、ヨハンはサファイア・ペガサスに向けて手をかざした。

 

「サファイア・ペガサスの効果発動! このカードの召喚に成功した時、デッキ・手札・墓地から宝玉獣1体を魔法・罠カードゾーンに置くことが出来る! 俺はデッキから《宝玉獣 エメラルド・タートル》を選択する! 《サファイア・コーリング》!」

 

 先ほどのアンバー・マンモス、ルビー・カーバンクルと同じように、大きな翠玉がヨハンの魔法・罠ゾーンの一角を陣取る。

 まるでヨハンを守るようにその前に並んだ宝玉たちをカイザーは見つめると、次いでその向こうで手札のカードに指をかけたヨハンの動向に意識を傾けた。

 

「更に装備魔法《宝玉の解放》をサファイア・ペガサスに装備! これを装備した宝玉獣の攻撃力は800ポイントアップ!」

『おおおっ!』

 

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800→2600

 

 

 湧き上がる力に雄叫びを上げたサファイア・ペガサスが、力強く蹄で地面を叩く。更に翼を慌ただしく動かす様は、まるで溢れる力を誇示するかのようでもあった。

 そして、その力を存分に発揮させるべくヨハンが指示を下した。

 

「いけ、サファイア・ペガサス! キメラテック・オーバー・ドラゴンに攻撃! 《サファイア・トルネード》!」

『はあぁッ!』

 

 サファイア・ペガサスがヨハンのフィールドから飛び上がり、その両翼を限界まで広げて一気にそれを前方へと押し出すと、翼の周囲にあった大気が丸ごと暴風と化してカイザーの場へと襲い掛かる。

 映像の向こう、世界を越えてその攻撃は届き、標的となったキメラテック・オーバー・ドラゴンは荒れ狂う風に呑みこまれてその身体を爆散させた。

 

「くッ……!」

 

 

亮 LP:2000→1800

 

 

 爆風がカイザーの身を包み、そのライフポイントが更に削られる。ともに初期値の半分を下回り、既に二人のライフポイントに大きな差はない。

 それを為したヨハンは、にっと歯を見せて笑った。

 

「へへ。やられっぱなしじゃないぜ、カイザー!」

「やるな、ヨハン。それでこそ、だ! 俺のターン、ドロー!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴン。己のデッキの中でも切り札の一枚として数えることが出来るモンスターを破壊されたというのに、カイザーは嬉しさを滲ませた声を伴ってカードを引く。

 しかしそれも仕方のないこと。より強い相手と戦いたい。それはデュエリストにとって本能とでも呼ぶべき根源的な感情である。少なくとも自分はそうであると感じているカイザーは、切り札の一枚を打ち破ったヨハンに躍る心を抑えきれなかった。

 それは、これまでの恐らく強いだろうという推測から、実際に強いのだという具体的な事実へと移り変わった瞬間であった。そのことが、カイザーに喜びを感じさせる。

 もちろん彼らを元の世界に戻すことが第一の目的であることを忘れたわけではない。しかしデュエリストとして、このデュエルに高揚しなければ、デュエリストではない。

 いささか私見が強い意見ではあったが、しかしそれは紛れもないカイザーの本心でもあるのだった。

 手札ゼロの状態から引いた1枚のカード。カイザーはそれをそのまま手に持ち、その手をフィールドへと向ける。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでサファイア・ペガサスに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 再びサイバー・エンドの口から放たれる莫大なエネルギーの奔流。怒涛のごとく映像の向こうから襲いかかってくるそれを防ぐ術はヨハンになく、サファイア・ペガサスはその攻撃を一身に受けることとなった。

 

『ぐぅッ、すまないヨハン……!』

 

 彼我攻撃力差は1400ポイント。サファイア・ペガサスにその攻撃を耐え切れる道理はなく、ヨハンに詫びる言葉を残しつつ倒れることとなった。

 

 

ヨハン LP:1600→200

 

 

「サファイア・ペガサス……! だが、サファイア・ペガサスは宝玉となって俺の場に残る! 更に墓地へ送られた《宝玉の解放》の効果発動! デッキから宝玉獣1体を魔法・罠ゾーンに置く! 《宝玉獣 トパーズ・タイガー》よ、来い!」

 

 蒼玉に続き黄玉がヨハンのフィールドに現れる。これによって、ヨハンの前には5つの宝玉が並ぶこととなった。

 

「魔法・罠ゾーンを全て埋めたか……カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カイザーのエンド宣言を待っていたとばかりにヨハンはデッキからカードをドローする。

 ヨハンの魔法・罠ゾーンはカイザーが言うように宝玉獣によって埋め尽くされている。しかし宝玉獣にとってそれは苦となることではない。宝玉獣は魔法・罠ゾーンにそろってこそ真価を発揮するのだ。

 それを証明するように、ヨハンは声を上げた。

 

「《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の効果発動! ルビーを魔法・罠ゾーンから特殊召喚する! 来い、ルビー!」

『ルビィ!』

 

 赤い宝玉が光り輝き、その中から大きな紅玉のついた尻尾を振りつつ、ルビー・カーバンクルが威勢のいい鳴き声と共に飛び出した。

 

 

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 

「更にルビーの効果だ! ルビーが魔法・罠ゾーンからの特殊召喚に成功した時、他の宝玉獣を宝玉となった状態から解き放つ! 《ルビー・ハピネス》!」

 

