遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第63話 異状

 

 レイが何者かによって傷つけられ、保健室へ連れて行ったあと。すぐに駆けつけてくれた鮎川先生にレイを任せ、俺や十代は休むことになった。

 それというのも、鮎川先生が俺たちはすぐに寝るようにと釘を刺してきたからだ。十代も俺もレイのことが心配で、しばらく傍についていようと思っていたのだが……それを言っても許可は出なかった。

 鮎川先生いわく、「あなたたちが思っている以上に、二人とも疲れた顔をしているわ」とのこと。

 確かに、色々なことがありすぎた一日だったことは否定できない。その渦中にいただけに、疲労が蓄積していてもおかしくはなかった。実際、より身体の疲労感を増大させるデス・デュエルを行っていたわけだしな。

 そういうわけで、後ろ髪をひかれつつも十代は退出。俺はそもそも保健室で寝ていたので、そのままベッドに戻って休みを取った。レイのことを気にかけながら。

 

 ――そして、翌日。朝食の給仕を行うトメさん達を手伝っている明日香、剣山、翔を除いた全員が保健室に集まっていた。

 特にヨハン、オブライエン、ジムはレイが倒れていた現場にいただけに、レイのことは気がかりだったようだ。アモンは実際に見てはいないが、生徒が何者かに襲われたという話を聞いて居ても立ってもいられなかったという。

 ……アモンだけ妙に胡散臭く思えるのは何故だろうか。なんとなくモヤッとするが、あまり人を疑うというのも良くない。頭を振って気持ちを切り替える。

 また、全員の中にはパラドックスも含まれている。というのも、昨夜レイにベッドを譲ったパラドックスは、そのまま保健室の奥でソファを引っ張ってきてそこで寝ていたからだ。そのまま保健室に留まり、今は腕を組んで壁にもたれかかっているというわけである。

 目を伏せてこちらなど気にしていないかのように佇む姿に、少しだけ苦笑する。

 

「――それで、鮎川先生。レイの様子は?」

 

 そんな中、ベッドで荒い呼吸を繰り返しているレイを心配気に見つつ、十代が問いかける。

 それに続いて俺達が一斉に目を向けると、レイの様子を見ていた鮎川先生は心苦しそうに首を横に振った。

 

「あまり、良いとは言えない状態よ。昨晩から取れる手は取っているのだけど……必要な薬品が圧倒的に足りないわ」

 

 そう言って、鮎川先生は必要な薬品を書き出したメモを見せてくれる。俺が受け取り、皆がそれを覗き込むが……そこに書かれている薬品がどういったものなのかさえ俺たちにはわからなかった。

 

「それらさえあれば、もっとレイちゃんも楽になるんだけど……」

 

 レイの額に浮かんだ汗を拭いつつ、先生はそうこぼす。

 その苦しそうなレイの様子に、俺達も胸が締め付けられるようだった。目の前で苦しんでいる女の子がいるというのに、男がこれだけ集まって何もできないとは……。

 しかし、そうは言ってもどうしようもないこともある。文明から完全に切り離されているらしいこの世界で、薬品を手に入れる手段など期待できないだろう。一面砂漠なのだ。薬どころかその原材料があるかすら怪しい。

 つまり、八方塞がり。そんな言葉が脳裏をよぎった時、不意にベッドで半身を起こしていた三沢が口を開いた。

 

「……薬品、か。もしかして、あそこなら……」

「ッ! 心当たりがあるのか、三沢!?」

 

 呟かれたその言葉に俺が反応し、皆も三沢へと目を向ける。それを受け、三沢は一つ大きく頷いた。

 

「ああ。実はここに来る途中に巨大な潜水艦を見たんだ。砂に埋もれていないということは、まだ最近の物のはず。それに、あれほどの規模の潜水艦ということは――」

「なるほど。軍関係のものかもしれないと言いたいわけか」

 

 オブライエンが先回りして言えば、三沢は首肯した。

 

「そうだ。軍なら、最新の薬品を取り揃えている可能性がある。それでなくても、乗組員用に薬品の取り置きが必ずあるはず」

 

 潜水艦か。なんでそんなところにあるのかは知らないが、渡りに船とはこのことだな。これでレイを助けることが出来る。

 そう思ったのは俺だけではないようで、皆の顔も明るいものになっていた。

 

「では、すぐに向かいましょう。モンスターに荒らされないとも限らない」

「Yes。アモンの言う通りだ、早ければ早いほどいい」

「そうだな。早速準備をして、クロノス教諭たちに外出許可をもらいに行こう!」

 

 アモン、ジム、ヨハンと続き、そしてその意見の中に反対するような点は何もない。

 これで俺たちの意見は完全に一致した。レイを一刻も早く助けるため、件の潜水艦へ向かい医薬品を回収する。その目的を確認し合い、俺たちは力強く頷き合うのであった。

 

 

 *

 

 

 そんなふうにこれからの行動を決めた一時間後。俺は潜水艦に向かうことなくアカデミアの体育館で行われている昼食の配給を眺めていた。

 既に、十代、ヨハン、ジム、オブライエン、アモンの五人はクロノス先生とナポレオン教頭の許可をどうにかもぎ取って、レイのために砂漠に乗り出している。それを思うと、こうしてじっとしている自分に溜め息が出てくる。

 そんな俺に気付いたマナが、とりなすように俺の肩を軽く叩く。ちなみに今は精霊化しているので、マナの姿は他の人間には見えていない。

 

『仕方ないよ、遠也。鮎川先生に言われちゃね』

「……まぁな。けど、わかっててもレイのピンチに動けないのはキツいって」

 

 再び溜め息を混じらせながら呟けば、マナは『気持ちはわかるけど、ね』とマナ自身も歯がゆい思いをしているのがわかる声音で俺の言葉に頷くのだった。

 そう、俺は鮎川先生からまだ激しく動くことのないようにと言われ、今回潜水艦に向かうことを止められたのである。

 パラドックスとのデュエル、ギースとのデュエル。それらもまだ昨日のことなのだ。更に俺はその前までデス・デュエルによって倒れて保健室のお世話になっていた。そんな状態の人間に、砂漠という過酷な環境を歩かせるわけにはいかない、と鮎川先生は俺の参加に反対したのである。

 俺はそれでも十代たちについていきたかったのだが、しかし十代たちにもその方がいいと言われてはどうしようもない。

 この異常な状況下で医師の言葉に従わないことがどれほどのリスクを伴うか。オブライエンにまでそう言われて諭されては、俺も諦めるしかなかった。言っていることは至極真っ当であったし、俺を心配してのことを無碍にも出来なかったのである。

