遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第65話 孤闘

 

「――ジャンク・バーサーカーで直接攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 ジャンク・バーサーカーが身の毛もよだつような雄叫びを上げながら巨大な戦斧を振りかぶる。そして、守るものが何もない翔のフィールドへと突進していった。

 ジャンク・バーサーカー程の巨体なら翔の目前まで辿り着くのは一瞬のこと。そして辿り着いたバーサーカーは振りかぶっていた斧を頭上から一気に振り下ろし、それは翔の真横に深々と突き刺さった。

 

「……ぅ……」

 

 

丸藤翔 LP:700→0

 

 

 斧によって砕かれた床、その破片が翔の身体にあたりその口から苦悶の声が漏れる。ダメージが最小限になるように気を配っていることもあり、そこまで物理的なダメージはない……はずだ。

 だが、デス・ベルトによるダメージからは逃れられない。デュエルに決着がついたことにより俺はエナジーを抜かれる疲労感に眉を顰め、そして同じくエナジーを奪われた翔がその場に倒れ込んだ。

 それを見届け、俺は大きく息を吐き出した。

 

「はぁ……はぁ……これで、8回目……」

 

 震える膝を叱咤して倒れそうな身体を支えつつ、俺は倒れ伏す翔に目を向けた。

 この部屋に閉じ込められ、翔とデュエルをすることになって既に何時間が経っているのかわからないが、その間俺はずっと休むことなくデュエルを続けていた。

 今のデュエルが、その8回目。それはつまり、翔は7回やられたにもかかわらずまたしても立ち向かってきたことを意味している。まさに終わりのない戦いというわけだ。

 しかし、いつまでもそんなことを続けているわけにもいかない。そう思って俺もどうにか翔の意識を回復させてやれないかと考えながら戦っているのだが、いかんせん入学当時の翔ならともかく今の翔は強い。ゾンビ化して些か戦術が単調になっているのが救いといえば救いだったが、それでもキツいものはキツい。

 それに、このデュエルは勝てばいいというわけではない。翔を元に戻すことこそが本当の勝利なのだ。

 しかし、そのための案はいまだに浮かんでこない。結果として、俺は何の手も打てないままずるずるとデュエルを続けているのだった。

 このままではマルタンの……ユベルの思惑通りだろう。それがわかっていながら何もできない事実に、俺は歯噛みしていた。落ち着いて考えることが出来るのが翔が復活するまでの時間しかないため、なかなか打開策も出てこないのだ。

 だが、いつまでもこのままというわけにもいかないと改めて思う。それに、疲れと共に俺は眠気を感じていた。どうやら時間的には夜をとうに過ぎてしまっているらしい。

 このままではマズイ。そう思うもこれといった行動を起こせない俺の前の前で、翔の身体がピクリと動いた。

 

「遠也くぅん……まだ、でゅえるをぉ……」

「くそ……!」

 

 地面に伏した身体を引きずり、今にも倒れそうな憔悴した顔で翔が立ち上がる。今の翔の顔色はデュエルゾンビであることを差し引いても悪すぎる。このデュエルが悪影響になっているのは明らかだった。

 

「もうやめろ、翔! このままじゃお前、本当に――!」

「でゅえるぅ」

 

 俺が必死に呼びかけるも、翔はただ立ち上がってデッキから手札を用意する。

 こちらの言葉が届いていないことに悔しさが募るが、しかしあちらがそうくるなら俺も受けるしかない。この全く他の物がない空間で翔をどうにかする方法は、俺にはデュエルぐらいしか思いつかなかったからだ。

 デュエルでエナジーが取られるのも事実だが、同時にデュエルでなら翔を救う手があるかもしれない。今はただそれに賭けるのみだった。

 

 

皆本遠也 LP:4000

翔 LP:4000

 

 

「俺のターン!」

 

 手札を見て、対応を考える。今回は俺の先攻だ……ならば。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「ぼくのターン……どろー」

 

 不気味な笑みを顔に貼りつかせ、翔がふらふらと体を揺らしながらデッキからカードを引く。何とも危なっかしい姿に心配が募る俺だったが、そんなことはお構いなしに翔はカードを手に取った。

 

「《苦渋の選択》だよぉ。デッキから5まいをえらんで、遠也くんはそこから1まいをえらぶ……あとは墓地に捨てるからね」

 

 苦渋の選択……元の世界ではそのあまりの凶悪さから禁止カードに指定されている強力な魔法カードだ。

 デッキから5枚とはいえ欲しいカードをピンポイントにサーチでき、かつ4枚を墓地に落とさなければならないのだ。そしてその5枚の中に同名カードを含んでも構わない。ということは、ほぼ確実に狙ったカードを墓地に落とせるというわけで、恐ろしいほどの墓地肥やし性能を持っているのだ。

 あらゆるコンボの起点として機能し莫大なアドバンテージをもたらすその有用性は、禁止カードとなるのに相応しい。この世界では制限カードだが、こうして使われるとその凶悪さがよくわかる。

 そして翔が選んだのは、《ドリルロイド》《スチームロイド》《サブマリンロイド》《ドリルロイド》《サブマリンロイド》の5枚。

 どれをとっても、ドリルロイドとサブマリンロイドは確実に墓地に落ちる。ということは、翔が狙っているのはあのモンスターの召喚か。その意図を察し、俺の表情は自然と厳しくなる。

 

「……俺はスチームロイドを選択する」

「りょうかぁい……じゃあ、ぼくは《エクスプレスロイド》を召喚」

 

《エクスプレスロイド》 ATK/400 DEF/1600

 

 現れたのは、新幹線にそっくりな外見の機械族モンスター。ロイドの特徴であるデフォルメされた目が電車のライト部分についており、好戦的な視線をこちらに向けていた。

 しかし墓地を肥やした直後のエクスプレスロイドとは厄介な。今回の翔のデッキはよく回っているようだ。これはもしかして1ターン目からくるか……?