 ヨハンがルビーに呼びかければ、ルビーは尻尾を逆立てて甲高い声を響かせる。すると尻尾の先の紅玉が輝きを放ち、その光は一条の線となって他の四つの宝玉へと降り注いだ。

 カーバンクルは幸福を告げるといわれる幻想の生き物。たとえモンスターがゼロの状態でも、ルビーがいれば宝玉獣たちはすぐさまヨハンを助けるために駆けつける。ヨハンに勝利という名の幸福を授けるために。

 

 

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

《宝玉獣 エメラルド・タートル》 ATK/600 DEF/2000

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/1600 DEF/1000

 

 

 そうして現れた5体の宝玉獣たちは、揃ってヨハンに気安い声をかける。

 

『苦戦しているようだな、ヨハン』

『じゃが、案ずることはない』

『そうだヨハン。俺たちがついている』

『ま、俺らに任せときな!』

 

 口々にヨハンを励ます言葉を口にする宝玉獣たち。ヨハン自身も家族と言い切る彼らのそんな言葉に、ヨハンは胸を打たれる思いだった。

 

「……みんな……――ああ、頼むぜ!」

 

 力強く頷いてそう言えば、任された、と声が返ってくる。

 そんな仲間たちの姿はヨハンに見えない力を与えてくれているようだった。攻撃力4000を誇るカイザーのエース、サイバー・エンドを臆さず真正面から見据える。

 

「ここで5体の宝玉獣か。なるほど、お前も俺が知る彼らと同じくカードとの間に強い絆があるようだ」

 

 カイザーの脳裏に浮かぶのは、遠也、そして十代の二人。彼らほどデッキと絆で繋がったデュエリストをカイザーは知らなかった。

 無論自分とてデッキを信頼し、そしてカードたちに応えられるよう努力しているつもりだ。しかし、あの二人はそんな意識をせずとも自然とカードたちに応えているのである。

 だからこそ、あの二人の存在はカイザーの中に強く根付いている。そして今、このヨハンもまたそれと同じタイプのデュエリストのようだ。それを対峙することでカイザーは確信した。

 強いはずだ、と表には出さずに得心を得る。その信頼の深さがあれば、デッキは確かにヨハンに応えてくれるだろう。彼に勝利をもたらすために。

 だが、しかし。そう、しかしそれでも。

 

「――それだけでは、サイバー・エンドには届かない」

 

 気持ちだけではデュエルを制することは出来ない。そこに明確なタクティクスがなければ、決して勝利の女神は微笑まないのだから。

 ヨハンのフィールドのモンスターが持つそれぞれ攻撃力は2000以下。サイバー・エンドの半分にも満たない。このままでは、歯が立つ立たない以前に勝負にすらならないだろう。

 そんな意味を滲ませたカイザーの言葉。それに、ヨハンはにやりと笑って応えた。

 

「それはどうかな! 仲間たちの強固な結束は、時に大きな力を生み出すんだ! 装備魔法《団結の力》! 表側表示で存在するモンスターの数×800ポイント、モンスターの攻撃力をアップさせる! 俺が選択するのは、トパーズ・タイガー!」

『よっしゃあ! 皆の力、俺に貸してくれ!』

 

 トパーズ・タイガーが威勢よく咆哮を上げれば、それに従うように各宝玉獣たちが持つ宝玉から光が放たれてトパーズ・タイガーへと集まっていく。

 その光は徐々にその身体を覆っていき、やがて全身を覆う頃にはトパーズ・タイガーの攻撃力は、800×5の4000ポイントという莫大な上昇値を見せるようになっていた。

 

 

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/1600→5600

 

 

「凄い……! サイバー・エンドの攻撃力を超えた……!」

「ふ、ふん、まあまあやるようだな」

 

 二人のデュエルを見ていた三沢が感嘆の声を上げ、万丈目が一瞬驚いた顔を見せた後に腕を組んで泰然とした態度を取る。

 他の面々の反応も似たり寄ったりで、一撃でゲームエンドにまで持ち込めるカイザーの切り札を上回る攻撃力を生み出したことに、誰もが驚きを露わにしていた。

 そんな中、マナは近くで「マンマミーヤ!」と独特の驚き方をしているクロノスに目を向け、その向こうで静かに佇んでいるパラドックスを見る。

 パラドックスはただ無言でデュエルを眺めている。先程までのいささか興奮気味な様子は既にない。

 それを確認し、マナは小さく安堵の息を吐き出す。マナはこの世界に来る前にパラドックスが遠也を殺しかけたことを忘れていない。遠也がもう気にしていないようだからわざわざそのことを言うことこそないが……。

 それでも、警戒だけはどうしてもしてしまう。普段は遠也がいるからパラドックスにそこまで注意を払わなかったが、いま遠也はいないのだ。

 遠也がいない今、実際の場面に遭遇したことがある自分がパラドックスのことも見ておかないと。そうマナは気合を入れる。もっとも、パラドックスはそんな監視もどきの視線を感じつつもひたすら無視を決め込んでいたのだが。

 そうして多くの者がデュエルの行く末に注目する中、ついに行動を起こしたヨハンのモンスターが元の世界とを繋ぐ映像の境界面へと駆け出した。

 

「いけ、トパーズ・タイガー! 更にトパーズ・タイガーが相手モンスターに攻撃する時、攻撃力を400ポイントアップさせる!」

『うおおお!』

 

