遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第6話 悩み

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

丸藤翔 LP:4000

 

「僕の先攻、ドロー! 僕は《トラックロイド》を守備表示で召喚! カードを2枚伏せてターンエンドっす!」

 

《トラックロイド》 ATK/1000 DEF/2000

 

 銀色のコンテナを積んだ赤いトラック。そうとしか表現できない、乗り物そのままの姿に、アメリカンコミックのキャラクターのようなデフォルメされた目をつけたモンスターが召喚される。

 それがビークロイドの特徴だ。どこかディフォーマーに通じるような洒落っ気のあるシリーズである。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 よし、手札は良い。……というか、良すぎるんですけど。

 

「いくぞ、翔! 俺は手札の《ボルト・ヘッジホッグ》を捨て《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に自身の効果でボルト・ヘッジホッグを守備表示で蘇生する! そして《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 一気に3体のモンスターが並ぶが、シンクロデッキではよくあることだ。

 

「チューニング・サポーターのレベルを2として扱い、クイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 どこからどう見ても悪魔族なのに戦士族である。

 なぜかシンクロモンスターには種族について考えさせられるモンスターが多い気がするな……。

 

「げげっ! そいつっすか!?」

 

 こいつっす。翔は前にも何度かコイツに痛い目見てるからな。嫌がるのもわかる。

 

「更にチューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そして俺は《死者蘇生》を発動! 墓地のクイック・シンクロンを蘇生する!」

 

 再び場にクイック・シンクロンが現れる。そして、それを見た翔は冷や汗を流した。

 

「ま、まさか……」

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

 この時点で翔は何だか放心気味だったが、気を持ち直して力強くこちらを睨みつけてきた。

 ふむ。

 

「そして俺は手札から《大嵐》を発動! フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する! 俺に伏せカードはないから、翔の2枚の伏せカードを破壊だ!」

「ぎゃー! 遠也くんの鬼ぃー! 僕の《魔法の筒マジック・シリンダー》と《リビングデッドの呼び声》がー!」

 

 恐らく《魔法の筒》を伏せてあったから、気力を取り戻せたんだろうな。それを破壊された翔は、叫び声を上げてこちらを非難してきた。

 

「初手に来たんだから仕方ないだろ! 俺はジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、エンドフェイズまで相手フィールドのモンスター1体を除外する! 対象は当然トラックロイド! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 ジャンク・アーチャーの放った矢がトラックロイドに突き刺さり、トラックロイドはフィールドから消え去ってしまう。

 ……さて。これでフィールドはガラ空きだな。

 

「このターンに魔法カードを使用したため、ニトロ・ウォリアーは効果によりダメージステップの間、攻撃力が1000ポイントアップする! ニトロ・ウォリアーとジャンク・アーチャーで直接攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》! 《スクラップ・アロー》!」

 

 炎を纏った拳と一本の矢が翔に向かって放たれ、それをそのまま食らった翔のライフポイントが一気に0を刻む。

 うむ。自分でやったことながら、これはひどい。

 

翔 LP:4000→0

 

 デュエルが終わり、周囲で見ていた十代と隼人、三沢、明日香、ジュンコとももえという面々が寄ってくる。

 そして、当の負けた翔はというと……。

 

「うぅ……ひどいや。あんなの何も出来ないよ。やっぱり僕はダメな奴っす……」

 

 めちゃくちゃヘコんでいた。

 ディスクも外さずそのまま体育座りでいじけてしまった翔を、十代と隼人と三沢が必死に慰めている。「あれは仕方ないんだな」「俺だって負けちまうよ」「こういう時もあるさ」と言っているのが聞こえる。正直、すまんかった。

 そしてこちらには明日香、ジュンコ、ももえが近付いてくる。

 そんな中、明日香が開口一番、呆れた声で言い放った。

 

「……えぐいわね」

「返す言葉もございません」

 

 全力を尽くすのが礼儀だと思って臨んだのだが……さすがにあそこまで手札がいいとは思わんかった。そのうえで全力を尽くした結果がこれだよ!

