遊戯王GXへ、現実より   作:葦束良日

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第60話 重み

 

「まったくもう、急に戻ってきたと思ったら。ちょうどベッドが一つ空いたところだったから、良かったけど」

「すみません、鮎川先生」

 

 僅かに呆れを覗かせたような顔でこぼす鮎川先生に、俺は厄介ごとを持ってきた当人として頭を下げる。同じく、マナもぺこりとお辞儀をした。

 それに対して、鮎川先生は「そういう意味で言ったわけじゃないわ。ごめんなさいね」と苦笑する。そして、空いたベッドに寝かせられた一人の男に目を向けた。

 

「それにしても、この人は一体どうしたの? 今日は外部の人がこの島を訪れる予定はなかったはずだけど……」

 

 向けられた視線の先には、目を閉じて規則正しく胸を上下させている長い金髪の男がいる。パラドックス……ついさっきまで俺の命を狙ってデュエルしていた相手であり、どうにか勝ちを拾った後につい助け出してしまった男である。

 とはいえさすがにありのままを話すと、ただの危険人物以外の何物でもないため、俺はハハハと幾分乾いた笑い声で誤魔化した。

 

「とりあえず、その人のことお願いします。すぐに目を覚ますとは思えないけど……」

「そうね。何があったか知らないけど、ボロボロですもの。生徒ではないけど、傷ついた人を放り出す真似なんて出来ないわ」

 

 神妙な面持ちで、鮎川先生はそう断言する。

 その頼もしい言葉を聞き、俺は一つ大きく頷いた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで」

「ちょっと待った」

 

 マナを指で促し、外に出ようとした俺。しかしその腕が掴まれ、動きが止まる。

 鮎川先生の顔を見れば、力強い瞳がじっと俺を見つめていた。

 

「えーっと……」

「皆本君も、治療しないと駄目でしょ! この人ほどではないにしても、あなただって怪我をしているのよ!」

「い、いや、でも、十代たちが……」

「今はそれよりも自分の身を心配しなさい! あなたは、まだデス・デュエルの影響も身体に残っているはずでしょう。それに、私の目は誤魔化せないわ。皆本君、またデュエルをしたんでしょう。ということは、また消耗したはずよ。あなたが無理をしたと知って、十代君たちが喜ぶと思う?」

「うぐ……」

「遠也の負け、だね」

 

 鮎川先生は心から俺の身を案じて言ってくれている。それがわかるから、俺は掴まれた手を振りほどくことができなかった。

 そう思ってしまった時点で、マナが言うように俺の負けなのだろう。俺は焦る気持ちを追い出すように肺の中の空気を吐き出すと、今にも出て行こうとしていた気持ちを落ち着かせ、近くの椅子に腰を下ろした。実際、パラドックスを倒した後から倦怠感はあった。だからこそ、すぐには動かずにその場で寝転んでいたのだから。

 鮎川先生が、俺の腕を掴んでいた手を離して治療の準備を始める。ただでさえ忙しい時だというのに……本当に、苦労をかけ通しである。

 こちらに背を向けている先生に向かい、俺はもう一度頭を下げるのだった。

 

 

 ――そしてその数十分後。俺とマナは保健室を後にした。

 既に十代たちが研究所に向かってから数時間。パラドックスとのデュエルや、その後ここまで連れて来たり、治療を受けたりと結構な時間を使ってしまったのだ。

 おかげで、外は今や夕方に近い。まぁ研究所に向かったのが昼過ぎだったことから、仕方がない部分もあるが。

 それでも、できれば夜までには解決したいところだ。いま十代たちがコブラを何とかしてくれているはずだが、もしかしたら苦戦しているかもしれない。その時、俺の力が役に立つかもしれないと考えたら急がないわけにはいかなかった。

 

 ――頑張ってくれ、十代! みんな!

 

 心の中でそう呼びかけ、俺はマナと共に研究所のある森の中へと駆けていった。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 ……時間は少々戻る。

 研究所に突入した十代たちは、手当たり次第に研究所内の捜索を行った。しかし、どこにもコブラの姿はなく、それどころか最近に人が入り込んだ形跡すらない。

 おかしいと思ったところで、一つだけ稼働するエレベーターを発見した十代たちは、罠の可能性を考えつつも行動することが先決とし、エレベーターで地下へと向かうのだった。

 そして、辿り着いた地下に広がっていた景色は十代たちの想像を超えるものだった。そこには見渡す限りのジャングルが広がっていたのである。

 かつてのSALの騒動からも分かるように動物実験用の施設として建造されたこの研究所は、小型から大型まで様々な獣を、広大な人工ジャングルを作り出すことで維持していたのである。

 そのジャングルへと降り立った十代たちは、早速手分けをしてコブラを探そうとし始める。

 だが、それに待ったをかけた者がいた。

 

「Wait! ちょっと待ってくれないか、みんな」

「ジム? どうしたんだ」

 

 動き出そうとしていた足を止め、十代はジムを見る。

 他の面々もこれからの行動を制止するジムの声に、思わずといった様子でジムを注視する。

 皆の目が語る「どういうことだ」という無言の問いを受け、ジムは一つ頷くとしっかりと蓋が閉じられた天井を見上げた。

 

「気づかないか? 俺たちはだいぶ地上の研究所内の捜索に時間を使った。But、遠也の姿が一向に現れない」

「あ……!?」

 

 ジムの指摘に、翔が声を上げる。

 そして声こそ上げなかったものの、全員がその事実に気が付き目を見張った。

 確かに、当初の予定通りに進んでいたのなら、研究所内を捜索している時に遠也とマナが来ていてもおかしくない。なのに、それがなかった。その事実が示唆する可能性に、ヨハンの表情が険しくなる。

 

「なるほどな。遠也の身に何かあったかもしれない、ってことか」

「考えたくはないが……」

 

 ヨハンが口にした懸念を、ジムが躊躇いがちに肯定する。

 誰もが認めたくはないが、しかし遠也の姿がないのも事実だった。皆の心に不安がよぎる。

 

「そこでだ、まずは俺の提案を聞いてくれないか?」

 

 そんな皆を前に、ジムが背負ったカレンの位置を調整しながらそう切り出す。再びジムに視線が注がれ、ジムはその提案を口にした。

 それは、まず別行動をとらないこと。もし遠也が後から来た時に分かれて行動していると、合流したとしてもその情報を共有できない。また、屋内とはいえジャングルはジャングル。ただでさえ迷いやすい場所で別行動は危険だというもの。

 そして、自分たちが乗ってきたエレベーターを上の階まで戻しておくこと。これは後から来た遠也が地下へと降りるための手段を用意しておかなければならないためだった。

 