 

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/5600→6000

 

 

 攻撃力の差はきっちり2000。カイザーのライフを削り切ることが出来る値へと到達した。

 同時に、境界を越えたトパーズ・タイガーの姿がカイザーのフィールド上に現れる。その鋭い牙を煌めからせながら。

 

「――サイバー・エンド・ドラゴンに攻撃! 《トパーズ・バイト》!」

 

 しかしその牙が届こうかという瞬間、カイザーの場に伏せられていた1枚のカードが起き上がっていた。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《ハーフorストップ》! 相手はこのカードの2つの効果のうち1つを選択し、それを適用する! バトルフェイズ終了時まで自分の全モンスターの攻撃力を半減させるか、それともバトルフェイズを終了するか。選べ、ヨハン!」

「く……! どっちにしても、サイバー・エンドは倒せない、か。……仕方ない、俺は二つ目の効果を選択する! バトルフェイズを終了するぜ!」

 

 攻撃を止められたトパーズ・タイガーがヨハンのフィールドへと帰ってくる。

 ヨハンは後者の効果を選択したが、前半の効果を思えばそれしか選択肢はなかった。最大攻撃力のトパーズ・タイガーの攻撃力が6000から3000となってサイバー・エンドに敵わなくなる以上、更に攻撃力が低い他の宝玉獣では倒せないのは明らかだったからだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 宝玉獣を特殊召喚したことで空いたスペースに、1枚のカードを伏せたところでヨハンはエンド宣言を行う。

 これでヨハンのターンが終わり、そしてカイザーへとターンが移る。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローフェイズ、カイザーの手札はたった今引いた1枚のみ。そしてその1枚を、カイザーはすぐにデュエルディスクへと差し込むのだった。

 

「魔法カード《天よりの宝札》! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」

「ここで天よりの宝札かよ……!」

 

 この状況、手札がゼロの状態で引いた1枚がそれであったことに、ヨハンは呆れにも似た感心を抱く。

 天よりの宝札は、いわゆる宝札シリーズと呼ばれるカードの一種だ。このシリーズに属するカードはほぼ必ずドローに関する効果を持つという特徴がある。そして、その中で天よりの宝札は最上位に位置する魔法カードなのである。

 互いの手札が6枚になるようにカードを引く、というその効果。相手の手札も6枚にしてしまうとはいえ、ターンプレイヤーのターンで対戦相手が出来ることは少ない。自分が優先的に行動を進めていくメリットは計り知れないだろう。

 それをこの状況で引くということ。いささか現実味のない、しかし実際に今起こったその強運に、呆れと感心が入り混じるのは仕方がないことだった。

 しかし、そんな感慨を抱くヨハンの気持ちを露知らず、カイザーは6枚となった手札の1枚に指をかけた。

 

「いくぞ、ヨハン! 魔法カード《モンスターゲート》を発動! 俺の場のモンスター1体をリリースし、通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する! そしてそれ以外のカードは全て墓地に送る! 俺はサイバー・エンドをリリース!」

「サイバー・エンド・ドラゴンを自ら墓地に送るだって!?」

 

 ヨハンの驚愕の声と同時、サイバー・エンドはただ静かに光の粒子となってフィールドから消えていく。不満や恐れ、怒りもなく消えていくその様子は、主であるカイザーの判断に全幅の信頼を寄せていると見ている者に思わせるには充分だった。

 たかがソリッドビジョン。しかし、そうとは思わせないほどの忠誠心と信頼。他の者にも感じられるそれが、使い手たるカイザーにわからないはずもない。カイザーは消えゆくサイバー・エンドへの感謝から一度目を閉じると、一拍の後に瞼を開いてデッキの上に指を乗せた。

 

「まずは1枚目! 魔法カード《未来融合-フューチャー・フュージョン》! そして2枚目! 《サイバー・レーザー・ドラゴン》! サイバー・レーザー・ドラゴンはモンスターカードだが、通常召喚できないモンスターだ。よって墓地に送る。――3枚目! 《サイバー・ジラフ》! サイバー・ジラフは通常召喚可能なモンスター、よってサイバー・ジラフを特殊召喚!」

 

 

《サイバー・ジラフ》 ATK/300 DEF/800

 

 

 サイバーに共通する鋼色の身体を揺らし、麒麟を模した機械獣は低く唸る。

 通常召喚可能なモンスターを引き、召喚に成功したため、モンスターゲートの効果はこれで終わりとなる。

 続いてカイザーはディスクのボタンに手を伸ばし、自身のフィールドに伏せられていたセットカード最後の一枚を起き上がらせた。

 

「リバースカードオープン! 永続罠《輪廻独断》! 種族を一つ宣言し、このカードが存在する限り俺の墓地のモンスターはその種族として扱う! 俺が宣言するのは「ドラゴン族」だ!」

 

 瞬間、ざわりと観戦者から驚きが起こる。ほぼ全員がドラゴン族を宣言したカイザーの意図を掴めなかったのである。

 カイザーのデッキは機械族が大半を占めるサイバー流のデッキ。それはカイザーをよく知るアカデミア本校組だけでなく分校組も知るほど有名なことであり、事実これまでのプロとしてのデュエルでも他の種族をわざわざピックアップすることなどなかったのだ。

 それがいきなりドラゴン族を指定。彼をよく知っている人間ほど違和感を覚えた。態度が変わらないのはパラドックスぐらいである。

 