 

「……エクスプレスロイドはねぇ、召喚したとき、墓地のロイドを2まい回収できるんだ。ドリルロイドとサブマリンロイドをぉ、手札にくわえるよ」

 

 ついさっき苦渋の選択で墓地に落としたカードを即座に回収か。

 エクスプレスロイドは召喚するだけで2枚のサルベージを行えるというメリットだらけのモンスターだ。手札消費なしどころかアドバンテージを稼いでいるという、ロイドにとっては欠かせないモンスターである。

 そしてたった今翔が手札に加えたドリルロイドとサブマリンロイド。この2体はあるモンスターの融合素材だ。それらをピンポイントで手札に加えた以上、翔の狙いは一つだろう。

 

「《ビークロイド・コネクション・ゾーン》を発動ぉ。手札とフィールドからモンスターを墓地に送って「ビークロイド」を融合召喚……手札のドリルロイド、サブマリンロイド、スチームロイドを墓地に……」

 

 やはり手札にあったか、ビークロイド専用の融合である《ビークロイド・コネクション・ゾーン》。もう1枚の融合素材である《スチームロイド》はさっき苦渋の選択で手札に加わったものだろう。あの時に何を選んでも召喚が成功するようになっていたあたり、翔もやるもんだ。

 そんな感慨を覚えている間に、ドリルロイド、サブマリンロイド、スチームロイドは互いのその身体を変形させ、合体していく。そうして翔のフィールドに降り立ったのは、モグラを模した巨大戦車だった。

 

「あはは……《スーパービークロイド-ジャンボドリル》を召喚」

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/3000 DEF/2000

 

 翔の切り札であるビークロイドの1体、ジャンボドリル。そのフロント部分は人間一人の身長を容易に超える巨大なドリルが占有しており、見た目だけでその破壊力をうかがい知ることが出来る大型モンスターだ。

 まったく、本当に翔は強くなったと実感する。昔はよく意図がわからないカードなんかもデッキに入っていたものだが、よく考えてデッキを組むようになってからはこうして1ターン目でビークロイドが出てくることもあるようになっているのだ。

 十代はそれを「お前のデッキがお前の気持ちに応えてくれるようになったのさ」と言っていたが、俺も同感だ。その成長は一年生の頃から共に過ごしてきた身としては嬉しい限りだが……今ばかりは厄介な要素でしかなかった。

 

「ジャンボドリルで、遠也君の伏せモンスターにこうげきだぁ……」

 

 鋼と鋼がこすれ合う独特の音を響かせ、大きなドリルが回転を始める。そしてその体躯を支えるキャタピラが動き出すと、ジャンボドリルはセットされた俺のカードに突っ込んできた。

 それによって、カードが反転。溢れる光の中から、タンポポを模したぬいぐるみのようなモンスターが現れる。

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

「伏せてあったのは《ダンディライオン》! こいつは墓地に送られた時、フィールドにレベル1の《綿毛トークン》2体を表側守備表示で特殊召喚する!」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 僅か300しかない守備力のダンディライオンは為す術なく墓地に送られるが、しかしそれによって俺の場には2体のトークンが残される。これで追撃の心配はなくなり、ついでにシンクロ素材も確保できた。

 だが……。

 

「あはは、甘いよ遠也くぅん……。ジャンボドリルにはねぇ、貫通効果があるんだよぉ……」

 

 その言葉通り、ダンディライオンを貫いたジャンボドリルは勢いそのままに鉄の床を大きくえぐる。

 

「ぐぁあっ!」

 

 その衝撃、そして削り取られた床の破片が俺の身を打ち、俺はたまらず声を上げた。

 

 

遠也 LP:4000→1300

 

 

 役目を終えたジャンボドリルは、突き刺さったドリルを抜いて翔の下へと戻る。それを見送った俺の目に、翔が更なる指示を出す姿が映った。

 

「エクスプレスロイドで、綿毛トークンに攻撃ぃ……」

 

 エクスプレスロイドの攻撃力はたったの400。だが、綿毛トークンの攻守はそもそも0だ。戦闘となればどうなるかは自明の理である。

 そしてその予想に違わず、綿毛トークンの1体はエクスプレスロイドの突撃によって倒されて墓地へ送られた。

 

「ぼくはカードを1まい伏せて……ターンエンドだよぉ」

 

 茫洋とした顔でエンド宣言をする翔。その変わり果てた姿に何度目かもわからない悔しさ、憤りを感じつつ俺は自らのターンを進める。

 

「俺のターン!」

 