 明日香だけでなく、ジュンコとももえも呆れ顔だ。この二人、最近は俺たちのグループと会うことにも抵抗がなくなってきたらしく、明日香がいない時にも会えば話ぐらいはするようになった。俺の場合、同じブルーになったというのもあるのか十代たちより話す機会は多い。

 ちなみに俺の制服は万丈目みたいなのじゃなく、カイザーのように白が主体のほうの制服だ。ちょこっと改造して他寮の制服みたく丈は短くしているが。青一色のほうはどうも着る気になれなかった。どこぞの雨に弱い大佐のコスプレみたいで。

 

「でも、あんたって最近調子いいわね」

「そうですわね。この間もブルーの生徒に無傷のうえ数ターンで勝っていましたし」

 

 一体なぜ、という言葉が透けて見えるような顔で三人が俺を見る。

 ジュンコとももえの言葉は事実で、ここのところの俺の成績は良くなっている。以前から授業のデュエルなどでは無敗だったが、その内容が良くなっていると言うべきか。

 それを自覚している俺は、頭をかいて何気なく体育座りをしている翔を見た。

 

「……なんか、引きが良くなったんだよな。ここのところ」

 

 それが俺の成績が良くなった全てだ。そう、俺のドロー力とでもいうべきものが向上したらしいのがその原因なのだった。

 これについては、既にマナに確認を取っている。

 俺としてはこんな現象を起こせる存在を精霊しか知らなかったし、このドロー力向上の切っ掛けとなるものといえば、先日の月一試験でこれまで以上にデッキに信頼を置くようになったことしか思い当たらなかったからだ。

 となれば、カードの精霊であるマナならば何かわかるかもしれないと思って、俺はこのことをマナに尋ねたのである。

 そして、マナは言った。その月一試験が切っ掛けだよ、と。

 何でもカードたちはいつも俺に応えようとしていたが、所詮ゲームと心のどこかで思っていた俺は、その意思を受け取れていなかった。だからこそ回りづらかったのだと。

 ……それでもしっかりシンクロ出来ていたのは、精霊であるマナがついていることで元々のドロー運が上がっていたのとデッキの構成が良かったからなんだとか。

 そんな裏事情があったとは。というか、精霊がいるとドロー運上がるとか全く知らなかった。加護みたいなものなのだろうか。

 この世界に来てから一度だけ、このデッキの切り札を出したことがあるが、ある意味それはデッキ頼りだったというわけだ。あの時は余裕がなかったからそんな考え浮かびもしなかったが。

 しかしあの月一試験以降、俺もカードたちに心を開き信じるようになったことで、カードたちとの間に絆とも呼ぶべきものが繋がったのだとか。

 その結果、上手く回るようになったらしい。

 なんつーファンタジー。思わずそう思った俺だが、それがこの世界の現実なのだから仕方がなかった。

 そういうわけで、俺は十代ほどではないにしても十分なドロー力を手に入れたのである。

 そして、その結果が今の翔であった。

 正直今回は特に上手くいきすぎたが、普段はこれほどでもない。なんでそれが翔とのデュエルで当たってしまったのか。出来ればもっと負けられないデュエルで当たってほしかったものである。

 と、そんなことを考えていると明日香がため息をついた。

 

「羨ましいわね。あなたといい十代といい。そのドロー運を少し分けてもらいたいぐらいだわ」

「おいおい。いくらなんでも十代と一緒にするなよ。流石にあそこまでじゃないって」

 

 あんな遊戯さんなみに引きたいカードを引く奴と一緒にされては困る。ああいうのをチートドローっていうんだ。俺のはそこまでじゃない。

 

「ま、明日香がそこまで欲しがるのもわかるけどな。黄金の卵パン全然引けないみたいだし」

「っな! な、なんで、あなたがそんなことを知ってるのよ!?」

 

 突然表情を変えて食ってかかってくる明日香。

 おお、顔が赤い赤い。そんなに恥ずかしいもんかね、そんなことが。

 

「いやー、知らなかったよ。黄金の卵パンを引けない度に落ち込むんだって? 可愛らしいトコあるじゃんか」

「か、かわっ!? そ、それより誰がそんなことを!?」

「こいつ」

「ちょ!?」

 

 俺は即座にジュンコを指さす。

 実際、以前ちょっと世間話をした時にこのことを俺に話したのはジュンコである。俺としてはそんなエピソードもあったような気がする、とどこか懐かしい気持ちでその話を聞いていたのだが。

 

「ジュンコ……! あなたねぇ!」

「ご、ごめんなさい、明日香さん!」

 

 明日香にとってはそういう問題でもなかったようだ。

 明日香はまだ僅かに赤みが頬に残るまま、表情を怒らせて怯えるジュンコを精神的に追い詰めていた。

 そしてその様子を見てにやにや笑う原因たる俺。いや、だって赤くなって怒る明日香は可愛いのよホント。普段が強気な態度を取っているだけにね。そのギャップが良いのです。

 

『………………』

 

 いてっ! 誰だ、背中をつねった奴は!