「どういうこと? 亮はいったい何をしようとしているの?」

 

 明日香の言葉は見ている者たちの心の声を代弁するものであった。それにオブライエンは「わからんが、相手はカイザーと呼ばれた男。何か考えがあるはず」と映像から視線をそらさずに相槌を打つ。

 それを受けて、誰もが映像へと意識を集中させる。これまでにない戦術。果たしてカイザーはそこからどう動くのか。見逃してはなるまいと誰もが思ったからだ。

 そしてついに、カイザーが動く。

 

「俺は手札から《パワー・ボンド》を発動! 手札の《サイバー・ダーク・ホーン》《サイバー・ダーク・エッジ》《サイバー・ダーク・キール》を墓地に送り、機械族の融合モンスターを融合召喚する!」

 

 カイザーのフィールドに現れる3体のモンスター。それはこれまでに見たことがないモンスターであった。

 サイバーの名の通り、機械で出来た鋭角的なシルエットはカイザーがよく使うサイバーモンスターと共通している。しかしその表面は黒い艶を放っており、明るい銀色の輝きなどはまったく見ることが出来ない。

 全体的に鋭くシャープなその姿は、どちらかといえば禍々しくも感じられる。まさにダークという呼び名が相応しい、そんなモンスターだった。

 

「サイバー……ダーク?」

 

 ヨハンの口から、初めて見るモンスター群に疑問の声が漏れる。

 それは単に知らないモンスターを見たということもそうだが、これまで栄光の道を歩んできたカイザーに闇を思わせるこのモンスターがミスマッチであるように感じられたからでもあった。

 光の中を行き、そして巨大でパワフルな戦術と共に戦ってきたカイザー。しかしこのモンスターはどこか骨格標本を思わせるほどに細身であり、触れるものすべてを傷つけるかのように刺々しい。

 ギチ、と身体が擦れる音を僅かに残し、現れたサイバー・ダーク3体は溶け合うように一つになっていく。

 瞬間その余波なのか吹き荒れる暴風に髪を躍らせつつ、自身を見ているヨハンを筆頭とする面々に、カイザーは静かに語りだした。

 

「――俺が修めたサイバー流、その裏に存在する影のカードたち。それこそがサイバー・ダーク。もっとも、サイバー流皆伝の俺でさえその存在は噂で聞いたのみだったが……」

 

 風の中、アカデミア時代と変わらない意匠のコートを揺らし、カイザーは「しかし……!」と力を込めて声を発した。

 

「去年のことだ。破滅の光にこの身体を乗っ取られた時、俺は知った……己の弱さを! そして、自分自身の中に潜む望み――ライバルに勝ちたいという思いを利用され、まんまとそれに負けてしまったことを、俺は情けなく思った!」

「カイザーくん……」

 

 悔しげに吐露されたその話を聞いて、マナが当時のことを思い出す。

 斎王を操る破滅の光の意思。その断片を身に宿したことにより、最終的に破滅の光の意思そのものとなって、世界の破滅を防ごうとする遠也の前に立ち塞がった男。それが当時のカイザーだった。

 その時は遠也がアクセルシンクロによってカイザーを倒し、カイザーを正気に戻すことに成功した。その時のことを、マナは鮮明に覚えている。

 しかしその後、意識を取り戻したカイザーがそんなことを思っていたとは知らなかった。

 カイザーは言う。「俺は心のどこかで、勝つことに執着していた。それは、これまで勝ち続けてきたからこそ。だからこそ、俺を負かした遠也に、あの時あれほど執着したのかもしれない」と。

 ネオスペーシアンとは何の関係もない遠也。そのデュエルを受けたことを、当時破滅の光の意思は「さんざん邪魔されて鬱陶しかったから」と答えたが、依り代であるカイザーの意思も関係していたのだとカイザーは言ったのだ。

 そしてその事実を、カイザーは苦々しく思っている。己の中に潜む心の闇。これまでそれを薄ら認識しつつも、向き合うことを意図的に避けて逃げ続けてきた自分。そんな自分自身に、何よりカイザーは憤りを感じているのだった。

 

「サイバー流……光に満ち溢れたこのデッキに、俺はこの魂を捧げてきた。だが、それだけではいけないと俺は気づいたのだ。光も闇も、それら全てを受け入れてこそのヒトだ。誰にだって目を背けたい闇が存在するのが当たり前だというのに、闇を無視して光だけに傾倒した俺は知らず歪み始めていたのかもしれん……」

 

 だがそうは思っても、それを否定することは出来なかった。それは何故ならこれまで歩んできた道の全否定に他ならないからだ。

 カイザーは光に傾倒してきた道も、間違ったものではなかったと言い切れる。だからそれを否定することなど出来ない。

 ならばどうすればいいのか。それを考えた時、答えは既にカイザーが知る中にあったのだ。サイバー流にありながら闇に染まった、影のカードの噂。

 

「俺はジェネックスが終わって学園を離れる前に、鮫島師範に頼み込んだ。俺にサイバー・ダークのカードを譲ってほしいと」

 

 鮫島校長はサイバー流の現師範でもある。カイザーは彼の下で学び、サイバー流を受け継いだ。その師に、カイザーは噂のカードについて尋ねたのだ。本当に存在するのかと。

 そして存在するという回答が得られたことで、カイザーは鮫島に頭を下げたのだ。そのカードを俺に託してくれないか、と。

 