 デッキから勢いよくカードを引く。伏せられたカードが何なのか気になるところだが、だからといって気勢を緩めることには繋がらない。

 いまだ翔を元に戻す解決策は浮かばないが、そこで気を緩めて負けては意味がない。だから、このデュエルも全力で翔に勝つ。

 

「俺は手札から《カード・ブレイカー》を特殊召喚! このカードは自分の場の魔法・罠カード1枚を墓地に送ることで特殊召喚できる! 伏せていたカードを墓地に送り……来い、カード・ブレイカー!」

 

《カード・ブレイカー》 ATK/100 DEF/900

 

「更に! 俺が伏せていたカードは、罠カード《リミッター・ブレイク》! このカードは墓地へ送られた時に真価を発揮する! デッキ・手札・墓地から《スピード・ウォリアー》1体を特殊召喚する! デッキから出でよ、《スピード・ウォリアー》!」

 

《スピード・ウォリアー》 ATK/900 DEF/400

 

 全身をパワードスーツが覆い、その顔もゴーグルで隠された戦士が地面を滑るようにして俺のフィールドに姿を現す。遊星はこのカードを切り込み隊長として使っていたが、しかし今回はその役割にこのカードはない。

 今回は先のカード・ブレイカーと合わせて素材として活躍してもらう。今挙げた2体のレベルの合計は4。そして。

 

「更に《ブライ・シンクロン》を通常召喚!」

 

《ブライ・シンクロン》 ATK/1500 DEF/1100

 

 これでチューナーも揃った。

 ブライ・シンクロンは、いわゆるスーパーロボットを4分の1サイズにしたようなモンスターだ。背中に取り付けられた翼からジェットエンジンを吹かし、ブライ・シンクロンはスピード・ウォリアーとカード・ブレイカーの上に滞空する。

 レベルの合計は8である。

 

「レベル2カード・ブレイカーとレベル2スピード・ウォリアーに、レベル4のブライ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 それぞれが4つの星と4つの輪となり、それらが合わさって生まれた光の中から白いドラゴンの咆哮が生まれ出る。

 以前召喚した時は狭い通路の中だったが、この部屋は天井が高く横幅もあるため、スターダストは思い切り翼を広げて俺の前に立つ。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 さて、これでエースの召喚には成功したわけだ。しかし、これだけでは攻撃力3000のジャンボドリルに勝つことは出来ない。

 尤も、それはこのままだと、という仮定ありきの話である。

 俺の墓地に送られたブライ・シンクロンの効果が、その結果を覆す。

 

「ブライ・シンクロンの効果発動! このターンのエンドフェイズまで、このカードを素材としたシンクロモンスターの効果を無効にし、その代わり攻撃力を600ポイントアップさせる!」

 

 俺の宣言に応えるように墓地から半透明のブライ・シンクロンがスターダストの隣に立つと、その身体は光となってスターダストへと吸収されていく。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3100

 

 これでスターダストの攻撃力は3100。攻撃力3000のジャンボドリルを倒すことが出来るようになったわけだ。

 しかし、これで終わりではない。

 

「更に俺は《ビッグ・ワン・ウォリアー》を特殊召喚! このカードは手札のこのカード以外のレベル1モンスターを墓地に送ることで特殊召喚できる!」

 

 手札の1枚を墓地へと送り、鍛え抜かれた白一色の肉体に黒いサポーターを着けた戦士が降り立つ。その顔部分には大きく「1」と描かれており、なかなかにシュールな外見をしていた。

 

《ビッグ・ワン・ウォリアー》 ATK/100 DEF/600

 

「そしてたった今墓地に送った《スポーア》の効果発動! 墓地の植物族を除外し、そのレベル分スポーアのレベルを上昇させて特殊召喚する! ダンディライオンを除外し、特殊召喚!」

 

《スポーア》 Level/1→4 ATK/400 DEF/800

 

 ふわふわとした綿を丸めたような外見のモンスター。ダンディライオンのレベルである3を加えた今のレベルは4。そしてスポーアはチューナーモンスターであり、他の素材は既に俺の場に揃っていた。

 

「レベル1綿毛トークンとレベル1ビッグ・ワン・ウォリアーに、レベル4となったスポーアをチューニング! 集いし嘆きが、事象の地平に木霊する。光差す道となれ! シンクロ召喚! 推参せよ、《グラヴィティ・ウォリアー》!」

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100 DEF/1000

 

 狼を模した頭部に、機械によって構成された身体を持つ機械戦士。後頭部から生えた数多のチューブを髪のように振り回し、グラヴィティ・ウォリアーは大きく雄叫びを上げた。

 

「グラヴィティ・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手の場に存在するモンスターの数×300ポイント攻撃力がアップする! 《蛮勇引力(パワー・グラヴィテーション)》!」

 

 敵をその視界に収めたからか、グラヴィティ・ウォリアーに闘気が満ちていく。口から漏れ聞こえる唸り声は、今にも襲い掛からんほどに感じられた。

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100→2700

 

 これで高攻撃力のモンスターが2体並んだわけだ。しかし、そんな状況を前にしても翔の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「あはは、さすがだよ遠也くぅん……でもぼくには罠カードがあるんだよねぇ……」

 

 言いつつ、デュエルディスクを操作する翔。

 それによって起き上がった伏せカードを見て、俺は悪態をつきそうになった声をぐっと口の中で押し殺した。

 