「それに、ここはもうAway……敵地だ。敵地でこちらの戦力を分散させるのは得策じゃない」

 

 つまりは慎重を期すこと。デス・デュエルの中止は確かにアカデミアのためにも早く済ませるに越したことはないが、そのために自分たちが犠牲になってはいけないとジムは言ったのだ。

 焦るあまりに自分たちが倒れ、結果的にコブラを止められなくなっては本末転倒だからと。

 そのようにジムが説明すると、それを聴いた十代は真剣な顔で頷いた。

 

「……わかった。俺に異論はないぜ。皆もそれでいいか?」

 

 そう呼びかけると、十代の言葉に誰もが頷く。後から来る遠也のこと、そしてより確実にコブラの元に辿り着きデス・デュエルを止めること。これらを為すためには、ジムの提案が一番だと全員が判断したのだ。

 その反応を見たジムは頷き、十代を見る。それを受け、十代はエレベーターのボタンを押してそれを上階に戻すと、振り返って目の前に広がるジャングルに向き合った。

 

「よし……皆、行くぜ!」

 

 十代が一歩を踏み出し、翔、剣山、明日香、ヨハン、ジムの五人がそれに続く。途中で停電になったために屋内の電気が消え、ただでさえ見通しが悪かった密林は一層の暗闇に覆われている。

 そんな中を、六人は慎重に歩いていく。時おり聞こえてくる獣のものと思しき声に、翔などは身を震わせていたが、それは誰もが同じだった。内心で油断ならない場所であることを改めて感じつつ、彼らは生い茂る緑の中をひたすらに進んでいくのだった。

 木々の陰から見えた虎、そして気づけば肩に乗っていた毒蜘蛛。そういった目に見える脅威から身を隠しながらの道のり。緊張と焦りが身を焦がすが、しかし十代たちは努めて冷静になるように自身に言い聞かせながら歩き続ける。

 自分たちが確実にコブラを打倒しなければ、学園の皆はこれからもデス・デュエルによって倒れてしまうだろう。そんなことをさせてなるものか。その使命感が、そんな状況にあっても彼らの足を進ませていた。

 

 そうして、乗ってきたエレベーターから対角線上に彼らは進む。特に当てはないのだから、とりあえずまっすぐ進んでみようという単純な思考からの判断だった。しかし、それも間違いではなかったようで、やがて彼らの前で森は途切れ、開けた場所へと出ることになった。

 ようやく終わった息の詰まる行程。身長には慎重を重ねてゆっくり歩いてきたために、地下に来てから気づけば一時間も経過していた。

 全員の口から特大の呼気が漏れる。肺の中の空気を全て吐き出し、ようやく一息つけると胸を撫で下ろしていた。

 

「つ、疲れたドン」

 

 思わずといった様子で剣山の口からこぼれた弱音。それに、明日香も頷いて苦笑した。

 

「仕方ないわ。猛獣に毒を持った生物……こんなに危険な場所を歩いて来たんだもの」

「まったくだ。見た目通りのJungleとは恐れ入ったよ」

 

 ジムも次いで大げさに肩をすくめてみせ、そのひょうきんな仕草に緊張で固くなっていた皆の口元にも笑みが戻る。

 そんな中、ヨハンがすっと顔を上げた。

 

「でも、苦労した甲斐はあったぜ。どうやら、まっすぐ目的地までこれたみたいだからな」

 

 言ってヨハンが目を向ける先に皆も同じく目を向ける。そこには、さらに奥へと続いているのだろう暗闇がぽっかりと口を開けていた。

 細い谷を橋がまたぐその先。洞窟の入り口のように岩場に囲まれたそこは、遠目にも続く通路の床が平坦なものであることがわかる。動物が暮らすジャングルゾーンが終わり、人の活動範囲に戻るということだろう。

 危険極まりない密林がようやく終わりを告げると知り、安堵の思いがこの場にいる全員の胸を満たす。

 十代が「よし!」と声を上げて皆を見る。その口から次に出るだろう言葉は、十代が実際に口にせずとも全員がわかっていた。

 ゆえに、十代の視線に誰もが力強く頷いて応える。この先にいるであろうプロフェッサー・コブラ。彼と会い、デス・デュエルを即刻中止してもらう。その決意が込められた視線を受け、十代も頷くと前を見た。

 

「それじゃ……いくぜ!」

「――ふふ、ちょっと待ってもらいたいね」

 

 しかし、一歩を踏み出したその瞬間。この場にいる六人の誰のものでもない声が一行にかけられる。

 誰だ、とヨハンが大声で誰何する。聞こえてきたのは真正面から。すなわち、これから向かおうとしていた入口のほうからである。

 全員が緊張感を纏わせながら、前方を見据える。すると、やがて入り口そばの岩場の陰から、アカデミアの教員服に身を包んだ長髪の男が姿を現した。

 ジムとヨハンはその姿に警戒の姿勢を維持する。しかし、十代、翔、明日香、剣山の四人は驚きに目を見開いて現れたその人物に声を失った。

 

「あ、あんた……えっと、佐藤先生! 佐藤先生だろ!?」

「ふふ、覚えていてくれたのかい十代君。実に嬉しいよ」

 

 黒く長い髪の奥、丸眼鏡の下で目元を緩ませて佐藤先生は十代の問いに是と答えた。

 それを見ていたヨハンとジムが十代と同じ反応をしていた近くの翔に声をかける。「なぁ翔、誰だ?」「うちの先生、佐藤先生っす」「Teacherだって? なんでこんなところに」。

 翔からアカデミアの教師だと聞いたジムとヨハンは、こんなところにその教師の姿があることに怪訝な表情になる。同じく明日香と剣山も顔を見合わせて首を傾げていた。

 そして、疑問に思ったのは十代も同じだったようで、十代もまた佐藤に近づきつつ疑問を投げかけた。

 

「先生、どうしてこんなところに? ここにはコブラが……って、まさか」

「察しがいいね、十代君。普段の授業でもそれぐらい鋭ければ、もっと勉強も楽しめただろうに」

 

 笑みと共にそう言うと、途端に佐藤の表情が無表情のそれへと変化する。そして、左腕にデュエルディスクを着けると、ネクタイをゆっくりと緩めた。

 

「……そうだよ、十代君。私はプロフェッサー・コブラの協力者だ」

 

 この場にいる以上、その可能性は高かった。しかし、顔見知りの先生がこの一件に加担しているということはやはりショックだったのか、本校の生徒である十代たちは判っていても苦々しい顔になる。

 

「なんでだよ、佐藤先生! コブラは生徒たちが倒れる原因を作ってるんだぞ! なんで先生まで手を貸すんだよ!」

「なんで? ふふ、まさか君からそんな質問を受けるとはね」

「え?」

 