「無論、師範は渋った。むしろ、サイバー・ダークはその使い手を闇に陥れる恐ろしいカードだ、と警告してきたほどだ。しかし、俺としてはだからこそ価値があった。闇を恐れていては闇に食われるだけ。闇を受け入れ、それすら自分の一部として受け入れることこそが、俺が思う闇の制し方だった」

 

 闇もまた自分自身を構成する一部であること。力で従えるのではない、拒絶するのではない。ただそうすることでのみ、闇と光は一つになれる。

 カイザーはそう言って、サイバー・ダークを欲する理由を鮫島に話した。カイザーがサイバー・ダークを求める理由、そして闇に対する信念。それを鮫島がどう感じたのかは、今カイザーの手にサイバー・ダークのカードがある時点で想像できる。

 

「結果的に、師範は俺にサイバー・ダークのカードを譲ってくれた。俺ならば、あるいはこのカードを正しく使いこなせるかもしれないと仰ってな」

 

 歴代のサイバー流使い、その誰もが為しえなかった闇と光のサイバーの共存。自分が尊敬する師範でさえできなかったことを、自らに託された。それはすなわち、師が己を超えたと判断したということ。

 それがどれだけ誇らしく、嬉しかったか。そして同時に歴代のサイバー流全てのサイバー・ダークにかける思いを受け取った責任感がその身にのしかかった。

 しかし、カイザーはそれに力強い笑みを浮かべると地にしっかりと足を着けて立った。光でも、闇でも。それが自分の敬愛するサイバー流であるならば、必ずその使い手として極めてみせる。

 サイバー流の継承者たる誇りを胸に、カイザーは二度と光にも闇にも取り込まれない、自分自身で強いと思えるような己を目指すと決めた。そしてそのために、今カイザーのデッキには表と裏、二つのサイバーが存在しているのだ。

 

「とはいえ、やはりこいつらはじゃじゃ馬でな。まるでカードが俺を乗っ取ろうとしているのではと思うこともある程、力を秘めたカードだった」

 

 だが、とカイザーは言う。

 

「それでも、サイバー・ダークと共に戦わなければ、カードとの間に絆など生まれるはずもない。だから俺は使い続ける。そして、俺の思う強さを求め続ける。いつの日か、このカードたちに俺こそが主であると認められるようにな」

 

 自分の思うままに、ただカードたちを信じて、カードたちに応えてもらえる男になる。

 それが――、

 

「それが、俺の決意だ! サイバー・ダーク3体を融合素材とする融合モンスター1体を、融合召喚! 現れよ、裏サイバー流秘伝――《鎧黒竜(がいこくりゅう)-サイバー・ダーク・ドラゴン》!」

 

 混ざり合った3体の姿が、溢れ出た黒い光によって隠される。

 やがてその黒き光の中から這い出るように現れたのは、ドラゴンと呼ぶにはあまりにも機械的かつ痩せたモンスターだった。

 鋭く尖った刃はまるで肋骨のように重なって身体を形成し、その尾は異様なまでに細く長い。ドラゴンというよりはまるで蛇のような体躯をしていた。

 しかしその頭部には見る者の心を凍てつかせるような眼が鋭く光を放っており、全体的に黒一色であることも相まってその眼光はひどく目立つ。

 細い尾からは想像もできない威圧感を覚えさせるその凶暴な相貌を歪ませ、サイバー・ダーク・ドラゴンはけたたましい咆哮と共にフィールド上に降臨した。

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

「レベル8で攻守が1000だって……?」

 

 サイバー・ダーク・ドラゴンが放つ異様な迫力に気圧されつつも、ヨハンはレベルに見合わず低すぎるそのステータスに怪訝な顔になる。

 それを世界越しに見つつ、カイザーは小さく笑んで言葉を続けていった。

 

「ふっ、まずはパワー・ボンドの効果によってサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は倍になる!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/1000→2000

 

 

「そしてサイバー・ダーク・ドラゴンの効果! 召喚に成功した時、墓地のドラゴン族を1体選択し、装備する! そしてこのカードの攻撃力はそのモンスターの攻撃力分アップする!」

「ほう、先程の行動はそのためか」

 

 珍しく、パラドックスが感心したような声を出す。

 輪廻独断、モンスターゲート。それは全てこの時のために存在していたのだ。

 かつてのカイザーのデッキにはなかったギミック。それが今、確かな成果となって現れようとしていた。

 

「俺の墓地はいま輪廻独断の効果で全てドラゴン族となっている。俺はドラゴン族として扱う《サイバー・エンド・ドラゴン》を選択し、サイバー・ダーク・ドラゴンに装備! その攻撃力4000ポイントがサイバー・ダーク・ドラゴンに加えられる!」

 

 サイバー・ダーク・ドラゴンの身体から数本のコードが伸びる。それはやがて墓地のサイバー・エンド・ドラゴンを探り当て、フィールドへと呼び戻した。

 そのサイバー・エンドをコードに繋げたまま自身の身体――折り重なった肋骨部分の内側に格納し、それによってサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は一気に約三倍もの上昇を見せた。

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/2000→6000

 

 

「攻撃力6000か……!」

 

 フィニッシャー級に昇華したサイバー・ダーク・ドラゴンに、ヨハンは冷や汗が頬を伝うのを感じた。初期のライフポイントのままであっても、受け止めきることができない値を持つ、それだけで脅威である。