「《威嚇する咆哮》……!」

 

 このターン、相手の攻撃宣言を封じる罠カード。ただそれだけだが、単純であるがゆえにその効果は強力だった。

 

「これで攻撃はできないよねぇ……あははは」

「……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 そしてエンド宣言をしたこの瞬間、ブライ・シンクロンの効果は切れる。スターダスト・ドラゴンの攻撃力は元に戻り、そのモンスター効果も使用可能になった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3100→2500

 

 モンスター効果が再び使えるようになったことはいいことだが、しかしこの状況ではあまり意味がない。

 スターダストもグラヴィティ・ウォリアーも、共にジャンボドリルの攻撃力を下回っているのだ。どうにかこの伏せカードで耐えるしかない……。

 

「ぼくのターン……ドロぉ」

 

 ゆっくりとカードを引いた翔は、そのカードを見てにやりと笑みを深めた。

 

「ふふ……やっときてくれたよぉ。たくさん負けちゃったけど……これで、ぼくの勝ちだ……」

 

 自信に溢れた声。このターンで決着をつけるという宣言の直後、翔は1枚のカードを俺に見せた。

 

「手札から《リミッター解除》を使うよぉ……ぼくの場の機械族の攻撃力はこれで2ばい……あははぁ」

 

 リミッター解除……! 機械族専用の巨大化ともいうべきカードであり、互いのライフ差などは一切関係なく対象の攻撃力を2倍にするという速攻魔法だ。

 デメリットとしてこの効果を受けたモンスターはエンドフェイズに破壊されてしまう。エクスプレスロイドにこれを避ける手段はないが、ジャンボドリルはビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたモンスター。

 ビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたビークロイドは、カードの効果では破壊されない。2倍となった攻撃力はこのターンのみだが、この状況でのリミッター解除は「1ターン限りの発動条件・コストなしの巨大化」といえる効果を有しているのだ。

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/3000→6000

《エクスプレスロイド》 ATK/400→800

 

 まったくもって厄介極まりない。より早く、より激しく回転するジャンボドリルのドリルを前に、俺は思わず渋面を作らざるを得なかった。

 そんな俺の表情を翔は虚ろな目で見て、ひらりと小さく手を振った。

 

「ばいばぁい、遠也くん……バトル、ジャンボドリルでグラヴィティ・ウォリアーに攻撃ぃ」

 

 迫る巨大ドリル。一層凶悪さを増したソレにこちらが敵う道理はない。

 しかしそれならそれでやりようはある。要するにこの攻撃を受けなければいいだけの話だ!

 

「罠発動、《パワー・フレーム》! このカードは俺の場のモンスターが、より高い攻撃力を持つモンスターに攻撃された時、発動できる! その攻撃を無効にし、このカードを攻撃対象モンスターに装備する! グラヴィティ・ウォリアーに装備!」

 

 立方体の形をした細いフレームがグラヴィティ・ウォリアーにの前に現れ、それは障壁のようなものを張ってジャンボドリルからの攻撃を防ぐ。更にその後、フレームはバラバラに分解され、グラヴィティ・ウォリアーの身体の各所を補強するように纏われた。

 

「そして装備モンスターの攻撃力は、攻撃してきたモンスターとの攻撃力の差だけアップする! グラヴィティ・ウォリアーとジャンボドリルの攻撃力の差は3300! よって3300ポイント攻撃力をアップさせる!」

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2700→6000

 

 リミッター解除の攻撃力アップ効果はこのターンだけ。ならば、攻撃力を大幅に上回ったことで、ジャンボドリルは次のターンで倒せる。

 

「……ぼくは《トラックロイド》を守備表示で召喚。さらに装備魔法《ミスト・ボディ》を発動、これでジャンボドリルは戦闘で破壊されない。ターンエンド……」

 

《トラックロイド》 ATK/1000 DEF/2000

 

 赤い車体のトラックが翔のフィールドに現れて守備態勢を取るが、どう見てもただの駐車である。そのあたりがロイドのロイドらしいところと言えばそうであるが。

 更にミスト・ボディでジャンボドリルに戦闘破壊耐性か。専用融合魔法であるビークロイド・コネクション・ゾーンが持つ強力な効果破壊耐性と併用を狙った採用なのだろう。実際、これでジャンボドリルの除去はかなり難しくなった。

 そしてエンドフェイズになったことで、リミッター解除の攻撃力アップ効果が切れ、同時に破壊効果が適用される。が、ジャンボドリルはビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたモンスター。破壊はされず、そのままこの場に残った。しかし何の耐性もないエクスプレスロイドはそのまま破壊される。

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/6000→3000

 

 これで翔のフィールドには、トラックロイドとジャンボドリルの2体か。実質ジャンボドリルは除去できないが、しかしグラヴィティ・ウォリアーにの攻撃力は大きくあちらを上回っている。何とか突破して翔のライフを削り切らなければならない。

 本来なら翔を元に戻す方法を取りたいのだが、いまだその目途は立っていない。なら、今はこれまでと同じように勝つぐらいしか俺に出来ることはない。

 忸怩たる思いが胸に宿る。しかしどうすることも出来ないまま、俺はデッキに指をかけた。

 