 

「やれやれですわ。それより遠也さん。あちらのほうは、ひと段落したようですわよ」

「ん?」

 

 ももえの言葉に促されて見てみれば、体育座りをしていた翔が立ち上がり、十代たちと話していた。そして連れだってこちらに近づいてくる。

 翔ももう普段の様子に戻っているらしく、その顔には笑みも見える。まぁ、ワンキルとはいえ、それ自体はこれまでにもごく僅かにやったことがある。それを翔も知っているから、回復も早かったのだろう。

 俺は手を上げて呼びかけ、四人と合流する。翔とも話をして、結局「まぁ、こういうこともあるよね」という結論に落ち着いた。実際、そうとしか言えんし。

 そして四人は俺の後ろでジュンコにプライバシーについて説教している明日香を見て、「あいつら何やってんだ?」と疑問を投げかけてくる。

 もちろん俺の答えはノーコメント。ここで事情を話したら、次は俺がジュンコの立場になる。いくらなんでも、自分が怒られるのは勘弁である。

 そんなわけで、俺たちは学生らしくカード談義に花を咲かせることにする。いつもは明日香について行くももえも、今はこちらに加わっている。さすがに今の二人と一緒にいるのは退屈だし嫌だったのだろう。

 笑顔でおしゃべりに興じる俺たち。そして、説教が終わったのか消沈しつつ俺を睨むジュンコと、澄ました顔を取り繕っている明日香。

 そんな二人も加わり、俺たちのまったりとした時間は過ぎていく。

 なんとも穏やかに過ごす、アカデミアの放課後。実に楽しい俺たちの学園生活だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――……さて。

 先日ラーイエローからオベリスクブルーに昇格した俺であるが、はっきり言わせてもらおう。

 この寮、居心地悪すぎである。

 ちょっと寮の中を歩けば、

 

「ふん、成り上がりめ」

「なんだってこんな奴が新カードのテスターを……」

「ちっ、目障りな」

「さんだ!」

 

 ばかりなのだ。

 それはもう空気が悪いのなんの。お前ら心狭すぎだろ、と内心で突っ込んだのは一度や二度ではない。

 そしてそれに辟易しつつ教室に行けば、俺は十代や明日香たちと世間話。それがまた気に食わないらしい。ブルーのくせにレッドとつるむとは何事か、ということである。どないせいと。

 加えて俺が明日香と下の名前で呼び合うほど親しいのも拍車をかけている。忘れがちだが、明日香は男子生徒から抜群の人気を得ているのだ。要するに嫉妬である。

 俺が「十代だって明日香って呼んでるじゃん」と言えば、それは何故かスルーされた。解せぬ。

 仕方ないので「ひがみ乙m9(^Д^)」と指をさして半笑いで言ってやったところ、俺を見る目が更に厳しいものになった。どないせいと。

 どこに行ってもそんな目で見られ、悪口を言われるので、俺よりも隣にいるマナの堪忍袋の緒がヤバイ。俺が悪く言われる度に、ぶっすーと機嫌悪そうにしているのだ。

 俺自身は気疲れするだけだし、まあそのうち慣れるなりなんなりして何とかなるだろうと思っていたのだが、さすがにマナの精神衛生上悪いとなれば対策を考えざるを得ない。

 そういうわけで、ひとまず俺はレッド寮の十代の部屋に来ていた。翔と隼人には悪いが少し出ていってもらって、今ここにいるのは俺と十代。そしてマナとハネクリボーだけである。

 

『もう、ひどいんだから、あの人たち! 遠也のことを散々悪く言って! あの人たちに遠也の何がわかるって言うの、もー!』

「あー……うん、そうだな。……おい、遠也~。なんとかしてくれよ」

「すまん」

『クリ~』

 

 マナの愚痴に付き合わされている十代を見ながら、俺はハネクリボーを胡坐をかいた上に乗せて抱きかかえていた。

 ちなみにハネクリボーはマナの力でこの時だけ実体化している。魔法万歳だ。

 ……しかし、こいつ。めちゃくちゃ手触りいいな。もふもふしてるし、羽も綺麗だし。

 そう思って撫でまわしていると、クリクリ言いながら身をよじった。どうやらくすぐったいらしく笑い混じりである。なにこの可愛い生き物、欲しいんですけど。

 十代はマナの相手をさせられ、少々お疲れ気味である。かれこれ15分は続いているからなぁ。申し訳ないが、精霊を見ることが出来る知り合いがお前しかいなかったんだ。どうか諦めてほしい。