 

「更にサイバー・ダーク・ドラゴンは、墓地のモンスターの数×100ポイント攻撃力を上昇させる! 俺の墓地に存在するモンスターの数は5体! よって更に500ポイント攻撃力がアップ!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/6000→6500

 

 

 更に加わる攻撃力。わずかとはいえ、時にデュエルでは100ポイントの差が明暗を分ける。それを考えれば、決して無視していい値ではなかった。

 そう思って身構えるヨハンだったが、しかしカイザーの行動はまだ終わっていなかったのだ。

 

「これが最後だ……速攻魔法《リミッター解除》! 俺の場の機械族モンスターの攻撃力を2倍にする! サイバー・ジラフの攻撃力は600に! そしてサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は――!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/6500→13000

 

 

「こ、攻撃力……13000――!?」

 

 高らかに雄叫びを響かせて天を仰ぐ黒竜の姿に、ヨハンはもはや言葉もないとばかりに呆然とそれを見ていることしかできなかった。

 宝玉獣たちも圧倒的なまでの力を前に、サファイア・ペガサスによる『皆、ヨハンを守れ!』との指示に従って守りを固めることしかできない。

 しかし、それすらもサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力の前では霞のようなもの。しかし、ここで手を抜くなどという真似をカイザーがするはずもない。

 ただ全力で相手に応えるべく、カイザーはその手を自身のフィールドに向けて掲げた。

 

「裏サイバーの切り札であるサイバー・ダークに、表サイバーの象徴たるサイバー・エンド。今こそ表裏一体となったサイバー流の力を見よ! ――ゆけ、サイバー・ダーク・ドラゴン! 《フル・ダークネス・エヴォリューション・バースト》ォオオッ!」

 

 その宣言と同時、サイバー・エンドが嘶きを上げれば、同じくサイバー・ダークも咆哮を上げてその口腔へと莫大なエネルギーを結集させる。

 やがてそれは太陽のように輝く暴力的な閃光となって、一直線にヨハンへと向けて放たれた。

 それを確認し、宝玉獣たちはヨハンを守ろうとアンバー・マンモスを先頭にヨハンの前で防御態勢を取る。そんな中、ヨハンは自分のフィールドに伏せられた1枚のカードを一瞥し、口の端をぐっと引き締めた。

 

「負けて、たまるかよっ……! レインボー・ドラゴンが……俺を、待っているんだッ!」

 

 しかし、ヨハンが伏せられたカードを使う気配はない。周囲の誰もが次の瞬間にはヨハンが倒れているだろう未来を幻視する。

 そしてそれを現実のものへと変えるサイバー・ダーク・ドラゴンの一撃がついに世界を越えてこちらに届こうかという、その時。

 

 突然映像は途切れ、同時に地響きとともに巨大な光の柱が空から地上へと降り注いだ。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 揺れにヨハンが思わず膝をつくと、同時に異常事態によってデュエルが中断されたことを察知したデュエルディスクが自動的にソリッドビジョンを停止させる。

 その間も空と大地を繋ぐ光の柱は存在し続ける。しかし地響きは徐々に収まっていき、どうにか立てるほどには回復し始めた。そしてつられるように唐突に現れた光の柱も希薄な光の束へと減衰していく。

 それを呆然と見ていた一同であったが、ふと空を見上げていた三沢があることに気がついて指をさした。

 

「あ、あれだ! あれを見ろ!」

 

 その声に応えて一斉に空を見上げる。そして三沢が示した先には、地上に向けて落下しているのだろう光を見ることが出来た。

 

「あれが恐らく博士が送ってくれたカプセルだ! あの中にレインボー・ドラゴンのカードが入っているはず! ……推測だが、カイザーの放った強力すぎる一撃が無理矢理こちらの世界との間にあった壁のようなものを破壊したのだろう。もちろんあくまで一時的なものだろうが……」

 

 しかし、その隙をついてあちらはカードを送り込むことに成功したというわけだ。

 もちろんそれに必要なデュエル・エナジーはヨハンと対戦したからこそ発生したものだ。しかしヨハンの存在があったとはいえ、最終的にはほぼ単身で世界との間にある壁を取り払ったその力に、誰もが畏怖を感じずにはいられなかった。

 宝玉獣の力、そして自身の力。それも一端を担ったとはいえ、その割合は二割あるかどうかだろう。それ以上の力を自分だけで賄ったカイザーに、ヨハンは感嘆するしかない。

 

「は、はは……つええな、カイザー。今のは実質俺の負けだぜ」

 

 ヨハンはデュエルディスクからセットされていたカードを抜き出す。

 それは罠カード《宝玉陣-琥珀》。これはアンバー・マンモスが攻撃された際、他の自分フィールド上の宝玉獣たちの攻撃力の合計値を加算するカードだ。

 アンバー・マンモスには自身へ攻撃を誘導する効果があるため、発動条件については問題ない。そしてこれを発動させた場合、ルビー・カーバンクルの300、エメラルド・タートルの600、サファイア・ペガサスの1800、団結の力を装備したトパーズ・タイガーの5600が、アンバー・マンモスの1700に加算されていた。

 その合計値は10000ポイントにも至る。非常に驚異的な攻撃力だが、しかしそれでもサイバー・ダークには届かなかった。そしてその攻撃力の差は、ヨハンのライフを削り切るには十分すぎるものだったのだ。