 佐藤は歩き出すと、互いの境界線のように走る谷の手前で足を止めた。間に架かる橋を挟み、十代と佐藤は対峙する。

 

「さぁ、十代君。私を倒さなければコブラにはたどり着けないぞ。デュエルをしよう。君の大好きなデュエルをね……」

「く……わかったよ。先生を倒さないと先に進めないなら、今は先生を倒すだけだ!」

 

 言って、十代もデュエルディスクを展開する。

 そして互いの開始宣言の元、デュエルが始まる。が、十代の表情はどこか精彩を欠いていた。外部からの人間ではない、もともとアカデミアに所属する佐藤。その佐藤が、アカデミアの生徒を危険にさらしていることに納得がいっていないのだ。

 それが、十代のデュエルに対する姿勢を中途半端なものにしている。渾身でデュエルに向き合えない。そのことに自分自身気が付いている十代だったが、ひとまずはこのデュエルを制することが先決とし、デュエルを進める。

 

 先攻で佐藤が繰り出した《スカブ・スカーナイト》を、十代は《E・HERO バーストレディ》で攻撃。攻撃力0対攻撃力1200で勝負になるはずもなく、佐藤は大きなダメージを受ける。

しかし、スカブ・スカーナイトにはバトルでは破壊されず攻撃してきたモンスターのコントロールを奪う効果がある。それによってバーストレディが奪われ、返しのターンで佐藤が新たに召喚した《ディマンド・マン》と共にバーストレディの攻撃を受けた十代は、一気にライフを半分に減らすこととなった。

 

「あ、兄貴ぃ!」

「さすが、アカデミアの教師。わずか2ターンで十代のライフを半分にするとは……」

「ヨハン! 感心している場合じゃないドン!」

 

 周囲が一気にライフを逆転された状況に動揺した声を漏らす。それを聴きつつ、ダメージに身をよろけさせた十代は、しかし縋るように佐藤を見て声を荒げた。

 

「先生! 今はこんなデュエルをしている場合じゃないんだ! コブラを一刻も早く止めないと、生徒にもっと被害が出ちまうんだよ!」

 

 十代がわかってくれと願いを込めて訴える。しかし、それに対して佐藤は一度目を閉じると、十代をじろりと睨めつける。

 その眼光に、思わず十代の口から呻き声が漏れた。

 

「……知っているさ、そんなこと。生徒たちには、本当に申し訳ないとも。……だが、わかっていてももう止められないのだよ。私のこの、君に対する憎悪はね……」

「ぇ……先生が、俺を……憎悪、だって?」

 

 思わぬ言葉に十代の言葉にも勢いがなくなる。

 憎悪。明るく、人を惹き付ける不思議な魅力を持つ十代には、似つかわしくない言葉。それを聴き、明日香たちは困惑した表情で佐藤を見た。十代に人から憎まれる要素があるとは、彼らにはどうしても思えなかったのである。

 必然この場の視線は全て佐藤に集まった。なぜ、十代を憎むのか。その問いを含んだ視線を受けながら、佐藤は話し始める。

 

 

 ――佐藤浩二。彼は天才にほど近いデュエリストだった。

 デッキの構築力、カードを活かすセンス、タクティクス……それらデュエルに必要な才能に恵まれ、そして何より勤勉だった。

 才能に驕らず、佐藤は己の力の研鑽に励んだ。貧しい家に生まれ、苦しい生活を強いられる中、自らの才能を最大限に発揮できるデュエルにこそ佐藤は今の生活を脱する可能性を見出したのだ。

 そして、その努力はついに実り、佐藤はプロデュエリストになった。

 その才能はいかんなく発揮され、プロランクは順調に上昇。ついにはタイトル戦という華々しい舞台にまで上り詰めたのである。

 ……しかし、佐藤の栄華はそこで終わる。

 貧しい家族が暮らすにはプロのファイトマネーだけでは足らなかった。そのため、佐藤はプロとしての場以外でも積極的にデュエルをこなし、金策に走った。

 休みもろくに取らず、ただただデュエルに明け暮れる日々。無論、そんな中でもプロとしての仕事はやってくる。佐藤に休息はなく、いつまでも働き続ける日々が佐藤の日常だった。

 そんな生活を続けていて、身体を壊さないはずがない。タイトルをかけたDDとの一戦。その最中に佐藤はとうとう倒れ、プロから引退することになるのであった。

 しかし、佐藤は腐らなかった。プロとしての道は絶たれた。しかし、自分には身体にムチ打ってまで積み重ねた膨大なデュエルの経験がある。これからは、この経験をこれからの未来を担う子供たちに捧げるのだ。

 そう心に決めた佐藤は、アカデミアの教師として再出発を果たしたのである。

 

 

「――はじめは良かった。デュエルに皆前向きで、私の授業も熱心に聞いてくれた。だが、いつしか生徒たちは私の授業を聞かなくなってしまった」

 

 居眠り、私語、欠席、それらが徐々に増えていく。そんな中、佐藤は何故そうなったのかを突き止めた。教室で居眠りをしていた生徒を注意した際に、その生徒が気まずそうに見た先。そこには、堂々と居眠りをする十代の姿があったのだ。

 

「十代君、君だよ。君のその怠惰な姿勢が生徒に広がり、彼らのやる気を奪っていったんだ」

「ぅ……そ、そりゃ真面目な生徒じゃなかったけどさ! けど、なんで全部俺のせいになるんだよ!」

 

 身に覚えがあるためか、いささか居心地が悪そうな十代。しかし、さすがに多くの生徒全員が自分ひとりに影響されるわけがない、という意味を込めて十代は反論する。

 それに対して、佐藤は呆れたように首を振ることで応えた。

 

「それを自覚していないこと、それこそが君の罪だよ。十代君」

 

 デュエルは進行する。

 十代のターン、《N(ネオスペーシアン)・エア・ハミングバード》を守備表示で召喚し、そのライフ回復効果を使おうとするも、佐藤の操る《スカブ・スカーナイト》が存在する限り回復効果は発動できず不発となる。

 更にスカーナイトは自身との戦闘を強要する効果も有しており、それによってエア・ハミングバードはスカーナイトを攻撃。佐藤のライフを2000まで削るものの、スカーナイトを攻撃したことによりスカブカウンターが乗ってしまう。

結果、バーストレディと同じくエア・ハミングバードのコントロールは佐藤に移った。それを、十代は歯がゆくとも見届けるしかなかった。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド! ――先生! 先生は一体、俺が何を自覚してないっていうんだよ!」

 

 訳も分からず己のせいにされてはたまらない。十代がそう叫ぶと、佐藤は薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