 結果、俺は皆を見送る側になったのであった。そして、同じくアカデミアに残った明日香、翔、剣山は昼食の配給を行うというトメさんのお手伝い。俺も手伝おうかと思ったのだが、働かせては鮎川先生が言った意味がないということで、こうしてその光景をただ眺めている次第なのである。

 

「しかし、ご飯が水とパン一個とはなぁ。長期戦を想定して節約しないといけないのはわかるけど……」

『そうだね。遠也の言いたいことはわかるよ』

 

 俺が言おうとした先を察して、マナが同意する声を上げる。

 要するに、高校生という食べ盛り育ち盛りの年齢である生徒たちにとって、これではきっと持たないだろうということだ。さすがにそれを言葉にすれば不満を煽るだけなので口に出しこそしないが……。

 皆が皆、アイツみたいに大人しければいいんだろうけど。

 そう考えつつ、俺はアイツこと壁にひたすら計算式を書き連ねていっている男を見る。

 視線の先には、汚れを落とし、ぼさぼさだった体毛を綺麗さっぱり剃り落した三沢がいた。ラーイエローの制服に袖を通し、チョークを片手にずっと長々と計算を続けている。

 三沢曰く、ツバインシュタイン博士の元で学んだことを今こそ活かしてみせる! だそうである。

 計算によってこの世界の法則を導き出し、元の世界に戻る方法を見つけ出してやると息巻いているのだ。

 今も片手でパンをかじりながら、決してチョークを走らせることを止めはしない。その鬼気迫る雰囲気に、周囲は若干引いているようだったが。

 

「この状況でも、三沢は三沢だな」

『あはは、そうだね。ああして他人のために一生懸命なところとか、変わってないよね』

「ああ」

 

 もともと光の結社の時も、ラーイエローの後輩たちのためにイエロー寮で頑張っていた三沢だ。こういう皆が困った状況で、自分の知識が生かせるとなれば居ても立ってもいられなかったのだろう。

 そういうところは変わりないようで、俺もマナも知らず口元に笑みを浮かべていた。

 

「――おい! お前のパンのほうが大きいじゃないか!」

 

 その時、突然配給の列から怒声が響く。俺とマナも三沢を見ていた視線を戻し、トメさんの前に並ぶ生徒たちのほうを見た。

 そこには、隣の男のパンと自分の物を見比べて怒鳴り散らしているブルーの生徒がいた。更に、相手も理不尽な物言いに反発して喧嘩腰という一触即発の事態である。

 と、そんな俺たちの前に既に配給を受け取ったらしい万丈目が歩いてきた。

 

「ふん、卑しい奴らめ。少しはこの俺を見習って大人しく受け取っておけばいいものを」

「万丈目」

『え~、でもぉ、兄貴はさっき明日香さんにゴネてたじゃなぁい?』

『そうだそうだ』

『結局サンダーも一緒じゃん』

 

 余裕たっぷりに言う万丈目だったが、おジャマたちによって自分も実はわがままを言ったことをバラされてしまう。

 せっかくカッコつけた後なだけに、万丈目は怒りを爆発させて「貴様らァ!」とおジャマを怒鳴りつけた。

 それに逃げ出したおジャマたちだが、それを追いかけて万丈目もまた体育館を出て行ってしまう。あいつは一体何がしたかったんだ。

 

『万丈目くん、どこか行っちゃったね』

「まぁ、食糧保管庫にでも行ったんだろ。あいつの担当はあそこだしな」

 

 クロノス先生らとも話し合い、現在の事情をある程度知り、かつ実力があるメンバーにはなにがしかの役割が割り振られている。モンスターの侵入を防ぐ外の警備や、学内の治安を守る巡回などだ。

 その中で、万丈目の担当は食糧保管庫を守ること。不正に食糧を得ようという輩や何やらから食糧を守ることがその任務だ。

 さすがにそれを忘れているということはないだろうから、そっちに行っていることだろう。

 それより。

 

「なんだと! 腹が減ってイライラしてるんだ、あまり怒らせるな!」

「うるさい! 俺だって腹が減ってるんだ!」

 

 あっちのほうをどうにかしなければなるまい。トメさんたちも困っているみたいだし。

 幸いにして、あそこで騒いでいる二人の顔には覚えがある。どうすればあの二人が大人しくなるかなど、俺は熟知していた。……あまり気は進まない方法だが。

 

「マナ」

『うん?』

「トメさんのお手伝い、よろしくな」

『え?』

 

 不思議そうな顔をするマナだったが、俺はそれを意図的に無視していがみ合っている二人のほうへと歩み寄る。

 そして近づいてくる俺に気付いた翔や剣山たちに、心配するなと片手を上げて応えてからそいつらに声をかけた。

 

「おい、そこの二人」

「ああ? なんだよ、皆本!」

「お前もやるってのか!?」

 

 声をかけただけで血の気を荒くして威嚇してくる二人だったが、しかし俺は慌てない。この二人に対して有効なものが何なのか、俺は既に知っているのだから。

 

「まぁ、待て。お前ら、気付いてないのか? この世界ではカードのモンスターが実体化することに」

「知ってるに決まってるだろ!」

「だからこうして俺たちは学園の中に籠もってるんだろうが!」

 

 ふざけたことを言うな、と唾を飛ばして二人は言う。しかし、俺はそれに肩をすくめると、一枚のカードを取り出した。

 

「いいや、お前たちはそのことが持つ真の意味に気付いていない。お前たちは、俺が何のカードを持っているか知っているはず……!」

 

 その時、彼らに衝撃走る。

 二人は一様に驚きに目を見張り、次いで怒りなどどこかに行ってしまったかのように期待に満ちた目を見せ始めたのだ!