 そう、俺が十代の部屋に来たのはマナのストレス発散のためだ。いろいろ溜まっているものがあるだろうとわかっていたのだが、いかんせん相手が当事者の俺では愚痴も言いづらい。

 そこで、精霊が見える人間に相手をしてもらおうと思ったのだ。すると、候補が十代しかいなかった。つまり、そういうことである。

 すっかり表情に元気がなくなった十代だが、それでも嫌だと言わないあたり本当に良い奴である。

 けどまぁ、さすがにそろそろ出ますか。これ以上十代に甘えるのも悪いしな。

 

「おーい、マナ。そろそろ行くぞー」

 

 俺がそう声をかけると、十代はほっとした表情を見せる。そして、マナが今度は俺のほうに詰め寄ってきた。

 

『遠也も遠也だよ! なんにも言い返さないんだから!』

 

 ずいっと身を乗り出して強く言ってくる。いや、だって否定したところで簡単に変わるもんでもないだろ、ああいうのは。ていうか近いよ。

 しかし、まさかこっちにも飛び火するとは。やれやれ。

 

「いや、まぁ。俺はいいんだよ、別に」

『むー……なんで?』

 

 納得していない表情のマナ。頬まで膨らませて、子供か。

 まぁ、先に挙げたのも理由の一つだが、理由はもう一つある。

 

「だって、お前が代わりに怒ってくれてるだろ」

 

 そう、だから俺まで怒ったってどうしようもないだろ。二人揃って腹立てたって馬鹿らしいじゃん。

 それに、隣に怒っている奴がいるとこっちは案外冷静になれる。だから、俺はそこまで腹が立たないのである。

 

「他の奴が何を言ったって、いいんだよ。お前が怒ってくれてるから、俺はそれで」

 

 俺はそう言って目の前のマナを見る。すると、なんだかマナは照れていた。何故に。

 

『そ、そっか……。うん、それなら、まぁ』

 

 マナはどもり気味に言うと、そのままふよふよと俺の隣の定位置に戻ってくる。

 よくわからんが、戻ってきたならいいや。迷惑かけちゃったし、さっさとお邪魔するとしますかね。

 

「悪かったな、十代。でも助かった。またな」

「お、おう」

 

 ハネクリボーを手放すと、再び精霊化して十代のほうへと飛んでいく。それを見送ってから、俺は横で急に嬉しそうになったマナを連れて部屋を出た。

 ……しかし、なんでこんな急に態度変わってるんだこいつは。女心っていうのは、わからんもんである。

 

 

 ――そして、俺とマナが出ていった後。

 

「……なぁ相棒」

『クリ?』

「あいつら、やっぱ仲いいなぁ」

『クリ……』

 

 しみじみとそんな感想を述べる十代と、そんな十代をどこか呆れたような目で見るハネクリボー。

 そんな光景があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 十代の部屋から出た俺は、翔と隼人にもう部屋に戻ってくれていい、とお礼とともに伝え、ぶらぶらと外を歩いていた。

 

「うーん……どうしようかなぁ」

『イエロー寮の部屋は使っちゃダメなの? そのまま空いてるんだし』

 

 マナの意見に、ふむと考えを及ばす。

 確かに、俺がブルーに昇格したことで、イエロー寮には現在一室の空きがある。そこに戻ることも恐らくは可能だろう。

 だが、それは結局問題を先送りしたに過ぎない。来年になって新入生が入ってくれば、寮に空きはなくなる。その時またこうして悩むことになる、というのは意味がない気がする。

 

「というわけで、却下」

『むー、そっかぁ。いい案だと思ったのになぁ』

 

 そしてまた二人して唸る。

 こんなことなら、気軽に昇格を受けるんじゃなかったかな。元々ブルーの生徒は避けてたわけだし。

 基本的に、もらえるものはもらっておく、というのが俺のスタンスだ。そうやって生きてきた貧乏性な俺だが……今回はその性質が祟ったわけだ。その場のノリで決めるもんじゃないな、こういうのは。

 しかし、マジでどうしようかな。

 どうにか現状を改善してみる、とマナに言ったはいいものの、何も具体案が浮かんでこない。二人して知恵を絞っているのに、なんてこった。

 これが本土だったら自宅通学という最終手段もあるのだが、アカデミアは独立した島だ。さすがにそこまで離れていては、その手も使えない。

 うーん、これは本当に難しいぞ。最悪、諦めてブルー寮で暮らしていくしかない。

 でもなぁ。マナの負担になると思うと、嫌なんだよなそれは。ホント、どうしたもんか……。

 