 

「では、君の罪について話してあげよう。こう見えて私は、人に教えることが得意なのでね」

 

 皮肉気に放たれた言葉。それに続く佐藤の言葉に、十代だけでなく二人の戦いを見ていた全員が耳を傾ける。あれほどまでに十代が責められる理由。それを、誰もが気にしていたのだろう。

 佐藤曰く、“大いなる力を持つ者には、大いなる責任が伴う”。十代、そして遠也の二人は、アカデミアの生徒にとっては英雄であると語った。

 三幻魔、破滅の光……。この学園に襲い掛かった脅威を、十代と遠也はことごとく撃退してきた。だからこそ、その強く眩しい力に生徒たちは憧れを抱いたのだという。

 

「自分も君たちのようになりたい。それが皆の思考だよ。だからこそ、君たちは常に正しい姿でいなければならなかったのだよ。そうでなければ、皆も悪い部分を真似してしまうからね」

「そんな……そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだよ。俺はただ、俺がやりたいようにやっているだけだ!」

「君はそれが許されない立場になったのだよ、十代君! 望もうが望むまいが、君の行動がそうさせた! しかし君はそれを理解せず、ただ周囲に害悪をもたらした! そして、そのことを自覚してもいない! それが、君の罪だ!」

「ぅ……ぐ……」

「私のターン! バーストレディで直接攻撃!」

「と、罠発動! 《攻撃の無力化》! その攻撃を無効にし、バトルを終了させる!」

「それで防いだつもりかい、十代君! 魔法カード《スカブ・ブラスト》を発動! 場に存在するスカブカウンター1つにつき200ポイントのダメージを与える! 場にカウンターは2つ! よって400ポイントのダメージを受けてもらおう!」

 

 バーストレディ、エア・ハミングバード。スカブカウンターが乗った2体が同時に十代に対して攻撃を行う。十代にそれを防ぐ手はなく、スカブの名を冠する炎に十代の身は包まれた。

 

「うぁああッ!」

 

 

十代 LP:2000→1600

 

 

「十代っ!」

 

 ダメージを受けた姿を前に、明日香が思わずといった様子で名前を呼ぶ。しかし、十代に応える余裕はないようで、明日香に反応を見せることはなかった。

 十代の表情は、残りライフ1600とは思えないほどに追い詰められていた。あと一撃で負けるかのような……いや、それ以上の悲壮感のようなものが感じられる。

 二年間一緒に過ごしてきた明日香も、見たことがない顔つき。明日香の胸の中に心配の念が強くなっていく。

 その時、はたと気づく。共に過ごしてきた二年間、その中で、そういえば一度だけ十代がらしくない姿を見せた時があったことを思い出したのだ。

 

「……なんか、兄貴の様子がおかしいドン」

「まるで、エドに負けてカードが見えなくなった時みたいっす」

 

 剣山と翔、特に翔の言葉は明日香が考えたことをそのまま言い当てていた。

 エドに負け、カードが全て真っ白に見えるようになってしまった時。あの時の十代に普段の快活さは微塵もなく、ただ俯いてぼうっとしているだけだった。

 今はそれに比べ、困惑、動揺、そういった明確な動きはある。しかし、どれも普段の十代からは感じられない印象であることに違いはなかった。また、その印象が負の方向のものであることも一致している。

 だからだろう、翔や明日香がエドの時を思い出したのは。ネガティブになっているという共通点が、あの時のことを思い起こさせたのだ。

 その時、ヨハンが十代に発破をかけるべく声を上げた。

 

「十代! そんな言葉に惑わされるな! たとえその通りだとしても、自分らしさを捨ててしまっていいはずがない! お前はお前らしく! 周囲のことは、それからしっかり考えて頑張っていけばいいじゃないか!」

「ヨハン……」

 

 激励を贈るヨハンに十代が顔を向けるが、同時に佐藤もまたヨハンに目を向けていた。

 

「ヨハン・アンデルセン君。君は、アカデミア本校に来たばかりで日が浅い。だからそう楽観視した意見が言えるのだよ。十代君、君が残した根は深い。君が知らないだけでね……」

 

 そう佐藤が言うと、再び十代の顔が曇る。

 その物言いを受け、ヨハンの隣に立つジムが眉をしかめた。

 

「Shit……! 本校での在籍日数で語られては、俺たちは口を出せない」

「ああ。口を出しても、言葉の重みがなくなっちまった……!」

 

 佐藤の言葉によって、説得力を持たせるための要素の一つとして本校で過ごした時間が加えられてしまった。

 たとえ本人が意識していなくても、無意識のうちに十代はその要素についても考えてしまうだろう。結果、ヨハンとジムの言葉は「本校での経験の足りなさからくる、楽観意見」という先入観が生まれる。言葉の重みがなくなるとは、そういうことだった。

 こうなると、ヨハンとジムの二人が声をかけるよりも十代と長く一緒にいた人間が声をかける方が効率的だ。つまり、剣山、翔、明日香の三人。特に、一年のころから十代と一緒におり、アカデミア本校での時間が長い翔と明日香に期待が集まる。

 その視線を受け、翔と剣山が大きく声を送る。しかし、どれも十代の顔を晴れさせるまでには至らなかった。

 

「ダメだ……弟分の贔屓目だって思われちゃったのかも」

「俺の場合は、丸藤先輩ほど兄貴と一緒にいるわけじゃないザウルス。悔しいけど、一年生の頃から兄貴を知っている佐藤先生に当時のことを言われたら、何も言えないドン」

 

 そう。二人が声をかけると、佐藤はそれぞれに対応した言葉を十代に投げかけたのだ。翔の言葉に対しては「君の弟分は懸命に君を庇っているようだね」、剣山の言葉に対しては「彼が知らない一年生の頃からの積み重ねが今を招いたのだよ、十代君」。

 その言葉で、翔と剣山の励ましの声を相殺し、結局十代の顔は曇ったままだった。

 ならば、残るは明日香ひとり。全員の視線が集まるが、しかし明日香は沈痛な面持ちで目を伏せた。

 

「私は……ごめんなさい、十代に何を言ってあげればいいのか、思いつかないの」

 

 言葉をかけたい気持ちはある。十代のいつもの笑顔が見たいという願いも。しかし、こと今回の件に関しては、あまり明日香も強く言えないのだった。

 何故なら、明日香自身も十代と共に行動していくうちに授業をサボった経験があるからである。どう言ったって十代を庇うことになる以上、サボったことに対する自己弁護にしかならない。

 更に言えば、サボった授業の中には佐藤先生のものも含まれていた。佐藤先生の授業を選択しておきながら、サボった。そんな身の上で、人の心を動かせられるとは到底思えなかった。