 

「ま、まさか……!」

「いや、そんな……ひょっとして、この世界なら俺たちの夢が叶うと……!?」

 

 喜びと驚きに声を震わせる二人に、周囲は困惑気味である。しかし、そんなことはお構いなしに、俺はただ二人に頷いた。

 そして、デュエルディスクを展開すると、手に持ったカードをそこに勢いよくセットした。全ては二人に応えるために。

 

「ああ、そういうことだ! 出でよ、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 デュエルディスクから光が溢れ、やがてソリッドビジョンとしてブラック・マジシャン・ガールが姿を現す。

 が、ここは精霊が実体化する異世界だ。そのため精霊であるブラック・マジシャン・ガールは、ただの立体映像ではなく実体を持った存在としてこの場に召喚されたのである。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 そして、召喚された存在――マナは、俺のことをじっとりとした目で見つつ振り返った。

 

「……さっきの言葉は、こういうことだったんだね」

 

 俺が何をしたかったのかを理解したマナが、少しだけ溜め息を混ぜながら言う。

 俺はそれに片目をつぶってすまんと謝り、それに対してマナは諦めたように肩をすくめた。

 

「ぅ、お、うおおおおおおおおおおッ!」

「ほ、本物のブラマジガールだぁあああああ!」

 

 そして件の二人はというと、食糧のことなどそっちのけでマナに夢中になっていた。俺に対して普通に声をかけていたのを見て、実体を持っていると確信したらしい。雄叫びを上げて喜んでいた。

 ……ここまでくればわかると思うが、この二人は熱烈なブラック・マジシャン・ガールのファンなのだ。一年生の頃に俺が《ブラック・マジシャン・ガール》のカードを持っているとわかって以来、よく顔を見るようになったので覚えている。

 たびたび俺のデュエルも見ていたようだし、あれはマナが召喚されることを期待していたのだろうとバレバレだった。

 そして、そんな二人が実体化したブラック・マジシャン・ガールを前にすればどうなるか。まず間違いなく喧嘩どころではなくなると思ったため、こうして実行したわけだ。

 目論みは大成功。二人の意識は見事にマナへと移り変わった。

 もっとも……。

 

「マジでブラマジガール!?」

「やったー! 生きててよかったー!」

「ソリッドビジョンじゃない、本物のブラマジガールが見れるなんて!」

「今はじめてこの世界に感謝する!」

 

 他の男子たちまで釣れたのは予想外だったが。

 考えてみれば、うちはデュエルアカデミアなのだ。そしてブラマジガールはデュエルモンスターズにおいて最も知名度と人気を誇る女性モンスターと言っても過言ではない。熱狂的ではなくても、男子にファンが多いのは当然のことなのかもしれなかった。

 しかし、それならそれで好都合だ。俺は早速全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「みんな! 食糧はトメさんがきちんと分配して用意してくれたんだ! 文句を言うもんじゃない! それに大人しく並んでいれば……ブラック・マジシャン・ガールが給仕してくれるぞォ!」

 

 俺がそう告げた瞬間、爆発的に上がる男たちの歓声。

 そして、彼らはやがて自主的にゴチャゴチャしていた列を正し始め、数秒の内に一本の綺麗な列を作り上げていた。

 

 ちょ、お前らどんだけだよ……。

 

 ちょっと、この世界におけるブラック・マジシャン・ガールの立ち位置を俺はまだ舐めていたのかもしれない。少しの冷や汗と共に、そんなことを思った。

 ともあれ、これで問題はなくなったはず。俺はマナによろしく頼む、と頭を下げつつお願いすると、マナもしょうがないなとばかりに苦笑して頷いてくれる。

 そして早速とばかりにトメさんの横に並ぶと、よろしくお願いしますとトメさんと挨拶を交わす。

 そして。

 

「それじゃ、配給を再開するよ! 喧嘩したりしないで、みんなルールを守ってね!」

 

 そんなマナの呼びかけに、男子が気持ち悪いぐらいに揃った声で「はーい!」と返してくる。

 うん、これで問題なし。他の男のためにマナにお願いするというのは気が引けたが、トラブルの解決が最優先だ。思惑通りに行って何よりである。

 ただ。

 

「これだから、男って……」

「馬鹿ばっかり……」

 

 男性陣は、こちらに飛ばされた生徒の二割ほどを占める女性陣から冷たい視線を浴びることになってしまったが。

 明日香もその例に漏れず、溜め息をついて額を抑えている。まぁ、とはいえこれで問題が解決した以上、何かを言うというつもりもないようだ。

 男性陣にとっては、色々と失うものが多いかもしれない案だったが、ここはスムーズな配給を行うために目をつむってもらおう。彼らだってブラマジガールに会えて嫌な思いをしているわけではないのだから、イーブンである。

 というわけで、俺は満足げに流れるように続く配給の様子を眺めた。十代たちが外で頑張っているのだ。俺たちは中で頑張ってみせる。そう強く思い、今頃砂漠の中で奮闘しているだろう友のことを俺は思い描くのであった。

 そうして俺が決心している時、マナの前では大人しくなった生徒たちを見てトメさんが呟く。

 

「うーん、これならアタシもブラマジガールのコスプレをした方が良かったかねぇ」

 

 すみません、それは勘弁してください。

 

 

 

 

 

 さて、和やかに昼食の配給が終わった後。明日香、翔、剣山の三人はそれぞれ校舎内の巡回と外からのモンスター襲撃に備えた警備へと戻っていった。

 三沢は体育館を出る時に声をかけてみたが、まだまだ計算を続けるそうだ。元の世界に戻るために、とかなり息巻いていた。だからこそ、突然表情を悔しそうにゆがめた時は何事かと思ったものだ。

 三沢はどうもツバインシュタイン博士にも話を聞き、レインのことをどうにか出来ないかと知恵を絞っていたようだった。しかし、未だに有効な手段は見つかっていないことを三沢は気にしていたのだ。

 それだけ、レインは皆からも仲間として思われているということである。そのことを、何となく嬉しく思う俺だった。

 とりあえず、俺はレインの件については当てがあると三沢に伝えておいた。もちろんパラドックスのことである。本当にどうにかなるかはわからないが、何も手がなかったころと比べれば雲泥の差である。

 三沢は驚きつつもレインを救う手段があることに笑みを見せ、ならそっちは任せたと言って再び計算に戻っていった。まったく、相変わらず真面目な男である。

 そして万丈目は、既に食糧保管庫の守衛として働いているはずだ。さっきおジャマたちを追いかけて出て行って以降見かけないし、そういうことだろう。

 つまり、いつものメンバーで残っているの俺一人となる。レイのことが気にかかるが、鮎川先生が傍についてくれているはずだし、俺に出来ることは何もない。となると、今俺がすべきなのは……。

 

「マルタンの捜索、かな」

 

 加納マルタン。ラーイエローの新入生で、レイの友達になった男の子だ。

 背が低く華奢で、性格は大人しい。レイなんかはその大人しさをどちらかというとネガティブなものとしてとらえ、マルタンのことを心配していたようだった。

 実際、アモンと万丈目がデュエルした時にマルタンとは面識があるが、内気であまり自分を強く出さない子なんだろうなというイメージを俺も持っていた。

 そのマルタンが行方不明。レイの言葉によれば、影とやらがマルタンを連れ去ったようだが……その影を何者なのかと警戒する皆とは違って俺には心当たりがあった。

 