「あら、遠也じゃない。どうしたの?」

 

 うーん、と唸りながら歩いていると、不意に前から声がかけられた。そちらに意識を向ければ、ちょうどこちらに向かって歩いてくる明日香の姿があった。

 

「あー、明日香か」

 

 気付いた俺は、気だるげに片手を上げて挨拶をする。

 すると、明日香は少し眉を寄せて近づいてきた。

 

「なんだか元気がないわね。何かあったの?」

「んー……あったといえばあったかなぁ」

 

 突然何かが起こったわけではなく、ずっと続いていることだからなぁ。あったと言っていいものか。

 そんな曖昧な回答に、明日香はため息をついた。

 

「よくわからないけど……悩みがあるなら、私でよければ相談に乗るわよ?」

 

 俺の煮え切らない態度に、何かあったと思ったのだろう。意外と面倒見がいいと評判(アカデミア中等部女子の声より)な明日香が気を使ってそう提案してきてくれる。

 申し出はありがたいが……好意に甘えていいものかな。ブルー寮になじめないっていうのは、結局のところこっちの我儘なわけだし。それで手を煩わせるのもなぁ。

 

『遠也、遠也。明日香さんに話してみようよ』

 

 内心で逡巡していると、マナがそう促してくる。そして、その後にこう続けた。

 

『明日香さんは私たちよりアカデミアには詳しいはずだよ。もしかしたら、何かいい案を出してくれるかも……』

 

 そういえば、明日香は中等部からの繰り上がりなんだよな。オベリスクブルー所属ってことは、俺のような昇格じゃない限りは中等部の成績優秀者で構成されている……はずだ。

 実際にデュエルすると、成績優秀? となってしまう奴も多いが……。その点、明日香はそこら辺も折り紙つきである。

 っと、話が逸れた。確かにマナの言うとおりだ。アカデミアに来て日が浅い俺より、明日香のほうが色々と詳しいのは間違いない。

 となれば、相談するというのも一つの手、か。ふむ……。

 

「……すまん、明日香。ちょっと話を聞いてもらってもいいか?」

 

 おずおずと切り出す俺。それに対して、明日香は快く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 近くのベンチに場所を移し、そこで理由を話すことしばし。

 聞き終えた明日香の反応は、謝罪から始まった。ちょ、頭上げてよ。

 

「本当にごめんなさい。同じブルー生として心から謝るわ」

 

 言って、顔を伏せる明日香。よっぽど自分と同じ寮の人間がとった態度が気に入らなかったらしい。まぁ、明日香の性格ならそうだろうが、気にしすぎだと思うんだが……。

 隣でマナも困ったように苦笑を浮かべている。こういうところ、俺は結構好きだけど、将来いろいろ苦労しそうな損な性格だとも思う。

 

「いや、明日香は何も悪くないじゃん。それに、そんなつもりで話したわけじゃないし」

「でも……」

「それに、謝るなら本人がしないと意味ないだろ?」

「それは、そうだけど」

 

 至極まっとうな返しをすれば、明日香は納得いかなさげではあったが、頭を上げてくれた。

 明日香曰く、ブルー生はイエローからの昇格だけに限らず、外から新しい者が入るたびに同じ態度をとっているのだとか。女子はそこまででもないが、男子は本当にひどいとのこと。

 うん、それは予想してた。だって結託してるんじゃないかってぐらい、こっちを貶す奴ばかりだったからな。元からそういう土壌がないと、ああはならないだろう。

 と、そんなブルーの気質はどうでもいい。それよりも現状を改善するにはどうすればいいかが重要だ。

 

「というわけでさ、明日香。何か良い案はないかね」

「そうね……たぶん、難しいと思うわ。今までにも昇格して来た人はいたけど、あなたのようなことを言いだした人っていなかったし」

「え、そうなん? じゃあ、過去の人はみんなあの空気に耐えたわけ?」

「……というより、そのうちに染まったってところね。一緒になって他寮を貶し始めたことで、仲間として受け入れられたみたいよ」

「うわぁ……」

 

 何その救いのない話。

 ここが教育機関とは信じられないな。今度、海馬さんに連絡しておこう。いくらなんでもこれはひどいだろう。

 でもあの人、変なところで常識に縛られないからなぁ。全部「己のロードは己で切り開け!(キリッ」で片づけられそうな気がする。

 ……いかん、そう考えると知っていて放置の線が濃厚になってきたぞ。いいのかそれで、海馬さん。

 まぁ、そのことについて考えるとなんか変なことになりそうだから、置いておこう。今は自分の現状をどう改善するかだ。

 