 

(こんな時、遠也がいたら……)

 

 遠也なら、どんな言葉を十代にかけるだろうか。明日香は、この場にいないが十代と共にずっと歩んできた仲間の姿を思い浮かべる。

 明日香は破滅の光の騒動が終わった後、十代から聞いたことがあった。エドに敗れ、カードが見えなくなってしまった時。遠也に助けてもらったんだ、と。

 同じく、遠也もまた落ち込んでいた時に十代に助けてもらったという。要するにお互い様なんだよ、と遠也は笑っていた。

 かつて、十代を助けた遠也なら何と言っただろうか。遠也もまた十代と並んで有名であり、十代ほどではないが授業をサボることがないわけではなかった。

 そういう意味では、彼が何を言ったところで説得力は乏しいだろう。けれど、もしかしたら自分たちには言えない何かを遠也なら言えるのかもしれない。益体のない思考だとわかってはいても、目の前で苦しそうにデュエルをする十代の姿を見ると、明日香はついそんなことを考えてしまうのだった。

 

「――くっ……俺のターン、ドロー! 来い、《E・HERO バブルマン》!」

 

 カードを引き、十代はバブルマンを召喚する。十代の場には、バブルマン以外のカードはない。よってバブルマンの効果により2枚ドローし、更に十代は行動を続けていく。

 カードを1枚伏せ、手札の《E・HERO フェザーマン》とバブルマンを融合し、《E・HERO セイラーマン》を召喚。セイラーマンの効果は、自分の場に魔法・罠が伏せられている時に直接攻撃できるというもの。

 それにより、セイラーマンは佐藤に直接攻撃。攻撃力分、1400ポイント佐藤のライフポイントを削った。

 その後、十代はたった今伏せた《戦士の生還》を発動。墓地からバブルマンを手札に戻し、ターンを終了した。

 

「……先生! あんたが何と言おうと、俺には今コブラを何とかするという目的がある! このまま勝たせてもらうぜ!」

 

 強気で十代が言えば、佐藤はくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「私の言葉が怖いのかい、十代君。まぁいい、どのみち君は私には勝てない」

「勝ってみせるさ!」

「いいや、勝てない。何故なら、私やプロフェッサー・コブラが持つものを君は持っていないからだ」

「なに……どういうことだよ?」

 

 彼らにはあって、自分にはないもの。一体佐藤は何を言っているのか。わからず、十代は問い返す。

 そして、佐藤は語る。十代に足りないもの、それは心の闇……執念にも似た己を突き動かす原動力、心に背負うもの。それこそが足りないものであると。

 佐藤は家族のため、そして自分に期待する者のために自身を削ってデュエルに臨んだ。コブラにも、心に期する何かがある。佐藤には同類としてそれがわかった。

 しかし、十代からは何も感じない。ただ楽しみとしてデュエルをし、そして自堕落を他者に振りまく。佐藤にしてみれば、“軽い”と言わざるを得なかった。

 

「十代君、君はデュエルで何がしたい?」

「え? 俺は、楽しいデュエルを……」

 

 問われた十代が己のポリシーを答えると、佐藤は首を横に振った。

 

「それは“何故デュエルをするのか”であって“デュエルで何をするか”ではないよ。だが、これで君にもわかっただろう、自分に足りないものが」

「……ッ」

 

 十代は答えない。しかし、それこそが佐藤の問いに対する答えだった。

 楽しいからデュエルをする。それこそが十代のスタンスだった。それは今でも間違っているとは思わない。実際、デュエルをすることは本当に楽しいのだから。

 

 しかし、そこから先の展望が何もない。そのことに十代は気づいてしまった。

 

 そう、『デュエルを通じて自分がやりたいこととは何か』ということ。それが十代にはなかった。いわゆる、夢や目標。絶対に達成したい何か。己にはそれが決定的に欠けていることを、いま初めて十代は自覚したのだった。

 これまでずっと気づかずに過ごしてきたことに気づいた十代は、同時に己の軽さを知った。

 他者のために自己を投げ出し、どこまでも他のためにデュエルをしてきた佐藤先生。それを十代は羨ましいとは思わないが、しかしそこにかける思いの強さでは負けた気がした。“家族の生活のため”に身を粉にしてデュエルに臨んできた佐藤と、“楽しいから”という理由で気軽にデュエルをする十代。

 

 デュエルにかける気持ち。その重さで自分は負けたのだ。

 

 それを自覚した途端、思わず十代が一歩後ずさる。まるで自身の根幹を揺さぶられているようだ。目の前にいる佐藤の姿が、一回りも大きく見えた気がした。それが気圧されたということだとは、十代は気づかない。

 動揺を隠せないその様子を見て、佐藤の口元に余裕の笑みが浮かんだ。

 

「それだけ動揺するということは、君自身そのことを良く思っていないということだ。君のデュエルはどうしようもなく、軽い。楽しいから……それだけでやっていけるほど、現実は甘くないんだよ、十代君」

「ぐ……」

「私のターン、墓地の《スカブ・ブラスト》の効果発動! ドローフェイズにドローしない代わりに、墓地のこのカードを手札に加える! そして発動! 400ダメージだ!」

「ぐぁあッ!」

 

 

十代 LP:1600→1200

 

 

「更に《受け継がれる力》を発動! 私のフィールドのモンスター1体を墓地に送り、その攻撃力を他のモンスター1体の攻撃力に加算する! エア・ハミングバードを墓地に送り、バーストレディの攻撃力をアップ!」

 

 エア・ハミングバードの攻撃力は800ポイント。バーストレディの攻撃力と合わせ、その攻撃力は2000となる。

 十代の場に唯一存在するモンスター、セイラーマンの攻撃力1400を上回る値だった。

 

「いけ、バーストレディ! セイラーマンに攻撃!」

「ぐぅうッ!」

 

 佐藤の指示を受け、バーストレディがその手に黒い炎の玉を作り出す。そしてそれは彼女の手を離れると真っ直ぐセイラーマンを目指し、直撃。

 セイラーマンは破壊され、十代のライフは佐藤と並ぶ僅か600ポイントとなった。

 

 

十代 LP:1200→600

 

 

「十代ッ!」

 

 追い込まれたと言っていい様子に、ヨハンが荒い声を上げる。

 ヨハンの目にも、十代の様子はおかしく映っていた。留学後、ずっと見てきた明るさが失われている。

 

 ――十代は、自分が誰かに悪影響を与えていたことを……佐藤を追い詰めていたことを、後悔しているのだ。

 

 そう確信したヨハンは、息苦しそうにデュエルをする十代ではなく、相対する佐藤に目を向けた。

 