 それゆえ、ヨハンがたとえこの伏せカードを発動させていたとしても、負けを回避することが出来なかった。そのことを悟っての、先の発言なのだった。

 ヨハンとて、そのことに何も感じないわけではなかった。実際、負けていたことはそれなりにショックである。しかし、だからといってずっと呆けているわけにもいかないのが今の状況だった。

 既にこの世界を脱出するための手段であるレインボー・ドラゴンはこの世界に送られたのだ。ならば、それを手に入れに行かなければいけない。どこに落ちたのかは知らないが、それが自分の役目だとヨハンは気持ちを新たにする。

 

 そうしてヨハンが気持ちを整えるまでの間も通信を試み続けていた三沢によれば、レインボー・ドラゴンに巨大なエネルギーを与えればレインボー・ドラゴンの力は発動するらしい。

 何はともあれ、まずはキーカードとなるレインボー・ドラゴンを手に入れなければ話は始まらない。そう結論を出して先を急ごうとしたその時。

 突然扉が外から破壊され、壊された扉がガランと大きな音を立てて地面に転がった。

 はっとして入口を見れば、そこには虚ろな表情でデュエルディスクを展開させた多くの生徒たち。デュエルゾンビと化した生徒たちがいつの間にかこのテニスコートまで忍び寄ってきていたのだ。

 その足音があまりに静かだったこと、そしてデュエルの行く末に集中していたこともあり、誰も気づくことが出来なかった。オブライエンはあまりの失態に唇を噛む。

 そしてデュエルゾンビはテニスコートに設置された巨大ディスプレイの裏からも現れる。スコアなどを表示するそのディスプレイは人の身長の三倍はあり、その巨大さゆえに裏にはメンテナンス用の通路があるのだ。そこを通って侵入してきたのだろう。

 前門の虎、後門の狼。次第にテニスコート中央へとにじり寄ってくる彼らに、ヨハンたち一行は表情を顰める。

 こうなったら多少無理をしてでも強行突破するしかないか。そんな考えが誰もの脳裏によぎった時、今度は地面が割れて、そこから何かが飛び出してくる。

 それは右腕に巨大なドリルを着けたHEROの姿。《E・HERO グラン・ネオス》だった。

 となれば、地面の下にいるのが誰かなど分かりきっている。ネオスの使い手など、一人しかいないのだから。

 その考えを証明するように、地面に出来た穴から顔を出したのは十代であった。

 

「十代!」

「みんな、こっちだ! 地下なら安全な場所もある!」

 

 そしてすぐに穴の中に潜っていった十代に、全員がすぐに続く。この場に残っても仕方がないことなど、考えるまでもないことだったからだ。

 なぜマルタンを追っていたはずの十代がここにいるのかなど疑問はあったが、それも落ち着いてから聞けばいいと判断し、今はとりあえずこの場を脱することを優先させる。

 そうして穴に全員が飛び込んだ後はグラン・ネオスがしっかり道を塞ぎ、追って来れないようにする。

 

 こうして彼らは一時穴を伝って辿り着いた地下の用水路付近に立てこもることになる。とはいえレインボー・ドラゴンのこともあるし、外に出なければならないのは確定事項だ。

 マナやパラドックスとしては、遠也のことも気にかかる。翔についても遠也と一緒にいる以上、大丈夫だろうと思うが確証はない。いずれにせよ、早いうちに行動を起こさなければならないことに変わりはなかった。

 

 そしてその行動を起こす時はすぐに訪れる。マルタンによる放送、それを聴いた彼らは最後の戦いになるだろう場所へと足を進めることになるのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 アモンとのデュエル、その半ばで現れた三幻魔のカードを手に入れたマルタンは、追ってくる十代を待つことなくそのまま地上へと戻ってきていた。

 アモンとのデュエルは、中断という形にこそなったがマルタンの勝利は確定的だった。なぜならば発動させたカードの効果が処理されていれば、その手札に《封印されしエクゾディア》が揃っていたのだから。

 そう、マルタンのデッキは【エクゾディア】だった。そしてそのデッキを前に、アモンは実質的な敗北を喫したのだ。

 そしてマルタンは打ちひしがれるアモンに語る。君自身の形にならない望み、それを知るためにも君は君自身のために生きるべきだ、と。

 それは正しく悪魔のささやきだった。弟と財閥に全てを捧げるという生き方を揺らがせたうえ、負けて心が弱ったその瞬間に掛けられたその言葉。それに揺らいでいた心を動かされたアモンは、うっすらとしかし確かに笑みを浮かべたのである。

 

 その時のことを思い出し、マルタンはクツクツと笑う。果たしてこれからアモンがどんな行動に出るのか。実に楽しみだと言わんばかりに。アモンのそれも、彼にしてみれば余興であり遊びに近いものでしかないのだった。

 そして地上に戻ったマルタンは、すぐに十代が自分を追てくるだろうことを悟っていた。ならば歓迎の準備をしなければならない。

 マルタンはその思考の下、一枚のカードを発動させる。それはフィールド魔法《砂上の楼閣》。それによってアカデミアの隣にピラミッド状の遺跡が姿を現した。

 それはエジプトのものよりはマヤ文明のピラミッドに近く、その頂上に立ったマルタンは満足げに頷く。これで十代を迎える準備が整った、と。

 しかし、やがてマルタンは十代たちが学園内のどこかに潜伏していることを知る。意外とシャイなところも好感が持てるが、しかし自分を待たせるのはいただけない。そう考えたマルタンは、放送室にて一つの放送をかけた。