 そう、今回の事件の黒幕――精霊《ユベル》である。

 

 十代は言った。光の少年がコブラを操っていたと。その時点で違和感を俺は覚えていたのだ。

 なぜならユベルは精霊だ。精霊の姿に実体はなく、本人のイメージによってある程度その姿は補強されているのである。

 だというのに、ユベルはユベル自身の姿で姿を現さなかった。それはつまり、自分の本来の姿を形どれないほどに精霊としての力を失っているということではないのか。

 それはコブラが執拗にデュエルエナジーを集めていたことからも推測できる。コブラは自分の願いを叶えるために、ユベルの力に頼った。しかし願いを叶えるためにはエナジーが必要……つまり、ユベルはエナジーがなければ力を行使できない状態にあったということなのだ。

 それだけ今のユベルは弱っている。しかし、ユベルは確か十代に酷く固執していたはず。しかし十代が存在するのは実体を持つ現実世界だ。精霊であるユベルが干渉するためには、かなりの力を要する。

 精霊界であるこの世界なら、多少は力を使いやすいはずだが……完全に力を取り戻していないユベルにとっては大きなサポートにはならなかったのかもしれない。

 となれば、実体として動ける身体を用意すればいい。精霊であり本来大きな力を持つユベルならば、自分の意思を介入させるのはそう難しいことではないだろう。

 その一人目がコブラであり、そして二人目が……恐らくはマルタンなのだ。

 コブラの時はエナジーがないこともあってコブラ自身が色々と動いていたようだが、今のユベルはデス・デュエルによってかなりのエナジーを吸収している。となると、今のマルタンはどんな状態でいるのか。

 想像でしかないが、身体と意識ごと乗っ取られている可能性もある。そうなっていたら、色々と面倒だなと思う。身体はマルタン本人のものである以上、傷つけるわけにもいかないからだ。

 もっとも、今はただの想像でしかないわけだが……。

 

「――ん?」

 

 もしマルタンがそんな状態になっていたとしたら、どうするか。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意に前から一人のブルー生徒が歩いて来ているのが見えた。

 しかし、どうにもその様子がおかしい。既に起動状態のデュエルディスクを腕に着け、その目はひどく虚ろ。身体に力が入っていないのか、背を丸めて左右に揺れながら前進してくる姿は、さながらゾンビのようである。

 この状況下だし、身体の調子でも崩したのかもしれない。そんな心配を抱いた俺は、駆け寄って声をかけた。

 

「おい、大丈夫か?」

「あー……あー……」

 

 しかし、返ってきたのは言葉にもなっていない怪しげな声のみ。

 さすがに訝しんで数歩後ろに離れると、そいつは突然デュエルディスクを掲げて俺に見せつけるように構えた。

 

「でゅえるぅ……」

「デュエル、だって?」

 

 呂律が回っていない口が紡ぎ出したのは、まぎれもなくデュエルの一言。デュエルディスクを構えているところから見ても、デュエルをしたがっているのだろう。

 しかし、今はまだデス・デュエルの影響にあるのだ。十代とコブラの最後のデュエルではエナジーの吸収率が抑えられていたらしいので、その設定のままなら今デュエルしてもそれほどの影響はないだろうが……。

 それでも、危険なことに変わりはない。だから出来ればご遠慮願いたい。

 だが。

 

『遠也!?』

 

 無言でデュエルディスクを展開した俺を見て、マナが驚きの声を上げる。まだデス・ベルトが生きている状態でデュエルをすることに対する懸念からだろう。

 しかし、そうとわかっていても、俺はこのデュエルを受けるつもりだった。

 

「マナが言いたいことはわかる。けどな……」

 

 ちらりと目の前の生徒を見る。目は虚ろ、身体を揺らし、呂律すら怪しいこの男。

 

「こいつ、明らかに正常じゃない。こんな状態の奴を無視はできないだろ。もしデュエルすることで何かこいつを助ける糸口が見つかるのなら、デュエルしないわけにはいかない」

 

 それこそが、このデュエルを受ける理由だ。こうまでなってもデュエルにこだわるなら、何か意味があるはず。何もわからないかもしれないが、それならそれでデュエルをしても意味がないことを知ることが出来る。

 もしデュエルで助けられるなら、この場で逃げた場合俺はこの男を見捨てたことになる。そんな真似は、断じて出来るわけがなかった。

 そう伝えると、マナはやれやれとばかりに首を振る。

 

『ホント、しょうがないなぁ』

 

 呆れ混じりの、それでいてどこか笑みの混じるそんな言葉。それに「悪いな」とだけ返し、俺は改めてブルーの生徒に向き直った。

 デッキからカードを5枚引き、向こうもまた手札をその手に握る。それを確認し、俺は開始の一声を上げた。

 

「いくぞ、デュエル!」

「でゅえるぅ」

 

 

皆本遠也 LP:4000

ブルー生徒 LP:4000

 

 

「うぁー……」

 

 デュエルディスクを見るに先攻は相手。ブルーの生徒はデッキからカードをドローすると、手札から1体のモンスターを召喚した。

 

《暗黒の狂犬(マッドドッグ)》 ATK/1900 DEF/1500

 

 唸り声をあげ、長い牙をちらつかせる一頭の犬。かつては主人を待ち続ける可愛らしい忠犬であったとは想像もできない。それほどまでに狂暴化しているようだ。

 デュエルモンスターズの中でもガガギゴと並んでバックストーリーが豊かなカードだが、今の問題はその背負ったストーリーではなく下級としてはかなり高い1900という打点だろう。様子見、そして速攻役としては最適なステータスを持っているのだ。

 

「あー……」

 

 更に伏せカードを2枚。そしてターンエンドか。

 そしてここまでの間、奴は「デュエル」以外の言葉を何も話していない。ここまでくれば、さすがに俺も単に体調がどうこうというわけではないとわかる。恐らくは何者かにこんな状態にされたのだろう。

 そして今の状況でそんな真似が可能な存在といえば――。

 

「俺のターン!」

 

 俺の想像が正しいのならば、この生徒もコブラと同じような被害者。ならば、出来るだけ早く元に戻してやりたいものだが……。

 