「先生! 言葉で相手の動揺を誘うなんて、それでもデュエリストのすることか!」

 

 それを受けて、佐藤は十代に向けていた顔をヨハンに向ける。

 

「悪いことをしたら、いけないことだと教えなければならない。私はそれを実践しているまで。なにせ、これまで彼にそれを指摘した人は誰もいなかったようなのでね……」

 

 それとも、と佐藤は続けた。

 

「ヨハン・アンデルセン君。君は授業を無断で欠席し、居眠りをし続けることが良いことだと言うのかい?」

「それは……!」

 

 ヨハンが言葉に詰まる。その点は十代が悪いのは確かだからだった。しかし、だからといって十代が苦しんでいるのを見過ごすわけにもいかない。ヨハンは悔しげに口を結ぶ。

 すると、その肩を横からジムが叩いた。そして、今度はジムが口を開く。

 

「けど、十代だけを責めることはないんじゃないか? 最初に十代が居眠りをした時、注意しなかった先生にも非はある」

「注意はしたさ」

「What? しかし、先生の話を聞いていると、十代はずっと先生の授業で寝ていたんだろう? 一度注意されていればそんなことは……」

 

 言いつつジムはちらりと十代を見る。視線の先の十代の表情は、先ほどよりもずっと気まずそうなものだった。

 その顔を見て、ジムは悟る。先生に注意されたのに、十代は居眠りを改善しなかったのだと。

 

「十代……さすがに、それは……」

「ぅ……お、俺だって悪いことをしたって思ってるよ……」

 

 しかし、それも後の祭り。既に過去はそうあるものとして過ぎ去り、佐藤はこうして十代たちの前に立ちはだかっている。

 ヨハンとジム、二人の言葉も退けた佐藤は、ぐっと背筋を逸らして十代を見た。

 

「そういうことだよ、十代君。君と遠也君は生徒たちの憧れ、ゆえに正しく在らねばならなかった」

 

 佐藤は言う。遠也もまた授業を欠席することはあったが、居眠りはしなかった。それどころか、寝ている十代を起こすこともしており、佐藤にしてみれば十代よりは真面目な生徒だった。あくまで、まだマシ程度のことではあったが。

 それに、遠也の成績は悪くなかった。実際、遠也は十代や翔に勉強を教えることもあったほどだ。成績に問題がないということは、授業を理解しているということ。結果を出してくれているのなら、佐藤とて多少の緩みを見逃す心の広さは持っていた。

 同じ立場にいるはずの二人。だというのに、遠也に比べて十代は、ということ。その物言いに、十代がわずかに鼻白む。

 

「俺は……遠也じゃないぜ」

「知っているとも。だが、本当に君たちは友達と言えるのかな?」

 

 その言葉はさすがに見過ごせない。十代は顔を上げて佐藤を睨んだ。

 

「なにを……!」

「成績も悪くなく、彼は真面目だ。あのカイザーにも勝つほどの腕前。対して君はどうだい。授業態度は悪く、そのせいで多くの生徒が自堕落になる始末。どうかな、対等な関係である友達のはずなのに、随分とアンバランスじゃないか?」

 

 そんなことはない。そう叫びたい気持ちが胸に溢れる。

 しかし、その言葉が十代の口から出てくることはなかった。先程から続く佐藤の言葉、それによって知らされた自分に欠けているもの。自分は、友達という関係に釣り合っていないのではないかという疑問すらよぎる。

 一瞬だけ去来したその思いが、出かかった言葉を喉元で止めてしまう。

 口を噤んでしまった十代。その姿に気を良くしたのか、更に佐藤は言葉を重ねる。

 

「君は、果たして彼の良き友であると言えるかい? こうして私を追い詰め続けた君が……。十代君、君は彼の友達として相応しくないんじゃないか。自分を顧みる気持ちが少しでも君にあるなら、そう思うはずじゃないかい十代君……」

 

 囁くように、諭すように、佐藤の言葉が十代の思考を侵食していく。

 十代は思う。本当は、そうなのかもしれない。佐藤を、多くの生徒を、良くない方向へと導いてしまった自分は、間違っていたのかもしれない。そう思う部分が自分の中にあるのは事実だった。

 そういう意味では、佐藤の言葉も間違ってはいないのかもしれない。

 

 しかし。

 

「俺は――」

 

 顔を上げ、十代は佐藤を見る。

 一年生、二年生、遠也と十代はいつも一緒に過ごしてきた。二人で困難に立ち向かい、そして友情を深めてきた。

 その記憶が十代に教えてくれる。佐藤に何を言われようと、自分と遠也は友達であると。

 

「俺は、俺を親友だと言ってくれた遠也を信じる! あんたの言葉じゃなくてな!」

 

 拳を握り、力を込めて宣言する。しかし、それを見る佐藤の目は冷ややかだった。

 

「君に他人である彼の何がわかるんだい、十代君。それは君の一方的な勘違いかもしれないよ。彼は本当はそう思っていないかもしれない」

「先生こそ、あいつの何がわかるんだよ! 先生より、俺は遥かに知ってる。遠也がどんな奴か、どれだけ友達思いの奴かってな! 二年以上、俺たちは一緒にいるんだからな!」

 

 ゆえに、その程度の言葉で揺らぐことはない。そう断言する十代の言葉に、佐藤は眉を顰めて十代を見る。

 

「さんざん私を虚仮にしてきた君が、人の絆を語るか。私はこれでターンエンド」

「俺のターン! ドロー!」

 

 5枚となった手札。その中でたった今引いたカードを確認し、十代は僅かに目を見開いた。

 

「――このカードは……! へへ、やっぱり遠也は俺に応えてくれたぜ、先生!」

「なに?」

 

 十代は今引いたカードを手札に加え、それとは違うカードに指をかける。

 

「まずは手札から《E・HERO バブルマン》を召喚! その効果により、2枚ドロー!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 再び現れるバブルマン。十代のフィールドにバブルマン以外のカードは存在していないため、カードを2枚手札に加えた。

 

「更に魔法発動! 《フェイク・ヒーロー》! 手札の「E・HERO」1体を特殊召喚する! ただしそのモンスターは攻撃できず、エンドフェイズに手札に戻る!」

 

 そして、十代がこのターンのドローでデッキから引いたカードを手に持つ。訝しげな顔をする佐藤を前に、勢いをつけてそのカードをディスクへとセットした。

 

「俺は《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 現れるのは、青い体躯に青いバイザー、白い機械仕掛けの両翼にファンのような回転する羽がついた特徴的なHEROだ。

 下級HEROとしてはかなりの高打点、そして優秀な効果を持つ今の十代のデッキにとって頼もしい仲間。しかしそれ以上に、十代にとっては特別なカードでもあった。

 