「俺のターン! ……《貪欲な壺》を発動! 墓地の《ブライ・シンクロン》《ビッグ・ワン・ウォリアー》《カード・ブレイカー》《スポーア》《スピード・ウォリアー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 手札が0だったので、貪欲な壺はありがたい。早速その効果によってデッキから2枚のカードを引くが、そのうちの1枚を見て俺は僅かに頬を緩めた。

 それは、なんとも懐かしいカードだった。というのも、元の世界でもシンクロ登場初期に発売されたカードだったからだ。そういえば今のデッキに入れていたっけ、とそんなことを思ったところで。

 

 ――いや、待てよ。

 

 ふと、俺はあることを思いついた。このカードならば、ひょっとして翔を元に戻せるのではないか、そんな可能性に思い至ったのだ。もちろん俺の考え通りになってくれるのなら、という条件付きではあるが……。

 しかし何も手がなかった頃と比べれば雲泥の差である。なら、今は試すしかない。藁にもすがる思いってのはこのことだな、と思わず微苦笑が浮かんだ。

 そうと決まれば、まずは勝利へと繋がる下準備を整える。

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》を召喚! そして効果発動! このカードを守備表示にし、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する! ミスト・ボディを破壊!」

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

 白い法衣を纏い、金色の装飾に身を包んだ女性魔術師。手に持った杖を構えて静かに詠唱を始めると、その呪文によって翔の場に存在していたミスト・ボディはガラスが割れるように破壊される。

 それと同時にジャンボドリルを覆っていた靄も消え去った。これで戦闘破壊耐性はなくなったというわけだ。

 さて、これで全ての準備は整った。それを確認し、俺は最後に残った手札に手をかける。

 

「翔……十代とお前とは、入学以来ずっと一緒だった。お前は俺にとって大事な友達だ。俺がどれだけそう思っているのか、お前に教えてやる!」

 

 言って、俺は手に持ったカードを翔に突きつける。そのカードは、ジャンク・ウォリアーが拳をこちらに向けたイラストが特徴的な、シンクロモンスターがいなければ発動できない除去カード。

 

「魔法カード《精神同調波》を発動! このカードは俺の場にシンクロモンスターが存在する時、相手モンスター1体を破壊する! ――頼む、スターダスト!」

 

 俺の声に応えて、スターダストが大きな咆哮を上げる。

 それは目に見えて空気を揺らすほどの衝撃となって翔の身を襲う。だが、それにしては周りに被害が出ていない。カード名通り、精神にのみ影響しているということなのだろう。

 そしてカード名の通りであるということは、俺の考えも実行に移されるはず。

 

「う……ぅぐ……」

 

 翔が頭を押さえて苦悶の声を漏らす。だが同時に俺も不思議な感覚にとらわれていた。自分の中の記憶がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡っているのだ。

 どうやら俺の予想は正しかったようだ。思わずにやりと口角が持ち上がった。

 これこそが俺がこのカードに賭けた理由だ。精神同調・・・・というその名前から、俺はこう思ったのだ。このカードなら俺が抱える気持ちをダイレクトに翔に伝えられるのではないか、と。

 無論、通常ならそんなことは不可能だろう。だが、ここは精霊が実体化して住まう異世界だ。ここならカード効果が現実に影響を与えたとしても不思議ではない。

 だが確証がない以上、やはり賭けだった。しかし、今の様子を見るに、賭けには勝ったようだと俺は悟る。

 俺はこれまでの記憶を流し続ける自分の頭に意識を傾け、努めてアカデミア入学以降のことを考えるようにする。

 特に、十代や翔、隼人、明日香に三沢、万丈目……数えきれない友人たちに向けた気持ちを中心に。

 

「目を覚ますんだ、翔! お前はそんな支配に屈するほど弱くはないはずだ! この二年でお前は強くなったはずだろう!」

 

 言葉では、伝えられることに限界がある。言葉に出来ない思い、というものは確実に存在するのだから。

 だがこれなら、余すところなく伝えられる。俺がどれだけ翔たちとの時間を楽しく思っていたか。どれだけ、翔の身を案じているか。

 

「ぐ……遠也、くん……」

「翔! カイザーの弟として、お前は強くなった! けど、それだけじゃないだろ! カイザーを超えるんじゃなかったのか、翔!」

 

 お兄さんの後ばかり追ってはいられない。決意を滲ませ、それでも明るく笑いながらそう言った翔。その翔が、簡単に屈していいはずがない。そして、屈するはずがない。

 その信頼を気持ちに乗せて、翔へと届かせる。

 

「う、ぅう……!」

 

 翔が一層強く呻き声を上げて頭を振った、その時。精神同調波の効果によってトラックロイドが破壊される。轟音と、爆炎。それらがフィールドを覆い翔の姿は煙の中へと消える。

 しかし、その衝撃が翔の中で本来の意識が目覚めるきっかけになったのか、煙が晴れた先に立つ翔の顔には、幾分かの生気が戻っているように見えた。

 

「とおや、くん……! う、頭が痛い……!」

 

 そこにどろりと濁った虚ろな表情は既にない。だが、いまだデュエルゾンビの影響が残っているのだろう。痛みにこらえる姿は、生きていることを感じさせてくれるが痛々しくて仕方がない。

 ならば、デュエルに勝って真に翔を解放する。それこそが、俺が今できることだ。

 