「しかし、そうなると困ったな。ああいう空気は精神的にキツいっぽいしなぁ。俺ならそこまで気にしてないのになぁ……」

「え? あなたの話ではなかったの?」

「え? あ、あー……ちょっと事情があってな」

 

 まぁ、いいかと判断して軽くその事情を話す。

 つまり、俺の部屋によく来る友人がいて、そいつがブルーでの俺の扱いに俺以上に憤慨している。このままではそいつの精神衛生上よろしくないので、何とかしたい。

 俺が今の状況をつらいと思っているわけではない、というのがさっきの説明とは違う点。ブルーでの立場しか明日香には説明しなかったからな。きっと、明日香は俺が参っていると思っていたんだろう。

 

「なるほど、そういうことだったのね。私は、てっきり遠也が気にしているのだと思っていたわ」

「やっぱり勘違いしてたか。俺は別に気にしてないよ。耳障りではあるけど、そのうち悪口言うのも面倒になって、静かになるさ」

『私は、そうなるのが嫌なの!』

 

 マナにしてみれば、なんでこっちが耐えなきゃいけないのか、ということなのだ。その言い分は確かに正当だ。だからこそ、俺もこうして出来るだけのことはしようとしている。

 耳障りだと言ったようにいい気分でないのは確かなので、なくなるにこしたことはない。

 

「遠也らしいわね。……でも、意外ね。遠也がいるとはいえ、十代がブルー寮に行くなんて」

 

 明日香が表情に少し驚きを混ぜながら言うが……明日香は何を言っているんだ?

 

「いや、俺の部屋に来るのは十代じゃないぞ?」

「え? なら翔くん、前田くん、三沢くんかしら?」

「や、全員違うから。そもそも男じゃなくて女だから」

「………………ジュンコ? ももえ?」

「親しい女子といえばその二人もそうだが、違うぞ」

 

 俺が全て否定すると、明日香は目をきょとんとさせて、再び口を開く。

 

「……あなた、私たち以外の女子にも友達がいたのね」

「……悪かったな」

 

 憮然として返すが、明日香の言うとおりである。

 アカデミアの女子で友達と言えるのは、明日香、ジュンコ、ももえの三人だけだ。明日香の言っていることは、間違いではない。だからこそ、癪なのだが。

 けっ、どうせ友達少ないですよー。いつもの面子としか話しませんよー。

 やさぐれて拗ねると、マナが精霊化したまま苦笑いと共に頭を撫でて『よしよし』と慰めてくる。嬉しいような、情けないような……なんとも微妙な気持ちになる俺なのだった。

 そして、拗ねた俺を見て明日香も言葉が過ぎたと自覚しているのだろう、慌てて言葉を重ねてくる。

 

「ご、ごめんなさい。つい、というかその、あまり私たち以外の女子と一緒にいるのを見たことがなかったから……」

「いやー、いいさ別に。実際、一緒に行動してるわけじゃないからな」

 

 言い繕うように言い訳してくる明日香に、俺は態度を改めて笑顔で返す。

 マナは常に傍にいるものの、見えるわけではない。周囲からしてみれば、俺は一人でいるようにしか見えないのだ。

 だから、明日香がわからないのは仕方がない。そのことで責めるほど、俺も常識がないわけじゃなかった。

 そういうわけで、このお話はここまでにして。真面目にどうするのかを話し合う。

 しかし、やはり生徒の身に出来ることは多くなく、大した案は出てこなかった。本来ならクロノス先生に相談するべきなんだろうが、ブルーを……というより中学からのエリート組を贔屓しまくっているあの先生がまともに取り合ってくれるかは微妙なところだ。

 とはいえ、確か一年生のいつだったかにクロノス先生の差別主義はなりをひそめていたような記憶があるので、その後になら相談しても無碍にはされないと思う。

 となると、その時まで待つのが一番かね。

 明日香に、とりあえずは様子を見る、と結論を伝える。

 大して力になれなくてごめんなさい、と言う明日香に話を聞いてくれただけでも助かったよ、と返して俺たちは寮に戻ることにした。別れ際に、俺と親しいその子の名前を教えてほしいと言われたが、それはやんわり断っておく。

 生徒として存在していないマナが探して見つかるわけがないし、もし同じ名前の人がいたらその人に迷惑がかかるからだ。俺が名前を明かさないことに、明日香は少し怪訝な顔をしたが、突っ込んでくることはなかった。