「そのカードは……」

「これは一年生の頃、遠也から受け取った大切なカードだ。このカードが教えてくれる、あいつと俺は間違いなく友達だってな! エアーマンの効果発動!」

 

 このターンのドローで来てくれた。そのことに大きな意味と喜びを感じつつ、十代は勢い込んでエアーマンの効果を発動させる。

 

「自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」1体につき1枚、魔法・罠カードを破壊する! 俺の場にはバブルマンがいる! 先生の場に伏せられた2枚の内、右側のカードを破壊させてもらうぜ! 《エア・サイクロン》!」

「くッ……《ヴィクテム・バリアー》が……」

 

 エアーマンの両翼のファンから放たれた豪風が、伏せカードの1枚を破壊する。佐藤は破壊されて墓地へ送られたカードを一瞥し、苦い顔をした。

 ヴィクテム・バリアーは、相手の攻撃宣言時に発動し、攻撃対象を変更してバトルを続行させるカード。更に攻撃対象となったモンスターにスカブカウンターが乗っていれば、攻撃モンスターにもスカブカウンターを乗せるという効果もある。

 スカブ・スカーナイトを主軸に置く佐藤にとってはコンボに繋がる1枚である。それが破壊されたのだから顔つきも厳しくなるというものだろう。

 そして、十代は手札の1枚に指をかける。

 

「更に俺は《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地のフェザーマンと融合を手札に加え、《融合》を発動! フィールドのエアーマンと水属性のバブルマンを融合し――」

 

 その指示に従い、エアーマンとバブルマンが渦に呑みこまれるように混ざり合って一つの姿へと昇華していく。

 HEROと名のつくモンスターと、水属性のモンスター。その特殊な融合素材で召喚されるモンスターを、十代は1枚しか持っていない。遠也から譲り受けた、1枚しか。

 

「現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 煌めく氷の粒子を散らしながら、雄々しくフィールドに立った氷のE・HERO。白く輝きを放つ氷の鎧に身を包み、鋭い眼光は佐藤の場へと注がれている。そして、アブソルートZeroは攻撃の指示を促すかのように、半身となって構えを取った。

 十代はその期待に応える。フィールドのアブソルートZeroに向け、十代は手をかざした。

 

「バトルだ! アブソルートZeroでスカブ・スカーナイトに攻撃! 《瞬間氷結(Freezing at moment)》!」

 

 瞬間、勢いよく飛び出していくアブソルートZero。スカブ・スカーナイトには自身に攻撃を誘導する効果があるため、アブソルートZeroはスカブ・スカーナイトを攻撃するしかない。

 しかし、その攻撃力の差は2500。佐藤の残りライフは僅かに600。スカブ・スカーナイトに戦闘破壊耐性があろうと、戦闘ダメージまでは防げない。つまり。

 

「これが通れば、兄貴の勝ちっす!」

 

 アブソルートZeroの攻撃が決まれば、その時点で十代の勝利となる。そのことを期待して翔が声を上げ、周囲の皆も決定打となるであろうこの攻撃を見守った。

 

「十代……!」

 

 明日香の祈るような声。しかし、そんな希望を砕くように、佐藤がにっと口の端を持ち上げた。

 

「まだだよ、十代君! 罠発動、《スカブ・スクリーム》! スカブ・スカーナイトが攻撃力2000以上のモンスターと戦闘をする時、そのダメージを0にし、相手モンスターを破壊する!」

「なに……!」

 

 スカブ・スカーナイトがくぐもった咆哮を上げる。すると、その身についていた鎧のような瘡蓋が次々に剥がれ落ちてアブソルートZeroへと襲い掛かっていく。

 暴風のようにアブソルートZeroへと殺到するそれを受け、両腕を交差して防御態勢をとるものの、アブソルートZeroは為す術なく破壊されてしまった。

 それを見てとり、佐藤は歪んだ笑みを見せた。

 

「負けんよ、十代君。君のような、デュエルへの思いが軽いデュエリストにはね」

「くッ」

「スカブ・スクリームの効果はまだ終わらない! 更にその後、デッキから《クライング・スカーナイト》1体を特殊召喚する!」

 

 スカブ・スカーナイトの身体から剥がれていった瘡蓋。それらが全て失くなった時、後に残ったのは傷だらけの鎧を身に纏った一人の戦士だった。

 これこそがスカブ・スカーナイトの正体。佐藤は言う。かつて皆の期待を一身に受けて戦い、その果てに傷つき、それでもなお戦い続けた姿こそがこの傷だらけの姿であると。

 

《クライング・スカーナイト》 ATK/0 DEF/0

 

「戦ったHEROの果て……それが、あの姿……」

 

 罅割れた鎧、盾、そして武器。それでもなお戦い続けようというその姿には、十代も感じるものがあった。

 佐藤には、それだけの傷を覚悟してでも成し遂げたいものがあった。だからこそ、傷だらけになろうとも、戦い続けてきたのだろう。

 しかし、自分はどうだろう。仲間であるHEROたちをあそこまで傷つけて、成し遂げたい何かがあるだろうか。ふと、そんなことを考えてしまった。

 

「どうした、十代君!」

 

 黙り込んだ十代に、佐藤の声が飛ぶ。

 それにはっとした十代は、今考えることじゃないと頭を振ってその思考を追い出す。そして、改めてデュエルに集中した。

 

「やるな、先生……! けど、氷のHEROが持つ力は、その更に上を行くぜ! アブソルートZeroの効果発動!」

 

 十代はフィールドに手を向ける。そこには、アブソルートZeroが破壊された時から漂っている氷の粒子がある。

 佐藤のフィールドに向けて流れ込むそれらが佐藤の場に存在するモンスター全ての身体を冷気で包んでいるのを見て、十代はアブソルートZeroが持つ最大にして最高の能力を宣言した。

 

「アブソルートZeroがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「なに!? しかし、スカブ・スクリームは間にクライング・スカーナイトの特殊召喚を挟む! 破壊された時ならばタイミングを逃すはず……!」

「いいや、アブソルートZeroの効果は強制効果だ! 間に別の処理が挟まろうと、必ずその効果は発動する!」

 

 言うなれば、アブソルートZeroの効果は強制的にチェーン1になっているということだ。たとえその後にチェーンが作られようと、全ての処理の後に必ず氷のHEROの力は相手へともたらされる。

 ゆえに、アブソルートZeroから佐藤が逃れる術はない。

 

「凍てつけ、《絶対零度(Absolute zero)》!」

 