「俺は《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚! このカードは相手の場に存在するモンスターの数が自分より多い場合、手札から特殊召喚できる! 更に《フルール・シンクロン》を召喚!」

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

《フルール・シンクロン》 ATK/400 DEF/200

 

 丸く太い根に大きな目玉が生え、鋸歯が目立つ葉を生やしたマスコットのように可愛らしいモンスター。そして、球根から花が咲いた少々目つきの鋭いレベル2のチューナーモンスターがフィールドに立つ。

 共に植物にしか見えないが、後者は意外にも機械族である。どう見ても植物族なんだが……まぁ、いいか。種族がどうであっても、俺がこれからすることに影響はないのだから。

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴにレベル2のフルール・シンクロンをチューニング! 集いし鼓動が、大地を駆ける槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 貫け、《大地の騎士ガイアナイト》!」

 

 光が溢れ、その中から馬の嘶きを伴って飛び出すのは馬の背から人の身体を生やした双槍の騎士。ガイアナイトシリーズの1体であり、現在のレベル6シンクロモンスターとしては最大の攻撃力を誇るモンスターである。

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 カツカツと蹄の音が響く中、墓地からフルール・シンクロンが薄らと影になって現れる。そう、フルール・シンクロンには墓地で発動するある効果が存在するのだ。

 

「フルール・シンクロンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に使用されて墓地に送られた時、手札からレベル2以下のモンスターを特殊召喚できる! 俺はレベル1の《ミスティック・パイパー》を特殊召喚!」

 

《ミスティック・パイパー》 ATK/0 DEF/0

 

 笛吹きの名のままに、道化師のような装いに身を包んだ男が笛の音と共に現れた。

 

「ミスティック・パイパーの効果発動! このカードをリリースし、デッキから1枚ドローする! そしてドローしたカードがレベル1モンスターの時、続けてもう1度ドロー出来る!」

 

 ミスティック・パイパーが一層笛の音を激しくする。レベル1モンスターを引いた場合、アドバンテージを稼ぐことが出来るという優秀な効果を持つこのモンスター。いささか運頼りなのが、玉に瑕だが……今回はどうなるか。

 

「ドロー! ……俺が引いたのはレベル2の《ドッペル・ウォリアー》だ。よって再度のドローはない」

 

 今回は残念ながら追加ドローは行えないようだ。

 だが、特に問題はない。ガイアナイトの攻撃力は、充分に相手のモンスターの攻撃力を上回っているのだから。

 

「バトル! 大地の騎士ガイアナイトで暗黒の狂犬に攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「……ぅ」

 

 

ブルー生徒 LP:4000→3300

 

 

 ガイアナイトが手に持った槍を突き出し、そのあまりの速さに風は螺旋状の刃となって相手に襲い掛かる。それによって暗黒の狂犬は倒され、向こうのライフが削られた。

 しかし、2枚の伏せカードがあるにもかかわらず共に発動させずじまいか。何かを狙っているのかもしれないが、俺にそれがわかるはずもない。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 なら、俺は俺で出来る限りの対策をしておくまで。

 その考えのもとにカードを伏せ、エンド宣言をしたことでターンは相手に移った。

 

「うぁー……」

 

 新たにカードをドローして手札に加えた後、そいつはデュエルディスクを操作する。

 それによって、伏せられていたカードの1枚が起き上がった。

 

「《リビングデッドの呼び声》!?」

 

 2ターン目の今、相手の墓地に存在するモンスターは1体のみ。蘇生されるのは当然《暗黒の狂犬》である。

 

《暗黒の狂犬》 ATK/1900 DEF/1500

 

 だが、それだけではない。奴は更にその手札から1枚のカードを手に取ったのだ。

 

「あー……」

 

 そしてそのカードをディスクへと移す。その瞬間、光に包まれて姿を現したのは、ピンク色の体色が特徴的な巨体。豚に近い鼻から荒い呼吸を繰り返し、鋭い目がこちらのフィールドを睨みつけてくる。

 

百獣の王(アニマル・キング) ベヒーモス》 ATK/2700→2000 DEF/1500

 

 ベヒーモスはレベル7の最上級モンスターだが、リリース1体で召喚できる効果を持っている。尤もその効果で召喚した場合は攻撃力が本来の物よりも700下がって2000となってしまうが……。

 そして、厄介なのはもう一つの効果のほうだ。ベヒーモスはリリースしたモンスターの数だけ、墓地の獣族モンスターを手札に戻すことが出来るのである。

 その効果により、墓地の《暗黒の狂犬》は再び向こうの手札へと戻っていった。

 そして、更に。

 

「うぅ……」

 

 手札から1枚のカードを俺に見せてくる。それは通常魔法《野生解放》。場の獣族1体の攻撃力をその守備力分上昇させるカードだ。

 ベヒーモスの守備力は1500ポイント。つまり……。

 

《百獣の王 ベヒーモス》 ATK/2000→3500

 

「攻撃力3500か……!」

 

 余裕でガイアナイトを上回る攻撃力。この状況で攻撃を仕掛けない理由はなく、相手はたどたどしい声でバトルの宣言を行った。

 ベヒーモスが突進してきて、その巨体で体当たりを行う。ガイアナイトにそれを耐えきる術はなく、苦悶の声と共に倒されるほかなかった。

 

「くっ……!」

 

 

遠也 LP:4000→3100

 

 

 だが、野生解放にはデメリットがある。大幅な上昇を可能にする代わりに、その恩恵を受けたモンスターはエンドフェイズに破壊されるのだ。

 つまり、このターンの最後になれば奴のフィールドはがら空きになるということ。だからこそ、野生解放を使用する際にはその後のことも考えておかなければならないのだが……。

 

「あー……」

 

 奴はディスクを操作し、もう1枚の伏せカードが起き上がらせる。どうやら、きちんと何か対策を用意していたようだ。起き上がったカードの枠色は紫であり、つまりは罠カード。そして、そのカード名は。

 

「《キャトルミューティレーション》だと!?」

「あー……」

 

 キャトルミューティレーションは、自分フィールド上の獣族モンスター1体を手札に戻し、同じレベルの獣族モンスターを手札から特殊召喚するカードだ。一度手札に戻るため、野生解放のデメリットは関係がなくなる。

 更に、ベヒーモスは妥協召喚されたモンスター。攻撃力は2000まで下がっていたが、その効果もリセットされてしまう。

 

《百獣の王 ベヒーモス》 ATK/2700 DEF/1500

 