 そうして自室に入った俺たちは、広い部屋に備え付けられたこれまた大きなベッドに身を投げ出す。マナも同じように実体化して寝転んだ。こら、服を気にしなさい服を。若い女の子がはしたない。

 

「むー、振り出しに戻っちゃったね」

「あー、まぁなぁ」

 

 二人してベッドの上でだらけながら、今日の成果を端的に表す。この部屋を出て、歩き回り、結局戻ってくる。まさに振り出しに戻るだ。

 

「十代のところが三人部屋じゃなかったら、転がり込む手もあったんだけどなぁ」

「遠也が入ったら、許容量オーバーだもんね」

 

 あそこは三人で既にギリギリだ。俺が入る余地はないだろう。

 

「イエローもなぁ。また戻るのも、なんか恥ずかしいしなぁ」

「ずっといられるわけじゃないしねー」

 

 一年先に、絶対出ていかなければならないんなら、最初から入るべきじゃない。

 

「やっぱ、ここで過ごすしかないって」

「むむむ……はぁ、仕方ないかぁ」

 

 溜め息をついてマナがごろりと寝がえりを打つ。

 そして、何故か俺の腕をとりそのまま胸元に抱え込んだ。むにょん、と柔らかい感触が腕全体に広がる。うん、素晴らしいおっぱいだ。

 

「――じゃない! 何してるんだ、お前は!?」

「えー、いいじゃない別にー」

 

 言いつつ、更に身を寄せてくるマナ。

 こ、これは一体なにが起こっているんだ!? 孔明の罠か? それとも夢を見ているのか? 俺の煩悩が見せる幻だと言うのか? 何がどうなったらこうなるってんだ!?

 驚きのあまり身動きが取れない俺に、気を良くしたのかそのまま身体ごとひっついてくるマナ。男にはない心地よい感触と甘い匂いに、思わず頭がくらりとする。

 十七になろうという童貞の男に、間違っても取っていい態度ではない。色々真っ盛りな年齢である俺には、刺激が強すぎる。

 この島に来てから、いつもよりマナからのスキンシップが多いとは思っていたが、それでもここまでのものはなかった。それ以前のものでもドギマギしていた俺に、いきなりのこれはレベルが高すぎる。せめて手を繋ぐところから始めてもらわないと……!

 いや、問題はそこじゃないぞ俺。気持ちはわかるが混乱するな。そうではなく、どうしてこうなったってことだ。

 確かに俺はマナに対して大きな友情と感謝を感じているし、それとは異なる感情も持ち合わせてはいるが、しかしそんなことをおくびにも出していないはずだ。なのに何故こうなっているのか。まったく理解できない。

 いかん、慣れない事態に冷や汗が出てきた。っていうか、汗かいてるのマナにバレてないかな? ここで汗臭いとか言われたら、俺もう立ち直れないんですけど。

 

「ありがとね、遠也」

 

 と、そんなことを延々と考えていた俺の耳に、マナの声が届く。

 

「私のこと、気にしてくれてたんでしょ? ありがとう」

 

 なんだか神妙な声で言うマナ。きっと、俺がマナのためにも現状を改善したほうがいいと思って、今日行動したことを言っているのだろう。

 だけど、これぐらいのこと今日が特別なわけじゃない。俺は結構マナには甘いと自分で思っているし、実際マナのことになれば前々から色々行動していたように思う。

 マナに頼まれれば、よほどのことでなければ請け負うし、そうでなくても俺から気を使うこともある。要するに、俺に対するマナの対応と同じだ。言ってしまえば、お互い様ってやつである。それぐらい、マナもわかっていると思うんだが。

 だから、俺はいつものように返す。気にするな、と。好きでやってるんだから、と。

 

「き、気にするなって。それより、身体をくっつけられると、ちょっと……」

 

 最初にどもったうえ、最後はなんだか情けない感じになってしまったが、言いたいことは言えたと思う。

 これで離れてくれないかな。この感触は確かにもったいないが、それよりも俺の精神がそろそろヤバイ。童貞の沸点の低さを舐めないでもらいたいものだ。

 そんな俺の返答に、マナはくすりと笑った。そして、そのまま抱えていた腕に顔を寄せる。い、息がかかる! なんで離れずに更に近づくんですかちょっと!