 その言葉と共に、佐藤の場のモンスターを覆っていた冷気が一気にその温度を下げる。それによって、佐藤の場のモンスターは全て氷像と化し、その後音を立てて砕け散った。

 

「馬鹿な……!」

 

 思わず呆然となる佐藤。しかし、その間にも十代は行動を起こしていた。

 

「まだ俺のバトルフェイズは終わっていない! 速攻魔法《速攻召喚》を発動! 手札のモンスター1体を通常召喚する! 来い、《E・HERO フェザーマン》!」

 

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 融合回収で手札に戻していたE・HERO。バトルフェイズ中の召喚のため、追撃が可能。そして、佐藤の場にはアブソルートZeroの効果によってモンスターはおらず、伏せカードも既にない。

 

「これで終わりだぜ、先生! フェザーマンで佐藤先生に直接攻撃! 《フェザー・ブレイク》!」

「ぐ、ぅううッ……!」

 

 フェザーマンがその翼から羽根を飛ばし、それらは過たず佐藤を直撃する。フェザーマンの攻撃力は決して高くない1000ポイントだが、佐藤のライフはそれを下回る600ポイント。結果、全てのライフを削り取り、デュエルは十代の勝利で幕を閉じた。

 

 

佐藤 LP:600→0

 

 

 決着がつき、敗者となった佐藤が顔を俯かせて肩を震わせる。

 

「ふふ、君を道連れにすることも出来なかったか……」

 

 微かに笑い声すら漏らして自嘲する佐藤のディスクから、一枚のカードが落ちる。風に乗り、十代の足元近くまで飛んできたそれを、十代は数歩歩いて拾い上げた。

 

「《クライング・スカーナイト》……。自分のターンのエンドフェイズに、このカードをリリースすることでフィールド上のモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき互いのプレイヤーは500ポイントのダメージを受ける。……これって……」

「そうだ。私にターンが移っていれば、君は私と相打ちになっていた」

 

 驚いて十代が問えば、顔を上げた佐藤からはそう答えが返ってくる。たった今言っていた道連れというのは、この効果のことを言っていたのだろう。

 十代は何も言わず、クライング・スカーナイトのカードを佐藤に向けて飛ばす。それを受け取り、佐藤はそのカードを大切そうにデッキに戻した。

 

「十代君……君もいずれ、知らなければならない。自分が何のためにデュエルをするのか。デュエルを通じて、何をしたいのかを。でなければ、私のような者を君は再び生み出すことになる」

「うん――ありがとう先生」

 

 自分に欠けていたもの、考えることすらなかったこと。それに気づかせてくれたことに心からの感謝を込めて、十代は佐藤を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 他に何の雑念もない、純粋な感謝。それが佐藤にもわかったのだろう、佐藤は一瞬目を丸くしたが、その後初めて皮肉気ではない微笑みを十代に見せた。

 

「ふふ、私の授業もそんな態度で受けてくれていたら……――ぐぅうッ!」

「先生!? ぐぁッ……!」

 

 しかし、それも一瞬のこと。互いの腕に装着されたデス・ベルトが今のデュエルによって発生したデュエル・エナジーをお互いの身体から奪い取っていく。

 そのあまりの脱力感に、十代も佐藤も立っていられない。そのまま倒れそうになるが、二人は谷を挟んでデュエルをしていたのだ。橋こそあるが決して広いとは言えない。まかり間違えば、谷底への落下は避けられないのは誰の目にも明らかだった。

 

「十代!」

「兄貴!」

 

 バランスを崩しそうになった十代を見て、すかさず飛び出してきたヨハンと翔が十代の身体を支える。十代は橋の手前……ヨハンたちの側に立っていたため、彼らはすぐに駆けつけて十代を支えることが出来た。

 しかし。

 

「佐藤先生ッ!」

 

 明日香の悲痛な声が響き渡る。

 橋の向こう側に立っていた佐藤に、すぐさま駆けつけられる者は誰もいなかった。そして運悪く橋の上に倒れ込めなかった佐藤は、そのまま崖下へと転落してしまったのだ。

 

Jesus(ちくしょう)! なんてこった……!」

「くっ……なんでこうなるドン!」

 

 ジムが握りこんだ拳を震わせ、剣山は思いっきり地面を殴りつけた。互いになにも出来なかった自身への悔しさ、情けなさ、そして人が一人目の前から消えてしまった現実を噛みしめる。

 ヨハン、翔、明日香もこの結末には動揺を隠せない。明日香に至っては、涙さえ浮かべているほどだ。佐藤の最期は、彼ら全員に非常に重く受け止められたのだ。

 そんな中、ヨハンと翔に支えられた十代が「……行こう」と呟いた。小さな声ではあったが、沈み込んでいた空気であったためか全員の耳に届いていた。

 よろけながら、十代は続けて言う。

 

「先に、進むんだ。佐藤先生だって、たくさんの生徒に被害が出ることは望んでいなかった。なら、俺たちがコブラを早く倒して、その気持ちを……ぐっ」

 

 一歩踏み出し、十代が膝をつく。

 慌てて翔が再び十代を支えた。

 

「ダメっすよ、兄貴! 行くにしても、この状態じゃ……」

「けどさ……!」

「落ち着け、十代。今は少し休もう。コブラの前に立った時、満身創痍じゃ出来ることも出来なくなる」

 

 ヨハンが十代の肩に手を置き、諭すように言い聞かせる。

 すると、十代も自分の身体が言うことを聞かないという自覚はあったのだろう。数秒のあいだ黙り込むものの、わかったとヨハンの提案を承諾する。

 そして、その瞬間、十代は意識を落とした。張りつめていたものが途切れたのだろう。気を失った十代をヨハンが背負い、全員が橋を渡り切って次の場所へと向かう入口の前で休息をとる。

 ヨハンが背負っていた十代を降ろし、少しでも楽になればと明日香が膝枕で十代を寝かせる。それを横目で見つつ、ジムが口を開いた。

 

「それにしても、ここまで消耗することは今までなかった。今回のデュエルで、コブラはかなりのエネルギーを十代たちから奪ったようだ」

「ああ。向こうさんも、それだけ必死だってことなのかもな」

 

 ジムに続いてヨハンが言うと、二人は暗い通路の先を見る。ここからその先を確認することは出来ないが、この先に恐らくコブラがいるはず。コブラの目的はいまいち判らないが、それでも今の状態を容認するわけにはいかない。

 しかし、十代は佐藤とのデュエルでかなり消耗している。ここは無理をさせずに休むのが得策。学園とて、この状況で誰かにデュエルをさせることはないだろう。状況が著しく悪化することはないはずだ。それがこの場にいる全員の考えだった。

 まずは十代が回復すること。それを優先させ、一行はひとまずその場に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 


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