 要するに、完全な状態のベヒーモスが現れるわけだ。

 そしてバトルフェイズ中の特殊召喚なため、追撃が可能である。

 

「うぁー……」

 

 その声は攻撃の指示だったのか、ベヒーモスは壁となるモンスターのいない俺に向かって突撃してくる。この攻撃を受ければ大ダメージは必至だ。

 ならば。

 

「罠発動! 《ロスト・スター・ディセント》! 墓地のシンクロモンスター1体を守備表示で特殊召喚する! ただしそのモンスターの効果は無効になり、レベルは1つ下がり、守備力は0となる! 大地の騎士ガイアナイトを特殊召喚!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 Level/6→5 ATK/2600 DEF/800→0

 

 もともと効果を持たないガイアナイトにとって効果を無効化するくだりは意味がないものだが、こうして壁となってくれるだけで今はありがたい。

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したことで、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 そして俺のフィールドに変動が起きたことによって、攻撃が巻き戻る。そしてベヒーモスは再度突撃を開始する。今度はガイアナイトに向かって。

 ガイアナイトの守備力は800ポイント。だが、ロスト・スター・ディセントの効果で0になっている。ガイアナイトはすぐに破壊されるが、しかし俺への戦闘ダメージは防いでくれた。

 

「あー……」

 

 向こうはカードを1枚伏せてターンエンドか。

 

「ならそのエンドフェイズに罠発動! 《奇跡の残照》! このターン戦闘破壊されたモンスター1体を復活させる! もう一度戻ってこい、ガイアナイト!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 今度は完全な形での蘇生だ。ガイアナイトの下半身部分となっている馬が、蹄を打ち鳴らしてその意気をアピールする。

 それを頼もしく見つつ、俺はデッキに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 手札に来たのは、このデッキのキーカード。俺は笑みを浮かべて、そのカードをディスクに置いた。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体を、効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《フルール・シンクロン》!」

 

《フルール・シンクロン》 ATK/400 DEF/200

 

 ともにチューナーであるが、いま俺の場にはドッペル・ウォリアーがいる。なら、何も問題はない。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 姿を現したのは、青い鋼鉄の身体に赤く輝くレンズの瞳を持った機械戦士。その力強い拳を虚空に向かって振りぬき、ジャンク・ウォリアーがガイアナイトの横に並んだ。

 

《ドッペル・トークン》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン》 ATK/400 DEF/400

 

 同時に、レベル1のドッペル・トークンが2体生成される。

 それによってジャンク・ウォリアーの効果が発動した。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 いま俺の場に存在するレベル2以下のモンスターは、ドッペル・トークン2体とフルール・シンクロンの合計3体。そして、その攻撃力の合計は1200ポイント。それがそのままジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3500

 

 だが、まだだ。

 

「レベル1のドッペル・トークン2体に、レベル2のフルール・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 降り立つのは、鋭利な爪を五指に持つ片手だけの機械腕。非常に使い勝手のいい効果を持つモンスターである。

 またシンクロ素材となって墓地に行ったことでフルール・シンクロンの効果が発動できるが、今回は使用しない。してもあまり意味がないうえ、手札コストを必要とするカードが手札にあるため、今は手札を温存しておきたいからだ。

 とはいえ、それはあくまでこのターンで決着がつかなかった時の話だが。

 

「アームズ・エイドの効果発動! このカードをガイアナイトに装備し、ガイアナイトの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600→3600

 

 アームズ・エイドはガイアナイトの片腕に巨大な籠手となって装備される。それによってガイアナイトが振るう槍は一層の速さを手に入れ、まさに神速の領域へと足を踏み入れることとなる。

 

「いくぞ、バトルだ! 大地の騎士ガイアナイトでベヒーモスに攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「ぅ……」

 

ブルー生徒 LP:3300→2400

 

 ベヒーモスを瞬時に貫く二筋の閃光。ガイアナイトは役割を果たし、そしてアームズ・エイドもまた己の役割を全うする。

 

「更にこの瞬間、アームズ・エイドの効果発動! このカードを装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える! いけ、アームズ・エイド!」

 

 ガイアナイトに装備されていたアームズ・エイドが分離し、プレイヤーに向かって飛翔する。そのまま鉤爪のように手を広げたアームズ・エイドは容赦なくプレイヤーに向かってその爪を振り下ろした。

 

「あー……」

 

 だが、奴のフィールドを見ると、その前に伏せられていたカードが起き上がっていた。そのカードは《ピケルの魔法陣》。このターンの間、効果ダメージを全て0にする罠カードだ。

 地面に描かれた魔法陣から光が立ち上り、それに阻まれてアームズ・エイドが与えるはずだったダメージは無効となる。

 まさか既に発動させていたとは、なかなかやる。これで何とか相手は凌いだわけだが……しかし。

 

「ジャンク・ウォリアー!」

 

 俺にはまだ、ジャンク・ウォリアーが残っているのである。

 ジャンク・ウォリアーは腰を低く構え、ロケットスタートの備えをする。その姿を見つつ、俺はその姿に応えるべく最後の指示を出した。

 

「いけ、ジャンク・ウォリアー! プレイヤーに直接攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 背中のロケットエンジンから炎を噴射させ、加速をつけた拳が相手に迫る。

 今のジャンク・ウォリアーの攻撃力は3500ポイント。相手の残りライフ2400を削って余りあるその拳は、狙いたがわずその生徒へと突き刺さったのであった。

 

「うぁあ……」

 

ブルー生徒 LP:2400→0

 

 結果、今の攻撃によって向こうのライフは0となり、このデュエルは俺の勝利となった。

 そして俺が勝ったと同時に、デス・ベルトがエネルギーを奪っていく。とはいえ、これまでに比べれば微々たるものだ。コブラが最後に収集率を下げたことが効いているのだろう。

 それ程の消耗がなかったことに安堵する。だがその時、対戦者であったブルーの生徒は膝から崩れ落ちて倒れてしまった。

 

「っお、おい!」

 

 思わず駆け寄ろうとするが、それよりも先に倒れた生徒は身体を揺らして意識があることをアピールする。

 大丈夫なようだと胸を撫で下ろすが、やがて立ち上がったソイツは、たった今デュエルをしたにもかかわらず、再びデュエルディスクを構えて俺ににじり寄ってきた。

 

「でゅえるぅ……」

「くそ、デュエルで勝っても治ってないのか……!?」

 