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、マナは寄せていた顔を僅かに上げて俺を見上げる。

 その頬は上気して赤みを帯びており、現在の体勢と相まって俺の理性をがりがりと削って余りある破壊力を秘めていた。

 やっぱり、マナって可愛いよな。ふと、そんな感想が頭をよぎった。

 そして、マナはどこかうるんだ瞳で俺を見つめ、ゆっくりと唇を動かして言葉を紡いだ。

 

「――遠也。あの、私ね……」

『すまない、丸藤亮という。部屋にいるか?』

 

 ノックの音と共に聞こえてきた声に対する俺たちの反応は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 互いに心臓が限界まで脈打ち、思わず上げかけた声を抑え、その拍子にマナと俺は離れ、勢い良くその場を退こうとした俺は、ベッドから飛び落ちて背中を床に強打。轟音を響かせてのたうちまわる羽目になった。

 対してマナは小さく高い声を上げ、そして照れと焦りからか顔を真っ赤にさせた。思わず離してしまった腕も気にせず、俺とは反対方向に飛びのいていた。ベッドからは落ちていないようだが、ぼーっと胡乱な目をし、そうかと思うと扉のほうを睨みつけた。

 珍しくかなり強い目つきで、相当怒っているのだとわかる。俺は痛む背中を抑えながら立ち上がると、ギロリという擬音がつきそうなほど扉を睨むマナに話しかけた。

 

「マナ! 精霊化、精霊化! このままじゃヤバイって!」

「う、ぐ、むぅぅ……うん」

 

 なんだか物凄く不満そうにマナが精霊化する。

 後が怖そうな気がビンビンするが、今は気にしないことにしておく。そして、俺は扉に近づき鍵を外すとそのまま開けた。

 そこに立っていたのは、カイザーの通り名で知られるデュエルアカデミア最強のデュエリスト。俺の友人でもある丸藤翔の兄、カイザー・丸藤亮がそこにいた。

 

「大丈夫か? 中から凄い音がしたが……」

「あー、大丈夫です。ちょっとベッドから落ちただけなんで」

 

 俺がそう返すと、カイザーは「そうか、気をつけたほうがいい」とのたまった。

 ……うん、お前が言うな。原因はあんただぞ、カイザー。

 そしてマナよ。見えないからって、手に持った杖をカイザーに向けるんじゃない。何がそんなに気に入らないんだ。あれか、話を遮られたのがそんなに嫌だったのか。

 確かに、その……なんだ。ああいう話を遮られて腹が立つのはわかるが……。俺としては、ちょっとホッとしたところもあるので何とも言えない。

 

「それで、いま大丈夫か? 急で申し訳ないんだが、時間があるなら、デュエルをしてほしい」

「俺と、ですか?」

「ああ」

 

 頷くカイザーに、驚く俺。

 なんと、カイザーから直接の指名とは。噂では、カイザーとのデュエルは予約が必要で、それもかなり先まで埋まっていると聞いたことがある。

 そのカイザーが自らこうしてやって来るなんて。カイザーもよほどシンクロのことが気になっていると見える。

 幸い今はまだ夕方にもならない時間。余裕はある。けど、マナの様子がおかしいし、そちらが気になる。そうなると、ここは断ったほうがいいかもしれない。カイザーとのデュエルは、また機会があるだろうし。

 

『遠也、受けて』

「へ?」

「どうした?」

「あ、いや何でもないです」

 

 断ろうと思ったところで、急にマナが話しかけてきたので驚いた。ちらりと横を見ると、マナがカイザーを睨みつけて頬を膨らませていた。うわぁ。

 

『遠也、この人やっつけちゃって!』

 

 そう言って、杖をカイザーに突きつけるマナ。

 これは……相当怒ってるな。俺でもそんなに見たことがないぐらいに怒ってる。よっぽど今のことが気に食わなかったようだ。

 けど、当のマナがこう言うんだ。俺に断る理由はなくなった。というより、ここで断ったらマナに何をされるかわからん。むしろ受けるしかない。

 

「わかりました。それじゃあ、行きましょう。出来るだけブルー生が行かないところを希望します」

「なるほど……わかった。デュエルを受けてくれて感謝する」

 

 こうしてカイザーとのデュエルが決まり、カイザーは俺を先導しつつ歩いて行く。

 さて、この学校最強の実力者と名高いカイザー。サイバー流、つまりサイバー・ドラゴンを中心に使うデッキだったはず。

 その実力はどれほどのものなのか。後ろにいるマナが怖いのはあるが、それでも楽しみである。

 俺はさながら十代のようにこの後のデュエルに思いを馳せながら、カイザーの後を追うのだった。

 

 

 

 

 


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