 その内容は「三十分以内に出てこなければ、生徒を全員始末する」というものだ。これで十代も恥ずかしがらずに出てきてくれるだろう。やるべきことを終え、マルタンは砂上の楼閣に戻ろうとするが、ふとあることを思い出して立ち止まった。

 

「……そういえば、あいつのことを忘れてたな」

 

 言って、マルタンは目的の場所に一瞬で移動する。

 そこは周囲を壁で覆われた殺風景な部屋。自分の力で侵入を脱出を拒む障壁を張り続けていたそこに辿り着くと、まずマルタンはその障壁を解いた。そしてその中で倒れ伏す二人に目を向ける。

 

「くく、皆本遠也に丸藤翔。特に遠也、この男を処分しておかなければね。十代が信頼するのは僕だけでいい」

「……――は……そんなの、ごめんだね……ッ」

 

 マルタンはまさか言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、僅かに目を見張る。

 その視線の先で、声を発した男が足を震わせながら立ち上がる。今にも倒れそうな姿でありながら、しかし立ち上がった遠也は、鋭い目でマルタンを見据えた。

 その視線を受けたマルタンは、意外な反応に驚いただけで遠也のことを脅威とも何とも思っていないのだろう。へぇ、と感心したような声を出した。

 

「驚いたな。まだ喋れる元気があるなんて」

「こう見えても、俺は丈夫、なのさ……。面倒なこと、しやがって……」

 

 身体を揺らしながら、遠也は倒れたままの翔を見る。なんとか元の状態に戻してやることは出来たが、結局自分も倒れてこのザマだ。そのことが少し情けないが、しかし友を助けられたことは誇らしい。

 そしてその誇らしげな態度を見てとったマルタンが、若干不愉快気に眉を寄せる。そもそも遠也を無事で帰らせる気などマルタンにはなかったのだ。十代の信頼を得るなど、マルタンにしてみれば許しがたい悪行なのだ。放置しておくなどとんでもないことだった。

 しかし今、遠也はこうして立ち上がっている。このまま放っておく、なんて真似をマルタンはするつもりはない。どうやら丸藤翔も相手にならなかったみたいだし、と考えて。

 マルタンは、仕方ないなとばかりに息を吐いた。

 

「ねぇ、僕とデュエルしようよ」

「……な、に……?」

「まだ十代たちが来るまで少しは時間があるだろうし、暇なんだよね。だから少し付き合ってよ」

 

 あまりにも軽いその言い方。

 そんなことに付き合う義理などないと突っぱねてやろうかと遠也は思った。

 が、そんな遠也の考えなどお見通しだったのだろう。マルタンはその手を翔のほうへと向けると、その姿勢のまま「どうする?」と遠也に決断を迫った。

 そのことに遠也は舌打ちをする。この部屋に張ってあった障壁を考えれば、マルタンの体の中にいる存在が持つ力の大きさは推し量れる。その力が人に直接的なダメージを与えることも可能であることは想像に難くない。なら、ここで断るわけにはいかなかった。翔を無事に帰すためには。

 それに、考えようによってはこれはチャンスなのだ。ここでマルタンを倒してしまえば、元の世界への帰還を邪魔する存在はいなくなる。そう考えれば、こちらにメリットがないわけではないのだ。

 

「……わかった」

「決まりだね。それじゃあ、この場所じゃ味気ないし、一足先に決戦場に向かうとしようか」

 

 そう言ってマルタンがパチンと指を鳴らすと、周囲の景色が一瞬で変わる。

 アカデミアを隣に望む土と砂で出来たピラミッド。その上に立っている状況を考え、どうやら自分ごと外に転移させたらしいと遠也は自らに起こった事態を把握した。

 

「ここは砂上の楼閣。あと三十分もしないうちに、十代たちも来るだろう。それまでは僕を楽しませてくれよ、皆本遠也」

「ぬかせ……その前に、倒してやるよ……!」

 

 言って、遠也はデュエルディスクを展開する。気絶という形とはいえ少しは休んだおかげで、一戦をこなすぐらいには体力も戻ってきているはずだった。もちろん、苦しいことに変わりはないが。

 しかしそれでも、このデュエルに勝って異世界からの帰還をより確実なものにしてみせる。その決意で、遠也はデッキから5枚のカードを引いた。

 

 それを前に、マルタンはにやりと口の端を吊り上げる。

 マルタンにとって、このデュエルは遠也を消すためのものでしかない。既に身体が限界に近い様子の遠也だが、一戦ぐらいは持つだろう。しかし、それはあくまで普通のデュエルならの話だ。ダメージが現実になるこの異世界でのデュエルならば一戦とはいえ持たないだろう。

 更にデュエルが終わればデュエル・エナジーの吸収も待っているのだ。既に遠也が助かる道はない。

 マルタンはそう確信し、笑みと共に異形の腕を変化させてデュエルディスクとする。そしてデッキからカードを5枚引くと、改めて遠也と向き合った。

 そして、マルタンは笑いながら。遠也は口元を引き結び、同時に戦いの始まりを告げる宣言を行った。

 

 

 ――デュエルッ!

 

 

皆本遠也 LP:4000

マルタン LP:4000

 

 

 

 

 


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