「待ってろ、翔……! バトル! グラヴィティ・ウォリアーでジャンボドリルに攻撃! 《超重力十字爪(グランド・クロス)》!」

 

 グラヴィティ・ウォリアーの鋭い爪が力強く振られ、ジャンボドリルを一撃の下に抉り伏せる。爆音を響かせて倒されたジャンボドリルと、そこから高々と跳躍してグラヴィティ・ウォリアーが戻ってくる。

 

 

翔 LP:4000→1000

 

 

 これで、翔のフィールドはがら空きだ。俺はスターダストを見上げ、最後の指示を言葉に乗せた。

 

「最後だ……! スターダスト・ドラゴン! 翔の目を覚まさせるために、頼む! 響けッ――《シューティング・ソニック》!」

「ぅ、うわぁあああ!」

 

 

翔 LP:1000→0

 

 

 スターダストの口から放たれた攻撃が翔の身体に直撃することはなかった。さすがにまともに受けては、馬鹿にならないダメージとなってしまうだろう。ゆえに身体の近くを通らせたのだが、それでも人の身体を吹き飛ばすには十分な衝撃があったようだった。

 俺は倒れ伏した翔に近寄る。呼吸があることを確認し、どうやらこれまでの疲れもあって意識が落ちただけだとわかり、ほっと胸を撫で下ろした。

 ちなみにスターダストの攻撃はこの部屋の壁に直撃したのだが、びくともしていない。Sin サイバー・エンドの攻撃でも駄目だったことから予想はしていたが、面倒な障壁を張ってくれたものだ。

 その時、デス・ベルトが光を放つ。

 

「ぐッ……!」

 

 エナジーが抜き取られ、身体から力が抜ける。これで、既に今日だけで8回エナジーを抜き取られたわけだ。

 もしデス・デュエル中なら今頃とっくにお陀仏だな、と苦笑する。十代との戦いのときにコブラがエナジーの収集率を下げていてくれて、本当に助かった。

 俺は倒れそうになる身体に活を入れ、翔の身体に触れる。エナジーを抜き取られたはずだが、翔も無事だ。なら、早い所ここから出て鮎川先生のところに行かなければ。きちんと休まなければ、回復するものも回復しない。

 そう思って翔の身体を持ち上げようとするが、しかし身体に力が入らない。すると、突然すとんと下がる視界。どういうことかと下を向けば、なぜか俺は膝をついていた。

 いつの間に、とそう疑問に思った直後。今度は上半身が地面に倒れ込む。しかし今は寝ている場合ではない。そう考えてどうにか身体を動かそうと試みるが、ぴくりともしなかった。

 まるで自分の身体が自分のものではない感覚に、溜め息が漏れる。そして、まいったな、と小さく呟いた。

 

「はやく……もどら、ないと……」

 

 十代、パラドックス、ヨハン、万丈目……皆の顔が浮かんでは消える。徐々に黒く染まる視界の中、俺は鮮やかな金色の髪を幻視した。

 

 マナ、心配してるかな……。

 

 また無理をするなと怒られるかな。その場面を想像して苦笑を浮かべた俺の視界が、ついに真っ黒に染まる。

 瞼に閉ざされた視界の中、本当にまいった……、ともう一度だけ心の中で呟いて、俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 食糧保管庫に行き、しかし何も持たずに帰って来たパラドックスとマナに、十代たちは揃って怪訝な顔になった。しかも一緒に行ったはずの遠也がいないため、余計に奇妙に思えた。

 何かあったのだろうか。いやしかし遠也ほどの実力者がいてまさか……。そんなふうに心の中で様々な考えを巡らせる彼らにだったが、十代が代表して二人に問いかける。

 何かあったのか、と。そしてそれに返ってきた答えは、彼らを一人残らず驚愕と混乱の中へと叩きこんだのである。

 

 食糧保管庫の手前で会ったのは行方不明中であったマルタン。そのマルタンが自分こそが今の事態の黒幕だと暴露し、更に翔を操ってデュエルを強要。遠也がそれを受けたことでデュエルをすることになったが、マルタンによってパラドックスとマナは締め出されたという。

 そして現在、その部屋はマルタンが不思議な力によって張った障壁によって中に入ることが出来ない、と。

 二人の話によれば攻撃力4000のモンスターが攻撃をしたというのにビクともしなかったという。その話を聞いて全員が唸る。一筋縄ではいかない状況であることを強く実感したのだ。

 そんな中、万丈目が案を出す。

 

「なら、俺たち全員で行って総攻撃をすればどうだ? それなら……」

「それは駄目だよ、万丈目くん」

 

 きっぱりと否定され、万丈目は言葉を詰まらせる。

 己の意見が途中で早くも却下されたことに普段の万丈目なら食って掛かっただろう。しかし、今の万丈目はそうはしなかった。何故なら、否定したのが遠也の恋人であり最も遠也のことを考えているであろうマナだったからである。

 マナは今のやり取りで集まった全員の顔を見渡し、己の主張をぶつけた。

 

「ここには沢山の生徒がいるんだよ。でも、誰もが今の状況に立ち向かえているわけじゃない。ここが手薄になったら、生徒の皆が不安になる。それに、デュエルゾンビが押し寄せてこないとも限らないんだよ。そうなった時、ここの皆を守りきれなくなったら意味がないよ」