 思わず後ずさった、その時。相対した男の奥から、靴音のようなものが聞こえてきた。

 正面にいるコイツの肩越しに、奥を覗いてみる。

 そこには、目の前の相手と同じように正気を失った目でデュエルディスクを構えて歩く生徒たちが列をなしてこちらに向かってきていた。

 その数、ぱっと見でも十人以上だ。

 

「こ、これは……」

『ち、ちょっと多勢に無勢……かな?』

 

 俺たちは互いに冷や汗を流し、顔を見合わせる。

 そして、同じ考えに至っていることを悟ると、くるりと踵を返して反対方向に向けて一気に走り出した。

 

「なんだなんだ、なんだよあいつら! マジでゾンビかと思ったぞ!」

『私もだよ……一体何が――遠也、前!』

「えっ? うお!?」

 

 マナに言われ改めて前を見れば、そこには同じく虚ろな目で佇む生徒。どうやらちょうどデュエルを終えたようで、負けたのだろうイエローの生徒が膝をついていた。

 しかし、驚くのはそこからだった。負けた生徒はひどくゆっくり立ち上がると、こちらを振り返った。その目は、奴らと同じく虚ろで正気を失っていた。

 

「おいおい……やられたらお仲間になるとでもいうのか?」

『あ、あはは……ますますゾンビじみてきたね』

 

 俺とマナはひきつった笑いをしつつ、即座にルートを変更。横道へと逸れて再び走り出した。

 そして、走りながら俺は考える。なぜいきなりこんな事態になっているのかを。

 

 実体化したモンスターが校内に侵入し、何かをしたのか。そう考えるも、その可能性は低いと即座に結論付ける。何故なら、外からの襲撃には中よりもずっと目を光らせているからだ。実体化したモンスターは、人間では敵わないモノもいる。一番警戒するのは当然のことだ。

 それだけの警戒網を敷いてある。よって、もし何かあれば必ず校内に知られているはずなのだ。それがない以上、この事態は内部からのものと考えるのが自然である。

 そしてちょうど、今この校内にはそういった超常現象を起こすことが出来る存在が居座っているはずなのである。

 つまりは、恐らく《ユベル》が何かしたのだろうということだ。

ただひたすらデュエルを挑まれ、応じて負ければ奴らの仲間に。勝てば即座に復活した相手と再度デュエル。もしくは他のお仲間と連続でデュエル。やがては気力が続かずに負けて、結局お仲間になるというわけだ。

 えげつないことをするものである。ただでさえ異世界なんていう状況に放り込まれて、みんな疲れているところにこれとは。これで何かあればただでさえ忙しい保健室がパンクする――……って、そうか!

 

「――まずい! 保健室だ!」

『え?』

 

 俺はマナの声にも反応を返さず、即座に方向転換して保健室へつながる道を走り出す。

 後からついてきたマナに顔を向けず、俺は焦る気持ちのまま自分の考えを言葉にしていく。

 

「今の異常な状況! この状況で保健室まであいつらが押し寄せて鮎川先生がやられたらどうなる!?」

『あっ!? そっか、鮎川先生はいま唯一治療が出来る人……!』

「そうだ! もし今後何かあった時に鮎川先生がいなくなったら、誰も助からなくなっちまう!」

 

 しかも、保健室には今レイがいるのだ。意識もなく苦しんでいるレイを、動かすことは自殺行為。つまり、その治療に当たっている鮎川先生も保健室から動くことが出来ない。

 それはつまり逃げられないということで、襲われればひとたまりもないことと同義である。

 それに気づいたからこそ、俺はひたすらに走る。幸い、ここから保健室は然程離れているわけではない。急げばすぐにつくことができるだろう。

 そう考えていたのだが、途中途中でおかしくなった生徒たち……というか、ゾンビ化した生徒たちが動いているので、何度か道を変えたりする羽目になった。

 強行突破してもいいのだが、後をついて来て保健室に集まられても困る。そのため、わざわざ俺は遠回りしてでも奴らを振り切ることにしたのだ。

 

 その間、俺はPDAを取り出して明日香や翔、三沢、剣山、万丈目に連絡を取ろうとするのだが、一向に繋がらない。どうやらついに電波のほうも限界が来たようだ。五人の無事を祈りつつ、俺はただ足を動かした。

 そうして計算よりも遅れながらも、どうにか保健室の傍まで辿り着く。しかし、既に保健室のほうには多くのゾンビ生徒たちが向かっており、間に合わなかったのかという焦燥が俺の胸に満ちる。

 

 だが、実際に見てみるまではまだわからない。そう思い直して一歩を踏み出した、その時。

 

「――ゆけ、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》よ」

 

 その声が聞こえたと思った直後、爆発音が響いて衝撃と風が廊下の先にいる俺にまで伝わってきた。

 目を細めてその衝撃に耐えつつ、俺は速度を上げて保健室への道を走った。

 保健室に向かった生徒たちを、誰かが押し留めているのは今の攻撃で明白。そして、それが誰かなんてわかりきっていた。

 この世の中で、「Sin」と名のつくモンスターを使うのは、ただ一人である。

 

「パラドックス!」

 

 保健室の扉の前。そこに仁王立ちで立つ男の長い金色の髪が先程の残風で揺れる。そしてその男の横には、校舎の通路一杯の巨体で保健室へと続く扉を塞ぐ一体の黒竜の姿がある。

 白い鎧を身に纏ったそれは、正しい真紅眼の黒竜の姿ではない。しかし、パラドックスに付き従うその姿は、まぎれもなく誇り高いドラゴンの姿そのものであった。

 そして、声をかけたことでこちらに気付いたパラドックスが、切れ長の目を俺に向ける。

 

「遅かったな、遠也」

「遅かったなって……お前……」

 

 俺が遅れたおかげで、自分がわざわざ出張る羽目になった。そんな態度が透けて見える大きな物言いに、俺は急いで来たことすら忘れて少しだけ肩を落とす。

 だが、どうやらパラドックスは保健室を守ってくれていたようだ。しかし、妙といえば妙だ。本来ならパラドックスにとってこの学園や生徒がどうなろうと関係がないはずなのである。

 ゆえに、放っておけばいい。確かにこの事態を収めなければ現実世界への帰還は難しいかもしれないが、まだ俺は十代をはじめとした主力のメンバーは健在なのだ。ここで表だって出てくるには理由が弱い気がする。