「意味がないって……遠也を助けられるんだぜ、意味はあるだろ」

 

 マナの物言いに十代が言うが、しかしマナは首を振った。

 

「遠也が言ったの、『助けはいらない』って。『皆を守ることの方が重要だろ』って」

 

 その点に関してはマナも同じ思いだった。確かに、ここには戦う気力のない人もいる。実力がそれほど高くない人もいる。そんな人たちを放って、たった一人のために戦力を動員するのは間違っている。

 余裕があるならそれもいいかもしれないが、今はそんな状況でもないのだ。なら、遠也の言葉は正しい。それはマナにもわかることだ。

 たとえ感情が納得していないとしても。

 

「……だから、今はもう休もう。皆も色々あって疲れてる。特に十代くんたちは砂漠に出ていたんだから。遠也のことは、しっかり休んでからだよ」

「あ、マナ!」

 

 言うべきことは言った、と言わんばかりにマナは立ち上がって十代たちの元から離れて行く。向かったのはトメさんのところだった。何か話しているのを見るに、配給の手伝いの件だろう。

 それを見送った十代たちは、どこか釈然としないものを感じながら沈黙を保つ。

 そんな中、オブライエンが口を開いた。

 

「……遠也の意見は正しい。俺たちはこれだけの生徒を抱えているんだ。しかも、今は夜。迂闊に動いて全員を危険には晒せない」

「オブライエン! けどさ……!」

 

 十代がいきり立って立ち上がる。しかし、オブライエンはそんな十代に言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「落ち着け、十代! 親友のことを気遣うお前の気持ちはわかる。俺とて、遠也にはそれなりの友情を感じているのだからな。しかし、だからといって今すべきことを見失ってはいけないと言っているんだ」

 

 だけど、と十代は反論しようとしてはたと気づく。オブライエンが悔しげに口元をひき結んでいたことに。

 それを見て言葉を飲み込んだ十代。そのタイミングを見計らって、ヨハンが十代の肩を叩いた。

 

「十代。遠也を助けに行きたい気持ちはここにいる全員が一緒だ。だが、俺たちにはいま責任って奴があるのさ」

「責任?」

「そうだ。俺たちは今回の件で先頭を切って走ってきた。そして皆はそんな俺たちに渋々かもしれないがついて来てくれているんだ。なら、俺たちには彼らに応える責任がある」

 

 ヨハンの言葉には力があった。何としても彼らを守ってみせるという強い意志が。

 しかし、それを聴いても十代は納得しきれなかった。何故なら十代はそんなつもりで先陣を切っていたわけではないからだ。ただいつも通りに自分がやりたいようにやってきただけだった。なのに、責任と言われてもよくわからなかったのだ。

 そんな当惑した様子の十代を見かねたのか、ジムが十代に声をかける。

 

「ヘイ、十代。遠也は俺にとってもfriendだ。気持ちはわかるさ。けどな、彼女の姿を見ても我が儘を言えるか?」

「え?」

 

 そう言ってジムが指で示した先には、ちょうどこれから配給を始めようとしているトメさんたちがいた。そこで、マナは笑顔を見せて生徒たちの前に立っている。遠也がいない状況に一番堪えているのは、マナであるはずなのに。

 十代はその姿にぐっと息を呑む。マナの方がつらいだろうことは、あまり頭がよくないと自負する十代とてよくわかった。しかし、そのマナが遠也のことは後回しにしている。本当はすぐにでも助けに行きたいことは想像に難くないのに、だ。

 そんな十代の横で、ヨハンとジムが言葉を交わす。

 

「強いな、マナは」

「ああ。遠也のことを一番気にしているだろうに、皆の前でそんな姿を見せない。不安がらせたくはないんだろう。並みのことじゃない」

 

 二人の言葉に、全員がトメさんの横で食事を配るマナを見る。食糧を持って来れなかったことでかなり質素な食事になってしまっているため、マナに不満げな視線を向ける生徒もいる。

 しかし、マナはそれに笑顔で対応して皆の不満を和らげようとしている。それも遠也が自分よりもみんなのことが最優先だと言っていたことに起因するのかもしれない。

 マナや遠也と特に付き合いが長い万丈目や三沢に剣山といった面々は、そんなマナの姿を見て何もできない現状に悔しそうに目を伏せる。

 そして明日香は、十代の横に立って優しくその肩を叩いた。

 

「明日香……」

「十代、あなたのその真っ直ぐさはあなたの良いところだわ。私だって、遠也や翔君のことを今すぐにでも助けたい。けど、だからってあのマナの姿が間違っていると思う?」

 

 十代はそう言われて再びマナを見る。遠也のことなど気にしていないかのように、笑顔で皆に接する姿を。

 いや、それは違う。違うのだと、十代は自分でも理解できるようにゆっくり考える。マナは気にしていないんじゃない、今にも溢れ出しそうな気持ちに蓋をして我慢しているだけなのだ。

 よく考えればわかるようなこと。そんなことに気づかないほどに、自分は焦っていたらしいと気づく。

 遠也に、翔。自分と特に親しい二人がいなくなったことで、思った以上に動揺していたらしかった。それを悟り、十代はよし、と頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。

 そして、明日香に向き直った。

 