 降りかかる火の粉を払うにしても、保健室の前に陣取っているのは奇妙である。それなら移動すればいいはずなのだから。

 パラドックスは一体何を考えているのか。内心で首を捻っていると、不意に聞き慣れた電子音が聞こえてきた。

 それは、保健室の自動扉がスライドした音。音に引かれてそちらを見てみれば、そこには僅かに開いたドアから顔をのぞかせる鮎川先生の姿があった。

 それに気づいたパラドックスは、微かに眉を寄せた。

 

「言ったはずだがな。出てくるなと」

 

 パラドックスが険しい顔で言えば、鮎川先生は少し申し訳なさそうな表情になった。

 

「ごめんなさい、パラドックスさん。でも、学園の関係者でもないあなたが、私たちのために戦ってくれているんですもの。心配にもなるわ」

 

 心からそう言っていることが伝わってくる。離れて聞いている俺でさえそうなのだから、実際にそんな言葉を受けたパラドックスはどう思っているのだろう。

 そう思ってパラドックスを見ると、パラドックスは何の感慨もないとばかりに先生に背を向けた。

 

「心配などする必要はない。この私が、この程度の輩に後れを取るはずなどないのだから」

 

 言いつつ、パラドックスはデュエルディスクを着けた右腕を持ち上げる。モーメントの輝きである七色の光が、僅かに加速する。

 

「それに、私は恩を受けたままにしておくのは嫌いなのでね。治療を受けた借りは、この場で返させてもらおう……!」

 

 その言葉に共鳴するかのように、Sin 真紅眼の黒竜が咆哮を上げる。

 正常な意志を持っていないように見えるゾンビ生徒たちも、その咆哮に強い者に対する原初の本能が刺激されたのか、竦み上がって動きを止めた。

 それを確認し、俺はデュエルディスクを構えて保健室の前に立つパラドックスを見る。

 借りを返すため。パラドックスはそう言った。だが、たとえ理由がただの善意ではなくても、結果にどんな違いがあるだろう。

 違いなんてない。結局パラドックスは保健室を、鮎川先生を、レイを守ってくれているのだから。

 なら、俺が取る行動なんて決まっている。

 俺は無言でパラドックスに歩み寄り、その隣に立った。

 

「遠也君、無事だったのね!」

 

 俺の安否も気にしてくれていたのだろう。鮎川先生に俺は少しだけ振り返って笑みを見せ、前を向き直るとゆっくり前進を再開したゾンビ生徒たちを見据えた。

 

「……一体何のつもりだ」

 

 だが、パラドックスはそんな敵よりも隣に立った俺のことが気にかかるらしい。幾分鋭い目で俺を見てくる男に、しかし俺はごく自然に対応していた。

 

「何って、決まってるだろ。共闘しようってことだよ」

「なに……?」

 

 訝しげな声を上げるパラドックス。しかし、俺はそれに構わずにデュエルディスクを展開してデッキからカードをディスクに置いた。

 

「レベル1の《チューニング・サポーター》とレベル4の《ヴェルズ・マンドラゴ》にレベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 溢れ出る光に向けて手を掲げ、その中から翼をはためかせてスターダストが姿を現した。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 先程の黒炎弾で壁や天井の一部が破壊されたこともあってか、このあたりの通路はギリギリでドラゴン1体を召喚できるスペースはある。

 ギリギリということはつまり、ドラゴン1体を召喚すれば道を塞ぐことになるということ。スターダストには窮屈な思いをさせてしまうことになるが……。

 

「悪いな、スターダスト」

 

 そう言葉をかければ、気にするなとばかりに喉を鳴らすような声を上げる。それに感謝し、俺は改めてパラドックスに視線を投げた。

 

「俺は保健室を守りたい。お前も借りを返すために先生たちを守る。結果が同じなら、協力した方が確実だろ?」

 

 言いつつ、俺は保健室の前から一歩動いてそこに繋がる扉が側面に来るように陣取る。保健室へと繋がる通路の片側を警戒するためだ。こうすれば、スターダストが道を塞いでいることもあってこの方向から人は来れない。

 そして、俺の言葉にパラドックスは、ふんと小さく鼻を鳴らした。

 

「なるほど、確実か。確かに、そのほうが合理的なようだ」

 

 そう言って、パラドックスは俺が警戒する方面とは逆の通路にSin 真紅眼を向けさせた。これで両側の通路はそれぞれドラゴンによって塞がれ、誰も来れなくなった。

 しかし、それでもゾンビ生徒たちは向かってくる。正気を失っているからなのか、2体のドラゴンを前にしても怯むことこそあれ、前進を止めることはないようだった。

 

「パラドックス、加減を間違えないでくれよ。生徒に何かあれば、鮎川先生が苦労するんだ」

「要らぬ心配だな。お前に言われずとも理解している」

 

 その返しに俺は小さく笑い、マナに実体化して中の先生とレイを守ってくれと告げる。それに『わかった』と頷いたマナが精霊の状態のまま保健室の中へと入っていく。

 それを見送り、俺たちは改めて目の前に向き合う。

 保健室を中心に、真紅眼は通路の右側を。スターダストは通路の左側に睨みを利かせる。自然、それぞれのマスターたる俺とパラドックスは互いに背を向けあう立ち位置を取ることとなった。

 状況が生んだ事態にすぎないが、俺とパラドックスが背中を預け合う形になるとは何があるかわからないものだ。

 苦笑しつつ、俺はスターダストを見上げた。

 追い払う程度に火力を抑え、スターダストには攻撃を行ってもらう。道を塞いでいるとはいえ、物量で圧をかけられたらたまったものじゃないからな。それに、攻撃で気絶でもしてくれれば儲けものだ。

 パラドックスも恐らく俺と同じ考えだ。さっきのやり取りから、それを窺うことが出来る。

 なら、あとは実行するだけだ。保健室を……鮎川先生とレイを守るために。

 

「――スターダスト!」

「――Sin 真紅眼(レッドアイズ)!」

 

 2体のドラゴンが嘶きを上げてそれぞれ小規模な攻撃を開始する。

 その攻撃を受けて吹き飛ぶ生徒たちは打ち身こそすれ、大怪我とまではいかないはずだ。

 何が何でも、この場所だけは死守しなければならない。その思いと共に、俺は通路の先を睨みつけた。

 パラドックスも、目指す結果は俺と同じ。なら、今はこの頼もしい相棒を信じて目指すべき結果に向かって全力を尽くすだけである。

 十代たちが薬を持ってくるまでは、必ずこの場所を……二人を守り通してみせる。その決意と共にスターダストの身体を一度撫で、再びこちらを目指す虚ろな生徒たちに警戒を強くするのだった。

 

 

 

 

 


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