「サンキュー、明日香。俺も、今自分が出来ることをやるぜ」

 

 その力に満ちた声に、明日香は満足げに頷いて微笑んだ。

 

「ええ、頑張ってね」

 

 それに力強く「ああ」と答えて十代は前を向く。皆それぞれが気を引き締めてこの事態に臨もうとしている、その姿。

 それを見届けて、パラドックスはくるりと踵を返した。

 

 

 

 

 

 夜、十代たちはやはり疲れがたまっていたのだろう。僅かに気が緩んだだけで眠りにつき、今は明日への英気を養っていた。

 それは他の大多数の生徒たちも同じことだった。そうして静かに過ぎる体育館の夜だったが、そんな中ある生徒三人組が体育館の扉を開けて外に出て行った。

 ブルーの生徒二人とイエローの生徒一人で構成された彼らは、言ってみれば現状に不満を持っているという点で共通する仲間同士だった。

 特に食べ物。育ちざかりの彼らにとって、夕飯がまったく足りないどころか腹の足しにすらならない程度のものだったことが、腹に据えかねていたのだ。

 その点で意気投合した三人は、外に出ることを決めた。運が良ければゾンビにも会わずに食糧保管庫まで辿り着けるんじゃないか。そんな楽観的な思考が彼らの頭の中を占めていたのだ。

 少し考えればその可能性が非常に低いことに気付いただろうに、空腹は彼らから余裕と思考能力を奪っていた。彼らにとって、食べ物にありつける可能性があるならそれでよかったのだろう。

 そういうわけで、三人は今体育館を出てその扉を抜けた先に築かれているバリケードを目指していた。天井近くまで積み上げられたそれさえ乗り越えれば、食べ物が待っている。

 その甘い希望に三人は目を輝かせ、バリケードへと向かっていく。

 しかし、その手前に立つ人影。それに気づいて三人の足は小走りとなって、やがて止まった。

 

「どこへ行く」

 

 そこに立っていたのは、長身で、長い金髪とところどころに入った藍色のメッシュが特徴的な一人の男。

 その男を、三人は遠目に見たことがあった。皆本遠也や遊城十代と共にいる男であり、アカデミアの人間ではない外部の人間。確か名前はパラドックスといったはずだと、思考を手繰る。

 が、そこまで考えてそんなことはどうでもいいと三人は頭を振る。それよりも、食べ物を手に入れる方が先決なのだ。

 そこに考えが至った時、目の前に立つ男が突然憎らしく思えてきた。ただ自分たちは食べ物が欲しいだけなのに、なんでこいつは邪魔をするんだ。別にいいじゃないか、外に出るぐらい。

 そんな自分勝手な思考に行き着いた彼らは、口々にパラドックスに罵声を浴びせはじめる。

 

「この馬鹿、俺たちの邪魔をするな!」

「こっちは腹が減って気が立ってんだ!」

「どけよ! デカブツ!」

 

 そんな口汚い言葉の数々を浴びせられたパラドックスは、ひどくつまらないものを見るように彼らを見ると、右腕に着けたデュエルディスクに1枚のカードを置いた。

 そして現れるのは、バリケードと同じ高さにまで身をかがめた漆黒のドラゴン。少々身体を縮こませていても、その纏う風格に陰りはない。

 いきなり高レベルのドラゴンを目の前にした彼らは、先程までの威勢を完全になくして戸惑っていた。

 

「れ、真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)!?」

「な、なんでそんなレアカードをこいつが!」

「う、うあ……」

 

 そんな彼らの声に反応するように、レッドアイズがその赤い眼に彼らを捉える。それに、ひぃと短く悲鳴を上げて三人ともが一歩下がる。

 そんな彼らに、パラドックスは一言だけ声をかけた。

 

「失せろ、貴様らに許すのはそれだけだ」

 

 同時にレッドアイズがその口から小さく炎を吐き出す。それを見て一気に恐怖が脳を支配したのか、三人は悲鳴を上げながら今来た道を戻っていった。

 それを見送り、パラドックスはレッドアイズのカードをディスクから外す。それによって消えていくレッドアイズを見つめ、パラドックスはバリケードの先に向かって声をかけた。

 

「――あんな奴らでも守ってやるとはな、奇特な奴だ」

 

 皆を守ることの方が重要だというが、果たして今の三人は本当にそれ程の価値があったのか。パラドックスはそのことを疑問に思うが、別段どうでもいいことかと割り切って鼻を鳴らした。

 いずれにせよ、もうあんな奴の相手をするなど真っ平というのがパラドックスの本音だった。今のも、本当なら手を出したくはなかった。だが、下手な行動はマナを危険にさらす可能性があったからパラドックスはその原因を排除するために動いたのだ。

 マナに危険が及ぶのはパラドックスにとって面白くないことだった。何故なら、それではちゃんと送り届けたことにはならないからだ。

 遠也がマナの無事を確認するまでは、ちゃんと送り届けたとは言い切れない。頼んできた相手がそれを確認して初めて、あの時の頼みは果たされる。パラドックスはその高いプライド故に、自分自身にさえ厳しかった。

 ふぅ、と一つ呼気を吐く。

 こんな面倒事からは早く解放されたいものだ。そう内心で呟いて、パラドックスはいかにも不機嫌そうに体育館へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 


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